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長い冬だ。
広い道はこの3、4日の暖かさによってアスファルトが表れたものの、
仲通りに入れば、厄介な轍が多く見られる。
3月も終わるというのに、そんな状態だ。
しかし、雪は溶け始めると早い。
嘆いても嘆かなくても冬は終わる。
だから、2013年の冬を振り返ってみたくなった。

「この冬の三大ニュースはなんだい?」と問われれば、
「二大ニュースなら、すぐに思い浮かぶぜ」と答える。
「ならば、その話を聞かせてくれないか」と問われれば、
「よし、わかった。青森の話をしようじゃないか」と答える。

そういうわけで青森だ。
2月中旬のことだ。急遽、青森に出張することになった。
示された行程は、朝7時に札幌駅発の特急電車に乗り、函館で乗り換え。
青函トンネルをくぐって青森、さらに新幹線で八戸へ。
八戸の到着は13時頃。そしてすぐに業務。
昼食をとる時間はない。
函館と青森での乗り換えは、時間の余裕がない。
どこかの行程で遅れが出たら、
後発の特急や新幹線に乗らなければならない。
そうすると、プロミスを破ることになる。
なのに、出張命令は朝7時、札幌駅だ。
雪や電車の故障などによる遅れは全くないという前提だ。

仮に遅れたら、ソーリーするのは私だ。
遅れるかもしれない季節なのに、
危機管理もせずに、電車の遅れのせいにするのは浅ましい。
航空機の利用については、料金が高いわりに所要時間はそれほど変わらない
という理由で認めてはもらえない。
ならば方法はただひとつ。
スタートの時点で一本早い電車に乗ることだ。

ところが、だ。
一本早い電車は、前日の午後10時。
夜と朝の間に、道南から津軽海峡を抜け、早朝に青森。
ハードな行程である。
しかし私は迷わなかった。
夜と朝の間を電車の中で過ごすなんて面白そうじゃないか。
滅多にできる経験じゃない。
今まで見えなかったものが見えるかもしれない。
しかも私は、青函トンネルを利用したことが一度もない。
メリットだらけだ。
誰にも迷惑をかけないどころか、
迷惑をかけるかもしれないリスクを回避できるのだ。

そういうわけで、夜10時直前の札幌駅。
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札幌発青森行き最終電車は睡眠仕様になっているのか、
足まわりのスペースは広かったが、
シートは使い込まれた感じで、クッションがやわらかかった。
暖房が強烈にきたかと思えば、一気にすきま風が忍び寄る。
それも決して楽ではなかった。
そんなこんなで、午前2時52分に函館に到着するまで一睡もできず。

函館で下車する人がそれなりに多かった。
こんな時刻に函館に着いて、家に帰るのか、どこかを彷徨うのか、
興味深かった。

函館からは、浅い眠りの繰り返し。
外が真っ暗だったので、いつ青函トンネルに入り、
いつ出たのかもわからなかった。

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そのうちに青森駅到着。
写真にはないが、下車した乗客のうち20人くらいは女性だったように思う。
女性も、こんな時刻に津軽海峡を越えるのだ。

青森に到着したのが午前6時前。
どこにも行きようがない、かと思いきや、
青森駅から徒歩10分くらいのところに、
朝6時から営業している温泉があることを調べてあった。
それが「青森まちなかおんせん」。
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広くて明くて、いい感じの古さのある温泉で居心地が良かった。
夜中に電車に乗り続けての朝風呂はたまらなくキモチE
朝7時の特急で来る人より、航空機に乗って来る人より、
誰よりもキモチE

温泉の後は、青森魚菜センターなるところで朝食。
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ここは、小さな商店が20店以上もあり、
それぞれの店にある刺身などをチョイスして、自分好みの丼にする。
それが、「のっけ丼」(1,000円)。
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今回の青森出張中で食べたものの中で一番美味しかった。
ただ、朝に食べる刺身としては量が多すぎた。
温泉と大量の刺身という、温泉旅行の夜のような朝を過ごし、
一日が終わったような錯覚を味わった。

しかし現実には朝である。
青森駅で、「青い森鉄道」に乗って、新青森へ。
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新青森で、東北新幹線に乗って八戸へ。
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ちなみに、新青森駅から見える町並みは、
当別駅の北側の町並みにクリソツだった。

仕事は午後一なのに、まだ午前8時。
そこで、八戸で新幹線を下車した後、普通電車に乗り換え、
5、6駅行ったところにある「鮫」(さめ)という駅まで行った。
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そこから20分ほど歩いて、蕪島(かぶしま)という神社へ。
写真の奥に見える山の上が蕪島神社である。
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ただ蕪島まで行って、神社を見て帰ってきたに過ぎないが、
途中にはこうした町並みがあり楽しめた。
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知らない土地でこうした素朴な街角を歩くのが実に嬉しい。

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その後は40分くらい歩いて、「魚群」というラーメン店へ。
八戸市内でラーメンなら、ここだとリサーチしてあった。

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函館系塩ラーメンよりも魚ダシに主張があるスープ。
麺は北海道ではあまりお目にかかれない、白っぽくて柔らかいタイプ。
旅先で食べるには申し分のない地元味だった。

無事に仕事を済ませ、夜7時にはフリーに。
八戸の屋台街、「みろく横丁」へ。
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しかし、店の方との距離が極めて近い屋台カウンターが苦手な私は、
横丁を見学しただけで、別の居酒屋へ。
そこで、八戸名物、「せんべい汁」を堪能。
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せんべい汁を北海道の人にわかりやすく伝えるならば、雑煮みたいのもので、
餅の代わりに、ふにゃふにゃのせんべいが入っている感じだ。
このせんべいの食感が魅力的で、行きずりの味に終わらせたくないと思い、
帰りの青森駅で、せんべい汁用のせんべいを大量に購入した。

翌日も滞りなく業務を済ませ、後は札幌へ帰るだけとなった。
そのまま帰れば、午後7時には札幌駅に着く。
しかし、せっかく青森に来たのだ。
札幌到着は遅くなっても、ちょっと寄り道したい。
そこで、青森から普通電車で弘前へ。

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雪の中、弘前駅から30分くらい歩いて、弘前城のある弘前公園に到着。
さらに、弘前公園に足を踏み入れてから、
弘前城にたどり着くまで20分くらい彷徨った。
公園内で会ったのは4人。
その中の二人のおばさんに話しかけられ、
「弘前駅から歩いてきました」と言うと驚かれた。

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弘前城まで予想以上に時間がかかったため、
弘前城を発見してすぐ帰路へ。
青森駅に戻り、少し時間があったので、「長尾」というラーメン店で遅い昼食を。
この店は、前日に青森での仕事先の人に聞いていた。
「濃厚魚介つけ麺のスープを薄くした感じ」と言われたが、
まさしくそういうスープだった。

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そして、日暮れが近くなってきた青森を後にした。

帰りは、青函トンネルへの突入も脱出も確認できた。
トンネル内にいるのは30分もないことがわかった。
函館からの特急は辛かった。
近くに幼児が乗っていて終始騒ぎ、その母親はゲームに夢中で子供を無視。
眠れず、読書もできず、注意もできず、我慢我慢の数時間だった。

急遽であり、短時間ではあったが、青森に行けたのはラッキーだった。
青森での津軽弁、八戸での南部弁も温かみがあり、心地よく感じた。
浜育ちの私は、何を喋っているのかほとんど理解できた。

東京へ行くと、日帰りなのに、早く札幌に帰りたいと思う。
しかし青森は、見える町並みに親しみをおぼえ、
もっとゆっくりしていきたいと思った。
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今回は仕事で来たのであり、旅ではなかった。
思い返すと、印象に残っているのは、蕪島や弘前城ではなく、
八戸で見た「えんぶり祭り」でもなく、
夜行列車の中や、夜が明けていない青森駅だ。
今度は、旅をしに青森を訪れたい。
旅人として、五能線に乗って深浦町に行ってみたいし、
秋田県や岩手県にも行き、みちのくの道を満喫してみたい。

余談だが、青森県内で見たコンビニは、圧倒的にローソンが多く、
セブンイレブンは、青森でも、八戸でも、弘前でも全く目にしなかった。
青森にセブンイレブンはないのだろうか。
あろうが、なかろうが、青森はいいところだった。

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テーマ:青森県の話題 - ジャンル:地域情報


今回は、私が選ぶ「2012・ブック・オブ・ザ・イア」。
日本で最も遅い「2012・ブック・オブ・ザ・イア」かもしれない。

昨年までは新作部門と旧作部門に分けていたが、
2012年は古い作品をあまり読まなかったため、
今回はこの区分を撤廃し一本化した。

というわけで、5作品を選出させていただいた。
よろしくどうぞ。

■第1位 桜木紫乃「ラブレス」(2011年)
   01_ラブレス


昭和10年頃の生まれと思われる女性の激動の生涯を綴った作品。
幼少時は標茶町で極貧生活。
中学を卒業すると奉公に出され、奴隷のこどく扱われる。
たまたま町に巡業で訪れていた歌芝居の一座に心を動かされ、
何もかも捨て、逃れるように一座に加わる。
その後は歌手として各地を転々とする。

やがて一座は解散し、彼女は結婚、弟子屈町で暮らし始める。
子どもを授かり幸せな日々がくるかと思われたが、
姑の嫌がらせと夫の多額の借金に苦しむことに。
彼女は子供をつれて弟子屈の温泉ホテルで働き始める。
そこでとんでもない不幸に見舞われる。

それでも彼女は生きていく。
離婚して釧路に出る。そこでも曲がりくねった険しい道が続く。
いつも誰かに翻弄され、流されていく。
取りようによっては、気の向くままの人生ではある。
しかし、それが頼りなく、苦しく、哀しい。
彼女には大切なものがないのだろうか。
そんな気持ちで迎える終盤、彼女の秘めたる思いを知り、
苦しいほどに胸が締めつけられ、どうしようもなく切なくなる。

道東の景色と田舎の生活、昭和30年代から50年代にかけての
時代背景などを、物語の中に自然に溶け込ませているのもいい。
凄まじく余韻が残る作品。

また読みたいと思う。

■第2位 横山秀夫「64」(2012年)
   02_64

タイトルは「ロクヨン」と読む。
1月1日に始まり1月7日で終わった昭和64年に
その幼女誘拐事件は起こった。
身代金が奪われ、幼女は死体で発見され、犯人は未だ捕まらず。
この事件は「ロクヨン」と呼ばれ、多くの刑事の心に影を落としていた。
それから20年の時を経て、
ロクヨンを模倣したような誘拐事件が発生する。
そこからあぶり出されてくるロクヨンの真実。

警務部と刑事部の間の確執、同期の刑事に対する競争心とプライド、
警察内部の調整事務に伴う軋轢などが、嫌になるほど緻密に描かれている。
まさに横山秀夫氏の真骨頂である。
警察官が日々こうした住民不在の内輪の戦いに
大きなエネルギーを使っていることも、
まるっきりフィクションというわけではないのだろう。

そんなこんなにうんざりしつつもストーリーは重厚である。
なんらかんら言いつつ読み応え十分。
興味をそらすような隙間を作らないし、
集中をきらすような余計な場面を持ち込まない。
登場人物には誰一人共感できないし、
隠されている秘密も常にぼんやり漂っている感じがして不快なのだが、
展開の巧さと文章力のせいで、結局引き込まれてしまう。

ラストは、ロクヨン被害者の執念に驚かされるが、
このどろどろに緊迫した物語を書ききった横山氏の執念も
鬼気迫るものがある。
長編であるからこその良さを楽しめる作品である。

■第3位 宮部みゆき「ソロモンの偽証」(2012年)
04_ソロモンの偽証Ⅰ 04_ソロモンの偽証Ⅱ 04_ソロモンの偽証Ⅲ

不登校だった中学生が学校の敷地内で死んでいた。
警察は自殺と断定するが、しばらく経って中学校に差出人不明の封書が届く。
その内容は、中学生の死は自殺ではなく、
同級生に屋上から突き落とされたことによる殺人だというものだった。
これはマスコミにも漏れ、学校内外で問題が大きくなっていく。
そこで一人の女子生徒が、真実を知りたいと立ち上がり、
中学生達による裁判が始まった。

部から第部まで合計して2000頁を超える大作である。
登場人物それぞれのバックグラウンドや
事件に対する思いを丁寧に描いており、
密度の濃さを保ったまま展開していく。
この重厚感は、文字を読むからこそ得られるものであり、
筆者の物書きとしての力量を存分に味わえる。
特に第部はそれが際立っている。

ただ、第部以降は、展開の刻みが細かすぎて変化に乏しく、
なかなか話が前に進まない。
部は、登場する証人の発言を拾いすぎており、
小説ではなく記録を読んでいるようで、
しつこくて退屈に感じるところも多い。
また、裁判を担当した中学生達が、あまりに大人な言葉使いをしたり、
裁判制度を熟知しているようなやり取りをするのも
リアリティに欠けすぎて、ちょっとひいた。

部が素晴らしいので、どうしても第部を読みたくなる。
しかし、第部はごたごたしており、飽き気味になるところもある。
それでも、第部まで読んだら第部を読まないわけにはいかないでしょう、
という感じで、結局最後まで読まされてしまう。

前半から、「どう考えても、この人が怪しいでしょう」という人物がいる。
最後の最後に来て、その人物が真実を明かす。
残念ながら、「何それ」というオチである。
このために2000頁以上も読んだのか、という徒労感もおぼえる。
それでも最後まで読ませたのだから凄い作品なのは間違いない。

■第4位 大沢在昌「鮫島の貌」(2012年)
   04_鮫島の貌

タイトルは「さめじまのかお」と読む。
大沢さんの大ヒットシリーズ、「新宿鮫」の主人公である
新宿署の鮫島警部にまつわる短編集。

大沢さんの作品は毎年2、3冊は読むが、やはり新宿鮫シリーズが面白い。
短編集であり、長編のような濃密さはなくとも、
スリルとスピード、そして展開の巧さにより、
あっという間に引き込み、すっきりと読ませてしまう。

ストーリーがどれも鮮やかすぎて、読後の余韻があまりなかったことや、
例えば、こち亀の両津氏を登場させるなど、
ちょっと遊び心が強かったことで、振り返ってみると、
良くも悪くも息抜きになった(なってしまった)ような印象である。
そのため、この順位としたが、2012年に読んだ作品の中では、
最も引っかかりがなく、すいすいとページがめくれた。
大沢さんの巧さが際立っている。
長編の新宿鮫シリーズをまた読みたくなった。

■第5位 辻村深月「ツナグ」(2010年)
   05_ツナグ

「ツナグ」と呼ばれる使者にお願いすれば、
死者に一晩だけ会うことができる。
ただし、会うことができる機会は一生に一度だけ。
また、天国にいる死者が、この世の人と会えるのも一度だけ。
例えば、亡くなった母親に会ったなら、亡くなった父親には会えない。
亡くなった母親は、生存している娘に会ったなら、
生存している息子には会えない。

生存者は、「○○に会いたい」と使者に依頼する。
使者は、対象者(死者)にそのことを伝え、会うか否かの意思確認をする。
対象者にとっては、生存者と会うチャンスは一度だけ。
したがって断ることもできる。

依頼者として登場するのは、さえないOL、50代の頑固な男、
親友を亡くした女子高生、婚約者に突然失踪された男。
一生に一度しか死者に会えないというルールを絡め、
生存者と死者の間の関係や生存者が抱えている思いを、切実に描いている。

良かったのは、お涙頂戴だけに走らなかったこと。
人間のドライな部分や嫉妬、身勝手さなど、複雑な心情を織り交ぜたことで、
死者と再会することの意味に深みが増した。

残念だったのは、後半長めに描かれている使者にまつわる話。
これが、なんとも回りくどく、それまでの謎めき、切なさ、うねりなどを
薄めてしまった。この話は必要だったのか。

ただ、これまで読んだ辻村さんの作品の中で一番良かった。
人物描写やエピソードの用い方など、これまでの辻村さんは
遠回しで面倒なところがあり、そのため、物語にすっと入っていけなかったり、
軸が曖昧になる印象があったが、この作品はすっきりと良く書けていた。
お涙頂戴だけに走っていないことは事実だが、
泣かすところでは、きちんと泣かせてくれた。

私は、「天国の○○も喜んでくれてると思う」、「天国の○○に届いたと思う」
などというのは、死者に対して一方的すぎて、
なんとなく生存者のエゴのようなものを感じ、どうも苦手である。
墓参りには年に5回くらい行く。同年代ではかなり多い方だろう。
死者が自分を生かしてくれていると感じるところはある。
死者に対してもっと謙虚でありたいと思う。


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映画を観に行ってきた。
場所は、北9条西3丁目の「蠍座」(さそりざ)。
座席数55の小さな映画館である。

目的の作品は、「世界一売れないミュージシャン」。
1990年代に札幌で精力的に活動したPHOOL(フール)
というバンドのボーカル・ギターだった「KAZUYA」氏。
メジャーデビューをすることがないままPHOOLは解散。
その後はソロとなり、50代になった現在も札幌で音楽活動を続けている。
しかし、ライブをやっても客はほとんど集まらない。
CD
をリリースしても売れない。
にもかかわらず、20年間も定職につかず、ただただ音楽活動をしている。
この映画は、そんな彼の2011年から2012年にかけての日常を
追いかけたドキュメンタリーである。

PHOOL
というバンドが存在したことは覚えていた。
演奏技術が高いポップスバンドというイメージを持っていた。
ブラインドレモンと同じレーベルから何かリリースしていたような
記憶もあった。
僅かな集客、定職つかずで、何故映画にまでなってしまうのか。
映画にしたくなるほどの何がそこにあるのか。
そんな疑問が興味となって、映画館に足を運んだ。
それと、映画のタイトルが凄まじく良い。
このタイトルだから観てみたい気持ちが膨らんだ。

1303蠍座

この作品が上映されることは、北海道新聞夕刊の小さな記事で知った。
観に行ってみようと思った。
しかし、自らのライブと仕事のせいで忘れていた。
その時、カルチャー知人、N山氏から久しぶりにメールが。
「世界一売れないミュージシャンという映画を観てきた。
 貴氏が観たらどう思うのか。感想が聞きたい」との内容だった。

さすがにカルチャー知人だけあって、
N
山氏は私の興味のつぼ知っている。
ちなみにN山氏とは、昨年、札幌座の芝居や、
シアターキノで上映された「かぞくのくに」でも偶然会っている。

                    ◆

さて、「世界一売れないミュージシャン」の感想である。
まず、映画というよりは、一般人が撮りためた日常の記録、
例えば、ライブのシーンがただ流れたり、
打ち上げの様子や自宅での何気ない時間だったりを
テレビのドキュメンタリー番組風に編集したようなつくりである。

誰でも楽しめる映画だとは思わない。
凡庸なつくりであり、引き込まれていくところもない。
ちょっと過去を美化しすぎかなというところも少なくない。
しかし、変にドラマチックにすることはなく、
意図的にインパクトを与えるような演出にしていないことに好感を持った。
音楽を好きな人や、長くやりたいことをやり続けている人には、
心地よくぼうっーと観られるのではないか。

監督をした田村氏のリードが巧い。
主人公のKAZUYA氏の飾らない人柄を上手に引き出しているし、
KAZUYA
氏のことを語る他の出演者も皆、
いい意味で映画に出演しているという空気感がなく、実に自然体である。
特に、KAZUYA氏のお母さんは、どんな女優にも出せない
北海道の田舎の年配女性らしい温かみと懐かしさがあった。

KAZUYA
氏の現在の音楽は、
ボブ・ディランやニール・ヤングっぽい雰囲気で、
テクニック的には十分にプロのレベルにあると思う。
スモーキーな歌声は魅力的だし、ギターの機微とでもいおうか、
ギターの扱いが実に上手である。
生活の中に、いや、生活の中心に常に音楽がある人の歌声であり
プレイなのだと思う。
ただ、私が言うのは大変おこがましいが、
印象に残るメロディやフレーズ、言葉がなかった。
しかし、この曲が流れる空間にいる居心地は悪くない。

KAZUYA
氏は定職につかず、定職についていないだけではなく、
ほとんどバイトのようなこともしていない。
映画の中で、「モーヒー」のような生活をしていることを臭わせる場面が
あったが、真実は不明。

「月に5万の収入があれば多いほうだよ」と語ったシーンがあった。
しかし、映画に登場した自宅の雰囲気、衣服や靴、
しょっちゅう変わる髪型、乗っている自転車、
酒を飲んでいる回数などからして、
少なくとも月15万円は必要な生活ぶりに見えた。
そのあたりは、ほとんど掘り下げられていなかった。

いずれにしても彼は音楽活動を中心とした生活をしている。
それは彼を経済的にも精神的にも支える人がいるからだろう。
裏を返せば、彼は誰かにすがって生きているわけで、
それに対する罪悪感というか、プレッシャーみたいなものはないのかと
気になった。そのあたりも作品の中で特に触れられていない。

                    ◆

私は大学生の頃から札幌でライブを始めた。
自分のやりたい音楽を形にして、多くの人に観てもらいたかった。
ところが、ライブを続けていくには、ライブハウスの人、
ライブを企画する人、札幌の音楽業界で重要っぽい人など、
そういう人達との付き合いが必要で、しかし煩わしく、
「○○さんって知ってる?」的なノリにうんざりしていた。
それが私を完全アマ志向に走らせた。
というか、それ以前からロープーのミュージシャンになりたいと
本気で思ったことは一度もない。
そこがローゼンフェルン解散の分かれ道だった。

ロープーになるまでに、共同生活をしなければならないとか、
周りからあれこれ言われて、歌詞を変えたり、
ポップな曲を求められたり、
また、売れるために、これを着せられ、ああいう表情して、
業界の人と上手に付き合って、というようなことが
私には耐えられないと思った。
職業としてやるなら、それぐらいのことは当然必要だ。
それでもロープーになる、それでも売れたいという熱意や根性がなかった。
また、他のバンドを見ていて、
「プロになれていいよなあ」と思ったこともない。

自分のやりたい音楽を自分のスタイルでできなくて、
やる意味があるのか。
それが私の音楽に対するアプローチであり、それは今も変わらない。
そもそも実力不足でロープーになどなれなかったと思うが、
常に音楽活動だけは自由で純粋なものでありたかった。
生活していくために、どれだけ不自由で面倒なことをしているのか
を考えたら、生きていくために、せめて音楽活動だけは
自由で純粋なものでありたい。
音楽活動と幸せな関係でいたい。

ザ・ハート・オブ・ストーンのメンバーの意識は私と基本的に同じだろう。
私との比じゃないくらい、業界の人とのコミュニケーションが苦手。
活動の範囲は狭くなり、集客もセールスも実に小規模なものになる。
それでも自由で純粋に音楽と接したいと思っているのではないか。

世界一売れないミュージシャン

話が脱線したが、言いたかったことは、「すがる」ことが嫌な私に対して、
KAZUYA
氏は随所にすがっている。
すがるということは、借りをつくる、というか、
弱みを持たれるようなもので、そういう状況で生きていくことが
居心地が悪くないのか、ということだ。
映画の中の彼は、その点あっけらかんとしているように見えた。

定職につかず、音楽活動も対外的にはさっぱりで、
しかし支援者がいて、映画にまでなって、
また、CDの製作にしても、何日間もベッシーホールを使い、
プロの作詞家にも数曲依頼し、ゲストプレイヤーもいる。
ジャケットも本格的で、プロモーションも充実。
プロデューサーまでいて、選曲に関して、KAZUYA氏と意見が食い違い、
最後はKAZUYA氏がおれるシーンもある。
アマチュアにしては極めて豪華である。
製作に200万円はかかっているのではないか。
それに対する不自由さはないのだろうか。
色々あるけど、お金は出してくるし、セッティングもしてくれるし、で、
気楽なものなのだろうか。
私の音楽感や生活感においては考えられない世界である。

ちなみにザ・ハート・オブ・ストーンが昨年リリースした
15曲入りのCDは、スタジオ使用料、ジャケット作成、版の作成費用など
総額で10万円はかかっていない。
完全にオール・バイ・マイセルフで制作しているし、
スタジオ使用時間の都合上、レコーディングは、
ギターソロを除けば、ほとんど3テイク以内で終わらせる。
なので、ボーカル録りは調子が出てきた頃に終わったりする。

いずれにしても、KAZUYA氏を金銭的に支援する人達がいる。
彼にそこまでの魅力があるということだ。
いくつになっても自分の音楽を追究することができるのは才能だ。
長く続けてきたから力がついたのではない。
長く続けられるだけの力と才能があるからできるのだ。

彼は一見、音楽好きな普通のおっさん風にも見えるが、
50代とは思えないほど体型はすっきりしているし、
しゃべり方や雰囲気にも味がある。
きちんと絵になる人である。

彼こそ「ミュージシャン」と呼べる人だと思う。
ロックだ、ブルースだと、がやがや言うのではなく、
「だって音楽しかできないんだもん」というノリで、
生活の中に常にギターと歌がある。
「ミュージシャン」というのは、プロとかアマチュアとか、
そういう物差しで語るものではないことを再認識させられた。
それに気づいただけで、この映画を観た意味があるし、
KAZUYA
氏及び製作された方々に感謝である。

テーマ:映画レビュー - ジャンル:映画


2013年3月2日、スピリチュアル・ラウンジでのライブ。
観に来てくださった皆さん、ありがとうございました。

セットリストは次のとおり。
1 蛇行する川
2 袋小路のブルーズ
3 RIDE TO BE FREE
4 家路は春の訪れ
5 熱いブギをくれ
6 三日月の舟

20130302ライブ1


自然体でリラックスしてできたライブだった。
自然体すぎて荒い演奏になったところがあったり、
リラックスしすぎてミスがあったりと、
まだまだだということを、改めて思い知る内容ではあった。

しかし限界だと感じるところはない。
確実に積み重ねてきている実感があるし、
もっとできるだろうという思いがある。
次回に向けて、もっと深みとキレと安定感を出せるよう、
あれこれ考えつつ、同じことを繰り返していきたい。

それにしても、ライブの日はひどい天気だった。
まさしく、「わや」だった。
観に来られた方の中にも、JRが運休し、
通常の方法で帰ることができなかった方もいた。
ほんとうに大変な手間をかけて観に来られているのだ。
改めて感謝です。

20130302ライブ2

ライブの後は、南3西4の「はなちゃん」という店で打ち上げ。
将来的にはグループホームに入るとか、高齢者専用住宅に住むとか、
我々はついに退職後の住居について話をするところまできてしまった。
明日がどうとか、来年あたりに何をするとかではない。
20年後の住処について語り合うところまできてしまった。

新しいギターの購入談義にもなった。
新しいギターには新しいなりの良さがあるが、
使い込んで愛着がわいた古いギターには、また格別の良さがある。
新しいギターをいい具合に古いギターにして楽しみたいならば、
年齢を考えると、3年後や5年後に買うようでは遅いような気がする。
「でも」や、「しかし」が、買い時を邪魔する。
じゃあ、いつ買うのか、ということだ。

打ち上げをした「はなちゃん」という店の女性店員は着物姿だった。
ギターのTNK氏は、えらく興奮していた。
「着物いいわ~、ねえ、いいよね」、「着物だわ、やっぱり」など、
会話のちょっとした隙間に、着物姿を賞賛する発言が多々あった。

また、TNK氏からは、なぜか「おおしま通信」の発行者である大島さんの
保険に加入するよう、強く勧められた。
最初は、「入った方がいいって」と言っていたのが、
後半は、「入らなきゃだめだわ」と義務づけに近い口調になっていた。
ちなみに、大島さんは間違いなく着物姿が似合うと思う。

ライブと打ち上げは、平和でハッピーな気持ちで終了した。
この歳になって、音楽活動を楽しくできる状況と環境にあることは、
すごく恵まれたことなのだ。
明日が来ることだって当たり前じゃないのだ。
だから、もう少し旅人になってもいいかなと思う。

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