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まずは、ライブのお知らせを。

日時 2013年5月18日()19:00~
場所 ベッシーホール
     (札幌市中央区南4条西6丁目晴ればれビルB1)
料金 1,500円+ドリンク代500円
出演 六花/IBIZA WAVEMYSICCKSelfarm
     THE HEART OF STONE

私どもTHE HEART OF STONEの出番は21時です。
遅めの時間帯ではありますが、よろしくお願いします。

               ◆

今回のライブで初披露となる曲がある。
「無人駅のブルーズ」だ。
この4、5年、どういうわけか無人駅に目覚めた。
葉のざわめきしか聞こえてこない空気感、
真夏の強い日差しをまとも浴びるくだけたコンクリートのホーム、
なすすべのない雨ざらしの古い駅舎。
なぜここに駅ができたのか、
どんな人がどういう目的で利用してきたのか。
無人駅に佇み、そんな様々なことに思いを巡らしていると、
妙に癒やされていることに気づいたのだ。

その駅にまつわる栄枯盛衰を勝手に想像し、自らの心情を重ねると、
作ろうともしていないのに、詩が浮かんできてしまい、
メロディを付けずにはいらなくなった。
吟遊詩人や、最近では、酒場詩人の肩書きを持つ方もいらっしゃるが、
私は、無人駅詩人になりたいと思った、ワナビー。

無人駅のブルーズ

人は無いのに駅がある 人は無いのに声がする
静かに語りかけてくる 無人駅のブルーズ

風もないのにふらついて 甘い言葉にぐらついて
嫌な記憶がちらついた 無人駅のブルーズ

線路の石の隙間から 黄色い花が咲いている
花の名前は知らないが 無人駅のブルーズ

昨日はうまくなじめずに 今日は今日とて折り合えず
明日はどこへと向かうやら 無人駅のブルーズ

夕日が照らす温もりと 孤独がくれる安らぎと
夜へと向かうはぐれ雲 無人駅のブルーズ

線路は決してどこまでも続いてはいないことを知ったときから
この人生が愛おしく思えてきたのさ

流れる星に願いごと 思う間もなく消えてった
かなわぬことと知りつつも 無人駅のブルーズ

終着駅の向こう側 レール途絶えたその先は
ギターを連れて旅人に 無人駅のブルーズ

              ◆ 

この曲は、歌詞の整理とアレンジを除けば、
1年前にほぼ出来上がっていた。
歌詞はこの倍の量を作ってあった。

この歌詞を作る上で、頭に思い浮かんできた主な無人駅は、
留萌線の峠下駅、
峠下駅2007 

月形にある豊ヶ岡駅、
豊ヶ岡駅2008 

江差線の神明駅、
神明駅2012 

稚内の抜海駅など。
抜海駅2011 

今後さらに無人駅巡りを続けていけば、
また違った視点で歌詞ができるのではないか。

私は、北海道の西半分の無人駅は、そこそこ訪問した。
ところが、東半分はほぼ未開である。
そんなキャリアでは、無人駅詩人になるなど程遠い。
自分は認めても他人は認めてくれない。
というか、自分でも認める域に達していない。
そこで、ゴールデンウィーク前半は、
石北本線(旭川~網走)のうち上川-網走間にある無人駅に
コンプリート訪問し、さらには、網走から斜里まで足を伸ばそうと
計画し、北見に宿泊予約もしていた。

ところが、ゴールデンウィークに突入した途端、
北見、網走、斜里では真冬のように雪が降ってしまった。
斜里では45cmも降ったとか。
主要国道のライブカメラが見られる北海道開発局のホームページでも、
オホーツク方面は軒並み車道には雪があった。
そういうわけで、あえなく断念。

無人駅に行き、温泉に入り、北見で四条ホルモンに行こうとか、
波飛沫(なみしぶき)のラーメンを食べようとか楽しみにしていたが、
冬タイヤに履き替えてまで行く気にはなれず、
また、ホテルのキャンセル料がかかってしまうことになったが、
それもやむを得ないと判断した。

しかし、実行できなかった残念な気持ちや、
機を待つしかないもどかしさこそが、
次こそは、との思いを強くしていく。
あるいは、もうどうでもよくなる。
つまり、うまくいかないときこそ本気度がわかるものだ。
恋だってそうじゃないのか。
ではまた。

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テーマ:音楽のある生活 - ジャンル:音楽


先日、「シュガーマン 奇跡に愛された男」なる映画を観てきた。
マイナー映画への造詣が深いカルチャー知人、N山氏から、
「劇中に流れたミュージックが素晴らしかったね。
 おかげで、映画を観た後、即CDを購入してしまったよ」と、
陽気なアメリカ人のセリフを和訳したような言葉で言われ、
私のシネマ神経が大いに刺激された。

ところが、この作品は1日に1回しか上映されず、
しかも午後6時からという、若干厳しい時間帯であった。
場所も「ディノスシネマ」という微妙に距離がある場所であった。
しかし、いつのまにか消えていった70年代前半のミュージシャンの話と
いうのが興味を高めるとともに、

レンタルDVDとしてTSUTAYAに入荷することはないであろうと
予測されたので、どうしても観ておかなければならない気持ちになった。
なぜに人は条件が悪くなるほど欲する気持ちが高まるのか。

私が観に行った日は、約100人が入る劇場に観客は私を含め3人だった。
最高だぜ。
終業時刻とともに職場を出て、時々小走りをしながら、
劇場に来た甲斐があったぜ。

シュガーマン1 

この作品は、1970年にデビューした
デトロイトのフォーク・ロック・シンガー、「ロドリゲス」氏に
関する実話で、実際の人物が出演したドキュメンタリーである。

2枚のアルバムをリリースし、ごく一部の間では絶賛されるが、
セールス的には全くぱっとせず、
1973年頃から音楽シーンにおいてロドリゲスの名を
聞くことはなくなる。
しかし、デトロイトから遠く離れた南アフリカで、
彼の音楽は誰もが知っているほど有名な存在になっていた。
彼のアルバムを持って南アフリカに渡った人がいて、
そこから、人から人へと広まっていったのだと言われている。
そして、20年以上に渡り、幅広い世代に支持され続けた。

1996年、南アフリカのレコード店主とジャーナリストが、
消息不明になっているロドリゲスに関する情報提供を呼びかける
ウェブサイトを立ち上げる。
しばらくは有益な情報がなかった、
しかし数か月後、驚くべきことにロドリゲスの娘からメッセージが届く。
そして、1998年、ロドリゲスの南アフリカ公演が開催されるという
奇跡のストーリーである。

作品は、海が見える崖っぷちのワインディング・ロードを走る車の中から
撮影した夕暮れの景色で始まる。
バックに流れる曲は、ロドリゲスの「シュガーマン」。
美しい映像と哀愁のあるメロディ。
このシーンだけで、作品の世界にいきなり吸い込まれていく。

ロドリゲスの音楽は、わかりやすくも雑な言い方をすれば、
ボブ・ディランやニール・ヤング方面の雰囲気である。
語りかけるように歌っているのに、なぜか伸びやかで声に艶がある。
クスリ、労働者階級、政治など社会性のある歌詞ばかりなのに、
届けられる声と音は優しさに包まれ、実に癒やされる。
デトロイトの自宅の近くの雪道を歩くロドリゲスや南アフリカの街並み、
そんなありふれたシーンなのに、彼の音楽がバックに流れていることで、
立派に映画として成立してしまうほどである。

音楽シーンから消えた後のロドリゲスは、
解体工や電気工などをして生計を立て、
家庭を持ち、子供をもうけ、一市民としてデトロイトで生活していた。
20数年の時を経て、南アフリカでは今でも超有名人であるという話が
舞い込んでくる。
信じられない気持ちだっただろう。

信じられない気持ちのまま、南アフリカ公演へ向かう。
南アフリカに飛行機が到着し、彼が飛行機から降りてくるシーン。
そこは現実の映像ではなく、CG処理されているのだが、
夕日に照らされた鮮やかな映像に鳥肌が立つ。

そして、南アフリカでの公演。
会場は、老若男女5000人の観客で満員。
そこにロドリゲスが登場。
1曲目を演奏する前から、いつまでも鳴り止まない拍手と歓声。
全身がじわっとして熱くなった。
ロドリゲスは、驚くこともなく、照れてしどろもどろになることもなく、
実に穏やかな表情で歌う。
それは自分の帰ってくるべき場所にたどり着けたような穏やかさに思え、
感動の波が押し寄せる。

まるでおとぎ話である。
こんなことが本当にあるのか。
映画を観て、これほど胸が震えたことはあっただろうか。

シュガーマン2 

映画が終わった後、私もすぐにCDを聴いてみたくなった。
帰り道、タワーレコードのあるピヴォの前を通ったにもかかわらず、
これほどマイナーな作品が置いてあるのかという不安から、
帰宅してamazonにて購入。
これが時代なのだろうか。

CD
も素晴らしかった。
キャッチーなフレーズはあまりないのだが、
ずっと寄りかかっていられるような安らぎがある。
捉えようによっては、ジャック・ジョンソンから海っぽい要素を
取り除いて、泥臭くも清らかにした音楽にも聴こえる。
田舎道をのんびりとドライブしたくなる。
無人駅に行きたくなる。

南アフリカ公演からデトロイトに戻ったロドリゲスは、
いつもの仕事に戻り、いつものような生活を繰り返す。
それがまた愛おしい。
祭りの後の寂しさも悪くない。

テーマ:映画感想 - ジャンル:映画


新年度に入っても、変わらずに「おおしま通信」は発行されている。
雪が溶けても、円安になっても、「おおしま通信」は健在だ。
嬉しいことだ。

「おおしま通信」は、私の職場の昼休みにセールスに来る
23歳の生命保険会社の女性が、ほぼ週一のペースで配布している
フリーペーパーで、彼女の何気ない日常や、
どこかから拝借した生活情報やクイズが掲載されている。
端的に言うと、ブログっぽい雰囲気のチラシである。

直近で「おおしま通信」に関する記事は2月6日に掲載したが、
その後、私と大島さんの関係には変化があった。
2月当時は挨拶するだけの関係だった。
それが3月の始めだっただろうか、保険付きの預金のような商品の
チラシを持ってきたのをきっかけに、少し会話をするようになった。

最初は、「この商品どうですか。検討してみてください」と、
さらっとした感じ。
次は、「あのチラシ見ていただけました?良かったら声をかけてください」と、
小さく一歩を踏み込んだ程度のセールストーク。
その後2回くらいも、ほんの少しだけ距離を縮める程度のトークだった。

それだけで私は、嬉し恥ずかし状態だったのだが、
周りにいる同僚から、デレデレしていると思われるのは本意ではないので、
キヨシロー氏が若手女性アナウンサーにインタヴューを受けたら
こんな感じだろう、というのをイメージして、
敬語を使い、素朴で謙虚に対応していた。

そんなある日、予期せず突然、彼女の攻勢にあうはめに。
「あの商品、検討してもらえました?」
「まあ、検討したといいますか、なんといいますか」
「これ、3月だけ特別金利なので、今がお得なんですよ」
「そのようですね。この前、大島さん言ってましたもんね」
「もう決めないと3月が終わっちゃいますよ」
「まあ、終わっちゃいますよね」
「入るか、入らないか、はっきり言ってください!
 だめならだめって、はっきり言ってもらっていいんです」

このセリフは刺激的だった。
私から見れば、まだ食い込みが浅いと思っていた段階で、
「はっきり言ってください!」と、いきなり結論を迫られた気がして、
交際を申し込まれたのに、きちんと返事をしないでいたら、
「はっきりして」と、びしっと言われたような気持ちになった。
結論よりも過程を楽しむ私のリズム感に業を煮やしたのかもしれないが、
彼女の若さゆえの性急さもまた微笑ましい。

そんなことがありつつ、緩く浅い関係のまま現在まで推移してきている。
一生懸命な彼女に何か貢献したいが、熟度やタイミングや手間の問題など、
様々な事情があるのだ。申し訳ありません。
ただ、決して切り崩せない相手でもないことを申し添えておこう。

                 ◆

さて、新年度に入り、「おおしま通信」の第1号からのディープな
読者である私にとって、ちょっとしたショックがあった。
4月から、おおしま通信が「No.1」にリセットしてしまったのだ。
3月時点では38号まで発行しており、
とりあえずは50号記念号を楽しみにしていたのに、なぜリセットしてしまう。

その点について、大島さんに聴くと、
「新年度なので、また1号からにしました。
 あと、人事異動で4月に来た方もいるので」とのこと。
意図はわかるし、気持ちもわかる。
しかし、4月から新たに赴任した人達に、
「へぇ~、こんなに発行してるんだ」と思わせるのも重要だ。
なかには、おおしま通信ファンになり、
バックナンバーを見てみたいと思う人が現れたら、
38号まではプレミアものになるのだ。
それがまた第1号からとは少し残念だ。

 1204おおしま通信
しかし内容的にはクオリティを保っている。
このリセットされた平成25年度の第1号。
「この春で入社2年目になります」と、クマが言っている。
そのクマには、「2年生」と書かれた名札が付いている。
これを見て、身体のどこかがくすぐったくならずにいられるだろうか。
いい意味で、なんかもう、どうしたらいいかわからなくなる。

最近書かれていたネタも、丁度いい具合にどうでもよく、
センスというか、加減が素晴らしい。
「今年のエイプリルフールは、友人に、結婚するんだ、と
 騙されました」
 そうですか、としか言えない。
「土曜日に友人とプラチナデータを観に行きました。
 すごく面白かったです。二宮くんがすごくかっこよかったです」
 中学生の感想文か!

それから、これも触れておきたい。
4月に入って、おおしま通信No.1の前の週に発行された号外である。

1204おおしま通信号外  
新年度のはじめに、突然きちんとした挨拶文を配布したのだ。
時候のあいさつ的な文章で始まり、
入社1年目、温かく迎えてくださったことに感謝、
2年目とはいえ、まだまだ未熟ですが、皆様のお役に立てるよう努めます。
そして、ご自愛くださいと締めくくり、「四月吉日」ときたもんだ。

これには参りました。
この大島さんなりの「けじめ」といいますか、なんといいますか、
非常にいいです。
心に響くものがありました。
心に響きつつも、大島さんの営業に何ひとつ貢献しておらず、
最近は罪悪感を感じたりもしています。

大島さんの仕事はとても大変だと思います。
いい時もあれば、悪いときもある。
それは誰でも同じです。
大事なのは、状況が悪いときにどう過ごすかです。
急がず、腐らず、投げやりにならず、
そうしていると、いいことに出会えます。

いつ何が起こるかわかりません。
来週もおおしま通信が発行されることだって当たり前じゃないことを
胸に留め、陰ながら応援させていただきます。

テーマ:日記 - ジャンル:日記


AKB48には特に興味はないのだが、
唯一、柏木由紀という人は、ちょっと気になるところがあった。
取り立てて何かに優れている感じはせず、
前面に出てくる雰囲気も持っていないのだが、
ちょっと垢抜けない感じが妙に魅力的に思えていた。
しかし、AKB48というグループから離れた場合、
芸能界でやっていけるのか、と余計な心配もしていた。

そんな彼女が、年明けから「ミエリーノ柏木」というドラマに主演。
彼女は探偵役で、手を握ると、その人の近い未来が見えるという
特殊能力を持っている。
なんともバカバカしい設定だと思いつつも、試しに見てみた。

これが面白い。
彼女の素朴さ、意外な男っぽさ、ぶりっこぶりがいい感じで
ミックスされていて、なかなか個性的な人物になっている。
また、脇を固める佐野史郎氏とキング・オブ・コメディの今野氏が
非常にいい味を出して締めており、ちゃんとしたドラマにしている。
毎回、恋の指南役で登場するリリー・フランキー氏の佇まいも面白すぎる。

さらには、バックに流れる音楽がブルース・ギターで、
映像がちょっとスモーキー、そして、セリフまわしが「時効警察」っぽいのも
琴線に触れ、このシーズンで最も楽しみなテレビ番組になってしまった。
テレビ北海道で木曜深夜というのも逆にいい。

この番組もあと一回で終わってしまう。
一度見逃してしまったのが残念だし、
録画はしたものの、その都度消去したのも、今となっては失敗だった。
ぜひDVD化してほしいし、新シリーズでの復活を臨んでいる。

さて、今回はブックレヴュー。
よろしくどうぞ。

■永井するみ「秘密は日記に隠すもの」(2012年)
秘密は日記に隠すもの
日記にまつわる4つの短編で構成されている。
いずれの作品も、日常生活では語られない秘密の出来事を
日記に書きつつも、盗み見されることを想定して、
あえて、架空の話や嘘を盛り込み、
盗み見した者を驚かせるようなストーリーになっている。

例えば、「夫婦」という作品。
定年退職をした夫が書いている日記は、妻に先立たれたものの、
解放されて気ままに生活しているという内容だが、
現実は、妻は元気で、友達と韓国旅行に行となど、
夫は放っておいて、勝手に楽しくやっていたりする。

夫婦や姉妹など極めて近しい関係にある者に対する黒い感情が日記に
記され、だましだまされ、どんでん返しがあり、不思議な面白さがある。
「えっ、そういうことだったの?」と、前のページに戻って確認することも
何度かあり、仕掛けのうまさも楽しめる。

短編ながらも起伏のある展開で、厚みのある内容。
それでいて、さらりとまとめられ、すっきりと読めてしまう大人の文章。
筆者は、2010年、この短編の連載中に亡くなった。
貴重な作家だっただけに実に残念。

■高城高「夜明け遠き街よ」(2012年)
      夜明け遠き街よ
1980年代、ススキノのキャバレーで「黒服」と呼ばれる敏腕店員の物語。
ほとんどは、ホステスや裏社会的な組織とのトラブル解決の話であり、
フィクションではあるが、現実に起こったような内容も
多く盛り込まれているように思えた。

大学生から社会人になる頃にバブル景気を迎えた私は、
バブルで儲けたことも損をしたこともなく、
バブルは首都圏での出来事、あるいは
テレビの中の出来事のように感じていた。
よって、バブル時代への思いが特にないし、
当時の様子を流すテレビ放送も、きらびやかな部分ばかりを出し過ぎかなと
思っている。

そんな私なので、全盛期のススキノへの思いも特にない。
一番強い印象は、夜11時過ぎに公衆電話にできる行列がすごかったことだ。
お金がなかったので、ススキノには滅多に行かなかったし、
当時のススキノの街角は、関わりたくないタイプの人々が多くたむろしており、
そもそもススキノというエリアに抵抗感があった。
抵抗感が小さくなったのは、ここ数年のことだ。

そんな私なので、この黒服ストーリーは別世界のことであり、
正直なところ、黒服ってこんなにクールでスマートで礼儀正しいだろうかと
ちょっと首をかしげながら読んだ。
ただ、読み物としては面白いし、映画を観ているような展開もいい。
また、キャバレーってこんなにお金がかかるんだ、と今更ながら驚いた。
キャバレーが次から次に閉店した後、
黒服の多くは所在が不明になっている場合が多いと書かれていたのには、
なんというか、やはりそういう世界なのかなと、微妙な気持ちになった。

■大野更紗「困ってるひと」(2011年)
      困ってるひと
「筋膜炎脂肪織炎症候群」という原因不明の難病を発症した20代女性の
闘病記録を綴ったエッセイ。
この難病は、体中が炎症を起こして常に激しい痛みがつきまとい、
発熱や倦怠感なども強く、筆者の言葉を借りれば、
毎日がインフルエンザにかかっている状態だという。
歩くことさえままならず、車いすでの生活をしている。

暗澹たる気持ちになるエッセイであり、読んでいて特に辛くなるのは、
病名がわからず、病院をたらい回しにさせられ、
そのうちどんどん症状が悪化していく過程。
特に、大学病院における冷たい対応は気持ち悪くなるほど。
私もこれまで二度の骨折の際、同じような経験がある。

彼女はやがてまともに歩けなくなり、移動はほとんどタクシーとなる。
そのうち入院。多額な医療費、痛みとの戦い、不遜で傲慢な医師、
介護認定などにおける役所との間の手続地獄。
読んでいて恐ろしくなる。
病院間の対応の差も激しいが、役所にしても、市区町村によって、
素っ気ないところと、親身になってくれるところの違いが凄まじい。
というか、病人にこれだけ手続きをさせなければ、
介護をはじめとした認定ができない仕組みは、なんとかならないのか。
若き厚生官僚に期待したい。

内容の多くは辛い闘病記録なのだが、
軽いタッチで、ユーモラスに書かれているとともに、
ポップな知性がうかがえる読みやすい文章である。
医師と看護師が陰口を言っているのを聴いてしまったり、
病院内でちょっとした恋物語があったりと、
悲喜こもごもあらゆる感情にあふれた良質エッセイ。
筆者はあらゆる才能をお持ちの方だと思う。応援したい。

■伊坂幸太郎「砂漠」(2005年)
      砂漠
仙台の大学生5人の男女による大学生活4年間の青春物語。
合コンから始まり、麻雀、ホストとの抗争、
強盗事件とそれに伴う事故、文化祭、そして恋愛など、
大学生という中途半端な時期を生き生きと描いている。
タイトルは不毛感や荒涼感をおぼえさせるが、内容はポップで熱い。

大学生5人のキャラクターが絶妙。
皆、なにがしか欠けている要素があるのだが、
そこが愛おしくなるように巧く描いている。
なかでも、不器用ながらぶれない男、西嶋のキャラクターの立ち方は
他の登場人物を圧倒している。
見た目はぱっとしないが、本気で世界平和を願い、
常に毅然たる態度で正直に接し、ロックが好きで心優しい。
筆者の理想の人物、あるいは、自分の思考や思想を
投影した人物なのかなと思えるほど、
伊坂イズムを感じさせる人物でもあった。

西嶋はラモーンズとザ・クラッシュが大好きで、
歌詞の一部や、ジョー・ストラマーの名言なども随所に盛り込んでいる。
まるでロックに興味がなかった女性が、西嶋に会ってから、
ラモーンズを聴いてみたくなり、CDを買いに行く場面も非常に良い。

また、一部のロック好きにはたまらない、こんな場面がある。
セドリックが衝突事故を起こしたという場面でのこと。
 「そのセドリックはもちろん新型なんでしょうね」
 「新型じゃないとまずいのかよ、西嶋」
 「まずいですよ」
 西嶋はこだわったが、追求はしなかった。
 おおかた、彼の好きな音楽であるとか小説に関係するたぐいだろう。

ルースターズだとか触れずに、
わかる人にだけわかればいいという感じで
さらっと流しているのが逆に印象に残る。

エンディングも良い。
爽やかというか、晴れやかというか、見事に決めたな、という感じである。
この言葉をここに生かしてきたかと、「してやられた」感を楽しめる。

伊坂作品は、「アヒルと鴨のコインロッカー」が一番気に入っており、
それに次いで、「ゴールデンスランバー」かなと思っているが、
その二作と甲乙つけがたい作品である。

楽しい大学生生活を描いた作品ながら、終盤こんなセリフがある。
「学生時代を思い出して、懐かしがるのは構わないが、
 あの時は良かったな、オアシスだったな、と逃げるようなことは
 絶対に考えるな。そういう人生を送るなよ」
はっとするような、ちょっと元気をもらえるような素晴らしいフレーズだ。

テーマ:読んだ本の紹介 - ジャンル:本・雑誌


前回の記事で、この冬の三大ニュースは何かと問われれば、
「二大ニュースなら、すぐに思い浮かぶ」と答え、
青森出張のことを書いた。

「二大ニュースなら、すぐに思い浮かぶ」と答え、
そのうちのひとつに触れたのなら、もうひとつにも触れないわけがない。
浅ましい自作自演だ。
見苦しいオレ・フィーチャリング・オレだ。
それでも書かずにはいられない。
私はオーナーになったのだ。
ギブソン社製アコースティック・ギター、J-45のオーナーになったのだ。

gibson_j-45_standard

この2年くらい、通販サイトを何度も何度も見た。
買ってしまおうかと思うのだが、
金銭的な事情や買った後の使用頻度を考えては思いとどまり、
さらには、北海道内には売っていない商品であるため、
試し弾きするにはテクノポリス・TOKIOまで行かなければならず、
購入を決断できずにいた。

また、現在使っているアコースティック・ギターに特に不満はなく、
新しいギターがなくても、それなりにゴキゲンなギターライフを
過ごしている。
要は、J-45を購入する自分なりの大義が弱かったのだ。
あるいは、大儀だっただけなのかもしれない。

gibson_j-45_standard_ケース 

私のバンドは、メンバーが札幌、小樽、共和、釧路と広範囲に分散している。
それでも活動できているのは、メンバーの情熱と努力のおかげだ。
4月は転勤のシーズンである。
今よりさらに広範囲になれば、活動は極めて厳しくなる。
それだけに、毎年この時期になると遠くへ行かないでほしいと願う。
結果的に、転勤するのは小樽メンバーが岩見沢へ移るにとどまり、
当面は現状を維持できることが判明した。
それを祝して、試し弾きをすることもなく、マウスをクリックして購入した。

私にとって、人生初のサンバーストのギター。
乾いた、締まりのある音がする。
思ったよりも軽い。
ネックの質感の良さにも気持ちが高まる。
何でも弾けるような気がする、なんてことはないが、
何か違う感じで弾けるような気がする。
ギターの香りにまで惚れ惚れする。

130324

自動車に比べれば随分と安い買い物じゃないか。
自動車の10分の1の額にも満たない。
自動車は10年も経てば、買い換えの必要にせまられるが、
ギターは10年くらい経つと、いい味を出してくるのだ。
しかも、ギターは保有していても税金がかからないし、
保険に加入しなくてもいい。
なんて素晴らしい動産だろう。

前の方で、現在使っているギターで、それなりにゴキゲンな
ギターライフを過ごしていると書いた。
J
-45を手にして、もっとゴキゲンなギターライフを
過ごしていける気になった。

バンドで、アコースティック・ギターを使うのは、
レコーディングの時だけで、ライブでは使わない。
それは、ちょっと寂しい。
なので、久しぶりにソロ活動でもしたいと思う。
それ以前に大事なのは、たくさん弾くことだろう。
「やるしかないのに、そんな簡単なことのわからない人間が多すぎる」と
ジョー・ストラマーも言っていた。
弾かないわけにはいかないぜ。
ギターがオレを見張ってる。

テーマ:楽器 - ジャンル:音楽



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