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プロ野球日本シリーズは、
中日ドラゴンズが日ハムを下し、日本一に輝いた。
私に言わせれば、日ハムの自滅である。

クライマックス・シリーズの時から、このブログで、
「日ハムの攻撃が大味かつ行き当たりばったりな感じがして心配」
と苦言を呈してきたが、日本シリーズでも変わらなかった。
さらに、1戦目、2戦目を見る限り、
監督も選手も、どこか気迫が感じられなかったことから、
29日のブログでは、いまいち私の気持ちが盛り上がらない、と愚痴った。
とにかくシリーズを通して、何か日ハムの空気がおかしかったように思う。

シリーズを前にした、高田GMとヒルマン監督の就職活動が
選手の士気を低下させたとも言われている。
それも一因だろう。

それより、最終戦の最終回における選手交替にはがっかりした。
至上まれに見る空気の読めなさだったのではないか。
今、若者は「空気を読めない」ことを「KY」と標記したり、
言葉したりするという。
10台半ばから20歳くらいの多感な時期を
80年代前半から半ばに過ごし、新人類と呼ばれた世代である私には、
「KY」は「清原」としか思えない。
掘り下げて考えても「エスパー清田」までである。

で、プロ野球界における歴史的KYだったのが、
最終戦の最終回における選手交替。
これは中日、日ハム双方である。

まず中日。
なぜ、パーフェクト・ピッチングをしている山井投手を降板させたのか。
病が発症したわけでもなく、
山井投手が自ら降板することを伝えたと報じられているが、
その前に中日の森ピッチング・コーチが、
「9回はどうする?」みたいなことを聴いたらしい。
山井投手はそれを、「
降板しろ」と感じとったのかもしれない。
山井投手なりに空気を読んだのか、ピッチング的に限界だったのか、
配慮だったのか、遠慮だったのか。
いずれにしても謎である。

いくら日本シリーズとはいえ、
8回までパーフェクト・ピッチングしている投手を降板させるか?
たとえ、山井投手より岩瀬投手の方が抑える確立が高かったとしても
山井投手の続投だろう。
それがファンあっての野球というものだ。
中日ファンのみならず、日ハムファンでさえ、
心のどこかでパーフェクト・ゲームを期待する部分があったと思う。

また、「こういう采配もありですね」、「勝利への執念ですね」と
妙に物分りのいい解説者に
怒りを禁じ得なかった。
どう考えても、せめてランナーを一人出すまでは投げさせてよかっただろう。
勝負とはいえ、エンタテイメントなのである。
たとえ山井投手が降板すると言ったのだとしても、
「山井ちゃん、ファンは完全試合を見たいんだよ。
ヒットを打たれても、岩瀬がいるし、なんとかすっからさ」と、
盛り立ててあげるべきだろう。
ファン軽視も甚だしい。


次に日ハム。
負けたら日本シリーズ終了となる試合における9回2アウトでの代打は、
引退する田中幸雄選手だろう。
ヒルマンは、「田中幸雄選手より小谷野選手の方が
塁に出る確率が高かった」と
言うかもしれない。
しかし、それだけで片付けられるものじゃないだろう。
きちんとした形で田中幸雄選手の最後の場面を演出しても良かった。
勝負とはいえ、プロ野球という名のドラマの監督でもあるのだから。
ファン不在かつ情けもない采配だと言わざるを得ない。

なにか食事の途中で、
すべて片づけられたような気持ちで試合は終わった。

そして、不可解に思える山井投手降板も、田中幸雄選手の不出場も、
なぜかメディアではあまり語られていない。

それと、もうひとつ苦言を呈さなければならない。
本日の朝刊に掲載された、日ハムに関する
北海道知事「はるみ高橋」のコメントである。
コメントは次のとおり。

「あと一歩で届かなかった日本一。
 残念な結果に終わりましたが、力の限り戦い抜いた皆さんの活躍ぶりは
 しっかりと道民の心に焼きついています。
 ヒルマン監督、5年間ありがとうございました。
 選手、スタッフの皆さん、本当にお疲れ様でした。
 今年もパレードで皆さんの晴れやかな笑顔を多くの道民が待っています」

労をねぎらっていることと感謝していることはいい。
悔しがってほしいのだ。応援していた気持ちを示してほしいのだ。

それと「道民の心に焼きついている」、「道民が待っている」と、
「道民」という括りでコメントするのが不満である。
はるみ自身はどう思っているのかが聴きたい。

国会の質問で、「国民みんなが疑問に思っています」、
「はっきり言ってください。国民みんなが知りたがっているんです」など、
「国民」と言う言葉で、私自身が、
勝手にその質問者と同じ括りにされた時の不快感と似ている。

結局、はるみ高橋は、「道民」である前に「知事」なのだ。
だから、どうせ道庁職員が書いたであろう心を感じない原稿の決裁に
印を押してしまうのだ。
この原稿を書いた職員のセンスの無さもひどい。

この手のコメントは、一般道民が知事の存在を感じる数少ない機会である。
裏を返せば、道民の支持を得るいい機会、チャンスなのである。
にもかかわらず、眠たくなるようなコメント。
一般道民が知事を身近に感じられる場面こそ、ないがしろにしてはいけない。
そして、大きなことをやりたいなら、
それが大きければ大きいほど、
上を見るのではなく、身近なところを大切にしなければいけない。
ほころびとは、そういうところから生まれるものだと思う。

はるみ高橋は、「子育てしながらの仕事で、苦労も多かった」とか、
「女性の気持ちを」、「女性の視点で」など、
女性であることをあまり持ち出さずに議論することに好感が持てるし、
胃の摘出により相当の体への負担もあるだろうに、表向きは見せない。
根性のある人だと感じている。
だからこそ、「知事」である前に「道民」である姿勢を
意識して見せてほしい。
パフォーマンスだと言われてもいいのだ。
パフォーマンスだと揶揄する奴は無視していい。
評論しているだけで、何もできない奴の言うことなのだから。

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