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まずは、8月7日(土)の留萌でのライブについてお知らせを。

○ 
日時 2010年8月7日(土)13時30分
       ザ・ハート・オブ・ストーンの出番は、16時30分~17時10分
       他の出演バントは不明。

○ 場所 
留萌市開運町1丁目だろうか。
       ベスト電器留萌店の斜め向かい側の空き地、というか、
       住友生命留萌ビルの隣の空き地。
       風雨等により、野外でのライブが困難となった場合は、
       ライブハウス「ニューポート」にて実施。


○ 昨年5月にリリースしたCDシングル収録の3曲と、
    昨年12月にリリースしたCDアルバム収録の3曲ほかを演奏予定。
   ぜひ見に来てください。
   よろしくお願いします。

       ◇      ◆      ◇

さて、今回はブック・レヴュー。
よろしくどうぞ。

■大沢在昌「ブラックチェンバー」
   大沢在昌/ブラックチェンバー 
ブラックチェンバーとは、
現行の法律では捜査に限界のある国際的犯罪を摘発し、
犯罪者を排除するとともに、犯罪資金を没収することを目的とした、
超法規的な世界組織、という設定。
ある犯罪を撲滅すると同時に、
その犯罪による利益を横取りするということで、
正義と強欲を両立させた組織と位置づけている。

主人公は、ブラックチェンバーに
強引にメンバー入りさせられた元刑事。
彼は、ある違法取引を追って、バンコクへ。
次第に犯罪の全容が見えてくる。
そこには世界の人類を巻き込む恐るべき計画があった。

大沢作品を住宅に例えれば、
構造的に基礎がしっかりしているのに加え、すこぶる気密性が高い。
そのため、外からのすきま風をシャットアウトして、
ストーリーの核がぶれることなく、
しっかりと作品の世界に呼び込んでくれる。
この安定感と安心感はさすが。

相変わらず文章もかっこいい。
ピンと背筋の張ったクールな文体は、ストーリーに関係なく楽しめる。
裏組織の実態を、きっちり調べ上げてることにも圧倒される。
ブラックチェンバー自体は、
正直リアリティのない組織の感が拭えなかったが、
それを取り巻く裏組織の有り様は、実にリアリティがある。

とはいえ難点もあった。
登場人物が多く、また、読むほどに関係が複雑になっていくため、
ある程度まとめて読まないとわからなくなっていく。
また、会話シーンが多いのだが、誰のセリフなのかが、
大沢作品にしてはわかりにくかった。
それと、ブラックチェンバーなるものを、
世界をまたにかけた強力な秘密組織のように描いているが、
終盤は、ちゃちい組織のように思えてしまったのが残念。

■中村文則「何もかも憂鬱な夜に」
中村文則/何もかも憂鬱な夜に
主人公は拘置所に勤務する刑務官。
赤ん坊の時に親に捨てられ、施設で育った。
施設で一緒に過ごした親友は、高校生の時に自殺した。
拘置所で目を掛けた犯罪者は、出所してすぐにまた犯罪に手を染めた。
そうした様々な過去に囚われ、それを乗り越えられない鬱屈とした日々。

そんな中、施設で一緒に過ごしたかつての恋人から、
結婚が決まったと聞かされる。
また、現在、拘置所で面倒を見ている殺人犯は、
かたくなに控訴することを拒む。
そうした状況に置かれた一人の刑務官の、
いずれ何かをやらかしてしまいそうな不安定な、すさんだ心を描いている。

過去への固執、受け入れられないことへの焦燥と絶望、
それらが生み出す黒い衝動と暴発は、
徹底してネガティヴで、ひたすらにネイキッドである。
こうしたところに抵抗感や不快感をおぼえ、
この作品に全く馴染めない方は多くいるだろうと思われるし、
見方を変えれば、ネチネチと自分の世界で勝手に苦悩してろ!と、
一刀両断されるような内容でもある。
しかし私は、誰もが決して表には見せない、心の底にある闇を、
よくここまで言葉で表現したものだと引き寄せられた。

また、死刑というものに対する考え方、
死刑を執行する刑務官の心理、
死刑執行を待つ死刑囚の心理などの描写は秀逸。
読むのをやめられなくなるスリリングさがある。
と同時に、我々の生活は、
こういうことを誰かに任せた上に成り立っているのだと痛感する。

現在と過去が行ったり来たりして場面がいきなり変わったり、
同じ内容の苦しみを繰り返し表現したり、
やけに面倒に書いているわりに抽象的だったりと、
わかりにくい箇所もあるが、
それらも含めて、何か危険なラインを越えるときのような
妙なゾクゾク感が全体を覆う孤高の作品だ。

■辻村深月「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。」
辻村深月/ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ
主人公は30歳の「みずほ」という女性。
職業はフリーライター。女性雑誌で小さな記事を担当している。
みずほの幼なじみの女性チエミが、ある日忽然と消えた。
チエミの家には、チエミの母が刺殺されていた。
チエミは重要参考人として、大々的に報道されたものの、
半年も経つと、誰もチエミの話題などしなくなった。

そんな中、みずほは、失踪を続けるチエミを探し始める。
そして、チエミの交友関係を調べていくうちに、
事件の真相が明らかになっていく。

実に惜しい作品だと思う。
しっかり読ませてくれるし、内容も面白い。
心理描写の捉え方などは、繊細かつ迫力があると思う。
ところが、いかんせん気密性が低い。
文章は上手だし、素材もいいのに、つながりが弱く、
すきま風が吹き込むような構成になってしまっている。

読者は歩くようなスピードで、じっくり読んでいるときに、
いきなり筆者は、別方向へ飛行機で行ってしまったような感覚。
なんというか、読者を置いて、場面や発想が飛躍してしまうのだ。
そして、その発想に至った根拠が弱い。
確固たる背景や、納得のいく裏付けに乏しく、
読者の呼吸よりも、筆者の感情が先走っている感じがするのだ。

読んでいくうちに、こうした読者と筆者との間の隙間は埋まるが、
そこに至るまでの時間がもどかしいし、書き方として粗末かなと。
なんとも非効率で、読者に突きつける雰囲気に乏しいのだ。
これは、彼女の癖なのだろう。
以前に紹介した「太陽の坐る場所」でも同じような感想を持った。

とはいえ、女性の持つ仲間意識や嫉妬、歪んだ親子関係など、
ほんとに上手に捉え、巧みに文章にしている。
随所に、キラリと輝く才能を感じさせるところがあり、
しっかりと足跡を残すような書きぶりではある。
それだけに、筆者と読者の間の隙間を埋めるような、
気密性の高い展開が伴えば、
とんでもなく良い作品を書きそうな気がする。

結構厳しい評論をしたが、この作品は面白い。
ちょっと角田光代っぽかったり、桐野夏生っぽいところはあるが、
辻村深月にしか描けない世界観がしっかりとある。
今後の彼女の作品を追いかけてみたい気持ちになった。

それと、タイトルがすごく良い。
というか、彼女のこれまでの作品タイトルは、総じて私好み。
「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。」というタイトルの理由は、
物語の終盤にならなければわからないが、
なかなかいいところをついているなと。
それだけに、このタイトルが、もっと象徴的なものとなるように
描けたんじゃないかとも思ってしまう。
今後も期待しています。

      ◇      ◆      ◇

8月7日(土)の夜は留萌に宿泊する。
つまりは、留萌ライブも、留萌ナイトの楽しむということだ。
ライブを観る人は10人いるだろうか。
それでもいい。
とは言わない。
10人だと、さすがに辛いものがあるだろう。
せめて11人いてほしい。
その一人の差で、テンションはかなり違うだろう。
そういうもんだろ、ロック・ミー。


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テーマ:読んだ本の紹介 - ジャンル:本・雑誌


7月25日、清水ミチコ氏のライブを観に行った。
彼女は、モノマネと音楽をベースにしたエンターテイナーである。
ここ数年は彼女のライブを観たい気持ちが高まり、
何度かチケット入手にトライしたが、
仕事の都合がつかずに行けなかったり、
チケット完売の憂き目にあうなどで、実現していなかった。

そうしたことを踏まえ、今回は発売初日の午後に、
コンビニエンス・ストアにてチケットを購入した。
ところが席は「な」列。21列目だった。
やはりプレイガイドで購入しなければ、
前の方の席を獲得することはできないのかと腑に落ちない気分だった。

100725清水ミチコ/チケット
ところが、後で知ったのだが、
チケットは初日でソールド・アウトだったらしい。
そのせいで、同じ日に追加公演をすることになった。
追加公演も、ほぼ売り切ったようだ。

彼女は、テレビ出演が多くはない。
テレビ出演するとしても、
ドラマのチョイ役だったり、リポーター的役目だったりで、
モノマネ・パフォーマンスを目にすることはほとんどない。
にもかかわらず、発売初日ソールドアウトだ。
予想外の人気に驚いた。

その人気ぶりが、十分に納得できる素晴らしいライブだった。
ピアノを弾きながらのモノマネ、
トークによるモノマネ、
カラオケによるモノマネ・メドレー、
映像によるモノマネとトークなど、非常にバラエティに富んでいた。

彼女のモノマネは、声が似ているのが、もちろん基本なのだが、
歌い方だったり、発音だったり、仕草だったりという雰囲気を
似せているものが多い。
例えば、研ナオコの「かもめはかもめ」における冒頭の
「あきらめました」の「あ~き~」のところ。
喉がイガイガした感じで歌うところなど、ほんとに素晴らしかった。

森山良子のモノマネも圧巻だった。
「さとうきび畑」における「ざわわ、ざわわ」。
「ざ」ではなく、ところどころ「ず」に近い「ざ」で発音したり、
「さとうきびばたけ」の「ば」は、「ぶ」に近い「ば」で発音する。
それだけではなく、ピアノ演奏だけによる歌自体に感動した。
こんなに良い曲だったのかと、改めて気づいた。
同じく、いしだあゆみ「ブルーライト・ヨコハマ」、
一青窈「もらい泣き」など、本人が歌うよりも確実に良い曲に聞こえた。

つまり、清水ミチコ氏は、かなり歌が上手ということだ。
それに加え、魅力のある歌唱だということだ。
そしてモノマネしつつも、その加減がいい。
誇張はするが、下品にならず、決して行き過ぎない。
変に感情も入れず、独自の世界を作り出していく。

ピアノ演奏だけでの、松任谷由実の「ノーサイド」は、
最初のうちは、ユーミンの特徴を前に出した王道のモノマネだったが、
途中からは、ボーカルの良さに胸をうたれ、涙が滲んだほど。
ミーシャの「EVERYTHING」は、あまり似ていなかったのに、
歌唱力だけで泣けた。

この日最高のパフォーマンスは、「真矢みき」ではなかったか。
声も喋り方も、クリソツだった。
いかにも、真矢みきが言いそうなセリフを盛り込み、
後半は、どんな話題になっても、「あきらめないで」に持ち込む。
とりあえず今年はこれだけで食っていけると思わせるほどの、
時代を捉えた圧倒的なパフォーマンスだった。
くれぐれもテレビで浪費してほしくないと本気で思う。

100725清水ミチコ/会場ポスター
客層は、女性が70%くらいで、中高年の方が中心だった。
どんなツールで彼女を知り、パフォーマンスを見ているのか、
非常に気にかかるところだ。

決定的な用事がない限り、次回もぜひ見に行きたい。
優れたエンターテイメントを味わったという満足感とともに、
良い経験をしたという気持ちがある。
若い世代も見てほしいと思う反面、
これぐらいの人気が丁度いいとも思う、
そんな貴重な存在である。
あきらめないで。

テーマ:ライブ - ジャンル:お笑い


不安定な天気が続いている。
今にも雨が降りそうな空なのに、結局降らずに終わったり、
曇り一時雨の予報なのに、延々と雨が降ったり。

どうせ当たらないのだろうと思いつつも、天気予報を気にする。
新聞でも、レディオでも、テレビでも天気予報を見る。
そんな日々の中で、天気情報を知りたい以外の理由で、
天気予報を見る時がある。

テレビ朝日で平日の朝放送している「やじうまプラス」なる番組で、
天気予報を担当している女性に注目している。
この女性は、加藤真輝子さんというテレビ朝日の女子アナウンサーである。
昨年4月から担当しているらしいが、私が着目し始めたのは、
今年の6月くらいからである。

目がやや大きめで、両目の間隔がやや狭め。
いつもスカート姿で、きれいに痩せているところなど、
私のスタンダードな好みとは異なる。
ならば、私のスタンダードな好みは、
目がやや小さめで、両目の間隔がやや広め。
いつもズボン姿で、不用意に贅肉があるということなのか、
となるわけだが、その通りである。

彼女は、表情が実に良い。
出会いのツールがフォトグラフだったのなら、
全く気に留めず、通り過ぎるだけの存在だっただろう。
あの表情が、声が、口調が、琴線に触れたのだ。

口調に甘ったるいところがなく、
はきはきと、まるで訴えかけるかのように、
何度も小さく頷きながら喋る。
天気を伝えようとする気持ちが、純粋に伝わってくる。
要は、誠実で一生懸命なのだ。
その一生懸命さが、心地よいのだ。
一生懸命さを支える知識や意欲が、きちんと備わっているのだ。

そうした基礎的な力が伴わず、また、才能やセンスに乏しい人が
無闇に一生懸命になる姿は、ときに痛いし、ときに哀れである。
見ているこっちが辛くなったりする。

加藤真輝子アナの天気予報を見る私の目は、
恋愛感情的なものではない。
応援したくなるような、見守りたいような、そんな感じである。

ただ思うのは、毎日見ているから、
親しみや情を感じるようになったのかもしれない。
たまにしか見ない存在だったら、あるいは、
天気予報ではなく、薄っぺらなバラエティだとしたら、
彼女の素晴らしさに気づいただろうか。

例えば、NHK平日夜9時から放送している「ニュースウォッチ9」。
その番組で、スポーツコーナーを担当している一柳アナ。
しばらくは、毎日テレビに出る人にしては、
きらっとしたものがない地味な人だと思っていた。
ファンデーションが、彼女のキャラのわりにはやや濃いところも、
無理に頑張っちゃっている気がして、ちょっと辛かった。

ところが、毎日のようにニュースで目にするとともに、
時々、スタジオから出て、現地を取材しているシーンなどを見ていたら、
意外にポップだったり、気丈な面があったりして、
次第に引き寄せられるようになった。
ファンデーションが、彼女のキャラのわりにはやや濃いという、
ちょっと垢抜けない感じも、完全にプラス要素に変わった。
反復と継続、その中での意外性は、魅力的なものになっていくのだ。

NHKの女子アナウンサーは、
人口10万人規模の市役所の職員のような雰囲気の方が多い。
江別市役所や千歳市役所にいたら、すんなりと馴染みそうである。
と同時に、役所の中で、それなりに目立つ存在になるだろうと想像する。
テレビ的華やかさと、大都会ではない庶民感覚という二つの要素の間で、
うまく折り合いをつけたタイプの女子アナウンサーなのだ。
ただ、NHKの支局(室蘭とか北見とか)のリポーターは、
あまりに素人然としている。
要は下手である。
もう少しテレビに耐えうるだけのアナウンスの実力を備えてほしい。

加藤真輝子アナに話を戻そう。
彼女は、岩手県の出身である。
名門、盛岡一高を卒業している。
彼女のバックボーンの一部でも知りたいと思い、
盛岡一高出身である唯一の知人、
YKO・オブ・N山(ワイケーオー・オブ・エヌヤマ)氏に、
盛岡一高について尋ねた。
彼は、盛岡一高の沿革から、今年の夏の甲子園予選の
勝ち上がり状況まで話してくれた。

また、現在職場で、隣の席にいる「H川(エイチカワ)」氏は、
岩手県釜石市の出身である。
加藤アナに興味を持つまでは、H川氏に岩手のことなど聞かなかったが、
この1、2か月くらいは、頻繁に岩手の話題に持っていく。
突如、岩手に目覚めた私を不審に思っているかもしれないが、
名産品や文化、自然など、岩手のあれこれを話しているうちに、
非常に行ってみたくなった。

加藤アナの天気予報を、ぜひ一度ご覧いただきたい。
わかりやすく伝えようと、気持ちを込めて話している姿は美しい。
あの純粋さ、あの必死さが伝わるからこそ、
毎朝仕事に向かえるのかもしれない。

そして、仕事から帰り、一段落すると、
NHK一柳アナの、ちょっと垢抜けない雰囲気に癒される。

こんな日々は幸せなのか、それとも寂しいのか。

それを論じても意味はない。
今日も外は雨だ。

テーマ:女子アナ - ジャンル:テレビ・ラジオ


風邪をひいている。
ピークは日曜日で、少しずつ良くなってきているが、
しばらく風邪をひいていなかったせいか、
風邪に対する耐性がゆるみ、うまく馴染めず、戸惑っている。

咳をすると、これほど肺や心臓にダメージがあるものなのかと、
それが怖くて、慎重に咳をしている。
身体も関節も硬くなっていたり、
皮膚がひりひりする感じがあったりで、
ちょっとした身体の動きにも、慣れない妙な苦痛が伴う。

久し振りの風邪にSO BADだ。
今回の記事も、久し振りに蕎麦にしたい。

■道香庵(札幌市北区太平6条5丁目 東8丁目篠路通り沿い)
道香庵/店
肉そば(750円)を食べた。
肉そばの肉は豚肉である。
そばのチョイスにおいて、メジャー度は高くはないだろうが、
私の場合、まずは海老天を狙い、価格で折り合いがつかなければ、
肉そばを探すほど優先度が高い。
暖かいそばには、かしわより、豚肉の方が合うような気がしている。

道香庵/肉そば
道香庵の肉そばは美味しい。
蕎麦の太さは普通。
普通なのだが、きちんとしたノーマルさと外食的本格感が融合し、
安心感のある味。
つゆは、やや甘めで、どちらかといえばあっさりめ。
これまた、きちんとしたノーマル感がある。

こうしたノーマル感を特別なものにするのが豚肉である。
炭焼きにしたような香ばしさが、そばとも、つゆとも、うまく絡み、
夢中で食べてしまう。
そんな魅力的な一品である。
なお、豚肉は量も多いが、脂身も多い。
それと、オーダーからそばが出てくるまで、ちょっと時間がかかるぜ。

訪問したのは冬の初め。
つまり半年以上前である。
ここまで掲載しなかった理由は、写真がぼけていたからである。
ピントの合った写真を撮ろうと、この半年に何度か訪問を試みた。
ところが、ことごとく店は閉まっていた。
基本的には午後7時までらしいが、
午後6時台に開いているのを見たことがないし、
土日は、午後3時でも閉まっていたりする。
どうすりゃいいのさ、サマータイムブルース。

■千歳八天庵(新千歳空港ビル内)
千歳八天庵/肉そば
新千歳空港のレストラン街にある店。

こちらでも、肉そば(682円)を食べた。
いい意味で主張がない庶民的な味。
ひっかかりがなく、なんとなく食べきってしまう感じ。

豚肉は丁度良く茹で上がり、素朴に存在。
六切れ入っていたが、うち一切れは、100%脂身だった。
食べて欲しくて入れたのか、気づかずに入れたのか、
「いいから入れとけ」という気持ちで入れたのか、
食べている時間の半分近くは、そのことを考えていた。
そのうち食べ終わってしまった。
100%脂身の肉は残した。
伝票を手に取る。
レジへ行く。
しばらくレジに誰も来なかった。
やがてレジに店員の方が来たのでお金を支払う。
おつりを財布に入れているうちに、
店員の方は黙ってレジから去って行かれました。
誰に気に留められることもなく、静かに店を出た。
そして、搭乗口へ向かった。
旅立てジャック。

■大番(札幌市中央区大通り西1丁目 さっぽろテレビ塔B1)
大番/天ぷらそば
安くて、盛りが多い店として、
一部の道民から絶大な支持を得ている店。
昼時は行列が当たり前。
平日の夜でも、入れ替わり客はやって来る。
その全てが男。
この店では、男しか見たことがない。

カウンターのみのスタンド形式っぽいそば店で、
オーダーからそばが出てくるまでが早い。
そのため、オーダーした順番とそばが出てくる順番が逆転するのも
気にならない。

つゆはマイルドで、醤油味が濃すぎないところが食べやすい。
ただ、そばの量が多いこともあり、
この中庸テイストなつゆは、後半ちょっと飽きるかも。

■小がね(札幌市豊平区豊平8条9丁目)
小がね/天ぷらそば
天ぷらそば(850円)は、クセがなく食べやすい。
つゆはあっさりしており、懐かしベーシックな感じ。
海老の天ぷらが大きいのは、やはり嬉しい。
これだけで贅沢気分を味わえる。
海老の天ぷらの大きさは重要だ。

小がね/カツ丼
こちらの店の看板メニューがカツ丼(900円)。
写真にあるとおり、カツはライスにオンされておらず、
別皿になっている。
これは室蘭スタイルらしい。
この店も、本店は室蘭にあるらしい。

玉子と玉ネギが控え目なのが良い。
カツのつゆは、柔らかい甘さがあり、くどくない。
結構な大きさのカツだが、重たさがなく、
最後まで美味しく食べられる。
リピートしたい一品である。

こざっぱりとした雰囲気の中に、ほのぼのとした素朴さがあり、
昔ながらのそば屋らしさにあふれた店だと思う。

こちらの店の住所が豊平8条9丁目。
私が19歳、20歳の頃住んでいたのと同じ住所だ。
当時、この店はなかった。

住んでいたのは、もう25年くらい前であり、
まだ東豊線の工事に着手していなかったような気がするし、
現在、きたえーるがあめる場所は、ぽつぽつと墓地があったのを
はっきりと覚えている。
現在、ショッピングモールになっているところには木工所があり、
鉄工所や倉庫があったところはマンションになった。

何かをしたいのに、それが何かはわからなくて、
お金はないわ、サークル活動など見向きもしないわで、
周りの大学生に比べて、キャンパスライフを楽しんでいないのは
歴然としていて、何かぎらぎらした感情がありつつも、
自分がどうなっていくのか見当がつかない宙ぶらりん状態だった。

でも、それはそれで懐かしく、
あの頃の気持ちを味わいたくて、豊平8条9丁目に行ってみる。
ところが、その地域はあまりに変わりすぎていて、
悲しいかな、あの頃の気持ちにタイムスリップしない。
と同時に、現在も、自分がどうなっていくのか
見当がつかない宙ぶらりん状態にあることには
変わりないことに気づくのだった。

テーマ:ご当地グルメ - ジャンル:グルメ


17日からの3日間、土日+祝日(海の日)で3連休という方も
多かっただろう。
私もその一人だった。
この3連休に、クロスバイクで留萌に行き、1泊してこようと考えていた。
少し前から考えていたわけじゃないぜ。
4月から、この連休に照準を合わせていた。
この夏の最大イベントに位置づけていたのさ。


通常の土日で行くことも不可能ではない。
ところが、なんらかんらと必ず用事が入る。
土日を完全なフリー状態にするのはかなり難しい。
そんな中、私のわがままと、
バンドのメンバーなど各方面の皆さんの協力により、
17日、18日とフリーな2日間を確保した。

1週間前の天気予報では、両日とも曇りだった。
ところが、予定日が近づくにつれて、雨予報に変わってきた。
というか、日々、予報は流動的だった。
さらに、天気予報業者によって、予報内容が異なるなど、
何に頼ったらいいのかと、落ち着かない日が続いた。
ぶれる政治家にはすっかり慣れたが、
ぶれる天気予報には慣れていないんだぜオレは。

ところが、16日金曜日になり、
留萌は「17日夜から18日いっぱいまで雨」で、
各業者の予報は一致した。
こうなると、私も従うしかない。
留萌行きはあえなく断念した。

休日と天気との巡り合わせの悪さに、怒りにも似たやりきれなさを感じた。
しかし、自然には逆らえない。
私は自然には従順だ。
自然と私の関係は、完全に縦社会だ。
自然の掟の中で生きることに疑問を持たない。

そういうわけで、留萌行きは実現できなかった。
思えば昨年9月も、留萌行きを雨で断念している。
完全にフリーな2日間と、雨が降らない2日間が重なる確率は、
極めて低いのだろう。
奇跡と呼ばなければならないほどの確率なのかもしれない。

留萌行きを断念した私に与えられたのは、フリーな2日間である。
札幌付近は、17日に雨は降らない。
ならば、クロスバイクに乗るべく高まっていたテンションとエナジーを
別の地に向けて放出すべきと考えた。
そこで、クロスバイクでの苫小牧日帰りを敢行した。

「君の代わりは誰にもできない」ことは、
時代は変わろうとも、飽きもせず歌われてきている。
もうほんと、そんなことはわかってるから、と思っているのに、
毎年、誰かがそういうことを歌う。

苫小牧に、留萌の代わりはできない。
それは十分承知していたが、この熱いハートを鎮める方法が
わからなかったのさオーライ。


苫小牧までは70km弱。
基本的に平坦な道であり、昨年、千歳まで往復したことや、
今年、奈井江、浦臼を往復した実績から、特に不安はなかった。
しかし、意外に苦戦した。

行程はずっと国道36号線で、
札幌市東区を出発し、白石区豊平区清田区北広島市と進むのだが、
延々と市街地を進むため、信号待ちの回数が多い。
そして、歩道と車道の境目の段差が非常に多い。
この段差は軽いジャブのようなもので、
回数が多いと、結構なストレスになってくる。

また、
清田区から北広島市まで、
具体に言えば、清田の西友から、北広島の大曲のインターまでは、
車で走っていると、あまり気づかないが、
延々と緩い登り坂になっており、クロスバイクでは結構な難所である。
向かい風だったこともあるが、このしつこい坂には苦しめられた。

さらに、苫小牧に着くまでずっとそうだったのだが、車の量が多かった。
特に大型車が目立ち、常に騒音がつきまとったため、
気分爽快とはいかなかった。

予想以上に時間がかかったものの、なんとか苫小牧に到着。
マイ・クロスバイクに初めて太平洋を見せてやれた。
100717苫小牧 

昼食は、マルトマ食堂で「ホッキ丼」を食べようと決めていた。

以前訪問した際は、看板メニューであるホッキカレーを食べたが、
他の客が食べていた「ホッキ丼」が美味しそうに見えて、
次は必ず「ホッキ丼」を食べようと決めていた。
マルトマ食堂が近づき、最後のカーブでハンドルをきる。
そこにあった光景がこれだ
100717マルトマ食堂

並びすぎだろって。
時刻は午後1時頃で、ピークは過ぎたくらいかと思っていたら、
この人数だ。
見えるだけで30人はいた。
さらに、建物の中には20人くらいは行列をなしているはずだ。
あまりのマルトマ人気の前に、私は撤退を選択した。
そして食べたのが、「北寄玉」だ
北寄玉

新しい苫小牧名物とすべく開発された商品である。
ご存知の方もいるだろう。
見た目は、たこ焼きのようである。
ただ、けっこう小さい。ミートボールくらいの大きさである。

これにどれくらいの大きさのホッキが入っているのかと
期待して口の中へ。
「あれ?ホッキ入ってた?」
これが素直な感想だった。
ホッキを見つけようと意識して食べるとわかるが、
「北寄玉」という商品名ではなく、事前情報なしに食べたら、
ホッキが入っているとわかる人はかなり少ないと思われる。

味は妙にクリーミー。
ほたてクリーミーコロッケの中身のようである。
それでいて皮は妙に厚い。
なんとなく家庭で作った創作料理っぽかった。
たこ焼きとは根本的に違う不思議なテイストである。

苫小牧自転車専用道路
苫小牧市内は走りやすかった。
片側3車線の国道36号線沿いは、
車1台が余裕で通れるような広い歩道に加え、
このような自転車専用道路も設置されている。
5kmくらい設置されていたのではないだろうか。
ガタガタしたところがなく、歩行者もいないので、非常に走りやすかった。

    ◇      ◆      ◇

往路で予想以上に時間がかかったため、
特に探索もせず、帰路についた。
そうしたのは、もうひとつ理由がある。
寒かったからだ。
秋の夕方みたいな寒さだった。

往路で、苫小牧に近づくにつれて、
確実に気温が低くなっていくのを実感した。
苫小牧市内をぶらついているうちに、寒さで鳥肌が立ったり、
その一方、暑さによるものではない嫌な汗ばみを感じたりしてきた。

苫小牧を出発して千歳に着く頃には、
鼻の奥というか、上あごのあたりに違和感をおぼえ始めた。
恵庭に着く頃には、その違和感が不快感に変わり、
鼻づまりをスタートにして風邪をひくパターンの典型状態になった。

風邪の進行は早く、帰宅時の鼻水は鮮やかなイエロー。
夜中は、鼻づまりで何度も目が覚めた。
翌日日曜日は、完全に風邪のど真ん中状態で、身体もだるく、
ほぼ一日中横になっていた。
24時間中18時間くらい眠ったのではないだろうか。
新聞で昨日の苫小牧の最高気温を見ると、20.2度だった。

こうして、留萌にクロスバイクで行く予定をしていたホリデーは、
苫小牧に行って風邪をひき、寝込むという結果となった。
そうして迎えたホリデー3日目。
午前中、携帯電話が鳴った。
その内容は、留萌でライブをやらないか、というものだった。

留萌でライブをやるのは念願だった。
以前から、留萌の知人達には、ライブの話があればお願いしますと、
よく話をしていた。
やっと話が届いた。
8月7日土曜日だ。
野外ステージだ。
詳しくは別途お知らせします。

雨と風ならぬ、雨と風邪にやられたホリデーだったが、
最終日にきて朗報が舞い込んだ。
クロスバイクでの留萌行きは天気の巡り合わせが悪く断念したが、
ライブという形で留萌行きが決まった。
不思議な巡り合わせだ。
嬉しい。非常に嬉しい。
嬉しさのせいか、鮮やかなイエローだった鼻水は、
CCレモンくらいに薄くなった。

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7月に入ってからの札幌は、なかなか晴れない。
完全な日照不足だ。
曇りがちなだけではなく、
連日、もしかしたら雨が降るのでは、という雰囲気がある。

天気予報も、あてにならない。
特に、週間予報など意味がない。
意味がないどころか、混乱させているだけだ。
政局よりも混乱している。
例えば、2日後は晴れの予報だったのに、
翌日には、その日が雨の予報になっている。
そして、その日がくる。
結果的に、くもり時々晴れだったりする。

この天気と予報の不安定さは、心までも不安定にする。
特にこの時期、休日となれば
山登りのチャンスをうかがっている私にとっては、
ビッグなストレスである。

私は、少しでも雨が降る可能性があったり、
雨はなくとも、雲で山がまるで見えません状態だと、
山登りは簡単に断念する。
そのため、予定が立てられなかったり、予定を変更することの連続だ。

休みは限られている。
それに、何かと忙しい。
会期中の国会議員よりは忙しいだろう。

そうなると、晴れは望めなくても、
時間を捻出して、山に出かけるしかないのだ。

今シーズンは2回しか登っていない。

チャンスは5回くらいあった。
うち2回は天候不良で断念、
うち1回は起床した時、あまりの疲れに断念した。

やはり、山登りはいい。
心を覆う嫌なものが取れていくような、
気持ちがさっぱりと清められるような、そんな感じがする。
それに最近じゃ、「山ガール」なる女子も増えてきたとか言うじゃないか。

先日は、恵庭岳に登ろうと出かけた。
前記の天候不良で断念したときは、いずれも恵庭岳がターゲットだった。
恵庭岳は支笏湖の北側にある、鋭角的な形をした剛健な山である。
家を出た時は、恵庭岳の姿がうっすらと見えていた。
ところが、国道453号線を南下するにつれて、もやが激しくなった。
国道でこの状態なら、恵庭岳など完全に雲の中だろうと思い断念。
道を引き返して、定山渓方面へ向かい、札幌岳に登った。

1007札幌岳1
終始、薄曇りの天候だった。
頂上からは、遠くに雲の上から頭を出した羊蹄山が見えた
札幌岳は、その行程において、眼下の景色が見える箇所はない。
頂上について初めて景色が見える。
昨年登った印象では、倒木が多く、また、道が荒れていて、
あまり印象は良くなかったが、
今回は、すごく良いコンディションだった。
途中には、こんなに美しい林道もある
1007札幌岳2

今シーズンは、ほかにシャクナゲ岳に登った。
シャクナゲ岳は、
共和町蘭越町の境界辺りにある。
6月半ばに登ったのだが、
笹が道を覆うわ、雪解け水で道はべちゃべちゃで、散々な状態だった。
二度と来るか!と怒りさえもおぼえたが、

途中にこんなに美しい沼があったりするから困る
100619長沼

なお、札幌岳でも、シャクナゲ岳でも、山ガールは見かけていない。
札幌岳で見かけた女性は、50代と60代のみ。
シャクナゲ岳では、女性はおろか、男性にも一人も会わなかった。
土曜日であったにもかかわらずだ。

ほんとに山ガールは増えているのだろうか。
昨年、20代、30代の女性登山者は、たまに見かけた。
しかし、現在、山ガールという言葉でイメージされるような
カラフルさはなかったり、ブーツなどの本格度にも乏しかった。
50代、60代の「山おばさん」の方が、よっぽどカラフルだし、
結構いいジャケットやブーツを着用している人を目にする。

おそらく、「山ガール」とは、ファッション・オンリーだったり、
ライトなアウトドアを楽しむタイプと、

実際に山に登る行動派に分けられるのだろう。
そして行動派の割合は少なく、
しかもメジャーな山を、熟練した男の導きの中で目指すから、

マイナー路線の私は出会えないのかもしれない。

ところで、20代、30代の女性登山者が「山ガール」ならば、
40代の私は「山オヤジ」になるのだろうか。
屈辱的な呼ばれ方だ。
「中年」と呼ばれるのは、全くその通りであり、差し支えないが、
「オヤジ」と「おっさん」と呼ばれるのは、極めて抵抗がある私にとって、
「山オヤジ」は、かなりのダメージだ。
というか、千秋庵じゃあるまいし。
笹の葉かついで、鮭しょって出てくるわけでもない。
笹の葉かついで、鮭しょって出てくるのは熊である。
そんな熊に襲われる山オヤジにだけはならないよう気をつけたい。

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私の選ぶ「2008・ブック・オブ・ザ・イア」
グランプリを獲得した、湊かなえ氏の「告白」。
これが映画化され、現在上映されており、先日見に行ってきた。

わざわざ映画化したことの意味を感じさせる映像の妙は、
あまり感じなかったが、
やはり、映画館の巨大スクリーンによる迫力はあった。

良くも悪くも、小説から想像される小数点のような端数は、
映像では切り捨てられ、ポイントが明確になっていく。
それによって、女性教師の冷酷さ、中学生の不愉快さは、
小説よりもくっきりと浮かび上がっていた。
これは、R-15じゃなきゃしょうがないと思わせる「どぎつさ」があった。
自宅でDVDで見ても、この「どぎつさ」は感じるはず。
徹底して救いようがないのが、逆に功を奏した作品だと改めて感じた。

さて今回はブック・レヴュー。
よろしくどうぞ。

■桐野夏生「IN」
桐野夏生/IN
2009年作品。
主人公は、女性小説家。

彼女が現在執筆している作品は、
今はもう亡くなった男性小説家の、かつてのベストセラー作品に
登場する不倫相手の女性を題材にしている。
そのベストセラー作品は実話であると話題になり、
不倫相手の女性も実在したと言われた。

主人公である女性小説家は、不倫女性は誰だったのかと、
取材に駆け回る。
ただ、不倫女性は他界しており、なかなか情報が集まらない。
一方、女性小説家自信も不倫をしており、
自らの不倫と小説の中の不倫女性を微妙に重ねる形で、
欲望、憎悪、執念、情念など、様々な感情を綴っている。

桐野作品には珍しく、サクサク読めなかった。
あらすじや登場人物が混沌としており、ちょっとわかりにくい。
また、展開が停滞し、だらだらと行ったり来たりする場面があり、
本から離れられなくなるような引き寄せ度は低めだったかと。

ただ、やはり文章は秀逸。
用いる言葉のチョイスは別格に上手いし、
静かに圧倒していくようなリズムの作り方は見事。
いい大人であっても、恋愛に本気になればなるほど、
ちょっと滑稽で、コミカルになる部分がある。
それをさりげなく、でも、強く印象づけるような書きぶりは、
彼女の真骨頂なのかなと。

心に「IN」されている、どろどろな部分も、透明な部分も、
上手にあぶり出しているし、淫も、隠も、因も、陰もある。
ただやはり、あらすじが複雑、というか面倒くさい感じに
なっているのが、なんとも惜しいかなと。

■有栖川有栖「幽霊刑事」
有栖川有栖/幽霊刑事
2000年作品。
主人公である刑事は、ある日上司に呼び出され、
射殺されてしまう。
ふと目を覚ますと、射殺された場所にいた。
あの人同じような景色だ。
だが違ったのは、自分の身体が半透明になっていることだった。
意志はある。しかし、人も物も、自分の身体をすり抜けていく。
そう、刑事は幽霊となって、この世に帰ってきた、というか、
あの世に行けなかったのだった。

空を飛べるなど移動は自由だし、どこへでも潜入できる。
しかし、誰の目にも映らず、声は届かず、何かに触れることもできない。
犯人は上司なのだと、同僚の刑事に伝えたいが、その術がない。
そんなある時、一人の後輩刑事が、幽霊刑事の存在に気づく。
半透明ながら姿が見えるし、会話もできた。
幽霊刑事は後輩刑事と組んで、上司逮捕の証拠探しを始める。
その矢先、犯人である上司が殺されてしまうのだった。

ここまで書くと、ミステリアスな作品に思えるが、
実にライト感覚で、有栖川氏らしいコミカルさも交えて描かれている。
上司を殺害した犯人は誰か、なぜ犯行に及んだかというミステリ要素は、
中盤、興味深く引っ張るし、思わぬ展開もある。
しかし、土壇場にきて、バッティングに例えれば、
内野フライのような物足りなさが残ったかなと。

一方、ラブストーリー的な要素は、最後に上手く締めた。
幽霊刑事には、婚約中の女性がいた。
幽霊になってから、意志の通じる後輩刑事を介して、
彼女との意思疎通を図ろうとするが、
気持ち悪がられたり、疑われたりして、徹底的にすれ違う。
しかし、ラストには通じ合う。
その通じ合い加減が絶妙。
抑制が利いており、それが一層切なくさせる。

幽霊刑事が、引き出しを開けようとして開けられなかったり、
小さなミスを犯して、穴があったら入りたいと思ったら、
既に誰の目にも見えないことに気づくなど、コミカルに切ない場面。
また、母の居る実家に帰り、母がテレビを見ながら、
小さく笑ったことに安堵したりと、ストレートに切ない場面。
そして事件の真相。
幽霊視点というファンタジーさや、都合のいい展開はありつつも、
うまくまとめられ、しっかりと惹きつけられた作品だった。

■本多孝好「MISSING」
本多孝好/MISSING
1999年作品。
5作の短編で構成されており、全作、「死」が軸になっている。
どれも決してソフトな内容ではないのだが、
静かで抑制の利いた筆致が、透明感のある不思議な空間を演出し、
切ない痛みのような余韻を残す。

5作とも、短編ながら、中途半端なところはなく、
流れるような展開の中に、それなりの深みを作り、
きちんと完結させている。
なんとなく女性の支持の方が高い世界観かなと。
また、40代よりも20代の心に強く響きそうな気がする。

「眠りの海」という作品は切なかった。
人付き合いが苦手で、義務的に仕事をこなすクールな高校教師。
彼が、生徒と恋に落ちてしまう。
やがてバレて、生徒は退学の危機に。
全てを捨てて付き合うか、それとも別れるか。
それを話し合う深刻な夜、生徒はおどけて明るく振る舞う。
それがたまらなく切ない。
その後の彼女がとった行動もまた切ない。
彼女の人生をかけた恋、それにきちんと気づけなかった教師。
べたで、気恥ずかしいところもあるが、感傷的にさせられた。

「瑠璃」(るり)という作品も良かった。
いとこ同士の、淡くもどかしい恋を描いている。
12歳の少年は、いとこである16歳の少女に憧れている。
16歳の少女はハチャメチャで、
いとこである12歳の少年をひっかき回す。
しかし、何事にも毅然として、自由に生きている少女に、
少年は憧れを抱く。

二人の会話のやり取りは、スタイリッシュな洋画にありそうな、
クールでウイットに富んでいる。
「その年齢で、そんな会話しないだろ」とは思いつつも、
10代の背伸びぶりが、なんともやるせない。

やがて、少女は20歳になる。
常に自分を持ち、タフなハートを持った彼女だったが、
不倫の渦に巻き込まれていく。
人は誰でも大人になるし、変わっていくものなのだということが、
じわじわと水がしみ込むように胸に広がっていく。
共感できるかどうかはわからないが、
理解できる、思春期の青臭さや青春の儚さを上手に描いている。

    ◇      ◆      ◇

こういう作品を読むと、若い頃はやはりピュアだったのだと思わされる。
思いのまま突っ走ってしまうような危険な部分もあり、
痛みを伴う場合もあったが、なんとなく良かったようなところがある。
それは錯覚かもしれないし、美化されているとも思う。
そして、あの日に帰れない無常観と、
あの日に帰っていては生活していけない現実。
こうしたものが相俟って、ノスタルジアとセンチメンタリズムを生む。

もう戻れないことは、決して悪いことじゃない。
というか、その都度戻れる人生など、たまったもんじゃない。
それなりに年をとり、後悔を抱えて生きることこそ人間的だ。

余談だが、年齢のわりに、老けない風貌というのは、
逆にちょっと気持ち悪く感じるときがある。
関根勤氏や由美かおる氏の老けない感じは、ちょっと妙でもある。
ついでに言うと、全て悟ったかのような穏やかさや微笑が、
ちょっと怖く感じる時がある。

なんというか、ジタバタしつつも平穏に、
自然な積み重ねと減退の流れの中で年をとりたいものです。

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7月11日は参議院議員選挙の投票日である。
その表現は誤りではない。
ただ、私の思うところは、ちょっと違う。
なぜなら、投票は、公示日の翌日から7月11日まで毎日できるからだ。

つまり、厳密に言うと、投票期限が7月11日なのだ。
納付期限や申告期限と同じようなものだ。
そして、最終日である7月11日だけは、色々なところに投票所を設置すると。
私はそういう理解でいる。
もっとこだわって言えば、7月11日は投票日というより開票日なのだ。

こういうことを説明しても、何の意味もないぜ。
議論しても世論が高まらないぜ。
それよりも、一切の取り締まりがされていない無灯火自転車や、
ケータイを使用しながらの自転車乗車に対する罰則でも議論した方がいい。
無灯火自転車、ケータイ中毒自転車に不快感を抱いている人は、
決して少なくないと思う。
あれは一種の凶器であり、運転している人間は狂気である。
それを自覚してくれ。
つまらない世の中にしないでくれ。

つまらない世の中を救うもののひとつがスープカレーだ。
それでは、どうぞ。

■ハルディ(札幌市東区北7条東3丁目)
ハルディ/チキン豆カレー 
↑パキスタンカレー・チキン豆(800円)+辛さ5番(無料)

基本はパキスタンカレーの店。
パキスタンカレーは、水を使っていないと思われるねっとり感のあるルーで、
具にまとわりつく感じで存在している。

玉ネギを炒め倒したような、しっかりとした甘さとコクがある。
後半ちょっと重たく感じるが、
異国感と食べやすさがうまく融合している。

↓スープカレー・チキン(950円)+辛さ10番(50円)
ハルディ/スープカレー・チキン
スープカレーも、とろみが強く、ライスにしみこむタイプではない。
しかし、パキスタンカレーよりは、さらりとしており、飽きがこない。
辛さにも静かなる強さがあって良い。

パキスタン方面の家庭料理っぽい感じなのかなと勝手に想像しつつも、
小手先やノリでは出せない味ではないだろうか。
もっと人気があっていいカレーだと思います。

■香楽(札幌市豊平区豊平1条5丁目)
香楽/チキンベジタブル 
↑チキンと野菜のカレー(1,050円)辛さ5番(無料)

小さなファミレスっぽい感じのスープカレー店。
店内は明るく、シートはビニール製。
気軽に入れる雰囲気があり、
事実、訪問した日の客層は、老若男女、幅広かった。

スープはトマト味が強めながら、オーソドックスではないかと。
ただ、ちょっと控え目で、ライスへの当たりは弱い。
具も、総じて無難であります。
ピッチングに例えるならば、もっと内角を攻めてきてもいいかなと。

■CURRY FARM(札幌市北区北16条西5丁目)
CURRY FARM/店
今年の3月にオープンしたカレー店。
北大通より一本西側の斜めの通りにある。
この通りは、北大通の近くながら非常に閑静である。
そこに、さりげなく存在しているため、
見つけにくいし、見落としやすいかもしれない。

↓柔らか骨付きチキン(880円)+辛さ10番(無料)
CURRY FARM/柔らかチキン
まず、カレーが入っている皿が大きい。
スープはトマト+玉ネギ系。
そのわりに、酸味が強いことはなく、甘ったるいこともなく、
かといって弱いわけではなく、ライスの進む味。
普通に美味しいと思う。

具の美味しさは、一般のカレー店よりもワンランク上といっていいだろう。
スープカレーに珍しく、人参は堅めだが、
クセのない、あっさりめのいい甘みがある。
かぼちゃも、素材そのものの美味しさが上手に出ていた。

モダン・ウッディの明るくゆったりとした店内には
ゆるいボサノヴァが流れ、カレー・カフェみたいな感じ。
外がガヤガヤしておらず、静かなこともあり、女性にはいいかも。
私にとっても良かった。
しかし私は、それほどフェミニストでもない。


なお、駐車場の場所を、店の入口に表示しているが、
その図からは全く理解できなかったことを伝えておきたい。

■ポレポレ(札幌市白石区栄通17丁目 東北通沿い)
ポレポレ/店 
スープカレーがブームになる前から存在していた店で、
一度は行ってみなければと、
15年くらい、心の隅に常に存在していたカレー店である。

↓スリランカカリー(1,202円)+辛さ100番(無料)
ポレポレ/スリランカカレー
これぞスープカレーたるプリミティヴな味。
初心に戻らせてくれるようなベーシック感。
旨みやコクに走りすぎず、実に武骨でスパイシー。
足腰がしっかりしており、さらっとしていながら深みがある。
ライスを食べさせるパワーもある。
美味しいです。
というか、私は非常に好きな味です。
今まで訪問していなかったことを悔いた。
年内に必ず再訪するだろう。

価格はちょっと高め。
そして、なぜに、1,202円と半端なのか。
店内は広く、ログ&ウッディ。
なんとなく、ニセコなど、山間の観光地にありそうな山小屋風カフェのよう。

ニセコあたりで2日間くらい、ただぼうっと過ごしたい。
退屈を楽しむような感じで。
退職したら、いくらでも退屈な日はくると誰かが言う。
しかし、その年代は、退屈が楽しくないのではないかと思う。
かといって、今この忙しい日々の中で、
世界を敵にまわしてまで、退屈を得ることには無理がある。
退屈が恋しい。

テーマ:カレー - ジャンル:グルメ


最近、小さなミスが続いている。
始まりは、クロスバイクのカギ紛失だったように思う。
それ以来、うっかりしたミスがあったり、
やばいぞ、と思いつつ、流れに逆らえずにいたら、
危険な状況に陥ったりして、微妙に疲れている。
なんとか補ってはいるものの、やけに疲れを感じている。

なんだか、色々なことが怖くなってくる。
小さなミスの連鎖は、大きなミスを招く。
今は、積極的に臆病に、そして慎重になるべきタイミングなのだろう。
振り回されぬよう、どこかに飛んでいってしまわぬよう、
たとえ空気を壊しても、たとえ協調性に欠けるとしても、
自分の意志に従うことが大切なのだ。
自分を守る、ということの意味を、
今一度、考えるときなのかもしれない。

流れの中で、淡々と過ごしていくのはいい。
しかし、流れの中には、トラブルも混じっている。
それにはまってしまうと、そこからはパズルの如く、
こうなれば、ああなって、そうなってしまう。
トラブル街道一直線である。
容易にやり直せる年齢でもなくなった。
だから、こういう歌がわき上がってくるのだ。
新曲の歌詞だ。

 夏は終わった

 夏は終わった 夏は過ぎ去った
 すり抜けるように 素知らぬ顔して
 太陽も蝉もヒマワリも みんないなくなった

 夏は終わった 幕は下ろされた
 カーテンコールもアンコールもない
 書き置きひとつなしに 風と共に去った

 全てはパズルのようだぜ どこかでボタン掛け違い
 こうなれば ああなって そうなる
 逆戻りはない 夜の迷い道

 夏は終わった 未練ぬぐえずに
 夏色電車に飛び乗ったけれど
 トンネル抜けた先は 誰もいない海

 どうにもならない希望に 囚われすがりついていた
 希望は捨て 絶望に慣れるんだ
 やり直しはない 夜の迷い道
 夏は終わったんだ

今年の5月、ほぼ1か月かかって、やっと書き上げた歌詞である。
夏が来る前に、夏が終わったことをイメージして書いたのだ。

人生における夏は終わったのではないかと思いながらも、
ジタバタし、受け入れられず、迷い、さあどうする?
ということを描いている。

特に気に入ってるフレーズは、
「夏色電車に飛び乗ったけれど
 トンネル抜けた先は 誰もいない海」
夏への未練があり、もう一度夏を探しに行く。
夏行きの電車に間に合った幸運。
トンネルを出たら、そこには失われた夏があるという希望。
ところが、そこには、もはや誰もいなかった。

私の歌詞には、こうした展開というか、こうした世界観のものが、
ひとつのパターンとして根づいている。
おそらく人生のどこかで、こうしたダメージを受け、
それを今も、知らず知らずにひきずっているのだろう。

ちなみに、「夏色電車」は、
松田聖子氏の名曲「赤いスイートピー」の歌詞にある、
「春色の汽車」が、完全にモチーフになっている。

サウンドは、ミディアム・テンポのロック・アンド・ロール。
ちょっとハードで、ややダークで、
クラシカルなロックのリフを全面に出している。

この曲は次のライブで披露します。
次のライブは、8月27日(金)、南4西6、クラップスホールにて。
詳しくは、近々お知らせします。

私の夏は終わったのか。
それとも、季節は巡って、また夏は来るのか。
それはわからない。
わかることは、夏だけが人生ではない、ということ。
けれども夏は大好きロック・ミー。

テーマ:作詞・作曲 - ジャンル:音楽



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