ADMIN TITLE LIST

数日前から風の強い日が続いている。
帯広は4月、5月に西風が強く吹く。

つまり春が近づいてきたということだ。

なのに私は帯広を離れなければならなくなった。
あと2週間ほどしたら岩見沢市民になる。
新たに住むところも引越の日時も決まった。
これから引っ越しに向けて、なんやかんやとあるわけだが、
まだ頭の中が整理できず、なんやかんやをする気にならない。

〈自宅の近くも春ムード〉
20170318.jpg
仕事がそこそこ忙しかったのに加え、
この10日間くらいは一日おきに飲み会があり、
家に帰ると、疲れと寂しさのせいで何もする気にならず、
それでいて頭の中は妙に開いている感じがして眠気が押し寄せない。
どこにも収まれない浮つき感。
地に足がつかず、どこかふわふわしている。

疲れているのに眠れず、夜中にだらだらとインターネット。
今月中に帯広・十勝で行っておくべきところはないだろうかと
ネット連鎖をしていたら、「キャデラック・スリム」との文言に 出会った。

「キャデラック・スリム」は1981年にデビューしたロックバンド。
当時10代半ばだった私は、彼らの「孤独のメッセージ」という曲を
FM放送からマクセルのカセットテープに録音し、
AIWAのラジカセでよく聴いた。
サビは今でも口ずさめる。

その「キャデラック・スリム」が帯広出身であることを 今になって知った。
てっきり苫小牧出身だと思っていた。
そのため、帯広で全くキャデラック・スリム・トークをしなかった。
「さくらまや」さんの話は何度かしたにもかかわらずだ。

そこからは、キャデラック・スリムのyoutube映像を見まくった。
10代で見たり聴いたりしていた頃のイメージと異なり、
ソリッドで切れ味があり、ザ・ポリスやザ・ナックの影響を
色濃く受けたことがうかがえる、きちんしたロックバンドだった。
このジャンルのロックバンドは今も昔も少ない。
全国的に見ても少ない。
もしかしたら、そこそこいるのかもしれないが、
商業的には成功しずらいサウンドだ。

キャデラック・スリムをきっかけにして、
80年代前半の日本のロックバンドの映像をたくさん見た。
「ロンリーハート」がヒットしたクリエーションのボーカルが、
ザ・カーナビーツのアイ高野氏だったとは。

そもそもザ・カーナビーツを知ったのは、
遠藤ミチロウ氏のアルバム「ベトナム伝説」に収録された
「好きさ好きさ好きさ」を通じてなので、
時系列で見ると、クリエーションが活動していた頃、
私はザ・カーナビーツもアイ高野氏も知らなかったことになる。
アイ高野氏の声量がすごかった。
演奏も素晴らしくクオリティが高く、
80年代終盤からのバンドブーム以前のロックバンドの演奏力の
高さを再認識した。

もうひとつ衝撃的だったのが「SHOGUN」。
当時、SHOGUNをテレビで見た記憶がなく、
もっぱらBASFのカセットテープに録音した「男達のメロディ」や
「ロンリーマン」をAIWAのラジカセで聴いていただけだった。

演奏がうますぎる。
それと芳野藤丸氏のボーカルがすごい。
スモ―キーな渋い声の中に柚子のようなさっぱり感がありつつ
声量があり、音程がしっかりしている。
ライブ演奏であれだけのパフォーマンスは考えられない。

ふと気づくと午前2時になっていた。
何かしなければいけないのに、落ち着かず、ふわふわして、
何にも手をつけられず、ただ時間を食いつぶすように過ごしていると、
時間が経つのが遅いし、と同時に、今何時何分なのかが
なんとなくわかったりする。

しかし、ひとつのことに集中すると、時間の経過の感覚がなくなる。
気づいたらかなり時間が過ぎている。
キャデラックスリムをきっかけに優れたロックバンド映像の数々を、
時間も忘れて見たことで心の重みがとれた。
エモーショナルなレスキュー作用が働いた。
ロックにまた救われた。

スポンサーサイト



















管理者にだけ表示を許可する



| HOME |

Design by mi104c.
Copyright © 2017 トゥナイト今夜もRock Me Baby, All rights reserved.