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2016年も大晦日を迎えた。
仕事の都合で、今年も帯広で年越しだ。
昨日に引き続き帯広は快晴だ。
十勝の冬らしい圧倒的な青空だ。
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年末年始は基本的にテレビのスイッチはオフだ。
がやがやと落ち着かない番組が多いからだ。
思い切って通常どおりの番組をやってくれないかと思う。
朝はイチモニからのNHKニュース、夕方はどさんこワイド
というわけにはいかないのか。
社員の休日の都合上できないのだろうが、
年末年始こそ、「あいりチャンネル」や「奥さんお絵かきですよ」や
リアルタイムの街の様子を観たい。

大晦日の夜は、7、8年くらい前から、
ラジオを聴くか、なぜかクラシックを流したりして過ごしてきた。
ところが、この1、2年、変化が生じている。
断片的ではあるがNHK紅白歌合戦を見るようになってきた。

大晦日の夜のテレビ番組といえばマンネリ感が甚だしく、
なかでもNHK紅白歌合戦はその象徴のような存在だ。
そのマンネリ感が今になって逆に気になってきた。
紅白のマンネリ感を味わうことで、
大晦日を実感できると思えるようになった。
紅白あるある、みたいな場面を楽しめるようになった。

レコード大賞は変わりすぎた。
新人賞はトシちゃんなのか、松田聖子なのかで大興奮したのは
何だったのか。
布施明、沢田研二、ジュディオング、寺尾聡。
70年代から80年代初めのレコード大賞は大きな楽しみだった。
ウインクや光ゲンジあたりから見なくなり、今も継続中だ。

一方、NHK紅白は、中継放送も可になったり、
いつからか時間が拡大されたこと以外は、
大して活躍もしていない常連が中心にいるという
閉塞感と様式感の強いイベントであることを継続していた。
それがここ1、2年、少し変わりつつあるようだ。
大御所と言われる方々の引退及び落選があるようだ。

私が紅白回帰に動き始めたのは、
こうした過渡期状態が気になってきたのかもしれないし、
きちんと見ていた昭和50年代へのノスタルジアなのかもしれない。
また、世の中の年末ムードが年々薄れてきているから、
紅白で実感したいのかもしれない。

そんなこんなを考えると、年末テレビのマンネリ感は
ある程度「あり」だなと。
変わらずにマンネリであることで、その時期をきちんと認識できる。
変わらずにそこにある安心感は必要なのかもしれない。

桜、お祭り、土用のウナギ、お盆の渋滞など、
季節の風物詩的なものは毎年同じなのに、それを良しとしている。
年末テレビも同様。大してリニュアルしなくてよい。
変わり映えのないことこそが重要なのだ。
私のように回帰する人がいる。
そして、ジェネレーションごとにそれを繰り返すのだ。

すっかりテレビの話ばかりになってしまった。
私は大晦日の帯広で9時と14時に外出した。
上にある最初の写真は10時頃の十勝大橋。
この写真は14時頃の帯広駅界隈だ。
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相変わらず圧倒的な青空だ。
冬の十勝の青空は特産品だ。

16時過ぎ、用事を済ませ帰宅する途中の帯広駅北口。
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快晴シティ帯広に相応しい黄昏スカイだ。
16時になって街を走る車の量が激減した。
改めて大晦日を実感できた。

にもかかわらず、大晦日にして何か気持ちが整理できていない。
終わりをコーディネイトできず、やり残しているものがあるような
宙ぶらりんな感じがするからだ。
それは仕事が主要因だ。
ただ、あらゆることが継続していることでもあり、
未来があるということだ。

今日で申年は終わり、「さらばルーサー」となるわけだが、
ルーザーにはなっていないことを良しとしよう。
私は今、ザ・ビートルズの「アイム・ア・ルーザー」を聴き始めた。
「ビートルズ・フォー・セール」のA面の2曲目だ。

今年も、たくさんの方に支えられ、助けていただきました。
先日も、1か月以上更新していなかったブログにもかかわらず、
短期間で多くのリアクションがあったこと、ほんとうに嬉しく、
有り難く思いました。
来年は、いい感じで老いぼれつつ、
しぶとくキープ・オン・ロックンロールしていきます。
ありがとうございました。

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清水町で発生した鳥インフルエンザの対応で
あれこれやっているうちにクリスマスが終わっていた。
十勝で起こったこととはいえ、
十勝の大多数の人にとっては、自分の生活の範囲外のことであり、
全道に広げれば、もう既に記憶にさえ残っていない人がほとんどだろう。
鳥アレルギーを発症することもなく、
チキン&ケーキなクリスマスを過ごしたと思う。
平和だ。
それでいい。
多くの方々に心も体も影響がなかったということだ。

そして仕事は納められ、年末を迎えた。
このクリスマスの騒々しさと、年末のバタバタの間。
27日から29日くらいまでの期間が私は好きだ。
ぽかーんと空いたような、落ち着かないような、
エアポットみたいな数日がなぜか愛おしい。

27日はザ・クロマニヨンズの帯広公演へ。
飲み方を欠席して出かけた。
なぜなら大事な用事だからだ。
よく帯広に来てくれた。
有り難いぜ。
札幌は3デイズ公演にもかかわらず全てソールドアウト。
帯広だからこそチケットを入手できた。
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仕事のストレスを抱えたまま、
雷雨決行のような状態でライブ会場であるメガストーンへ。
盛り上がれるのかと心配したが、
クロマニヨンズのメンバーがステージに登場して、
全てのわだかまりが吹き飛んだ。
すごい人達のステージ・オーラはすごい。

圧倒的な突撃感。
CDと遜色ない演奏の確かさとクオリティ。
すげえな、本物だな。
中年には酷なオール・スタンディングにもかかわらず、
なんの不自由も不都合も感じなかった。

クラッシュやラモーンズなどへの敬愛の念を
これだけ心地よく体現させてくれるバンドは、
世界に目を向けてもクロマニヨンズがナンバーワン野郎だろう。
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彼らは年を重ねるにつれ、
メロディも歌詞もアレンジもよりシンプルになっているように思う。
贅肉がまるでない。
それでいて不足感がない。
だからダイレクトに伝わってくる。

開演時刻である19時ぴったりに前説が登場。
スマートかつユーモラスにロック色あふれるトークをする。
そして19時05分には、手品ミュージックでお馴染みである
ポールモーリアの「オリーブの首飾り」にのってメンバーが登場。
すぐに演奏が始まった。
しっかり予定時刻どおりに始める姿勢がほんとに素晴らしい。

メンバーのステージ衣装はお揃いのツアーTシャツだった。
そうできることがかっこいい。
アンコールでは、フロントの3人が上半身裸で登場した。
皆、贅肉の少なさが半端ではない。
筋肉はない。
驚くほどガリガリだ。
50代半ばに到達している人の身体ではない。
もう少し皮下脂肪があってもいいのに、というくらい骨が見える。
きちんとTシャツの似合うロックスターの身体に作り上げている。

彼らは表向きに語ることは決してないが、
ロックスターであるがために、相当な節制をしていると思う。
ボーカルの甲本氏は、あれだけ動いて、呼吸に苦しむこともない。
漫然と過ごして成しえることではない。
うわべだけの薄っぺらい装飾品はナッシング。
ファッションじゃねえんだよ。
好感がもてるし、共感の念が高まる。

ステージアクトもサウンドも、贅肉の無さがびんびん伝わった。
年をとると、知識や経験など様々な蓄積がある。
それは財産だし、見せつけたくなる人は多い。
しかし、使い方を誤るとげんなりするだけだ。
そういう意味では、クロマニヨンズのアウトプット感とピュア度はすごい。
音もパフォーマンスも見た目も余計な贅肉を見せない。
最小限かつ最重要なコアな部分を確実にアウトプットしてくる。
削り落とすことの大切さを再認識したライブだった。


1か月以上もブログを更新していなかった。
色々あって苦悩していたからだ。
それでも、12月23日金曜日、
スタジオレストでのライブに無事出演することができた。

セットリストは次のとおり。
1 世界は発見にあふれてる
2 チャンス
3 ゆとり
4 古いロックに埋もれたい
5 三日月の舟
6 大事な用事
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目に見えなかった壁、いや、目に見えないようにしていた壁が
次第に浮かび上がり、輪郭を表してきた12月上旬。
何か良くないことが起こり、良くない展開になる予感がしていた。
ライブの告知すら全くできなかった。

そんな中、清水町で鳥インフルエンザが発生。
終日その対応に関わる状況にあったため、
ライブに出演できるのか毎日不安だった。

ライブ前日にはインフル対応は免除される隙間を確保できたが、
ライブ当日の未明に大雪警報発表され、夜中3時に職場へ。
午前9時過ぎに解放され、昼寝をして、リハ、本番に臨んだ。
ギターに触れたのも、歌ったのも一週間ぶりだった。

余裕がなかったからといって、おざなりなライブはできない。
チケットを買って、わざわざ観に来てくれた方がいるのだ。
また、ベースのミチ氏は、年明けから3か月の間、
仕事の関係で東京暮らしとなる。
しばらく、ザ・ハート・オブ・ストーンのライブはできない。
「まあそれなりにやっときますか」は許されない。
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そんなこんながありつつ、邪念もわだかまりもなくライブができた。
リハで音を出したら無心になれたし、
ステージに上がったら何の気負いもなかった。

パフォーマンス自体は粗末なところが随所にあり、
まだまだ足りないことをまたも思い知る。
「もっとやれるはず。悔しいぜ」その気持ちがあるうちは
オッケイオーライだろう。

打ち上げは、私にとって帯広で最も串物が美味しい店「ぐっとん」へ。
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屋台なので、なかなかメンバー4人という人数では来られないのだが、
祝日だったことと、時刻が遅めだったことが幸いして入店できた。
やはり帯広で一番の串だ。
価格も極めて良心的だし、ルースターズやスライダースの話を
気兼ねなくできる屋台はここしかない。

最近のライブのMCでは、結果として、
働くことの意味みたいなことをついつい喋っていることが多い。
MCは事前に考えているわけではなく、
空気感でなんとなく話し始めて、適当につないでいくため、
「こんなこと喋ってていいのかな」と思うこともあるし、
「オレってこんなこと考えてたんだ」と喋っていて初めて気づく ことさえある。
それぐらい場当たり的だ。

この日のライブでも、
「いくら仕事とはいえ自分の魂だけは売らない、
という人は多いかもしれないが、
自分は大した技術も資格もなく、魂以外に売るものがない。
このくらいのお金がもらえるなら、魂を売っても仕方がないと思って
仕事をしている」ということを話した。

しれっとした反応に思えた。
この発言をロックじゃないと思う人は多いかもしれない。
しかし、中年になって音楽活動を続けていくためには、
色々な自分を犠牲にしなければ成しえない。
自分の音楽に対する魂だけは確保して、
そのためならば、他のところは仕方ないでしょ、と割り切っている。

ロックじゃないと思うだろうか。
というか、魂ってなんだかよくわからない。
深いのかもしれないし、
都合のいいカッコ良さげな軽い言葉かもしれない。

どっちでもいい。
自分のやりたい曲を作り、理解してくれる人と奏でて、披露する。
それを長く続けることこそロックであり、ロールだと思う。
そうだろ。
などと言ってることがちょっと恥ずかしい。



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