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「リベンジ」という言葉がある。
和訳すると「復讐」だ。
ところが、2007年に松坂大輔氏が大リーグに進出し、
試合に敗れた際のインタビューで用いた「リベンジ」。
その時から、リベンジの意味が変節した。
「再挑戦」の意味で用いられるようになってしまった。

今は十勝のミニバレー大会で敗れた女性や、
馬券をはずした中年男が、何の迷いもなく「リベンジ」を使う。
もう「リベンジ」は和製英語だ。
カレーライスは和食であり、現代の母の味であるのと同じだ。

「リベンジ=再挑戦」はやはり違和感がある。
本来は「復讐」と訳されるように、「仕返し」的な意味の
ケンカ・テイストが漂う言葉に思えるからだ。
その意味では「リベンジポルノ」という使われ方は正しく感じる。

「違和感」といえば、「違和感を感じる」という言葉の使い方が
一般化しているように思うが、大変違和感をおぼえる。
達成感を感じる、絶望感を感じる、とは言わないだろう。

前置きが長くなった。
今回はブックレヴュー。
まずは、中学生による復讐の話。

■櫛木理宇「世界が赫に染まる日に」(2016年)
   世界が赫に
従兄弟がイジメによる暴行を受け意識不明になった。
そのショックから野球部を退部し、鬱屈した日々を送る男子中学生。
一方、クラスからも母親からも除け者扱いにされ、
15歳の誕生日に自殺をする計画を立てている男子中学生。
この二人が夜の公演で偶然出会い、
従兄弟に暴行を加えた中学生に復讐をする計画を立てる。

復讐をミスなく完遂させるため、
彼らは闇サイトなどに掲載されている別のイジメの加害者を
ターゲットにして予行練習をする。
それを繰り返すうちに、二人は次第に心境が変化し、溝が生まれていく。

今にも倒れそうな不安定感と、走り出したら止められない暴走ぶり。
暴力制裁の内容は酷いし、描写も生々しく、
壊れながらも突き進んでしまうさまは痛々しい。
ざらざらした気持ちでページをめくり、後味も悪い。
それでも最後まできっちりと読ませてしまう筆者の技術力の高さ。

イジメの凄惨さ、加害者優遇、少年法のあり方、
そんな様々な視点がありつつも、そこにこだわっていない感じで
ひたすら書き倒していく筆致。
エンディングも収まるところに収まっていない。
なんとも壮絶な作品だ。

■東山彰良「流」(2015年)
   東山・流 
台湾に住む17歳の男子高校生が大人に成長していく物語。
中学までは優秀だったが、高校でドロップアウト。
軍隊に入れられるも逃げだし、交際女性からは別れを告げられ、
悪友に振り回されながら、激動の台湾70S~80Sを生きていく。

たたみかけるように話は進む。
エネルギーをぶつけているような筆致で圧倒感がある。
ただ、油断をしていると置いていかれる。
この早い流れにのれれば、かなり面白い作品に感じるだろう。

苦慮したのは、主人公の「葉秋生」をはじめとして、
漢字三文字の似たような名前の人物が多数登場すること。
まず読めない。テキトーに読んでもそれが正しい読みなのかは不明。
人物の区別がつかなくなる。
それがストレスになり、前半は読んでいて中退したい気持ちにもなった。

主人公はピュアでストレートで常に混沌としている。
それを「疾走感」と捉えるか、「落ち着かない」と捉えるかは、
好みが分かれそう。
台湾・国民党と中国・共産党の関係、第二次世界大戦の出来事。
そうした歴史と猥雑な日常が絡み合い、混じり合いながら、
成長に向かう濃密な70s台湾が見えてくる。

■窪美澄「さよなら、ニルヴァーナ」(2015年)
   サヨナラニルヴァーナ
1997年に起こった神戸児童連続殺傷事件と
1990年代のオウム真理教の活動をモチーフに、
中学生の時に幼児を殺害し現在は29歳になっている男と、
それを取り巻く人々を描いた物語。

その男にはファンサイトがあり、彼が事件を起こした場所などを訪問する者
がいたり、現在はどこで働いているのかなど情報交換が行われている。
そんなファンの一人が、男に娘を殺害された母親と偶然に出会い、
不思議と心を通わせていく。
その距離が縮まっていく過程と双方が抱く葛藤の描写は引き込まれる。

ただ、筆者が第三者的な視点で描いているのは感じられるものの、
殺人者のファンの心理や行動はやはり不謹慎であり、
読んでいて気分が良くなることはない。
辛くなるし、やりきれなくなる。
ところが、その後の展開が気になり、ページをめくる手を止められない。

なお、タイトルからして、
グランジ・ロックな内容もちりばめられているのかと思いきや、
ニルヴァーナに関する表記は数行だった。

■柚木麻子「ランチのアッコちゃん」(2013年)
   ランチのアッコ
アッコちゃんは45歳独身。身長は173cmで髪型はおかっぱ。
小学生用教材を専門とする出版社の営業部長。
その会社に派遣社員として勤務する三智子。
三智子は毎日手作り弁当を持参。
アッコちゃんは毎日外食。しかも曜日によって行く店が決まっており、
毎週それを繰り返している。

そんな二人の昼食を一週間交換しないかと、アッコちゃんは三智子に提案する。
つまり一週間、アッコちゃんは三智子の手作り弁当を食べ、
三智子は曜日によってローテーションがあるアッコちゃん行きつけの店に行く。
それによって三智子は様々な体験と発見をし、
アッコちゃんの人柄を知り、また自分自身も前向きに変化していく。

4作の短編が収められている。
どの作品も都合良くハッピーなエンドをする傾向はあるものの、
滑らかな文章で、話の運びが上手いので、
大変読みやすく、読み速度も上がり、ぱっと読み終えてしまう。

短編ながらしっかりと起承転結がある。
上がったり下がったり、曲がったり折れたりしながら、
相応しい場所に行き着いていく。
さらっとしつつも、生き生きとした爽やかな作品だ。

                 ◆

忙しかったりしてなかなか本を読めないとストレスを感じる。
そういう人はそんなに多くはないだろう。
事実、年に一冊も小説を読まない人は少なくない。
つまり本は、なくても困らないものだ。

趣味とはそういうものだ。
自分にとっては欠かせないものだが、
他の人にとってはなくても差し支えはない。

家の中にあるものをじっくりと見てみる。
あっても困らないが、なくても差し支えないものが多くある。
人生も同じようなものだ。
あるからキープしているが、実はなくても差し支えないもので
人生はできているのかもしれない。


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暖かくなり、日の出の時刻が早まってきた5月、
私は早起き生活をしている。
これがすこぶるいい。
朝5時前に起床し、即座に早朝の食事。
菓子パンやバナナなど甘い物を食べる。
起きがけにそういうものを欲するのは若い頃からずっとだ。

早朝食のせいで、一日の食事は早朝、朝、昼、晩の四食になった。
最も早朝食の頻度が高いのが、
三方六のお買い得品とピーナッツの組み合わせ。
速攻で頭がクリアになり、エネルギーが沸き、
そのエネルギーを消費したい欲求が生まれてくる。

晴れていればクロスバイクに乗ったり、散歩をしたり。
天気が悪ければ読書をしたり、掃除をしたり、テレビを見たり。
この時間が非常にリフレッシュできる。
朝起きて、その時点でフレッシュなのに、即座にリフレッシュしている。
新規オープンした店がいきなりリニューアルするようなものだ。

■早朝に十勝大橋から十勝川
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ゴールデンウイーク突入と同時に自然と早起きになった。
日の出の時刻が早くなり、明るい時間に何かがしたいという気持ちが
そうさせているものと思われる。

早起きのクセがついてきたら、早寝欲も高まってきて、
飲み会やバンド練習で遅くならない限りは22時台には就寝している。
夕食後2時間以内に就寝することも珍しくない。

食べ物が消化する前に寝るのは好ましくはなく、
少なくとも食後3時間を経過してから就寝を、というのが一般論だろう。
私は消化を待って就寝時刻を遅らせるよりも、
食べ物が消化する前に早く寝てしまう方が体調が良い。

以前は夜遅くまで起きていると、根拠もなく、
何か面白いことがあるような、刺激的な何かに出会えるような気持ちが
あったように思う。
しかし今は、夜の神秘の可能性への期待がないし、未練もない。
芸術や文化は夜に生まれるのかもしれないし、
夢は夜ひらくのかもしれないが、
芸術や文化や夢や神秘を排除して
テキトーに過ごす早朝はほんとに気持ちいい。

早朝の街は意外に神秘的だ。
幹線道路を走る車はほとんどない。驚くほど静かだ。
余裕で車道をクロスバイクで走る気持ち良さ。
閑散とした飲み屋街に行けば、
朝帰りの人を見かけるのも面白い。
緑ヶ丘公園や「とてっぽ通り」の遊歩道などに行くと、
ウォーキングをしている中高年女性が結構いて、
すれ違うときにいちいち挨拶するのがちょっと面倒になるのも
「早朝あるある」だ。
そして何より空気が澄んでいて、日差しがフレッシュなのが最高だ。
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夜中にだらだらと過ごす、そんな時間の浪費も、
それはそれで楽しいのもよくわかる。
金・土の夜に全て自分を許すことを目標に平日を過ごすのもありだ。

「人生には無駄なことは何ひとつない」派の方は、
浪費するだけの無益な夜も無駄ではないことになる。
私は人生には無駄が結構あると思っている派だ。
しかしなかにはその無駄も必要だったと思えるものもある。
その場合は無駄とは呼ばないのか。
必要な無駄は無駄ではないのか、それとも無駄か。
仮に無駄ではないというのならば、
必要悪は悪ではないことになる。
そう考えるとややこしくなるが、
何のためにもならなかった単なる無駄は少なからずあった。

早起きをしているからといって、日中眠くなることもない。
昼休みに15分ほど睡眠しているのが効果的に作用していることもあるが、
早く寝て早く起きるサイクルが健康生活の基本だということだろう。

昨年も5月から9月半ばまでは早起き生活を送っていた。
秋が近づき日の出の時刻が遅くなると、どういうわけか起きられなくなる。
自然の掟の中で生きる獣の世代だからだろうか。

これからしばらくは早起き生活を楽しめそうだ。
ただし、がんばって早起きをするようになったらつまらなくなるだろう。
目的化したり、情熱を持ち込まないようにしたい。
情熱がもたらすパワーは相当ものだ。
人を動かすのも情熱があればこそだ。
しかし情熱だけで動いていると視野が狭くなり不自由になる。
実は理性で動く方がよっぽど自由だったりする。



今年のゴールデンウイークは暦どおりの出勤だ。
なので帯広でのんびりと過ごしている。
それも悪くない。
読書と昼寝と音楽を楽しんでいる。

今回は「私に影響を与えた25枚のアルバム」の邦楽編。
よく聴いた、思い出深い、という基準のみならず、
タイトルどおり、影響を受けたという視点を重視した。
なお、1アーチストからは1枚に限定した。
それではどうぞ。

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「私に影響を与えた25枚のアルバム」(邦楽編)
掲載はアイウエオ順

アナーキー「アナーキー」(1980年)
こんな音楽があるのか!と中学生の私は凄まじい衝撃を受けた。
アナーキーの曲でTHE CLACHを知った。

■RCサクセション「ラプソディ」(1980年)
このライブ盤は圧巻。曲だけではなくMCもセットではっきりと
記憶された。今もなお発見があり、刺激を受けている。

井上陽水「センチメンタル」(1972年)
このアルバムからにじみ出る孤独感は、超然さと親しみという
相反する要素が同居している。そして美しい。浸れます。

ARB「トラブル中毒」(1983年)
ARBはこのアルバム時のメンバーがベスト。そのメンバーによる
最後のアルバムになったが、勢いと落ち着きのバランス感が良い。

奥田民生「股旅」(1998年)
なんかいいよね、と思っていた奥田氏を、すごくいいよね、へと認識が
一変したアルバム。ロックに対する真摯さとユーモアがたまらない。

甲斐バンド「誘惑」(1978年)
閉塞感の中でもがき、突き抜けていないところに逆にエネルギーを
感じさせる。初期甲斐バンドの集大成のような名曲揃いのアルバム。

くるり「さよならストレンジャー」(1999年)
サウンド、アレンジ、曲調、それに風貌も含めて、新しいギターロック
の形を示された気がした。それでいてどこか懐かしい。

斉藤和義「ジレンマ」(1997年)
「郷愁」という曲を聴いて斉藤氏に興味を持ち購入したアルバム。
モノクロのようなオールドロック感とメロディセンスが光る。

サザンオールスターズ「人気者で行こう」(1984年)
エレクトリックでAORなサウンドで、新しいサザンを感じた。
夏のワクワク感とドキドキ感と切なさを思い出させる。

佐野元春「No Damage」(1983年)
できればオリジナルアルバムにしたいのだが、このベストアルバムは
選曲、曲順とも申し分がなく、外すわけにはいかなかった。

サンハウス「クレイジーダイヤモンズ」(1983年)
できればオリジナルアルバムにしたいのだが、このライブアルバムは
選曲、客席との呼吸感など申し分がなく、外すわけにはいかなかった。

椎名林檎「無罪モラトリアム」(1999年)
こんな女性ロックシンガーはいなかった。ロックのツボをよく
わかっている方だ。幅広い音楽性を感じるメロディラインも秀逸。

■SuperflySuperfly」(2008年)
曲はやや商業的だが、ヴォーカルのクオリティの高さがそれを凌駕し
佳作に引き上げている。真正面からきちんと歌いきっているのが凄い。

ザ・ストリート・スライダース「がんじがらめ」(1983年)
日本人でこれほど正しくストーンズ的なロックンロールを体現した
バンドはないだろう。1stも傑作だが、この2ndの方をよく聴いた。

チャットモンチー「生命力」(2007年)
ロックの要所をきちんと押さえたアレンジに加え、メロディセンスが
素晴らしく、歌詞の乗せ方もうまい。伸びやかなボーカルも魅力的。

ドリームズ・カム・トゥルー「The Swinging Star」(1992年)
吉田さんのボーカルの正確さと伝達力の高さは日本の音楽史に残る。
「あの夏の花火」が良い。ドリカムの曲の中でトップ3に入る。

浜田真理子「あなたへ」(2002年)
音数の少ないピアノとさらっとしたボーカルによって、
雑味なく心に届き、沁みてくる。切なくなるのに癒やされる。

ブラックキャッツ「クリームソーダ・プレゼンツ」(1981年)
私が50Sミュージックを好きなのは、このアルバムのおかげでもある。
ファッション性の強いバンドだったが、サウンドも魅力的だった。

ブランキー・ジェット・シティ「C.B.Jim」(1993年)

これに収録されている「D.I.Jのピストル」じゃないが、
ドキドキするようなイカれた傑作。凄まじく研ぎ澄まされている。

プレイグス「センチメンタル・キックボクサー」(1996年)
骨太ながらどこか爽やかで突き抜ける圧倒的なギターのリフ。
70年代的ギターロックとAORっぽい曲が混在しているのも面白い。

ザ・ブルーハーツ「YOUNG AND PRETTY」(1987年)
彼らの出現は事件だった。彼らのアルバムはどれも好きだが、
勢いとエネルギーと疾走感のバランスの良さを最も感じるのがコレ。

■MISIAMother,Father,Brother,Sisiter」(1998年)
しっかりと灰汁抜きされているような清らかで深みのあるボーカル。
聴いていて心地よくなる名曲揃いのアルバムだ。

ザ・モッズ「NEWS BEAT」(1981年)
このアルバムを聴いて本気でバンドをやりたいと思った。
スリリングでスマートでエキサイティングな最高のロックアルバム。

矢野顕子「ごはんができたよ」(1980年)
40代になってこのアルバムの凄さを再認識した。
矢野さんの世界観が凝縮された素敵なアルバム。

ザ・ルースターズ「THE ROOSTERS」(1980年)
鬼気迫るような大江氏のボーカルとキレのあるサウンドで、
ロックンロールをたたみかけてくる。存在感も極めて魅力的。

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25枚を並べてみたら、80年代前半の作品が多い。
中学から高校にかけての多感な時期の音楽体験が
後の人生に長く影響を与えているということだ。

音楽から多くの刺激を受け、楽しませてもらい、
癒やされ、そして救われてきた。
音楽の力は凄いな。


2016年5月1日、帯広市民文化ホール小ホールで開催された
第35回おびひろ市民芸術祭「サウンドストリーム」に出演した。

セットリストは次のとおり。
1 ゆとり
2 トビラ
3 大事な用事
4 白樺の街

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このイベントは毎年ゴールデンウイークに開催されており、
2年前の4月に帯広に転勤して最初に観たライブだった。
こんな大きなホールで演奏できたら気持ちいいだろうなと、
その時から、出演するための方策を探り始め、
やっと今年ホールに立つことができた。

想像していたよりずっと気持ち良かった。
責任や約束事はあったが、気負いやプレッシャーはなく、
広いステージと強い照明と奥行きのある客席の雰囲気を、
伸び伸びと楽しむことができた。

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ホールの良さはほかにもある。
客席に余裕がありストレスのないスペースで、
しかも無料、ということで、
お客さんにとっては敷居が低くなるというか、
入口が広くなるというか、気軽感が増すのかもしれない。

札幌や当別、また、岩見沢から子連れで観に来てくれた方もいたし、
帯広在住で、かつてローゼンフェルン時代の私のステージを
観たことがあるという方ともお話ができた。
感激した。
25年くらいライブを観ていないのに、
なんか今帯広に住んでいて、ライブもやっているみたいだから
ちょっと観に行ってみようかと足を運んでくれた。
私のことを頭の片隅に記憶していてくれたことだけでも有り難いのに、
行動にしてくれた。
こんなに嬉しいことはない。
そこまでなかなかできないし、
話しかけるのにも結構な勇気が必要だったと思う。
ほんとうに有り難い。
おかげで打ち上げのお酒も一層美味しくなった。

続けていくことで新しい出会いがあり再会がある。
また元気をいただけた。
皆さんに感謝です。




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