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私のラーメン知人に「迷犬チーズ」なる男がいる。
彼は私との関係で、ラーメン知人という確固たるポジションを
得ているにもかかわらず、時々、本ネタに反応する。
6月24日に、このブログにおいて「蝉の人生」というタイトルの
記事を書いた。
それに対して彼は即座に反応した。

「蝉の話を読んで思い出したんですけど、
 藤沢周平の『蝉しぐれ』はすごく良い作品です。
 ぜひ読んでください」というメールが届いた。
「今日、ブック・オフに行って買ってくるぜ。
 でも、今、読んでる本があるし、図書館に予約していて、
 順番がまわってきた本があるから、読むのは次の次だな」と返信。
すると、すぐに返信が届いた。
「ほんとに良い作品なんです。
 次の次とは言わず、せめて次に読んでください。
 いや、今読んでいるのをやめて、今日から読んでください」

強引である。性急である。
今読んでいるのをやめてまで読め、と言っているのだ。
しかし、こうした強引さや性急さは決して嫌いじゃない。
むしろウェルカムである。
私は嬉しくなった。
私のマゾヒスティック性を証明する瞬間であり、
B型女に振り回されてきた人生に納得せざるを得ない瞬間だった。

にもかかわらず私は、次の次に「蝉しぐれ」を読んだ。
「オッケイ、わかったぜ」と快く返信しながらも、次の次だった。
こうした私のマイペースさが、B型女との間に軋轢を生む原因に
なってきたのだ。
私は約束は果たす。
ただ、タイミングがB型女の意向とずれるだけだ。
タイミングが重要なことは十分に理解できる。
しかし、私には私の事情がある。
君にも君の事情がある、ユー・ガッタ・チャンス!

ということで、すっかり前置きが長くなったが、
「蝉しぐれ」は素晴らしい作品だった。

■藤沢周平「蝉しぐれ」
   藤沢周平/蝉しぐれ 

時は江戸時代。山形の小さな藩に生きたある侍の
10代前半から40代までの半生を描いた作品である。
「海坂藩普請組の組屋敷には、
 ほかの組屋敷や足軽屋敷には見られない特色がひとつあった」
 この文章で物語は始まる。

「普請組って何?組屋敷って何?
 ていうか、普請組って読めないし」
そんな不安な気持ちになり、いまひとつ物語に入っていけない。
また、文章が淡泊すぎて、何かつかみどころがない。

ところが、この淡泊さがいい作用をしてくる。
厳密に言うと淡泊なのではなく、いい具合に抑制が利いていると感じてくる。
その抑制が、読み手の想像力を与え、感情をかき立て、
物語の中に、ぴったりと埋めてくれる。
そのため、テンポ良くストーリーは進むものの薄っぺらさはなく、
むしろ、程よい厚みと余韻を読む側が感じるようなつくりとなっている。

とにかく無駄がなく端正である。
もう少し掘り下げて、はっきりさせてほしい箇所もある。
しかし、そぎ落とし方が潔いため、納得して読める。
そして読んでいくうちに、心が澄んでいくような感覚になる。

父の死と、それに伴うその後の不遇に立ち向かう様に
ぐっと心を引きつけられる。
置かれた環境を受け入れ、自分の立場をわきまえ、
気持ちに整理をつけながら成長していく様が素晴らしい。
苦難はあるが、苦難の中で活き活きしている様は泣けてくるほど。

それと、淡い恋とその結末。
これは切ない。ほんとに切ない。
ただ、書きぶりがちょっと男目線すぎるかなとも思う。
また、端的に言うと、浮気しちゃうわけで、そこがちょっと気になった。
とはいえ、こういう作品に出会うから読書っていいよなと
素直に感じられた傑作。
迷犬チーズに感謝である。

■森見登美彦「太陽の塔」
森見登美彦/太陽の塔 
2003年に発行された森見登美彦のデビュー作。
陰気な留年大学生の鬱屈した日常をコミカルかつ文学的に描いている。
大学生という立場とその年代にありがちな、
なんとなくノリで盛り上がってしまう感じや、
どうでもいいことにこだわっては苦悩するような、
そうした無駄なエネルギーの放出のくだらなさなどを上手く描いている。
クリスマスに対するアンチ理論はなかなか面白い。
しかし、ストーリーが断片的で、つながりが弱いため、
私を引き込むようなウェーブは一度も起こらず、
波打ち際をだらだら歩かされているような空疎感があった。

「言葉の使い方、用い方」の妙が、森見作品の最たる特徴であるが、
裏を返せば、いちいち面倒くさい表現をしているわけで、
それが繰り返されると、正直飽きてくる。
都合のいい理屈で自らの正当性を主張するのは、
ところどころ共感できる箇所もあるが、
もうお腹いっぱいで、胃がもたれてくる。

物語の軸にある設定は、以前付き合っていた彼女を忘れられず、
今も密かに追いかけ回しているというものだが、
付き合っていたことを想像させる記述が少なく、
付き合っていたことも妄想だったのかと思える。

森見作品に総じて言えることだが、
全般的にふわふわしていて掴みどころがない。
彼の描く空想に、なかなか近づけない。
ストーリーは自慰的だが、書きぶりもそのように思えた。
ほんとに理屈っぽいファンタジー・ドラマである。

主役の男の脇を固める大学の学友達のキャラは皆、個性的で好感。
舞台である京都の街の細部まで描き、京都に対する大きな愛を感じるし、
京都を知っている人にとってはたまらない場面がいくつもあるだろう。
しかし、京都の街をてんで知らない私はしらけた。
あまりに細かで具体的すぎて逆に想像力の扉が開かれなかった。

ただ、文章表現にしても、展開にしても、
部分的に魅力的な箇所はいくつもある。
「そろそろ面白くなるのでは?」と期待を抱かせる雰囲気もある。
ところが、単に部分の寄せ集め的な感じがして、
全体を包むようなパワーがなく、なんとなく読み終わってしまった。
これに比べると、2006年に発行された彼の代表作
「夜は短し恋せよ乙女」は、ずいぶんと成長の後が見られる、
まとまりを持った作品に思える。

■牧薩次「完全恋愛」
牧薩次/完全恋愛 
「他者にその存在さえ知られない罪を完全犯罪と呼ぶ。
では他者にその存在さえ知られない恋は完全恋愛と呼ばれるべきか?」
単行本の帯にはそう書かれている。
著者の「牧薩次」(まき・さつじ)は、
辻真先(つじ・まさき)という著名作家の別名義。
それはどうでもいいことで、かなり面白いミステリーだった。

福島県に疎開したある少年の、
昭和20年から平成19年までの生涯を描いた作品。
その60有余年の人生に、3つの殺人事件が絡む。
事件の裏に潜む恋愛や数奇な巡り合わせが、
淡々と、しかし厚みを持って描かれているため、
読みやすいのに読み応えがある。

少年時代の哀しい別れをひきずり、生涯その愛を貫いた。
それが完全恋愛かと思いきや、最後にどんでん返しがある。
「そっちかぁ~」と、爽快に騙される。
と同時に、隠し通した恋愛に、痛みと切なさが入り交じる。
帯に書いていたことはこれだったのかと、納得させられてしまう。

特に引きつけられたのは、昭和20年代のシーン。
福島県の山奥の村社会の有様、民主主義へと変わっていく社会、
その時代の民家と自然、そうした全てが薄暗くも鮮明に描かれており、
心がピンとして物語に入り込めた。

トリックの描き方も無理なく楽しめるが、
やはり心理描写と時代背景を、うまく描いている。
重要な謎を謎のままにしている書きぶりではある。
しかし、それも気にならないほど、軸がしっかりとした作品である。
そして、最後のどんでん返しで、読み手も全てを受け入れてしまう。

2008年作品を対象にした「第9回本格ミステリ大賞」受賞作であり、
「2009年版このミステリーがすごい」でも第3位。
それも十分に納得できる見事な作品である。
あまりに切なくて、こんな恋はできないぜ、ウーイェイ!

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 『蝉しぐれ』を読んでくださってありがとうございました。また、期待以上に高い評価をいただいて、推薦して良かったと思いました。
 『蝉しぐれ』は、20代の未婚の男子に是非、読んでもらいたい、そんな作品です。10代じゃピンと来ない、30代以上又は既婚者じゃグッと来ない。私にとっては、青春の1冊です。もっとも、私の『蝉しぐれ』は、ずっと前に「将軍様」という人に貸して、それっきりなんですが。
 藤沢周平作品は、たまーに読むといいです。続けて読むと、何となく飽きちゃいますね。
 私は、カラオケで、テレサ・テンの歌が出てくると、「あー、やっぱりいい唄だな。こういう唄が、普通の人の心にじんわりとくるし、ずっと歌いつがれるんだろうな。」と感じるんですが、そうした感覚に似ていると思います。
 ちょっと僭越でした。
【2009/07/28 23:32】 URL | 迷犬チーズ #-[ 編集]

迷犬チーズ氏、コメントありがとう。
「蝉しぐれ」は40代でもぐっときました。
仕事中に、「早く家に帰って、本、読みてえ」と思わせ、
実際、夕食後は即座に読書タイムとなり、
この作品を読んでいる期間は、全く夜にテレビは見ませんでした。

私が「蝉しぐれ」を読み始めたことを君に報告したところ、
君は連日のように、「どこまで読みましたか?」と、
ある意味、せかしているともとれるようなメールをくれたな。
あれは私の読書テンションを上げました。
さらに、君が石垣島へ旅行に行き、帰って来るやいなや、
「読み終わりましたか?」とメールを寄こしたこと。
君のフォローアップぶりには感服です。

私にとっての「蝉しぐれ」のテーマは、「受け入れること」です。
受け入れて大人になっていく様は、ほんとにジーンときました。
【2009/07/29 00:44】 URL | クグエSW #-[ 編集]















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