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昨日の帰り道、普通に歩いていた。
途中ふと早く家に帰りたい気持ちになり、
無意識のうちに走り出した。
走り出そうと思って走ったのではない。
気づいたら走り出していた。

走り出して五歩目くらいで、左足をくじいた。
左足の外側、つまり、自分方向から左足を見た場合の左足の左側が、
ぐにゃっと内側にねじれた。
強烈な痛みだった。
あまりの痛さに呼吸が苦しくなり、ネクタイを緩めた。
それから1分くらいして、これはもう歩き続けられないと判断。
家まで歩いて残り15分くらいの距離をタクシーに乗った。

骨は折れていないだろうとは思ったが、
何かがどうにかなってしまったのは確実だった。
少なくとも2週間は走ることができないだろうと思った。
というか、2週間は通常どおり歩くことができないだろうと思った。
今週末の予定はパー。
来週末も自由に足を使えない生活になることが確定的だと想像し、
また、翌日は病院で診察を受けるため、
職場に、午前中の何時間かを休むと
電話しなければならないことなどを考え、一気に憂うつになった。

帰宅して、しばらくすると、左足のくるぶしの周辺が腫れてきた。
鋭く突起したようだったくるぶしが、

美瑛の丘のように、ゆるやかな曲線になってしまい、

見た目は、くるぶしが無くなってしまった。

とはいえ、過去に経験した二度の骨折の際は、
傷みで眠れなかったり、極度の寒気に苦しんだが、
今回はそこまでのものではなかったので、
骨折はしていないだろうと思った。
ただ、腫れた足首を包帯で固定されて靴を履けるのか、
靴を履けなかったら、どうやって通勤するのか。
スーツにサンダルという、最低最悪のファッションで
通勤しなければならないのか、など想像すると、うんざりした。

というか、私はサンダルを持っていない。
思いのすべてを歌にして、ピアノ演奏とともに聴かせたい、
そんなことを切に訴えた西田敏行氏が、
そもそもピアノを持っていなかったのと似ている。
いや、似ていない。
似ていないし、非なるものである。
言い得て妙でもない。

そんなことを考えているうちに朝が来て、
私は、ヘルニアのリハビリで通院している行きつけの病院へ行った。
診察を待っている間、恥ずかしながら、
スポーツ新聞に載っていた、AKB48の総選挙の中間発表みたいな記事を、
やけに熱心に読んでしまった。
単純な人気投票は、単純に興味をそそるものなのだとあらためて思う。
今はAKB48の時代なのだ。
そして少女時代だ。

診断は靭帯がのびているというものだった。
靭帯はレントゲンに映らないので、いまひとつピントとこなかった。
医師からは、3週間くらいは痛いでしょう、
しばらくは固定して、あまり動かさないようにしてください。
来週になっても症状が変わらないようなら、すぐ来てください、
と言われ、頑丈にテーピングされた。
腫れと包帯で足首が膨らみ、靴下が履けなくなったため、
左足はネイキッドな状態のまま、とりあえず家に戻った。

家に戻った私は、グレープフルーツ・ジュースを飲み、
今日一本目のタバコを吸い、
ゆるめの靴下をチョイスして履き、
ひもを緩めたスニーカーで通勤し、
ひもを緩めたスニーカーのまま職場で過ごし、
なんとか無事に仕事を終えた。

通常の歩き方ができないせいか、
おかしなところに力が入っているのだろう。
患部とは関係のない幾つかの部位に違和感がある。

3月頃から、ヘルニアをはじめ、なんとなく不調で、
あまり出かけることもなく、おとなしく過ごしてきた。
と同時に、一日一日、大切父に過ごそうという意識はあった。
ところが、この一週間ほど、なんとなく崩れていきそうな予感がしていた。
はっきりとした理由があるわけではない。
なんとなくだ。
上滑りしているような、かみ合っていないような、
漠然と嫌な感じが迫ってきていた。
そんな気配を感じていた。
それだけに、なお一層、狭い範囲で静かに日々を過ごし、
嫌な気配が去るのを待っていた。
そんなときに、このケガだ。

日々、慎重に、大切に過ごしてきたのは何なのかと思う。
だから今日の夜は、リンゴ酢を買ってきて、ピクルスを作ってみた。
食べられるのは三日後くらいだろう。
しかし、我慢できず、きっと明日つまみ食いをしてしまうはずだ。
それを責める人はいないだろう。
それを自由と呼ぶならば、やはり自由はいいものだと思う。
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