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まずは、次のライブのお知らせを。

■2012年8月25日(土)18時スタート
celestone code vox(函館)/forelow(釧路)/まいご/
 BLACK VELDT GONER/またたび/Johnny輪島/
 THE HEART OF STONE
■前売1,000円 当日1,500

今回のライブも、十数年ぶりにやる曲と最近の曲を
織り交ぜた構成になりそうだ。
バァーンと音を出せばゴキゲンになるような、
そんなライブを目指して準備します。
よろしくお願いします。

            ◆

さて、ロンドンオリンピックが始まった。
興味がないわけではないが、ほとんど見ていない。
テレビを見るよりも他にやることがあるのが第一の理由だが、
第二の理由として、何時台にその競技がライブで行われるのか、
新聞の番組表からはよくわからない。

その競技を見てみようかとチャンネルを合わせてみれば、
予選だったり、あるいは前日のダイジェストだったりで、
何がどうなってるのか、面倒になってしまうためだ。
北島選手の100m平泳ぎもサッカーも、
夕刊を見てはじめて結果を知る、というような状態だ。

先日、ドラムのダーオ氏と二人で練習をした。
その日は、日本時間で早朝にロンドンオリンピックの開会式が
行われた日だった。

スタジオに入るなり、ダーオ氏から、
「開会式を見たかい?」と聞かれた。
CCRの「雨を見たかい?」及び、
ラヴィン・スプーンフルの「魔法を信じるかい?」に匹敵する
音楽性があふれる聞き方だった。

開会式に全く関心がなかった私は、「見てないね」と即答した。
ダーオ氏は、なぜにそんなことを聞いたのかと思ったら、
「開会式で、ゴッド・セーブ・ザ・クイーンが流れた」と、
誰かに伝えたかったんだ的な情熱のある口調で言われた。

「女王が来てるのに、ゴッド・セーブ・ザ・クイーンやるなんて
○○監督はすげーわ」と、
演出を担当したなんとかという映画監督を評していた。
オリンピックでノーフューチャーとは、さすがに驚く。

また、「アークティック・モンキーズも出てきた。
カム・トゥゲザーをやっていた」とも言っていた。
やはりイギリスにはロックが根付いている。
日本で言えば、オカモトズが「レモンティ」を
オリンピックで演奏したようなものだ。

ダーオ氏は、オリンピックの開会式を見ていながらも、
脳はロックの視点になっている。
ロック・リスナー、かつロック・ウォッチャーとしての、
彼の偏差値の高さを感じる出来事だった。

「ニューオーダーは出てないの?」と、
明らかにジョークと言える私の適当な返しに対しても、
「マンチェスター系はオリンピックに合わないんじゃないか。
それに、ビーディ・アイとかフジロックに来てるから、
オリンピックに出られないからね」と、真剣に回答。
オリンピックに出ることになっていたら、
フジロックに来ていないだろうとは思ったが、
フジロックを優先しているようなダーオ氏の見解を否定することは
ロックの危機をまねくと思った。彼はオールライトだ。

その後も、「ジミーペイジは北京五輪に出てきたのに、
母国のオリンピックには呼ばれていない」など、
北京五輪と比較してのロック的評価を繰り出したり、
「閉会式はエルトンジョンだな」など、真っ当な予測をしていた。
「オリンピックとロック」という本を出版してはどうか、
とさえ思った。

            ◆

今日は仕事で美唄へ行った。
美唄の関係者三人と「たつみ」にて昼食。
「とりめし定食」は、非常に美味しかった。
鶏ダシのコクと、焦げ目から漂う炭焼きの香りが絶品だった。

それはよかったのだが、オリンピックの話題となり、
「あの柔道の判定はひどいよね」とか、
「なんだか体操も調子よくないみたいですね」など、
私が全く知らない出来事について話をふられた。

「オリンピック、あまり見てないんですよ」と
素直には言えない空気感がそこにはあった。
そのため、「ああ、ああああ、あれですよね。あれはねえ…」や、
「いやいやいや、ほんとにもう、ねえ…」など、
極めて曖昧な反応でつなぎ、誰かこのトークを引き取ってくれと
願いながら、とりめしを食べた。

「それにしても、開会式でゴッド・セーブ・ザ・クイーンがくるとは
思わなかったですね」と、請け売りの情報を言いたくもなったが、
不信感をまねき、疎外感を味わうだけだと思い、発言を控えた。
この話に同意してくれそうなのは、美唄市はおろか、
空知管内全体でも100人に満たないだろう。
それでもロックは確かに生き続けている。
決してノーフューチャーではない。

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テーマ:音楽のある生活 - ジャンル:音楽


先日、一泊二日で留萌に行ってきた。
クロスバイクで行ってきた。
留萌までは片道約135km。
多少の寄り道をしつつ、行きも帰りも9時間をかけて走った。

余裕をもって朝5時30分に札幌を出発。
あいの里から、当別、月形、浦臼と国道275号線を北へ。
道路脇にはひたすら稲があった。
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120721留萌02 

最高気温は二日間とも25度くらいだった。

自転車をこぎ続けていると常に風を浴びるため、
決して暑くはない温度であり、
ほとんどの時間は長袖ルックだった。

行きも帰りも風が弱かったのが幸いした。
ペダルを踏み続けることがつらくなるということもなく、
実にフィール・ソー・グッドな気分で景色は流れた。

突然ばててしまい、走る力が無くなってしまわないように、
たいして疲れていなくても概ね20kmごとに休憩したり、
なんとなく寄り道したりしながら、
ワイルドサイドを走ることもなく、
ある意味、気持ちは意図的にだらだらさせながら、
焦らず、気楽に、安全重視で走り続けた。

留萌には午後2時30分に到着したため、市内をぶらぶらと散策した。
黄金岬を見下ろす高台では、アイスクリームを食べながら、
風の中で、そこにある景色を見るでもなく見ているうちに
眠ってしまったり、
120721留萌04

味わいのある坂道巡りをしたりして過ごした。
120721留萌05 


結果、初日は150kmを走った。


ビジネスホテルで狭い浴槽につかった後、午後6時から、
留萌のサブカルチャーを底辺で支えていないようで支えているような、
そんな素晴らしき知人達と飲み行為をした。
120721留萌07


留萌で最もメジャーな居酒屋「将軍」へ行った。
留萌の街は、あまり人が歩いていない。
なのに、将軍に来ると、留萌にはこんなに人がいるのかと毎回驚く。
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翌日も朝早くからクロスバイクにまたがり、ペダルをこぐため、
午後9時にはホテルに戻り、11時までにはスリープする予定だった。
ところが、サケトゥミーの参加者が増えることになり、
場所を、ベーシックながらアグレッシブに美味しい酒と焼き鳥を
提供してくれる居酒屋「夢物語」に移動して2次会。

そこでも、サブカルな知人に会ってしまってさらに気持ちは高まり、
時間はどんどん過ぎていく。
しかし、午後10時30分を過ぎたころから不安になってきた、
150kmを走ったのに、どこも痛みはなく、たいして疲れもない。
むしろ身体が軽い感じがして、逆に怖くなってきた。
翌朝、とんでもない痛みと重さが身体を襲うのではないかと思ったからだ。
そこからは、酒トゥミーから水トゥミーへと移行した。

「明日はクロスバイクを車に積んで送るから飲んでくれ」
などと言ってくれたサブカルな知人もいたが、
それではクロスバイクでの留萌旅は達成されないことになる。
留萌まで来た時点では、まだ途中なのだ。
ここはなんとしても自分に屈するわけにはいかない。

もうすぐ日付が変わろうかというとき、
場は盛り上がっているにもかかわらず、終了宣言をした。
楽しい時間だった。
ほんとに久しぶりに会った方もいて、
いい意味で変わらずに過ごしている感じがして嬉しかった。
付き合ってくださった皆さんにほんとに感謝しています。

就寝は午前1時。
起床は午前6時。
目覚ましが鳴る1分くらい前に目が覚めた。
そして午前6時30分に留萌を出発した。

留萌から小さな峠を越えて北竜町へ。
車でしか走ったことのない道を、
早朝に自転車で走っていることに不思議な興奮があった。

段々畑のような水田があり、
その横には波打つような道がついていることに気づいたのは、
自転車で走っていればこそだ。
120721留萌03

なんとしても札幌まで走破しなければと気持ちが昂ぶっていたせいか、
前日の遅くまでのサケトゥミーの影響は感じなかった。
ただ、サドルに触れる部分、つまり股間から太ももの裏の部分は、
結構な痛みがあった。
そのため、帰りはほとんど寄り道をしなかった。

北竜から雨竜、さらには新十津川までの道は、ほんとうに走りやすい。
車で走っている時には気づかなかったが、
北竜・雨竜間には、緩やかながら意外に長い上り・下りがある。
ここの下りは、今回の旅の中で最も心地よく感じた箇所だった。

新十津川・浦臼間は、10kmくらいだろうか、
国道がひたすら直線になっている箇所があることに気づいた。
この区間は、建物があまりないため、
美唄の国道12号線の直線道路よりも直線感が高い。

緩やかな風と柔かい日差しのおかげで快適だった。
当別まで戻ってきたとき、あと20kmと少しで旅は終わるのかと
少し寂しくなったほどだ。

120722留萌
帰りも行きと同じく9時間ちょうどで到着した。
登山と同様、それほど達成感はなかった。
ゴールすることより、走っている時の開放感や心地よさが好きなので、
ある意味、留萌にたどり着くため、
また、札幌に戻ってくるため走っていること自体が、
私にとっては達成なのかもしれない。

行きも帰りも9時間をかけて走ったが、
実際に走っていたのは7時間くらいである。
意外と、クロスバイクで7時間走るよりも、
車で7時間運転する方が身体へのダメージは大きいように思った。

家に着いてからのシャワーは最高に気持ち良かった。
そして女子プロゴルフを見た。
今年は飛躍するのではと秘かに期待していた木戸愛選手が初優勝した。
17番ホールでのバーディ・ショットは素晴らしかった。
その時の彼女の表情も実に清々しかった。
ほんの少し前までは、ひたすらクロスバイクをこぎ続けていたことが
嘘のように見入ってしまった。

こうして休日は終わった。
極めて月並みな言い方だが、休日はいいものだ。

テーマ:日記 - ジャンル:日記


日頃、音楽活動にエネルギーを注いでいるわりに、
私はあまり音楽を聴いていない。
音楽活動にエネルギーを注いでいない一般の人と比べても
明らかに少ない方だろう。

まず、通勤時にはほとんど聴かない。
イヤホーンが煩わしいこと、
なんだか周りがゴミゴミ、ガヤガヤしていて
音楽を聴く精神状態じゃないこと、
地下鉄の中でシャカシャカさせて周りに不愉快な思いを
させているかもしれない、などの理由による。

車の中では基本的にラジオを聴いている。
そのラジオ番組がつまらなかったり、
飽きたときに音楽を聴くことが多い。

先日、夜10時、スタジオでのひとり練習を終えての帰り道、
最初はラジオを聴いていたのだが、
なんとなく音楽が聴きたくなり、i-podをシャッフルでセット。
流れてきたのはコールドプレイの曲だった。
やがて次の曲に。家まであと5分くらいだ。
そこで流れてきたのが、ダリルホール&ジョンオーツの
「マンイーター」だった。

印象的なベースラインが車内に流れた。
思わせぶりなシンセサイザーが入ってきて、
ギターのカッティングがのっかってくる。
そして、夜の世界へと誘うようなラッパが鳴り響いた。

一気に引きつけられた。
そのせいで、家まであとわずかなところまで来ていたにもかかわらず、
マンイーターを聴きたいがために、家を通り越すことにした。

「マンイーター」が終わり、引き返そうかと考えたとき、
ポリスの「MESSAGE IN A BOTTLE」が流れてきた。
思いがけず、またしても夜の街が似合う曲である。

※世の中にベスト盤はあまたあるが、選曲、曲順、クオリティなど、
 これに勝るベスト盤はない。ベスト盤のお手本のような構成である。
ポリス/グレイテストヒッツ 

このままでは帰れないという気持ちが強くなった。
続いて、クリームの「Crossroads」のギターソロに魅了されてしまい、
帰るのをやめた。
車は国道275号線を東へ走り続け、結局、江別駅の辺りまで行き、
帰りは国道12号線を通って帰ってきた。
家に着いたのは夜11時30分。

平日の夜に何をやっているのか、と思いつつも、
これを「自由」というんだなと実感。
まさに、RIDE TO BE FREEな夜だった。

RIDE TO BE FREE

どこへ向かうあてなどわからず 景色はただ流れ去っていく
ゆううつな恋 見えない光 それでも夜は何度も来る
逃れられない苦しみの中で ほんとのやさしさの意味を知る
RIDE
TO BE FREE 心を開いたらつながるものがある
RIDE
TO BE FREE その手を伸ばすのさ たとえ届かなくても
思いはきっと何かに変わる

夢見る時代はもう過ぎたのに 今でも胸はざわついている
何を守って 何をあきらめた それでも夜は何度も来る
のり越えられぬ悲しみの果てに ほんとの希望の意味を知る
RIDE TO BE FREE 手と手をつないだら生まれるものがある
RIDE
TO BE FREE 難しいことじゃない 自分を解き放って
そのとき聞こえてくる歌がある

今日も街に風が吹き抜ける All My Life ここから始まる道
RIDE
TO BE FREE 心を開いたらつながるものがある
RIDE
TO BE FREE その手を伸ばすのさ たとえ届かなくても
思いはきっと何かに変わる


我がバンド、THE HEART OF STONEは、
90年代にやっていた曲から15曲をチョイスし、
年内にアルバムをリリースする予定である。
この「RIDE TO BE FREE」も収録される。

2009年にリリースしたアルバム「雨の交差点」は、
心身ともに行き詰まりのようなものを感じ始めた40代という
交差点に立たされて、さあどうする?というような曲が多かった。

「雨の交差点」リリース後の新曲は、「夏は終わった」
「はかない季節の太陽」など、絶望感や衰退感を歌ったものが多かった。
しかし、いつからか、なんとなく希望が見えるような曲を
歌いたくなってきた。
実際、昨年あたりからの新曲、「夜をどこまでも」「家路は春の訪れ」
「三日月の舟」などは、
もういい歳になった、それでもなお、いつかきっと、という思いを
反映させた曲である。

若い頃は、色々と欲しがるし、色々と考えすぎる。
それは決していけないことではないし、必要な経験だともいえる。
この歳になると、もう抱えきれない。
なんというか、枯れていくことを受け入れて、
気持ちがシンプルになったような、楽になったような気がしている。
そのために荷物をおろしたり、捨てたりして、
おかしな言い方だが、自ら選択肢を減らしたことによって、
自由になったような気がしている。

今に始まったことではないが、
日本の音楽業界は、ありきたりで、使い古された、焼き直しのような
恋愛の曲が圧倒的に多い。
また、安易に軽々と夢や希望を歌う曲が非常に多い。
20年以上もそんな状況なのに無くなることはない。
なぜなら需要があるからだ。

ロック・ミュージシャンにしても、
歌詞はとりあえず、それなりにカッコよければ意味なんかいいんだよ、
という人も少なくないだろう。

疲れて、歩けなくなって、でも旅は終わらないんだよ、とか、
線路はどこまでもは続いていないことを知って、
生きることが愛おしくなった、とか、
停滞の中でさまよい、でもここから意外としぶとくいきます的な、
そういう大人の曲が無さすぎる。

達観したり、総括するにはまだ早い。
そこまで大きな歌はまだ似合わないし、今後も似合わずにいたい。
大人の日常の苦悩と希望を感じさせる中年の曲が無さすぎる。
ソロでの清志郎や奥田民生氏やくるりなどの曲は、
この辺りの世界を実にさりげなく表現している
素晴らしい歌詞の書き手だと思う。

私もそういう曲を書くのだ、書きたいのだ。
ニーズはなく、ビジネスにもならない。
それでもやるだろう。
それでいい。
それがアマチュアであることの特権だ。

テーマ:作詞・作曲 - ジャンル:音楽


7月7日のライブ、リラックスして、非常に楽しんでできました。
見に来てくださった皆さんありがとう。
共演した松山くん、外園くんもありがとう。
このライブに声をかけてくれたマキシさんありがとう。

セットリストは次のとおり。
1 君はもういないのさ
2 LIFE GOES ON
3 家路は春の訪れ
4 ぼくは変わらずに暮らしてる
5 心配いらないぜ

20120707ライブ1 

これまで、ひとりでのライブは、どこか引け目があった。
幹はバンドであり、ひとり活動は枝葉のような気持ちがあった。
しかし今回は違った。
ひとり活動も幹として成り立つようなものにしよう、
という思いで充実していた。

10数人でいっぱいになる小さなスペースで、
まさしくお客さんに直接話しかけるように歌い、演奏した。
まだまだ荒さと詰めの甘さがあったが、
伸び伸びと実に気持ち良くできた。
20120707ライブ

会場の「らくら」さんは、アンティークでモダンで、
なぜか、なんとなく帰る気にならない、
不思議と居続けてしまうような落ち着きと柔かさのある空間だった。
トイレも素晴らしかった。
内装、置いてあるもの、照明、香り、そのすべての雰囲気が良かった。
20120707ライブ2 

ライブ後半のMCで夢の話になったとき、
「特に夢はないしなあ」と言った直後、いや違う、と思い、
「今日こうやって自分の音楽をやることができて、
観に来てくれる人がいること、これが夢だった。
だから今は夢がかなっている瞬間。今夜は最高の夜だ」と
いうようなことを言った。
心からそう思えた夜だった。

共演した松山くん、外園くんの卓越した技術は素晴らしかった。
20代前半ながら、音楽的なクオリティは高く、
場数も多く踏んでいる。
しかし、私は彼らに勝るものがある。
それは、失敗の経験と無駄の経験の多さだ。
これは大きな財産だ。
これを生かさなければ、なんのために生かされてきたのか、
生かしてくれた方々に申し訳ない。
いつだって旅の途中だと思えている。
それは幸せなことだろう。
ありがとうございました。

テーマ:ライヴレポ・感想 - ジャンル:音楽



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