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仮に、この世の中に「ロック大学」なるものがあるとする。
アメリカン・ロック学部、パンク学部、ハードロック学部など、
いくつもの学部があり、
例えば、アメリカン・ロック学部には、
ビリー・ジョエル学科、イーグルス学科などが置かれるだろう。

つまり、学部はジャンルによって、
学科は業績や後世に与えた影響の大きいアーチスト名によって
置かれるとしよう。
アーチスト名が学部になり得るのは、
ビートルズ学部とローリング・ストーンズ学部くらいか。
いや、もうひとつある。
レッド・ツェッペリン学部である。

レッド・ツェッペリンの全盛期は60年代後半から70年代の半ば。
70年代半ばの私は10歳である。
つまり、ツェッペリンが終わってから音楽を聴き始め、
ツェッペリンを聴かずに私は育った。
大人になってからも、ツェッペリンを熱心に聴いたことはない。

これは、ロック・リスナーとして真っ当なあり方ではない。
そのことに、少しの負い目とコンプレックスを感じつつ生きてきた。
しかし、ツェッペリンを昇華していないことで
特に不自由はなかったし、不利益を被ることもなかった。

なぜ、ツェッペリンをきちんと聴けなかったのか。
その理由はおそらく、
歌メロの存在感が薄いこと、ゆえにメロディを口ずさめないこと。
ハイトーン・ヴォイスのボーカルに抵抗感があったこと。
アレンジにおいて、だらだらと間延びした箇所が多く、
気持ちが乗っていけないこと、などが挙げられる。

ただ、「ツェッペリンは聴くべきだよ」的な会話になることは
何度もあった。
私のロック人生で最も多く薦められた回数の多いアーチストだろう。
30代前半の頃、当時の上司であったボーツー氏の、
「ツェッペリンはBGMとして聴けない。
流したら聴きこんじゃうんだよね」というコメント。
30代後半の頃、留萌のラジオ知人、ヒデ菊田氏の、
「やっぱりツェッペリンはいいよ」というコメント。
そんな、いくつものコメントが今も私の中に生きている。
また、バンドのメンバーであるダーオ小田氏にからは、
約20年の長きにわたって、ツェッペリンは聴くべきだと促されている。

そして私はついに、ツェッペリンにはまった。
ベスト盤のみであるが、CDは保有していた。
つまり、ツェッペリン学部に入学するための願書は取り寄せていた。
しかし、受験するには至らなかった。
それがこの1週間くらいは、ツェッペリンばかり聴いている。
正直、入学できるレベルには達したと思っている。

直接のきっかけは、9月9日に高校の同級生である
タイガー阿部氏とコンバット北野氏と飲んだときのこと。
「『移民の歌』のリズムはかっこいいのに、歌メロがぱっとしない」
という私の発言に対し、コンバット北野氏は、
「移民の歌?ああ、イミグラント・ソングのこと?」
と、わざわざ英語タイトルに言い換えた。
キャリアを見せつけるように、すかして鼻で笑いながら言い換えた。

その後も「移民の歌」とは言わず、
「イミグラント・ソング」で押し通してきた。
そのことに、ツェッペリンに浅いという微妙な屈辱を味わった。
また、「カシミールなんて最高だけどな」、
「アキレス最後の戦いはすごいよ」など、
ツェッペリンの話にあおられ、まくられた。

その2日後、ダーオ小田氏とスタジオに入ったときも、
ツェッペリンの話になった。
様々な話をしたが、「ブラック・ドッグのリフはほんとに素晴らしい」
というダーオ小田氏の発言がやけに気になっていた。
その翌日から、ツェッペリン漬けである。

私はひとつの壁を超えた。
歌モノとして聴くべきではない音楽であり、
構成の妙、高い演奏技術、密度の濃さや奥行き、
そうしたものを「聴く」というより「体感する」音楽であると
強く認識し、ついに受け入れられるに至った。

今更だが、ほんとに凄い。
聴けば聴くほど、聴きどころが増えてくる。
そして唯一無二の存在であることを改めて思う。
ビートルズ学部の下には、いくつもの学科が置かれるだろうが、
レッド・ツェッペリン学部の下には、
レッド・ツェッペリン学科しか置かれないだろう。

確かに、BGMとしては聴けない。
音から様々なエネルギーが発せられ、そこに集中せざるを得ないのだ。
ひとりで聴きたくなる音楽であり、
一緒に聴くなら、ツェッペリンを知っている人と聴きたくなる。
そうしたある種のマニア性の強い音楽だと思う。

「Baby I‘m Gonna Leave You」など、
ひとりの夜の帰り道の車中、不意に流れてきたら相当しみるだろう。
「グッドタイムス・バッドタイムス」のギターソロは、
それまでの演奏が止まって、いきなり入ってくる興奮に血圧が上がる。
サビ前のAメロとBメロのギターの違いなども聴きどころである。

「幻惑されて」は、私がツェッペリンに入学できなかった象徴的な曲である。
洋館を彷徨うようなオカルトっぽい怪しいフレーズが多く、
最後まで聴くには耐え難い雰囲気の曲だった。
それが今では、「ダン・ダン・ダン・ダダダダダダ」というリフが、
ボディ・ブローのように効いてきて、いまや完全に圧倒されている。
その部分だけだが、聴きながら一緒にギターを弾いているほどである。

ダーオ小田氏が絶賛した「ブラック・ドッグ」のリフもたまらない。
ある日の帰り道、「ブラック・ドック」のリフが頭から離れなくなった。
家に着いてからは治まっていたが、
もう寝ようかという時間になって、頭の中で再度繰り返し流れた。
ベッドを飛び出し、思わずギターを手にとって、
そのフレーズはどう弾くのかと試してみる。

思いの外、簡単に雰囲気をつかめた。
楽しくなってきた私は、「ブラック・ドック」を流しながら一緒に弾いた。
一緒に弾けるのは、そのリフの箇所だけである。
それでも気持ちいい。
ツェッペリンを弾いている自分に嬉しくなった。

これにとどまらなかった。
正確性を期するために、翌日、仕事の帰りに、島村楽器へ行き、
ツェッペリンのソング・ブックを見て、
「ブラック・ドック」のリフをタブ譜で確認。
1箇所違っていたことを知り、帰宅後、早速弾いてみた。
なるほど、と思う。
これって、まさに勉強ではないか。
ツェッペリン学部の学生である自分を実感した瞬間だった。

私は、「あの頃勉強しておけば良かった」とか、
「あの頃、この本を読んでいたら」などという後悔は全くない。
もちろん、もっと以前からツェッペリンを
聴いていれば良かったとも思わない。
むしろ逆である。
ツェッペリンの凄さを知ることができるキャリアに達したことを嬉しく思う。
それはつまり、私の音楽的成長だと思っている。
と同時に、ツェッペリンを理解できる能力を有していたこと、
そしてそれが40歳を過ぎてから開眼したことがハッピーである。
まだまだ未来はあるぜアラフォー!

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テーマ:洋楽ロック - ジャンル:音楽





ね、だから聴いてない音楽が多すぎて、新しい音楽は聴けないんですよ笑。死ぬ前に聴いとけシリーズ作らなきゃ♪
【2009/09/20 23:07】 URL | bull #35BUUDj.[ 編集]

bullさん、コメントありがとうございます。
おっしゃるとおりですね。
かつては受けつけなかった音楽が、今は心地よく入ってくることが多くあります。
また、まだ出会っていない素晴らしい音楽もあるわけで。
この先は、bullさんの提案のとおり、
名作シリーズをやっていくのもいいかもしれません。

音楽的好奇心がまだ自分の中にたくさんあることを嬉しく思います。
最近は、吉幾三氏の歌唱の素晴らしさに感動することがあり、
そのことが記事になる日があるかもしれません。
でも、ヘビネタ系は、おそらく今後も無理ですね。
【2009/09/22 10:08】 URL | クグエSW #-[ 編集]

俺は恐らく、ツェッペリン学部は
入試をしなかったと思いますが、
選択科目かなにかで、
ジミー・ペイジ原論なんかを
結構まじめに受講していたと
思います。
ゼミはクラプトン、
部活でリチャード・トンプソンかも
しれません。
ディランはバイト、かな?
【2009/09/22 21:18】 URL | フルチューン #-[ 編集]

フルチューン氏、コメントありがとう。
クラプトンもボブ・ディランも、その功績と影響力からして学科を設置できるでしょう。
ただ、その場合、学部は何かが難しいわけで、
とりあえずクラプトンは、ロック大学よりは、ブルース大学所属かもしれませんね。

ツェッペリンは今も、2、3年かに1枚は、過去の音源によるCDをリリースしていますが、
確実に100万枚は売れるんですね。
それはつまり、コンスタントにミリオン・ヒットをする新譜をリリースしているようなものです。
そんなアーチストは、現役でもそんなにいないでしょう。

ツェッペリン・ファンの根強さやマニア性の凄まじさに驚くとともに、
ジミー・ページの商魂は逞しいです。

私はツェッペリン学部に入学したからには、
単位を取ったと思われる程度のツェッペリン色を、
自らの音楽の中でさり気なく出していきたいと思います。
【2009/09/23 00:58】 URL | クグエSW #-[ 編集]















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