今回は、ブックレヴューでお願いします。
■池井戸潤「鉄の骨」(2009)
ゼネコンによる談合の話。
主人公は、大学を卒業し、入社4年の男性社員。
技術畑の社員で、現場での業務を担当していたが、
ある日突然、入札を担当する部署に異動となる。
そこで談合の表と裏を目の当たりにする。
談合というものを、やや誇大に描いているのか、
それとも実態に近い内容なのか、私にはよくわからない。
というか、談合なんて今もあるの?くらいの認識しかない私には、
リアリティが薄いという先入観を拭えないまま読み切ってしまった。
とはいえ、わかりやすいし、読みやすい。
550頁近くに及ぶ長編だが、
談合のほか、主人公と恋人の愛の行方や、
談合摘発を目論む検察庁の動きも絡め、
常にストーリーが展開していくので読み飽きない。
恋人の心が離れていく過程は、状況をうまく捉えているなと。
ただ、恋人が別の男性と逢瀬を重ねていく中で、
どこで一線を越え、で結局どこまでの関係になっているのかが、
途中から曖昧になる。そのモヤモヤ感のせいで、
深煎りコーヒーを飲んでも、話に深入りできなくなる。
登場人物のキャラクターの色分けは上手だと思う。
ところが驚くことに、主人公のキャラクターが一番わかりにくい。
普通の人を、普通に描きすぎて、没個性になっているというか。
それが影響してか、話の内容は、社会の暗部に関するものなのに、
なんとも平坦で、軽い感じがした。
海部俊樹に関することなのに、カルロス・トシキのことを書いてしまった。
とまでは言わないが、題材のわりに緊迫感や危機感がないかなと。
切り込みが浅い反面、さらっと、ひっかかりなく読めるし、
重たくない分、幅広い層に受け入れられると思う。
私の感想よりも、一般的な評価が高いことは間違いないだろう。
ただ、恋人の女性に対するモヤモヤ感は、納得していただけるはずだ。
■桐野夏生「ナニカアル」(2010)
第2次世界大戦中、陸軍報道班員の一員として、
インドネシアやシンガポールなどの戦地に赴いた実在の作家、林芙美子の話。
数々の資料に基づいた事実をベースにしながらも、
仮説と想像を駆使しまくり、大胆で奔放で身勝手な女性に描いている。
国家主導の下、戦地での様子を伝えるため、
作家を部隊に同行させ、新聞記者のような仕事をしたという事実が
あったことを、恥ずかしながら初めて知った。
軍部の監視により、戦争に否定的なことは書けず、
いわば部隊の一員のような存在であり、「ペン部隊」とも呼ばれた。
なお、梅沢富美男は、恋はいつでも「初舞台」である。
そんな状況にありながら、彼女は、ある新聞記者との恋愛に執着する。
夫がある身でありながら、激しく情念を注ぐ。
ともすれば、ただの身勝手な不倫物語になってしまいそうな内容だが、
桐野夏生が描くと、実に濃密で、エナジーあふれるものになる。
例えば、不倫相手の子を身ごもりながらも、夫にばれないように過ごし、
しばらく別居して出産。
夫には、赤ん坊を譲り受けたと説明し、養子として育てるという、
ぶっとんだ設定でさえ、苦しい時代を戦い抜いた女性の生き様として、
なぜか魅力的に思えてくるほどパワーがある。
また、作家なのに、軍部によって書く内容の自由を奪われ苦闘する心的描写や、
ジャワ島などの南方の島に住む日本人の豊かさと、その影にある過去など、
凄みをもって引きつける箇所もある。
ただ、ストーリーは、掘り下げ感が強い反面、
展開が遅く、かつ唐突で、全体としてリズムに乗りきれなかった。
歌も演奏も上手だが、メロディが退屈だったという印象。
アレンジも、行ったり来たりと、行き先知れずが多く、
間延びして、読書する集中力を高められなかった、というのが正直なところ。
とはいえ、文学としてのクオリティが高いことは間違いない。
もう一度読んだら、一回目に読んだよりも、
この作品に対する私の評価は上がると思う。
そういう意味では、手練れた作家だからこその、
深みのある、見えない「からくり」があるのかなと。
そして、最後にもうひとつ言わせてくれ。
恋のからくりは夢芝居だぜ。
■奥田英朗「無理」(2009)
東北地方の人口12万人の都市に住む5人の話。
身勝手な生活保護者にうんざりしているケースワーカー、
引きこもり男に監禁された女子高生、
市民運動家と元ヤクザの取り巻きに手を焼く市議会議員、
信仰宗教にすがる48歳の独身女性、
元暴走族の悪徳セールスマン、の5人である。
5人は皆それぞれに、悩みや問題を抱えている。
この5人につながりはなく、個々に物語は進む。
そして、ラストでひとまとめになる。
面白い作品だった。
543ページの長編ながら、テンポが良く、展開が緩まないので、
1ページも飛ばしたくないと思ったし、読む速度も自然に速くなった。
現代社会が抱える問題に、ぐさっと切り込み、
それぞれの閉塞感のある日常を明確に捉えているのが良い。
そして、どこかでつまずいて、そこから悪い方へ悪い方へと流れていく。
ちょっとしたタイミングの悪さや、気持ちの弛みで、
自分にだって同じようなことが有り得るだろうと、
不安になったり、憂鬱になったりしながら読んだ。
5人全ての話が面白く、どんどん引き込まれていく。
ただ、残りページが少なくなっても、なかなか5人がつながらない。
逆にどういうエンディングを迎えるのかと期待する。
ところが、いくつもの伏線があって、最後につながったというものではなく、
5人を1箇所に集合させたようなエンディングだったのが消化不良。
そのせいか、読後の、心地よい重みのようなものがなかった。
むしろ、再出発するのか、それとも全てを放棄して転落するのか、
その先はどうなったのかを知りたくなるエンディングだった。
その先のことも含めて、5人それぞれで、5作品を作れたのではないかと
思えるほど、個々の物語は読み応えがあり、
十分に引き込まれるものだっただけに残念。
それでも十分に面白い。
主人公の5人以外にも、生活保護者の開き直りぶり、
宗教団体上層部の贅沢ぶり、
引退後も圧力をかける元市議会議員の長老の傲慢さなど、
妙にリアリティのある嫌~な感じを、いい角度で描いている。
店内をうるさく走り回る自分の子を注意もせず、
自分の携帯をいじっている御夫婦には、
ぜひ読んでいただきたい作品であります。
■池井戸潤「鉄の骨」(2009)

ゼネコンによる談合の話。
主人公は、大学を卒業し、入社4年の男性社員。
技術畑の社員で、現場での業務を担当していたが、
ある日突然、入札を担当する部署に異動となる。
そこで談合の表と裏を目の当たりにする。
談合というものを、やや誇大に描いているのか、
それとも実態に近い内容なのか、私にはよくわからない。
というか、談合なんて今もあるの?くらいの認識しかない私には、
リアリティが薄いという先入観を拭えないまま読み切ってしまった。
とはいえ、わかりやすいし、読みやすい。
550頁近くに及ぶ長編だが、
談合のほか、主人公と恋人の愛の行方や、
談合摘発を目論む検察庁の動きも絡め、
常にストーリーが展開していくので読み飽きない。
恋人の心が離れていく過程は、状況をうまく捉えているなと。
ただ、恋人が別の男性と逢瀬を重ねていく中で、
どこで一線を越え、で結局どこまでの関係になっているのかが、
途中から曖昧になる。そのモヤモヤ感のせいで、
深煎りコーヒーを飲んでも、話に深入りできなくなる。
登場人物のキャラクターの色分けは上手だと思う。
ところが驚くことに、主人公のキャラクターが一番わかりにくい。
普通の人を、普通に描きすぎて、没個性になっているというか。
それが影響してか、話の内容は、社会の暗部に関するものなのに、
なんとも平坦で、軽い感じがした。
海部俊樹に関することなのに、カルロス・トシキのことを書いてしまった。
とまでは言わないが、題材のわりに緊迫感や危機感がないかなと。
切り込みが浅い反面、さらっと、ひっかかりなく読めるし、
重たくない分、幅広い層に受け入れられると思う。
私の感想よりも、一般的な評価が高いことは間違いないだろう。
ただ、恋人の女性に対するモヤモヤ感は、納得していただけるはずだ。
■桐野夏生「ナニカアル」(2010)

第2次世界大戦中、陸軍報道班員の一員として、
インドネシアやシンガポールなどの戦地に赴いた実在の作家、林芙美子の話。
数々の資料に基づいた事実をベースにしながらも、
仮説と想像を駆使しまくり、大胆で奔放で身勝手な女性に描いている。
国家主導の下、戦地での様子を伝えるため、
作家を部隊に同行させ、新聞記者のような仕事をしたという事実が
あったことを、恥ずかしながら初めて知った。
軍部の監視により、戦争に否定的なことは書けず、
いわば部隊の一員のような存在であり、「ペン部隊」とも呼ばれた。
なお、梅沢富美男は、恋はいつでも「初舞台」である。
そんな状況にありながら、彼女は、ある新聞記者との恋愛に執着する。
夫がある身でありながら、激しく情念を注ぐ。
ともすれば、ただの身勝手な不倫物語になってしまいそうな内容だが、
桐野夏生が描くと、実に濃密で、エナジーあふれるものになる。
例えば、不倫相手の子を身ごもりながらも、夫にばれないように過ごし、
しばらく別居して出産。
夫には、赤ん坊を譲り受けたと説明し、養子として育てるという、
ぶっとんだ設定でさえ、苦しい時代を戦い抜いた女性の生き様として、
なぜか魅力的に思えてくるほどパワーがある。
また、作家なのに、軍部によって書く内容の自由を奪われ苦闘する心的描写や、
ジャワ島などの南方の島に住む日本人の豊かさと、その影にある過去など、
凄みをもって引きつける箇所もある。
ただ、ストーリーは、掘り下げ感が強い反面、
展開が遅く、かつ唐突で、全体としてリズムに乗りきれなかった。
歌も演奏も上手だが、メロディが退屈だったという印象。
アレンジも、行ったり来たりと、行き先知れずが多く、
間延びして、読書する集中力を高められなかった、というのが正直なところ。
とはいえ、文学としてのクオリティが高いことは間違いない。
もう一度読んだら、一回目に読んだよりも、
この作品に対する私の評価は上がると思う。
そういう意味では、手練れた作家だからこその、
深みのある、見えない「からくり」があるのかなと。
そして、最後にもうひとつ言わせてくれ。
恋のからくりは夢芝居だぜ。
■奥田英朗「無理」(2009)

東北地方の人口12万人の都市に住む5人の話。
身勝手な生活保護者にうんざりしているケースワーカー、
引きこもり男に監禁された女子高生、
市民運動家と元ヤクザの取り巻きに手を焼く市議会議員、
信仰宗教にすがる48歳の独身女性、
元暴走族の悪徳セールスマン、の5人である。
5人は皆それぞれに、悩みや問題を抱えている。
この5人につながりはなく、個々に物語は進む。
そして、ラストでひとまとめになる。
面白い作品だった。
543ページの長編ながら、テンポが良く、展開が緩まないので、
1ページも飛ばしたくないと思ったし、読む速度も自然に速くなった。
現代社会が抱える問題に、ぐさっと切り込み、
それぞれの閉塞感のある日常を明確に捉えているのが良い。
そして、どこかでつまずいて、そこから悪い方へ悪い方へと流れていく。
ちょっとしたタイミングの悪さや、気持ちの弛みで、
自分にだって同じようなことが有り得るだろうと、
不安になったり、憂鬱になったりしながら読んだ。
5人全ての話が面白く、どんどん引き込まれていく。
ただ、残りページが少なくなっても、なかなか5人がつながらない。
逆にどういうエンディングを迎えるのかと期待する。
ところが、いくつもの伏線があって、最後につながったというものではなく、
5人を1箇所に集合させたようなエンディングだったのが消化不良。
そのせいか、読後の、心地よい重みのようなものがなかった。
むしろ、再出発するのか、それとも全てを放棄して転落するのか、
その先はどうなったのかを知りたくなるエンディングだった。
その先のことも含めて、5人それぞれで、5作品を作れたのではないかと
思えるほど、個々の物語は読み応えがあり、
十分に引き込まれるものだっただけに残念。
それでも十分に面白い。
主人公の5人以外にも、生活保護者の開き直りぶり、
宗教団体上層部の贅沢ぶり、
引退後も圧力をかける元市議会議員の長老の傲慢さなど、
妙にリアリティのある嫌~な感じを、いい角度で描いている。
店内をうるさく走り回る自分の子を注意もせず、
自分の携帯をいじっている御夫婦には、
ぜひ読んでいただきたい作品であります。
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