先日、酒の席のこと。
ロック知人、Y子(ワイコ)と話した。
それまで彼女とは、少しだけしか話したことがなく、
しかも、暗い場所でしか見たことがなかったため、
顔さえはっきり覚えていなかった。
当然、素性もほとんど知らなかった。
「Y子さんは、どの辺りに住んでるの?」
「八軒です。琴似駅の結構近くです」
「あ、そう。結構にぎやかなとこだよね」
「あ、そうだ! 言おうと思ってたことが」
「え、何?言っちゃってくれよベイベー」
「蘭句のラーメン食べに行って下さい」
「蘭句」は「らんく」と読む。
札幌市西区八軒4条3丁目の
目立たない場所にある小さなラーメン店である。
ほとんど知らない間柄でありながら、
彼女は、なにより最初に蘭句のラーメンを薦めてきた。
これは、相当に美味しいということだろう。
「蘭句」は、かねて気になっていた。
これまでSK新開(エスケイ・シンカイ)氏をはじめ、
何人かの人から、美味しいという話を聞いていた。
Y子は、その誰とも知り合いではない。
全く関係のない人2人以上の人から薦められたら、
その店に行く確率90%超を誇る私は、
確実に気持ちが高ぶってきた。
味のこと、店の雰囲気、場所などの基本情報を把握するべく、
私はY子に色々と聞いた。
しかし、Y子が私に伝えたかったのは、
そうした基本情報ではなかった。
彼女は言った。
「味より何より、店の男の人が松尾スズキにそっくりなんですよ!」
松尾スズキは、阿部サダヲや宮藤官九郎などが
所属する劇団「大人計画」の主宰者であり、
自らも俳優もこなし、本も結構出版している。
エキセントリックで、シュールでコミカル、
それでいてロックンロールであり、
ほのぼの、時々胸キュンな、
そんなカルチャー・シップにあふれた方である。
Y子は、蘭句の店主がいかに松尾スズキに似ているかを
一生懸命話してくれた。
私は嬉しかった。
私が松尾スズキという、一般的な知名度が決して高くはない人を
知っていると思っていたことが嬉しかった。
ただ、その時は松尾スズキの顔が、いまいち浮かばなかった。
その代わり思い出したのが、
松尾スズキが監督をした映画「クワイエットルームにようこそ」だった。
薬を過剰摂取し意識を失った女性が、
精神病院の閉鎖病棟に強制入院させられた14日間を描いた作品で、
面白くも切ない、非常にいい映画だった。
この5年間で見た映画の中では、一番好きかもしれない。
蒼井優と大竹しのぶの女優としての才能にも圧倒される。
特に蒼井優は、この年代の女優の中では、ちょっと格が違うと
思って見ているが、この作品でもいい味を出している。 ←松尾スズキ氏(本物)
ところでY子は、気づくと別の話を始めていた。
JR琴似駅近くの「てら」というラーメン屋の前で
河口恭吾(何年か前に「桜」がヒット)に似た男が自転車を駐めていた。
彼は、開店前なのに店に入っていった。
だから、「てら」の店主は、河口恭吾似だという話を始めた。
「ほんと、河口に似てたんですよ!」と、
名字のみ呼び捨て状態でエキサイティングに説明してくれた。
しかし私の頭の中は、松尾スズキでいっぱいだった。
必ず近いうちに「蘭句」へ行こうと決めた。
Y子の影響を受け、正直、ラーメンを食べることより、
松尾スズキ似の店主を見たい気持ちが上回っていた。
そして、この飲み会から約1週間後、「蘭句イン」した。
店主の方は、確かに松尾スズキに似ていた。
笑えた。
松尾スズキに似ているから笑えたのではない。
Y子が、松尾スズキに似ていると気づいたことに笑えた。
しかも、そのことを私に熱く語ってくれたことに笑えた。
一番人気の塩ラーメンを食べた。
非常に美味しかった。
鯛ダシを使っているせいか、若干なべっぽい味のするスープだが、
魚系和風味と肉系ダシが融合し、
品のある香りが出迎え、後からほのかな甘みが追ってくるようで、
食べ出したら、箸が止まらなくなった。
麺はやや太めの白っぽい縮れ麺。
私は、細めストレート麺より、こういうタイプの麺が好みである。
チャーシューも美味しかった。
ガスバーナーで炙ったような焼き色がついた大きなチャーシューで、
くどすぎず、旨みが程よかった。
ダシの出方が丁寧で本格的であると同時に、
どこか大衆的風情のある味にはまり、
珍しくスープまで完食した。
難点を言わせていただくと、
店はカウンターのみ8席だが、席と壁との間隔が狭い。
また、松尾スズキが一人で店を切り盛りしていることもあり、
立ち待ち客のさばきがスムージーではない。
建物が古いこともあり、常にすきま風を感じることも注意である。
しかし、もう一度食べたくなる味だった。
店主松尾スズキの雰囲気もなかなか良かった。
店内は決して、クワイエットルームではなかった。
松尾スズキを知っている方には、たまらない店である。
今度は、河口恭吾を確認に行かなければならない。