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に渡った。
利尻島と礼文島だ。

風も渡った。
湿気の少ない美しい風だった。

訪問は二日間に渡った。
初日に利尻島、二日目に礼文島を訪問した。
利尻富士1 
利尻山は、写真で見るよりもずっと荒々しく、迫力があった。
こんなに鋭角的な激しい山に登ることができるのかと思った。
そして、神秘的でもあった。
山が海に浮かんでいるがごとくである。

フェリーから利尻富士
仕事での訪問であり、私は随行という立場。
フリータイムは、利尻島での夕方の1時間程度と、
フェリー乗船中だけだった。
なぜフェリー内でフリーだったかというと、
主役は1等席(指定席)、私は2等席(自由席)に分かれたからだ。

この写真は、
利尻町の市街地。
利尻町市街

仕事先を出て、車に乗り込む短い時間に撮影したものだ。
「観光で訪れているのではない」と思われないよう一瞬に隙に撮影。
初めて訪問した地であり、なかなか訪問できる地ではないので記念に一枚、
という行為も、良しとしない向きもあるだろうと思い、
ナーバスな心境で隠し撮りをした。
利尻町は10分でいいから散歩してみたかった。

利尻富士町では夕方に1時間のフリータイムができた。
その時間を、全く迷うことなく、市街地の散歩に充てた。
この写真が夕方6時頃の
利尻富士町市街地である。
利尻富士町市街
訪問する前は、小さな島にある人口3千人程度の町ということで、
集落も小さいのだろうと想像していた。
ところが、観光を主産業としているだけあって、
ホテル、旅館がたくさんあり、なかには6、7階まであるものもあり、
予想外の雰囲気だった。
草木も、海の表情も、石狩、留萌、積丹辺りの道央の浜辺と同じだった。
もっと具体的に言えば、ホテル、旅館の多さを除けば、
寿都町積丹町増毛町などと町の雰囲気が似ていた。

翌日は、
礼文町を訪問。
こちらも人口3千人ちょっと。
フェリーを降りると、そこはホテル、土産物店、飲食店、温泉施設などが並び、
洞爺湖温泉街の一部のような観光地の様相だった。
礼文町では、仕事先がフェリー港から近く、
しかも昼食を含めて2時間ちょっとしか滞在していないため、
きちんと町の雰囲気に触れることができなかった。

その後、フェリーで稚内へ。
乗船率は30%くらいだったように感じた。
風がやや冷たく、また、約2時間という長めの乗船ということもあり、
ほとんど人は船内にいた。
私は、外側の椅子席で、ゆっくりとくつろいでいた。
ご覧のように、周りに客は全くいなかった。
100630フェリー
礼文稚内のフェリーでのひとときは最高だった。
波が非常に弱かったため、嫌な揺れもなかった。
離れていく礼文島をただ眺め、通り過ぎる利尻島をただ眺める。
何も喋らず、何も聴かない。
海風が心地よく、頭の中は空っぽになっていく。
そして、少しずつ眠気が押し寄せてくるあの時間。
それはまさに至福のひとときだった。

稚内に到着し、そこでの仕事を済ませ、
飛行機で千歳へ、そしてJRで札幌へ。
1泊2日の短い島の旅は終わった。
いや、旅ではない。
島での仕事を終えてきただけだ。

ぜひ再訪したい。
次は旅をする。
私は旅をしたいのだ。
さすらいたいのだ。
はるかに走っていきたいのだ。
何も考えずに、どこまでも、どこまでも。
君だってそうだろ。
だけどできない。
失うものがあるし、得られないものがあるからだ。
それが生活というものだろう。
しかし、多少失うものがあり、多少得られないものがあっても、
さすらうべきじゃないのか、自分よ。

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テーマ:日記 - ジャンル:日記


私のRIDE LIFEは、少しだが前進した。
クロスバイク遠出シリーズは、
小樽市浦臼町に続き、
6月27日、
奈井江町往復を達成した。

100627奈井江駅
当初、目指したのは、
美唄市だった。
美唄は、札幌から約60km。
札幌→江別→岩見沢→美唄である。
美唄にある「しらかば茶屋」にて、とりめしを食べ、
美唄にバイビーしてこようと思っていた。

ところが、朝8時という早いスタート、広い歩道、
身体が動きやすい適度な暑さ、ほぼ無風状態、体調普通。
そうした好条件に恵まれ、特に疲れもなく、
すんなりと美唄に着いてしまった。

復路で一気に疲れが出てくるかもしれない不安はあったが、
あと10kmくらいなら大丈夫だろうとトライ。
そして
奈井江町までたどり着いた。

小樽編では、復路での強い向かい風に挫け、
平坦な道で自転車を押して歩くという屈辱を味わった。
浦臼編では、帰りに自転車のカギを紛失するというミス&トラブルが生じ、
自転車店でカギを壊してもらって、なんとか帰宅した。
ところが今回は、全てが順調だった。

ただ、少し残念だったのは、寄り道が少なかったこと。
例えば、劇的な景色がなく、また、変化にも乏しい。
地方とか田舎というよりも、都市の郊外のような田園風景である。
例えば、浦臼編の時のような味わい深いJR
無人駅がほとんどない。
平成駅舎が多く、寂れ感が足りず、趣に欠ける。

茶志内駅1
そんな中、いい感じだったのが「茶志内(ちゃしない)」駅」
美唄と奈井江の中間にある駅である。
駅名は、昭和50年代の表参道におけるナンパのようである。
しかし駅前は、「ちゃ、しない?」と声をかける相手もなく閑散としていた。

茶志内駅2
「JR
茶志内駅」の看板がすごい。
文字の紺色が、まだらにはげ落ちて白くなっているところが妙である。
アートというか、ポップというか、グラフィックというか、
非常に不思議なデザインになっていた。

美唄の「しらかば茶屋」の「とりめし」は、やはり美味しかった。
美唄の角屋のやきそばも買ってきた。

クロスバイクは楽しい。
復路は、痛みと疲れで辛くなる時間帯がある。
しかし、痛みと疲れを飲み込んで、
何も考えることなく、ただペダルを踏んでいる時間帯もある。
そんな時間帯が好きだ。
ふと何も考えていないことに気づいた時、
気持ちは穏やかに突き抜けている。
生活の中に、こんな瞬間は必要だろ。

テーマ:北海道 - ジャンル:地域情報


ワールドカップ・サッカーの日本戦。
25日の朝3時30分から行われた。
前日の夜は、サドンリ突然の飲み行為となり、
果たして早朝に起きられるのかと不安だったが、
なんとか起床。

それだけで達成感があったのか、
テレビをつけ、ソファに座るも、そのまま眠ってしまった。
前半戦はほとんど見ていない。
まともに観戦したのは、後半10分くらいからだった。

そして、日本は勝利した。
快挙だろう。
1勝どころか、一点もとれずに終わるのではとさえ思っていただけに、
この躍進ぶりは、喜びとともに、大きな驚きがある。

戦前は、世論の期待も小さかった。
その反動もあって、報道は大々的になり、
人々の盛り上がりも予想以上に増している。

非常に印象に残ったのが、本田選手の試合直後のインタビュー。
「思ったよりも喜べないですね」とコメント。
そう言っている表情が、すごく溌剌として、嬉しそうで、
メチャクチャ喜んでるように感じたのが面白かった。

決勝トーナメントで引き続き楽しませてもらえる。
これは大変ありがたいこと。
ただ、日本戦が行われる29日は、既に夜の飲み行為が予定されている。
しかも、
札幌市内ではない。
この詳しいことは、後日報告することになりそうだ。

さて、今回は中華料理。
よろしくどうぞ。

■とんこう(札幌市東区伏古1条3丁目)
とんこう/店 
環状通から少しだけ入ったところにある中華料理店。
外観も店内も、大衆的な食堂の風情。
価格も良心的。


↓マーボードーフ定食(600円)        ↓肉とピーマン炒め定食(650円)
とんこう/麻婆豆腐定食 とんこう/肉とピーマン定食
全体的にマイルドな味。
強烈さや特別感はないが、実に親しみやすい。
かといって、家庭では出せないような、
普通っぽいようで奥深いよう。

例えば、坂本冬美の「また君に恋してる」よりも、
ビリー・バンバンのそれの方が断然良い。
中年の何気ない歌唱のようで、
あの雰囲気は、基礎がしっかりしていなければ出せないことと、
こちらの中華は、どこか共通する。

そうした、優れた普通さが、この店のポイントであるが、
唯一、アバンギャルドな一品がある。
「ごまらーめん」(500円)である。
メニュー表には、「当店のおすすめ」として、
ごまらーめんのみが書かれている。

↓豆腐と肉野菜定食(650円)          ↓ごまらーめん(500円)
とんこう/豆腐と肉野菜定食 とんこう/ごまらーめん
担々麺のようなテイストなのだが、独特の酸味がある。
なんというか、熟した後の危険な果実のような酸味である。
唯一、親しみにくい渋さがある不思議なラーメンである。

ファミリーやカップルには不向きな店だろう。
事実、この店では、男一人客しか見たことがない。
タクシー運転手の利用も多そう。
男一人で、気兼ねなく落ち着ける店として、
かなり重宝されていると思う。

■ランタン(札幌市東区苗穂町10丁目
ランタン/店
北13条北郷通沿いにあるお店。
店内は結構広く、中華ファミレスのような雰囲気である。

ランタン/麻婆豆腐のセット
麻婆豆腐のセット(900円)をオーダー。
マイルドで食べやすく、万人ウケする味といえる。
意外とボリュームもある。
使い勝手もよろしいのではないかと。
ただ、フォゲットさせないぜ、という強烈な特徴がない。
そのため、あの店のあれが食べたい、というピンポイント性は微妙か。

とはいえ、東区のあまり目立たない場所にありつつも、
土・日のみならず、平日の夜もそれなりに混んでいる。
常連客が結構いるのは間違いないし、
失敗しない味ではないかと思われる。
なお、全席完全喫煙のため、他人の煙が気になることも申し添えておこう。

■藤蔵(札幌市西区山の手3条6丁目)
藤蔵/店

今年のまだ寒い時期に車を運転していたある日。
HBCラジオの「カーナビ・ラジオ」の

メイン・パーソナリティである「ヤス」氏が、
番組の中で絶賛していた店。
特にシウマイが美味しいらしく、興味をそそられた私は、
信号待ちで手帳に店名をメモ。
近いうちに訪問したいと思っていた。

きれいな店で、なんとなく中華レストランといった感じ。
革靴だとコツコツと音をたてるような堅い木製の床、
テーブルクロスがかけられ、椅子は背もたれが長いタイプ。
それでいて店内は、あまりメジャーではない感じのJ-ROCKが
流れており、何かアンバランスかなと。

訪問した最大の目的は、シウマイを食べることだった。
ただ、シウマイでライスは進まない。
私の中では、サイドなメニューなのだ。
しかも、シウマイは4個で400円だっただろうか。
結構いい値段である。
そこで、シウマイが2個ついてくるセット・メニューの中から、
あんかけ焼きそばのセット(950円)をチョイスした。

藤蔵/あんかけ焼きそばのセット
シウマイは美味しかった。
スーパーに売っているものとも、
ホテルのコース料理で出てくるものとも明らかに違った。
しかし、「すげー」という感じではない。
きちんと普通に美味しいが、
単品なら1個100円か…、と思ったのは事実。

あんかけ焼きそばも普通に美味しかった。
野菜の切り方と量、そして色合いもよろしいかと。
麺の炒め具合も良い感じだった。
飽きにくく食べやすい味で、それだけで素晴らしいことなのだが、
フォゲットしやすいタイプかも。

なんとなく女性ウケしそうな雰囲気。
ただし、男女ともひとりじゃ行きにくいと思う。
なお、店内には、やはり「カーナビ・ラジオ」の「ヤス」氏のサインがあった。

■北華飯店(札幌市東区北14条東8丁目 北光線沿い)
こちらの店は、以前に一度登場したことがある。
おそらく一番人気であろう「ホイコーロー定食」を紹介した。
その後も訪問はしたが、このブログにおいて、
同じ店が複数回登場するのは特別の理由がある場合に限っているため、
再登場はなかった。

ところが今回再登場である。
つまりは、特別の理由が生じたのだ。
あんかけ焼きそばが非常に美味しかったのだ。
再登場させずにはいられないほど美味しかったのだ。

北華飯店/チャーメン
目の前に料理が出された瞬間、見た目と香りで美味しいと確信。
あんが圧巻。
あんの中に具があるのではない。
具にあんが強くまとわりついている。
そこに、強く一気に炒められた具の香ばしさが絡み、
ダイナミックで圧倒的。

これまでに食べたあんかけ焼きそばの中で
最も美味しかったかもしれない。
そこらにあまたある、あんかけ焼きそばが、
全てインスタント食品に思えてしまうほどの圧倒感。
量は多め。これで630円というのは安すぎる。
ワールドクラスのあんかけ焼きそばだと言ってしまおう。

北華飯店/肉ニラ炒め定食
肉ニラ炒め定食もかなり美味しい。
やはり一気に強く炒めた感じがたまらない。
そして、渋く香ばしい独特の大人味。
マイルドに作って何になる、と主張しているようなハードさ。
一番人気であろうホイコーロー定食と甲乙つけがたい美味しさだ。

なお、家族経営的な中華料理店では、
大音量でバラエティ番組が流れていることが多く、
しかも、店の方の目が、テレビに釘付けだと、
以前からこのブログにおいて指摘している。
こちらの店も、完全にその状態である。
また、換気は悪く、衣服に匂いがつく。
タバコも全く制限なし。

あんかけ焼きそばがワールドクラスなのに対し、
こうした環境は、東区予選敗退クラスである。
それでも我慢できてしまう。
まさに、有無を言わせぬ美味しさ。
あんかけ焼きそばの神がついているのではないか。
この店は神社か。
いずれにしても参りました。


テーマ:お店紹介 - ジャンル:グルメ


ワールドカップ・サッカーが盛り上がっているようだ。
普段は、まるでサッカーを見ない私も、それなりに楽しんでいる。
選手をほとんど知らないような国同士のゲームであっても、
世界一をかけた戦いは熱く、レベルの高いプレーは楽しめる。

ただ、マス・メディアにおける盛り上がりに、
なんとなくのっかってしまっていることは否定できない。
ワールドカップだけの「にわか視聴者」と呼ばれても仕方ない。
しかし、「にわかファン」と呼ばれるのは心外だ。
ファンというものとは質がちがう。

「仁輪加(にわか)ファン」と呼ばれるなら本望だ。
「仁輪加」は、日本最高のロッキン・ブギー・バンド「サンハウス」が
1976年にリリースしたアルバムである。
  サンハウス/仁輪加

この怪しく異様な和風サイケデリックなジャケットのデザインの
意図はわからない。
特に、左上の赤い顔は何なのかと思う。
サンハウスを知らない状況なら、まずジャケ買いはできないだろう。
ところが、中に詰まった音楽は圧巻だ。
私は紛れもなく、「仁輪加ファン」だ。

それはそれとして、街角インタビューなどで、
サッカーのにわかファンが、本田がどうした、俊輔がどうしたと語る。
にわかファンに呼び捨てにされ、好き勝手なことを言われる。
私はそれが嫌で、ワールド・カップを目指すのをやめた。

世界サッカーにおける日本サッカーの立ち位置は、
ある程度安定したような気がする。
ところが、ファンはどうなのだろう。
すぐにブーイングするファンが多いのはなぜなのか。
親指を立てて下に向けることでしか気持ちを表せないのか。
うまくいかないシーンでは、どういうわけか頭を抱える。

いまだにモノマネっぽいというか、
サッカーとはこうあるべきという変な意識に囚われているというか、
私から見れば、全然自由じゃない。
そして、オリジナリティがない。

しかし、それらはまだいい、群がって交差点で騒ぐのに比べれば。
私は、騒ぐことより、群がるのが気に入らないのです。
アナウンサーやコメンテーターは言う。
「今の若者は、発散できるものがないんでしょうね」
「今の若者は、自分を表現できることがないんでしょうね」
全然違うと思う。
自己中心的で勝手なだけだ。
しかも、群がらなきゃできないのです。
荒れる成人式と同じである。

あと言っておくが、「今の若者」に限った話ではない。
仮に、今より規制が弱かった1980年代ならば、
当時の若者はもっと暴れたのではないだろうか。
1980年代の若者だって、
自分をどう表現していいのか苦悩し、苦闘して生きてきた。
そして2010年、完全に中年になった1980年代の若者は、
今だって自分をどう表現していいのか苦悩し、苦闘している。

何かの小説に書いてあったことだが、
45歳という年齢は、あらかた人生の勝負がついてしまっていると。
仕事のこと、家庭のことなど、
自分の将来は、ある程度決まってしまっていて、
その運命の中で、流れに逆らわず生きていくのがいい、
みたいなことを書いていた。

全否定はしない。
しかし、オレのとはちょっと違うな。
世の中年よ。1980年代の若者よ。
人生を楽しみたいなら、勝負はこれからだ。
誰かのコピーのような人生など送っていいのかロック・ミー。

テーマ:2010年 FIFA World Cup - ジャンル:スポーツ


今回は本の紹介。
三冊紹介します。
シェゲナベイベー。
よろしく。

■中村文則「掏摸」
   中村文則/掏摸
タイトルは「すり」と読む。
盗みを意味する「スリ」である。
主人公は、プロのスリ師である青年。
スリのターゲットは、現金を多く持ち歩く裕福な者ばかり。
気づかれずに財布を奪い、現金を抜き取って、郵便ポストに入れる。
郵便職員は財布を警察に届け、結果的に被害に遭った本人の元へ戻る。
そんな手口を繰り返す。

彼の天才的な仕事ぶりに目をつけたのが、ある犯罪組織。
その犯罪組織は、彼に対して三つの仕事を要求する。
それができなければ、命を奪うという。
果たして彼は成し遂げられるか。

まず、スリの描写に引き込まれる。
手法もさることながら、その時の心理状況も迫力がある。
例えば、このような場面がある。
「息をゆっくり吸い、そのまま呼吸を止めた。
 財布の端を挟み、抜き取る。
 指先から肩へ震えが伝い、暖かな温度が、
 少しずつ身体に広がるのを感じる。
 周囲のあらゆる人間、その無数に交差する視線が、
 この部分だけは空白に、向けられていないとわかるように思う」

この濃密さと緊張感。そして官能的でもある。
彼は世の中に絶望しているし、あきらめている。
彼の行動と心理には、常に「このどうしようもない世界」が
根底にあるように思えた。
戦う相手は、犯罪組織でもなく、裕福な者でもなく、
「このどうしようもない世界」であることが行間から滲み出ている。

そんな虚無感に包まれた彼の心を動かしたのが、
スーパーで盗みをはたらく小学生と出会ったこと。
小学生の境遇を知るにつれ、次第に親しくなっていく。
ところが、その点を犯罪組織につけ込まれ、
小学生との信頼関係が、弱みになっていく。

非常に面白かった。
というか、文学作品として、すごく良かった。
ロック・テイストを感じる硬質な文体で、
疾走感と妖艶さがある歌詞のようでもある。
初期のブランキー・ジェット・シティの歌詞世界とも重なる。

癒しや温もりが全くない乾いた毎日。
孤独とあきらめの人生。
あまりに救いようがなくて、
読んでいて辛くなる方もいるだろう。
私は、都会の喧噪の中にひっそりと流れる、水のない川のような世界観が、
たまらなくスリリングであり甘美でもあった。
読み応えがありました。

■三浦しをん「神去なあなあ日常」
三浦しをん/神去なあなあ日常
「本屋大賞2010」における第4位の作品。
三重県の山奥にある「神去村」(かむさりむら)という架空の村が舞台。
この村の主産業は林業。
主人公は、進路が決まらずに高校卒業を迎えた、東京在住の18歳男子。
卒業式の直後、突然、担任に「就職が決まったぞ」と言われる。
担任と母親によって、勝手に、神去村で林業研修生として働くことが
決められてしまったのだった。
そんな若者の、神去村における1年間の生活ぶりを描いている。

この村は、ローカル線の終点の駅から、
さらに山奥深く入ったところにある。
人口は千人に満たない設定だろう。
携帯電話は通じない。
そんなところに、いきなり連れて来られ、うんざりするものの、
林業を学び、自然に触れ、地域の人々にもまれ、
次第に馴染んでいく姿は、ほのぼのとした小さな感動がある。

山と川と木に包まれた、スローリーな時間の流れ。
冠婚葬祭は、村人全員が仕事を休んで、総出で対応。
自然に敬意を表するような様々なエピソードは、
山奥の小さな村の世界にじんわりと引き込んでくれる。

ただ、展開がゆるい。
また、神隠しだとか、天女だとか、ファンタジー要素が多く、
想像が追いつかない。
というか、私の想像とは別方向に世界が広がっている箇所が多く、
読み進めるのに苦労した。

実は単なる林業体験日記であり、山奥での生活日記であり、
それ以上でもそれ以下でもないというか、何も迫るものがなかった。
ただ、ほのぼの、のんびり、ややコミカルで、
その点では女性ウケしそうだし、
本屋大賞に選出される作品らしいかなと。

タイトルは「かむさり・なあなあ・にちじょう」と読む。
なんともリズム感の悪いタイトルである。
読みにくいし、ぴんとこない。
ストーリーや世界観など、決して悪い作品だとは思わないし、
林業の素晴らしさを上手に描いていると思う。
ただ、タイトルの親しみの無さが終始気になり、
評価に影響したことは否めない。

■木内一裕「藁の楯」
木内一裕/藁の楯
大資産家の孫が殺害された。
犯人は早々に特定され、指名手配となる。
仮に犯人が捕まり、裁判にかけられても、
刑期を終えれば、社会に戻ってくる。
大資産家は、それが我慢ならなかった。
犯人が死ぬことでしか満たされなかった。

そこで大資産家は、犯人を見つけ出し、殺害した者に10億円を与えると、
懸賞金をかけた。
犯人を殺し、刑務所に入ることになっても、
10億円があれば、刑期を終えた後、思いのまま生きていける。
そう考えた多くの者が、犯人捜しと犯人殺害を狙う。

何日かして、犯人は福岡の警察署に自首する。
何度も殺されかけ、警察署に逃げ込んだのだった。
犯人は、東京に移送することになった。
ところが、移送途中に命を狙いに来る者、多数。
さらには、移送や警備を担当している警察官の中にも、
犯人を殺害しようとする者が現れる。
果たして、犯人を東京まで移送させることができるのか。

展開がさくさくしていて、場面変化もスピーディ。
結構ハードで、ボイルドでもあり、アクションも多く、
読み出したら、やめられなくなる面白さがあった。

ただ、全体的にストーリー先行で、
印象に残るフレーズや哲学に乏しいかなと。
小説には書かれていた心理状況や背景が、
映画化されると出来事優先で、省かれてしまうことがある。
そういう雰囲気があった。
つまり、書きぶり自体が映画的に思えた。

文学的な深みがもう少し欲しいかなと思うが、
そうすると、息をつかせぬスリリングさは影を潜める気もして、
こうしたバランスは難しいものである。

    ◆     ◆     ◆


「なんか、いい話ない?」と聞くのが口癖の人は、
実は、別に、相手のいい話なんか聞きたくないんだろうなと思う。
単なる挨拶なのだろう。
ところが、「何も、いい話がないですね」と答えると、
いい話がないことを微妙にけなす。

と、いいますかね、
「なんか、いい話ない?」と聞くのが口癖の人は、
ほとんどが胡散臭いわけで、

たとえいい話があっても、
決して話したくない人だったりするわけです。

でも、そんなことはどうでもいい。
週末を楽しもうぜ。

テーマ:ブックレビュー - ジャンル:本・雑誌


何日か前から、無性にクロスバイクで遠出したい気分だった。
週末に天気がいいようなら、ライドしまくろうと考えていた。
その思いが通じたかのように、
6月12日土曜日、札幌は快晴となった。
朝10時過ぎ、
月形町を目指して走り出した。
月形町は、札幌の北側、約45kmのところにある。

空には雲ひとつなく、風は弱め。
コンディションはパーフェクトだった。
この日、気温は27度まで上がったようだが、
常に風を浴びて走っていたせいか、
暑さは全く気にならず、ただただ気持ち良かった。

当別町を過ぎてからは、JR札沼線・無人駅の旅となった。
駅をひとつひとつ訪問しながら
月形町へ向かった。

札沼線(さっしょうせん)は、札幌と
新十津川町を結ぶ路線。
元々は、札幌と沼田町を結ぶ路線だったので、
この名称だが、
新十津川町から沼田町は既に廃線となり、
現在は、「学園都市線」などと呼ばれている。
英語にすると、ユニバーシティ・シティであり、非常に言いにくい。
アイドルだった頃の「アグネス・チャン ちゃん」と同じである。

札幌から
当別町の北海道医療大学までの区間は乗客も多く本数も多い。
しかし、それより北側は、1両編成で1日7往復程度。
国道275号線とほぼ平行して線路が走っているものの、
駅はちょっと引っ込んだ位置にあったり、
一般的な駅前のような雰囲気はなくバス停風情のため、
車で走っていても気づきにくい。

しかし、確かに駅は存在している。
そこをひとつひとつ訪問してみたいと、かねて考えていた。
いざ駅に足を踏み入れてみると、非常に味わい深い。
放っておかれているような廃れ方がたまらない。

このように、駅には待合室以外なんにもないぜ状態だったり、
本中小屋駅 

石狩金沢駅のすぐ近くにある廃業したガソリンスタンドは、

ちょっと見方を変えれば、アメリカの田舎のようだったりする。
石狩金沢駅GS

2時間30分ほどで
月形町に到着。
とりあえず、「つきガッタ、アイ・ガッタ」と言ってみる。
なぜ言ったかというと、
私はブルース・マンに憧れてるからだ、アイ・ガッタ。

月形にて昼食。
時刻はまだ午後1時をまわったところ。

体力的にはまだ余裕がある。
そして完璧な青空と柔らかい風。
ここで引き返したら、走行距離は100kmに満たない。
今年のクロスバイク活動における最大目標を
留萌行き(札幌から135km)に置いている私には、
今このタイミングで、オーバー100kmをクリアしておくことは
大きな意味がある。
そこで、さらに北を目指すことを決意。
月形町の北隣の町、浦臼町を目指すことにした。

浦臼町までは、月形町から約15km。
やや向かい風で、やや下り気味だったため、難なくクリア。
JR
浦臼駅の駅舎は新しく、わびさび不足だったため、
「札幌から60km」の表示があった月夜橋にてフォト撮影。
なんとも、おつな名称だ。
月夜橋@浦臼町  

月形町浦臼町の間に、「豊ヶ岡(とよがおか)」という駅があった。
他の駅は、ほぼ国道沿いにあったのだが、この駅だけは違った。
国道から2kmくらい山に入ったところにあった。
驚いた。
駅は完全に森林の中。
駅の付近は砂利道で、車が1台通るのがやっとの細さ。
車を切り返すスペースもない。
左写真の中央が乗降スペース。周りに民家は全くない。
豊ヶ岡駅1 豊ヶ岡駅2

駅の待合室がこれ
豊ヶ岡駅待合室

フォトだとわからないが、
入口の上に、「豊ヶ岡駅」と木彫りの看板がある。
この駅の存在は全く知らなかった。
秘湯ならぬ、秘駅とでも言おうか、
これほどの隠れた環境にある駅を見たのは初めてだった。

時間の経過とともに、やはり疲れが出てきた。
いきなり脱水症状ムードを感じて、力が入らなくなってきたり、
サドルにあたる部分の痛みが結構気になるようになってきた。
それでも、休憩を取りつつ、なんと
か当別町まで戻ってきた。

当別高校の近くにあるセブン・イレブン前に
クロスバイクを止め、カギをかけて入店。
どら焼きとウーロン茶を買う。
店の横の方に座り、それを食べ、飲む。

札幌まではまだ25kmほどの距離が残っていたが、
ここからは、よく知っている道である。
もう札幌に着いたかのようにほっとした。
クロスバイク100km超えをできるという
ちょっとした達成感もあった。

    ◆      ◆      ◆

そんなふうに、特に問題もなく、小さな旅を終えられそうだと思ったその時、
全く予想だにしない事件が発生した。

どら焼きを食べ切り、ウーロン茶を半分飲んだところで、
札幌へ向かうべく、立ち上がり、クロスバイクの横へ。
ポケットからカギを手に取る。
ところが、カギを手にとれない。
イン・マイ・ポケットにカギがなかったのだ。

カギはどこへやらと、リュックの中身を全て出して確かめる。
自転車を駐めた位置から、セブンイレブンの入口までを探す。
見つからないので、セブンイレブンに再度入店し、
自分の歩いたところに落ちてないかと探す。
どこにも見当たらない。

ポケット、リュック、路上、店内と、
同じことをもう一度の繰り返してみる。
やはりカギは見つからない。

私は、キーホルダーにじゃらじゃらとカギを複数つけるのを嫌う。
ひとつのカギに対して、ひとつのキーホルダー主義者である。
つまり、カギの数だけキーホルダーがある。
誕生日の数だけ命日があるように。

自転車のカギは、短パンの左ポケットに入れていた。
1時間前に月形で休憩した時は、確かにカギは存在した。
その後、左ポケットに関する動きは、携帯ラジオの出し入れのみである。

どこで紛失したのか全く心当たりがない。
心当たりはないが、カギを紛失したのは事実だ。
札幌から25km離れたセブンイレブンで、
カギをはずせないクロスバイクと自分のふたりきりになってしまった。
大変なことになった。
面倒なことになった。
ここから、どういう行動をするべきか。
まずは落ち着けということで、
セブンイレブン前に座り、残っていたウーロン茶を飲みながら、
タバコを吸った。
時刻は午後5時をまわり、風が急に冷たく感じてきた。

まず考えたのは、電車で自宅に戻り、
車で自転車を取りに来ることだった。
しかし、自転車を見知らぬセブンイレブン前に
放置していくのは危険だ。
店の人に事情を伝えたとしても、
店の人が自転車を守りきれるわけではない。

ならば交番に行き、しばし預かってもらおうと考えた。
そこならば安全だろう。

交番は当別駅の近くにある。
ただ、そこまで1km以上はあるように思えたし、
当別町特有の、線路をはさんで入り組んでいる道に翻弄され、
どこをどう進んでいけばいいのかわからなかった。
しかも、カギのかかった自転車を連れての道程である。
困った。

仮に交番に預けて、後で取りに来るとする。
交番まで歩き、電車に乗り、地下鉄に乗り、
自宅まで15分歩き、車のエンジンをかけて
当別町へ向かう。
その時間と手間を想像したら、
ここでカギを破壊し、そのまま乗って帰る方が、
よほど楽なのではないかと思い始めた。
というか、そうすることに決めた。

そうなると問題は、カギを壊せる道具や技術がある人を
見つけ出せるかである。
それは自転車屋しかない。
私は、自転車屋を求めて、自転車を担いで歩き始めた。

セブンイレブンで、近くの自転車屋を聞き出して、そこへ向かう。
その道の途中で、犬の散歩をしている人にも、念のため同じことを聞いた。
普段は非常に人見知りなのに、どうにもならずに困り果てると、
全く意識せずに、礼儀の正しいフレンドリー人間になれるから不思議だ。

15分くらい歩いて、その自転車屋が見えた。
ただ、不安がよぎった。
カギを壊してくれと言って、はいわかりました、と対応してくれるものだろうか。
盗難車かもしれないのだ。
防犯登録はしているが、自転車屋に確認手段はないだろう。
その日、デジカメで撮った写真に自転車が写っているものが
何枚かあるので、それでわかってもらうしかないか、
などと考えているうちに、自転車屋の前に着いた。
驚いたことに自転車屋は休みだった。

がっかりしている暇はない。
すぐに、別の自転車屋を探す。
誰かに尋ねたいが、人ひとり歩いていない。
しょうがないので、通りがかりのクリーニング店に入店し、
別の自転車屋はないかと聞いた。
こうなったいきさつを話していたら、大層、気の毒がってくれた。
ただ、その説明は複雑で、自転車屋の位置がよくわからなかった。
とはいえ、商店街の中に自転車屋があることはわかった。
それだけでも収穫だった。

とりあえず商店街方面に向かって歩くと、
当別町役場が現れた。
ということは、駅も近い。
駅が近いということは、交番も近い。
交番に行けば、私がこの自転車の防犯登録をしていることを
確認してもらえるのではないか。
それを根拠に、カギ壊しもスムーズにできるのではないか。
しかも交番なら、自転車屋の場所も適確に教えてくれるだろう。

自転車をかついで歩く中年は、役場を横切り、ローソンを超え、
駅舎の階段を上り、そして下り、交番にたどり着いた。
そこには誰もいなかった。
「事故処理に出かけている」みたいな紙が置いてあった。

すぐに見切りをつけた。
最初に見つけたおばさんに、自転車屋のありかを聞く。
信号をふたつ行って、左に行って…、と説明してくれたが、
その方向に信号はなく、しかも複雑な説明で覚えられないので、
熱心に聞いているフリをしていた。

丁寧に礼を言い、とりあえず商店街方面へ。

自転車に乗った中学生らしき女子が通りかかった。
複雑な説明はいらない。
シンプルでいいのだ。
教えてくれるのは、10のうちの4くらいでいい。
残りの6は、自分で見つけるし、別の人に聞く。
そこで、方向と何mくらい先かだけ聞いた。
「500mはないと思う」とのことだった。

300mくらい進んだところで、
銭湯へ向かって歩いているらしきおじさんに声をかけた。
また、方向と何mくらい先かだけ聞いた。
あと100mくらいだと言われた。
「パンクしたの?」、「どこ行って来たの?」など、
色々と事情を聞かれ、順を追って話すと、
気の毒がりつつも、「まあまあ災難だわな」と笑っていた。

そして自転車屋に到着。
時刻は午後6時をまわっていた。
事情を説明し、カギを壊してほしいと依頼。
「自転車を預かるから、明日取りに来れば」とも言ってくれたが、
迷わず、カギ破壊を申し出た。

自転車をかついで歩いているうちに、
この自転車を残して、ひとり札幌に帰るわけにはいかないと思った。
知らない街の夜の中に置き去りになどできないと思った。
自転車はただの遊び道具ではある。
しかし、実は非常に愛着のある相棒なのだと気づいた。

仮に、子(マル子)という女性がいたとする。
それまでは特別な存在とは思っていなかったが、
自分が別の女性から言い寄られてみると、
子が急に愛おしい存在に思えたり、
別の男性が○子に告白したと聞いたら、
子が他の誰かのものになるなんて耐えられないと、
子への恋心に気づいたり。
それに似た気持ちになったのだ。

自転車屋にて、盗難車だと思われないよう、
デジカメの写真を見せるため、
リュックの中のデジカメを取り出そうとした、その時。
自転車屋のおじさんは、既にバカでかいペンチを手にしていた。
そして、「じゃあ切るよ」と言って、あっさりとカギは分断された。
口頭説明だけで、私の自転車だと信じてくれたのか。
危機管理の甘さにやや驚きつつも、とりあえずオッケイオーライだ。

100612札幌大橋
そこから札幌までの道程は、昼間の快晴はどこへやら、
もやが発生し、霧雨っぽい空気に包まれた。
しかし、自転車が愛おしくて仕方なかった。
普通に走ってくれることが有り難く思えた。
疲れや痛みは、なぜか吹き飛び、
この自転車とともに、自宅へ帰れることが、
当たり前のことなのに妙に嬉しかった。

浦臼往復120kmを、なんとかクリアした。
それは大いに意味のあるステップとなった。
それよりもっと意味があったのは、自転車への愛に気づいたことだ。
君じゃなきゃだめなんだと思い知った。
愛だけじゃ乗り越えられないのはわかっている。
しかし、愛がなければ乗り越えられない。

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あさって6月11日から、サッカーのワールドカップが始まる。
実感がわかない。
6月14日は日本の初戦。
あと5日なのに、待ち遠しさもわくわく感も小さい。
もちろん試合はライブ放送で見るだろう、と思う。
しかし、ゴキゲンなオファーがあれば、そちらを優先するだろう。
何が何でも試合を見なければ、という楽しい義務感がない。

仮に、ワールドカップと刑事ドラマ「臨場」が
同じ時刻に重なっていたら、「臨場」を見るような気さえする。
ちなみに私が今、その時間に家にいれば必ず見るドラマは、
「臨場」、「ハガネの女」、「女帝 薫子」である。
そんなことはどうだっていい。
どうだっていいが、おれ、まげね。


なぜ気持ちが盛り上がらないのだろう。
私が年をとり、サッカーへの関心が薄くなったからなのだろうか。
なんとなく4年前のワールドカップよりも
世間一般も盛り上がりに欠けているように感じる。

実は4年前も、いまひとつ乗り切れなかった。
その最大の理由は、監督がジーコ氏だったことだ。
名前優先で監督に選ばれたような先入観がぬぐえなかったことや、
戦術や選手起用の面白さみたいなものが見えなかったことが
興味をそいだ。

今回も、なんというか端的に言えば、期待が薄いのだ。
勝ってほしいという強い気持ちが弱いのだ。
仮に、大方の予想通り1勝もできなくても、
何を責めることも、何を語る資格もないだろう。
気持ちは、「絶対に負けられない戦いがそこにある」のではなく、
「負けてもしかたない戦いがそこにある」という感じだ。
ただ、期待が薄い分、初戦に勝とうものなら、
思っている以上に盛り上がりは増すことだろう。

ラーメンも然りだ。
特に期待もなく、なんとなく食べたラーメンが意外に美味しい場合。
逆に、大きな期待を持って食べたラーメンが、
「そんな行列ができるほどのものか?」と思った場合。
満足度は前者の方が明らかに高いが、
冷静に比較すると、後者の方が美味しかったりする。
期待の大小は、ハードルの高低になる。
期待と満足度のバランスは難しい。

ということで今回はラーメン。
6店登場します。

よろしくどうぞ。

■マルエス食堂/味噌ラーメン 600円
  (札幌市東区北23条東1丁目)
マルエス食堂/店
ほんとにここから入るのか?と思ってしまう裏口のような入口。
中に入ると、手作り屋台カフェのような佇まい。
ライト感覚の鼻歌ポップ・ミュージックのようなラーメンが
出てきそうな想像がよぎる。
しかし、実態は、ベーシックな味噌ラーメン。
そして美味しかった。

マルエス食堂/味噌
まろやかなで、後味がすっきりした味噌スープ。
麺も具も、第一印象は「普通」であり、インパクトも弱めではある。
ところが、次第にダシの複雑さや奥行きを感じてきて、
食べていくほどに美味しくなっていく。
無駄に主張していないため飽きさせず、
それでいて、後に引くような旨みが残る。

実は、こちらの店主の方には、この店の隣にある焼き鳥店、
「JAPANESE BBQ KEPPARE」
(ジャパニーズ・バーベキュー・ケッパレ)にて会ったことがある。
ほろ酔い状態で、「こんなオレが作ってるラーメンですよ。
美味しいと思いますか?」と謙遜していたが、
なかなかどうして、ベーシックながら独特の旨みのある
美味しいラーメンだった。再訪するだろう。

なお、ラーメンを食べに訪問した際は、
以前に焼き鳥店で会った人だと気づかれないよう、
帽子+サングラス姿で、ひっそりと過ごした人見知りなオレはロック・ミー。


■ブタキング/豚ラーメン 850円
 (
札幌市東区伏古1条5丁目 環状通沿い)
ブタキング/店
ラーメン二郎のインスパイア系のラーメン。
見た目も、トッピングの種類や表示の仕方も同じであります。
ただし、二郎が醤油スープなのに対し、こちらは味噌味オンリー。

スープは、豚骨白味噌のノーマル札幌ラーメン風。
ちょっと重ためで、中年男子にとっては、後半はきつかったのであります。
麺は極太で、見た目は二郎風。
ただ、極太のつけ麺のようで、スープとの馴染み方に
ちょっと違和感をおぼえました。
先入観と慣れの問題なのかもしれませんが、
もっと良さが出る麺のタイプがあるような気がしました、恐縮です。

ブタキング/豚ラーメン
チャーシューは柔らかめですが、やや筋っぽく感じました。
余計なリクエストではありますが、
型くずれさせるほど煮込んだ方が、
いい意味で荒く、迫力が増すように思えたのであります、恐縮です。

味噌味の二郎系というのは、試みとして素晴らしいと思いますし、
このダイナミックさは、わくわく感をかき立てます。
興味をそそられ、話題性も十分。
ガツンといきたい方にはこたえられないでしょう。

■麺魂/油かすつけ麺 700円
 (
札幌市北区北23条西7丁目 北24条宮の森通沿い)
麺魂/店
つゆは、ダシが弱めでショウガ風味の濃い正油味。

チャーシューのつけ汁テイストに近いか。
つまりは、甘じょっぱい感じ。
海苔の上に魚粉がオンされており、
半分食べたあたりで、それをインしたが、
変化らしきものは、正直感じなかった。

麺魂/油かすつけ麺
麺は中太で、いわば普通のラーメン。
つけ麺の麺は極太、という私の勝手な固定観念のせいで、
なんとなく物足りなさを感じてしまった。恐縮です。
実は「油かす」にそそられてオーダー。
しかし、油かすの食感も味も、あまりよくわからなかった。

ただ、作りは丁寧で、まとまりがある。
たまたま私のわがままな好みと合致しにくい要素があっただけである。
クセはないものの、意外にありそうでないタイプかも。

■麺屋 田中商店/酒蔵ラーメン(味噌) 750円
 (留萌郡
増毛町稲葉町1丁目 国稀の向かい)
麺屋 田中商店/店
銘酒「国稀」の酒かすがインされた味噌ラーメン。
以前に箱入りのものを買って、自宅で食べたことがあり、
インスタントにしては、すこぶる美味しかった。

ゴールデンウィークに
増毛町に立ち寄った際、
酒蔵ラーメンを提供する店が存在していることに驚いた。
その驚きの勢いで入店した。

麺屋 田中商店/酒蔵ラーメン(味噌)
ほんのり酒かす風味が漂う白味噌スープ。
まろやかな甘みは親しみやすく、
それを酒かす風味が、きりっと引き締めており、
バランスもよろしいかと思う。

麺屋 田中商店/しょうゆ
しょうゆラーメン(700円)は、
煮干しなのだろうか、魚ダシが結構強い旭川ラーメンという感じ。
小樽の「初代」のスープの魚ダシをもっともっと前に出した感じ。
酒蔵ラーメンとは全く別物の印象。

十分に地方の名物ラーメンになり得る味である。
地方のラーメンは、麺にこだわりが見られない印象があるが、
こちらの店は、麺がしっかりと立っており、スープとも合っていた。

増毛の街の雰囲気は大好きだ。
海と山のバランスが非常に良い。
「こんな場所にあるの?」的な数々のJR
無人駅も味わいがある。
が増毛町のためにできることは何だろう?と時々考える。
故郷ではないが、故郷っぽい何かを感じさせる街だ。

■ひょっとこ/和風柚子柳麺 700円
 (
東京都千代田区有楽町 東京交通会館B1)
ひょっとこ/店 
6月1日に仕事で東京へ行った。
その時、昼食をとったのが、この店「ひょっとこ」。
東京へ向かう前日から、ここに行こうと決めていた。

JR
有楽町駅のすぐ近くにある東京交通会館の地下にある。
平日の午後1時過ぎに訪問したが、3人ほどの行列があった。
店内はカウンターのみで非常に狭い。
厨房も極めて狭く、1m×5m=5㎡ほどしかなかった。

ひょっとこ/柚子柳麺
一番人気であろう和風柚子柳麺をオーダー。
柚子風味のあっさり塩味スープ。
魚介ダシと鶏ダシがきれいに出ており、
それでいてまろやかで、非常に上質な感じがした。
柚子入りカップそーめんの、良いところのみを抽出して、
すっきりとバランス良くまとめた感じの味ともいえる。

麺は極細で堅め。
ゆで時間が短くて済むせいか、オーダー後4分くらいで出てきた。
スープとマッチした食べやすい麺だった。
その他の具も文句なし。
特にチャーシューは落ち着いた高級感のある逸品だった。

レベルの高いラーメンだと思う。
「東京で美味しいラーメンを食べた」と素直に言える。
ただ、私にとっては、やみつきになるタイプではない。
それと、北海道の人には弱めに感じるかも。
北海道の人は、もう少し輪郭がはっきりしたスープを求めそうだ。
北海道向けではないので無駄な余談だが。

■一番/味噌 750円
 (
小樽市稲穂3丁目 国道5号線沿い)
一番/店 
この店との出会いは、約20年前に遡る。
当時のバンドのメンバーであった
小樽市出身の山中氏が
連れて行ってくれたのが最初だった。

どろっとしたような濃厚な味噌スープは、
炒めたニンニク風味が強いとともに、納豆のような匂いがするなど、
何が入っているのかわからないような複雑な味で、
好き嫌いがはっきりするタイプの、すごいラーメンだった。
私はその強烈さに魅了され、平成10年頃までは、
年に一度は食べていたと思う。

その後、知らぬ間に店はなくなり、
知らぬ間に、以前から少し移動した位置に、
リニューアル・オープンしていた。
以前の店のような、怪しい古さや薄暗さや、
充満したニンニク豚骨の匂いは消え、小綺麗になった。

先日、自転車で小樽へ行った際に訪問。
作り手の方は変わったが、独特のとろみは健在。
ただ、魅力的でもあった怪しい香りは消え、
かなり洗練された感じがした。

一番/店
なんというか、正統派濃厚トンコツ味噌ラーメンといった感じで、
まろやかな旨みがあって、真っ当に美味しかった。
味は良くも悪くもまとまったが、
そこらのラーメンに比べれば、かなり濃厚で強烈。
高血圧の方は、血管へのダメージは少し気にした方がいい。
麺は、かつては、ほぼストレートだったが、
現在は、中太で縮れ普通。まさにベーシック札幌ラーメンである。

一番のラーメンを教えてくれた山中氏は現在東京在住。
新・一番のラーメンは食べただろうか。
天狗山は今日も小樽を見守り、

第三埠頭には潮風が吹き、
都通りは、いい感じで閑散としている。

テーマ:ラーメン - ジャンル:グルメ


先日、午後9時頃。
帰り道での話だ。
北8条東5丁目あたりで信号待ちをしていると、
横の方から「すいません」と声をかけられた。
振り返ると、60代とおぼしき男性と女性だった。

彼らは、「地下鉄
東区役所前駅には、どっちに行けばいいのか」と
尋ねてきた。
そこは、十字路の中に斜めの道路が走る複雑な交差点だった。
正方形の中に、左下と右上を結ぶ斜線があることを
イメージしていただきたい。
彼らと私は、正方形の左下の位置にいた。

その地点から右上の斜線方向へ進む(北東方向へ進む)。
右上の角まで約500m。
そこに達すると、片側2車線の広い道路にあたる。
そこで左折し、広い道路沿いに200mほど行くと(北方向へ行くと)、
地下鉄
東区役所前駅の入口がある。

人に道を聞かれ、熟知している場所ならば、
親切に教えてあげたくなるだろう。
知らない場所を尋ねられ、答えられない時は、
役に立てなかったことを残念に思うだろう。

尋ねられた場所は、完全に把握しているところだったため、
要点を押さえ、いかにシンプルに説明するか、
私は私自身に完璧を求めた。
あまりに細かく、詰め込むような説明では
聞いた側は一度に覚えられない。
というか、ちょっとした質問に対して、
一から十まで説明するタイプはうんざりだろ。
「そんなことは聞いてない」、「もうわかったから」という雰囲気を
醸し出しても、相手の反応も見ずに、一方的に話し続ける。
それに付き合わされるのは苦痛としか言いようがない

そうした苦痛を、質問者に与えてはいけない。
ポイントはひとつか二つでいい。
あとはイメージしてもらうことが重要なのだ。
ということで、

「この斜めの道を進む。
500mくらい行くと片側2車線の広い道路に出る。
そこを左に曲がって、少し歩けば
地下鉄
東区役所前の入口がある」と説明。

その斜めの道は「ななめ通り」と呼ばれ、
その地域の人達には著名なストリートである。
近道ロードでもあり、昼間は利用者も多い。
しかし、時刻は午後9時過ぎ。
一車線の一方通行であるため狭く、街灯の光度も弱めである。

そのため、「ななめ通り」の存在を知らない人にとっては、
バック・ストリート風情が漂い、多少デンジャラスでもあろう。
そのせいか、道を尋ねた60代男女に、
ほんとにこの道でいいのかと再確認された。


実は、私がこの先、帰る道も、ななめ通りだった。
つまり、彼らと同じ方向だった。
ここで私の人見知りぶりというか、
オープン・ハートできない部分を露呈してしまう。

ほんとは、ななめ通りを歩きたいのに、
同じ方向に歩くのは、お互いに気まずいような気がして、
先ほどの正方形の左下から真上へ、
つまり、北東方向へ行きたいのに、北方向へ。
そして、ある地点で右折。つまり東方向へ向かい、
目指すべきだった右上地点に向かった。

私は遠回りをしたのだ。
斜めに行けるところを、四角く歩いたのだ。
ただ、先ほどの60代男女の歩くスピードを想像すると、
右上地点には、同時くらいに着くのではないかと思えた。
別々の方向へ歩いた者同士が、
というか、道を尋ねた者と尋ねられた者が、
右上地点で、また出会ってしまうことは、
気まずいのではないかと緊張してきた。

私は、途中から意識的に歩くペースを落とした。
先に60代男女が右上地点に現れ、
左折するシーンを目にして安心したいと思った。
ところが、前方に彼らは現れない。
そのうち、私は右上地点に着いてしまった。
彼らを探すと、まだそこに到着せず、
200mくらい手前を歩いていた。

彼らを残し、ひとり帰ることはできなかった。
右上地点にたどり着き、無事、左折するところを見届けたかった。
それが私の責任のように思えた。

私は、右上地点の交差点の反対側に渡り、彼らを待った。
信号が青になっても渡らず、ただ立っているだけの怪しい男状態で待った。
5分くらいして、彼らは右上地点に到着。
立ち止まって、こっちか?あっちか?というような素振りをした。
私はそれがもどかしく、
信号を渡って、こっちに行くのだと伝えに行きたかった。


しかし、無事彼らは地下鉄
東区役所前方向へ進んだ。
ほっとした。
もし彼らが、別の方向へ進んだら、
「そっちじゃない、こっちだ」と、
交差点を渡って、アドバイスしに行けただろうか。
「さっき道を教えてくれた人が、なんでここにいるんだ?」と
不審に思われようとも、行動に移せただろうか。
それとも、行動に移さずに去った方が、
怪しまれずに済んで良かったのだろうか。
この状況での、人としての在り方は、何が正しかったのか。
聖書を読めば、何かわかるだろうか。
そんなことを考えたら、しばらく興奮が収まらなかった。

いったいオレは何をやっているんだろう。
はたから見れば、怪しい行動にほかならない。
みみっちい。
虚しい。
小さすぎる。

耐えきれず空を見た。
電線の向こうに月が見えた。


野球のある場面。
ノーアウト・ランナー一塁でバント失敗。
強攻策に出るも、内野ゴロでダブルプレー。
次のバッターがヒットを放つ。
すると、「ちぐはぐな攻撃だ」と言う解説者や新聞記者がよくいる。
次のバッターがヒットを打ったから言われる。
次のバッターが、「ちぐはぐな攻撃」にしてしまったかのように。
凡退していれば、何も言われなかった。
ヒットを打ってしまったがために、
まとめて、ちぐはぐな攻撃仲間にさせられる。

やりきれない話だ。
わけがわからない。
しかし、ここで延々と訴えても仕方ない。
なので、今回は3冊をブック・レヴュー。

よろしくどうぞ。

■佐々木譲「廃墟に乞う」
        佐々木譲/廃墟に乞う
第142回(2009年下半期)直木賞受賞作。
主人公は、休職中の道警の刑事。
休職の理由は、親切には書かれていない。
ある事件をきっかけに、抑うつ系の病気になったらしい。
休職中ではあるが、有能な刑事であったようで、
事件を解明してほしいと、次から次に、様々なところから依頼が入る。
しかし、休職中の身であるため、
現場に立ち入ることはできず、情報を入手するにも制約がある。
そんな限られた状況の中から、
事件の裏に隠された真実に迫っていく。

本作は、六つの短編で構成されている。
舞台になっているのは、いずれも北海道内。
オーストラリア人がたくさん住みついた
倶知安町
ヒラフスキー場界隈で起こった殺人事件や、
故郷である空知の産炭地(夕張の隣にある架空の町)に
逃げ込んだ犯人の心の闇、
確実に静内と思われる町で起こった大物牧場主の殺人事件
などを描いている。

行ったことがある地が舞台になっていることもあり、
読んでいて情景が目に浮かぶ。
派手さや痛快さはないが、地に足のついた手慣れた書きぶりで、
きちんと世界に引き込んでくれる。

ただ、どの作品も、終わり方が唐突。
短編としてコンパクトにまとめた、というよりも、
本来300ページある作品を60ページで終わらせた感じである。
内容的には、事件の背景にポイントを絞ったかのよう。
その先が知りたいのに、という気持ちが残る。

もっと深くえぐるような長編を読みたくなった。

十分に面白い作品ではある。
ただ、私の度量の小ささゆえのことなのだが、
直木賞受賞作という冠を意識して読んでしまった。
その先入観がなければ、もっと面白く感じたかも。

■辻村深月「太陽の坐る場所」
        辻村深月/太陽の坐る場所
辻村深月(つじむら・みづき)の作品は、
かねて読みたいと思っていた。
特に、2009年に刊行された「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。」は、
読書欲を刺激され、昨年末に
札幌市図書館に予約。
ところが、未だ順番がまわってこない。
そこで、すぐに借りられた本作を読んでみた。

舞台は、高校卒業から10年後のクラス会。
軸になるのは、卒業後、女優になった「キョウコ」という女性。
彼女は、これまで数度開かれたクラス会には一度も出席していない。
次のクラス会では、なんとかして出席してもらおうという話になる。
そんな彼女と、彼女を取り巻く状況について、
数人のクラスメートの視点から語られている。

クラスにおける女性同士の嫉妬や悪意などを絡めた
微妙な付き合いぶりや、
卒業後のクラスメートの見栄や執着心など、
良く言えば丹念に、悪く言えばしつこく描いている。
ただ、リアリティはあるし、拾わずに通り過ぎそうな心情を
よくカバーしており、非凡さは感じる。

文章表現にしても、面白い作品を書けそうな片鱗というか、
輝かしい才能を感じさせるところはある。
例えば、
「馴れ合い。才能のない者同士がつぶし合い、
時に才能がある者までをも潰してしまう、どうしようもない場所」とか、
「一度崩壊を許した場所には、二度と秩序は帰ってこない。
許し続け、流され続ける」など。

ただ、場面が錯綜してわかりにくい箇所が多い。
前置きもなく場面が突然変わっているようなところがあり、
想像で補うのに時間がかかる。
なんというか、筆運びが先走っているようで、
読み手にとっては、遅れて理解する、あるいは、
理解できないまま読んだ箇所が複数あった。

終盤、小さなトリックが秘められていたことが明かされる。
そこまでに感じた違和感の正体はこれだったのかと、
それなりの納得と意外性はある。
先走られたようなもどかしさのある作品ではあるが、
それに慣れれば、面白い作品ではないかと。

■吉田修一「横道世之介」
        吉田修一/横道世之介
昨年11月に札幌市図書館に予約。
今年のゴールデンウィークに、やっと順番が回ってきた。

時代は1980年代半ば。
主人公の横道世之介(よこみち・よのすけ)は18歳。
大学進学のため、故郷の長崎から東京へ出てくる。
そこからの1年間を綴った青春物語である。

物語は、東京に着いたばかりの世之介が、
屋外ステージで営業をしているアイドルを発見し、
興奮する場面から始まる。
彼は、大理石のような重たい置き時計をバッグに入れている。
そうした設定のせいで、さえないオタクキャラ学生の、
ぱっとしない物語かと思って読み進めた。

この作品は、普通の大学生の、普通の日常を描いていると
紹介されているメディアが多い。
ところが、入学後すぐにサンバのサークルに入ったり、
ホテルでバイトしたり、コンパに行ったり、
男女複数でドライブ・デートをしたりと、
普通の学生よりも、よっぽど大学生活を楽しんでいるキャラである。
また、高校時代は、濃密な交際をした女性がいたことも描かれている。
そんな感じで、キャラクターが、しばらくつかめなかった。

しかし、お調子者で、図々しいが、
優しさのある憎めない感じのキャラだと理解したら、
物語にぐっと入っていけた気がした。
描かれている場面は、
ハイティーンならではの甘酸っぱさやほろ苦さが中心。
なかでも、不思議キャラのお嬢さま学生と知り合い、
ゆっくりと二人の心がつながっていく過程は素晴らしい。

お嬢さま学生が、ほんとにいい味を出している。
愛おしくて仕方なくなるほどの真っ直ぐさである。
例えば、夏休みに、世之介は実家に里帰りする。
その時、お嬢さまは、世之介と付き合ってもいないのに、
里帰りに勝手に同行。
実家近くのホテルに泊まり、実家にも訪問する。
一方的で強引な行動だが、あまりの健気さに胸がキュンとなる。

また、ところどころ、登場人物の現在の生活を織りまぜている。
そして、「大学生の頃、世之介って奴いたよなあ」と、
しみじみ思い出す場面を作っている。
これが非常に良い。
世之介が人生に大きな影響を与えたわけではない。
でも、彼がいた、ありきたりな大学生活はとても楽しかった。

そう、このブログを読んでいる君だって、
あの日、あの時の誰かの笑顔や、
ちょっとした印象に残る言葉や小さな出来事を、
ふと思い出して、楽しかったなと思うことがあるはずだ。
それはとても貴重なことで、
そうした小さな思い出の積み重ねによって今があることを
感じさせてくれるような素敵な作品である。

世之介の現在、お嬢様の現在、世之介の母の思い。
そうした全てが絡み合い、最後は落涙必至、万感まちがいなし。
今、思い出しても、ほろっときそうになるほど。
買って、家に備えておきたいような作品である。

テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌



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