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2016年12月4日日曜日、JR留萌本線の 留萌―増毛間が廃止となる。
この路線は国道231号線とほぼ平行して走っているため、
日本海を望める区間がいくつもあり、
また、ひなびた漁師町の風情を存分に味わえるエモーショナルな路線だ。

私は2004年から3年間留萌に住んでいた。
二度この区間を乗車したことがある。
いずれも増毛で国稀ドリンクをして帰ってきた。

留萌―増毛間には、留萌駅と増毛駅を含め9つの駅がある。
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留萌駅以外は無人駅。
終点の増毛駅さえも無人駅である。

思えば、私が無人駅に対して特別の感情を抱くようになったのは
留萌本線が始まりではないかと思う。
かつては多くの人が利用したことを想像させるホームの長さや
駐車場の広さ。
その風景が今は寂しく、侘しい。
しかし、そんな寂しさや侘しさになぜか癒される。
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留萌―増毛間が廃止になると知ってから、早く行かねばと思っていた。
それはノルマのようであり、期限があるため焦りもあった。
春夏秋冬、すべての季節に留萌を訪れたい、それくらいの気持ちでいた。
ところが、天候不良、体調不良、十勝での災害対応などによって、
全く留萌に足を運べる状況になかった。
宿泊予約も二度キャンセルした。

そうこうしているうちに廃線の日が近づいてきた。
さよならをする前に、もうすぐ外は白い冬になってしまった。
スケジュールの都合で、もう宿泊付きでの訪問は不可能だ。
帯広から留萌まで240km。
こうなったら日帰りもやむを得ない。
行かずじまいならば、 後悔の数がまた増えてしまう。
しかもこの後悔は重い。
というわけで、自分のスケジュールと留萌の天候が
うまくかみ合った11月19日、留萌に向かった。

やるべきことは留萌-増毛間の全ての駅を訪れることと、
電車に乗ること。
そこで、留萌駅を出発し、増毛駅までは徒歩で移動して
全ての駅に寄る。
増毛駅から留萌駅までは電車で戻ってくる、というプランを立てた。

留萌-増毛間は約17km。
土地勘もあるし、以前に全ての駅を訪問済であるため、
駅を見つけられなくて迷うこともない。
それに私は、大人の遠足マスターである。
何の問題ないぜ。
こうして無人駅のブルーズと大人の遠足がコラボレートすることに。

午前11時、留萌駅を出発。
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歩き始めて3分もしないうちに違和感をおぼえた。
その正体は駅前のアーケードが完全に取り払われていたことだ。
小ざっぱりとして、しかしそのせいで閑散さと衰退が 露わになっていた。

私の中で留萌ラーメントップ3のひとつだった「ひさや食堂」が
建物ごとに無くなっていたのも衝撃だった。
留萌に来たのは4年ぶりくらいだと思うが、
この間の変わりようには胸がざわついた。

で、最初の駅である「瀬越(せごし)駅」に到着。
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駅のホームから見えるのは、ザ・日本海。
海岸の間近を走る長い直線道路は黄金岬へと続いている。
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ここは、海水浴場(ゴールデンビーチ)も近い。
昭和50年代半ば頃までは電車を使って瀬越駅で降りて、
海水浴に行く人も多かったと聞いたことがある。
瀬越駅から見る夕日は美しく、
海岸から見る夕日に照らされた電車の景色も素晴らしかった。

続いては「礼受(れうけ)駅」
国道231号線から民家の敷地に入っていくような砂利道の短い坂を
上がったところにある。
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ここも海が近い。
待合室のドアのない出入口越しに海が見えるところがいい。
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礼受を過ぎると、増毛町エリアとなる。
まず登場するのは「阿分(あふん)駅」
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ここは阿分小学校の裏の私道のような細い道にあり、
ビギナーはなかなか見つけられないと思う。
阿分小学校は閉校していた。
私も思わず閉口した。

留萌-増毛間の線路にトンネルは少なく、あっても非常に短い。
阿分駅から増毛方向へ国道を歩いていくとトンネルがある。
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トンネルが少ないこともあり、
ここはトンネルから出てくる電車を撮影するポイントになっている。
この日も2名が三脚付きでカメラをセットし、電車を待っていた。

続いては「信砂(のぶしゃ)駅」
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ここもぽつんと置かれたような無人駅らしさの濃い駅だ。
ちなみに、留萌-増毛間の駅には、
留萌と増毛を除けば、トイレのある駅はない。
また、板張りのホームが多い。
それと、知っている人でなければ、
ふりがなを付さずには読めない駅名ばかり。
味わいのある路線だ。

続いては「舎熊(しゃぐま)駅」
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内田裕也氏を連れてきたい駅だ。
きっとこんな会話になるだろう。
内田氏「これ、“しゃぐま”って読むの?」
私「そうです」
内田氏「しゃぐまベイベー」

次は「朱文別(しゅもんべつ)駅」
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傷みが激しく使えない待合室の横には漁業用のブイの山。
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この路線で随所に見かける漁業グッズだ。

私は確かに浜のマチを歩いていることを実感する。
朱文別にはこういう看板もある。
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「パートレディー」だぜ。
黄色をしたビックリマークは「数の子」だ。

次の駅が近づく。
道端にはまたしても漁業グッズ。その向こうに駅が見える。
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「箸別(ばしべつ)駅」だ。
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「箸」は「はし」ではなく「ばし」だ。
日本に「ば」で始まる地名、駅名は極めて稀だろう。

箸別を過ぎると、あとは終着の増毛駅を残すのみ。
増毛港のある湾をぐるっと3kmほど行けば増毛駅だ。
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実はここまですべての駅で先客がいた。
廃止日が迫った土曜日ということでマニアが訪れている。
ただ多くて一駅に5人程度だった。

で、14時50分、増毛駅に到着。
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驚いた。
増毛駅はマニアであふれていた。
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こんなに人がいる増毛駅は初めてだ。

増毛に着いて知ったのだが、
廃止間近の土曜日ということで、臨時便を運行しており、
しかも通常一両運行のところ、二両編成ではないか。
それでもこの日は全便が満員だとJR職員から聞いた。

留萌行きの便は15時41分発。
時間に余裕があったので、国稀ドリンクしそうになったが、
私は今帯広に住んでいて、朝6時20分に自宅を出発し、
車を運転して留萌まで来たことをふと思い出し、思いとどまった。

国稀ドリンクのチャンスを逸した私は、
ダイエットと名のつかない赤ラベルのコカ・コーラを飲み、
発車40分前から乗車を開始した電車に乗り込んだ。
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結果的に早く電車に乗ってよかった。
出発時にはかなり混雑した。
福住駅へと向かう朝8時の東豊線元町駅くらいに混んでいた。
立っているお客さんが多く、窓の外の風景は完全に遮断された。

留萌駅に到着する頃には日が暮れていた。
土壇場のタイミングであり、日帰りであり、
国稀ドリンクもできなかったが、留萌に来れて良かった。
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私にとって留萌は、行くところではなく、
帰るところのような感覚がある。
海と崖と廃屋、磯と油の混ざった匂いと波の音。
実際、現実の地元と似通っているし、
知り合いではない留萌の人と話していると、
子供の頃、近所にいた人のように感じる。
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この日も駅にいるときや、国道を歩いている時に、
数人の留萌住民に話しかけられた。
歩いて増毛駅まで行くことや、
帯広から日帰りで来たことに驚かれたりした。
11月になってから、この日が一番穏やかな天候
であることも聞いた。
具体には「今月で今日一番ぬぐいど」と言われた。
線路がなくなっても、何度でも訪れたい場所だ。


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2016年11月13日、ザ・ハート・オブ・ストーンとして
10枚目となるオリジナルアルバムをリリースした。
タイトルはGOOD TIMES
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今年1月30日、4曲のドラム録りからスタートし、
途中、体調不良や災害対応などにより途中3か月近くも
レコーディングを休止する事態になったが、
なんとかリリースすることができた。

嬉しいのは帯広在住という環境でリリースできたこと。
平成26年に札幌から帯広に転勤することになり、
メンバーは帯広、岩見沢、共和と全道各地に散らばった。
バンド活動は相当縮小され、ライブは滅多にできなくなる、
アルバムリリースなんてとてもじゃないが…、と思っていた。
ところができた。

その最大の理由は、メンバーの音楽活動に対するマインドの強さであり、
メンバーの妻子の理解の大きさによる。
その理解の成分の中には「あきらめ」も含まれているかもしれないが、
音楽活動以外、妻子に対してわがままを言わない、外出もしない、
そんなメンバーのストイックな日常が円滑なバンド活動につながっていると
思われる。
むしろ妻子の側が、バンドぐらいやらせないと可哀想くらいの
シンパシーさえ抱いているかもしれない。

それと私個人のリーズンになるが、
帯広で音楽活動を充実できたことが大きい。
新しい人、新しい刺激、新しい葛藤に出会い、
アイデアが生まれ、方向が見え、落としどころが見えた。

そうしたグッドな環境、グッドな心持ち、グッドな関係の中で
曲を作り、メンバーに示し、レシピを伝え、
メンバーが調理し完成したのがこのアルバムだ。

今思えば、20代から30代の頃は、ただ前のめりに活動していた
ような気がする。
その後、活動は自然休止となり、40を過ぎてから再開。
現在、バンド練習ができるのは、多くて月に2回程度。
それでも、お互いを認め合い、押しと引きのバランスがとれて、
過ごしやすい季節を楽しんでいるような気がする。
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そして忘れてはいけない。
遠くから近くから、ザ・ハート・オブ・ストーンを 見守ってくれる皆さんが
いるからこそ、 アルバムを作成する意欲が沸くのだ。
なので、アルバムを作らせてくれてありがとうの気持ちでいっぱいだ。

2013年リリースの前作から今回リリースまでの3年間、
派手な展開やトピックやエポックは何ひとつなかったが、
我々を取り巻く方々のおかげで、しぶとく地道に継続できた。
いい時間を過ごしている、いい時間を過ごさせてもらっている。
だからタイトルは「GOOD TIMES」になった。

収録曲のことは別途記事にするとして、
今回はアルバムジャケットの話をしたい。

ジャケットのイメージをプレゼンしたのは私で、
実際にパソコンで作成したのはベースのミチ氏で、
「ああ、いいね」と言ったのはギターのタナカ氏で、
「おお、すげえ」と言ったのはドラムのオダ氏だ。
そして、ジャケットにあるシルエットは私で、
その元ネタ・フォトはこれだ。
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帯広の旧イトーヨーカドーだった建物の
長く閉じられたままのシャッターの前での撮影だ。
これをベースのミチ氏がうまいこと加工してくれた。

私はジャケットのイメージを、北海道的に表現すれば、
「ばふらっと」伝えただけだったので、
「ゆるくない」作業だったと思うが、
長く活動を共にしていることによるアイデンティティと
ミチ氏のセンスとスキルとソウルによって、
こうしたロック・ミー・ベイベーなジャケットになった。

つまりアルバムジャケットは十勝産だ。
旧イトーヨーカドーはどうなっていくのかの黄色であり、
十勝バスの黄色である。
その下の赤と黒はベストな色彩バランスをセレクトしただけだ。
赤井川村や黒松内町に住んでいたら、
それを意識したと言っただろう。

調理や加工は別として、
ジャケットも中身も、原材料は十勝産だ。
十勝にいるときにアルバムをリリースできたことがほんとに嬉しい。
そして有り難い。
皆さま、アルバムを作らせてくれてありがとう。


2016年11月13日日曜日、
スピリチュアルラウンジでのライブに出演した。
ザ・ハート・オブ・ストーンとして
3月以来になる札幌でのライブだった。
セットリストは次のとおり。

1 世界は発見にあふれてる
2 ゆとり
3 いい知らせが聞きたい
4 新しいギター
5 大事な用事
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休日ながら行事(仕事)が入り、
それを終えて15時近くに帯広を出発。
リハなしで20時過ぎにステージに立ち、
21時30分に札幌を出発し、25時近くに帯広到着。

ほとんどが移動時間の慌ただしい日程ではあったが、
落ち着いてライブに臨み、ゆったりとライブをして、
穏やかな気持ちでライブを終えた。

自分の雰囲気で、いわばマイペースにできたのだが、
ステージに上がるまでの助走が短く、
スパーク不足、エキサイト薄に感じた方もいるだろう。
ミス、ズレ、ノリ、そうした面の不完全さも十分に自覚。
精度と密度を高めなければ未来の幅が狭くなる。
そんな思いがよぎりつつも大切な非日常を楽しめた。
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ほんとはもっとだらだらとライブに臨みたい。
出番までが長くやや持て余し、
ステージの後はちょっとした気抜け感の中、
他の出演者のライブを観ながら終了を待つ。
待っている間はずっとスイッティング。
そんな帯広ライクな環境に慣れてしまい、
札幌でのライブはどこか落ち着かない。

しかし、こんな決定的な売りのない我々にライブの場を
与えていただきほんとうにありがたい。
それは札幌でも帯広でもいつも感じている。

日常のほとんどは待ち時間と移動時間と準備時間だ。
その長さに気が滅入ることもある。
この日のライブは待ち時間と準備時間がなく、
移動時間と本番しかなかった。
待ち時間と準備時間はだるくもなるし面倒だが、
必要な時間なのだと思えた一日だった。
これが年をとるということなのか。


まずはライブのお知らせを。

■日時 20161113()18:00
■場所 スピリチュアル・ラウンジ
    (札幌市中央区南2西4ラージカントリービルB1)
■出演
  18:00 Bトリッパー
  18:40 LINDA
  19:20 THE DAYSIES
  20:00 THE HEART OF STONE
  20:40 BOY TROUBLES
  21:20 Tennesee nash dyne

3月以来、久しぶりの札幌でのライブだ。
このライブも仕事の都合で出演できるのか、なかなか確定できず、
お知らせするのが遅くなってしまった。

ザ・ハート・オブ・ストーンによる札幌でのライブは、
このライブ以降、来年春まで行わない予定なので、
ぜひともご来場を。
連絡いただければチケットを確保しておきます。
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ザ・クラッシュのファースト・アルバムに
収録されている名曲「WHAT’S MY NAME」。
直訳すれば「俺の名前は?」だ。

私が帯広のシネマ太陽で観てきた映画は「君の名は。」だ。
大ヒット・ロングランを記録しているので10月の初めから
ずっと気になっていたが、なかなか時間を作れず、
いや、時間を作れなくはなかったが、
2時間映画を飽きずに観られる体力・気力を確保できないまま
10月が終わってしまった。

これではいけないという思いが高まり、
11月3日の朝一の回に足を運ぶも、まさかの満席。
祝日とレディース・デーが重なったからでは、と
シネマ太陽・帯広のチケット売り場の方はコメントした。

このままでは終われない。
11月5日の朝一の回の指定席を事前購入し、鑑賞するに至った。

記録的な大ヒットをしているだけの理由で観たのではない。
胸がキュンとなる青春ファンタジー的な内容であることや、
感動的と評される一方、都合が良すぎるとか、不可解、疑問などの
感想もあるようで、そうした賛否の謎を知りたくなったからだ。
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素敵な作品だった。
最初から最後までスクリーンに引き寄せられた。
感動、とはちょっと違う。
しばらく自分の中で眠っていた感性みたいなものが
ナチュラルに引き出され、心地よくマッサージされた感じだ。

不可解さや疑問は確かにあったが、
そんなことはどうでもよくなる巧みな構成であり、
何よりも瑞々しさに心を奪われた。
映像もストーリーも登場人物もすべて瑞々しい。

エンディングが見事だった。
展開上、絶妙なところで終わった。
あれより先は知らなくていいし、
あれより手前で終わったらもどかしくなっただろう。
あの場面まで引っ張り、あのセリフで終わったことで、
心地よい余韻を残しつつ、清々しい気持ちになった。

心の中で影を潜めていた瑞々しさに揺さぶられた私は、
瑞々しさを失いつつあったことを哀しむべきか。
それとも瑞々しさがまだあることを喜ぶべきか。

                     

余談だが、シネマ太陽・帯広は太陽グループの施設である。
土曜の夜11時台、HBCテレビでは、
太陽グループの提供により天気予報が放送されている。
そのバックに流れるミュージックがずっと前から気になっている。

軽快でポップで、聴きようによってはちょっとファンキーで、
それでいて何気に切なさのあるエモーショナルなメロディなのだ。
天気予報にも、映像として流れるスポーツ少年にも、
いまひとつフィットしていない。
しかし、どこか癒されるような心地良さがあり耳に残るのだ。

このCMミュージックの最大の謎が、歌の中途半端ぶりだ。
インストルメンタルかと思いきや、
中盤以降、一部分だけボーカルが挿入される。
ところがボリュームが非常に小さく歌詞が聞き取れない。
あのタイミングで、あの箇所だけ、あのボリュームでボーカルを
挿入してくる意味や理由や目的が全くわからないし、
意味や理由や目的を想像すらできない。

「君の名は。」にあった不可解さや疑問は、
作品の素晴らしさが凌駕し、どうでもよくなったが、
太陽グループの天気予報ミュージックのそれは謎としてひきずっている。
ただ、ほんとうにどうでもいいことだ。


久しぶりにライブをした。
10月30日日曜日、帯広市のスタジオレスト18周年ライブに
「激しい雨」名義で出演した。

セットリストは次のとおり。
1 古びた喫茶店
2 新しいギター
3 大事な用事
4 いい知らせが聞きたい
5 さよなら電車
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まずはスタジオレスト18周年おめでとうございます。
北海道の地方都市でこれだけの期間、継続するには、
様々なご苦労があったと察せられ、実に素晴らしいことだ。

そして、2年前に転勤で流れてきた、
強烈な個性があるわけではない中年に演奏の場を提供していただき、
18周年記念ライブにも参加させていただいた。
心から感謝であります。

レストでのライブは、初顔合わせとなる方々と共演することが多く、
この日も過去にご一緒したのは6バンド中2バンドのみ。
また、アコースティックは我々だけだったので、
イベントの雰囲気を停滞させやしないかと、やや気後れしそうだったが、
ステージに上がれば、いつもと変わらぬ私の空気感でやれた。
会場にいたお客さんと共演者の方々が温かいリアクションをして
くださったおかげで、マイペースでリラックスして楽しめた。
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ライブの後は、「激しい雨」の曲やパフォーマンスに関して
何人もの方に声をかけでいただいた。
良い街にある良いライブハウスで良い人達と交流ができた。
大変有り難い。

なかには、「ローゼンフェルンをやってた方ですよね」と
声をかけてくださった方もいた。
その方は、当時の曲名もよく覚えていて、
「コインロッカーベイビーズ」や「リドル」や「パープルヘイズ」など
80年代後期のバンドのことも沢山知っておられた。

音楽活動の結びつきは強いなと改めて思う。
40代、50代になっても音楽活動を継続している人は、
住民全体の中ではごくわずかであり、
また、その年代になってもライブ会場に足を運ぶ方もわずかだ。
なのに30年近く前の音楽活動を覚えている方がいて、
当時、話したこともなかったのに声をかけてくれる。
プレイヤーとオーディエンスの垣根はなく、
濃密な関係が無意識のうちに築かれている。
嬉しいつながりだ。

帯広の音楽シーンには、
共演者を温かく見守ったり、応援したり、というような
支え合う雰囲気がある。この日も改めてそう感じた。
幸せに活動させてもらっていることに感謝です。



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