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2015年3月29日日曜日、
帯広市のライブスペース「ホーリーズ」に、
「激しい雨」名義で出演した。

セットリストは次のとおり。
1 何かが足りない
2 古びた喫茶店
3 ゆとり
4 ロックンロールナイト
5 家路は春の訪れ

2015032901
仕事の都合などにより準備がままならない状態で臨んだライブで、
序盤は、荒さやノリの誤差を感じ、しっくりこない感じがあったが、
次第にかみ合い、中盤以降は気持ち良くできた。

序盤の違和感の要因は、実力と練習の不足によるものが9割だろう。
「人は見た目が9割」、「仕事ができる人は話し方が9割」など、
世の中には「9割」をタイトルにしたビジネス本が多くあるが、
それを読んだ人の9割が実践できていないのではないか。

それはそれとして、序盤の違和感の要因の0.5割くらいのこととして、
「手拍子」がある。
音楽業界ではプロ・アマ問わず、
ライブにおいて手拍子を求める人は少なくない。
しつこく求める人も相当見てきている。
内心はほとんどの人が手拍子を欲しがっているかもしれない。

「手拍子はしないでほしい」とオーディエンスに求めているアマチュアは
見たことがない。
それをやるとすれば私だろう。
私は手拍子をされながらの演奏が非常に苦手である。
ノリが感覚とずれるのだ。
というか、基本的に手拍子にフィットする曲がないのだ。

ただ、自然発生的に始まった手拍子に対して、
「やめて」と言えるはずがない。
なんとなく手拍子をしたくなったのなら有り難いことだし、
プレイヤーを盛り上げるためにしてくれている場合もあるだろう。

言えるはずがない。
感じが悪い、だろう。
言ってしまったらそこで終わる。
告白しても恋人になれることはなく、友達関係も終わる。

もう今までのようには付き合えない。
それと同じだ。

2015032902 
1曲目は手拍子のノリに引っ張られて、リズムがひどかった。

しかし、空気感に馴染んだ4曲目で手拍子をされた時は、
完全に手拍子を気にせず、こちらのノリで押し通せた。
そして途中で手拍子はなくなった。
こうじゃなきゃダメなのだ。
結局行く着くところは、自らの実力不足なのだ。
自分の力でコントロールをできるかどうかなのだ。

そんなこんながありつつ、やはりライブは楽しい。
ライブの前後に、他の出演者やお客さんと会話をするのも
良い刺激になる。

今回のライブでは、「ゆとり」という新曲を初披露した。

ゆとり

ひとつ手に入れたら ひとつ手放すことだな
あれかこれかでいいのさ あれもこれもじゃ窮屈なだけさ

あえて寝かせてみないか ちょっと距離置いて眺めていよう
なんともいい感じにカドがとれたら もっとおいしくなるだろ

そんなゆとりが欲しいね 焦るばかりじゃ上滑り
バスはもう行ったけれど 靴みがいて待てばいい

ゆとりがなくちゃ なにはなくとも

しばらく寝かせてみないか 雑味が抜けてコクが増すかも
あるいは何にも変わりはしないかも でもそれが経験ってやつだろ

そんなゆとりが欲しいね 未熟を楽しめるような
足して引いて揺さぶられて 相応しい形になる

息を吹き込み たまに息抜きして
だんだん相応しい形になってゆく


帯広に住んで1年。
この間に新しい曲を4曲発表できた。
ただ、そのいずれもメロディは札幌在住時から頭の中にストックしておき、
歌詞のみ帯広に住んでから作成したものである。

今回の「ゆとり」は、歌詞もメロディも帯広生まれだ。
「ゆとり」というタイトルは、
十勝のスイーツ店「ユトリベルグ」に完全に影響された。
この店名に出会い、春駒チーズの美味しさに感動し、
「ゆとり」という曲を作りたくなったのだ。

歌詞ノートを見返すと、昨年4月の時点で、
「ゆとり」をキーワードに歌詞を作るべく、
何ページも「ゆとり」について書き連ねている。
この歌詞に合うメロディを、急ぐことなく、焦ることなく待っていた。
そしてその時が来たのは年末年始のあたりだった。

歌詞づくりは削りの作業だった。
削りの中でボツになった内容としては、
箱の大きさは決まっているから、
何でも詰め込んだら何にもできなくなること。
消化しないうちに、どんなに高級なものを食べても美味しくない、
だから消化するまでのゆとりをくれ。
ちょっとお腹をすかせなきゃ人生は楽しめない。
ゆとりを手にするには、実は結構なお金と手間がかかる。
多少無理をしなければ、ゆとりは手に入れられない、などである。

結局、できあがった歌詞は、
あえて放っておいたり、待ってみると、
勝手にいい方向に変わっていくことがあること。
一方、うまくいかなくて反省し、またトライする。
それを繰り返していると、自分の理想に近づいてくること。
そういうことができる時間と気持ちの余裕=ゆとりがほしい、
というものだ。

今回のライブでも、色々と課題があることを痛感した。
この課題を解決していくことを楽しめるような「ゆとり」が
いいものを生むし、日々が豊かになる。

ゆとりがなくちゃ。

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もう3月が終わろうとしている。
エブリデイ毎日、やらなければならないことが絶えず、
なかなかブログを更新することができなかった。

こんな感じだと、月に一度ライブをやるのが精一杯だ。
もう明後日になってしまったが、ライブのお知らせを。

日時 2015年3月29日(日)18時スタート
場所 ホーリーズ(帯広市西16条南35丁目)
■料金 不明(入場無料、ただしドリンクオーダーかも)
出演(出演順)
     千葉さん(フルネーム不明)/ミニクマ/
     激しい雨/井原さん(フルネーム不明)/MITSUMI
    
我々、「激しい雨」の出番は3番目、19時予定。
5曲を用意していくが、またも新曲を投入する。
メロディは数ヶ月にできあがっていたものの、
アレンジは二週間前から、歌詞は一週間前から本格的に整理し始め、
今日も、札幌出張帰りのJRの車内で、
歌詞を修正したり、ギターのフレーズを見直していた。
あと2日でどういう形に持っていけるか。
20150327激しい雨
                 
昨年来、夜11時台くらいから部屋で音楽を聴く、というか、
音楽を流す日が増えた。
昨年は古いロックやジャズが多かったのだが、
この2か月くらいは、いわゆる「AOR」と呼ばれるジャンルの音楽に
はまっている。

そもそも「AOR」が何の略称なのかは諸説ある。
70年代から80年代にかけてのアダルトでコンテンポラリーな
ロックを指すようだが、もやっとして説明だし、
AORミュージックに該当するミュージャンも明確ではない。

私にとって「AOR」といえば、
ドナルド・フェイゲンのイメージがあった。
爆発的に売れたアルバム「ナイトフライ」(1982年)。
20150327ナイトフライ
当時高校生だった私にとっては、
眠たくなるようなパンチのない音楽で、きちんと聴かなかった。

しかし、歴史的名盤として取り上げられることの多いアルバムであり、
勉強として真剣に聴いてみようと10年くらい前に購入。
それでもピンとこなかった。

そもそも勉強目的なのが良くなかった。
公私を問わず、勉強目的となるとモチベーションが上がらない。
なんとなく興味を持って、次第に追求を始め、
結果的に勉強になっている、と感じてくると盛り上がる。

それはそれとして、年が明けてからのある日、
たまたまシャッフルで聴いていたi-podから流れてきた
ドナルド・フェイゲンの曲が心地よく感じた。
そこで、改めてアルバム「ナイトフライ」を聴いてみた。
これがいいのだ。

邪魔をしない、落ち着く、ほっとするような郷愁感、
つかみどころのないメロディなのにしっくりくる感じ、
楽器の絡み方の妙など、魅力にあふれていた。
私の音楽キャリアがやっと「ナイトフライ」に追いついたのだ。

「ナイトフライ」をきっかけに、
他のAORミュージックにも興味を持った。
スティーリー・ダンの「エイジャ」は、
かなりヘビーなローテーションで聴いた。
20150327スティーリー・ダン
ボズ・スキャックスも初めてきちんと聴いてみた。
「シルク・ディグリース」というアルバムは素晴らしかった。
20150327ボズ・スキャックス 

AORミュージックにはまって今感じるのは、
早朝のFMラジオから流れていることが多いことだ。
サウンド自体は真夜中、あるいは休日の午後っぽいものが多いのに、
早朝のFMラジオが似合うから不思議だ。

それと夜の高速道路は、ど真ん中ストライクなシチュエーションだ。
特にボビー・コールドウェルのベスト盤は良い。
20150327ボビー・コールドウェル
いい意味で、音楽が流れているのに流れていない感覚になる。
心の中の鋭角的な考え事が丸みを持って、
次第にシャボン玉のように消えていくのだ。

この数年で、普段聴く音楽に求めるものは、
刺激ではなく、癒やしや安らぎになったように思う。
年をとったということなのかもしれないが、
それはそれで結構なことだ。

筋トレよりもストレッチ、ランニングよりもウォーキング、
肉よりも野菜、唐揚げよりも煮物、
という変化と質的には近いものがあるだろう。
この年になったら、強さよりも柔らかさを持て
ということなのかもしれない。


2015年3月1日日曜日、札幌スピリチュアルラウンジで
開催された「プレ・クソッたれナイト」に出演した。
2015030101
セットリストは次のとおり。
1 世界は発見にあふれてる
2 古びた喫茶店
3 何かが足りない
4 自由
5 ロックンロールナイト

ステージを終えた後、メンバーが言っていたのは、
「浮き足だった感じがした」ということ。
私も似たような感覚だった。
上滑りしたまま曲が進み、
腰をすえられそうな足場が固まりつつあるところで終わった。

簡単に言えば、実力不足であり、
弁解するならば、練習不足である。
実力不足は納得だが、練習不足は悔しい。
2015030105 
この1か月は何かと拘束された。
札幌には一度しか行けず、バンドの練習もその際の一度だけ。
バンドとしての預金に余裕がなく、
いざステージに上がってみると残高不足になったということだろう。

課題は尽きない。
にもかかわらず、ライブのたびに新曲を放り込む。
昨年来の新曲は、それまでとは毛色が異なる。
ある種のトライであり、そうしたトライを重ねている。
一皮むけるための過程の段階、今が我慢の時だろう。
2015030103
この日は、夜8時頃に十勝地方に大雪警報が発令される予報が
出されたため、ライブ終了まで会場にいられなかったことも残念だった。
ライブの最後には、KENZIさんの曲を他の出演者とともに
セッションするという計画もあった。
それなりに予習もしたのだが、それを生かす場に参加できなかった。

早く帰られなければ大雪に見舞われてホワイトアウト。
下手をすれば高速道路も国道も通行止め。
さらに翌日は早朝出勤という様々なプレッシャーがあったことで、
どこか気持ちの面で落ち着けなかったのかもしれない。
しかし、これではダメなんだ。
すべてが言い訳だ。

ただ、一皮むけていく段階における光がなかったわけではない。
声の調子はいい状態で臨めたし、
楽器の音もぜい肉が落とされた感があった。
首や手先で奏でるのではなく、
体幹で奏でる感覚に少し近づいた気がした。

いつになっても満足を得られない。
ライブを終えるたびに課題が沸いてくる。
そして、ギターをケースにしまい、日常生活に戻れば、
あれやこれやと厄介ごともある。

それでも納得のできる曲を作り、
満足のいくステージをしたいという欲求は強くキープされている。
色々とあるが、結局のところ、ひとつひとつやるしかないんだ。
故障したり、ガス欠になったり、渋滞したりで前進できない時もある。
そういう時にどう過ごすかで真価が問われる。
やはり、ひとつひとつやるしかないんだ。
そのうち一気に視界が開ける日が来るはずだ。



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