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今回は、ブックレヴューでお願いします。

■池井戸潤「鉄の骨」(2009)
池井戸潤/鉄の骨
ゼネコンによる談合の話。
主人公は、大学を卒業し、入社4年の男性社員。
技術畑の社員で、現場での業務を担当していたが、
ある日突然、入札を担当する部署に異動となる。
そこで談合の表と裏を目の当たりにする。

談合というものを、やや誇大に描いているのか、
それとも実態に近い内容なのか、私にはよくわからない。
というか、談合なんて今もあるの?くらいの認識しかない私には、
リアリティが薄いという先入観を拭えないまま読み切ってしまった。

とはいえ、わかりやすいし、読みやすい。
550頁近くに及ぶ長編だが、
談合のほか、主人公と恋人の愛の行方や、
談合摘発を目論む検察庁の動きも絡め、
常にストーリーが展開していくので読み飽きない。

恋人の心が離れていく過程は、状況をうまく捉えているなと。
ただ、恋人が別の男性と逢瀬を重ねていく中で、
どこで一線を越え、で結局どこまでの関係になっているのかが、
途中から曖昧になる。そのモヤモヤ感のせいで、
深煎りコーヒーを飲んでも、話に深入りできなくなる。

登場人物のキャラクターの色分けは上手だと思う。
ところが驚くことに、主人公のキャラクターが一番わかりにくい。
普通の人を、普通に描きすぎて、没個性になっているというか。
それが影響してか、話の内容は、社会の暗部に関するものなのに、
なんとも平坦で、軽い感じがした。
海部俊樹に関することなのに、カルロス・トシキのことを書いてしまった。
とまでは言わないが、題材のわりに緊迫感や危機感がないかなと。

切り込みが浅い反面、さらっと、ひっかかりなく読めるし、
重たくない分、幅広い層に受け入れられると思う。
私の感想よりも、一般的な評価が高いことは間違いないだろう。
ただ、恋人の女性に対するモヤモヤ感は、納得していただけるはずだ。

■桐野夏生「ナニカアル」(2010)
桐野夏生/ナニカアル
第2次世界大戦中、陸軍報道班員の一員として、
インドネシアやシンガポールなどの戦地に赴いた実在の作家、林芙美子の話。
数々の資料に基づいた事実をベースにしながらも、
仮説と想像を駆使しまくり、大胆で奔放で身勝手な女性に描いている。

国家主導の下、戦地での様子を伝えるため、
作家を部隊に同行させ、新聞記者のような仕事をしたという事実が
あったことを、恥ずかしながら初めて知った。
軍部の監視により、戦争に否定的なことは書けず、
いわば部隊の一員のような存在であり、「ペン部隊」とも呼ばれた。
なお、梅沢富美男は、恋はいつでも「初舞台」である。

そんな状況にありながら、彼女は、ある新聞記者との恋愛に執着する。
夫がある身でありながら、激しく情念を注ぐ。
ともすれば、ただの身勝手な不倫物語になってしまいそうな内容だが、
桐野夏生が描くと、実に濃密で、エナジーあふれるものになる。

例えば、不倫相手の子を身ごもりながらも、夫にばれないように過ごし、
しばらく別居して出産。
夫には、赤ん坊を譲り受けたと説明し、養子として育てるという、
ぶっとんだ設定でさえ、苦しい時代を戦い抜いた女性の生き様として、
なぜか魅力的に思えてくるほどパワーがある。

また、作家なのに、軍部によって書く内容の自由を奪われ苦闘する心的描写や、
ジャワ島などの南方の島に住む日本人の豊かさと、その影にある過去など、
凄みをもって引きつける箇所もある。

ただ、ストーリーは、掘り下げ感が強い反面、
展開が遅く、かつ唐突で、全体としてリズムに乗りきれなかった。
歌も演奏も上手だが、メロディが退屈だったという印象。
アレンジも、行ったり来たりと、行き先知れずが多く、
間延びして、読書する集中力を高められなかった、というのが正直なところ。

とはいえ、文学としてのクオリティが高いことは間違いない。
もう一度読んだら、一回目に読んだよりも、
この作品に対する私の評価は上がると思う。
そういう意味では、手練れた作家だからこその、
深みのある、見えない「からくり」があるのかなと。
そして、最後にもうひとつ言わせてくれ。
恋のからくりは夢芝居だぜ。

■奥田英朗「無理」(2009)
        奥田英朗/無理
東北地方の人口12万人の都市に住む5人の話。
身勝手な生活保護者にうんざりしているケースワーカー、
引きこもり男に監禁された女子高生、
市民運動家と元ヤクザの取り巻きに手を焼く市議会議員、
信仰宗教にすがる48歳の独身女性、
元暴走族の悪徳セールスマン、の5人である。

5人は皆それぞれに、悩みや問題を抱えている。
この5人につながりはなく、個々に物語は進む。
そして、ラストでひとまとめになる。

面白い作品だった。
543ページの長編ながら、テンポが良く、展開が緩まないので、
1ページも飛ばしたくないと思ったし、読む速度も自然に速くなった。

現代社会が抱える問題に、ぐさっと切り込み、
それぞれの閉塞感のある日常を明確に捉えているのが良い。
そして、どこかでつまずいて、そこから悪い方へ悪い方へと流れていく。
ちょっとしたタイミングの悪さや、気持ちの弛みで、
自分にだって同じようなことが有り得るだろうと、
不安になったり、憂鬱になったりしながら読んだ。

5人全ての話が面白く、どんどん引き込まれていく。
ただ、残りページが少なくなっても、なかなか5人がつながらない。
逆にどういうエンディングを迎えるのかと期待する。
ところが、いくつもの伏線があって、最後につながったというものではなく、
5人を1箇所に集合させたようなエンディングだったのが消化不良。

そのせいか、読後の、心地よい重みのようなものがなかった。
むしろ、再出発するのか、それとも全てを放棄して転落するのか、
その先はどうなったのかを知りたくなるエンディングだった。
その先のことも含めて、5人それぞれで、5作品を作れたのではないかと
思えるほど、個々の物語は読み応えがあり、
十分に引き込まれるものだっただけに残念。

それでも十分に面白い。
主人公の5人以外にも、生活保護者の開き直りぶり、
宗教団体上層部の贅沢ぶり、
引退後も圧力をかける元市議会議員の長老の傲慢さなど、
妙にリアリティのある嫌~な感じを、いい角度で描いている。

店内をうるさく走り回る自分の子を注意もせず、
自分の携帯をいじっている御夫婦には、
ぜひ読んでいただきたい作品であります。

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この1週間で、札幌は一気に寒くなった。
クロスバイクを楽しめるのは、あと1か月もないだろう。
2010クロスバイク・ライフは、
5月に小樽、6月に浦臼と奈井江、7月に苫小牧と、
遠出の枠を広げることができた。

とはいえ、一筋縄にはいかなかった。
小樽へ行った際の復路は、あまりの強風に屈し、
平坦な道でクロスバイクを押して歩く屈辱を味わった。
浦臼へ行った際は、帰り道の
当別町にてクロスバイクのカギを紛失。
当別町内をさまよい、やっと見つけた自転車店でカギを壊してもらい、
なんとか帰宅した。
苫小牧に行った際は、予想外の寒さに風邪をひき、
7月下旬は、おとなしくしているしかなかった。

その後、フリーな時間は音楽活動と山登りに充てたため、
クロスバイクはすっかりご無沙汰になっていた。
ところが、9月半ばになり、サドンリ突然、
クロスバイクで遠出をしたい気持ちになった。
理由はわからない。
本能的に、心が、身体が、クロスバイクに乗れ、
いや、乗りまくれと言ってきたのだ。
それが今の私にとって、最もキモチEことなのだと言ってきたのだ。
それを止めるわけにはいかない。
それを止めることは不健全だし、不誠実だ。

9月18日土曜日。
この日は、夕方から用事があったので、
出かけたとしても、午後3時には家に帰ってなければならなかった。
外は、雨は降らないまでも、雲が低めに立ちこめていた。
そんな微妙な秋の日に、クロスバイクを小樽へと走らせた。

なぜ小樽を目指したかというと、
「橋三楼(はしさぶろう)」という店のあんかけ焼きそばを
食べてみたかったからだ。
私を動かすのは、女やマネーじゃない。
あんかけ焼きそばだ。

出発して30分後、通り雨に出くわした。
新川通を銭函方面へ走っている時で、
周辺に雨宿りができるような建物はなく、
もろに、モロ師岡、雨を浴びた。
その時間は10分程度だったと思うが、とても長く感じた。

Tシャツはずぶ濡れになった。
けれども、吸汗・速乾Tシャツを着用していたおかげで、
20分後には乾いていたのさ、WAO!

気を良くした私は、ジミ・ヘンドリクスの「パープルヘイズ」の
前奏を鼻歌で歌った。
しかし、前奏が終わり、歌部分に入ると、
まるで鼻歌に馴染まない歌メロであることに気づき、
歌メロを省略し、ワンコーラス目の後のギターのリフのメロディを口ずさみ、
鼻歌をやめた。

初めて小樽にクロスバイクで挑んだ時は、
銭函-桂岡間の坂と、張碓の坂の長さに手こずった。
ところが今回は、これらの坂が最も楽しめた。

坂道は長い。しかし、それほど急ではない。
上りは、呼吸がかみ合えば、息切れするほどのものではなく、
なんとなく登山をしている時のように邪念が消えていく。
下りの快感は、何に例えられよう。
これでしか味わえない解放感であり、
あまりの気持ち良さに、眠気まで感じるほどである。


「橋三楼(はしさぶろう)」は、
小樽市の松ヶ枝1丁目にある。
小樽の天狗山のふもとのような場所である。
小樽市内の国道5号線、入船十字街から、ひたすら登る。
この坂の方は、途中から勾配がきつくなる。
銭函や張碓の坂より、よっぽどきつい。
しかも、標高が上がり、途中から明らかに寒くなる。

橋三楼/店
この坂を登り切った辺りに店はある。
電柱に小さな看板があったから見つけられたが、
それを見落としたら、地図があったとしても、
見つけるのは決して容易ではないような奥まった住宅街にある。

で、肝心のあんかけ焼きそばである。
橋三楼/あんかけ焼きそば
うまいぜBABY。
やや甘めの家庭的なポピュラーな味ながら、
焼きの強さと、いい意味での豪快さがあり、
それでいて、あんが美しく、まさに料理人の作品であることを実感する。
土台がしっかりしており、そこらのあんかけ焼きそばとは、
ちょっと違う特別感がある。

なお、メニュー表には、「あんかけ焼きそば」という表記はない。
「五目焼麺」と表記されているのが、あんかけ焼きそばである。
値段は900円と、ちょい高め。
量は多い。一般的なあんかけ焼きそばの大盛り程度はある。

店内は、4つのテーブル席がと、カウンターが3席。
3席しかないカウンターは、微妙に面白い造りになっている。
11時30分には、満席になった。
雰囲気や会話内容からして、いずれも
小樽市民だったと思う。
市街地から離れた住宅街の坂の途中に、ひっそりと存在する中華食堂だが、
しっかりと地域に根づいた人気店である。
札幌から、これを目指して行く価値のある店だと思う。
私は、必ずや再訪するだろう。

店の看板には、「加利麺 橋三楼」と書かれている。

「加利麺」(かりーめん、と読むのか?)が、文字通り看板メニューなのか。
ならば、これを食べてみないわけにはいかない。
ただ、訪れる常連客の多くは、あんかけ焼きそばをオーダーしていた。
それでも、食べてみないわけにはいかない。

小樽には、私にとって、世界一のぎょうざと野菜炒めを提供する
「五香」(ウーシャン)という中華料理店もある。
小樽は、私にとって中華の聖地かもしれない。

札幌への帰り道、張碓の長い下り坂で、たまらない爽快感を味わった。
「生き地獄」という言葉があるが、
この坂道を下る感覚は、「生き天国」と言ってもいい。

なお私は、クロスバイクで遠出する時は、
歩道があれば、ほぼ歩道を走る。
歩道があるのに車道を走ることは滅多にない。
なぜなら、車を運転している人に、
「邪魔くせえんだよ」とか、「わきまえろっつうの」とか
思われたくないからだ。
その気持ちのまま、残り僅かなクロスバイク・シーズンを楽しみたい。

テーマ:おいしい店紹介 - ジャンル:グルメ


8月下旬のこと。
もう1か月近く前の話だけど聞いてくれるかい?
山登りの話だ。

7月、8月と、週末になると雨模様になることが多く、
山登りを予定するも中止にせざるを得なかったり、
またある時は、笹で登山道がふさがれて、やむなく途中で引き返したりと、
2010登山ライフは、ままならない状況だった。

しかし私には、音楽活動という、かけがえのないものがある。
それに力を注げば、登山ライフのストレスは忘れ、
すべてはオールライト・イェイベイベーになる。

タイミング良く、8月27日にライブが予定されていた。
この日は、1泊2日の社員旅行とバッティングしていた。
ライブの方が先に決まったので、社員旅行は参加しないことにしていた。

ところが、8月上旬になり、ライブが中止になったと
主催者から連絡があった。
ならば、社員旅行に参加しようかと考えた。
近いうちに、参加者の再確認の回覧がなされるだろうから、
その時に、参加に転じたと報告すればいい。

しかし、参加者の再確認は行われなかった。
いや、再確認は行われたらしい。
参加から不参加に変更になる者はいないかの確認はあった。
不参加者は既に確認の対象外だったのだ。

ならばそれでいい。
何も言うことはない。
組織の外で楽しめばいいだけのことだ。
そこで、羊蹄山に登るという予定を立てた。

心配なのは天気だった。
登山予定日1週間前の予報では雨。
またしても中止になるのかと、期待もせずに日々を過ごす。
登山予定日が近づくつれ、
曇りサムタイム雨 曇り、と好転してきた。
そして、登山当日の2010年8月28日。
天気予報は、曇りサムタイム晴れ。
現実は、ほぼ晴れとなった。

羊蹄山のスケールに圧倒された。
見える景色の広さと遠さが凄まじく、
空中庭園にいるような不思議な気分だった。

100828羊蹄山4   
北側は、日本海から積丹半島がはっきりと見えただけではなく、
増毛の山々まで見えた。
南側は洞爺湖がはっきりと見え、
東側は何だかよくわからないが、ひたすら遠くまで見えた。

100828羊蹄山1 100828羊蹄山2
そして、この見事なフォト。
同行者Aが、携帯電話についているカメラで私を撮影したものである。
「TARZAN」に掲載されていそうな出来である。
人が中心ではなく、全体の構図の中で人を上手に配置している。
景色の切り取り方も、凡人の感性とは違うなと。
写真はセンスなのだと改めて思う。

100828羊蹄山6
登山は往復9時間30分に及んだ。
別世界に行ってきたようだ。
一切の煩悩から解脱し、覚醒したような、
そんな圧倒的な体験だった。
下山後の温泉も、就寝前の疲労感も最高に気持ちが良かった。

この気持ち良さは、知らぬ間に心にまとわりついた煩わしいことを
追い出せたような感覚になったからこそのものだろう。
若い頃は、新たな知識や経験により、自分の世界を塗り替えていけた。
中年となった今は、新しいことで塗り替えるのではなく、
いらないものを追い出したり、捨てたり、人にあげたりして、
塗り替えていくべきなのかなと思う。
そうでなければ容量オーバーになる。
容量オーバーになりそうなならば、山に登ることだ。

テーマ:日記 - ジャンル:日記


9月20日、スピリチュアル・ラウンジのライブは無事終了した。
見に来てくださった皆さん、どうもありがとう。
 
演奏した曲は次のとおり。
1 夏は終わった
2 新しいギター
3 さよなら電車
4 洗車のブルーズ
5 空を見上げた昼下がり

100920ライブ1
それぞれミスがあったり、呼吸が合わなかった部分なども含め、
実力どおりのライブだったのではないだろうか。

ベースのミチ、ドラムのオダ氏がライブ後、
緊張して堅くなったと話していた。
花田裕之氏との共演ということで、
やはり胸が熱くなり、高まるものがあったとのことだ。
そういう気持ちでステージに立てたことは素晴らしいし、嬉しくもある。

そんな気持ちも知らず、私はMCにてこんなことを話した。
「花田さんとライブができることは非常に嬉しい。
 ただ、花田さんは今、会場にいるわけではない。
 我々の曲を聴くこともない。
 そう考えると、共演ではなく、
 花田さんと同じ日に同じステージに立つというだけのことで、
 ちょっと微妙なところはあるが、
 音楽活動をしていて、ほんとに良かったと思う」

このように実質的には対バン状態にないと、こぼしてしまい、
脱小沢がどうした、玉置浩二氏がどうした、AKB48がどうしたと、
世間話を始める始末。
また、「昨日ついに掛け布団を出したぜ」と、生活臭あふれる話で、
思わず不意に「~だぜ」口調を使用してしまう節操の無さ。

100920ライブ2
私は非常にリラックスしていたのだ。
いつものライブと同じように、いや、これまで以上に
緊張感もプレッシャーもなかった。
というか、屈託や迷いがなかった。
技術的レベルは高くはないものの、
どんな状況でも、自分の身の丈レベルのことは
確実に出せるコツみたいなものを、なんとなく掴んでいたからだ。

それは、8月以降高温続きで体調が良かったこと、
早起きを意識したこと、何事にも無理をせず過ごしたこと、
バンド練習のほか、一人でスタジオに入っての調整作業などにより、
心身とも、すっきりとした状態で臨めたことが要因である。

新しい曲は、まだ地に足が着ききらない土台の弱さはあれど、
使える曲だと確信をした。
これまでの曲も、以前より濃淡やノリを出せるようになったかと。
次のライブが、そして、次の練習も楽しみになるような、
先につながる何かを感じられたライブだったと思う。

100920ライブ3
花田氏のライブは、実に雰囲気のある素晴らしいものだった。
とにかく音が良い。
ずっとギターを手にしてきた人だからこそ奏でられるような
豊潤な音である。
そして、ディラン・ボブ的なラフなボーカルも、
大人の風格があるし、ワイルドな上品さも感じた。
それは生来のものや、ルックスによるところもあるが、
やはり、音楽に対する真摯な姿勢あってのものだと痛感した。

十何年かぶりにライブを共にした、ドゥエッカ・マーラーズも、
実に良いライブだった。
彼らの生活には、音楽というものがしみついてるのだと強く感じた。
でなければ、あのナチュラルさと深みは醸し出されないだろう。

9月2日の記事「入林届をチェックしろ」にて、
ドゥエッカ・マーラーズのボーカル、クスケンジ氏の名が、
定山渓天狗岳の入林届に記載されていたことを書いた。
そのことを彼に確かめたところ、やはり本人だった。

3、4年前から、突如登山にはまったらしく、
先日は、大雪山系黒岳にテント持参で1泊してきたとの話を聞き、
あまりの本格ぶりに圧倒された。
そんな感じで、山に関する情報交換と、日々の生活ぶりについて話した。

彼は今も、音楽を職業にしているようにしか見えない。
にもかかわらず、町内会の役員を務めるなど、
仕事や音楽とともに、地域の活動にもきちんと関わっていることに驚いた。
特に、国勢調査の調査員も引き受けざるを得なかったという話は、
感動に値するものだった。
「でも、町内会の人達、オレが音楽やってるなんて知らないからね」と、
クールにさらっと話すさまは、カッコいいとしか言いようがない。

それに対して、私のさまよいぶりは何なのだ。
しかも、ステージ上から「昨日ついに掛け布団を出したぜ」である。
しかし、それが私のナチュラルであり、
その路線を追求する方が、いい人生を歩めるような気がする。
君だって、きっとそうだぜ。

ライブを観てくださった皆さん、改めてどうもありがとう。
今回来られなかった方も、次はよろしくお願いします。
この世に様々な活動はあれど、やはり音楽活動はたまらなく良い。

テーマ:ロック - ジャンル:音楽


不思議なもので、仕事などで忙しい時ほど、
仕事以外のことをやりたくなる。
時間が取りにくいのに、あれもこれもやりたくなる。
そして実際に行動に移す。

その反面、フリーな状態におかれると、
なぜか何にもやる気がしなくなる。
抑圧こそが行動の動機となり、解放は怠惰へと向かうのか。

実は読書も、そんな傾向にある。
思う存分、読書ができる状況になると、逆に読書をせず、
何をするでもなく、だらだらと緩慢に、そして散漫に過ごしてしまう。
しかし、そんな日も必要だと思う。

結局、私はわかっちゃいないのだろう。
と同時に、わかったところで、どれほどの意味がある?
と思っているところもある。
わかることだけが人生じゃない。

というわけで、今回はブックレヴュー。

■野中広務・辛淑玉「差別と日本人」(2009年)
   野中広務・辛淑玉「差別と日本人」
元衆議院議員で被差別部落出身の野中広務氏と、
在日朝鮮人の辛氏による対談を中心とした作品。
対談というか、厳密に言うと、
辛氏が野中氏にインタビューをしているような展開になっている。

全体として、辛氏は自ら受けた差別の具体例を織りまぜながら、
ズバズバと核心に触れ、野中氏にダイレクトにつきつけている印象。
それに対して野中氏はやり込められ気味で、
言葉に詰まり、「…」状態になっている箇所がいくつかある。
その辺りを変に脚色せず、微妙なまま対談が途切れてるのが逆に良い。
        
野中氏は、部落差別について、あまり語っていない。
というか、意図的に踏み込んでいない感じがして、
その点は物足りないかなと。
ただ、野中氏の政治理念は、「機会の平等」ではなく、
「結果の平等」だと書かれている箇所は面白かった。

「結果の平等」のために、政治的な談合や裏取引などを画策し、
みんながそれなりに潤う、そうした構造を維持することに専心してきたと
評されている。
「平和や人権も、談合によって守ろうとしたのではないか」と、
辛氏が綴っているのは痛快。

本書において野中氏は、自身の政治家生活について、
問題解決や紛争処理ばかりやってきたと嘆いている。
しかし、町議、町長、府議、副知事、衆議と、
国・都道府県・市町村の全ての立場で、
ひたすら政治家の道を歩んできたわけで、
結局、好きでなければそこまでできないと思うのですが。

前記のとおり、辛氏の感情が先に走っている感じがして、
野中氏は押され気味なところがある。
ただ、それは野中氏の作戦かもしれない。
野中氏の腹の底に、もっと迫れたはずなのに、という気持ちは残る。
とはいえ、読みやすく、それなりの発見もある作品かと。

■宮部みゆき「小暮写眞館」(2010年)
   宮部みゆき「小暮写眞館」
東京の、とあるシャッター通り商店街。
その通りには、廃業となって誰も住んでいない古い写眞館兼住宅がある。
そこに引っ越ししてきたのが、夫婦と息子二人の4人家族。
上の息子は高校生。彼が主人公である。

前半は、心霊写真の解明が軸になったストーリー。
中盤以降は、主人公の恋と、家族が避けてきた過去との対峙を中心に
展開していく。

まず最初に出てくる感想。それは、
「宮部みゆきという人は、小説を書くのが上手だな」である。
キャラクターの作り方、出演者の登場のタイミングと
出演者間の関係の持たせ方、伏線の設定のさりげなさなど、
さらりとした熟練ぶりが際だつ。

例えば、登場人物は多いのだが、
「この人、誰だっけ?」と、前のページ戻って確認することなどない。
読み手の記憶に残るよう、見事に印象づけさせる。

登場人物が皆、嫌みがないことも、非常に好感を持った。
主人公の高校生と、その同級生の等身大加減が実に良い。
ディテールに凝りすぎることなく、
リアリティのない派手さや過激さを排除し、
普通の日常の一場面を、味わい深く描いている。

713頁に及ぶ長編。
ストーリーの面白さと、巧みな書きぶりに、長さを感じさせない。
かと思いきや、やはり長い。
正直、色々なことを盛り込みすぎで、展開がもたつくところもある。
特に前半は、内容的にちょっと退屈か。

しかし、中盤以降は、引き込まれた。
登場人物の行動も心情も、一気に転がりだしていく。

そして、ところどころ、ほろりとさせてくれる。
特に、終盤の、使い捨てカメラの交換にまつわるシーンは
胸が締めつけられるような切なさがある。

青春小説として秀逸。
というか、これぞ小説のお手本のようだ。
また、NHKで「夜のテレビ小説」なるものがあったとしたら、
実にはまりそう。

じんわりと心に響く形で、きちんと読者を納得させるような
エンディングも見事である。

■道尾秀介「光媒の花」(2010年)
道尾秀介/光媒の花
タイトルは「こうばいのはな」と読む。
6作の短編で構成されているが、
それぞれの作品につながりを持たせている。
かといって、連作とか長編とは、ちょっと違うような構成である。

どの作品も、主人公は閉塞感に苛まれた人。
その心に潜む狂気、というか影の部分を、
流れるように繊細に、それでいて濃密に描いている。
嫌な気配がつきまとうような薄暗い雰囲気ながら、
どこか甘美で麗しく、古典的な文学作品のようでもある。

特に引き込まれたのは、「虫送り」という作品。
兄は小学四年生、妹は小学二年生。
両親は共働きで帰りが遅い。
兄と妹は、夜になると、よく河原へ虫取りに出かけた。
ある日、橋の下に住んでいるホームレスに、妹がいたずらをされた。
動転した兄は、ホームレスの住居めがけて、
橋の上からコンクリート片を落とす。

翌日、そのホームレスが死亡したことを知る。
ある男が兄弟の前に現れ、いつも河原へ虫取りに行ってるのかと尋ねてくる。
その迫り来る恐怖の描き方が素晴らしい。
ドキドキし、暗澹たる気持ちになりながらも、
どうしても先を知りたくなる、強烈な引力のある作品だった。

また、小学生の語り口は、小学生らしい言葉と思考回路で、
女性教師が主人公の作品は、女性らしい語り口で、
子供言葉や女性言葉を用いずに、見事に雰囲気を出している。

これまでの道尾作品の中で、文章レベルが最も高い作品ではなかろうか。
なんでもない言葉で流れを作り、読者を導いていく技術は卓越している。
文章リズムが美しいというか、世界を持ってる人だなあと改めて感心。
なお、前記のとおり、作品のムードは薄暗いが、
優しさや希望が、物語を支えている。
2010年屈指の作品だろう。

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少し前までスポーツ選手や芸能人だった人が、
国会議員になった途端、
何の迷いも、少しの恥ずかしさもなく、
大物議員を「○○先生」と呼ぶ姿を君はどう思う。

どこか不健康な感じがする。
なんだか不健全に見えてしまう。
とりあえず、子供達に真似して欲しくないと思う。

しかし、突然入院をすることになったりなどしたら、
そんなことはどうだってよくなる。
健康を害すると、一方的に日常が奪われていく。

先日、しばらく音信が途絶えていた
当別町在住の知り合いから、
突然メールが届いた。
先日まで、病気により1か月ほど入院していた。
だいぶ回復した頃、外出許可が下りた。
なぜだか無性にラーメンが食べたくなり、
ふらっと、病院の近くにある「かまだや」というラーメン店に入った。
特に期待もしていなかったが、すごく美味しかった。
という内容だった。

この状況はよくわかる。
私も同じような経験がある。
20年前、骨折により入院した時のこと。
初めての外出の際、最初に向かったのはラーメン店だった。

病院から歩いて15分程度のところにある中の島の「すみれ」に行った。
味気ない病院食が続いていたため、格別に美味しかった。
人生において、そう何度も味わえないであろう種類の美味しさだった。
ただ、久し振りの強い刺激に、その後、腹をこわしたことも覚えている。

当別の知人が、ラーメンをすこぶる美味しく感じたということは、
健康になったということだ。
回復して、ほんとうに良かったと思う。
それを記念して、メールをもらった数日後に「かまだや」を訪問した。

■かまだや/ナガハマラーメン 600円
札幌市東区苗穂町4丁目 北13条北郷通沿い)
かまだや/店
事前情報なしに、なんとなく入店するには、ためらいそうな外観である。
暖簾にも、黄色の屋根っぽい看板にも、店名の表示がない。
しかし、「かまだや」という店名だということは以前から知っていた。
何がどうして覚えていたのか、自分でもよくわからない。

メニュー表の中で「オススメ」と書かれていた「ナガハマラーメン」をオーダー。
優しい味で、食べやすく飽きない。
臭みがなく、まろやかな旨みが、さっぱりと表現されている。
確かに、しばらくラーメンを食べていない、ちょっとロンサムな時に、
心の隙間を、暖かく埋めるような何かがある。
派手さはないが、よくまとまっている。

かまだや/ナガハマトンコツ
ただ、前のめりなくらいにラーメンを食べる気が満々だったり、
イライラするほどにガツンとくる刺激を求めている時には不向きだろう。
でも、刺激だけじゃ生きてはいけないだろ。
ラーメンを食べられる幸せをふと感じながら、
なんでもない一日が過ぎていく。
そんな時に相応しいラーメンかも。
なお、品名は「ナガハマラーメン」ながら、
麺は、黄色の中太、やや縮れで、
カテゴリー的には完全に「サッポロ麺」である。


■唐韻/坦坦麺 780円
札幌市豊平区美園4条7丁目 国道36号線沿い)
唐韻/店
店名は「とういん」と読む。
国道36号線と環状通が交差する辺りにある中華料理店である。
歯医者にあった、大人向けのやや高級感のある情報誌に掲載され、
坦坦麺が絶賛されていたことを記憶していたので訪問してみた。

唐韻/担々麺
美味しいです。
これまでに食べた坦坦麺の中で、間違いなくトップ5入りする。

ラーメンではなく、中華料理だと感じさせるところが良い。
ラーメン独特の麺臭さがなく、スープと上手く絡んでいる。

プースーは、甘さ控え目で、くどくなく、
それでいて、密度が濃く、ややとろっとしている。
辛さも酸味もすっきりとしており、
量が少なめなせいもあるが、飽きることなく、どんどん箸が進み、
気づいたら完食・完飲していた。


大衆中華というよりは、本格中華系で、
店内には、中国的な音楽が流れていそうな雰囲気なのに、
なぜかエンヤのような、ヒーリング瞑想系ミュージックが流れていた。

他の料理も食べてみたいと思わせる、静かなパワーのある坦坦麺だった。
なお、駐車場はないかもしれぬ。
その辺りの情報は、誰かのホームページかブログで調べていただきたい。
そこは他人任せでオッケイオーライ。

■hinata屋/つけ麺(300g) 750円
札幌市南区川沿12条2丁目 国道230号線沿い)
hinata屋/店
国道230号線沿い、川沿のラッキーの隣にある。
二郎風のラーメンがあるということで訪問したのだが、
その日はどういうわけか提供をストップしていた。
理由は不明。
なぜかを知りたいと思いつつ、「つけ麺」をオーダーすると、
券売機で買うよう指示され、寡黙に過ごすことを決めた。
hinata屋/つけ麺
ややあっさりめの魚介豚骨スープは、まとまりがある無難な味。
好みとしては、もう少し強さが欲しいところだが、
スープ割りにしたら、非常にしみる和風スープになった。
この雰囲気ならば、しょうゆラーメンも美味しいのではなかろうか。
麺は極太で、縮れが強い。インパクトがある。
麺臭さがなく食べやすい

品出しまでは、ちょっと時間がかかり気味。
また、客さばき的事情もあり、客の回転は良くないかなと。
恐縮です。
失礼しました。

■寅乃虎/とらのこらーめん 二ノ虎 750円
札幌市中央区南5条西24丁目)
寅乃虎/店
スパイシーなカレースープのラーメンがウリのお店。
「二ノ虎」は、あっさりタイプ。
こってりタイプは「一ノ虎」というメニューである。
なお、みそ、しお、しょうゆの三味もメニューにある。

美味しかった。スープまで完食した。
これまでに食べたカレー味のラーメンは、
ラーメンにルーカレーを入れた感じのものばかりで一体感がなく、
カレー味にする必然性に疑問を持っていた。
「二ノ虎」は、しっかりとスパイシーで、
きちんとカレー料理になっていた。
それでいて、スパイシー・テイストの後に、
和風ダシ・テイストが追いかけてくるのは素晴らしい。
寅乃虎/にのとら
麺は中太で縮れが強く、かため。
非常に好みであると同時にスープとの相性も良し。
なお、スープカレー的テイストではあるが、ライスに対するには弱い。
量はやや少なめながら、コンパクトに、きりっと締まり、
後味がすっきりしている点もよろしいかと。

美味しいラーメンに出会うと、嫌なことも忘れる。
美味しくラーメンを食べるためには、まず健康であることだ。
健康であれば、嫌なことを忘れるチャンスが増える。
その一方、不健康になったら、健康になることに集中し、
嫌だと思っていたことは、どうでも良くなるだろう。
というか、嫌だと思っていたことが、愛おしくさえ思うかもしれない。
そう考えると、今抱えている厄介事は、たいしたことじゃないのかもしれないぜ。

テーマ:ラーメン - ジャンル:グルメ


私は寒がりであり、暑さに対する耐性は高い方だ。
というか、ちょっと暑すぎるくらいが好きであり、
これまでも、扇風機が不要の人生を送ってきた。
この夏も扇風機いらずで過ごしている。

盆の頃は、今年も大して暑い日がないままに、
夏が終わっていくのかと、寂しい思いを抱いていた。
ところが、どうだい。
8月下旬に来て、暑さが増してるじゃないか。
しかも連日だ。
日中はまだいい。
夜がきつい。
風のない蒸し暑い夜が続く。
ついにうんざりしたぜ。

こうした暑さの最大の影響が、ブログの更新だ。
これまでにない更新間隔の大きさだ。
ネタはいくつもあった。
しかし、パソコンに向かえなかった。
パソコンの電源を入れると、部屋の温度が上がるという恐怖に屈したからだ。
それを回避するため、ちょっと横になってみる。
すると、知らぬ間に眠っている。
そんな夜を繰り返した。

そのせいで、意外と睡眠時間はとれており、夏バテとは無縁だ。
というか、考えてみれば、自然に眠れてしまう程度の暑さなのだ。
こんな甘えた生活を続けていては、
連日このページを開いてくれる数十人の読者の皆さんに失礼だ。
そこで今夜、ついに立ち上がったというわけだ。

     ◇      ◆      ◇

今シーズンは、山登りに行こうとする日に限って雨が降り、
断念せざるを得ないことが続いた。
こうなれば、天気に合わせて休むしかないと考えた私は、
確実に快晴になる日を見計らい、夏休みを取得することにした。
8月18日の話だ。

目指したのは、定山渓の奥地にある「無意根山」だった。
天気は、ずばりパーフェクトな快晴となった。
しかし、山登りはスムーズにはいかなかった。

まず、登山口の2kmほど手前の地点で、
土砂崩れにより、一般車両は通行止めになっていた。
やむを得ず登山口まで30分近く歩く。
ここでまたトラブルが発生。
登山口を見つけられないのだ。
道路工事をしている人に聞いても、わからないと言われた。
行ったり来たり、上ったり下ったりしているうちに、
歩き始めてから1時間ほど経過。

このままでは埒があかないため、
登山口の付近にある豊羽鉱山の事務所に行き、
登山口の場所を教えてもらった。
「この道を上がって、行き止まりのところを右に曲がったら
登山口の看板があるから。すぐにわかるよ」と、
60歳くらいの男性が、親切に気さくに教えてくれた。

ところが、登山口は、すぐになどわからなかった。
開かれた道があったので上っていくと行き止まりだったり、
周囲を歩き回れど、それ以外に上っていける道は見当たらなかった。
恥を覚悟で、再び豊羽鉱山の事務所を尋ねた。
すると、行き止まりのところを右に曲がってから登山口までは、
しばらく歩かなければならないことがわかった。
そして、やっと登山口にたどり着いた時には、
歩き始めてから2時間近くが経過していた。

登り始めてからは快調だった。

登山道は緩やかで、木々が日光をさえぎってくれた。
100818無意根山
1時間30分ほど上った中間点辺りで、無意根山の山頂が姿を現した。

と同時に、羊蹄山をはじめニセコ連峰の山々が、くっきりと見えた。
山頂では、とんでもなく美しく壮大な景色に出会えてしまうと確信した。
あまりに素晴らしい景色が待っていることが怖くなったほどだ。

ところが、である。
中間点付近から、別の意味でとんでもない景色に出会ってしまった。
笹である。
そこまでは、道は広めで、歩きやすかったのだが、
ある地点から、笹が両側から登山道を覆いかぶすように生えていた。
しかも背丈ほどの笹だった。
それでも、笹を分け入るようなところは、ここだけだろうと進んでいく。
ところが、いつまで経っても笹だらけ。
むしろ、先へ進むほど、笹は高くなり、
トンネルをくぐるような状態になってきた。
100818無意根山/笹 
中間点までは、笹が刈られていたのだ。
しかし、それ以降は手つかずなのだ。
おそらく、ずっとこんな状態だろう。
この笹では、道に迷う危険もある。
また、この日、私の先客登山者は1人だった。
その人が下山したら、巨大な山にひとりぼっちだ。

非常に残念だが、引き返すことにした。
最高の天気の日をチョイスして、わざわざ休暇を取ったのに、このザマだ。
残念だ。非常に悔しい。
しかし、登り続けるには危険すぎる。
惨めな思いで、2時間かけて、車を駐めたところまで戻った。

定山渓から車を駐めたところまでの道の途中には、
定山渓天狗岳の登山口がある。
定山渓天狗岳は、特異な形をした、極めて険しい岩山である。
難易度は極めて高いが、いずれトライしてみたいと思っていた。
せっかくこっちに来たので、登山口の位置だけでも把握していこうと思った。
100818定山渓天狗岳 
登山口を見つけ、参考にと、入林届のノートを見た。
すると、「熊を見かけた」、「とても危険。無理」などのメモが
いくつも見られた。
と、その時である。
入林届のノートの中に、知っている名前を発見した。
驚いた。非常に驚いた。
そこに書かれていた名前は「クスケンジ」だった。

9月20日のライブ出演者の中に、
「ドゥエッカマーラーズ」というバンドがある。
1990年前後、何度も一緒にライブをやったバンドである。
そこのボーカルが「クスケンジ」氏である。

滅多にない氏名である。
氏名とともに書かれた住所は、
札幌市内のものだった。
札幌市内で「クスケンジ」という氏名は、二人といないだろう。
彼とは15年くらい会っていない。
当時の彼は、まさにロックと酒と夜が絡みついたような雰囲気で、
登山とは最も遠い位置にいるような存在だった。
9月20日のライブの際は、
まず、このことを確認しなければならない。

やりきれなさの残るぐだぐだの一日だったが、
「クスケンジ」という氏名の発見によって、
今日という日が大きな意味を持った気がした。
どうしようもない気持ちをロックのつながりが救った。

テーマ:登山 - ジャンル:スポーツ



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