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前回は、東京へ行ったという記事を書いたのさ。
東京へ行ったというより、
東京でラーメンを食べたという記事だったね。

その日の東京は、最高気温が10度。
札幌と変わらない気温だったのさ。
けれど、札幌とは違う温かさがあった。
きーんとした震えるような寒さじゃなかったのさ。
それに、木々の緑が豊富で、桜も普通の顔して咲いていた。
全く、東京は春だったね。
吉田拓郎ぶるつもりはないが、春だったね、東京は。

予約した帰りの航空便は、羽田発19時55分だった。
仕事が終わったとき、その時刻までは多少の余裕があり、
多少、必死になれば、1本早い18時45分の便でも、
「まに合うかもしれない」という状況だった。
(吉田拓郎氏には、「まにあうかもしれない」という名曲もある)

1本早い便で帰るには、予約待ちという賭けに出なければならない。
どの程度の混み具合なのかはわからなかったが、
1時間程度早く帰ったところで、オレの未来は何も変わらないと思い、
同行していたM越(エムコシ)氏に、
「ちょっとぶらついて、予定通りの便で帰るぜ」と意志を伝えた。

それに対してM越氏は、18時45分の便にトライすることを宣言。
M越氏は、昨年も一昨年も、年に何度か東京に来ていた。
そんな彼の思いを推測すると、こんな感じだ。

「東京には、もはや俺の夢っていうか、マイ・ドリームはないんだよ。
 夢を見なけりゃ、夢は実現しない。それはわかる。
 でも、東京じゃなくても夢は見れるだろ。
 
 サッカー・ワールドカップのトロフィーが、
 世界の国々をまわって一般公開されている。
 ちょうど今、日本で公開されている。
 あれに触ることが許されているのは、
 ワールドカップの優勝チームメンバーと国家元首だけなんだよ。
 日本じゃ、鳩山総理だけってわけ。

 俺達がこれから、そのトロフィに触るチャンスを考えてみなよ。
 ワールドカップの優勝チームメンバーになるより、
 日本の総理になる方が、まだ可能性はあると思うんだ。
 ワールドカップの優勝チームメンバーになるのは、可能性ゼロだろ。
 そこには、俺の夢っていうか、マイ・ドリームはないんだよ。

 だから俺は、1本早い便で帰る。
 わかってもらえるかい?」

そういうわけで、M越氏は早い便にトライするため羽田に向かった。
私には1時間近くのフリータイムが生まれた。
1時間でできることは何だ?
吉田拓郎ぶるつもりはないが、原宿ペニーレインでバーボンを
飲んでいる余裕はない。
私は悩んだ。
ということは全くなかった。
即座に、東京タワーへ行こうと決めた。

これまで東京タワーに行ったことはなかった。
なぜなら、これまで東京タワーに行きたいと思ったことがなかったからだ。
ところが、なぜだろう。
この1、2年、東京タワーに行ってみたいと思うようになった。
次に読む予定の小説もリリー・フランキー著の「東京タワー」だった。

ただ、東京タワーまでの距離感がわからなかった。
もちろんガイドブックなど持ち合わせてはいない。
そこで、通りすがりの本屋でチェック。
浜松町駅から余裕で歩いて行ける距離にあることを確認。
小雨そぼ降る中、傘もささずに、歩いて東京タワーへ。

100423トウキョウタワー
まずは外観に感激。
これが幾多の曲や小説の題材になった東京の象徴なのかと
感慨深いものがあった。
裏通りのような坂道の途中に存在していることも刺激的だった。

早速、中へ入り、高速エレベーターに乗る。
エレベーターの中は、私以外は皆、インド人の団体客だった。
エレベーター・ガールが、カタカナ英語で
インド人と気さくに話していた。
会話の中で、「タージ・マハール」という言葉を聞き取った。
日本には、田島ハルさんという人が何人かいるだろうなと思った。

100423トウキョウタワーから
エレベータを下りると、東京の景色が目の前に。
驚いた。
ていうか、驚いたぜ、あまりに見えなくて。
雲なのか、霧なのか、かすんで、ぼやけて、どうにもならなかった。
それでも、東京タワーに登ったという事実に、
それなりの胸の高鳴りはあった。

「全くどうなってんだよ、景色が見えねえじゃねえか」と、
歯に衣を着せないことを言う気持ちにはならなかった。
「あまり景色は見えないけど、ほんとに素晴らしい。
 ワオ!TOKIO!ビバ!ホーム」などと、
歯が浮くようなことを言う気持ちにもならなかった。
「見えないっていやあ見えないけど、
 見えるっていやあ見えるかな、みたいな」などと、
奥歯にものがはさまったようなことを言う気持ちにもならなかった。

強いて言えば、治療したその日の夜に、
かぶせた歯がとれてしまったような状態だった。
つまり、二つの意味で、しかいが悪かった。

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4月23日、仕事で東京を日帰りした。
8年ぶりの東京であるため、本来ならば、
それなりのワクワク感があるはずだが、
移動して、仕事して、すぐ帰るようなスケジュールだったため、
流れのままに淡々と過ごそうと思っていた。

とはいえ、昼食だけは、いい加減にしたくはなかった。
昼食時間は移動を含めて40分くらい確保できそうだった。
この40分を疎かにしてはいけない。
北海道では食べられないものを食べる。
その情熱だけは揺らぐことはなかった。

場所は新橋。
行き先は「ラーメン二郎」にしようと、前日の夜に決めた。
ラーメン二郎は東京の大メジャー店。
8年前に一度食べたことがあるが、
チャンスがあれば、再度食べてみたいと思っていた。
ただ、40分という時間では不安があったため、
行列待ちの状況次第で、すぐに諦めようと覚悟をしていた。

もうひとつ乗り越えなければいけないことがあった。
出張は、私一人ではなかった。
M越(エムコシ)氏という同僚と一緒だった。
M越(エムコシ)氏とは、これまで同じ部署に
配属されたことはなかったが、旧知の間柄であり、同世代であり、
ざっくばらんに何でも話せる、付き合いやすい同僚である。

ただ、彼の食の傾向は全くリサーチしていなかった。
滅多に来ることがない東京という地での一回の食事に対して、
どんな意識を持ち、何かこだわりはあるのかは知り得なかった。
何もこだわりがないのが、一番有り難いと思った。

そもそも「ラーメンはちょっと…」と言われる可能性はあるし、
徒歩移動を嫌い、目の前にある適当な店でええじゃないかと、
イージーな選択を要求する恐れもあった。
私が難色を示せば、ええじゃないか運動を
起こすのではないかとも危惧した。
それ以上に警戒したのは、「吉野家」や「味の時計台」など、
札幌でいつでも食べられるだろ!的な店を提案されることだった。

M越(エムコシ)氏の意向確認は、
浜松町へ向かうモノレールの中で行われた。
M越氏に「昼は新橋でラーメンを食べないか」と打診。
「ああ、いいっすよ」と即答。
「(仕事先まで行くには)ちょっと遠回りになるけど、
 それでもいいかい」。
「ああ、いいっすよ」とリピート。
続けて彼は、「札幌だと、どこのラーメン美味しいすか?」と
聞いてきた。
「M越さんは、家、菊水だよね。菊水なら、綱取物語が好きだね」
「そこ行ったことある。味噌、美味しかったなあ。
 でもね、うちのカミさん、なんか創作っぽいつけ麺を食べたら、
 全然合わなかったみたい」

私は小さな感動をおぼえた。
私も、綱取物語のアンチョビ入りのつけ麺に撃沈した経験がある。
あまりに生臭く、半分程度食べて中退したのだ。
M越氏とラーメン談義を続けていると、
彼は意外と休日に家族でラーメン店に行っていることが判明。
私は調子にのって、
「初めて訪問した店で、初めて食べるラーメンなのに、
 ラーメンが出てきたら、いきなりコショウをかける人っているよね。
 あれはどうかと思うんだよ。
 基本の味もわからないうちからカスタマイズするかね」
と言おうとした。
しかしやめた。
面倒臭い人だと思われたくなかったからだ。

ラーメン二郎・新橋店
そして、無事、ラーメン二郎・新橋店と思われる店に到着。
「思われる」というのは、店の看板には「ラーメン新橋店」としか
書かれておらず、「二郎」の表記が一切なかったからだ。
店内を覗いてみたが、やはり「二郎」表記はない。
果たしてここは、ほんとにラーメン二郎なのか。

不安を抱えつつも、とりあえず店内に入った。
即座に、メニューと、客が食べているラーメンを見た。
野菜の盛られ方、麺の太さを目にし、
二郎のラーメンに思い込むことにした。
(帰宅してネットで調べたら、二郎に間違いなかった)


運良く、二席だけ空いていた。
何ら迷うことなく、看板メニューである「豚ラーメン」(700円)を
オーダー。
ヤサイ、ニンニク、アブラなどの増量は無料で、
周りの客は、それぞれにカスタマイズしていたが、
私にとっては8年ぶり、M越氏にとっては初めてであったため、
「原型を知らずしてトッピングなどできないぜ。そうだろ」
ということで、一切カスタマイズせずにオーダー。

ラーメン二郎/豚ラーメン
美味しいラーメンだった。
濃厚豚骨醤油スープに、極太麺。
スープの表面は背脂で覆われている。
チャーシューは脂身のないタイプが5枚のっている。
口当たりは、こってりしているが、
抜けが良かったため、意外にあっさりとした後味だった。
塩気がセーブされ、旨みがすっきりしているからだろう。

味にしても、見た目にしても、
かつて目にした二郎のラーメンに比べたら、
ずいぶんと綺麗でスマートな感じがした。
以前は、もっと荒く、ダイナミックだったような。
それでも、満足できる味だった。
札幌に出店しても、人気になると思う。

M越氏は、「この濃さは、カミさんには厳しいだろうな」と言いつつ、
美味しかったと一定の評価をしてくれた。
彼を半ば強引に連れ込んだこともあり、私はほっとした。
もうひとつ、それ以上に、ほっとしたことがある。
余計なことを言わなくて良かった。
M越氏は、ラーメンが運ばれてきてすぐに、
コショウをかける人だったからだ。

テーマ:ラーメン - ジャンル:グルメ


私にとって、非常に高評価だった「八日目の蝉」(角田光代著)と
「新参者」(東野圭吾著)が、現在、テレビドラマとして放送されている。

「八日目の蝉」は、本にあった密度が、
映像では、なかなか伝わってこないのが残念。
それに対して「新参者」は、まだ1回しか放送していないが、
ストーリーがわかりやすく、それでいて意外性があり、
しかも、ほろりとくる内容なので、結構いけるかも。

それよりも引きつけられたドラマは、
NHK土曜夜9時の「チェイス~国税査察官~」。
このシリアスさと毒気は、今後に期待大である。

さて、今回はブック・レヴュー。
読むんだベイベー。

■米澤穂信「追想五断章」(2009年)
米澤穂信/追想五断章
主人公は、東京の古本屋でバイトをしている大学生。
ある日、20代の女性が古本屋を訪れる。
彼女は、亡くなった父が生前に書いた小説を探していた。

亡くなった父は、小説家ではなく、サラリーマンだったが、
遺品を整理しているうちに、五つの小説を書いていたことを知る。
しかも、その小説には、22年前に彼女の母が亡くなったことについての
真相が隠されているのではないかと思い至る。

彼女は、古本屋の大学生に、その五つの小説を探し出すことを依頼。
一冊につき10万円という報酬にも吸い寄せられ、
大学生は、本探しの日々を送ることに。
そして、たどり着いた22年前の真相とは。

2009年のミステリ小説界において、評価が高かった作品である。
ただ、私は率直に言って、ぴんとこなかった。
気品があり、味わいのある作品だとは思う。
知識の多さと、テクニック的な上手さもよくわかる。
ただ、リアリティがなく、すんなりと入っていけないし、
入ったとしても、じっくり腰を据えられない。
なんというか、ぼんやり薄暗い感じで、
面白さという光を見い出せなかった。
裏を返せば、私には光を見い出すだけの読書力が不足しているということだ。

五つの小説の、それぞれ最後の一行だけが遺品の中にあり、
五つの小説の結末は、どの一行とつながるのか、
という仕掛けは面白いのだが、
序盤から、もやもや感があり、その気持ちを抱えたまま、
最後まで読み切った感じがした。
端的に言うと、真相へのつながりがわかりにくかった。
それと、登場人物のハートが伝わってこなかった。

ただ、構成、終盤の逆転ぶり、着地のさせ方など、
上手な作品だとは思う。
文体の工夫や、キャパシティの広さも窺える。
このように評価はできるものの、私自身も、
ハートが伝わらない感じで評価しているような気がする。

■東直己「フリージア」(1995年)
         東直己/フリージア
舞台は札幌。
主人公は元ヤクザの男。
過去を隠し、人目を避けて、ひっそりと暮らしている。
ある日、かつての暴力団仲間が現れる。
そして、かつての恋人が、暴力団抗争の中で
人質として狙われていることを知る。
男は沈黙を破り、彼女を救うべく、抗争の波に飛び込んでいく。

粋を抜けぬスピード感のある展開で、夢中になって読むことができた。
冷徹なヒットマンでありつつ、情が深い。
そうした主人公のキャラクターが確立されているのが良い。
まさに正統派ハードボイルド作品といえる。
印象としては、大沢在昌と佐々木譲の間に位置するような作風。

舞台が札幌という点も親しみと理解度を高めた。
北海道弁の使われ方が適確である。
また、かつての恋人が住む家を、札幌以外の方々には
決して知名度が高くはない藻岩に設定しているのも面白い。
藻岩での未明の抗争の後、チンピラに対して、
「2時間も歩けば地下鉄
真駒内駅まで行けるから、地下鉄で帰れ」と
告げるシーンなど、札幌人にしかわからないだろう。

このように、ディープに札幌を表現している箇所が多く、
思わず、にやりとした。
その反面、札幌以外の人はイメージできるのかと心配にもなった。

ためらいがなく、あっさりと殺人が行われ、その回数も多い。
呆気にとられるほど、気配がないままに血が流される。
ちょっと辟易してしまい、抵抗感をおぼえる方も多いだろう。
ただ、スリリングさが増し、主人公の本気度を高める形となっている。

実は、東直己氏の、この作品ではなく、
この作品の後に刊行された「残光」を読もうと思っていた。
しかし、「残光」のレヴューを見ていたら、

「フリージア」を読んでから、「残光」を読むべし、
という意見が目立ったことから読んでみた次第。
ハードボイルド娯楽小説として、十分に楽しめた。
「残光」も大いに期待できるだろう。

■伊坂幸太郎「SOSの猿」(2009年)
伊坂幸太郎/SOSの猿 
物語は二方向から語られていく。
ひとつは、引きこもり青年のカウンセリングを依頼された男が、
引きこもり青年と、その周辺の事情について語っていく。
もうひとつは、株の売買の入力を誤り、300億円の損失を
発生させた証券会社の事故原因調査を依頼された男が、

誤入力をした青年と、その周辺の事情について語っていく。
この二方向からの物語が、後半につながっていく。

全体にわたって、西遊記のストーリーを引き合いに出している。
それゆえの「SOSの猿」というタイトルなのだろうが、
別に孫悟空を絡めなくてもよかったのでは、というのが率直な感想。
なにせ私は、西遊記のストーリーを知らない。
一世を風靡したマチャアキ主演のテレビドラマも全く見ていない。

というか、西遊記のストーリーを知っていたとしても、
孫悟空を絡める必要性を感じなかったと思う。
引きこもり青年が、「オレは孫悟空の分身だ」と豪語したり、
日常生活の中で、突然、孫悟空が現れて、
非常識で不誠実な男をやっつけてしまったりと、
余計なファンタジー場面が、ところどころ唐突に登場するが、
その効果はあったのかと疑問。
むしろ、物語の軸をぼやけさせたような気がしてならない。

全体的に、幹の部分ではなく枝葉の話が多く、
しかも、理屈っぽくて説明がましく、気持ちが入っていきにくい。
正直、これまでの伊坂作品の中で、最も読むのがしんどかった。

伊坂氏らしい気高さはある。
その気持ちが、その行動が、誰かの心を動かし、
誰かが救われ、世の中は良い方向へ動く、みたいな理想や理念は
ひしひしと感じさせてくれる。
しかし、こじつけ度が強いかなと。
ちょっと不自然で、面倒臭く語っちゃってるかなと。
要はリズム感が悪く、伝わりにくくなっているのだ。

本筋ではない部分では秀逸な書きぶりもあった。
例えば、証券会社の事故原因調査を依頼された男の夫婦関係について。
この夫婦は離婚したという設定なのだが、
いかにうまくいってなかったかの事例は見事だった。
それは、こんな感じ。

夕食を終え、妻は食器を洗っている。
夫はアイロン掛けをしている。
夫は、ふと、キッチンから聞こえてくる水の音の激しさが気になり、
どうしたのかなと思い、キッチンの方に近づいた。
すると妻は、露骨に不快感を浮かべ、
「はいはい、ごめんなさい」と告げた。
「私が悪うございました」と、むっとして謝罪。

夫は意味が分からず、呆気にとられて黙っていると、妻は、
「水を出しっぱなしだから怒ったんでしょ?
 あなたはいつも、その都度、蛇口をひねって止めるもんね。
 私は面倒くさがりだから、流しっぱなしで。
 止めたから、もういいでしょ」
と、
一方的な解釈で、いきなり夫を責め立てた。
あたかも鬱屈した思いを吐き出したかのように。


夫は、「そういうつもりじゃない」と答えた。
「ただ、水の音が激しかったから、故障したか、
 もしくは君が倒れているのかと思って、気になっただけだ」と続ける。
すると妻は、「はいはい。言い訳はいいから」と、
ますます苦しげに、笑みを浮かべる。
「あなたは何でもきっちりやるから凄いわね。素直に感心する」

この妻の勝手な不機嫌ぶり、嫌味ぶりの描き方は秀抜。
この作品の中で、私が最も共感した場面である。
あまりの適確さに、私までどうにもやりきれない気持ちなった。
こうしたゾクゾクするようなリアリティを持った場面を描けるだけに、
孫悟空モードによって、全体的にもやもやしたのは極めて残念。

p.s どうでもいいことだが、
昨今、ミヤネ屋の司会者のことを、業界こぞって、
ちょっと持ち上げすぎじゃないかと思う僕がここにいる。

テーマ:本の紹介 - ジャンル:本・雑誌


今日もタイツ着用で通勤する。
寒いぜベイベー。

困ったもんだぜ。

さて、今回はラーメン店紹介。
よろしくどうぞ。

■梅光軒・札幌駅前通店/醤油ラーメン 700
札幌市中央区北3条西4丁目 日本生命札幌ビル地下)
梅光軒/醤油
旭川ラーメンの老舗。
優しい味である。
ただ、率直に言うと「優しい」というより「弱い」かなあと。
まとまりはあるものの、肉系ダシも煮干し・昆布ダシも潜在的な雰囲気。
もう少し前に出てもいいかなと。
「もっと来いよ、もっとぶつかって来てくれていいんだぜ」と
思いながらスープをすすった。
優しさだけじゃ、このどうしようもない世の中を乗り越えることは
できないんだ。
だからといって、必要悪なんて、オレはごめんだぜ。

麺は細めの白色系で、ちぢれは強め。
チャーシューは脂身の少ないタイプで、薄いが大きい。これは美味しい。
具の最大の特徴はメンマだろう。
薬用リップスティックを四角くしたくらいの太さがある。

なお、店のある日本生命札幌ビルは新しいビルで、
地下の飲食店スペースは通路がかなり広い。
と同時に、吹き抜けになっているせいもあるが、結構な深さがあり、
なんとなく開放的な巨大な穴の中にいるような不思議な空間である。

■桃福/みそらーめん 700円
札幌市北区新琴似7条14丁目)
桃福/みそらーめん
スープは、甘めで濃厚。
まず感じるのは、ニンニクと生姜の味なのだが、
スープを飲んでいくと、日本酒っぽい風味があったり、
ほんのりとカブっぽい旨みがあったり、
レンコンのような食感があったりと、
様々な食材が高密度で凝縮されている。

ガツンとくるハードでコアなスープである。
でありながら、何かが突出したり、強烈な特徴があるわけではなく、
むしろ札幌ラーメンの王道タイプと言っていいかも。
味は濃い。
水をすぐに欲する。
しかし、水を飲むと、またすぐにスープをすすりたくなる。
濃い味なのに、どういうわけか飽きないのだ。

情報誌等への露出は、ほぼ無いに等しいが、
長く新琴似の人気店として君臨。
店は、車で行くしかしょうがないような郊外にある。
にもかかわらず、駐車場はない。
にもかかわらず、客足が途絶えることはない。
それも頷ける完成度の高い一品である。

■こぶし/黒のつけ麺 730円
札幌市東区北10条東4丁目)
こぶし/つけ麺・黒 
オーダーした「黒のつけ麺」は、
濃厚風な豚骨魚介系醤油味のプースーに、まあまあ太めの麺。
濃厚ではなく、濃厚風である。
見た目は濃そうなのだが、思いの外、プースーはさらさらしている。
そして、とにかく塩気が強かった。
シーダーや、クーコーよりも、塩気が前に出ているように感じた。

訪問した時は、店の方にとって、かなり魅力的なテレビ番組が
放送されていたようで、視線はそちらに釘付けでいらっしゃいました。
もっと美味しくなりそうな気配があるスープだけに、
目に見える形の熱意を持って、もう少しカスタマイズすれば、
ラーメンも、テレビ番組以上に魅力的になると思う次第です。
失礼しました。

■国民食堂(札幌市北区新川3条11丁目)
国民食堂/正油
正油らーめん(650円)は、あっさり味ながら、
鶏ダシ+魚介和風ダシは品が良く、奥行きのあるつくりになっている。
麺は、細めのストレート。白色で柔らかめ。
麺の量が少なめということもあるが、
あっさり系にありがちな塩カドやべたつきがないため、
ぺろっと完食してしまう良質なラーメンである。
ただ、衝撃度は薄く、微妙にフォゲットしそうな味かも。

国民食堂/ごまから麺
私としては、正油ラーメンも美味しかったが、
ごまから麺(700円)の方が満足度は高かった。
ごまから麺は、いわば担々麺である。
雑味がなく、まろやかで香ばしく、食べ始めたら止まらない。
担々麺なのに、ダシの味が届くほど、
スープのインフラ整備がしっかりしている。
そして、見た目も素晴らしい。
鮮やかであり丁寧。完成度の高い一品である。

対応も基本的にはよろしい方だと思います。
ただ、客さばきは非効率的で、回転はいいとは言えない印象を
持ってしまいました。恐縮です。
とはいえ、
北区郊外の交通の便が悪い場所にあり、
駐車場も狭いにもかかわらず、昼2時台でも立ち待ち客がいるほど、
ファンが多いラーメン店であります。

■蓮海/味噌 750円
札幌市豊平区平岸5条7丁目)
蓮海/味噌
2009年秋のオープンながら、つけ麺(醤油)で、
私が選ぶ「2009・ラーメン・オブ・ザ・イア」で第10位を獲得。
私の食べ物記事は、一度登場したお店の再登場はないことを
基本としているなか、例外的に再登場。
なぜなら、味噌ラーメンを食べてみたところ、
これまた非常に美味しかったからだ。

鮪ダシも豚骨ダシも強めながら、ぶつかり合うことなく見事に馴染み、
超濃厚なスープに仕上がっている。
スープに層があるのを感じるほど深みがある。
味噌ラーメンなのに、良い意味で味噌が出過ぎていない。

見た目も素晴らしい。
スープと具の色、濃厚感、具の選択と置き方など完璧だろう。
問題は、抜けていくタイプの高濃度さではなく、
積み重なっていくタイプのため、老体にとっては後半厳しくなること。
体調が芳しくない時だと、力強すぎてダメージ確実。
濃厚なラーメンを食べるためにも健康であらねばネバダ州。

■あらとん/呉のつけ麺 800円
札幌市中央区北10条西21丁目 札幌場外市場長屋内)

こちらのお店も、これまで数度登場。
私が選ぶ「2009・ラーメン・オブ・ザ・イア」では第4位。
今、札幌で、最も、パワー、勢い、安定感の三拍子揃った店と
いってもいいかもしれない。

今年に入ってからなのだろうか。
月に一度、土日の夜に、「よるとん」と銘打って営業をしていると、
ラーメン知人、フーダッド氏から情報提供があったのが3月始め。
しかも、「よるとん」だけの限定メニューがあるとのことで、
モチベーションが高まった。

なにせ、土日の昼間だと、混みすぎていて、
80年代後半の長渕的に表現すれば、
いつ食べられるのか、わかったもんじゃねえ。
45分も待たされちまった、みたいな状態である。

3月の「よるとん」に出向いた。
17時開店で、スープがなくなり次第閉店である。
いくらなんでも、19時までに行けば営業しているだろうと思い、
18時50分に行った。
駐車場に車を駐め、店に向かって歩き出そうとしたその時、
暖簾が降ろされた。
「3月だから夜だけど、6月だったら、まだ夜じゃねえ」と、
80年代後半の長渕氏なら言ったかもしれない。

私にとっても、悔しくて悔しくてこらえた夜となった。
私と「よるとん」との絆を構築することはできなかった。
固くない絆に思いを寄せて、語り尽くせてしまう日となった。

収まりのつかない私は、その翌日も出向いた。
18時30分に到着。無事入店できた。
ただ、18時40分には暖簾が降ろされた。
よるとんは、昼営業とは違い、待ち時間なしで着席できた。

あらとん/呉のつけ麺
よるとん限定メニューである「呉のつけ麺」をオーダー。
濃厚味噌味スープのつけ麺である。
しっかりと魚介ダシが利いているのに臭みなし。
パワーがありつつ、まろやかで、じわっと深みもある。
そして、抜けのいい濃厚さのため、胃にたまらないのも素晴らしい。
そこらのつけ麺との格の違いを感じた。
ただ、麺が冷たすぎる点は気になった。
こちらでは、麺を「あつもり」にすべきかも。

そういうわけで、今回の記事は以上。
工夫のない唐突なエンディングで恐縮です。
このエンディングに対して、80年代後半の長渕氏なら、
まさに、ろくなもんじゃねえ、と吠えたかもしれない。
ただ、私の場合は、「ろくなもんじゃねえ」よりは、
「ロックなもんじゃ、ねえ?」でありたい。

もんじゃ屋さんに伺った際、本来なら、
「ロックなもんじゃは、ありますか?」と聞くべき謙虚さを忘れ、
野蛮なため口となるのは、心苦しいが、
「ロックなもんじゃ、ねえ?」で
生きていくしかない。
そんな生き方しかできない、ロックなもんじゃとは何かもわからないまま。
深い意味はない。
浅い意味しかないのさ、ベイビー・ロック・ミー。

テーマ:ご当地グルメ - ジャンル:グルメ


今週は寒かった。
特に水曜日は、真冬のように雪が降り、真冬のような寒さだった。
外気温が低いだけではない。
仕事をしている事務室も極めて寒い。

私は、今月から働く部署が変わった。
その事務室が寒い。
間違いなく20度を下回っているだろう。
Yシャツ姿で仕事をしている者などいない。
ただ、背広を着用している者は3分の1程度か。
3分の2の者は、背広の代わりに、
カーディガンやフリースを着用している。

私は背広派である。
スーツのズボンには、スーツの背広しか似合わないだろ。
君はそうは思わないのか。
それはそれでいい。
正しいとか、正しくないとか、誰かに迷惑をかけるとか、
そういう問題ではないから。
ただ、スーツのズボンには、スーツの背広であることが、
ロック・ミー・ベイベーだろうな。

そんな私の偏った思い込みなどどうでもいい。
背広を着たいのは、見た目上の理由だけではない。
スーツの上下の消耗度に差が出るのが嫌なのも大きな理由だ。
ズボンばかりが消耗し、
痛みの少ない背広に、くたびれたズボンの組み合わせになるのを
避けたいからだ。
食事の際、ごはん、味噌汁、おかずが、
同じペースで減っていくように食べる私だから、
そう考えてしまうのか。

そんな私の取るに足らないこだわりなど、どうでもいい。
これ以上、言及しても、事務室の寒さは変わらない。
デスクに向かっている時に膝掛けをするのは当たり前。
ふと気づくと、手がかじかんでいる時もある。
そのため、指先の出るタイプの手袋を、机の中に常備している。

一日中、寒い場所で仕事をしていると、身体全体が冷え切る。
そのせいで、帰宅時も常に寒い。
身体を温めてから帰ろうと、ステラプレイスをぶらつくも、
全く身体は温まらない。
帰宅してからは、真冬以上に部屋を暖かくしている有様。

そして風邪をひいた。
鼻風邪程度で、発熱はなかったが、
身体がだるく、食べ物も美味しく感じなかった。
風邪をひいても、事務室は寒い。
そこで私は、Yシャツの下は長袖Tシャツ、
さらには、タイツ着用に踏み切った。

スーツ上下の消耗度に差が出るのが嫌だとか言ってる男が、
4月半ばにタイツ着用である。
それを職場の者にも話した。
彼らは、「タイツのあいつ」とでも言っていたことだろう。

完全に真冬に逆戻りである。
というか、Yシャツの下に長袖Tシャツ、手袋常備など、
真冬よりも真冬らしい状態である。
日本人よりも日本人らしいことを言うデーブ・スペクター状態だ。

なんと思われようが、私はタイツをはくしかなかった。
今週、タイツをはかなければ、今日の私はなかった。
今後も当面、タイツをはかなければ、ノー・フューチャーだろう。

私にはやりたいことがある。
やらなければいけないこともある。
ロック・ミー・ベイベーな活動をしたいし、
ベイビーにロック・ミーされたい。
そのことを、次の世代に伝えていかなければいけない。
それができなくなるのは、個人的な問題ではない。
文化的損失であり、社会的損失である。
それを救うのは、タイツしかない。

風邪はほぼ完治した。
それでも、来週もタイツを着用する。
そんなことに、こだわっていられない状況だ。
まだ冬は終わっていない。
でも必ず春は来るぜ。
そう、君のところにも。

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私の送るメールの文章は、常に「です・ます」体である。
年齢、性別、職業、身分などに関係なく、
誰に対しても、「です・ます」体である。

なぜに年下の自分にまで「です・ます」体なのかと感じたことが
ある方もいるだろうし、
結構親しいにもかかわらず、今更なにゆえ「です・ます」体なのかと
距離感をおぼえた方もいるかもしれない。
しかし、これが私の自然な姿であり、素直な振る舞いである。

絵文字を使う男も多いと聞く。
仕事上のメールで特に目にするのは、
宛名を「~ 様」ではなく、「~ さま」とする男である。
というか、実態は「~ さま」の方が多いだろう。
しかも、35歳以上の方が好んで使っている気がする。

それを否定するつもりは全くない。
意見するつもりも皆目ない。
ソフトな印象やビー・ポップな雰囲気を醸し出すだろうし、
ナオンのウケも、もしかしたらいいのかもしれない。
それに、誰を不愉快にするわけではないだろう。
ならば、別にいいんじゃないの、と思うだけだ。

他の男達が使うのは、どうでもいいことだ。
単に、私のキャラクターにフィットする所作ではないのだ。
そうしたいのにできないのではなく、
はなから、そうしたくはないのだ。

ちなみに、私は、ライブのMCも、高校生の頃から現在に至るまで、
一貫して「です・ます」調である。
それが私にとっての自然なのだ。
ただ、「です・ます」調で話すロック・マンになりたかったのも事実。
根底には、自分なりの美意識が存在するのかもしれない。

とにもかくにも、正しい・正しくないとか、
かわいい・かわいくない、カッコいい・カッコ悪いとかよりも、
自分にフィットするかどうかが重要なのだ。

いただくメールに関して、
これは勘弁してほしい、というパターンは、とりあえずは無い
というか、プライベートでは、ほとんどメールが来ない。
メールが届いたことを知らせる音楽が流れると、
驚いて、びくっ!としてしまうほど、メールが届くことに慣れていない。
それだけに、どんなメールでもありがたいと思うわけだが、
最近、すこぶるハートを揺さぶれたものがあった。
先日、ある女性(20代後半)にメールで頼み事をした。
その返信が、見事にヒットし、かつフィットした。
その返信は、ひと言だけ、「ケーオツです」と書いてあった。


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どしゃ降りになるときは、いきなりそうなるのではなく、
一滴、少しして、また一滴、間隔が狭まって、また一滴。
良いことも、そんなふうに訪れるのだろう。
確かなる助走が重要だ。
遊びのあるアクセルと、遊びのあるブレーキが必要だ。
ならば、どうすればいいんだろう。

今回は本の紹介。
よろしくロック・ミー。

■矢口敦子「あれから」

矢口敦子/あれから 
主人公は、20代後半の看護師の女性。
10年前、彼女の父は、電車内で痴漢。
電車を降りた後、それを咎めた男性を、ホームから突き落とし、
死亡させた疑いをもたれる。

警察が任意同行を求め、自宅を訪問する直前、
父は倒れ、そのまま入院。
病状回復後に事情聴取を受けることになるが、病室で自殺。
真実はわからないまま、父は殺人犯とみなされた。

主人公の女性が働く病院に、ある女が入院してきた。
その女は、10年前にホームで転落死した男性の妹だった。
彼女と話をしていくうちに、10年前の事件の真相が明らかになっていく。

題材は揃っているのに、深みに欠ける作品だった。
そこでもう一押し、というところで、あっさり次の展開に移った印象があり、
味わいに乏しかったというか、中途半端というか。

例えば、犯人扱いされた父が自殺したことにより、
残された家族が味わった辛さ、悲惨さは、もっと掘り下げられたと思うし、
特に、主人公の妹のキャラが突出していたにもかかわらず、
中盤以降、全く生かされていないのが残念。
悪事をはたらいた大学生にしても、
悪事をはたらくに至る背景が乏しく、説得力がなかった。

ただ、ストーリーはわかりやすいし、読みやすい。
ぐいと引き込まれる感じではないが、どんどん読めてしまう。
映像もイメージしやすい。
でも、もっとなんとかできたはず。

■佐藤正午「Y」
佐藤正午/Y 
1980年、その男は25歳だった。
20歳の女性と二人で電車に乗っていた。
電車は下北沢駅に到着。ドアが開き、二人は降車。
その時、電車内から「傘を忘れていますよ」の声。
女性は電車内に、傘を取りに戻る。
その間に、ドアは閉まり、電車は走り出した。

女性は次の駅で降りて、下北沢駅に戻ってくるだろうと思い、
男はホームで彼女を待った。
しかし、彼女は戻って来なかった。
なぜなら、下北沢駅を出た電車は、その後、脱線事故を起こし、
次の駅にはたどり着けなかったからだ。

男は、その後何年も、下北沢駅で彼女を降ろせなかったことを後悔した。
あの時に戻ってやり直したい、と思い続けた。
その思いの強さが、タイムスリップを引き起こした。
事故から18年経った1998年、男は、1980年に戻ることに成功する。
そして、彼女を下北沢駅で降車させることができた。
しかし、そこからが運命のいたずら。
男が描いたやり直しの人生とは全く違うものになった。

男は、1980年から1998年を二度生きたことになる。
タイトルの「Y」は、1980年の電車事故を分岐点にして、
人生は右と左に分かれていったということからくる。

面白い作品だと思う。
二度目の人生を過ごしているタイムスリップ男が、
友人に、タイムスリップの話を聞かせる形で物語は進む。
友人は、自分も2度目の人生であることに気づいていく。
こうした方式によって、興味と緊張感が増した。

二度目の人生が切ない。
もう一度やり直しても、思うようにはならないものねと、
嘆き、悲しみ、憂うしかないような内容。
儚い恋物語といいますか。

展開が巧みで、ぐいぐい引き込む書きぶりで、
中だるみなく、最後まで飽きずに読ませる。
ただ、序盤、もやっとし過ぎていて、なかなか物語に入っていけなかった。
登場人物が、現在と18年前とで交錯し、わかりにくい場面も多い。

また、タイムスリップ男にとって、
一度目の人生は、
結果的に結構幸せだったと思うし、
電車事故の女性を、どれだけ好きだったかという背景が見えないため、
そんなに、そこまで後悔して、タイムスリップしたがるかねえ?と思え、
いまひとつ感情移入できなかった。

それでも、なかなかミステリアスかつ緊迫感のある内容であり、
「あの時から人生をやり直せたら」という点での共感性もあるだろう。
ただ、やり直しても、大してうまくいくもんじゃないだろうね、現実は。

■西川美和「ゆれる」
西川美和/ゆれる 
真面目で優しい兄と、自由で奔放な弟。
兄は田舎町で家業のガソリンスタンドを継ぎ、
弟は東京でカメラマンをやっている。

母の法事のため、弟は帰郷。
その際、兄のガソリンスタンドに、
幼なじみの女性が勤務していることを知る。
兄は、彼女に恋心を寄せていると思われる。
それを感じつつも弟は、彼女と密会する。

翌日、兄、弟、彼女の3人で、近くの渓谷へ出かける。
そこで事件(事故)が起こった。
その事件(事故)をきっかけとして表面化した兄弟間の複雑な心理を、
スリリングかつ丁寧に描いている。

実に引き込まれた作品だった。
あまりに面白くて、やるべきこともやらずに読書に没頭させられ、
平日の夜2日間で読み終えてしまった。

何が真実か?兄の言動の真意は?弟の変貌の理由は?
さまざまな視点から、事件(事故)を解明していく構成が巧い。
文章が整然としていて、淡々と読み進むのだが、
しっかりと心をざわつかせてくれる。

どういう展開をするのかと、常に興味を絶やさず、
結末は結局、藪の中だが、それでもいいかと思わせる。
この作品の映画も高い評価を得た。
映画も近いうちに見てみたい。

     ◇      ◆      ◇

「ゆれる」ものは様々あるが、草木もそのひとつ。
草木が鮮やかな緑になるのはまだ先で、
まずは、あと3週間程度で桜が開花して草木シーズンが始まる。

桜は美しいし、今年も春が来たのだという喜びあり、
また、散る系の花なので、儚さの象徴のようにも語られる。
近年それ以上に感じるのは、
去年、桜が咲いてから一年が経ったと思うことだ。
厳密に言うと、一年が経ったと思い知らされるのだ。
一年前と比べて前進したか?
どうにもならないまま過ぎてしまったのではないか?
そのうちに今年も桜が咲いちゃいました、
みたいな虚しさをおぼえるのだ。
でも、そんな虚しささえも、桜の醍醐味かもしれない。
カモン!桜、俺は待ってるぜ。


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血液型に何の意味がある?って、昨日思ったね。
月曜日の午後6時30分くらいまでは、

血液型には意味があると思っていたのさ。
そんな一昨日までの自分よ、さらば。


今回は、中華料理。
よろしくどうぞ。

■大将・北18条店(札幌市北区北18条西5丁目・北大通り沿い)
大将/肉チャーハン 
肉チャーハン(750円)が有名な店。
懐かしい感じの甘み、コク、香ばしさがある。
チャーハンの上に、無造作にのっているのは豚肉。
チャーシュー味としょうが焼きの中間のような味で、
実に肉と馴染んでいる。そして軟らかい。
人気になるのも頷ける。

ただ、味は濃い。というか、しょっぱい。
食べ始めると同時に塩分注意報発令。
3分の1を食べたところで警報に変更。
3分の2を食べたところで自ら避難勧告を発令したくなるほどに
しょっぱい、しょっぱい、ショッパーズ。

なお、チャーハン自体も味は濃い。
具はチャーシュー、ネギ、卵だが、極めて微量。
中途半端ではなく、まともに微量。

また、上に盛られた肉の味が濃すぎるため、
途中からチャーハンが普通味に感じてくる。
かと思いきや、最後までショッパーズである。


大将/麻婆丼 
麻婆丼(750円)は、ラーメンどんぶりに入れられている。
あんは、とろみが強く、ライスとは馴染まず分離する。
チャーハンほどではないが、具(挽肉と豆腐)は少ない。
しかし、あん自体の量は多い。
そして、やはりショッパーズである。

それにしても、客は途切れることがない。
むさ苦しい男性客が圧倒的に多く、稀にカップルがいる感じか。
そして、次から次へと、肉チャーハンのオーダーが入る。
貴重な店であり、重宝されている店なのは間違いない。

■口福(札幌市北区北7条西7丁目)
口福/中華ちらし 
こちらの看板メニューである「中華ちらし」(ランチ価格650円)を
食べてみたくて訪問。
中華ちらしとは、豚肉、タケノコ、ほうれん草などを卵とじしたもの。
これがライスの上にのっている。

中華ちらしは、帯広の名物料理らしい。
しかし、何人かの帯広関係者に聞いてみたところ、
「中華ちらし?知らないなあ」とのリアクションばかり。
広く認知されている名物ではないのか。
それとも、「知らない」と答えることで、口裏を合わせたのか。
そんな動きが水面下であったのか。
そして私は、はめられたのか。
真意はわからない。

ほんのりと甘みのある和風味だった。
ただ、具は入っていつつも、とにかく卵を食べている感じ。
また、タレがないせいか、ライスとの分離感が強く、
ライスが進むタイプではない。
ライスにオンではなく、ライスと別皿にして、
さらに、おかずがもう一品欲しい感じ。
しかし、それでは、「中華ちらし」とは呼べなくなるのが道理だろう。

口福/店 
なお、店内は清潔で、しゃきしゃきとした雰囲気。
料理が出てくるのも早い方ではないかと。
平日の昼は、スーツだらけ。
禁煙席はないので注意。

■宝来(札幌市北区北24条西3丁目)
安くてボリュームのある強めの味。
むさ苦しい男達の食欲を満たす店として、長く北24条に君臨。
就職した頃に初訪問。
以来、5年に一度くらいのペースで訪問している。

宝来/C定食 
直近では今年2月に訪問。
C定食(豚肉とキャベツの味噌炒め定食・800円)をオーダー。
大量の油とテンメン醤による豪快の味だった。
思い切りしょっぱいし、やや苦みもある。
量も多い。
味の強さと油の量に、完食するのが無理になってきたことを痛感した。
「自分の思うような食事プレーができなくなってきた」と言って、
引退の可能性を示唆せずにはいられない状況になってきた。

でも、悲しくなんかないぜ。
自然と身体がヘルシーを求めているのさ。
無意識にヘルシーになりたがってるのさ。
それを退化だとは言いたくないのさ今夜は。そう、今夜だけは。

それにしても根強い人気のある店である。
殺風景な店内は、お気軽、お手軽であり、お得感も高い。
ただ、ナオンと二人じゃ行けないな。

■鳳麗華(札幌市北区北15条西4丁目 仲通り)
店名は「ほうれいか」と読む。
北12条~北24条辺りの北大界隈は、中華料理店が非常に多い。
その中で、こちらの店は、前記の「宝来」と並んで、
最も人気のある店ではないだろうか。

前記の3店が、中華メニューをメインにした食堂風情なのに対して、
こちらは、大きな大衆中華料理店という感じ。
そのせいか、女性客がそれなりにいる。
ナオンと二人で行くにも、全くためらいはない。

店内は、かなり広く、個人、少人数、宴会、なんでも来い状態。
メニューもメチャクチャ多い。
定食も26種類ある。

鳳麗華/麻婆豆腐定食 
麻婆豆腐定食は、ダーサラ、プースー、杏仁豆腐がついて580円と、
極めてコスト・パフォーマンスが高い。
あんは、唐辛子や山椒が利いた硬派タイプではなく、
適度な甘みと、まろやかなコクのある、人なつこい味。
強烈さはないが、食べ飽きることなく、最後まで美味しい。
豆腐自体も、きちんと味があり好感。
私の中で、かなりランクは上にくる麻婆豆腐である。

鳳麗華/チンジャオ定食 
チンジャオ定食(720円)も、あっさり味。
クセがなく、食べやすい。
ただ、バランス的に、肉少なめ、ピーマン多め。
そして、量もやや少なめ。
そのため、ライスが余り気味になる。
また、駐車場がないので注意。

      
◇      ◆      ◇

中華の記事を書いておいて言うのもなんだが、

今年に入ってから、あまり中華を食べていない。
味の濃さと油の量を想像し、
別の食べ物を欲することが多くなったからだ。

中華から韓国料理に移行してみようかとも思う。
辛いものは大好きだし、サムゲタンなるものを一度食べてみたい。
ただ、焼肉をはじめ、くどいものも多いだろう。
そんな言い訳をしている私は、まだ韓国料理への思いが足りない。

「クグエ@スカイウォーカーさん、
 そんな気持ちを川柳で表してください」
「川柳!?いきなり何を!」
「韓国料理への思いを言葉にすると、気持ちは高まりますよ」
「そりゃそうだろうけど、突然すぎるよね。整いました」
「早いですね。では、よろしくお願いします」
「じゃあ言うよ。いいかい?言っちゃうよ。
 アー・ユー・レディ・トゥ・ロック?
 世界を変える川柳を詠むぜ。ほんとに詠むぜ。
 夢じゃないんだぜ。わかるかい?魔法を信じるかい?」
「早く言ってください」
「わかりました。
 韓国料理への気持ちを高める川柳ね。
 “韓国に 思いを馳せよ アニョハセヨ”」
「…」

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4月3日、道新ホールへ、
東京03の単独公演を見に行ってきた。

構成は、10分程度の生コントと、3、4分の音楽映像コントを
交互に見せる形式だった。
非常に面白かった。素晴らしくもあった。

特に、会社でミスをして、取引先を失い、落ち込む同僚を、
居酒屋で慰め、励ますコントは圧巻だった。
落ち込んでいるようで、微妙にふざけている加減が見事だった。
やがて、実はもう落ち込んでいない、と開き直る。
その後の、たたみかけるようなトークが熱かった。
なかでも、「居酒屋の常連」と呼ばれるには、
週に何回通うのがベストかという場面は、
このライブの中で、最高の場面ではなかったか。

「お前は、この店の常連なんだろ。
 常連ってことは週に何回来てるんだ?
 週2回か?週2回だと少ないか。
 週3か、それとも週4か?
 週4だと多いか…。(しばし沈黙)
 
 もしかして週5?
 週5は、くどいぞ。
 さすがに週5はないか。
 やっぱり、常連っていうのは、週4でも多いよな。
 ていうことは、週3なんだろ。
 (しばし沈黙)

 4!?週4か?」

こんな感じで、週に何回が常連かという、どうでもいい疑問を、
一方的に熱く熱くたたみかけるサマは、完全に引き込まれた。

その人がおかしたミスや、その人の駄目なところを徹底して突く。
しかし、突いていくうちに、
ミスをした方ではなく、責めている方が悪いような雰囲気に変わっていく。
支離滅裂なのだが、妙に共感させるところがあった。

人間の心の奥に潜むブラックな部分を、
ほじくり出して笑いに変える展開。
最初は、単純に面白いなと思ったが、
最後には、「素晴らしい」が「面白い」を超えた。


100403東京03 
メンバーの一人、角田氏の衣装は、フレッド・ペリーの連発だった。
着こなしも魅力的なものだった。
生コントの合間に流れた音楽映像コントも良かった。
基本的に曲が、まともに正統派のロックである。
角田氏が作曲した曲もあるらしく、
彼は、ほんとにロックが好きなのだと改めて思った。

私が東京03を好きな理由は、ロック性にあることは間違いない。
他のお笑い芸人達とうまく交われない。
迎合するのに向かない孤高性。
だから、いわゆる「ひな壇芸人」のポジションにはつけない。
上下関係の厳しい業界で、ちょっと浮いている。
そうしたことに対する馬鹿らしさと抵抗みたいなものが、
彼らのコントの根底にあるように思える。
そこにロックを感じる。
そう、彼らのコントは、レベル・ミュージックなのだ。

私はおそらく、東京03のコントのどこかに、
自分の思いを反映されているのかもしれない。

音楽映像コントの中で、
正義のヒーローものの曲があった。
社会の悪を倒して、平和な世の中にする、という内容の歌詞で、
「俺がやらずに誰がやる」という決めのフレーズがある。
ところが、そのフレーズの後に、
「きっと誰かやる」という歌詞で締め括る。

この諦観ぶりに感動した。
「俺がやらずに誰がやる きっと誰かやる」
これが、組織社会、システム社会の本質であり、真理なのかもしれない。

テーマ:東京03 - ジャンル:お笑い


日々は淡々と過ぎている。
平穏、といってもいいだろう。
ただ、決して暇ではないのに、怠惰に過ごしている。
悪い意味で、なすがままに過ごしている。
雲が頭の上を追い越していく。

この状態が、想像力を緩め、表現力を弱めている。
というか、想像し、表現する欲望が薄れている。
欲望の街に生きているにもかかわらずだ。
それが、最近の更新頻度の低さに影響している。

ただ、来週が明けた途端、面白いことが待っているように思える。
新たな刺激を受けそうな予感がする。
そして、新しい歌が書けるような気がする。
こんな気持ちになるのは悪いことじゃないだろう。

飛び立てなかった日々のブルース。
ひび割れた心で、足をとられた帰り道。
夕空を見ていると、どこかに帰りたくさせるが、
帰りたい場所が思い浮かばなかった日曜日。

そうした全てが嫌になって、全部あきらめてしまう。
何もかもが面倒になって、全部投げ出してしまう。
そんな人生だってあり得た。
でも、そうはならなかった。
ならば、楽しんで生きなければ。
それでいいだろ、LIFE GOES ON。

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