ADMIN TITLE LIST
2012年、私にとってはなかなかいい年だった。
飛躍もしてなければ、挑戦もしていない。
しかし、行くべき方向へ行けていることを実感できた一年だった。
あっち方面の評価はさっぱりでも、それがなんだというのか。
こっち方面は着実に積み重ねたぜ。
そう考えると、かなりいい年だった。

「やらずに後悔するより、やって後悔した方がいい」という人は多い。
それに共感、賛同する方も多いだろう。
私が自らの経験で思うのは、
やらずに後悔するか、やって後悔するかと考えた時点で、
もうそれはやらない方がいいということだ。
また、やって後悔したことは、すぐにいくつか思い出せるが、
やらないで後悔したことは何ひとつ浮かばない。
迷ったらやらない方がいい。
年齢的なものや失敗の多さと深さのせいで、
そういう思考になっていることは否めないが、
ほんとうにやりたいことならば、
後悔するとかしないとか考えたりしない。

なんだかよくわからないまま、周りの目を気にして、
周りのスピード合わせる必要はない。
実力も意識も伴っていないのに、
前へ前へと、あるいは上へ上へと向かっても、
実は何も手にできない。

2、3年前から、このような意識を強く持つようになった。
無駄に心がジタバタすることが減った。
だんだんと気持ちが楽になってきた。
結果はどうあれ、納得して過ごせるようになった。

無理せず、あせらずという、ある意味ネガティヴな思考なのかも
しれないが、決してあきらめてなどいない。
いつかチャンスみたいなものがやってきたとき、
迷いなく、それにのっかれるように準備しているのだ。
人生の大半は準備と待ち時間なのだ。

「やって後悔してもいい」ではない。
私の志向は、「やっても後悔しない」である。
そういう気持ちになるまで歩いていけばいい。
人生の大半は準備と待ち時間なのだ。

できる
ことなら、もう後悔なんかしたくない。
今抱えている後悔と未練だけで、もうたくさんだ。
それでも人生は続いていく。
過去の失敗をひきずったまま人生は続いていく。
私はいつまでも過去の痛みを乗り越えられない
未熟者だ。
それで結構。いつまでも未熟者でいてやろうとも思う。
未熟者だからこそ人生を続けていくのだ。

枯れてゆくのさ少しずつ くたびれ感を漂わせ
終わったのかと見せかけて 実はこれから色づくぜ
泣かぬ蛍が身を焦がす 熱いハートは奪えない
下り坂かと思わせて 実はここからしぶといぜ

2012年、今年もお世話になりました。
このブログを見てくださってありがとうございました。
来年も、「いつかきっと」の気持ちで活動していきます。

スポンサーサイト

テーマ:日記 - ジャンル:日記


2012年の終わりが目前となった。
29日から年末年始の休みとなったが、
無事今年の仕事を終えてほっとしたのか、
風邪をひいてしまったためインドアしている。

自宅でインドアの時は、基本的にはAMラジオを流しているが、
たまにテレビをつけてみると、
この時期は2012年の総集編的なことをやっていたりする。
そこで初めて知ることもある。

多くの皆さんは知っている話なのだろうが、
バドミントンの潮田さんという方は、オリンピックの試合の直前、
彼氏への感謝のメッセージを自らのブログに掲載したと。
なんでそんな必要があるのか。
なぜブログという形で不特定多数の人に公表したのか。
彼氏に直接メールするか電話するかじゃ都合が悪かったのか。
さっぱりわからない。

それより解せないのは、そのブログで彼氏のことを
「君」と表現していたことだ。
私は、彼氏のことを「君」と表現する女性シンガーの歌を耳にすると、
一気にフィール・ソー・ダウンしてしまうことを
潮田さんは知らないのだろう。
あるいは知っていてそうしたのかもしれない。
いずれにしても、彼女とはセンス的には折り合えないことを確認した。

                  

今回は久しぶりにブックレヴュー。
よろしくどうぞ。

■木内一裕「デッドボール(2011年)
木内一裕/デッドボール
木内一裕氏の作品は発刊される都度読んでいる。
圧倒的に心をつかまれるようなことはないものの、
軽妙でテンポが良く、すっきりとしていて後味の良い作品ばかり。
これまでハズレだったことはない。
この「デッドボール」も面白かった。

主人公は、定職につかず、なんとなく生きている23歳の男。
彼女にも愛想をつかされ別れることに。
その際、彼女から借りていた16万5000円だけは
必ず返すと申し出る。
ぐうたらな生活をしているわりに妙に律儀であり、
こうした彼の真面目な心根がストーリー全体をきりっとさせている。

借金を返済し、人生をやり直し、一発逆転のホームランを。
彼は、報酬1000万円で、誘拐の手助けをすることになる。
ところが、うまくいきかけた誘拐劇は誤算の連続。
ホームランどころか、デッドボールの状態に。
追われてるかと思えば追いかけているような
二転三転のスピーディな展開。
それでもハチャメチャになることはなく、
どうなっていくのかと楽しみながら読める。

それにしても木内氏はもっと評価されていい作家だと思う。

■桜木紫乃「恋肌」(2009年)
     桜木柴乃/恋肌
続いても、私にとってはハズレのない作家、桜木さんの作品。
表題作の「恋肌」をはじめ5つの短編が収められている。
いずれの短編も舞台は北海道の地方の町。
北海道という広大な土地における地方特有の人間関係の閉塞感を
見事に登場人物の内面に刻みこませている。
それを感じるだけでも読む価値がある。

表題作の「恋肌」は、酪農家と、その家に嫁いだ中国人女性の話。
彼女は日本語がわからないと思い、彼女の前で好き勝手なことを言う姑。
それに耐えて、妻を支える酪農家。
しかし次第に、夫婦の間に気持ちのズレのようなものを感じてくる。
この物語は実に切ない。ちょっと涙腺がゆるむ。
なんというか、どの作品もそうだが、物語にきちんとした起伏があり、
それが滑らかなので、読んでいて心地いいし、引き込まれていく。

そのほかの作品は、働かない同棲相手の男との辛い生活の中、
別の男と関係を持ってしまい崩壊へと向かう話や、
別れた亭主の子どもを身ごもってしまった女性記者の話など、
「なんでそうなっちゃうかね」的な困ったシチュエーションのものばかり。
心が痛いし、苦しくもなるが、
負の状態における心の陰影を見事に浮かび上がらせるものだから、
とにかく読まされてしまう。

■磯﨑憲一郎「終の住処」(2009年)
磯崎憲一郎/終の住処
設定は昭和50年頃なのだろうか。
30歳を過ぎて、大して好きでもない女性と結婚。
やがて子どもが生まれ、平凡に淡々と暮らしていた。
数年たったある日、妻、子供と遊園地へ。
その日の夕方、帰宅後、何かの用事で妻に話しかけるが妻は応えず。
気まぐれな不機嫌が始まっただけだと思い深くは気にかけず。
ところが、次に妻と話したのは、それから11年後だった。
そんな男のどうしようもない、というか、どうでもいい半生を描いてる。

思ったことや思い出したことを整理せずに文字にしたような、
実にだらだらとした筆致である。
それは意図的なものなのだろうが、ひたすら読みにくかった。
改行がないのもストレスだった。
ところが、この無機質で乾いた生活の結末を知りたくて
最後まで読んでしまう。
で、率直な感想は、「えっ、それで何?」。
文学というものが私にはよくわかりません。

この主人公の男は、表面上は独りよがりで偏執的に見えるが、
実は仕事は順調であり、家を建て、子供に恵まれ、熱心に浮気までして、
結局のところ、精神面は別として、
物質的には相当に幸せな人生を送っている。
なんかしらけたぜ。

■宮部みゆき 「ソロモンの偽証 第Ⅰ部『事件』・第Ⅱ部『決意』」
  (2012年)
ソロモンの偽証Ⅰ ソロモンの偽証Ⅱ
この作品は、第Ⅲ部まである。
第Ⅲ部は年が明けたら読む予定である。
本来なら第Ⅲ部まで読破してからレヴューすべきだが、
各部とも700頁を超える量であり、
一冊を読むのに2週間以上を要するため、
耐えきれずこのタイミングでコメントさせていただくことにした。

不登校だった中学生が学校の敷地内で死んでいるのが発見された。
警察は自殺と断定。いじめなどの原因もないものとして処理された。
しかし、疑問を持ったテレビ局の記者が、
亡くなった中学生のことや中学の対応などについて調べ出す。
しばらく経って、中学校に差出人不明の封書が届く。
その内容は、中学生の死は自殺ではなく、
同級生に屋上から突き落とされたことによる殺人だというものだった。

本当に殺人なのか、殺人だとすれば犯人は誰か、
手紙の差出人は誰なのか。
警察も学校側も自殺だとして改めて動くことはない。
一方、テレビ局の記者の行動はエスカレートしてくる。
中学校内では不信や不安が広がり、生徒は落ち着かない日々を送る。
そこで一人の女子生徒が立ちあがった。
真実を知るため、校内で自分たちの手で裁判をやることを
決意したのだった。
ここまでが第Ⅰ部のあらすじ。
第Ⅱ部は、裁判のための人選と情報収集がメインである。

序盤は、出演者それぞれの日常が描かれ、
しかも、丁寧すぎるくらい掘り下げているため、やや退屈なのだが、
出演者それぞれの背景にあるものの描写が的確で、
すっきりと読ませてしまう文章の巧さを堪能できる。

中学生の死の場面から一気に話は動き出す。
ここからはもう時間があれば本を開きたくなるような展開になる。
700頁を超える量なのに飽きずに読める。それだけですごい。

気になるのは、中学生にしては、あまりにしっかりしすぎていること。
言葉の使い方や思考はほぼ大人である。
というか、25歳でもこれだけの行動と発言をできる人は僅かだろう。

一冊1,890円。三冊で5,670円。
その価格だけの価値が十分にある作品。
宮部みゆきという人はやっぱりすごい作家だと改めて思う。

             ◆

冒頭で、この時期は2012年の総集編的なことをやっている
テレビ番組が多く、そこで初めて知る情報があると書いたが、
潮田さんのことと同様に強烈に感じたことがある。
それは、塩谷瞬という人と私では、
女性の趣味がほぼ180度違うということだ。

テーマ:本の紹介 - ジャンル:本・雑誌


今年2012年、ザ・ハート・オブ・ストーンは結成20年を迎えた。
92年の結成から98年までは、ライブを年7回くらい行うとともに、
その7年間でアルバムを6枚リリースした。
99年にギターのTNK氏が稚内に転勤となり、残った3人で活動継続。
01年のはじめに7枚目のアルバムをリリースし、ソロライブもした。

そこからバンドは自然停止状態に入った。
解散ではなく、かといって休止や充電ではなく、
自然にご無沙汰になっていき、そのまま生活にまみれた。
それが2008年まで続いた。
したがって、結成10年の時も、結成15年の時も、
活動はしていなかった。

それだけに20年という節目の年を、
結成時のメンバー4人で迎えられたことは、ホントに、ほんとうに嬉しい。
私以外のメンバーは、小樽、共和、そして釧路と、離れた地に住んでおり、
活動を続けていく上で負担は大きい。
漫然と続けられる距離ではない。
まさに活動を支えているのは、メンバーの強くて固い心である。
そして、ライブ足を運んでくれる皆様のおかげである。

そういうわけで、結成20周年を記念して、
THE HEART OF STONE 1992-1998」なるアルバムを、
2012年12月24日にリリースする。
これはTNK氏が稚内に転勤するまでの約7年間の作品の中から
15曲をチョイスし、新たにレコーディングしたものである。

昨年12月に4曲、今年に入って3月に4曲、5月に4曲、
9月に3曲と、時間を作っては、小分けしてレコーディングをした。

THE HEART OF STONE 1992-1998 

CD
ジャケットは、初のメンバー全員の顔出しとなった。
メンバー内で、「それでいいのか」との議論もあったが、
他に相応しいジャケットの案が浮かばず、
やや苦し紛れの状態で、思い切ってメンバー登場とした。

では、収録した15曲を簡単に紹介させていただく。
アルバムの曲順は古い作品順にした。
これまで様々なアーチストのベスト盤を聴いていて、
奇をてらわず古い順に並べているのが、変化や流れが見えて、
気持ちが入っていきやすいと感じていたので、
そうすることにした。
そういうわけで、収録した曲順どおりに15曲を一挙に。

◆抱きしめたい(1992)

 おまえにわかるかい
 寂しくて寂しくて気が狂いそうだった
 静かすぎる部屋でひとり
 もがき苦しみ時を数えた
 きつい旅の途中で やっとここまでたどりつけたのさ
 抱きしめたい I Wanna Hold Your Hands
 抱きしめたい I Wanna Hold Your Hands

 ある日の帰り道
 ショーウインドウに映ったオレは疲れた顔をして
 日々の生活にまみれて
 心をどこかへ置き忘れたよう
 オレがオレじゃなくなってく 早く飛び込んできておくれ
 抱きしめたい I Wanna Hold Your Hands
 抱きしめたい I Wanna Hold Your Hands

 きつい旅の途中で やっとここまでたどりつけたのさ
 抱きしめたい I Wanna Hold Your Hands
 抱きしめたい I Wanna Hold Your Hands
 抱きしめたい I Wanna Hold Your Hands
 抱きしめたい I Wanna Hold Your Hands


孤独と絶望の日々(1992)

 ぼろぼろのハートひきずり はいつくばって暮らしてる
 息つく暇もありゃしねえ 泥沼の中走らされ
 生きてる意味さえわからねえ すべてがバカらしいだけさ

 家に帰れば午前1時 誰もが寝静まった頃
 夜のドアをノックする けれど虚しいひとり遊び
 孤独と絶望の日々さ おまえは遠い空の下

 会社の裏でうずくまってた 甘い夢をまだ追いかけて
 気怠い真昼 へたばりながら

 ぶっ倒れるまで遊びてえ 目が覚めるまで眠りてえ
 歯止めのきかない毎日 出口はどこにあるんだろ
 孤独と絶望の日々さ おまえは遠い空の下

 会社の裏でうずくまってた 甘い夢をまだ追いかけて
 気怠い真昼 へたばりながら


Sweet Little Baby
(1992)

 あの娘が微笑めば You Are Only Sweet Little Baby
 おいらもゴキゲンさ You Are Only Sweet Little Baby
 だからさえない顔をしているときは
 なんだかおいらまでもブルーになっちまう
 何にも代えられないよ あの娘の笑顔

 木枯らしに吹かれても You Are Only Sweet Little Baby
 一緒にいたかった You Are Only Sweet Little Baby
 凍えながら歩いた駅までの道
 暖めてあげられるのは この手しかないのさ
 だからもうこの手を離さないで

 あの娘が微笑めば You Are Only Sweet Little Baby
 おいらもゴキゲンさ You Are Only Sweet Little Baby
 わけもなく寂しくなる秋の青空
 飛行機が雲を描き それを追いかけてた
 ずっとここにいておくれ 遠くへ行かないで
 ずっとここにいておくれ 遠くへ行かないで


Please Come Close To Me
(1992)

 Please Come Close To Me
オレのそばへ
 Please Come Close To Me
早く来ておくれ
 Please Come Close To Me
一日一日が
 Please Come Close To Me
長く感じるんだ

 おまえとオレの間にある距離は遠いけれど
 ハートはいつでもここにある 同じ夢の下

 Please Come Close To Me
どれだけ言葉を
 Please Come Close To Me
ならべたとしても
 Please Come Close To Me
欲しいものは
 Please Come Close To Me
ただひとつだけ

 時々強がり言い張って オレを困らせるけど
 なんでもないことを素敵なことに変えてくれる

 冷たく寂しい夜がまた来る
 ひとりじゃどうにもやりきれない夜が
 けれどもそれを越えていくたびに
 おまえにまた少し近づけた気がする

 おまえとオレの間にある距離は遠いけれど
 ハートはいつでもここにある 同じ夢の下

 Please Come Close To Me  Please Come Close To Me
 Please Come Close To Me  Please Come Close To Me
 Please Come Close To Me  Please Come Close To Me


まずは1992年に作った4曲。
若さのあるダイレクトで、ラブリーベイベーな歌詞。
現在の私には考えられないことだが、
相手を「おまえ」と表現している。

実生活においては、今も昔も、男女を問わず
相手を「おまえ」と呼んだことなどなく、
「おまえ」と呼ぶようなキャラクターになりたくないとも思っていた。
ちなみに、「おめえ」、「おめえら」という言葉にも激しい抵抗感がある。
にもかかわらず、歌詞の世界では「おまえ」を使っていた。
明らかにザ・モッズとザ・ルースターズの影響だ。

2年ほど前、ある女性(一般人)が、
女の人を「おまえ」って呼ぶ男の人は嫌ですね、言っていた。
なぜかちょっと嬉しかったのを覚えている。
そういう女性はあまりいないのだろうか。

この4曲は、ローゼンフェルン解散後、
しばしバンド活動をできなかった寂しさ、
札幌から倶知安に転勤して新しい生活が始まった戸惑い、
ザ・ハート・オブ・ストーンを結成して、
またバンド活動ができるようになった喜びなど、
様々な思いがあふれてきて、どんどん作った曲だけに、
雑味はあるが勢いもある。

それと、これもまた今となっては考えられないが、
英語を多用している。
当時はそんなスタイルがかっこいいと思っていたのかもしれない。
ところが、次の曲以降は、こうした傾向が一気になくなった。

遠く離れた街から(1992)

 仕事ばかりの毎日だった 楽しいことなどなんにもなかった

 灯りの消えた待ちを歩く どうしようもない寂しさ背負いながら

 遠く離れた街から 君に思いを伝えよう
 ねえ君 ぼくのそばで微笑みかけておくれよ

 休みの日にはいつもひとりで 風の音ばかり聞こえていたよ
 今度の休み何してるの?って聞かれることが一番つらかった
 夢を追いかけるたびに傷つくことが増えてゆくけど
 それでも追いかけて必ずつかまえるんだ

 遠く離れた街から 君に思いを伝えよう
 ねえ君 ぼくのそばで微笑みかけておくれよ
 遠く離れた街から 君に思いを伝えよう
 ねえ君 変わらないで ここまで来ておくれよ
 ここまで来ておくれよ


今回収録の15曲の中で唯一これまでリリースしていなかった曲である。
当時は、歌も演奏も、どこかぱっとせず、しっくりこなかったため、
当時のアルバムに収録されなかったのだが、
この歌詞、このメロディ、このハートを、
このまま永遠にお蔵入りしていいものかと声をあげたのは
ベースのミチ氏であった。

3拍子のゆったりした曲である。
年をとって多少柔らかさも出せるようになり、
リリースするに相応しい時が来たということだ。

口笛とゆううつ(1993)

 冷たい壁と低い天井 変わることないちっぽけな世界で
 喜びもなく悲しみもない 真っ白な日々が駆け抜けてゆくだけ
 オレは何を探してるのか
 口笛吹いてみても ゆううつ吹き飛ばせない

 退屈な街の風景の中に いつも笑ってるオレ達がいたのに
 いつの日からか背中合わせさ 生活という風に吹かれて
 オレは何を探してるのか
 口笛吹いてみても ゆううつ吹き飛ばせない
 
 冷たい壁と低い天井 変わることないちっぽけな世界で
 オレは何を探してるのか
 口笛吹いてみても ゆううつ吹き飛ばせない
 オレは何を探してるのか
 口笛吹いてみても ゆううつ吹き飛ばせない


人生(1993)

 うまくやってゆけない時がよくあるよ
 自分でも情けなくなるような時が
 腹が立っているのにあんな奴に
 ご機嫌とったり なだめたりして
 嫌みを言われながらも苦笑い
 頭をかいてその場をしのいでる

 長い人生 こんなことの繰り返しか
 でも君だけは人生が素晴らしいものと教えてくれる

 仕事で帰りが遅くなる日が続き
 着替えもしないで飯を食って寝るだけさ
 ネクタイに首をしめられ 日々が過ぎてゆく
 けれどそれ以外のオレはどこにもいない
 嫌でも歳をとってゆく
 今の夢もここに置き去りに

 長い人生 こんなことの繰り返しか
 でも君だけは人生が素晴らしいものと教えてくれる
 長い人生 歩き続けられるかな
 でも君だけはどこへでもついてきてくれると思ってる


おいら今やっと(1993)

 おいら今やっとわかってきたんだ
 生きてゆくことは なんて悲しくつらいことか
 おいら今やっと わかってきたんだ
 もろくて頼りない おいらの心の弱さが
 せわしなく回り続ける社会の真ん中で
 おいらにできることは どれほどのものなんだろう

 おいら今やっとわかってきたんだ
 おまえがどれほど大切なものかってことを
 上を向いて歩いてても涙がこぼれてくる
 お願いだもう一度楽しい夢を見させてくれ

 いつまで生きられるか誰にもわからない
 戻らない若き日々 やるだけやったらいいのさ
 上を向いて歩いてても涙がこぼれてくる
 お願いだもう一度楽しい夢を見させてくれ


「口笛とゆううつ」、「人生」、「おいら今やっと」は、
94年リリースの2ndアルバムに収録した曲。
ザ・ハート・オブ・ストーンの活動が安定してきて、
勢いだけではなく、コンセプト的なことを考えたような曲作りを
しようかなと考え出した頃である。

今回収録の15曲の中で、
曲の始まり方は、「おいら今やっと」が一番気に入っている。
ギターソロのメロディは、「人生」が一番気に入っている。
なお、今回のレコーディングでは、
ザ・ハート・オブ・ストーン史上初めて
タンバリンやマラカスなどのパーカッション的な音を入れた曲が
いくつかある。
私が感覚的に適当にプレイしており、
おそまつであることは否めないのだが、
「人生」のギターソロのバックに入れたタンバリンと
エッグシェイカーはなかなかいい味を出している。


スイッチ(1994)
 
 スイッチひとつで世界が吹っ飛ぶ
 便利な世の中になったもんだぜ
 権力の大きさで命の値段も違うというのか
 ポリスと悪党どもはテーブルの下で取引さ
 流れ弾に当たっちまって死にたくねえな

 金があったら欲望も買える 金が欲しけりゃ欲望も売れる
 能書きたれてよだれ垂らし
 犬のように誰にでもついてゆく
 餌がなくなればSAY GOOD-BYE
 悪い病気をうつすなよ
 流れ弾に当たっちまって死にたくねえな
 
 スイッチひとつで世界が吹っ飛ぶ
 あいつの一言でオレの首も吹っ飛ぶぜ
 真実の声は届かず涙は誰にも救えない
 あてにならない神様よ
 あんたもグルになっているのか
 流れ弾に当たっちまって死にたくねえな


「ザ・ハート・オブ・ストーンの90年代の代表曲を1曲選んで」
と問われたら、私は「スイッチ」と答えるかもしれない。
「3曲選んで」ならば、メンバー全員が「スイッチ」を入れるだろう。
この歌詞の世界観とソリッドなビートの炸裂。
我々にとって孤高の1曲である。

95年リリースの3rdアルバムから今回収録されたのはこの曲のみ。
96年リリースの4thアルバムからは1曲もチョイスされなかった。
この時代は、ハードな曲を中心とした路線に傾倒。
反社会的で攻撃的な歌詞が多くなり、ダークな方向へ。
アレンジもダイナミックな形を探っていた。

しかし、オーディエンスの反応はいまひとつだったように思う。
これまでと違ったものを追求したのだが、
結果的には、まだ知識と経験と実力がおぼつかなかった。
その中で、「スイッチ」だけは、メンバー全員、
重要な曲だという意識が常にあったと思う。


PEACE(1996)

 たとえば遠くの街で悲惨な事故が起こって
 テレビのニュースで途方に暮れる人々が映し出されても

 僕らにとっては所詮他人事で
 当たり前の顔をしてぼんやりしている

 何が僕から感情を奪ってしまったのだろう
 僕の血は何色だろう

 何も起こらないことを平和と思ったり
 それがむしろ退屈と思ったりもする

 何が僕から感情を奪ってしまったのだろう
 僕の血は何色だろう

 こんな時代に生きることができて幸せと思うべきだろう
 けれども変わらない毎日がとても恐ろしく感じたりしている

 自分自身が痛い目に遭わなけりゃ何にも行動を起こさない
 批判はするが打開策を持ち合わせていない
 それでも食いっぱぐれることのない時代
 興味のないことは関係ないと笑って言える時代
 まさに平和というぬるま湯につかってる
 この僕もそんな人間の一人さ


RIDE TO BE FREE
(1996)

 どこへ向かうあてなどわからず景色はただ流れ去ってゆく
 ゆううつな恋 見えない光 それでも夜は何度も来る
 逃れられない苦しみの中で ほんとのやさしさの意味を知る


 RIDE TO BE FREE
心を開いたらつながるものがある
 RIDE TO BE FREE
その手をのばすのさ
 たとえ届かなくても 思いはきっと何かに変わる

 夢見る時代はもう過ぎたのに 今でも胸はざわついている
 何を守って何をあきらめた それでも夜は何度も来る
 乗り越えられぬ悲しみの果てに ほんとの希望の意味を知る

 RIDE TO BE FREE
手と手をつないだら生まれるものがある
 RIDE TO BE FREE
難しいことじゃない
 自分を解き放って そのとき聞こえてくる歌がある

 今日も街に風が吹き抜ける ALL MY LIFE ここから始まる道

 RIDE TO BE FREE
心を開いたらつながるものがある
 RIDE TO BE FREE
その手をのばすのさ
 たとえ届かなくても 思いはきっと何かに変わる


ジェットコースター(1996)

 流行の服を着飾ることで 周りの目が変わるのなら
 オレは裸で街を歩きてえ きれいな空気を探すように
 パジャマを着たまま一日過ごした夕暮れのような退廃的な気持ちで

 ジェットコースターに乗って街じゅうぐるぐる回る
 スピードに目がくらんだオレは愚かなドライバー

 彼の一番の宝物は最新型高性能のパソコンだという
 休みの日には朝から晩まで部屋の中で指を動かす
 喜びも憎しみも全ての感情を画面の中で味わうことができるぜ
 ジェットコースターに乗って街じゅうぐるぐる回る
 あいつも目を丸くして腰を抜かすぜ
 
 虚栄心のプールで泳ぐ若者の群れの中を
 オレは裸で歩いていきてえ きれいな青空を探すように
 手のひら翻すことは簡単さ 大衆向けのお気軽政治ショー
 ジェットコースターに乗って街じゅうぐるぐる回る
 スピードに目がくらんだオレは愚かなドライバー


94年、95年のハード路線による空回り感に疲れた私は、
どういう曲を作ったらいいのか、よくわからなくなっていた。
ただ、アイデアはそれなりに浮かんでくるし、
試してみたいことはあるし、違った何かを模索したくもなっていた。

そんな状況で97年にリリースした5thアルバムは、
ソフトからハードまで、また、アレンジに凝ったりするなど、
バラエティに富んだ内容となった。
そのアルバムからチョイスされたのが、
PEACE」、「RIDE TO BE FREE」、「ジェットコースター」の3曲。

この歌詞を改めて見てみると、
どこへ向かおうとしているのか迷走している中で出した答えは、
「自虐」と「自由」だったように思う。
メンバーと話をしていると、90年代の自分たちのアルバムで
一番好きなのは5thアルバムだと言う者もいる。
行き先が見えない中で、トライし続けた時代だった。


あてのない旅(1997)

 どこにもやり場のない苦しみ
 伝わることがないはがゆさよ
 振り回されておいら疲れた
 もうひとりでいい 後悔しない

 そしてあてのない旅に出るのさ
 川を越え 闇を抜け どこか遠い街へ行くよ
 そこがおいらのふるさと
 
 枯葉は風を恨んではいない
 散りゆく運命に未練などない
 この街はとても住み慣れた街
 周りの人達もやさしくしてくれる

 だからあてのない旅に出るのさ
 靴底を減らしながら歩いてゆくよ
 たどり着けば そこがおいらのふるさと

 向かい風に吹かれながらも
 冷たい雨にうたれながら君に会いにゆくよ きっと

 そしてあてのない旅に出るのさ
 靴底を減らしながら歩いてゆくよ
 たどり着けば そこがおいらのふるさと


甘い蜜の夢(1997)

 黒いブーツを履いた女が 霧雨の中突然現れ
 虚ろなオレに醒めた口調で言った
 オレには翼などもうないっていうことを

 他人の目がつきつけられたナイフのように感じている
 何を着ていても裸になっている
 そんな気分なのさ 感情なんか消えちまった

 陽のあたる坂道で自由に転がってたぜ
 ある時たたき起こされた 真っ暗闇の中
 甘い蜜の夢はもう もう終わったのさ

 オレは今どこにいるんだ いったいここはどこなんだ
 鉛の靴を履いているかのように
 歩く足は重たくて のどはとてもカラカラだ

 陽のあたる公園のベンチに座っていたのさ
 ある時たたき起こされた 真っ暗闇の中
 甘い蜜の夢はもう もう終わったのさ


遠い空の向こうに(1998)

 通い慣れぬ道 眠り足りない人達
 建ち並ぶビルがやけに悲しく見える
 渇いたのどに押し込んだ水の味は
 不自然に感じ何も満たされない

 寂しい気持ちがまた押し寄せてくるな
 心の中を君が通り過ぎていった

 探し出すのさ 遠い空の向こうに
 新たなる旅は今始まったばかり

 寂しい気持ちがまた押し寄せてくるな
 鏡に向かってさよなら告げて歩き出そう

 階段をひとつ登ってまた笑えるように
 ぼくらは変わってゆくのかもしれない
 探し出すのさ 遠い空の向こうに
 ぼくらの旅は今始まったばかり


98年リリースの6thアルバムからは、
「あてのない旅」、「甘い蜜の夢」、「遠い空の向こうに」を収録。
迷走した前作の次にきたのは、素の自分を表した作品だった。
サウンドは後で考えるとして、まずはギター一本で歌えるような曲を、
という気持ちで作った感じである。

「あてのない旅」の一節、
「枯葉は風を恨んではいない 散りゆく運命に未練などない」は、
今でも、これに勝るフレーズはないのではないかと思っている。

92年に倶知安に転勤してザ・ハート・オブ・ストーン結成し、
98年に倶知安から札幌に転勤した。
そして作ったのが「遠い空の向こうに」である。
6thは、「終わりと始まり」のアルバムだったのかもしれない。

                ◆

以上、長い長い文章となった。
冒頭でも触れたが、良きメンバーと結成20年を迎え、
20周年記念作品をリリースできたことが、ほんとうに嬉しい。

たかが一社会人の趣味の世界の出来事とはいえ、
自分達だけでなし得るものではない。
遠くから近くから支えてくださった皆さんに感謝しています。
そして、このブログを見てくださる方々が、
いつも、あるいは、たまに気にしてくれていることも
音楽活動を続けていられる大きな要因です。
ありがとうございます、LIFE GOES ON

テーマ:音楽 - ジャンル:音楽


私が現在の職に就いた約20年前、昼休みになると職場には、
保険外交員の女性が毎日のように顔を出していた。
複数の保険会社の方が来ていたし、思い返してみると、
昼休みではない時間帯にも来ていたような気がする。

そんな彼女達に対して、周りの男達の多くは、
良く言えば親しげに、悪く言えば妙に馴れ馴れしく接していた。
そんなトレンドに私はのっかることができなかった。
のっかろうとも思わなかった。
というか、なぜそんなにフレンドリーになれるのか、
というか、フレンドリーになる必要があるのか、
私が踏み入ることはできない世界の有り様だった。

当時は、保険外交員のおばさんがセッティングした合コンも
催されていたようだ。
もちろん私に声がかかることはなく、ほっとしていた。
そのくせ、合コンはどうだったのかと結果は知りたがった。

保険外交員の女性に対しては、
無愛想にならない程度に常に淡々と接していた。
なので、あまり勧誘された経験もない。
まれにしつこい方がいて、そんなときはやむを得ず、
「実家が保険屋をやっている」と、
テル・ア・ライ、してしまったこともある。

             ◆

時は流れ、次第に保険の女性が来る回数は減った。
たまに来て、さらっとチラシを置いていくだけだったり、
特定の者と話し込むようなスタイルに変化した。

ところが今年度、小さなムーブメントが起こった。
とある生命保険会社の新人女性(23歳)が、
私の職場の昼休みに定期的に顔を出し始めた。
礼儀正しく、和やかな明るさがあり、
いい意味で押しの強さがない、というか、
バリバリ女性にありがちなカドが無いことに好感を持った。

だからといって私は、気弱なのか、変なプライドのせいなのか、
単に面倒なのか、フレンドリーにはならない。いや、なれない。
チラシを机に置かれれば、「はい、どうも」と、
軽くお辞儀をする程度の対応だけ。
とはいえ、誰に対しても笑顔であいさつする彼女の健気な姿を見るたび、
「契約はとれてるのかな。がんばってほしいな。
オレは協力してやれないけど」と、無責任ながら心の中で応援していた。

ある時から彼女は、A5判のカラー用紙に手書きをしたペーパーを
配布し始めた。
そのペーパーには「おおしま通信」というタイトルがつけられていた。
彼女が、自分のことを知ってもらおうと思って始めた試みだった。

その内容に衝撃を受けた。
そこに保険の話は全くない。
あるのは、彼女のプロフィールと、中学時代から今に至るまで続けている
ソフトテニスの話だった。
驚いたのは、生年月日、血液型まで記載されていたことだった。
現代の個人情報保護社会に挑戦するような堂々とした内容だった。
そして、私と同じ、いて座のA型であることを知った。

「おおしま通信」第2号では、いちごカレーを食べたという話。
カレーもいちごも大好きだけど、
やっぱり別々に食べた方が美味しいですね、というありがちなオチに、
私が照れくさくなってしまった。

第3号では、アロマオイルにはまっているという話と、
唐突に出身小学校から出身大学までを列記していた。
第4号では、夜行バスで根室まで行ってきたという話と、
またしても唐突に自分の兄弟を紹介していた。

まさにブログに書くような内容である。
保険のことなど一切触れず、プライベート情報を書いている。
これが私の琴線に触れた。
面白すぎる。
保険外交員の女性が昼休みに配るチラシの概念を完全に覆した。

おおしま通信 

その後もきっちり毎週木曜日か金曜日に
「おおしま通信」は配布される。
先日ついに25号に達した。
その継続ぶりと律儀さには頭が下がる。
ほんとに素晴らしいことだと思う。
それと、手書きなのが実に良い。
文字フェチの私をくすぐるには十分なキュートな字体である。

私は札幌のとあるビルの4階で仕事をしている。
彼女はそのフロアの担当である。
おそらく300人くらいの人が勤務していると思う。
ということは、週に一度、300枚もの「おおしま通信」を
発行しているということだ。
毎週執筆し、A4判をコピーして、半分に切ってA5判にして、
という作業だけでも大変なことだ。

「おおしま通信」はその後も、ツボの話、早口言葉の話、
大通のビアガーデンに行った話、木下大サーカスを見た話など、
極めてプライベートな日常に触れた。
私はすっかり「おおしま通信」が楽しみになってしまった。

とある月曜日の昼休み、ふと気がついた。
「あれ?先週、おおしま通信、来てないんじゃないか」と、
いきなり隣の席の武藤氏に対して声を張り上げてしまった。
34歳である武藤氏は日頃から彼女と
比較的フレンドリーに会話をしており、
「おおしま通信」談義も時々している。
そんな武藤氏は、
「そうですね。先週はなかったですね。
 夏休みだったんじゃないですか。
 そんなに気になるなら、少し会話をすればいいじゃないですか」と、
苦笑しながら忠告してきた。
「いや、そういうわけにはいかないんだわ」と、
自らのどうしようもない羞恥心に屈するような返答をした。

こんなこともあった。
木曜日に「おおしま通信」の発行がなかった。
金曜日は朝から出張で、夕方に職場に戻ると、
机の上に「おおしま通信」が置かれていた。
あの喜びは疲れを吹き飛ばした。
私は愚かな中年だ。自他ともに認められても仕方ない。

それでいて、彼女の営業に協力してあげられないもどかしさ。
念のために申し上げておくが、恋愛感情などは全くない。
一生懸命な姿を応援しているだけだ。
強いて言えば、親戚のおじさんみたいな目でみているということだ。

「おおしま通信」を捨てずに保管している人は残念ながら
ごく僅かだろう。
職場内にある色つきペーパーやチラシ専用の廃棄スペースに、
「おおしま通信」が置かれているのをよく目にする。
そこは彼女が通る場所でもある。
彼女がそこを通るとき、捨てられているのを見たら、
どういう気持ちになるだろう。
それを想像したら、いたたまれない。
そこで私は、廃棄スペースに置かれた「おおしま通信」目にしたら、
別のチラシなどの間にはさめて見えなくする活動を
密かにさりげなく行っている。
私にできることはそれくらいのことだ。

「おおしま通信」は秋口からクイズを掲載することが増えた。
回答は翌週に発表されるパターンだ。
それがなかなか反響があるようで、
コミュニケーションを深めるツールとして功を奏しているようだ。

それはそれでいいのだが、
友達とハロウィン・パーティをしたとか、
久しぶりに実家に帰ったら兄が彼女さんを連れてきていたとか、
思わず微笑んでしまうような、どうでもいい話(いい意味で)を
私は期待している。

それはそれとして、毎週、楽しませていただいております。
ほんとにもありがとうございます。
保険外交員、また、23歳の女性として、
充実した日々を送られることを祈っています、LIFE GOES ON。

テーマ:日記 - ジャンル:日記


現在自宅で使っているパソコンは、購入してから丸2年になる。
インターネットとブログの更新ぐらいにしか使用しない私にとっては、
機能的には有り余るほど十分なパソコンだ。
ただ、購入の時点からずっと気になっていたことがある。
キーボードの使いにくさだ。

キーがフラットなため打ち込み感がなく、
また、打ちたいキーとともに、
その隣りのキーまで一緒に打ってしまうことが多かった。
さらに、文字キーの右側(テンキーの左側)の部分のキーの配置が
一般的なキーボードと少し異なることによって打ち間違いが多かった。

こうした使いにくさも、使っていくうちに慣れるのだろうと思っていた。
ところがいつまで経っても慣れない。
キーボード・ストレスは増すばかりで減ることはなかった。
このストレスを抱えたまま生きていくことで描ける未来は
明るいものなのか。
かといって、キーボードのみ買い換えるというのはいかがなものか。
パソコンに精通していない私にそこまでのフォローが必要なのか。
猫にコイン、あるいは、豚にパールではないのか。

そんなことを思いつつ、
インターネットでキーボードのサイトを見てみると、
実に多くの種類があり、価格も相当な幅があることを知った。
1,000円に満たないものも多く、
その程度のマネーでストレスが解消されるならば、
すぐに購入すべきだろうと思い、いくつかの店に見に行った。

私が求めているのは、最も標準的な配置がされ、打ち込み感が深いキー。
カタカタと打ち込み音がするタイプである。
そして、きっちり長方形で、余計な装飾のないシンプルなものがよかった。
ぱっと見て、ぱっと買って、ぱっと帰って、
パソコンにつないでストレス解消、と思っていた。

ところが、様々な種類のキーボードに見て、触れているうちに、
シンプルなデザインかつ深い打ち込みのキーボードは
決して多くはないことを知った。
さらに、黒軸、赤軸、茶軸など、キーの打ち込みの重さや
反発の大小によって様々な種類があることを知った。
購入してもまたストレス発生では意味がない。
まずは、「軸」というものを少し学習してから購入すべきと思った。

そんなこんなで時間を見つけては、あっちの店、こっちの店と、
10日間ほどキーボードな日々を過ごしているうちに、
価格が高いほど重厚感があって使いやすいと感じてきて、
結局、12,800円という身の丈以上といえる価格のものを購入した。
FILCO
というメーカーの「赤軸」仕様の製品だ。

新しいキーボード

これが実に良い。
12,800円は当初の予定では考えられないくらい高額だったが、
これでキーボード・ストレスが解消されたばかりではなく、
キーの深さと反発感が心地よくさえある。
ワイヤレスではなく有線なのも気に入っている。

             ◆

こんな私以上に大きな買い物をした男がいる。
我がバンド、ザ・ハート・オブ・ストーンのギタリスト、TNK氏だ。
写真撮影になると一点を見つめて
固まってしまう彼が購入したのはギターだ。
ギブソンの白いSGだ。

先日、購入したギターを「ぼくの新しい相棒」だとして、
写真付きでメンバーにメールが送られてきた。

今日、2週間ぶりにメンバーがスタジオ・イン。
私がスタジオに入ると、ベースのミチが嬉しそうに
TNK
氏のSGを見ながら、「いい音ですね」とつぶやき、
ドラムのダーオ氏はスタジオに入ってくるやいなや
「かっこいい!」と言い、まるで自分がギターを購入したかのように
SG
の解説を始めた。
おそらくメンバーみんなが望み、待っていた瞬間だったのだと思う。
メンバーはSGに対して心の中でつぶやいたことだろう。
「ザ・ハート・オブ・ストーンによォーこそ」と。

硬質でソリッドな音がして、
昨今の我々のサウンドに実にフィットしている。
SG
の形も、愛妻家であるTNK氏に似合っている。
以前からTNK氏に最も似合うギターはSGではないかと
メンバーで話していたことを思うと、
ある意味メンバーの思いが結実したともいえる。

20121209ギターケース 

ギブソンはギターケースも魅力的だ。
私はブランド名が表示された衣類や持ち物を身につけることは
したくない派(他人がそうしていることはなんとも思わない)なのだが、
ギブソンのギターケースだけは別だ。
ごくわずかな人にしか理解できない価値感ではあるが、
ギブソンのギターケースを持ち歩いているときは
勝手にちょっと気持ち良くなっている。

それはTNK氏も同じ思いだろう。
キブソンのギター・ケースを抱えて電車に乗ることも、
重い荷物ではあるが、ちょっとゴキゲンな気分になるだろう。

「期日前投票にもキダーケースを抱えていこうかと思う」
と彼は言った。
ギターを使う場面がないにもかかわらずだ。
もしかしたらギターを入れずにケースだけを持っていくのかもしれない。
彼の生き方は間違っていない。

テーマ:音楽のある生活 - ジャンル:音楽



| HOME |

Design by mi104c.
Copyright © 2012 トゥナイト今夜もRock Me Baby, All rights reserved.