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平成11年の直木賞受賞作品。
これはすごい作品だった。
圧倒的な筆力で、どんどん読まされた。
ストーリーだけ追っても面白く、構成の巧さで面白さが増し、
涼しい顔をしてえぐるような文章表現に、ため息が出る。
結果、一言で説明するならば、「すごい作品」だった。

柔らかな頬・上 柔らかな頬・下

東京で製版会社を経営する家の妻、「カスミ」(30代後半)が主人公。
カスミは、取引関係にある広告代理店に勤務している「石山」
という男と浮気をしている。
当然、石山とカスミの夫も知り合いである。

やがて石山は、支笏湖畔の山の中に別荘を購入する。
そこに、カスミの家族(夫婦と子供2人)を招待する。
別荘に滞在中のある朝、カスミの長女(5歳)の行方がわからくなる。
何日経っても、何週間経っても発見されず、手がかりもつかめない。
ここから、カスミの人生は変わる。
カスミの人生は、長女を捜すことが全てになる。
そんなカスミの4年以上に及ぶ捜索と、
それを取り巻く人々の物語である。

物語は、常にカスミを軸として進む。全くぶれない。
前半、カスミの脇役の中心は石山であり、
舞台は支笏湖畔の山の中。
後半は、元刑事である「内海」という男が脇役の中心で、
舞台は小樽と留萌の海岸になる。
そう、男の名字と同様、話の舞台は、前半が山で、後半は海である。
また、物語が進むにつれて、様々な謎や心の奥に潜むものが、
山から海へ流れ込む川のように、次々と明らかになっていく。

そして、お気づきのとおり、北海道が舞台である。
特に小樽と留萌の場面は、「あの辺りじゃないか?」と想像できるから、
さらに引き込まれてしまった。

小樽の場面は、朝里の海岸である。
そのシーンは、このように書かれている。
「浜を一目見て、カスミは驚きの声をあげた。
 あまりの狭さにだった。
 道から波打ち際まで、わずか数メートル。
 砂浜はなく、川の下流に転がっているような大きな丸い石が
 ごろごろしている。

 駅舎の前の道路は、車がやっとすれ違える程度の細さで、
 海沿いに延びている。
 道路沿いに寂れた商店街が数軒と、漁師の家がぽつぽつと続いている。
 そうした家並みの中に、ラブホテルとコンビニが忽然と立っている」
 
実際、朝里の駅前は、小さな商店らしきものが1軒あるだけで、
そのほかには漁師らしき家しかない。
ラブホテルとコンビニは、隣駅の銭函である。
しかし、「朝里」というマイナーな土地を取り上げたことや、
確かに、あの辺りの海岸は、波打ち際の距離が異常に短く、
異様だとさえ思える雰囲気がある。
それを思い浮かべたら、見に行きたくなってしまった。
そこで、ライブが終了し、行き先が見えない空っぽの私は、
9月28日日曜日、朝里海岸まで行ってきた。

朝里海岸  

作者である桐野夏生は、ここを訪れたはずである。
そして、この波打ち際の狭さや、朝里駅前の侘びしさに
感じるものがあったのだ。
そう考えると、「柔らかな頬の舞台になった」という観光地に
来ているような気分になった。

留萌は、主人公のカスミが高校生まで過ごした生まれ故郷であり、
娘を捜して最後に行きついたところ、という設定である。
ただし、留萌市ではない。
まず、物語の最初の方でこう書かれている。
「左側に雄冬岬、右は稚内まで続くまっすぐな海岸線」。
具体の市町村名は書かれていない。

小平と鬼鹿の間の海岸沿い 

読み進むと、「留萌郡にある喜来村(きらいむら)の出身である」

という文章が出てくる。
喜来村という村は実際にはなく、架空の村である。
しかし、「留萌郡」は実在する。
そして、「留萌郡」に属するのは「小平町」のみである。

さらに、物語が進むと、
「留萌と羽幌のちょうど中間にある海沿いの小さな村」という記述がある。
留萌市と羽幌町の間の距離は50㎞ちょっとである。
小平町は、留萌市の北側の隣町。
小平町の本町は、留萌市から12、3㎞の距離にある。
ここは、留萌市と羽幌町の中間とは言えない。

しかし、小平町には本町の北側12、3㎞の距離に、
本町の次に大きい「鬼鹿(おにしか)」という集落がある。
ここがまさに、留萌市と羽幌町の中間であり、
この作品にある「留萌郡喜来村」という架空の村のモデルだろう。

喜来村に関しては、砂浜の様子や、
丘陵から下りて国道をわたる場面、夜の海鳴りや、
厳しい冬の寂しく閉ざされた感じなどが記述されている。
増毛町から天塩町あたりに住んでいる、あるいは、
住んでいた方が読んだら、鬼鹿の情景が目に浮かぶはずである。
非常に鬼鹿に行きたくなった。
しかし、札幌から車で3時間近くかかるため断念。
そこで、2年前に撮影した鬼鹿フォトを掲載しておこう。

鬼鹿メインストリート 

さて、こうした「クグエ的ご当地感覚」も、

この作品に惹きつけられた要因であるが、
やはり、最初に書いたように、筆力がすごい。
すごい作品は、一気に読みたくなるし、読まされてしまう。
また、短い時間に、たとえ2ページ程度しか読めなくても、
それまでの状況をぱっと思い出し、すぐに物語の中に引き込まれた。

特に心の奥にあるもののえぐり方には感服だった。
焦点を絞って徹底的に描いている。
それでいて、しつこくない。

例えば、カスミ夫妻が、石山夫妻の別荘へ到着し、
石山夫人である典子とカスミが挨拶を交わすシーン。
典子は、旦那の浮気を怪しんでいるが、
浮気の相手はカスミだと思っていない、という設定である。
「典子はカスミに丁寧にお辞儀をした。
 カスミは気まずく沈黙する。
 ここにいる自分こそが、典子を苦しめている張本人なのだと思うと
 苦しかった。
 しかし、実際に典子に相対すると、
 石山と子をなしたということ、そして石山と暮らしていること、
 すべてが羨ましく思える一方で、
 同じ男を好きだという連帯感のようも密かに湧いてくるのが妙だった」
こういう心理を描けたことに、ぞっとする。
しかし、理解できるのだ。

元刑事である内海は、ガンに侵されている。
もう直らないからと病院に行くのもやめる。
具合が悪くなって、自宅で横になる。
それを見守るカスミに、内海が問いかけるシーン。
「自分(内海)といると、ほっとするでしょう」
「ええ」
「それは、自分が死んでいく人間だからでしょう」
「そうよ。ねえ、もうじき死ぬってどんな気持ちなの?」
寒気がするような、興奮するような、すごい会話である。
しかし、理解できるのだ。

内海は札幌に住み、内海の妻は滝川市の病院に勤める看護師である。
妻は、月に何度か、内海の世話のために帰ってくる。
ただ、妻は、家事や看護などをてきぱきとするものの、
内海には、それが義務的に感じ、
ある時、「もう来なくてもいい」と言う。
妻は、自分は妻で、看護師だから、そういうわけにはいかないと言い、
二人は押し問答になる。
そして、内海が言った言葉。
「最期くらいは好きにさせてほしい」。
この言い合いのシーンは、この前後のシーンも含めて、
作者、桐野夏生の筆が冴えまくっている屈指の場面である。

おそらく、主人公であるカスミの行動や考え方に
共感できない人は
多いかもしれない。
不快に感じる人も少なくはないだろう。
私も共感はしにくい。
しかし、十分に理解できるタイプだった。

おそらくカスミの血液型はB型だと思う。

終盤、夢と現実が入り乱れて混沌とし、
なんとなく、展開がぼやけてしまうのが残念であり、
結末も賛否が分かれるところだろうが、
最期まで、「ぞっ」としたり、「はっ」としたり、圧倒されたりと、
引き寄せパワー全開だった。

また、カスミは娘を探し続けるのだが、
終盤、
探し続けていたものは、実は自分自身だったのだと
気づいていく心の動きは、
なんとも言えない切なさがある。
また読み返すことになりそうな、すごい作品である。
そして、このすごい作品が、古本屋では
上・下巻とも105円で売られていることもすごい。
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テーマ:読んだ本の紹介 - ジャンル:本・雑誌





読んでみます!
【2008/10/02 23:08】 URL | pippo #-[ 編集]

pippoさん、どうもありがとう。
ぜひ読んでみてください。
深層心理の描き方が絶妙で、「ドキッ」とすることの連続です。
また、10年近く前の作品なのに、全く古さはないです。
【2008/10/05 00:34】 URL | クグエSW #-[ 編集]















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