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日本レコード大賞は、きゃりーぱみゅぱみゅが
受賞すべきだったんじゃないか、と思いながら、
平穏に年末を過ごしている。

昨日は、ザナドゥに「ブルース収穫祭」を観に行ってきた。
ブルースやソウル・ミュージックが
好きでたまらないオジサン、オバサン達の安定した
味のあるプレイを堪能した。
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数年ぶりに観たベーカーショップ・ブキ。
いいです。ぐっと引き込まれて、ずっと観ていられます。
あの年齢で、あれだけ声が出たり、
タイトなドラムを叩けるというのは、ほんとにすごい。
きちんとお金のとれる、そして、心から拍手できるパフォーマンスだった。

町田謙介さんは初めて観たが、これもまた素晴らしかった。
ギターはもちろんだが、声量がすごい。
1小節歌っただけで、「全然違う」と思えるほど、速攻で圧倒された。
13122901
PO‘DRIPSも良かった。
ドラマーは、この日の全ての出演者の中で、ベスト・プレイだった。
ああいう突き抜ける音を出し、繊細な刻みができる人は、
プロでもなかなかいないのでは。
これまで生で見たドラマーの中で一番の音かもしれない。

それと、ツインカムズの女性陣が皆、魅力的だった。
「アークス」や「産直市場」や「マックスバリュー」ではなく、
「イオン」に買い物に行ってそうな感じのする方々で、
一見、どこにでもいそうなのだが、明らかに普通のオバサンと違う。
いい具合に品があり、ステージ映えする。
特にコーラスをされていた方の熟度が非常に良く、
おさえきれる程度にたまらないものがあった。
キーボードの方の容姿にもくすぐられた。

とても楽しく、また、たくさんの刺激を受けた。
自分はまだまだ厚みも深みも足りないし、味が薄いなと。
しかし、手が届かないと感じて消沈したわけではない。
もっとやりたいな、追い求めたいな、という気持ちが高まった。
131230スタジオ
だから、ライブの予定はなく、12月30日なのにもかかわらず、
ひとりスタジオに行きギターを弾き、ハーモニカを奏でるのだ。
いつライブの話がきてもいいように歌うのだ。
こうやって、2013年、へび年が終わっていくのは、大いに幸せなことだ。
さらば、びーへー。

今年も、このブログにお付き合いいただき、ありがとうございました。
来年も、いい味を出していけるよう、転がり続けられればと思います。
もう一度、言おう。
さらば、びーへー。

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テーマ:音楽のある生活 - ジャンル:音楽


11月22日にリリースしたアルバム「愛しきこの世界」。
この完全ガイドの3回目。
これで完結である。
年越しさせるわけにはいかない。

■袋小路のブルーズ

考えて 考えて 考えることに疲れ
行き止まり 追い込まれ しぼり出した言葉こそ
それが袋小路のブルーズ
乾いた欲望のブルーズ 聴こえてくる

行けど虚しく 待てば辛く 探してるものはなくなった
ページはめくれてゆこうとも 戻るのさ 迷った場所まで

何かある 中にある けれど見つけられぬまま
もう忘れかけた頃に にじみ出てくるメロディ
それが袋小路のブルーズ
ざらついた情熱のブルーズ 聴こえてくる

もう会えなさそうで会えそうな気がしてた 胸の片隅で
雲はちぎれて月が見えた 戻るのさ 迷った場所まで

これが袋小路のブルーズ
埋もれてた本能のブルーズ あふれてくる

もう見えなさそうで見えそうな気がしてた だから生きてきた
あてはなくとも踏み出したら 遠い空 呼吸を整え
もう会えなさそうで会えそうな気がしてる 近づいてきてる
川は流れる 海が見えた 開いてゆく そしてその中へ

H.Kugue
:ボーカル、コーラス、ギター()、マラカス
Y.Tanaka
:ギター
Y.Sugawara
:ベース
S.Oda
:ドラムス
(ギターの後の*印はギターソロを弾いた人。以下の曲同じ)
07_袋小路のブルーズ
2013年1月の作品。
冒頭からのリフは、レッド・ツェッペリンの「Whole lotta love」、
間奏では、ジミ・ヘンドリックスの「Hey joe」をオマージュしている。
一番最後は、ビートルズの「I feel fine」っぽいフレーズになった。
パクリではない。
影響を受けたせいで似たのだ。
正しく言うと、冒頭のリフと最後のフレーズは結果的に似た。
間奏は最初から似せようとした。

ところが、歌メロはペイジでもジミでもポールでもない。
もろに私である。
欧米人が作るメロディのノリではなく、
積丹半島西部で、ブリティッシュ・ロックに憧れながら育ち、
中年になってもロックンロールをつかみきれないでいる人の
節回しだと思う。
なお、後から気づいたのだが、
サビの直前の「聴こえてくる」というところのメロディは、
ビートルズの「Come together」の出だしのメロと同じである。

なかなか曲が作れなくて苦悩しているという歌詞であり、
(上の写真が、歌詞を書きためたノートとペンなのはこのせい)
ロックンロールというものを、ブルーズというものを、
まだ追いかけさせていただいでいます、という歌詞である。

このアルバムでは、数曲でタンバリンやマラカスを入れている。
全体的にあまり目立たないようにしているが、
この曲はマラカスを結構に前に出している、特に間奏で。

曲のタイトルは、突飛な言葉や表現ではないけれども、
誰もつけないようなものにしたいと思っている。
「袋小路のブルーズ」。
いいタイトルだ。

■無人駅のブルーズ

人は無いのに駅がある 人はないのに声がする
静かに語りかけてくる 無人駅のブルーズ

風もないのにふらついて 甘い言葉にぐらついて
嫌な記憶がちらついた 無人駅のブルーズ

線路の石の隙間から 黄色い花が咲いている
花の名前は知らないが 無人駅のブルーズ

昨日はうまく馴染めずに 今日は今日とて折り合えず
明日はどこへと向かうやら 無人駅のブルーズ

夕日が照らす温もりと 孤独がくれる安らぎと
夜へと向かうはぐれ雲 無人駅のブルーズ

線路は決してどこまでも続いてはいないことを
知ったときから この人生が愛おしく思えてきたのさ

流れる星に願いごと 思う間もなく消えてった
叶わぬことと知りつつも 無人駅のブルーズ

終着駅の向こう側 レール途絶えたその先は
ギターを連れて旅人に 無人駅のブルーズ

H.Kugue:ボーカル、コーラス、ギター()
Y.Tanaka
:ギター()
Y.Sugawara
:ベース
S.Oda
:ドラムス
08_無人駅のブルーズ
2013年4月の作品。
3年前くらい前から無人駅訪問が趣味化した。
その頃から、これは曲にしたいな、いや、なんとしても曲にしよう、
と考えていた。
「無人駅のブルーズ」なんていうタイトル、心をくすぐるじゃないか。

無人駅から見える景色を描こうとは思わなかった。
それは、「いかにも」だし、実は広がりが小さい。
無人駅へ向かう車中で思ったこと、
無人駅にてぼうっと日常生活を顧みたこと、
帰宅後、なぜ無人駅へ行くようになったのか考えたこと、
そんな心の中の風景を中心に描こうと意識した。
でなければ、ブルーズとは言えないだろう。

ギターソロは、前奏をタナカ氏が、次は私が、というように
交互に弾いている。
こういう、ぶいしーなサウンドは難しい。
いい旨みを出しているとは、まだまだ言えるものではないが、
この路線は追い求めていきたい。
ギターをあまり重ねず、音数をできるだけ少なくするのが理想だと
改めて思った曲でもあった。

なお、最後に、「終着駅」というフレーズを入れたことは
自分の中で賛否がある。
終着駅は無人駅ではないからだ。
しかしこれは無人駅の曲ではなく、
無人駅をを題材にした人生の歌だ。
レールは途絶えても、その向こうへと旅は続くということで、
強引にこれで良しとした。

■ロックンロールナイト

あれこれもう山積みだぜ けれども忘れてしまおう
今夜はそうロックンロールナイト ひずんだ音 身をゆだね
面倒なことは全部後回し

ところがBaby 油断したら現実忍び寄ってくる
振り切れBaby 気を抜くなよ 引き戻されたくないだろ
うっかりしたら がっかりするぜ

Baby Baby
やらないといけないわけではないけれど
Baby Baby
しびれてる ロックンロールに
うねる音の波の中を泳げば イッツ・オールライト

そんなことはできないぜと 気持ちを強く持つべきだ
だって今日はロックンロールナイト エネルギーは全てそこに
季節はずれの花火を上げよう

勇気なんか必要ない 理由なんかいらないぜ
楽しむのさロックンロールナイト 荷物下ろし かき鳴らせ
身軽になって 気軽にゆくぜ

Baby Baby
飛び出せば後から何かがついてくる
Baby Baby
突き抜けろ きっと出会えるぜ
今まで知らずにいたこと 素敵なことかもしれない
うねる音の波の中を泳げば イッツ・オールライト

H.Kugue
:ボーカル、コーラス、ギター()、タンバリン
Y.Tanaka
:ギター、コーラス
Y.Sugawara
:ベース、コーラス
S.Oda
:ドラムス
09_ロックンロールナイト
2010年10月の作品。
頭のリフから、前半の歌メロは、ローリング・ストーンズを
意識したものになっているが、
歌詞を作る前に、鼻歌ベースでメロディを口ずさんでいた時は、
プライマル・スクリームっぽい感じがしていた。
しかしサビからはオリジナリティで突っ走っている。

ギターソロは、ギブソン・レスポール・スペシャルを使用。
ギターソロの後、リフに戻ったところのタンバリンが効いている。
このタンバリンもストーンズっぽい。
しかし、最も私が気に入っているのは、
1コーラス目でいうと、「うねる音の波の」の後に挿入された
ギターのフレーズである。
これが、THE HEART OF STONEのロックンロールなんだぜ、
と言わんばかりの、このアルバムを代表するフレーズだ。

色々あるけど結局はロックンロールが必要なんですよ、という歌詞。
「油断したら現実が忍び寄るから気を抜くな」、
「やらないといけないわけではないけれど」など、
働いて金銭を手にして営む生活とロックンロールとの両立は
簡単にいくものではない。
弱気になりそうなところを奮い立たせることも少なくない。
それでもロックンロールを追い求める。
「勇気なんか必要ない」という言葉で逆に勇気が沸かないか。


■三日月の舟

枯れてゆくのさ少しずつ くたびれ感を漂わせ
終わったのかと見せかけて 実はこれから色づくぜ

泣かぬ蛍が身を焦がす 熱いハートは奪えない
下り坂かと思わせて 実はここからしぶといぜ

空に浮かんだ三日月の舟は 星の間をゆらり
虚しくもがいても 自分という心で
無常のこの世界生きる

枯れてゆくのさ少しずつ うまくいったら味が出る
君の音とぼくの音が重なり合えば虹が出る

川に浮かんだ三日月の舟と 夜の散歩にふらり
欲望止めるなよ あの日を忘れるなよ
ロックンロール聴きながら行くよ

空に浮かんだ三日月の舟は 星の間をゆらり
虚しくもがいても 自分という心で
無常のこの世界生きる

優しい風が吹く 懐かしい声がする
愛しきこの世界生きる

H.Kugue:ボーカル、コーラス、ギター()、マラカス
Y.Tanaka
:ギター
Y.Sugawara
:ベース
S.Oda
:ドラムス
10_三日月の舟
2012年2月の作品。
序盤は地を這うように滑走路を進みながら、
最後には未知の空へと飛び立っていくようなサウンド。
40代のTHE HEART OF STONEにとっての
代表的なロックンロールとなった。

人生の折り返しを過ぎ、下降していく気力と体力に戸惑う様を
「夏は終わった」というタイトルで1曲目に収録した。
しかし、どうなんだろう。
歳をとるにしたがって失くしたものがある。
その反面、見えてきたものがあり、それを追い求めようとする。
大切なのは、自分という心があること。
「夏は終わった」で始まった小さな旅は、
この世界は愛おしいと言って締めくくった。
それがアルバムタイトルになった。

中年になのによくやるね、ではない。
中年になって、やっとできるようになってきた感じだ。
優しい風が吹いて、懐かしい声が聴こえてくる。
今が過去の記憶で作られていることを強く思う。
三日月は笑っている口元。
楽しみはこれからもたくさんあるはずだ。

                  ◆

以上、3回にわたり、「愛しきこの世界」を解説させていただいた。
長文にお付き合いいただき、ありがとうございました。
今後も、呼吸をするように、歩くように、曲を作り、
プレイできればいいと思う。

テーマ:歌詞 - ジャンル:音楽


今年の仕事は納められ、年内は飲み会の予定もなくなった。
年賀状は例年になくサッサと書いて、元町郵便局のポストに投函。
大掃除の必要はなく、ライブの予定もなく、
何か急がされていることもない。
というわけで、ここへきて結構フリーである。
こんな年末はいつ以来だろう。

少し前までは、フリーになるチャンス常にうかがい、
フリーの隙間を見つけようものなら、
ここぞとばかり血を踊らせ、欲望をぶつけ、フリーを満喫したが、
いざ結構フリーになると微妙に持て余している。

しかしこんな状態こそが、まさしくフリー。
フリー・オブ・フリーなのだろう。
明日は一日天気が良くないので外出を控えるしかない。
ならば、ポジティヴに引きこもろう。
夜更かしをして、にもかかわらず早起きをしよう。
なぜならば最高の昼寝をしたいからだ。

朝食の後になるか、昼食の後になるか、
ぼうっと本を読んだり、ラジオを聴いたり、DVDを見ていたら、
いつの間にか浅くスリーピング。
「ああ、うとうとしてた」と目が覚めるが、すぐにまた目を閉じる。
あの気持ち良さは、一日を終えての睡眠と全く質が異なる。
あの気持ち良さを明日は味わおう。
昼寝から目が覚めて、外が暗くなっていた時の虚しささえも
有り難く感じるだろう。

年末年始に何も予定がなく、
結果的に、ただだらだらと過ごすことになりそうな君。
いいじゃないか。
最高だとは言わないが、最低ではない。
というか、結構いいと思うよ。

有意義なものにしようと必死になったり焦ったりすると、
逆に大事なことを見失ってしまうのさ。
フリーの無駄使いは、意外と心のあかを落としてくれる。
そして、フリーの無駄使いに疲れたら、何かを始めることだろう。
始めたとき、もうちょっと時間があったら、と思ったりする。
そうやってフリーは終わり、またフリーを求める。

いずれにしても、フリーは自分のものなんだ。
そう君だけのものなんだよ。
他人が年末年始のフリーをどう過ごそうが関係ない。
人のフリーを見て我がフリーを直す必要はない。

テーマ:日記 - ジャンル:日記


高校生くらいの頃から、あまりクリスマスが好きではなかった。
クリスマスだからと無理する感じ、がんばっちゃう感じ、
浮かれ気分で楽しまなきゃならない、ある種の義務感みたいのが
苦痛だった。
ケーキもチキンも大好きなのに、クリスマスには求めなかった。
クリスマスよりもむしろ節分や冬至の方が趣があって好きだった。

ここ数年、やっとクリスマスへのわだかまりが消えた。
12月に入って、ステラプレイスやイオンやテレビから
クリスマス・ミュージックが流れてくる。
それも心地よく感じてきた。
クリスマスという季節のイベントがあっていいじゃないかと
思えるようになった。
だからクリスマスに思い切りケーキやチキンを食べようと。
ところが、歳をとって、ケーキやチキンをあまり欲しなくなった。
ケーキよりも煮豆、チキンを食べるなら筑前煮で。
変わるものだ。

今回はブックレヴュー。
よろしくどうぞ。

                  ◆

■伊坂幸太郎「死神の精度」(2005年)
      死神の精度
主人公は、「千葉」という名前をつけられた死神。
人間の世界に派遣され、死の対象者を一週間にわたって観察し、
死を可とするか、死を見送るかを決定するのが仕事。
死神は、対象者に近づくため、対象者の職業や生活に合わせて、
20代のフリーターにも、40代のサラリーマンにも変身する。

数年ぶりに再読したのだが、数年前より面白く読めた。
6本の短編で構成されており、6人の死の対象者が登場する。
それぞれの作品は数十頁であり、一週間の出来事なのだが、
対象者のセリフや行動から、それまでどういう人生を送ってきたのかが、
鮮明に浮かび上がってくる。それだけで十分に読み応えがある。

対象者は死ぬのか、それとも見送られるのかが軸ではあるものの、
その決定をくだすまでの過程は、コミカルな場面が多い。
死神・千葉の、人間界に慣れていない天然ぶりが
いいスパイスとなっている。
若者に、「おっさんくらいの年齢だと、年貢の納め時なんじゃねえの」と
言われたら、「年貢制度は今もあるのか?」と返したり、
ビーフステーキを食べる男に、「死んだ牛はうまいのか?」と聞いたり。

70代の女性美容師の話が特に良かった。
千葉は彼女から、「明後日、10代後半の男女4人くらい、お客さんを
集めてきて」と、いきなり無理っぽいお願いをされる。
唐突に不思議な依頼がされるのは、実に伊坂作品らしく、
これが大きな伏線になっている。
とても切なく、清々しい結末だった。

■桜木紫乃「起終点駅」(2012年)
起終点駅
桜木さんの作品は、表紙の装丁がいまひとつ内容と
かみ合わないような気がしている。
陰や曇りや寒さなどを伴った濃密な作品が多いのに、
なぜかぼんやりと明るい感じの装丁が多い。
この作品も、なにゆえこの装丁なのかと。
しかし、中身は良いです。

6つの短編が収められている。
函館、釧路など、いずれも北海道を舞台に、
不倫、犯罪、失踪など重たい過去を持ちつつ、
その地に根をはやして、日々を生き続ける人々の物語である。

見えない未来、孤独、閉塞感。
そんな心情を、ありふれた日常の出来事の中に濃密に描き込んでいる。
文章の流れが上手いので、どんどん世界に入ってしまう。

そして、相変わらず素晴らしいのは、北海道の人と土地の描写。
これほど北海道をきちんと描ける人はなかなかいない。
北海道の空気や風や匂いがきちんと伝わってくる。


6つの短編の中でも、「たたかいにやぶれて咲けよ」と「潮風の家」は
強く心を惹きつけられた。
特に、「潮風の家」は良かった。
天塩町の海辺の小さな集落にひとりで暮らしている老婆と、
若い頃に天塩町を出て、江別市で仕出し弁当の仕事をしている女性の話。
天塩町の老婆は、満足に学校に行けなかった、平仮名しか書けない。
木造の小さな家で、寒さに耐えながら、
一日中、ブラウン管テレビを見て過ごしている。
辛いはずなのに、あっけらかんとしている。それが逆に胸を締めつける。
エンディング、江別の女性が天塩の老婆に贈り物をするシーンは、
涙腺への刺激が強烈。泣かせます。

■中田永一「くちびるに歌を」(2012年)
くちびるに歌を
長崎県の五島列島にある中学校。
産休となった合唱部の顧問に代わって来た臨時教師の女性。
その女性に惹かれて、それまで女子しかいなかった合唱部に
男子生徒が多数入部。
しかし、ほどなくとて、男子部員と女子部員との間で対立が激化。
NHKのコンクールが間近にせまった合唱部はどうなるのか。

中学生らしい悩み、戸惑い、繊細さなどを上手に紡いだ、
もろく壊れやすいティーンネイジ・ブルーな作品。
「15年後の自分へ手紙を書く」という設定が非常に効果的で、
枯れの時代に突入した私にとっては、「ありがちな中学生日記」で
素通りしそうなところを立ち止まらせ、少しほろっとさせてくれた。

特に、身障者を兄に持つ、無口で目立たない男子生徒の手紙がいい。
口に出したら非難を浴びるような心の闇を綴っている。
等身大の本心が、痛みを伴いつつも、優しく気に伝わってきた。

全体に劇的ではない。
ドタバタしたり、ジタバタしたりはあるが、味わいは淡々としている。
だからこそ響いてくる。
島の景色や暮らしなども事細かく書いている、というよりは、
場面に合わせてさりげなく描いている。
くどい説明や必要以上の情報を浴びせられると興味を持たないが、
ストーリーを持った自然体の情報には興味を持つ。
そのため、この作品を読みながら、五島列島の地図を
グーグルでじっくり見たり、そこにある市町村のホームページまで見た。

中学生や高校生の頃に感じた、名前を付けられないような「うずき」。
良くも悪くも、その「うずき」を抱えたまま、
私は大人になっていったように思う。
なお私は、今現在も、完全に大人になりきっていない。

テーマ:ブックレビュー - ジャンル:本・雑誌


森村誠一氏の「深海の夜景」という小説を読んだ。
森村誠一氏。80歳である。
大変著名な方ではあるが、失礼ながら、貴氏の作品はこれまで
読んだことがなかった。
貴氏の作品は「人間の証明」しか知らず、むしろ、2時間ドラマの
原作者のイメージが強かった。
たまたま聴いていたラジオ番組の中で、
この作品を絶賛していたので読んでみた。

深海の夜景 

7作の短編が収められており、

定年退職後の悲哀、苦悩、希望を描いたるものと、
復讐劇を描いたものが複数ある。
どの話もわかりやすく、起伏あり、伏線ありで面白いのだが、
展開がいきなり早くなる場面が目立ち、もっと背景を知りたい気がした。
なんとなくテレビドラマっぽいというか、長編を短編にした感じというか。

大ベテランらしい渋みのある表現も楽しめる。
派遣社員の男が、夜の街で20代の女性を危険から救い、
後日、お礼にと女性から家に誘われて食事をする。
男が帰る際、女性はこう言う。
「またいつでもお気が向きましたら、お立ち寄りくださいな」
いつの時代の人なのだ。
今時こんな言葉づかいをする20代の女性はいないだろう。

また、別の作品では、20代後半の男が、女性に別れを告げる際のセリフ。
「こういうことになって君には誠に申し訳なく思っている」
現代の20代の男が、彼女に対して「誠に」なんて言葉を使うか。
こうした前時代的なセリフが逆に面白い。

仕事人間だった男が、定年後の自由を持て余している描写も面白い。
何をしていいのか戸惑い、家族からも煙たがられる
いざ自由の身になると、すべて自分の意志と判断で生きていかなければ
ならないことが、これほど大変なものだとは思わず、
夜になると、「ああ、今日一日ようやく過ぎてくれた」と、
ほっとする場面は、ちょっと笑えてしまう。
そして、「私は自由が嫌いだ」と嘆くのである。

確かに、60代になって手にした自由とどう向き合うのか、
ということは私も想像することがある。
60代、70代でお金と自由があったら、安心だし楽だろうが、
40代の時とは、体力、気力、感覚、趣味嗜好など様々な点で異なる。
条件も環境も整ったのに、それを生かせる体力も気力もない。
だから、あえて30代、40代の忙しい時期にこそ自由を求め、
やりたいことをすべきではないかと思っているし、思ってきた。

西城秀樹氏は、「若いうちはやりたいこと何でもできるのさ」と歌った。
しかし、若い頃は財力に乏しく、また、家族、学業、就職、結婚、
社会との関わりなど、様々な事情に縛られ、
やりたいことがそれほどできるものではない。
元気があれば何でもできるというより、
元気はあったが何にもできなかった気がする。

しかし、10代、20代の頃の「やりたいのにできなかった」
という経験は大事だ。
やらなかった、ではない。できなかった、である。
そのときの欲望や後悔を忘れてはいけない。
それが中年になって生きてくるように思う。
失敗体験があると、それを下地にして、
歳をとってもまだ追いかけられるのだ。
もちろん逆に、失敗経験があるがために、
もう二度としたくなくなることもあるので一概に言えないが。

ただ、失敗体験がなく、ぼんやりと、
「時間ができたら、あれやろうかな」と考えているだけだと、
定年退職後にお金と時間が豊富にあっても生かせないのではないか。
環境は整ったのに、楽しみを見つける嗅覚を失っているのだ。
見つけたとしても、どう向き合ったらいいのかと対峙する能力も
失われているのだ。

そんなふうに考えている私なので、「今しかできないこと」というのは、
若い頃だけに限った話ではないと思っている。
40代には40代の、50代には50代の、「今しかできないこと」が
あるのではないかと思う。
いつかそのうちに、と思っていたらずっとできないだろう。
そもそも明日が来ることだって当たり前じゃないのだし。

私は「自由」というものの価値をかなり高く捉えている方だろう。
自由というものに付随する責任だとか孤独だとかも嫌じゃない。
なんとなく自由の優先度が高い人は少ないような気がしている。
それよりも、お金であったり、出世であったり、もちろん家族であったり。

私が「自由」を欲するのは、
抗うことができない不自由があってのものだろう。
なんの制限もなく自由が与えられると、それはそれで厄介かもしれない。
一週間、三省堂書店に置いてある本を好きなだけ読んでいい、
ということになれば、二日で飽きるかもしれないのと同じように。
つまりは、ある程度の飢餓状態があるから欲するのだ。

しかし、お金は違う。
お金をたくさん持っているのに、もっとお金を欲しがる人は少なくない。



テーマ:最近読んだ本 - ジャンル:本・雑誌


今年は6月から10月までレコーディングをして11月にリリース。
先日、今年最後のライブも終え、完全に一段落してしまった。
リリースするまでは常に忙しい感覚があったため、
思い切り眠って、一日だらだら過ごしたいと思ったりもしたが、
目指すところがなくなると寂しいものだ。

とはいえ、オンがあればオフがあるべきだ。
そうでなければまいってしまう。
今は充電すべきタイミングなのだろう。

何もしないでいてキープできる季節は過ぎた。
キープするためには、何かを取り入れ、何かを捨てなければ保てない。
トライしてもしっくりこない、やめてもしっくりこない。
そんな繰り返しの中で、少しずつ見えてくる。少しずつ近づいてくる。
ときには向こうから近づいてきてくれる。

だから、ジタバタしないことだな。
30年前のシブがき隊のメッセージが心に響くぜ。
また、シブがき隊のバックバンドが「シブ楽器隊」と名づけられた時の
シブ楽器隊メンバーの気持ちを想像すると、
自分はまだやりたいことができていると思う。

さて、11月22日にリリースした、
ザ・ハート・オブ・ストーンの新しいアルバム「愛しきこの世界」の
完全ガイドの2回目だ。
私からの一方的な視点による解説なのでご容赦を。

               ◆

■蛇行する川

蛇行する川には蛇行の理由あり
寄り道 廻り道 東へ西へベイベー

あいつは先に行った とっくに先に行った
ところが今じゃどうだい どこかへ消えちまった

激しい雨が降って 今夜はアップサイドダウン
前へ向かうだけが挑戦だなんてオレは思ってない

蛇行する川には蛇行の理由あり
近道などしたら足をとられるのさ

冷たい風が吹いて 今夜はインサイドアウト
増やしてゆくだけが繁栄だなんてオレは思ってない

蛇行する川には蛇行の理由あり
味のある曲線 描いてゆくぜベイベー

踊り場でロックミュージック 今夜はバック・イン・ブラック
上がってゆくだけが成功だなんてオレは思ってない

H.Kugue:ボーカル、コーラス、ギター、マラカス
Y.Tanaka
:ギター()
Y.Sugawara
:ベース
S.Oda
:ドラムス
(ギターの後の*印はギターソロを弾いた人。以下の曲同じ)

04_蛇行する川
2012年10月の作品。
「蛇行する川には蛇行の理由あり」。
このフレーズを軸に歌詞を広げていった。

ジミ・ヘンドリックス、AC/DC、クリーム。
そんなエッセンスを随所に盛り込んだサウンド。
歌詞の中に、AC/DCの曲名(バック・イン・ブラック)まで入れて、
その曲のリフを強引に挟み込んでいる箇所もある。
エンディングのフレーズも、バック・イン・ブラックを
モデルにしている。

メロディは、70年代のファンキー・ミュージックや
ブラック・ミュージックっぽさを出そうかと意識した。
結果的には、いかにも私のベーシックなメロディになっているが、
「言われてみれば何となくわかる」という方もいるのではないか。

新しさなどまるでない、トラディショナルなスタイルのロック。
プレイをしていると、当たりが良く、突き抜けていく感じがする。

■熱いブギをくれ

なし崩しの展開 腰砕けのストーリー
うやむやの結末

議論することだけが目的の議論だな
付き合いきれないぜ


温度差がありすぎて風邪をひきそうだぜ
マスク買って早く帰ろう
迷っている暇はないぜ

五臓六腑しみわたる 毛穴まで刺激する
熱いブギをくれよ

漠然とした不安 すり減ってゆく時間
壊れてゆく予感

青臭く泥臭い その思い捨てたら
あっという間 汚れた世界に飲み込まれちまうぜ
だからそこは譲るなよ

愛よりも夢よりも それよりも何よりも
熱いブギをくれよ

H.Kugue
:ボーカル、コーラス、ギター、アコースティック・ギター、タンバリン
Y.Tanaka
:ギター()
Y.Sugawara
:ベース
S.Oda
:ドラムス

05_熱いブギをくれ
2011年5月の作品。
Aメロは、深夜のテレビで初期のビートルズのフィルムを見ていて、
ふと「こんな感じの曲やりたいな」と思い、
なんとなくギターを弾いたら浮かんだもの。

Bメロは、「ビートルズなら、このAメロの続きをどうするだろう」と
想像して作った。
アレンジもビートルズっぽくしようと練ったが、
感性と能力に行き詰まりを感じ、
気づいたらローリング・ストーンズっぽくなった。

少しコミカルな感じを出しつつ、強い意思が垣間見られる歌詞。
こういうのが、ひとつの理想型である。

ちなみに私は、作詞をする人がよくやると聞く、
歌詞の断片が浮かんだらメモをするとか、辞書をひくとかは全くしない。
メモをしないと忘れるフレーズや、辞書で探した言葉は、
自分の血や肉ではないと思っているからだ。

メロディにしても同様。
浮かんだメロディをその場で携帯電話に録音するなどしない。
リズムだけを決めて、楽器を使わずにメロディを頭の中で作り、
その後にギターと合わせて調整していくことも意外に多い。

他のことが手につかなくなったり、ストレスを感じたりと、
生みの苦しみはあるが、
曲作り、特に歌詞ができあがったときの達成感は、
他にそれに似たものがないため、ちょっとした興奮がある。

メロディができても特別な思いはないが、
歌詞ができるとちょっとしたお祝いしたくなる。
「歌詞ができたし、第3のビールではなくサントリー・モルツにするか」
という気持ちになったり、
回転ずしを持ち帰りして、できあがった歌詞を見ながら、つまみたくなる。

家路は春の訪れ

ため息つきながら 重たい気持ちで家路につく日々
遠くに過ぎ去りし夕暮れの思い出 今では雨の中
それでも明日はくるから 後戻りできず 風の迷路へ

ぼくらは失って取り戻せないまま大人になってゆく
あの日に置き去りの星空の思い出 今では雲の中
だから飾らない心で僕は歌うんだよ 今君のもとまで

雪が溶けて 水たまり越えて 見上げた空 春の色
きっと出会える希望のメロディ
唄えばほら それがはじまりのとき

そうさ飾らない心で僕は歌うんだよ ほら君のもとまで

雪が溶けて 水たまり越えて 見上げた空 春の色
きっと笑える 今が辛くても
嘘じゃないぜ いつかたどり着ける 涙の向こうへ

H.Kugue:ボーカル、コーラス、ギター、アコースティック・ギター、タンバリン
Y.Tanaka
:ギター()
Y.Sugawara
:ベース
S.Oda
:ドラムス


06_家路は春の訪れ
2012年2月の作品。
「雪が溶けて 水たまり越えて 見上げた空 春の色」
この部分のメロディがいい。
ノスタルジックで叙情的で、しみるメロディだ。
この部分のみ先に存在した。
これをベースに、他の部分を作っていったのだが、
なかなかしっくりくる形に持っていけず、完成まで1年以上要した。

モチーフになった曲はない。
何かっぽい感じもない。
淀みなく流れていくようなきれいなメロディにしようと意識し、
実際そうすることができたとは思うが、
高音と低音の振り幅が大きく、
それを表現するボーカル力が不足していた感は否めない。

振り切るために前へ進むのか、追い求めているから前へ進むのか、
日付が変わるから前へ進むのか、その答えはずっとわからないだろうが、
そんな繰り返しの中で、希望の空を見られる日がたまにある。
たまにあるだけで、何週間かやっていける。
そう感じた何秒かを、広げて掘って4分24秒の曲の歌詞にした。

飾らない心で歌うことが大切だと思っている。
あやをつけたり、必要以上に外側に感情を出したりするのではなく、
ひっかかりなく抜けていくように歌えればと思う。
余計なものを乗せない方が、歌は風に乗る。

テーマ:歌詞 - ジャンル:音楽


2013年12月8日、スピリチュアル・ラウンジ。
日曜の夜のライブ。
観に来てくれた皆様、ほんとにどうもありがとう。
感謝しています。
楽しい夜でした。

セットリストは次のとおり。

1 夏は終わった
2 ロックンロールナイト
3 無人駅のブルーズ
4 夜をどこまでも
5 三日月の舟

今回は、新しいアルバムをリリースした直後のライブということで、
アルバムの核となる5曲を選ばせていただいた。
13120801 
地に足をつけて、リラックスして、いい感じで音と声を出せた。
決められた時間の中で、エネルギーを気持ち良く注ぎ込めた。
決められた時間の中で、さくっと終わることが、
私にとってのライブの流儀である。

これまでは日曜の夜のライブとなると、
観に来られる方にとっての、出かける踏ん切りの大きさを想像したり、
自分としても、翌日は仕事か、と振り切れない何かを感じることもあった。
心なしか、街のネオンも寂しげに感じたり。

しかし、この日は違った。
いいパフォーマンスをすれば何曜日でもオッケイオーライだろうと
確かな気持ちで臨むことができた。
当たり前のことをやっと自覚した。
13120802
ライブの後は、高校の同級生5人での打ち上げとなった。
高校卒業から30年を目前にして、
日曜日の夜に5人も集うなんて幸せなことだと思う。

豊水すすきの駅発23時29分の栄町行の地下鉄に乗り、
日付が変わる頃に帰宅。
明日仕事でも何の問題もないぜ。
祭りの後の寂しさなどない。
日曜の夜だってハッピーな気分になれて、
ハッピーな気分のまま、ベッドにインできるんだ。

また少し音楽に近づけた気がする。
どこに向かっているのかはどうでもいいし、目標もない。
バンドっていいよなぁ、と日々思いつつ、
もっとできるはず、という火が心の中にともっている。
もう既にハートに火はついている。
「ハートに火をつけて」と、誰かにお願いしなくてもいい状態だ。
そして、火のないところに煙はたたない。
NO FIRE NO SMOKEだ。 

まだまだ音楽活動を続けていいんだよ。
そう自分で自分に言えるライブだった。
ありがとうございました。

テーマ:LIVE、イベント - ジャンル:音楽


12月。
寒い季節がやってきた。
普段、あまり外に飲みに出かけていなかったのだが、
12月は有無を言わせず多い。

忘年会。
その年の苦労を忘れるためのものなのか。
飲むメンバーにもよるが、
忘年会の翌日には、何も忘れられていないことに直面する。
そんなことも少なくない。

忘れたいことほど忘れられず、
忘れちゃいけないことほど忘れていく。
それでも、明日は今日よりいいと思っている。
音楽があって良かった。

ライブは今週末です。

■日時 2013128日(日)18:30
■場所 スピリチュアル・ラウンジ
      (札幌市中央区南2条西4丁目 ラージカントリービルB1)
料金 前1,500円/当2,000
出演(出演順) 
    ファンタジーニョ/THE HEART OF STONE
    Johnny輪島/passboatAlfa Jerk/ホッパーズ29

THE HEART OF STONEの出演時刻は19時です。
よろしくお願いします。

                

さて、11月22日にリリースした、
THE HEART OF STONE
の新しいアルバム、「愛しきこの世界」。
これに収録した10曲について、収録曲順に3回にわたって、
歌詞とともに、ひとりよがりな解説をさせていただく。

どの曲も、考えては試し、考え直してまた試し、
ふと思いつきが混じり、増やして、削って、作ったものである。

今回のアルバムの歌詞に関して、重点的に意識したことは二つ。
ひとつは、オレ、ぼくなどの一人称と、君、あなたなどの二人称を、
極力使わないようにしたこと。
わざわざ「オレ」と言わなくても、「オレ」が思ってることであり、
おざなりに「君」と言わなくても、「君」に言ってることだと
わかるようにしてみようと考えた。
深い意味はない。その方がカッコいいと思っただけだ。

もうひとつは、それぞれの曲のタイトルだ。
昔あった小説か映画のような日本語のタイトルにしたかった。
深い意味はない。
今の自分にフィットするのは、その世界観だろうと思ったからだ。

では、読んでください。

                ◆

夏は終わった

夏は終わった 夏は過ぎ去った
すり抜けるように 素知らぬ顔して
太陽も蝉もヒマワリも みんないなくなった

夏は終わった 幕は下ろされた
カーテンコールもアンコールもない
書き置きひとつなしに 風と共に去った

すべてはパズルのようだぜ どこかでボタン掛け違い
こうなれば ああなって そうなる
逆戻りはない 夜の迷い道

夏は終わった 未練ぬぐえずに
夏色電車に飛び乗ったけれど
トンネル抜けた先は 誰もいない海

どうにもならない希望に囚われすがりついていた
希望は捨て 絶望に慣れるんだ
やり直しはない 夜の迷い道

すべてはパズルのようだぜ どこかでボタン掛け違い
こうなれば ああなって そうなる
逆戻りはない 夜の迷い道
夏は終わったんだ

H.Kugue
:ボーカル、コーラス、ギター、マラカス
Y.Tanaka
:ギター()
Y.Sugawara
:ベース
S.Oda
:ドラムス
(ギターの後の*印はギターソロを弾いた人。以下の曲も同じ)
01_夏は終わった 

2010年6月の作品。
いくつになっても青春、という人はいるが、私は違う。
40歳を過ぎて、人生が後半に突入したことを、
あらゆる場面で痛感した。
しばらくそのことを自覚できず、苦悩したり、徒労に終わったり。

ここでいう「夏」とは、つまりはそういうことだ。
人生における夏が終わったことを認められず、戸惑い、もがく。
そんな有り様を、自分の言葉で整理するとこうなるのだ。

内容はシンプルだ。
徹底して、夏が終わったことを掘り下げているだけ。
「こうなれば ああなって そうなる」、「絶望に慣れる」、
「夏は終わった 幕は下ろされた カーテンコールもアンコールもない」。
大事なのは、自分にしか表現できない言葉なのだ。

ちなみに私は、歌詞において、字余り、字足らずを好まない。
よっぽどのフィット感がない限り、
同じメロディのところは、同じ文字数にする。

曲調やアレンジは、ツェッペリンとリック・デリンジャーを
少し反映させたが、私がメロディをつけると和風になるなと、つくづく思う。
この曲をやり始めた頃から、次のアルバムでは1曲目になるだろうと
思っていた。
2010年代前半のザ・ハート・オブ・ストーンの顔となる曲だ。


はかない季節の太陽

つまらぬチャンスに浮かれ 焦って飛びつくなかれ
地面から足が離れ どこかに吹き飛ばされ
帰れる場所もいつしか消え

ぶ厚い雲 夜明けのハイウェイ
はかない季節の太陽探す旅に出るのさ

水たまり映ったのは 味気ない電線だけ
それが紛れない現実
あきらめることでしか前へは進めないと気づく

雨に煙る黄昏ハイウェイ
はかない季節の太陽探す
風を振り切って 花びらは散って
さよならベイベー 戻れない日々

ぶ厚い雲 夜明けのハイウェイ
はかない季節の太陽探す旅に出るのさ

叶わない夢 ほんとうの愛 限りない欲望
忘れない日々 あの日の花火
さよならベイベー 果てしない旅

H.Kugue
:ボーカル、コーラス、ギター、アコースティック・ギター
Y.Tanaka
:ギター()
Y.Sugawara
:ベース
S.Oda
:ドラムス
02_はかない季節の太陽 

2010年10月の作品。
人生における夏が終わったら、それは、はかない季節だと感じ、
それでも太陽を探そうと、夜明けや黄昏のハイウェイへ。

中年時代を生きるには、まずは、あきらめたと自覚することがスタートなのか。
目の前にぶらさがったものに、何でも手を出せる季節は過ぎた。
今こそ地に足をつけるのだ。
あれもこれもじゃない。
どれかひとつだ。
そんな気持ちを、かみ砕いて、溶かして、別の形にすると、
こういう歌詞になるのだ、私の感性だと。

板チョコを買ってきて、かみ砕いて、溶かして、
手作りチョコレートを作るのと同じだ。
しかし、この曲はバレンタインデーには全く不似合いだ。
チョコレートのお返しに、この歌詞を提供されたら、女性も困るだろう。
最後には、「さよならベイベー」とまで言ってるわけだし。

冒頭のベースのフレーズ、ドラムのリズム、ギターソロなど、
歌メロを作るのと同時に浮かんできた。
アレンジ的には、今回のアルバムの中で、最も一体感があるのでは。
また、今回のアルバムの中で、最もブリティッシュであります。


夜をどこまでも

読みかけの本を閉じて出かけよう
どっちつかずの関係断ち切るんだ
待っていたって 引き返したって
この物語に未来はもうないぜ

駆け抜けてく 夜をどこまでも
はるか遠く この世の果てまで
ふりほどいて 手を伸ばして そのドアを開けるんだ

実は今だって あの悲しき日々
乗り越えられず 苦しむ夜がある
あんな思いは もう二度と嫌だ
だからもう一度踏み出してくんだぜ

駆け抜けてく 夜をどこまでも
はるか遠く この世の果てまで
流れてゆく景色の中 涙は捨てていこう

ないもの数えるより あるものを知ることさ
そこからビートは刻まれる
夜が来て夜が明けて 最後には笑おうぜ
そんな日がきっと来るはずさ きっと

駆け抜けてく 夜をどこまでも
はるか遠く この世の果てまで
ふりほどいて 手を伸ばして そのドアを開けるんだ

今は何かが少しかみ合ってないだけさ
まだまだビートは続いてく
夜が来て夜が明けて 最後には笑おうぜ
そんな日がきっと来るはずさ きっと

H.Kugue:ボーカル、ギター、コーラス
Y.Tanaka
:ギター() 、コーラス
Y.Sugawara
:ベース、コーラス
S.Oda
:ドラムス
03_夜をどこまでも 

2011年5月の作品。
人生における夏が終わり、はかない季節の太陽を探しに出かけたら、
夜をどこまでも駆けていきたくなった、というわけだ。

「夜をどこまでも はるか遠く この世の果てまで」。
このフレーズが最初にあり、このフレーズを広げる形で歌詞を作り、
メロディも、この歌詞の世界観に合わせた。
この突き抜け感。このアルバムにおける屈指の歌詞だ。

「夜が来て夜が明けて」もいい。
自分で自分の歌詞を賞賛することに何のためらいもない。

コーラスは、私も部分的に加わっているが、
メインはタナカ氏とミチ氏の二人だ。
柔らかく温かみのある彼らのコーラスが優しい躍動感を演出している。

クグエ・ポップの典型ともいえるメロディ。
基本コードはD。ヘビーリスナーなら、Emの使い方だけで、
私の曲だとわかるだろう。

コーラスもギターソロも、歌メロと一緒にセットで作った。
今回のアルバムの中で、まず耳に残る、というか、
最初に親近感を持ってもらえるのはこの曲ではないか。

どうしたって乗り越えられない、忘れられない出来事や環境が
誰しもあるだろう。
もうしょうがないのだ、それも抱えて駆け抜けるしか。
「夜をどこまでも はるか遠く この世の果てまで」

テーマ:音楽のある生活 - ジャンル:音楽



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