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2015年を終える。
音楽活動を充実させることができた一年だった。
THE HEART OF STONE」と「激しい雨」のどちらかで
毎月ライブをすることができた。
20代の頃はそういうこともあったが、
30代に突入して以降では初だろう。
新しい曲も数曲制作、披露することができた。
満足だ。
言うことなしだ。

これも私の音楽活動を支えてくれる人達や、
このブログに付き合ってくれている皆さんのおかげだ。
それと私自身、こういう状況を作れるよう、
固持したり、迎合したり、付き合ったり、突き放したりして、
調整してきた結果だ。
ここ数年の積み重ねが今年の充実につながった。

迷惑をかけないのであれば、
あっち方面では多少評価や評判を落としても気にしない。
その分、こっち方面で楽しむ。
それがバランスであり、私にとっての後悔のないライフスタイルだ。
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もちろん、いい事ばかりはありゃしない。
表には出てきていないだけで、
実は何かが水面下で悪い方向に進んでいるのかもしれない。

いずれにしても全部途中なのだと思う。
今はまだ人生を語る段階じゃない。
目の前のことを越えていく、その繰り返しだ。

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2015-2016の年越しは、仕事の都合で帯広ステイだ。
だから大晦日に十勝大橋なぞに行ってるのだ。

26日以降、ライブに出演したり、地元に帰省などをして、
暴飲暴食済みだ。
既に胃腸が疲れている。
なので、正月は通常の食事で過ごすだろう。
菓子パンを食べながら駅伝を見たり、
地元で調達してきた菓子類を食べながら読書をするだろう。
そして昼寝をする。
ホリデー最高!を実感できるようダラダラ過ごそう。

ただ、帯広での年越し&正月は、そうできる経験ではないので
帯広神社には行ってみようと思う。
初詣をするのではない。
そこにあまり意味も意義も見い出せない。
初詣見学をしてくるだけだ。
それはそれで楽しめるだろう。
私はプラス思考でも楽観的でもないが、自分のやることに肯定的だ。
おめでたい奴だ。
でも無事に2015年を終え、新年を迎えるのだから
おめでたくていいだろう。

皆様、今年もありがとうございました。
このブログを見ていただくことが、
間接的であれ、私のエネルギーの源になっています。
来年も適当に付き合ってください。
よいお年を!

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2015年12月27日日曜日、
帯広市のライブハウス「チャボ」で開催された「忘年会ライブ」に
出演した。
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セットリストは次のとおり。
1 大事な用事
2 いい知らせが聞きたい
3 長い夜

激しい雨名義によるひとりバージョンでの出演。
1曲目、2曲目は今の自分にとって最も身近に感じる曲。
3曲目は松山千春氏の曲のカバーだ。
ひとりバージョンであるがゆえの自由さを駆使した選曲だ。

2、3週間くらい前、車中のSTVレディオから流れてきた「長い夜」。
気づいたらなんとなく一緒に口ずさんでいた。
それが妙にしっくりきた。
「あれ?歌えるかも」との感触を得た。

1981年のリアルタイム時期には、ちょっと違う世界の曲と思っていた。
なのになぜか30年以上の時を経た今でも、
概ねの歌詞を覚えており、自然に口ずさめた。
今聴くと、ちょっと70年代のアメリカンロックっぽくもある。
そういうわけで、ライブの色合いをちょっと変えつつ、
自分にも刺激を与えてリフレッシュしようと考え、
セットリストに加えてみた。

反響は全くなかった。
良い、悪い以前に、なぜに今「長い夜」なのか問われるかと思ったが、
何もなかった。
それでいい。
私としては結構いい気分で唄えた。
自己満足でオーライだ。

ライブには、mitsumiさんや池田正樹さんも出演。
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ライブ数が年間40本とかいうレベルの方々だ。
ステージにも安定感と安心感がある。
今年はお二人と関係が深くなった一年だった。
ラッキーかつハッピーなことだ。
ありがたいっす、ほんとに。

そして、帯広アコースティック界の重鎮、「小春さん」も出演。
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小春さんのステージは吸いこまれるようだ。
身体の奥底から発せられる歌声。
その曲の心情を繊細に表したようなギタープレイ。
熟練者ならではの厚みと深み。

この日は、ライブ終了後、小春さんが自身のマーチンのギターを
私に弾かせてくれた。
他人のギターなのにすごくしっりきた。
さすがマーチンというべきか、小春さんの手入れの良さというか、
嬉しい体験をさせていただいた。

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今年もあと4、5日という時期にライブをできる幸せ。
20代の頃の記憶があやふやなので思い出せないが、
30代以降は、こんなに暮れが押し迫った時期に、
忘年会的にライブをしたことはない。

最高だな。
恵まれた十勝ライフを過ごしている。
知り合った方々の導きのおかげだ。
有り難いことだ。
音楽が好きで、追求して、互いに認め、助け合う。
音楽人情だな。
縁とか絆というよりは人情だな。

人の情けが胸にしみます。



私の今年のエキセントリックなアクションのひとつが
「大人の遠足」である。
4月に清水町の御影(みかげ)まで歩いたのを皮切りに、以降、
帯広市から東西南北、午前中に歩けるところまで歩いて、
ボリュームのある昼食をとり、
公共の交通機関で帰ってくるという活動を行った。


その後、「さらば!いちまる」と題し、
マックスバリュに事業譲渡をされる前に、
いちまる全店に歩いて行ったりもした。

もうひとつ企画があった。
「ますやラリー」だ。
ますや全店を一日で歩いて訪問しようというものだった。
しかし、冬の訪れによる寒さと歩く距離の長さ(約40km)の前に断念。
2016年に持ち越すことにした。

しかし、このまま終わっていいものかと、
心の中に小さなわだかまりがあった。
いちまる全店制覇により、ある種の達成感はあったが、
それによって生まれた余熱がくすぶっており、
このくすぶりを燃やしきらなければいけないような気がしていた。

大相撲で言えば、13日目に勝ち越したが、
残り2日でもう一勝したい、あわよくばあと二勝して二桁にのせたい。
あるいは、「さらば!いちまる」がメイン作品だとしたら、
その勢いでスピンオフ作品をつくりたい。
それは「やりきる」というより、欲に近い心理だった。

カレンダーは12月になった。
そのタイミングで、偶然にある企画を知った。
「菓子王国十勝!スイーツめぐり券」なるものだ。
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所定のお菓子の引換券が4枚ついて500円
帯広市内の26店で使える。

そのラインナップを見て、
どのスイーツと交換しようかと考えを巡らせてみた。
クランベリー白樺通り店の「ポテトパイ」がいいな。
クランベリー弥生通り店の「タルトポテト」もいいな。
そうか、クランベリーは全店がこのイベントに参加しているのか。
ならばクランベリー全店に行こうじゃないか、歩いて。
JR帯広駅発着でおそらく15kmくらいだろう。
天候さえ良ければこの季節でも余裕で可能なディスタンスだし、
4時間以内で終わるだろう。

というわけで、「スイーツめぐり券」を持参し、
「大人の遠足・クランベリー全店訪問」を実施することにした。

                      ◆

12月23日祝日午前8時55分、JR帯広駅北口。
気温マイナス13度。
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自宅からJR帯広駅に向かっている段階で、
最早、頬から首にかけての寒さに屈しそうになった。
そのためJR帯広駅をスタートして一旦自宅に戻り、
ネックウォーマーを装着して、白樺通りを西へ向かった。

午前9時55分、クランベリー白樺通り店に到着。
マイルドな重厚感がある落ち着いた店構えだ。
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まだ早い時間なのに、お客さんは途切れない。
こちらのお店の引換指定のスイーツは「ポテトパイ」。
引換券は4枚綴りで500円なので1枚当たり125円。
「ポテトパイ」は普通に買うと151円。
いい感じのお得感だ。

とりあえず無事に一店目を訪問できでホッとした私は、
i-podを聴く余裕ができた。
70年代のデヴィット・ボウイの曲を並べたプレイリストを選択。
白樺通りを東に戻り、途中右折し、フロンティア通りを南へ向かう。

午前11時15分、クランベリー弥生通り店に到着。
明るく華やかでソフトな高級感が漂う素敵な店舗だ。
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入れ替わり立ち替わりお客さんがくる。
こちらのお店の引換指定のスイーツは「タルトポテト」。
タルト生地にスイートポテトのペーストをのせて焼いた商品。
普通に買うと151円。
引換券メリットを生んでくれている。
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(左)ポテトパイ、(右)タルトポテト

タルトポテトのクリスマスデコレーションに触発され、
シャッフルでクリスマスソングを聴きながら北上する。
しかし、なぜか気持ちにフィットせず、
3曲聴いてからピンクフロンドに変更。
すぐにしっくりときた。

12時05分、クランベリー東1条店に到着。
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ここの通りは市街地からも国道からも近いのに車の通りは少なく、
住宅街でもないので生活感にも乏しい不思議なエリアである。
この日は購入しなかったが、右の写真のシァンルルクッキーも
美味しいんだよなあ。

ここまで3店を訪問して気づいたのだが、
クランベリーはどの店も外観が整然としている。
装飾が最小限で、営業中かどうか一目ではわからないほどだ。
シックというか、洗練されているというか、
ガチャガチャしていないのがいいなと。

東1条店の引換指定スイーツは「ポテトパイ」。
白樺通り店とかぶるが、美味しいものだから問題はない。
むしろお得な商品をダブルでゲットできるから有り難い。

残り2店は市街地エリアにあるので距離が近い。
12時15分、クランベリー本店に到着。
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クールで、本店たる風格と品のある外観だ。

祝日の日中、お客さんが絶えない。
看板商品である「スイートポテト」を求める人が多い。
私もこちらの店舗では「スイーツめぐり券」を使わず、
「スイートポテト」を購入。

100gあたり205円であり、
売られているのは小さいもので500gくらいなので、
価格的には1,000円強がスタートの商品だ。

最後に、12時35分、クランベリー・エスタ店に到着。
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こちらの引換指定スイーツは「フィナンシェ」。
スイートポテトが生地に練り込まれている。
これで4枚の引換券を使い切った。

一応、大人の遠足における手続として、
スタート地点だったJR帯広駅北口に戻る。
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朝より気温は少し高くなったが、それでもマイナス5度。

そして帰宅して、いよいよクランベリーのフルコース・ランチ。
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スイートポテトはほんとに美味しい。
帯広スイーツの中で一番好きかもしれない。
私が道央圏に住んでいると仮定して、
帯広のスイーツ土産をいただけるなら、
クランベリーのスイートポテトが一番嬉しいと思うし、
帯広に住んでいる現在も、これをいただける場面では、
「ほんとにもらっていいの?いやぁ嬉しいなあ」と心から喜ぶだろう。

しょっちゅう食べると有り難みが損なわれてしまいかねないので、
意図的に3、4か月に一度程度しか買わないようにしているが、
もうそろそろ食べてもいいかな、という時期が近づいてくると、
楽しみでワクワクしたり、
より美味しく食べるために、何日か甘いものをセーブして、
かつ体調も整えてからバイ&イートをする気の入れようである。

ちなみに前回食べたのは、9月の彼岸の日あたりだった。
それからちょうど3か月。
まさに今が食べどきだったのだ。
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甘さに主張があるのにくどさはなく、すっきりしている。
さつまいものリアル感の加減が絶妙だ。
食感はさつまいもというよりムース寄りだが、
味自体はさつまいものいいところだけを抽出し、
さらにさり気なくうま味を練り込んでいる感じだ。
貫禄がありつつも優雅。そしてエレガント。何気にポップ。
これほど完成度が高いさつまいもスイーツはあるだろうか。

お金、時間、栄養、生活リズムなど全ての制限を取り払ったならば、
500gのスイートポテトなら余裕で食べきってしまう。
しかし、欲望のみに任せて付き合っていると、
スイートポテトの価値や尊厳を低下させそうな気がするので、
買ってその日に食べるのは半分程度(250gくらい)にとどめ、
残りは切り分けて冷蔵又は冷凍し、

後日、大事に食べるのがパターンとなっている。
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JR帯広駅でこれから特急に乗るような体(てい)をした人がいる。
その人が持っている土産とおぼしき紙袋で
圧倒的に多く目にするのはクランベリーのものだ。
六花亭、柳月の二大ビッグネームは、札幌や釧路に複数の店舗があるので、
JR利用客は帯広土産としてあまり買わないのかもしれない。
客観的に見て、二大ビッグネームの次にフェイマスなのはクランベリーだろう。

看板商品であるスイートポテトは病みつきになる美味しさ。
帯広でしか売っていない。
知り合いが帯広に行こうものなら、
「帯広に行くならクランベリーのスイートポテト買ってきて」と
選択肢なしの一択・単独指名でリクエストをする人も少なくないだろう。
私も帯広を離れたら、そういうクランベリストの一人になるだろう。

いや、クランベリーのスイートポテトだけではない。
高橋まんじゅう店のおやき(あん)を10個買ってきてくれ、
ますやパンで白あんぱん、ベビーパン、甘納豆パンを5個ずつ頼む、
ヤムヤムのザンギを、食事処おざわのザンギを、
あさひやのロールケーキを、不二屋か江戸屋のミックスナッツを、など、
リクエスト・バブルになりそうだ。
というか、こんなに頼むことはできない。
帯広を離れたら定期的に買い出しに来ることになりそうだ。
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まさに、「帯広オンリー」であることがインセンティヴになっているし、
付加価値を生んでいる。
帯広に行かなければ買えないという不便さが逆に行動を起こさせる。
今回のクランベリー全店訪問も、車を使う前提ならば、
全店に行こうとは思わなかっただろう。
なぜなら、バックボーンもドラマもロマンもユーモアもないからだ。

「一日で歩いてまわる、しかも冬に」という、
どうしてそんなことするの?と疑問を抱かれるような
不便な状況を設定したからやりたくなったのだ。
そう考えると、やる気を起こし、モチベーションを高めるのには、
不便さのコントロールというか、不便さと実現可能性とのバランスが
ポイントになるのかもしれない。

来年も自作自演で適度な不便さを設定して大人の遠足をします。



今回は「2015・アルバム・オブ・ザ・イヤー」。
私が2015年に聴いたアルバムの中から、
特に心に残ったもの、今の自分を象徴するもの、
たくさん聴いたものをセレクトし、
誰からも求められていないのに発表する毎年恒例の企画である。

年々新譜を買わなくなっているし、聴かなくなっている。
それは自然なことだ。
今回選ばれたのは、ほとんどが70年代の作品。
年齢的、キャリア的に最もフィットする時期なのだろう。

こちらから目的を持って歩いて行って出会っているのではなく、
散歩している途中で予期せず出会い、
また会いたくなって、そのうちすっかり気に入ってる。
そんなふうに付き合いが始まった4枚のアルバムを紹介したい。

フリー「FIRE AND WATER」(1970年)

01_フリー 
この年齢になって初めてきちんとフリーのアルバムを聴いた。
なんとも座りがいいロックだ。
合皮の質感、クッションの堅さ、背もたれの角度など、
やけにフィットする一人掛けソファを見つけたような感覚だ。

つや消しブラックのようなサウンドがたまらない。
当時メンバーの平均年齢が20歳だったというのが信じられない。
安定感のあるプレイは、ちょっと熟していて渋みさえ感じる。

ポール・ロジャースのボーカルが素晴らしい。
スモーキーで湿り気があるのに、伸びやかで、
どこまでも突き抜けそうだ。
それでいて、シング・ライク・トークなのだ。
話すように唄っているかのごとく聴こえてくる。

キャッチーなメロディはないし、口ずさむようなところもない。
しかし、ギターソロはしびれるフレーズが多い。
楽器は基本、ギター、ベース、ドラムのみで、
隙間も多めで、それぞれの音がクリアにリアルに聴こえることで
いいノリというか、いいグルーヴが生まれている。
これがロックなんだよ、とでもいうべき、ロック・オブ・ロックな一枚。

ザ・ローリングストーンズ「エモーショナル・レスキュー」(1980年)

02_ストーンズ
今年もまたストーンズのアルバムが登場だ。
私がリアルタイムで聴いたストーンズの最初のアルバム。
私と同学年であるドラムのオダ氏のミート・ザ・ストーンズも同じだった。
つまり、私の世代の洋楽リアルタイム体験は
中学2、3年頃だったということになる。

この作品は、数あるストーンズのアルバムの中で、
あまり取り上げられない印象がある。
大ヒットした「SOME GIRLS」(1978年)と
TATTOO YOU」(1982年)の狭間の作品と捉えられている感があるし、
いわゆる有名な曲や大ヒットした曲は収録されていない。
リード・シングルとなった「エモーショナル・レスキュー」でさえ、
全編がミックジャガーの怪しい裏声で、気色の悪ささえ感じる。

ただトータルで聴くと、実に味わい深い。
当時のダンスミックス的サウンドやレゲエなどが盛り込まれつつ、
ストーンズならではのジャンキーさとうまく絡み、
バラエティに富んでいながら一貫性があり、
アルバムという単位で捉えると、よくまとまっているなと。

刺激を受け、衝動にかられ、自分も何か表現をしたくなるのではなく、
ザ・ローリングストーンズという街で
ナチュラルに過ごしたくなるようなアルバムだ。
キース・リチャーズの弾きすぎないギター・プレーが渋い。
余計な装飾や隠し味を排除した老舗の定番の和菓子のようで、
なんとなくにやけてしまう。

ボビー・コールドウェル「イブニング・スキャンダル」(1978年)
03_ボビー
2015年における私にとっての音楽的な広がりのトピックスのひとつが
AORミュージックとフレンドリーになれたことだ。
きっかけは明確に覚えてはいない。
何かのタイミングで、ドナルド・フェイゲンの「ナイトフライ」が
しっくりと耳に馴染む日があり、
スティーリー・ダンの「Aja」がしっとりと胸にしみた日があり、
AORをもっと聴いてみようかと思ったことが始まりだろう。

そういうわけで、AORの定義も概念もよくわからないまま、
ボズ・スキャックス、エア・プレイ、クリストファー・クロスなど、
なんとなくAORにカテゴライズされそうなものを色々と聴いた。
その中で、最も聴いた、というか、使ったのが
ボビー・コールドウェル「イブニング・スキャンダル」だったように思う。
「使った」というのは、聴く目的ではなく、とりあえず流しておこうか
ということが多かったからだ。

なぜかしらニュートラルな感覚になれる。
落ち着くというか、音楽が流れていることを忘れるというか。
どんなメッセージが込められているとか、
ここのベースのフレーズが素晴らしいとか、
そういう方向に興味が向かない。
それを追求する気もない。
音楽とのそういう付き合い方もある。

ただ、そうしたある種「無」の感覚にさせてくれる
ボーカルの肌触りの良さと優れた演奏テクニック、
そしてサウンド・プロダクトがあるということだ。

洋楽AORに興味を持ったことで、
そのアンテナは日本のAORにも波及し、
杉山清貴氏までたどり着いてしまった。
12月下旬に「最後のHoly Night」を聴いている自分が信じられない。

ピンクフロイド「狂気」(1973年)
04_ピンク
2015年の私のミュージックライフにおける象徴が
フリーとの出会いだったとすれば、
最大の事件はピンクフロイドの世界に「入学」できたことだ。
いや正しくは「入楽」だ。
ピンクフロイドを楽しめるようになる音楽的なキャリアを
積んだということだ。
一方、キャリアを積んだことで楽しめなくなった音楽もあるだろう。
しかしそれでいい。
容量には限界があるし、容量に合わせて楽しむのが健康的だ。

それにしても、このアルバム「狂気」は凄い。
最初の感触はざらついていて、形もいびつであり、
外から見ていて抵抗感もあったのだが、
気づくと外から包まれていた。
いつのまにかピンクフロイドの世界につかまれていた。

流れを壊すような実験的な展開がありつつもなぜか馴染み、
何気にメロディアスでありながらクール。
音の芸術の追究、壮大なサウンド。
「狂気」という名の大浴場・露店風呂につかり、
すっかり気持ち良くなってしまったかのようだ。

メロディやフレーズやテクニックや個々の素晴らしさは
もちろんあるが、それを語る気にならない。
ピンクフロイドという「世界」を味わっている快感。
まさにモンスターなアルバムだ。

                     ◆

ストーンズ以外は、一年前には全く聴いていなかった作品ばかり。
自分の音楽アンテナがどこへ向かうのか今後も楽しみだ。
進化しているのか、退化しているのかはわからないし、
感性が鋭くなっているのか、鈍くなっているのかもわからないが、
音楽全般がとにかく好きなので、触れ合っていれば、
自然とその時の自分に合った音楽が、
音楽の側から近づいてくるのかなとも思っている。

音楽以外のこともそういう感覚がある。
目立った成果や、華々しいことは起こらずとも、
前のめりにならず、やり過ぎず、
でも怠らず、あきらめずに過ごしていれば、
望むべきものが向こうからやってきてくれるものだと思う。



クリスマスである。
24日のイヴがゴールで、25日当日は消化試合のようだ。
いつ頃からこうなってしまったのか。
少なくとも30年前にはそれがトレンドになっていた。

クリスマス・イヴはすごく特別の日で、
プレゼント交換、家族や恋人や友達と過ごす、
チキンとケーキを食べる、など、
そういう行為をしなければ寂しい人と思われる。
そうならないために必死になる。
一緒に過ごす相手を見つけたり、
一人で過ごすことがばれないようにする。

職場でも、普段は早く帰宅することにいい顔をしない上司も、
クリスマス・イヴは極めて寛大。
というか、まだ帰らないのか、と逆のプレッシャーをかける。
クリスマス・イヴはどうでもいいから、
誕生日とか夏至に配慮してほしいもんだぜ、と毎年思っていたし、
クリスマス当日の軽視ぶりにあきれていた。

そんなこんなが、ひどく面倒だった。
特に1990年代のクリスマス・イヴ至上主義感は異常だった。
しかし、ヘイト感を主張しすぎたら、世間から疎外されるので、
特に主張せず、毎年静かに過ごしてきた。
家族にさえ、そんな気持ちを隠してきた。
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左:帯広ESATA西館、右:ロイズ帯広

ただ、ここ数年、世の中のクリスマス感が変化してきてはいないか。
クリスマス・イヴだけのために、そんなに頑張る必要がある?
そんなにスペシャルな日?
クリスマス・イヴっていっても、365日のうちの1日に変わりない。
人は人、自分は自分。
クリスマスにとらわれないで、自分らしくしていればいいんじゃないの。
そうした傾向が強まっているような気がする。

そんな世の中の傾向に逆行し、
私自身は年々クリスマスが楽しくなってきている。
街には赤と緑があふれ、クリスマス・ミュージックが流れ、
なんとなく華やかになるのが季節の風物詩のようであり、
楽しそうであり、平和であり、
全然ありだよね、と好意的に受け入れられるようになった。
桜の開花や、初雪や、神社のお祭りだとかと同じような心持ちで
ウェルカムできるようになったのだ。

どうでもよくなったからなのか、
気持ちが大きくなったからなのか、
いちいち反応することが面倒になったからなのか、
理由はわからないが、クリスマスを楽しめるようになった。
こうした変化に自分自身が少し戸惑っているほどだ。
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左:JR帯広駅北口、右:藤丸南側入口

数年前から、12月上旬になると
自然にクリスマス・ミュージックを聴きたくなり、
部屋でジャズ・バージョンのそれを流しっぱなしにしたり、
通勤時に聴くこともある。
クリスマスのコンピレーションアルバムを毎年1枚入手していたら、
もう5枚になっている。

クリスマス・ミュージックよりも、同じ「マス」なら、
ストーンズの「アフターマス」を聴くべきだと言っていた私が
こうなってしまうから、年齢を重ねることは神秘的だ。

帯広では、家を電飾でデコレートする家をほとんど見かけない。
それが今となってはちょっと寂しかったりもする。
札幌に住んでいた頃はよく目にし、その都度、
ヤンキー志向の名残か、と思っていたのが懐かしい。

チキンやケーキは、イヴじゃなくてもいいじゃないか。
24日にこだわるから大変な思いをし、
場合によってはトラブルやイライラも招く。
食べたいときに食べようや。
それが健康的だし理性的。
23日に食べて、24日は食べない。
それこそワイルドだろ。
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左:六花亭帯広本店、右:柳月帯広本店

私にとってクリスマスは、12月上旬からなんとなく始まり、
25日にフィナーレを迎える。
つまり、「DAY」ではなく、「WEEK」と「MONTH」の間なのだ。
そう考えたら、色々なことが楽になるし、便乗しやすくなる。

25日のクリスマス当日をもう少し大事にしないか。
雨が夜更け過ぎに雪に変わるのがクリスマス・イヴならば、
雪が午前中に雨へと変わるのがクリスマスなのか。
それはそれで素敵なことだと思うぜ。

クリスマスはほんとにスペシャルなのか。
「クリスマスが今年もやってくる」とクリスマスのワクワク感を
唄っている竹内まりや氏でさえ、
一方では「毎日がスペシャル」だとメッセージしているではないか。

よくわからなくなった。
人それぞれにクリスマスがあり、それぞれの事情に応じて過ごせばいい。
そこには賞賛も批判も嫉妬もない。


2015年12月12日土曜日、
札幌ベッシーホールで行われたライブに出演した。

セットリストは次のとおり。
1 ユトリ
2 古いロックに埋もれたい
3 いい知らせが聞きたい
4 古びた喫茶店
5 何かが足りない
6 大事な用事

2015121201
気持ち良くできた。
ステージに上がる前からそんな予感がしていた。
体調が良く、気持ちも落ち着いていた。

良い状態で臨むために、あれを我慢し、それを断り、これをやった。
そうした調整がうまくいった。
ライブの前日は、楽しみで少し眠れなかったほどだ。

この年齢になっても、そういう興奮を味わえる。
やりたいことができている、ということであり、
やりたいことができるようにやれている、ということだ。
それは多くの人の支えや励ましがあるから為し得る。
幸せだなあと思う。
そういう喜びを感じながらライブができた。

MCも自然と言葉があふれてきた。
私は、喜びや感謝が大きいと、興奮や緊張が高まるのではなく、
リラックスできて素直になれるタイプのようだと改めて思った。

2015121202
諸般の事情により日帰りとなった。
帯広に戻ってきたときには日付が変わっていた。
しかし、午前0時30分過ぎから、しっかり自宅で打ち上げをした。

というか、帰りの車中で、打ち上げは始まっていた。
ノンアルコールビール、「どんぐり」の菓子パン、
帯広の「不二屋」のミックスナッツ、カルビーの「じゃがビー」、
「ロイズ」のアーモンドチョコレート。
厳選した大好物ばかりだ。
これらがあれば、アルコール無しでも十分に楽しめる。
ライブ前の調整がうまくいったので、
ライブ後は全部許して完全に開放だ。

帰宅後は、サントリー角瓶に、
「どんぐり」の菓子パンと帯広の「不二屋」のわさびセサミを
つまみにして、アルコールありの二次会。
その日のライブの映像を見て、
その後、ジャズを聴きながら競馬の予想をして、
知らないうちに眠っていた。
知らないうちに眠る。これが自宅での打ち上げ二次会の醍醐味だ。
記憶にあるのは午前2時30分まで。

こんな形ながら、打ち上げもやりきった。
このメリハリが大事だ。
ライブが終わったら、一度全部洗い流してリセットすること。
そうすると、次をきちんと始められる。

2015121203
この日のライブには、久し振りに観に来てくれた方もいた。
すごく嬉しかった。
このまま帯広に帰るのがほんとに残念だと思った。

やはり定期的にライブを続けていくことは大事だ。
そうしていると、久し振りに誰かが観に来てくれる。
キープ・オン・ロックンロールすることは大きな意味がある。

そして、いつも観に来てくれる方がいる。
感謝の気持ちが大きすぎて、うまく感謝できないほどだ。
こうした皆さんに支えられて、
ザ・ハート・オブ・ストーンは、いい感じで今年の活動は終了となった。

ライブでは相変わらずミスをしているし、
帰宅してからライブの映像を見ていると、
思ったよりできてないなと感じるところがあり、もどかしくなる。
ちょっとがっかりするし、詰めの甘さを反省する。

しかし今もなお、少しずつ前に進んでいる。
課題があることが次への原動力になっている。
というか、越えていけそうな課題だから原動力にできているのだ。
そういう意味では、課題のとらえ方や付き合い方も
加減や程度が大事なのだなと。
身の丈を知り、やりすぎず、でも怠らず、ということだ。

ザ・ハート・オブ・ストーン、来年も5回くらいライブをしつつ、
3年ぶりにアルバムをリリースすべく活動します。
引き続きよろしくお願いします。


今週末は、今年最後のザ・ハート・オブ・ストーンのライブ。
まずはそのお知らせを。

■日時 2015年12月12日(土)19時
■場所 ベッシーホール
       (札幌市中央区南4西6晴ればれビルB1)
■料金 前1,500円 → 当2,000
■出演(出演順:時刻は予定)
           19:00 レンジ・オブ・モーション
           19:40 THE HEART OF STONE
             20:20 ECHODECK

オールドテイストのロックを中心としたセットリストを
予定しています。
よろしくお願いします。

                      ◆

さて、前回の「トンネル餅」の記事に引き続き、
共和町の和菓子について語りたい。
今回はトンネル餅よりもさらにマイナー度が高い和菓子。
それは本間製菓の和菓子だ。
本間製菓09
本間製菓は共和町の国富(くにとみ)にある和菓子製造会社。
販売は行っていない。
岩宇(がんう)地域(共和町・岩内町・泊村・神恵内村の4町村の総称)
にある地域限定のスーパーや商店に卸しており、店舗は有していない。

本間製菓の和菓子が豊富に置かれているのは、
岩内町の矢田商店と岩内食品だろう。
本間製菓11 本間製菓12
マックスヴァリュやラッキーなどの大手スーパーには置かれていない。
そうした店舗にあるのは、日糧パンや山崎製パンの和菓子だ。

子供の頃から仏壇に供えられた和菓子は本間製菓のものだった。
ずっとそうだった。
当たり前のことだった。
当たり前だったがゆえに、本間製菓の価値に気づけずにいた。
その存在を気にするようになったのはここ数年だ。

何がすごいって、これだけ流通が発達した現代で、
100km
ほどしか離れていない札幌方面からの大手和菓子の来襲がある
にもかかわらず、未だに岩宇地域でしか売られていないことだ。
しかも、味に何らかの特徴があるわけでもないし、
価格は日糧パンや山崎製パンよりも割高。
なのにしっかりと売られ続けている。

そんな生き様に魅力を感じ、いつからか、
地元に帰ったら、本間製菓の和菓子を食べるか、持ち帰るかが
習慣化している。

「本間製菓の和菓子といえば」との質問を地域の人にしたら、
おそらくトップになるのは「すあま」ではなかろうか。
本間製菓01 本間製菓02
品名は「ジャンボすあま」だが、それほど大きくはない。
価格は108円。高くはないが、決して安くはない。
量販されている大手のすあまに比べると、やや固めか。

甘味が柔らかく、べたつきがない。
昔よりも上品な味になっているし、食べる度に洗練されてきている。
今もなお発見させてくれる偉大なる普通のすあまだ。
半分にカットすると、板つき蒲鉾のような形状になることも
今回の新たな発見だった。

私が最も本間イズムを感じるのは「六方焼」(4個入り300円)
本間製菓03 本間製菓04
皮はしっとり、あんこは乾き目。
この組み合わせがたまらなく良い。
普通に美味しい。
それ以上でも、それ以下でもない。
肯定も否定もさせないニュートラル感。
この良い意味での凡庸ぶりが「地元っていいな」と思わせる。

「六方焼」は六面を焼いているから付けられた名称だろう。
北陸地方でメジャーなものらしい。
私が見たことがある六方焼は本間製菓のものだけだ。

「勝栗」という商品名の栗まんじゅう(214円)。
本間製菓05 本間製菓06
食べたら驚くと思う。
214円のわりにあまりに普通で。
これもあんは乾き目。
目立つことを避けているかのような素っ気なさ。
特徴がない、というより奥ゆかしく思う。

本間製菓07 本間製菓08
べこ餅(108円)も普通でいいんだよなあ。
べたべたしていなくて、クセのない、ほどよい甘味。
不純物を排して、ひたすら理性を通しているような真面目さがうかがえる、
本間製菓の代表作のひとつだろう。

右の写真は、シナモン味のする白餡の饅頭。
これも大好きだ。
この商品も六方焼と同様、本間製菓以外で見たことがない。
そう考えると、十分に個性的だな。

極めて地域限定な和菓子だが、
地元スーパーでは、結構なスペースをとって売られている。
本間製菓10

岩宇地域や後志地方以外のところに住む和菓子マニア。
道内の色々なところ訪問し、地域の和菓子を楽しむ。
そういう人達は、トンネル餅には比較的容易にたどり着ける。
しかし本間製菓にたどり着くのは容易じゃない。
とにかく情報が少ない。
たどり着けたら本物のマニアだな。

決定的な特徴がない。
大袈裟じゃない。
気取りがない。
売れているのかもよくわからない。
でも地元に帰ると必ずある。
最高の存在感だ。
地味に地元の宝だと思う。
付加価値つけまくりだな。
しかし私には影響力がない。
明日も変わらずに本間製菓の和菓子達は
岩宇地域に当たり前のものとして素っ気なく店に置かれているだろう。
奥ゆかしいな。


共和町は後志地方の西部に位置する農業の町だ。
私の地元の隣町でもある。
なので親しみが深いし、愛着もある。
新聞やテレビで共和町のニュースを目にしたら敏感に反応するし、
新聞の「おくやみ申し上げます」のページを確認するのは毎朝の日課だ。
共和町とはそういう間柄であるため、
公式には故郷だとは言えないが、マインド的には地元だと思っている。

そんな共和町に長く愛されている和菓子がある。
「トンネル餅」だ。

JR函館本線の小沢(こざわ)駅のすぐ近くにある「末次商店」
トンネル餅01
「トンネル餅」を製造、販売している店だ。
おそらくトンネル餅以外には製造していないのではないか。
選択の余地はない。一択だ。

トンネル餅は地元ではかなりメジャーだ。
しかし、共和町から30kmも離れるとノーバティ・ノーズだ。
つまり超マイナーなのである。

何年かに一度のかなり緩いペースで食べている。
帰省するたびに食べているわけではない。
帰省の途中、共和町を通る際、
時々ふと「しばらくトンネル餅食べてないなあ」と思い、
なんとなく立ち寄る。
そんな付き合い方をしている。

10月某日、末次商店を訪問。
店頭にトンネル餅は置かれていない。
「トンネル餅ください」とオーダーすると、
店の奥(居間の方)から持ってくる。
それが末次スタイルだ。

この日は入店したものの、しばらく待っても店の方は現れず。
店の奥(居間の方)からは生活の音が聞こえてくる。
誰かはいる。
大きな声を出して、店の方を呼ぼうか。
しかしなぜかそういう気になれなかった。
なんとなくがんばる気になれなかった。
それが私のスタイルか。

がんばらなかったのは、他の店でも買えるからだ。
共和町役場の近くにある「くすみ支店」。
そちらへ行き、なんなくゲットした。
ちなみに、400円だ。

トンネル餅03 トンネル餅04
やっぱりいいなあ、このパッケージ。
蒸気機関車もいいが、色合いも心をくすぐる。
そして、製造日が消費期限である。
六花亭の「サクサクパイ」の「賞味期限3時間」ほど条件は厳しくないが、
全道的には知名度が低く、
地元民だって滅多に食べないであろうこの和菓子を、
一日限りの消費期限としているのは見事だ。爽快だ。

トンネル餅02
いいなあ、この素朴さ。
木目の発泡スチロール的なおりに、ただ置いているだけな感じ。
空間がやけに広い。
本来ならばもう少し小さめのケースが相応しいはずだ。
揺らせば、おりの中でトンネル餅が動き回る。

トンネル餅は簡単に言えば超ライト感覚な「すあま」だ。
味は極めて素朴。
添加物を使用していないからこその独特の香りがしつつも、
食べると、甘さ控えめで、白砂糖の味しかしない。
そのまま度が激しく高い。

勇猛果敢に、がつーんと主張するぞ、という意気込みは皆無。
いい意味で淡泊な味。
しかし、こだわりは十分に感じる。
食べていくほどに、生半可な個性ならそんなものいらないっすよ、
という意思を、味と食感が伝えてくれる。

かつて列車の本数が多く、
小沢駅が岩内線と函館本線を結ぶターミナル駅であった
昭和中期には相当売れただろう。

今、小沢駅の利用者はわずかで、駅前も閑散としている。
末次商店に行っても誰も出てこない。
なのにトンネル餅は生き続けている。
ちょっとした奇跡じゃないか。
正直なところ、どんな人が購入しているのか不思議だし、興味がある。

今後も爆発的に売れることはないだろう。
何かのメディアで大々的に取り上げられない限り、
前年よりも売れる、という状況は考えにくい。

コストパフォーマンスも低い。
地元の伝統の和菓子であり贔屓マインドはあるが、
この量で400円はちょっと高め設定だ。
しかし、製造数を想像すると致し方ないだろう。

永くあり続けてほしいと切に願う。
そのために私ができることは、
ピーアールをすることと、自らが定期的に買い続けることだ。
それくらいやろうじゃないか。
なぜならトンネル餅のある共和町と、トンネル餅のない共和町は、
札幌市にテレビ塔があるかないかと遜色がないくらい
象徴的なものだからだ。

現在のマイナー感がたまらなく良い。
メジャーのまま生き続けていくことは難しいが、
マイナー感を保ったまま生き続けていくのも容易ではない。
しかしちょっと憧れる。
マイナーにはマイナーなりの魅力があるからね。



まずは、ザ・ハート・オブ・ストーンのライブのお知らせを。

日時 2015年12月12日(土)19時
場所 ベッシーホール
       (札幌市中央区南4西6晴ればれビルB1)
料金 不明(別途お知らせ)
出演(出演順:時刻は予定)
           19:00 レンジ・オブ・モーション
           19:40 THE HEART OF STONE
             20:20 ECHODECK

ザ・ハート・オブ・ストーンの出番は19時40分の予定です。
よろしくお願いします。

2015120301 

12月12日のライブで、ザ・ハート・オブ・ストーンとして
初披露となる曲がある(「激しい雨」では披露済)。
「いい知らせが聞きたい」という曲だ。

いい知らせが聞きたい

寒い夜が続いていたから

今日は甘えさせておくれよ
昼下がりのまどろみの中で
ふと目が覚め また目を閉じる

いい知らせが聞きたいのさ
いい知らせを届けたいのさ

遠ざかってゆくほどにつのる
ほろ苦くも眩しい季節
今はひとり冬枯れの道を
照らしてくれ ミスター・ムーンライト

いい知らせが聞きたいのさ
いい知らせを届けたいのさ

色々あるからね
でもまた会えたんだ
転がり続けてるよね
悪くない人生だな

同じメロディ奏でているのに
あの頃とはちょっと違うよ
今になって出せる色がある
今だからこそ出せる色が

いい知らせが聞きたいのさ
いい知らせを届けたいのさ
いい知らせが聞きたいのさ
いい知らせを届けたいのさ

                     ◆

2013年の暮れに札幌のザナドゥで開催された「ブルース収穫祭」で、
ベーカーショップ・ブギが演奏した
ヴァン・モリスンの「クレイジー・ラブ」に胸をうたれ、
その熱が冷めぬまま、2013-2014の年末年始でメロディだけ作った曲。
つまりメロディだけは約2年間、作り置き状態にあったことになる。

2014年4月、私は札幌から帯広に転勤した。
その際、古くからの良き理解者であるA氏から、
餞別的な意味合いで、ヴァン・モリスンのCDをいただいた。
私はそれまでA氏に、ヴァン・モリスンのことを話したことは
なかったはずだ。
なのに、どういうわけか通じていた。
忘れられない思い出として、この先も長く胸に刻まれ続けるだろう。

メロディは2年前に作ったものの、歌詞の製作は行っていなかった。
その理由は、ザ・ハート・オブ・ストーンの活動状況が、
この手の古いテイストのスローなロックバラードと
フィットしなかったからだ。

しかしついにその時が来たぜ。
ザ・ハート・オブ・ストーンの次のアルバムに
収録されるであろう曲がほぼ出揃い、
おまけにあと1、2曲やらないか、という段階にきた。
地味ながら、大人がちょっとキュンとなるようなのを
やらせてもらえないか。
そうメンバーに直訴し、二度の春・夏・秋を越え、
11月初めに歌詞を完成させた。
2015120302 
この歌詞は自分のことであり、メンバーのことでもあり、
私を支え励ましてくれる人達のことでもある。

お互い歳をとったよね。
長く生きてくれば色々あるし、失くしたものもある。
しばらく会わない時期もあった。
でもまた会えて、この年齢なりのいい付き合いができている。
ラッキーだなと思う。
ちっちゃな奇跡かもしれない。
若い頃のようにはいかないこともあるけれど、
今だから楽しめることもある。
いいじゃないか、すごくいいじゃないか。
ありがたいことです。
そんな気持ちを表現した曲だ。

こういう歌詞をかける人生になってほんとに良かった。




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