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日頃、音楽活動にエネルギーを注いでいるわりに、
私はあまり音楽を聴いていない。
音楽活動にエネルギーを注いでいない一般の人と比べても
明らかに少ない方だろう。

まず、通勤時にはほとんど聴かない。
イヤホーンが煩わしいこと、
なんだか周りがゴミゴミ、ガヤガヤしていて
音楽を聴く精神状態じゃないこと、
地下鉄の中でシャカシャカさせて周りに不愉快な思いを
させているかもしれない、などの理由による。

車の中では基本的にラジオを聴いている。
そのラジオ番組がつまらなかったり、
飽きたときに音楽を聴くことが多い。

先日、夜10時、スタジオでのひとり練習を終えての帰り道、
最初はラジオを聴いていたのだが、
なんとなく音楽が聴きたくなり、i-podをシャッフルでセット。
流れてきたのはコールドプレイの曲だった。
やがて次の曲に。家まであと5分くらいだ。
そこで流れてきたのが、ダリルホール&ジョンオーツの
「マンイーター」だった。

印象的なベースラインが車内に流れた。
思わせぶりなシンセサイザーが入ってきて、
ギターのカッティングがのっかってくる。
そして、夜の世界へと誘うようなラッパが鳴り響いた。

一気に引きつけられた。
そのせいで、家まであとわずかなところまで来ていたにもかかわらず、
マンイーターを聴きたいがために、家を通り越すことにした。

「マンイーター」が終わり、引き返そうかと考えたとき、
ポリスの「MESSAGE IN A BOTTLE」が流れてきた。
思いがけず、またしても夜の街が似合う曲である。

※世の中にベスト盤はあまたあるが、選曲、曲順、クオリティなど、
 これに勝るベスト盤はない。ベスト盤のお手本のような構成である。
ポリス/グレイテストヒッツ 

このままでは帰れないという気持ちが強くなった。
続いて、クリームの「Crossroads」のギターソロに魅了されてしまい、
帰るのをやめた。
車は国道275号線を東へ走り続け、結局、江別駅の辺りまで行き、
帰りは国道12号線を通って帰ってきた。
家に着いたのは夜11時30分。

平日の夜に何をやっているのか、と思いつつも、
これを「自由」というんだなと実感。
まさに、RIDE TO BE FREEな夜だった。

RIDE TO BE FREE

どこへ向かうあてなどわからず 景色はただ流れ去っていく
ゆううつな恋 見えない光 それでも夜は何度も来る
逃れられない苦しみの中で ほんとのやさしさの意味を知る
RIDE
TO BE FREE 心を開いたらつながるものがある
RIDE
TO BE FREE その手を伸ばすのさ たとえ届かなくても
思いはきっと何かに変わる

夢見る時代はもう過ぎたのに 今でも胸はざわついている
何を守って 何をあきらめた それでも夜は何度も来る
のり越えられぬ悲しみの果てに ほんとの希望の意味を知る
RIDE TO BE FREE 手と手をつないだら生まれるものがある
RIDE
TO BE FREE 難しいことじゃない 自分を解き放って
そのとき聞こえてくる歌がある

今日も街に風が吹き抜ける All My Life ここから始まる道
RIDE
TO BE FREE 心を開いたらつながるものがある
RIDE
TO BE FREE その手を伸ばすのさ たとえ届かなくても
思いはきっと何かに変わる


我がバンド、THE HEART OF STONEは、
90年代にやっていた曲から15曲をチョイスし、
年内にアルバムをリリースする予定である。
この「RIDE TO BE FREE」も収録される。

2009年にリリースしたアルバム「雨の交差点」は、
心身ともに行き詰まりのようなものを感じ始めた40代という
交差点に立たされて、さあどうする?というような曲が多かった。

「雨の交差点」リリース後の新曲は、「夏は終わった」
「はかない季節の太陽」など、絶望感や衰退感を歌ったものが多かった。
しかし、いつからか、なんとなく希望が見えるような曲を
歌いたくなってきた。
実際、昨年あたりからの新曲、「夜をどこまでも」「家路は春の訪れ」
「三日月の舟」などは、
もういい歳になった、それでもなお、いつかきっと、という思いを
反映させた曲である。

若い頃は、色々と欲しがるし、色々と考えすぎる。
それは決していけないことではないし、必要な経験だともいえる。
この歳になると、もう抱えきれない。
なんというか、枯れていくことを受け入れて、
気持ちがシンプルになったような、楽になったような気がしている。
そのために荷物をおろしたり、捨てたりして、
おかしな言い方だが、自ら選択肢を減らしたことによって、
自由になったような気がしている。

今に始まったことではないが、
日本の音楽業界は、ありきたりで、使い古された、焼き直しのような
恋愛の曲が圧倒的に多い。
また、安易に軽々と夢や希望を歌う曲が非常に多い。
20年以上もそんな状況なのに無くなることはない。
なぜなら需要があるからだ。

ロック・ミュージシャンにしても、
歌詞はとりあえず、それなりにカッコよければ意味なんかいいんだよ、
という人も少なくないだろう。

疲れて、歩けなくなって、でも旅は終わらないんだよ、とか、
線路はどこまでもは続いていないことを知って、
生きることが愛おしくなった、とか、
停滞の中でさまよい、でもここから意外としぶとくいきます的な、
そういう大人の曲が無さすぎる。

達観したり、総括するにはまだ早い。
そこまで大きな歌はまだ似合わないし、今後も似合わずにいたい。
大人の日常の苦悩と希望を感じさせる中年の曲が無さすぎる。
ソロでの清志郎や奥田民生氏やくるりなどの曲は、
この辺りの世界を実にさりげなく表現している
素晴らしい歌詞の書き手だと思う。

私もそういう曲を書くのだ、書きたいのだ。
ニーズはなく、ビジネスにもならない。
それでもやるだろう。
それでいい。
それがアマチュアであることの特権だ。
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テーマ:作詞・作曲 - ジャンル:音楽



















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