8日、プロボクシングWBCフライ級タイトル・マッチ、
チャンピオン内藤大助選手と同級1位のポンサクレック選手の試合が行われ、
「引き分け」ということで、内藤選手が2度目の防衛を果たした。
昨年10月の亀田大毅との試合で初防衛をした後、
テレビのバラエティ系番組の出演が多く、
今回の防衛戦は大丈夫なのかと不安に思っていた。
結果は引き分けだったが、内藤選手はいい試合をした。
と同時に、実力の向上をうかがい知れた。
特にスタミナ面、それと、劣勢の場面でも、
足を使い、手数を出し、傷口を広げなかったこと。
この2点の成長は素晴らしかった。
3人のジャッジは、1人が内藤選手の勝ち、1人がポンサクレックの勝ち、
1人がドローと、三者三様だった。
私の目から見ても接戦であり、僅差の判定になると思った。
ただ、少し厳しい目で見ても、ドローだろうと思った。
それだけに、「ポンサクレックの勝ち」という判定をした
韓国の審判には疑問を感じた。
心のどこかに、反日意識はなかったか。
私の勝手な思いこみかもしれないし、ただの過剰反応かもしれない。
でも、そう思わずにはいられない不可思議な判定だった。
内藤選手は、昨年10月の亀田大毅戦での勝利後、
知名度も上がり、すっかり人気者にもなった。
しかしそれは、チャンピオンであればこそである。
チャンピオンだから、あの飄々としたキャラクターがウケるのである。
今回の防衛戦で、仮にタイトルを奪われたなら、
「テレビに出過ぎだったから」などの批判を受けただろう。
その意味でも、今回もプレッシャーは大きかったはずだ。
まずはお疲れ様である。
ところで、内藤選手のことで、ずっと気になっていることがある。
内藤選手は、中学生の頃に受けた「いじめ」が、
ボクシングを始めたきっかけになっている。
「ケンカに強くならなければ、地元豊浦町に帰っても、またやられる」
として、ボクシングを始めた。
これは広く知られていることである。
ここで気になるのが、中学生の頃、内藤選手をいじめた人達である。
つまり、いじめメンバーと内藤選手の関係は、
チャンピオン内藤大助選手と同級1位のポンサクレック選手の試合が行われ、
「引き分け」ということで、内藤選手が2度目の防衛を果たした。
昨年10月の亀田大毅との試合で初防衛をした後、
テレビのバラエティ系番組の出演が多く、
今回の防衛戦は大丈夫なのかと不安に思っていた。
結果は引き分けだったが、内藤選手はいい試合をした。
と同時に、実力の向上をうかがい知れた。
特にスタミナ面、それと、劣勢の場面でも、
足を使い、手数を出し、傷口を広げなかったこと。
この2点の成長は素晴らしかった。
3人のジャッジは、1人が内藤選手の勝ち、1人がポンサクレックの勝ち、
1人がドローと、三者三様だった。
私の目から見ても接戦であり、僅差の判定になると思った。
ただ、少し厳しい目で見ても、ドローだろうと思った。
それだけに、「ポンサクレックの勝ち」という判定をした
韓国の審判には疑問を感じた。
心のどこかに、反日意識はなかったか。
私の勝手な思いこみかもしれないし、ただの過剰反応かもしれない。
でも、そう思わずにはいられない不可思議な判定だった。
内藤選手は、昨年10月の亀田大毅戦での勝利後、
知名度も上がり、すっかり人気者にもなった。
しかしそれは、チャンピオンであればこそである。
チャンピオンだから、あの飄々としたキャラクターがウケるのである。
今回の防衛戦で、仮にタイトルを奪われたなら、
「テレビに出過ぎだったから」などの批判を受けただろう。
その意味でも、今回もプレッシャーは大きかったはずだ。
まずはお疲れ様である。
ところで、内藤選手のことで、ずっと気になっていることがある。
内藤選手は、中学生の頃に受けた「いじめ」が、
ボクシングを始めたきっかけになっている。
「ケンカに強くならなければ、地元豊浦町に帰っても、またやられる」
として、ボクシングを始めた。
これは広く知られていることである。
ここで気になるのが、中学生の頃、内藤選手をいじめた人達である。
つまり、いじめメンバーと内藤選手の関係は、
今どうなっているのかである。
和解したのか、今も許せないでいるのか、
一切関わりを持っていないのか、ということである。
和解したのか、今も許せないでいるのか、
一切関わりを持っていないのか、ということである。
世界戦に挑戦する際、地元豊浦町には後援会ができた。
世界チャンピオンになり、豊浦町をあげて歓迎した。
内藤選手が受けた「いじめ」についても、
色々な形でクローズアップされた。
こうなると、「当時、誰がいじめたのか」、「今はどうしてるか」など、
間違いなく話題になったはずである。
世界チャンピオンになり、豊浦町をあげて歓迎した。
内藤選手が受けた「いじめ」についても、
色々な形でクローズアップされた。
こうなると、「当時、誰がいじめたのか」、「今はどうしてるか」など、
間違いなく話題になったはずである。
なぜ、こんなことを考えてしまうのか。
私は中学2年の頃、いじめではないが、
上級生に呼び出され、なんらかんらとあった。
最も許せなかったのは、
常に向こうは7、8人で、こちらは1人だったことだ。
おかげで「徒党を組む」という言葉を、このころに知った。
「一人じゃなんにもできないくせに〜」と歌われる
RCサクセションの「シュー」という曲を、すごく好きになった。
こちらもやり返していたせいか、
そうした呼び出しが1か月の間に3回くらいあった後は、
一切ちょっかいを出してこなかった。
その7、8人のうちの3、4人とは、
今でも、地元のイベントや墓参りなどで偶然会うこともあるが、
言葉を交わすことは当然なく、一瞬にらみ合って、お互い無視である。
金八先生は、「中学の時の友達は一生の友達だ」と言う。
私は、「中学の時に険悪な関係になった人とは一生険悪だ」と言いたい。
それだけに、内藤選手といじめメンバーとの今の関係が気になる。
というか、40歳を過ぎて、
こんなことが気になっている私は何なのだろう。
もっと考えるべきことがあるはずだ。
世の中、なかなか思うようにはいかない。
おかげで、やりたいことがなくならない。


