ADMIN TITLE LIST
2017年3月25日、帯広市「ホーリーズ」で開催された
ライブに出演した。

セットリストは次のとおり。
1 魔法のブーツ
2 ほどほどに
3 あんなに好きだったのに
4 白樺の街
5 無人駅のブルーズ
20170325_02.jpg 20170325_01.jpg
最後の「無人駅のブルーズ」は、
曲指定でアンコールをいただき演奏した。
アコースティック活動においては、
私といえば「無人駅のブルーズ」の人、とイメージする方が多くいて、
ホーリーズでは特にそうだった。
ありがたいことだ。
印象に残る曲をひとつでも残すことができて嬉しいかぎりだ。

この日も転勤に関して色々と声をかけていただいた。
音楽を通じて多くの人達と知り合えたこと、
その場を提供してくれたホーリーズというスペース。
この3年間の帯広での経験は、ほんとうに大きなものだった。

こうしてできた様々なつながりを、
これからもっと深めていけると思うだけに、
帯広市に住まいが無くなるのは心残りではある。
それだけに、このつながりを絶やさず大切にしていきたい。
20170325_03.jpg
4曲目の「白樺の街」は出番を待っている間に演奏しようと決めた。
この曲の「君と歌うよ 広い世界の片隅の小さな夜が
かけがえのないものになってゆく」という歌詞は、
帯広での小ぢんまりとしたアットホームなライブが
私にもたらした幸福感みたいなものを表現しており、
それはまさにホーリーズの夜でもあったからだ。

「白樺の街」のサビの歌詞は、
「黄色いバスが行く この街もいつか懐かしくなる」。
懐かしくなる「いつか」はずっと先であればいい。
懐かしくならない程度に、今後も帯広通いができたらと思う。

気がかりなのは、パーフェクトに黄色いバスの比率が
下がっているように感じること。
車体の側面がまるごと広告になっている車両が増えた。
しかしそれは憂うべきことではない。
帯広・十勝の活性化を考えれば喜ぶべきことだ。

十勝における互助の精神みたいなものは随所で感じた。
十勝エリアの中で、お互いに助け合い、支え合い、
活力を生み出し、ここで完結させる。
音楽活動の面でもそれを強く感じた。
十勝は素敵なところだ。

スポンサーサイト

「ディス・イズ・十勝」なところ、
いわゆるトカチックなところを歩いて巡る「大人の遠足」。
この中の一ジャンルとして「店舗シリーズ」がある。
これまで、いちまる、ますやパン、インデアンカレーなどを巡った。

このシリーズの中で、果たさなければとずっと思っていたのが、
「鳥せいチェーン巡り」だ。
ただ、鳥せいは十勝全域にあるため、
全ての店に歩いていくのは困難だ。

そこで思いついたのは二つ。
ひとつは、帯広市内にある鳥せい6店舗を巡り、
最後に帯広中央店で打ち上げをすること。
ただ、鳥せいの開店時刻は早い店で16時。
終了時刻は20時を過ぎるだろう。
夜のピクニック状態だ。
なので、日没時刻が遅い6月から7月にトライすることにした。

もうひとつは、清水町の本店に行くことだ。
鳥せい発祥の店だ。
いわば聖地巡礼だ。
しかし、この季節に帯広駅から33kmも歩けるのか。

問題ないぜ。
もう雪道ではないし、気温もプラスだ。
それに私には大人の遠足の経験とノウハウがある。
他の何にも活かすことができない経験とノウハウが。
これを活かせるのは大人の遠足の新たなトライしかない。
繰り返すことと継続することでしか進化しない例の典型だ。

というわけで、3月23日9時06分、JR帯広駅。
20170323_01.jpg
天候晴れ、北西からの風やや強し。
向かい風の中、スタート。

JR帯広駅からひたすら西へ向かう遠足ルートは何度も経験したので、
距離感、時間経過の感覚を身体で覚えている。
休憩する箇所も、開成病院近くのセブンイレブン、
JR芽室駅、御影のセイコーマートのルーティンだ。

そのうちのひとつ、JR芽室駅、11時45分。
20170323_02.jpg
ここには、メムロックな表記がある。
「msg」だ。
英語の小文字なのが解せない。
「MSG」にしてもらいたかった。
まさしく、マイケル・シェンカー・グループではないか。

芽室駅の「msg」は、芽室ステーション・ギャラリーの略だ。
フライングVでも展示しているのか。
BGMは「イントゥ・ジ・アリーナ」か。
それくらいやってもいいだろう。
それにしても、なぜ英語の小文字なのか。

芽室駅から国道38号線に出て、西へと歩く。
風も西から吹いてくる。
20170323_03.jpg
マイケル・シェンカー・グループは聴かず、
NHKラジオで籠池氏の証人喚問を聴きながら歩く。

御影のセイコーマートに着いた頃は、寒さに結構やられていた。
気温は5度くらいまで上がったと思うが、
絶えない向かい風と、ずっと屋外に居続けることで、
歩けど歩けど身体が温まらなくなってきた。
足腰の痛みはそれほどでもなく、とにかく寒さがつらい。
20170323_04.jpg
しかし、十勝の絶景が励ましてくれる。
鳥せい本店に着いたら、から揚げを食べるため、
から揚げから遠いものを食べながら進む。
芽室のセブンイレブンで大福とコーヒー、
御影のセイコーマートでよもぎ大福。
大福では満腹にならないが、空腹にもさせない。
そんなところが遠足向きだ。

で、15時48分、JR清水駅に到着。
20170323_06.jpg
事前に帰りの切符を買い、ストレッチをして身体を整えて、
場全の体制でいよいよ鳥せい本店へ。
JR清水駅から徒歩3分だ。
20170323_07.jpg
風格があります。
電線が乱雑すぎる。

オーダーしたのは、看板メニューの「から揚げ」(864円)。
20170323_11.jpg
16時45分の電車に乗るため、オーダーする食べ物はこれのみ。
飲み物はルービー。
車で訪れたらできないオーダーだ。
歩いてきたからこそ、十勝在住だからこそ、
ここはルービーしかない。

オーダーから15分後、からあげ登場。
20170323_08.jpg
このルービーは2杯目。から揚げを待っている間に1杯飲んだ。
衣がさくっと軽く、からっとしている。
しまっていながらもやわらかい肉。
できたて最高。すごいぜ本店。
やっぱり鳥せいのから揚げが一番好きですね。

20170323_09.jpg 20170323_17.jpg
さすがにから揚げ5個となると、ややきつかったが、
最後まで美味しかった。
もっとゆっくりしたかった。
それでも本店のブランドを楽しめた。

20170323_12.jpg 20170323_13.jpg
16時45分、清水駅から乗車。
高校生で座席はほぼ埋まり、
また、清水駅だけではなく、御影駅や芽室駅で仕事帰りらしき人が
それなりに乗った。
帯広駅に着くまで、程よい混みようだった。

17時36分、JR帯広駅。
20170323_15.jpg
電車から見た帯広の街並みが名残惜しく思えた。
私の住む3階建てマンションも少しだけ見えた。
電車から、通り過ぎる我が家を見るのはなんとも切ない。
妻が私の知らない男性と、
私にしばらく見せたことのないような笑顔で話しているのを
偶然見かけたときの気持ちと似ている。
いや全く似ていない。

遠足をして、帯広駅に戻ってきたときは、いつもなぜか寂しくなる。
しかし、ちょっと心地よい寂しさだったりする。
遠足は面白い。


三連休だった。
ほとんど家の中で過ごした。
三連休のうちの一日は大人の遠足をする予定だったが、
ウイークデーの疲れと、「引越すんのか~」という面倒な気持ちと
落ち着かなさに浸食され、遠足機運が高まらなかった。

かといって、引越の準備を大してするわけでもなく、
食べて、本を読んで、眠る、を繰り返して過ごした。
正月休みのようだ。

三連休三日目にして、CDと本のみ段ボールにつめた。
今、段ボールにつめられるのは、
今後2週間の間に使わないものに限られるし、
積極的に色々と詰め込んだら、
家の中が段ボールで窮屈になってしまう。
なので、CDと本のみで段ボール詰めをやめた。

そんな作業の中、売りに出す単行本や文庫本をセレクトし、
帯広のブック・オフへ。
20冊くらい売ったが、1,500円くらいにしかならなかった。
300円超えが4冊で、あとは全部30円以下だった。
これなら30円以下の本は、帯広市図書館に寄付すればよかった。
と思ったのは、ブックオフからの帰り道だった。

そういうわけで、今回はブックレヴュー。

■住野よる「また、同じ夢を見ていた」(2016年)

   また同じ夢を
小学生の女の子の話。
学校では孤立しながらも、いつも毅然としている。
嫌われることを恐れない。とにかく潔く、それが微笑ましくもある。

ファンタジー・テイストの設定で、ふわふわしていて、
何かしっくりこないところはあるものの、
彼女のキャラクターに引っ張られて面白く読めた。

いじめられっ子の同級生を支える場面は涙を誘う。
「幸せとは何か」が軸にある展開で、
大人にはリフレッシュ効果があるかも。
筆者のほかの作品も読んでみたくなった。

■住野よる「君の膵臓を食べたい」(2015年)
   
君の膵臓
というわけで、筆者のデビュー作をブックオフで買ってきた。
本屋大賞やダヴィンチなどで上位に入賞した作品でもある。

すい臓ガンを患った女子校生と同じクラスのさえない男子生徒の話。
彼女はわずかな余命を思い切り楽しもうと積極的に活発に過ごす。
それに付き合わされる男子生徒。

ガンを患っているにしてはやけに元気なこと、なぜ彼女はこの男子
生徒と過ごそうとするのかなど、違和感を覚えるところはあるものの、
途中からは彼女に死んでほしくないと思いながら読んだ。

文章密度は薄目で、上滑り感があるし、都合もいいが、
先を知りたくてすいすい読める。
小説や文学を敬遠気味の方も入りやすい内容だと思う。

■辻村深月「島はぼくらと」(2013年)
   
島はぼくらと
瀬戸内海にある小さな島に住む高校生4人を通じて、
島での生活、しきたり、いざこざ、本土との関係などを描いた作品。
辻村さんらしい丁寧さ、広がり、安定感、読みやすさがキープ
されており、小説として立派な作品。

残念だったのは、気になるような土台が様々設定されたのに、、
その上に何も構築されない感じがしたこと。
伏線だと思ったところが、その後触れられず流されたような。

高校を卒業した彼らの物語も描いてほしい。
その先を知りたくなるような魅力的な話だったのは間違いない。
ただ、小説のジャケットはいただけない。
登場人物を視覚でイメージさせるのに私は反対だ。
映画化されて、そのキャストの写真が文庫の帯に載っていると、
自分の想像を制限されたようでいい気持ちはしない。
実際、映像化を視野に書いている小説もあるだろうが。
などと言いつつ、この作品は映像向きのように思う。

■太田紫織「あしたはれたら死のう」(2016年)
   
あしたはれたら
十勝大橋から十勝川に飛び降り自殺を図った高校生の男女。
男子は亡くなり、女子は助かった。
ところが、ここ半年の記憶が無くなり、自殺の理由もわからない。
彼女は少しずつ記憶を取り戻していき、自殺に至った経緯を知る。

彼女の住まいは音更町、高校は帯広市。
つまり十勝が舞台の作品であり、
その理由だけで長崎屋4階の喜久屋書店で購入。
柏林台や緑が丘公園、それに長崎屋が長野屋とアレンジして
登場するが、全体的にあまり十勝の空気や風土を感じなかったのは残念。
とはいえ、十勝を舞台にしてくれたことが嬉しい。

不愛想でありつつも決然とした主人公のキャラは面白く、
自殺未遂後、敵視してくるクラスメートや教師、そして家族と
戦いのような日々を送る様子は、なかなか読ませてくれる。
筆者は音更に住んでいる、あるいは住んでいたと聞いたことがある。
また十勝作品を書いていただきたいと願う。

                     

今回の4作品の表紙はいずれもアニメ絵だった。
近年はこのパターンが増えているような気がする。
アニメ的なライトなイメージを与えるためなのだろうか。

最近、アニメというか、漫画チックだなと思ったのが
サンシャイン池崎氏のパフォーマンスだ。
お笑い番組やバラエティ番組はあまり見ないので、
サンシャイン池崎という人が売れてきているのは、
なんとなく感じるだけで、パフォーマンスをきちんと
見たことがなかった。

たまたまYoutubeで見かけた。
自己紹介だけで一ネタにしてしまうことがなんとなく面白く、
様々なネタを見ているうちに、
ですます体で、わかりやすく話すことや、
動きのキレとその裏側にある体調管理、
それと、いい意味でのくださらなさに妙な好感を持った。
特にトランプの手品ネタは馬鹿馬鹿しさのポイントが素晴らしい。

彼のパフォーマンスは漫画やアニメを実演しているようだ。
単純に面白い。
あんなに全力で「イェーイ」をすることに感動さえおぼえた。
ちょっと憂鬱で、落ち着かない気持ちが、
彼の芸によって緩和された。
レスキューしてくれるものは色々とある。
前を見なくちゃいけない。


数日前から風の強い日が続いている。
帯広は4月、5月に西風が強く吹く。

つまり春が近づいてきたということだ。

なのに私は帯広を離れなければならなくなった。
あと2週間ほどしたら岩見沢市民になる。
新たに住むところも引越の日時も決まった。
これから引っ越しに向けて、なんやかんやとあるわけだが、
まだ頭の中が整理できず、なんやかんやをする気にならない。

〈自宅の近くも春ムード〉
20170318.jpg
仕事がそこそこ忙しかったのに加え、
この10日間くらいは一日おきに飲み会があり、
家に帰ると、疲れと寂しさのせいで何もする気にならず、
それでいて頭の中は妙に開いている感じがして眠気が押し寄せない。
どこにも収まれない浮つき感。
地に足がつかず、どこかふわふわしている。

疲れているのに眠れず、夜中にだらだらとインターネット。
今月中に帯広・十勝で行っておくべきところはないだろうかと
ネット連鎖をしていたら、「キャデラック・スリム」との文言に 出会った。

「キャデラック・スリム」は1981年にデビューしたロックバンド。
当時10代半ばだった私は、彼らの「孤独のメッセージ」という曲を
FM放送からマクセルのカセットテープに録音し、
AIWAのラジカセでよく聴いた。
サビは今でも口ずさめる。

その「キャデラック・スリム」が帯広出身であることを 今になって知った。
てっきり苫小牧出身だと思っていた。
そのため、帯広で全くキャデラック・スリム・トークをしなかった。
「さくらまや」さんの話は何度かしたにもかかわらずだ。

そこからは、キャデラック・スリムのyoutube映像を見まくった。
10代で見たり聴いたりしていた頃のイメージと異なり、
ソリッドで切れ味があり、ザ・ポリスやザ・ナックの影響を
色濃く受けたことがうかがえる、きちんしたロックバンドだった。
このジャンルのロックバンドは今も昔も少ない。
全国的に見ても少ない。
もしかしたら、そこそこいるのかもしれないが、
商業的には成功しずらいサウンドだ。

キャデラック・スリムをきっかけにして、
80年代前半の日本のロックバンドの映像をたくさん見た。
「ロンリーハート」がヒットしたクリエーションのボーカルが、
ザ・カーナビーツのアイ高野氏だったとは。

そもそもザ・カーナビーツを知ったのは、
遠藤ミチロウ氏のアルバム「ベトナム伝説」に収録された
「好きさ好きさ好きさ」を通じてなので、
時系列で見ると、クリエーションが活動していた頃、
私はザ・カーナビーツもアイ高野氏も知らなかったことになる。
アイ高野氏の声量がすごかった。
演奏も素晴らしくクオリティが高く、
80年代終盤からのバンドブーム以前のロックバンドの演奏力の
高さを再認識した。

もうひとつ衝撃的だったのが「SHOGUN」。
当時、SHOGUNをテレビで見た記憶がなく、
もっぱらBASFのカセットテープに録音した「男達のメロディ」や
「ロンリーマン」をAIWAのラジカセで聴いていただけだった。

演奏がうますぎる。
それと芳野藤丸氏のボーカルがすごい。
スモ―キーな渋い声の中に柚子のようなさっぱり感がありつつ
声量があり、音程がしっかりしている。
ライブ演奏であれだけのパフォーマンスは考えられない。

ふと気づくと午前2時になっていた。
何かしなければいけないのに、落ち着かず、ふわふわして、
何にも手をつけられず、ただ時間を食いつぶすように過ごしていると、
時間が経つのが遅いし、と同時に、今何時何分なのかが
なんとなくわかったりする。

しかし、ひとつのことに集中すると、時間の経過の感覚がなくなる。
気づいたらかなり時間が過ぎている。
キャデラックスリムをきっかけに優れたロックバンド映像の数々を、
時間も忘れて見たことで心の重みがとれた。
エモーショナルなレスキュー作用が働いた。
ロックにまた救われた。



2017年3月11日土曜日、
帯広市HIPSTER(ヒップスター)で行われたライブに出演した。

セットリストは次のとおり。
1 ほどほどに
2 あれからどうした
3 魔法のブーツ
4 あんなに好きだったのに
5 潮時
20170311_01.jpg 20170311_02.jpg
HIPSTERは、「チャボ」がリニューアルしてオープンした ライブハウスで、
この日が初ステージだった。

ライブ前日に帯広から岩見沢に転勤になることが決まり、
ライブ当日は早朝に帯広を出て岩見沢で新居探し。
夕方に帯広戻り、バナナを食べ、ココアを飲んで、ライブ会場へ。

3週間後には帯広から出て行かなきゃならないのかと思うと、
ふわふわしているような、ごちゃごちゃしているような、
複雑で落ち着かない心境でライブに臨むことになった。

ステージに立ったら集中してできたが、
ステージを降りて、他の出演者のパフォーマンスを見ていたら、
寂しい気持ちになったり、
引越にあたりあれもこれもしなければならないと憂鬱になったり。
20170311_03.jpg
奇しくも、「潮時」という曲を最後に演奏した。
2月の中頃に作った曲で、披露するのはこの日が2回目だった。

                       

潮時

たそがれ 街角 やさしく寂しい
Oh Baby
どうして胸はざわつく
幸せ それは「なる」ものではなく
Oh Baby
「感じる」ものだと思うんだ

良かった頃 しがみついて 振り回され 傷つき
なのになぜやめられぬ ひとつもいいことないのに

そろそろ潮時 抜け出すチャンスさ
Oh Baby
道なり行けばそれなりに

うまくいかず ふさぎ込んで 振り落とされ 嘆いて
なのになぜ繰り返す ひとつもいいことないのに

そろそろ潮時 今宵も更けてく
Oh Baby
道なり行けばそれなりに
Oh Baby
そりゃまあ色々あるけど
また会える日まで どうかお元気で

                       


スローな三連符の曲で、大人多めの帯広の夜のライブハウスで
歌うことをイメージして作った曲。

潮時という言葉は、終えたり、あきらめたりするタイミングのような
意味で使われていることが多い印象があるが、
正しくは「グッドタイミング」というような前向きな意味だ。
(日本語の意味を英語で説明するのも変だが)

過去にすがりついていないで一歩踏み出せば、
そこには道があって、とりあえずそこを行けば、
それなりの何かに出会えるよ、という歌詞なのだが、
現在の心境と重なるところがあり、
それが逆に、自分で作った曲なのに、別の人が作った曲のようで、
不思議な感覚だ。
20170311_04.jpeg
帯広でのライブは、どことなくルーズで、アットホームで、
すっかり居心地が良くなった。
岩見沢に移り住んでも、 定期的に帯広にライブをしに来れればと思う。

さらに色々なものに出会って、様々な経験をするための、
ひとつの潮時なのかもしれない。
そうじゃないのかもしれない。
よくわからない。
考えないようにしよう。
3週間をきった十勝ライフを楽しもうと思う。


先日、仕事帰りに帯広の飲み屋街を歩いていた。
20時30分頃のことだ。
一次会を終えて、店から出てきたばかりの20人ほどの男女。
固定のサラリーをもらって働いている面々で、
そのカンパニーの飲み会だったようだ。

一番盛り上がっていたのは、上司とおぼしき50代の男性。
「〇〇はまだ店の中か。早く呼んで来い!」、
「次の店、どこなのよ」など、立て続けに大きな声で喋っていた。
大層ごきげんだった。
それに追随する30代、40代の男、
二次会には行きたくなさそうにしながら、
少し離れたところにいる女性陣。

この女性陣は果たして無事フリーになれるのか。
「さっさと帰るべきだ、そうすべきだ」と応援しつつ、
もう少し観察したい気になった。

中堅クラスの男が女性陣に「カラオケならいいよね」と言うと、
50代の男が「〇〇さんは歌姫だからな、はっはっはっ」とかぶせた。
今時、歌姫って…。

「今の若いものは」というフレーズは永遠に繰り返すのか。
私が発したことがないフレーズである。
常々言ってきたことだが、自分より若い世代の方が
よっぽど冷静だし、威張らないし、真面目だ。
なので、同世代よりよっぽど付き合いやすい。
「今の若いものは」と話す中年にちょっとイラッとくるほどだ。

過去の仕事ぶりを、いかにも勇ましいことだったかのように
誇張したり、美化したりする中年も相変わらず多い。
聞かされる方のうんざり感を想像できないのだろうか。
過去のことより、現代をクローズアップしてほしいぜ。

日本には、無礼講というものは現実の世界には存在しないし、
カンパニーの飲み会は場所を変えての事実上の残業とも言える。
お酒を飲んで、本音を言ったり聞いたり。
それは否定するものではない。
ただ、
ビジネスに関して言うべきことは、
全部カンパニー内で言うことを徹底している私には面倒に思える。
しかし 裏を返せば、アルコールを絡めた本音交換をする上司を
面倒見がいいと捉える人もいるわけで、
結局のところ、どーでもいーぜ、そんなこと。

ところで、二次会参加を避けたがっていた女性陣だが、
「飲みニュケーション、飲みニュケーション、はははは」と
ごきげんにかましている中年男と少し距離をとりつつも、
後ろについて歩き始めた。
「1時間で帰ろうね」、「行かないとうるさいからね」と
話す声が聞こえた。
完全に「飲みニュケーション・ブレイクダウン」だ。

なお、この顛末を見届けるため、約5分間、
待ち合わせの体で彼らの近くにただ立っていた私もどうかと思う。



| HOME |

Design by mi104c.
Copyright © 2017 トゥナイト今夜もRock Me Baby, All rights reserved.