ADMIN TITLE LIST

これまで紹介した本を、一覧にして整理してみました。
合わせて、記事の画面の右側にある「カテゴリ」の中に、
「本の一覧」を追加しました。
作品タイトルをクリックすると、紹介している記事が表れます。

「食」も、一覧に整理できればいいのですが、
数が多いので、いまひとつやる気に火がつきません。

「本」の一覧は、随時更新していきます。
読もうぜベイベー。


「本」の一覧
☆は特にオススメ。

2012・ブック・オブ・ザ・イア
2011・ブック・オブ・ザ・イア(新作部門)
2011・ブック・オブ・ザ・イア(旧作部門)

2010・ブック・オブ・ザ・イア

2009・ブック・オブ・ザ・イア
2008・ブック・オブ・ザ・イア
2007・ブック・オブ・ザ・イア

[あ行]

相場英雄「震える牛」
朝倉かすみ「ともしびマーケット」

浅田次郎「降霊会の夜」 ☆
東直己「フリージア」 
麻生幾「エスピオナージ」

天野節子「氷の華」
綾辻行人「ANOTHER」
有川浩「阪急電車」
有栖川有栖「女王国の城」
有栖川有栖「妃は船を沈める」

有栖川有栖「幽霊刑事」 
飯嶋和一「出星前夜」

五十嵐貴久「相棒」
池井戸潤「下町ロケット」
池井戸潤「空飛ぶタイヤ」
 ☆
池井戸潤「鉄の骨」
石田浅海「扉は閉ざされたまま」

伊坂幸太郎「あるキング」
伊坂幸太郎「SOSの猿」
伊坂幸太郎「ゴールデンスランバー」
 ☆
伊坂幸太郎「砂漠」 ☆
伊坂幸太郎「フィッシュストーリー」
伊坂幸太郎「マリアビートル」 ☆
伊坂幸太郎「モダンタイムス」

磯﨑憲一郎「終の住処」
糸井重里監修「はたらきたい」 
乾くるみ「イニシエーション・ラブ」 ☆ 
乾くるみ「セカンド・ラブ」
乾ルカ「あの日にかえりたい」
井上荒野「雉猫心中」 
井上荒野「切羽へ」
今邑彩「ルームメイト」
沖方丁「天地明察・上」
大崎梢「夏のくじら」
大沢在昌「狼花」 ☆
大沢在昌「鮫島の貌」
大沢在昌「罪深き海辺」 
大沢在昌「プラックチェンバー」 
大津秀一「死ぬときに後悔すること 25」

大野更紗「困ってるひと」
小川洋子「猫を抱いて象と泳ぐ」

奥田英朗「オリンピックの身代金」 ☆
奥田英朗「最悪」 ☆
奥田英朗「邪魔」 ☆
奥田英朗「純平、考え直せ」
奥田英朗「沈黙の町で」 ☆
奥田英朗「無理」 ☆
折原一「追悼者」
折原一「逃亡者」
 ☆
恩田陸「猫と針」
恩田陸「ユージニア」

[か行]
角田光代「ロック母」
角田光代「八日目の蝉」 ☆
川上未映子「すべて真夜中の恋人達」
川上未映子「ヘヴン」

川上弘美「センセイの鞄」
川村元気「世界から猫が消えたなら」
木内一裕「OUT-AND-OUT」 
木内一裕「キッド」
木内一裕「神様の贈り物」
木内一裕「デッドボール」
木内一裕「水の中の犬」
木内一裕「藁の楯」 ☆
貴志祐介「青の炎」
貴志祐介「悪の教典」 ☆
貴志祐介「ダークゾーン」
北村薫「街の灯」

桐野夏生「IN」
桐野夏生「OUT」
 ☆
桐野夏生「グロテスク」
桐野夏生「魂萌え!」 ☆
桐野夏生「東京島」

桐野夏生「ナニカアル」
桐野夏生「ハピネス」
桐野夏生「メタボラ」
 
桐野夏生「優しいおとな」
桐野夏生「柔らかな頬」 ☆
熊谷達也「銀狼王」
 ☆
黒川博行「煙霞」
越谷オサム「陽だまりの彼女」
小杉健治「保身」
近藤史恵「サクリファイス」

今野敏「隠蔽捜査」 ☆
今野敏「エチュード」
今野敏「果断」
 ☆
今野敏「疑心」 

[さ行]
桜木紫乃「恋肌」 ☆
桜木紫乃「硝子の葦」 ☆
桜木紫乃「凍原」  
桜木紫乃「風葬」 
桜木紫乃「ホテルローヤル」 
桜木紫乃「ラブレス」 ☆
桜木紫乃「ワン・モア」 ☆
桜庭一樹「赤朽葉家の伝説」
 ☆
桜庭一樹「製鉄天使」 
桜庭一樹「ばらばら死体の夜」
桜庭一樹「ファミリーポートレート」

桜庭一樹「私の男」
佐々木譲「廃墟に乞う」
佐々木譲「北帰行」
佐々木譲「暴雪圏」 
佐々木譲「笑う警官」

佐藤正午「Y」
佐藤正午「身の上話」
 
佐藤優「国家の罠」 
佐野眞一「別海から来た女」
重松清「とんび」
 
柴田哲孝「秋霧の街」
鈴木智彦「ヤクザと原発」
スティーグ・ラーソン「ミレニアム/ドラゴンタトゥの女」
瀬尾まいこ「幸福な食卓」
曽根圭介「沈底魚」
   

[た行]
高城高「夜明け遠き街よ」
高嶋哲夫「ファイアー・フライ」

多島斗志之「黒百合」 ☆
立川談春「赤めだか」
辻村深月「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。」 ☆
辻村深月「太陽の坐る場所」
辻村深月「ツナグ」
辻村深月「光待つ場所へ」
筒井康隆「家族八景」
津村記久子「ポトスライムの舟」
天童荒太「悼む人」
 

[な行]
永井するみ「秘密は日記に隠すもの」
長岡弘樹「教場」
夏川草介「神様のカルテ」
中島京子「冠・婚・葬・祭」
中村文則「王国」
中村文則「悪と仮面のルール」 ☆
中村文則「掏摸」 ☆
中村文則「何もかも憂鬱な夜に」 
中村文則「迷宮」
梨木香歩「家守綺譚」

梨木香歩「西の魔女が死んだ」
西川美和「ゆれる」 ☆
西村賢太「暗渠の宿」
貫井徳郎「乱反射」 ☆
沼田まほかる「九月が永遠に続けば」
沼田まほかる「ユリゴコロ」 ☆
野沢尚「深紅」 ☆
野沢尚「反乱のボヤージュ」 
野中広務・辛淑玉「差別と日本人」
乃南アサ「紫蘭の花嫁」


[は行]
橋本治「巡礼」
帚木蓬生「閉鎖病棟」

畑野智美「国道沿いのファミレス」
葉室麟「蜩ノ記」
早見和真「ひゃくはち」

東川篤哉「謎解きはディナーの後で」
東川篤哉「もう誘拐なんてしない」

東野圭吾「新参者」 
東野圭吾「聖女の救済」
東野圭吾「夜明けの街で」

ヒキタクニオ「負の紋章」
樋口明雄「ミッドナイト・ラン」
樋口明雄「約束の地」
 ☆
樋口毅宏「ルック・バック・イン・アンガー」
百田尚樹「錨をあげよ」
百田尚樹「影法師」
百田尚樹「モンスター」
平山夢明「独白するユニバーサル横メルカトル」

藤沢周平「蝉しぐれ」 ☆
藤原伊織「テロリストのパラソル」
藤原伊織「名残り火」 
船戸与一「虹の谷の5月」 ☆
本多孝好「チェーンポイズン」
本多孝好「MISSING」

[ま行]
牧薩次「完全恋愛」 ☆
牧村一人「アダマースの饗宴」
万城目学「鴨川ホルモー」

万城目学「プリンセス・トヨトミ」
松本清張「点と線」
真梨幸子「ふたり狂い」
三浦綾子「塩狩峠」 ☆
三浦しをん「神去なあなあ日常」
水上勉「飢餓海峡」 ☆
道尾秀介「鬼の跫音」

道尾秀介「カラスの親指」 
道尾秀介「光媒の花」 ☆
道尾秀介「球体の蛇」 
道尾秀介「月と蟹」
道尾秀介「月の恋人」
道尾秀介「ラットマン」
三羽省吾「JUNK」
宮下奈都「誰かが足りない」

 

宮部みゆき「小暮写眞館」 ☆
宮部みゆき「ソロモンの偽証」
宮部みゆき「楽園」

湊かなえ「往復書簡」
湊かなえ「告白」
 ☆
湊かなえ「少女」 
湊かなえ「贖罪」 ☆
湊かなえ「花の鎖」 ☆
向田邦子「思い出トランプ」
 ☆
村上春樹「1Q84・BOOK1」
村上春樹「1Q84・BOOK2」
村上春樹「1Q84・BOOK3」
森絵都「ラン」
 ☆
森見登美彦「有頂天家族」 
森見登美彦「太陽の塔」

森見登美彦「夜は短し歩けよ乙女

[や行]
矢口敦子「あれから」
矢口敦子「償い」

薬丸岳「悪党」 
薬丸岳「刑事のまなざし」
薬丸岳「虚夢」
 
薬丸岳「天使のナイフ」 ☆
山田詠美「学問」 ☆
山田詠美「明日死ぬかもしれない自分、そしてあなたたち」 ☆
山田悠介「リアル鬼ごっこ」

横山秀夫「震度0」
横山秀夫「64」 ☆
吉田修一「悪人」
 ☆
吉田修一「さよなら渓谷」
吉田修一「横道世之介」 ☆
米澤穂信「インシテミル」
 
米澤穂信「追想五断章」
米澤穂信「儚い羊たちの祝宴」


[ら行]
柳広司「ダブル・ジョーカー」 ☆
リリー・フランキー「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」
 
連城三紀彦「造花の蜜」

[わ行]

和田竜「忍びの国」
和田竜「のぼうの城」


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テーマ:読んだ本 - ジャンル:本・雑誌


今日の札幌は雪だった。
時々、吹雪になっていた。
このところ、毎週、週末は荒れた天気となっている。
そのせいか、ぐだぐた過ごしてしまうことが多い。

外へ出るにも、まだ最高気温は1度とか、2度なので、
ほんとは真冬と同じ恰好をしたいが、
春物に切り替えて、やせ我慢して過ごしている。
それでいいのか、このオレ、ロック・ミー。

今回は本の紹介。
3冊とも面白い作品だった。
よろしくどうぞ。

■乾くるみ「イニシエーション・ラブ」

         乾くるみ/イニシエーション・ラブ 
文庫本の裏表紙には、このように書かれている。
「僕がマユに出会ったのは、代打で呼ばれた合コンの席。
 やがて僕らは恋に落ちて…。
 甘美で、ときにほろ苦い青春のひとときを
 瑞々しい筆致で描いた青春小説。
 と思いきや、最後から2行目で、本書は全く違った物語に変貌する。
 必ず二回読みたくなると絶賛された傑作ミステリー」

読む前の予備知識は、これで十分。
主人公は、恋愛経験のない男子大学生。
合コンで知り合って、付き合って、そしてどうなった、という話を
日記風に綴っている。
こういうことを言ったら、こう思われるかも。
このタイミングで、それやったら、変に思われるかも、などの、
ウブで真面目なところが、いちいち入念に書かれており、
それだけでお腹いっぱいになる。

二人の交際は順調に進む。
やがて彼は、東京へ就職する。
遠距離恋愛が始まった。
果たして、この恋愛はどうなっていくのか。

で、最後から2行目についてだが、
「えっ、何?どういうこと?」というのが第一印象。
時間、人、出来事が、どこでどうなっていたかを、遡って考えてみた。
探っていくと、なるほどと思えてくるのだが、
理解をするのに、やや時間がかかるため、
劇的さやインパクトは薄いかも。
文庫本なら、巻末にこの作品のトリックについての解説があってもいい。

このトリックを、最もわかりやすく解説しているのは、この方のブログ
ただし、作品を読む前に見てしまっては、楽しさは99%OFF。
必ず読み終えてから、そのブログをご覧ください。
この解説を読むと、この作品が、いかに周到に整理され、
綿密に作り込まれているのかがわかる。

途中から、秘め事の場面がバランス的に多くないか?とも感じるが、
後半に進むにつれて、微妙な違和感や、不自然な気配があったり、
それが最後のどんでん返しにつながっているのだろうと期待を高める。
流れがスムーズで、展開も面白く、どんどん読めてしまう。
ただ、どんでん返しを除けば、
細かい描写をした記憶力のいい大学生の日記に思えるかも。
しかし、面白かった。
一気読みしたくなります。
そして分析したくなります。

■池井戸潤「空飛ぶタイヤ」
     池井戸潤/空飛ぶタイヤ・上  池井戸潤/空飛ぶタイヤ・下
運送会社のトレーラーのタイヤが脱輪。
タイヤは、舗道を歩いていた主婦を直撃。
残念ながら主婦は亡くなった。
事故の原因は、車輌の整備不良であるとされ、
運送会社の社長が非難の的となる。

運送会社は、整備不良で死亡事故を引き起こしたことを理由に、
取引先が減り、銀行は貸していた金の全額返済を求めてくる。
社長の小学生の息子は、事故のせいでイジメに遭う。

ところが、整備は完璧に行われていた。
警察が会社に家宅捜索に入っても、
整備不良があったことを立証できない。
運送会社社長は、そもそも車輌自体に問題があったのではないかと
独自に調べ始める。

実に引き込まれた作品だった。
取引先、銀行、警察などの一方的ぶりは壮絶。
聞く耳を持たず、ひたすら理不尽なまでに、
社長を追い込んでいくさまは、気持ち悪ささえ感じた。
大きな組織ほど、関心事は外(お客様)へは向かず、
内側の競争に目が向くことに、うんざりする。
モンスター・ペアレントに対して、
何ら意見できない学校にがっかりする。

しかし、社長を信じて、手をさしのべてくれる人達がいる。
そうした人達に支えられながら、
一縷の光明をたどり、やがて真実に近づいていく。

社長と一緒に怒り、苦しみ、悲しみ、やりきれなくなるなど、
実に感情移入度の高い物語だった。
長編であったが、長さを感じさせない面白さ。
登場人物の心理描写がわかりやく丁寧。
次々に起こる厄介ごとも、自然で無理がない。
読後感も良い。

社長が、常に被害者に配慮している言動も好感。
また、目立たないが、脇役達の存在のさせ方が上手い。
特に、自動車会社のエリート社員の妻が、いい味を出している。
他人を出し抜いてでも、出世にかける夫に対して、
ほんとにそれでいいの?的な、さりげない雰囲気がいい。
物語の本筋との関係は薄いが、こうした脇役達も、
それぞれにキャラが立ち、作品に厚みを増している。

■橋本治「巡礼」
橋本治/巡礼 
郊外の住宅街にあるゴミ屋敷。
そこには70代の男が独り暮らしをしている。
住民は役所に相談。
役所の人間は、ゴミ屋敷の男に、処分するよう働きかけるが、
返ってくる返事は「うるせえ!」のみ。

物語は、ゴミ屋敷の周辺住民の様子から始まる。
何人かの住民を取り上げているのだが、
思いの外、深く掘り下げており、
そのせいで、物語が前に進まない感じがした。

例えば、ある主婦は、ゴミ屋敷の向かいに住んでいる。
郊外に購入した念願のマイホーム。
引っ越してきた時は、ゴミ屋敷ではなかった。
引っ越しから程なくして、ゴミ屋敷に変貌していった。
運の悪さを悔やみ、ゴミ屋敷対策に無関心な夫に苛立つ。
そうした話が多いのだ。

近所の主婦同士の付き合いや噂の広がりの様子、
ゴミ屋敷近くに住む老婆は、かつて「押し絵教室」を開いており、
その生徒の一人が、ゴミ屋敷の男の母親だったとか、
その後の物語の本質を考えると、
そこまで説明してくれなくても…、な部分の多い前半である。

その後は、ゴミ屋敷の男の半生が描かれている。
男は、終戦時、現在でいう中学一年生だったと書かれているので、
昭和7年生まれくらいの設定だろう。
彼は高校へ進学。その後、住み込みで荒物問屋に就職。
やがて結婚し、実家で荒物屋を営んでいく。
家族の死、離婚、荒物屋の衰退など、閉塞感のある人生と、
戦後激動の昭和という時代背景を交えながら、
ゴミ屋敷へと変貌していった過程を描いている。

結局は、ゴミ屋敷は整理される。
ただ、なぜ整理する気持ちになったのか、
なぜ、その後、四国八十八カ所の遍路に出たのか、
そのあたりの心境が、私には見えなかった。
行間を読み取れない私の読解力不足のせいか。

また、小さな荒物屋がゴミ屋敷になるまでは綿密に書かれているのに、
ゴミを整理するに至る過程が、やけにあっさりしているように思えた。
全体的に独特の言い回しである。
特に前半は、ひねりのある文章というより、ねじれのある文章のようで、
最初の3、40頁は、なかなか入っていけず、二度読んだ。

とはいえ、最後まで読まずにはいられなかった。
郊外の原っぱが住宅街に変貌していく中で、
時代に取り残されたかのように、ひっそりと生きた男の半生を、
淡々と、薄暗く描かれた空気感は、惹きつけるものがあった。

    ◇      ◆      ◇


「巡礼」の主人公の男は、小さな「ねじれ」をきっかけに、
もう何もかもが面倒になり、一生ねじれ続けたのだと思う。
我々も、そうした危険をはらんでいるだろう。

安っぽいプライドに縛られてはいけない。
つまずいた時こそ、戻る勇気が必要だ。
前進することだけに気を取られ、
自分でなんとかしなければと、かたくなになりすぎると、
やがては意固地になり、周りが見えなくなる。
そして、意地と感情だけの言動を繰り返す。
意地と感情だけの言動ほど迷惑なことはない。

なんといいますか、
他人の力を借りて生きるって、とても大切なことだと思います。

テーマ:ブックレビュー - ジャンル:本・雑誌


ライブが終わり、気抜けしています。
こうした気抜け期間も必要であります。
緊張と弛緩のバランスが整ってこそ、
エナジーが充実していくのです。

とはいえ、気抜けしているのも落ち着かないのです。
何かしなければと焦ってくるような。
でも、こんな時こそ、地に足をつけよと考えます。
ヨガをしながら考えます。
1日5分程度ですが。

ヨガは、不思議と無心になれる、というか、
自分と向き合えるような気がします。
自分をコントロールする上で、非常に重要な時間です。
1日5分程度ですが。

さて、今回はカレー。
スープカレーとはちょっと違うカレーを紹介。
よろしくどうぞ。

■デリー/カシミール・カレー 750円
 (札幌市中央区南3条西1丁目)
デリー/店 
狸小路1丁目に古くからある店。
私がスープ状のカレーを初めて食べた店である。
オメガトライブのボーカルが、カルロストシキだった頃だと思う。
その何年か後、「ズルい女」が売れていた頃にも訪問したことがあり、
今回は、それ以来だった。

メニューには、チキン、デリー、コルマ、カシミールの4種類。
全て750円である。
「人気No.1メニュー」と表示されている「カシミール」をオーダー。

デリー/カシミール・カレー 
しっかりとダシが取られ、スパイスも利いている。
作り込まれているような奥深さのあるスープである。
ただ、かなりさらりとした味で、ライスを進ませるタイプではなく、
ライス+おかずに、このスープがあるといい感じに思えた。
やはり、スープカレーとは根本的に何かが違うような。

スープも具も量が少なめなので、がつんといきたいときは注意。
また、テーブル席のみであるため、一人客同士は、確実に相席になります。

■パークポイント/インドカレー・チキン 780円
 (札幌市中央区南1条西7丁目 札幌スカイビル1F)
パークポイント/インドカレー・チキン  
非常に美味しい。
あっさりめのスープだが、スープを噛んでいると、
様々なスパイスの味が後から追いかけてくる。
異国感のある味の攻撃に気持ちが高揚し、ライスがどんどん進む。
食べ終わった時、もっと食べたいと思ったほど。

ライス自体も素晴らしい。堅めの立った米ながら弾力があり、
マイベストな炊飯ぶりである。
具はチキンのみ。
しかし、ルーに力があるので物足りなさはない、昼食なら。

パークポイント/店 
ランチタイムは、カレー以外の定食が数種類ある。
実際、ランチタイムは定食をオーダーする方が多い。
こざっぱりとした軽食喫茶のような店構えであり、
目立ちにくい外観のせいなのか、
ランチタイム以外は、席に余裕がある光景をよく見かける。
カレー店として、もっとヒットしていい店だと思う。

■南京亭/カツカレー 550円
 (札幌市中央区大通東1丁目 中央バス札幌バスターミナルB1)
南京亭/店 
中央バス札幌バスターミナル地下、
昭和的佇まいの食堂街にある、カレーがメインの店。
このお店の隣りは、ラーメンの人気店「千太」である。
席はL字カウンターのみ。
見方によっては屋台のように見える。
調理器具、メニュー表など、目に見える全てのものに年期が入っている。

やや塩気が強めの和風味のカレーで、そば屋で出てきそうな感じ。
特別感はないが、完全手作り志向なのが嬉しい。
特に、カツは、注文後に、ロース肉にパン粉をつけ、目の前で揚げてくれる。
出来たてサクサクで、ボリュームも程よく、冷凍系カツとの違いを楽しめる。
550円でこれだけのカツ&カレーを提供してくれる店は貴重。
「みよしの」と甲乙付けがたいコストパフォーマンスである。

南京亭/カツカレー 
リクエストしたいのは、ルーの増量。
ルーカレーを提供する店は、どういうわけか、
ライスに対してのルーの量が少ないところが多く、
このルーの量で、どうやってライスを完食しろというんだい?と
感じている方も多いだろう。

フォトだとわかりにくいかもしれないが、こちらのお店もルーが少ない。
カツの真下は、ルーが行き渡らず真っ白で、
白と黄色のドーナツ化現象が起こっている。
プラス100円にしてもいいので、ルーを思い切りかけていただければと。

■ロイヤルインド元町店/チキン・キーマ 830円+ライス 200円
 (札幌市東区北23条東13丁目 北24条・宮の森通沿い)
ロイヤルインド/キーマ 
キーマカレーのルーは、スパイシーでありつつ、
まろやかなコクが旨みを高め、非常に美味しい。
しつこさがないので、最後まで飽きずに楽しめる。
本格的でありながらキャッチーなテイストで、ライスもいい感じで進む。

インドのピラフである「チキン・ビリヤニー」(680円)も美味。
カレー味の煮込みごはんのようなものだが、
スパイスのせいで独特のインド味になっており、
日本の家庭ではちょっと出せないであろう味。
少なからずカルチャー・ショックも受けた。

ロイヤルインド/チキン・ビリヤニー 
ビリヤニーは、量がかなり多い。
1人前で、米2合くらいあるだろう。
具も少なくはない。ほぐれたチキンがかなりインしており、
インド風鶏メシと言ってもいいほどの充実ぶり。
量が多く、残してしまう時は、
アルミホイルに包んで、テイクアウトさせてくれる。
嬉しいサービスである。

なお、白石店もあり、
北24条駅の近くにある「モハンディッシュ」も同じ味。
フォトには登場していないが、ナンも美味しい。
もちもち感がちょうど良く、塩味なのに甘みがあり、
全くクセのない高級な香ばしさがある。

以上、締めくくるるような一切の雰囲気もなく、本日は終了します。
カレーは刺激があるが、
君からの刺激に比べれば、ちっぽなものさ。


テーマ:カレー - ジャンル:グルメ


本日、3月20日(土)は、
ザ・ハート・オブ・ストーンのライブです。

場所は、ホール・スピリチュアル・ラウンジ(札幌市中央区南2条西4丁目)。
ザ・ハート・オブ・ストーンの出演順は3番目。
出演時刻は19時40分の予定です。

今回は、昨年12月にリリースしたアルバムの曲のほか、
「スイッチ」(1995年)、「あてのない旅」(1998年)など、
古い曲も演奏します。
肩の力を抜きつつ、熱いライブができそうな気がしています。

     ◇      ◆      ◇
 
ここまでが、3月20日に書いた記事である。
そして今、3月21日。
ライブは、無事に終了した。

まずは、見に来てくださった皆さん、ほんとにどうもありがとう。
プレイ自体はミスや見当違いがありつつも、
皆さんの空気感がとても良く、
リラックスして、ラフで、ピースフルにできたかなと感じています。

100320ライブ1 
演奏した曲は、次のとおり。 ※( )内はリリースした年。
1 おいら今やっと(1994年)
2 壊れたままの砂時計(2009年)
3 新しいギター(2009年)
4 スイッチ(1995年)
5 あてのない旅(1998年)

恒例ではあるが、今回もMCは長めだった。
3曲目の「新しいギター」の前のMCの概要はこんな感じ。
「この曲は、2年前にアコースティック・ギターを買ったときの喜びを
 歌にした。それまで、しばらく音楽活動をしていなかったが、
 新しいギターを買ったことで、すごくやる気になった。
 自分にとって、ギターはかけがえのないものであり、
 生命線だと言ってもいい。
 石田純一氏にとっての『靴下』みたいなものだ。

 俳優だった彼が、俳優をしているところを10年以上
 見たことがない気がする。
 にもかかわらず、今も芸能界で活躍しているのは、
 恋愛ゴシップと靴下をはかないキャラがあったからではないか。

 彼は結婚することになり、今後は恋愛ゴシップ・ネタを使えない。
 そうなると、彼のタレントとしての生命線は『靴下』ということになる。
 石田氏にとっては靴下が、私にとってはギターがあれば、
 とりあえず生きていける。
 そんなことを歌っている」

100320ライブ2 
4曲目の「スイッチ」の前のMCは、途中までしか思い出せない。
「35年くらい前、都会では自殺する若者が増えている、
 と歌われた曲があった。
 井上さんの曲である。
 井上さんといっても、井上順さんではない。
 自殺の遺書が『お世話になりました』だったということではない。

 35年くらい前は、都会では自殺する若者が増えている、だったが、
 現在は、都会では自殺する中高年が増えている時代。
 仕事に行き詰まったり、仕事がなかったり、
 病気を苦にしてとか、色々と理由はあると思うが、
 夢を全く持てなくなったのだろうなと。
 ひとつでも、ちっぽけでも、夢があると違うのだと思う。

 とはいえ、私自身、いつまでも夢見る中年じゃいられないわけで。
 また、夢というものは、それを手にした瞬間、現実になる。
 現実になると、夢だったことが楽しめなくなったり…」

5曲目の「あてのない旅」の前のMCの概要。
「『自分探しの旅』という言葉がある。
 いまや使い古された感のある言葉だが、
 自分というものは、探して見つかるものなのかと。
 
 それよりも、例えば入院とか、例えば全寮制での過酷な労働環境とか、
 日常が奪われたり、自由が奪われた時の方が、
 自分のやりたいことや、自分にとって大切なものが見えてくるように思う。
 そういう意味では、自分探しの旅より、自分なくしの旅の方が、
 自分に出会えるんじゃないかと」

100320ライブ3 
こうしたことを話ながら、次の曲の紹介につなげているのだが、
どういうふうにつなげたのかが、あまり思い出せない。
それにしても、MCを文字にしてみると、
恥ずかしくもなく、勝手なことを喋っているなと、
反省っぽい気持ちにさえなってしまう。

ただ、この日は、常にリラックスしていた。
お客さんは、時間をさいて、手間をかけて見に来ているのだし、
良いパフォーマンスをしなければ、という気持ちが、
プレッシャーや緊張に向かうのではなく、
実力以上のことをやろうとすると空回りするので、
身の丈の範囲で、空気感を大切にやればいいと、
ナチュラルな気持ちで向かうことができた。

楽しく、エキサイティングな夜だった。
見に来てくださった皆さんに改めて感謝です。
見に来られないまでも、気にかけてくれた皆さんにも感謝です。

もちろん、まだまだ課題はある。
詰めが甘いところがあるし、ムラもある。

課題として特に思うのが、自分の、いわば「普通力」を高めたいこと。
普通レベルの底上げをして、いい状態と悪い状態の差を小さくしたいなと。
それが自信につながっていくはずだ。

そのためには、体調管理も重要である。

打ち上げからの帰り道、
ホルモンにハイボールもいいが、
「皇潤」に「やずやの香醋」もいいかも、と考えたのさベイベー。
ほんとに効くのか?
試してみなければわからない。
でも、ホルモンよりドモホルンリンクルの方が肌に良いのは
試さなくてもわかるぜ。


テーマ:バンド活動♪ - ジャンル:音楽


気づいたら眠っている日が、何日か続いた。
その結果、ブログはこれまでにない更新頻度の低さだ。
けれど心配いらないぜ。
ちょっと疲れているだけだ。

ライブ前のプレッシャー疲れかもしれない。
ライブなど、はたから見ると、単なる娯楽に過ぎない。
しかし、仕事では私の代わりはたくさんいるが、
ザ・ハート・オブ・ストーンの代わりは、
ザ・ハート・オブ・ストーンしかいないので、
ザ・ハート・オブ・ストーンが、こけたら、
フォローする者がいない。
そのため、責任は重大だ。
ならば、仕事では責任はないのか、というのは詭弁だ。
そんなことを言う人には、「君は詭弁論部出身か?」と
疑問を投げかけざるを得ないのさロック・ミー。

責任のある・なしの議論ではない。
責任の質の問題だ。
食うために働き、生きるためにロック・ミー。
だから、どちらにも責任はある。
これ以上語るのは野暮というものさ。
これを問いつめるのは不粋というものさ。

このことは、本が売れ、有名になるにつれて、
どんどん外見が派手になっていく勝間和代氏と、
本が売れ、有名になっても、まるで外見が変わらない香山リカ氏とでは、
どちらを支持しますか?と質問されるようなもの。
その答えを必死になって考えても、
君の明日は何も変わりはしないのさ。

毎日がうまくいくわけじゃないぜ。
うまくいかない時は、普通の顔して、いつもどおりにしていよう。
そのなかで、ちょっと笑えりゃ、とりあえずオーライだろう。
いいライブにします。


テーマ:日記 - ジャンル:日記


生まれてから現在に至るまで北海道に住んでいるが、
広い道内、まだ行ったことがない地域がある。

まずは離島。
天売島、焼尻島は訪問したことがある。
素晴らしいところだった。
これまでの人生の中で、最も感動した場所かもしれない。
特に、焼尻島の高い場所から見た天売島の景色は圧巻だった。
海の中に島がぽっかり浮いているようで、非現実的な空間に酔った。
あの時のフォトはどこへ行ったやら。


利尻島、礼文島、奥尻島には行けずにいる。
今後10年以内には、なんとしても行きたい。

離島を除いて行ったことがないのは、知床半島。
知床横断道路を走ろうと、何年か前のゴールデンウィークに行ったが、
天候不良により開通ならず。
半島のつけ根部分である斜里町から標津町へと抜けて、
別海町に宿泊して帰ってきた。

もう一箇所、足を踏み入れていない地域がある。
帯広市から南側、襟裳岬へと続く地域である。
市町村名でいえば、中札内村更別村大樹町広尾町である。
この辺りを舞台にした小説を読んだ。
まずは、その作品から。
今回は、本の紹介。

■佐々木譲「暴雪圏」
佐々木譲/暴雪圏 
舞台は広尾町志茂別(しもべつ)。
志茂別は、架空の地名だろう。
「帯広までは車で4、50分」とか、
「国道336号と国道236号が合流」などの表記があるので、
おそらく広尾の本町より北側にある集落だという設定だろう。

3月下旬のある日、真冬並みの暴風雪となって、国道も道道も通行止めに。
帯広で起こった強盗殺人事件の犯人。
テレクラで知り合った男に付きまとわれる主婦。
職場の金を持ち出した、さえない中年男。
そんな、それぞれに切羽詰まった人々が、国道の通行止めによって、
志茂別のあるペンションに避難するように駆け込むはめに。
そこでの恐怖の一夜が描かれている。

面白いです。
展開に無駄がなく、常にスリリングで、一気に読ませてくれる。
ペンションに集まった人達の、それぞれの裏事情が交差し、
サスペンスフルに展開していく。
手慣れた巧者だからこその作品だと思う。

ただ、次の行動に移るに当たっての心理状況がシンプルすぎるかなと。
人間の奥行みたいな部分にあまり踏み込まず、さくさくと物語は進む。
だから読みやすいのだが、小説ではなく、
事件報告を読んでいるような感覚にもなった。

衝撃的だったのがラスト。
途中でいきなり終わったかのようで驚いてしまった。
そこで終わっちゃうの?感が極めて高く、
そこから先が知りたいのに、という気持ちになった。

メインの事件が解決したと同時に物語は終了。
一般的にはそれでいいだろう。
ただ、この作品は、それぞれに重たい事情を抱えた人々が登場する。
そうした背景に引き寄せられる内容だっただけに、
一方的に終わってしまったような印象がある。

それでも、面白く読めます。

■折原一「逃亡者」
         折原一/逃亡者 
知人の夫を殺害した主婦。
逮捕され、連日、取り調べを受ける。
やかで、体調を崩して入院することに。
当然、病室にも病院にも、警察の24時間の監視がつく。
しかし、油断した婦警と看護婦の隙をついて脱走に成功。
そこから、15年間の時効までの長い逃亡劇が始まった。

非常に面白かった。
テンポの良く展開しつつ、逃亡生活の緊迫感が伝わってくる。
513頁に及ぶ長編だが、常に動きがあるため、
長さを感じさせず、終盤は読み終えるのがもったいなく思えたほど。
逃亡する主婦は、犯人にさせられたような背景があったり、
被害者の周辺の人物は、実は、事件後よろしくやっているなど、
同情すべき点も多く、一緒に逃げているような気持ちで
読み進めたような気がする。

終盤は、小さな違和感が見え隠れしてくる。
オチにつながる伏線だろうと期待が高まる。
ところが、ちょっとひねり過ぎたというか、突飛というか。
前半からずっと、適度にリアリティがあり、ドキドキ感を楽しめただけに、
ラストの非現実ぶりは、ここが着地点だったのか…、という感じ。

ストーリーは文句なしに面白い。
淡々と、それでいてメリハリをつけ、淀みなく流れる文章も良い。
同じ題材で、桐野夏生、あるいは桜庭一樹が書いても面白そう。

青森が舞台になる場面が多い。
本州最北の地らしい寂しさ、侘びしさが、
主人公の気持ちと重なり、特に心に残った。
主人公と自分とのシンクロ度が高く、
竜飛崎で「津軽海峡冬景色」を口ずさんだシーンでは、
私まで、ほろっときたほど。

津軽半島と下北半島を周る、ひとりジャーニーをしたくなった。
そこで、青森の地図を見てみた。
下北半島の形に衝撃を受けた。
まさしく斧である。
ぼやっとしたイメージはあったのだが、
改めてじっくり見てみると、壮絶であり、神秘的でもある。
そこに「恐山」と名付けられた山があるのも、妙に納得できる。

■小川洋子「猫を抱いて象と泳ぐ」
         小川洋子/猫を抱いて象と泳ぐ 
「博士が愛した数式」で、数学という宇宙を見せてくれた小川氏が、
本作では、チェスという宇宙を描いている。
小出しに、わかりやすく、チェスの基本知識を伝え、
ゆっくりとイメージさせてくれるような書きぶりになっているので、
チェスの知識は皆無に等しい私でも、問題なく読むことができた。

主人公は、どこかの国の11歳の少年。
彼はコンプレックスを抱え、無口で内向的。
ある日、バス会社に勤める太った中年と出会い、チェスを学ぶ。
それ以後は、ひたすらチェスにはまっていく。
やがて、由緒あるチェス倶楽部において、チェス人形が作られた。
彼の仕事は、その人形の中に入って、チェスをすることになった。

まあ、なんというか、読むのに体力が必要な作品だった。
表面的には、静かで、さらっとしている文章なのだが、
抽象的だったり、実は濃密だったで、
ちょっと立ち止まって、頭を整理しなければならない箇所が多かった。
想像力が試される作品といってもいい。

主人公の少年には、「死」や「あきらめ」みたいなものが、
常にそばにある感じで、読んでいて息苦しくなる箇所も多い。
好きなチェスは思う存分やりつつも、
チェス以外では大海へ出られない自閉ぶりが凄まじい。

ところが、そんな彼を、そしてチェスを、美しいものとして
描けているからすごい。
これぞ、現代の良質な文学なんだなあと、しみじみ思う。
例えば、チェスのことを、
「白と黒、双方から築かれる彫刻」、
「平たい木の板に縦横線を引いただけなのに、
 私たちがどんな乗り物を使ってもたどり着けない宇宙を隠している」など、
はっとするような秀逸な表現が随所にある。

表現の的確さ、文章のリズム感、そして、句読点の位置など、
ほんとに見事だなと思う。
声に出して読んでみると、より一層、文章の素晴らしさがわかる。
その反面、すっと入りこんで、一気に引きずり込むようなものではない。
文章を噛みしめるように、ゆっくり読むべき作品。
哀しさと温かさが同居した美しい物語である。

テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌


あと10日でライブである。
出演時刻が決まったので、改めてライブのお知らせを。

日時 2010年3月20日(土)
    OPEN 18:00  START 19:00
場所 ホール・スピリチュアル・ラウンジ
     (札幌市中央区南2条西4丁目 西向き)
料金 前売1,000円 当日1,500円

我々、ザ・ハート・オブ・ストーンの出演順は3番目。
出演時刻は19:40~20:05の予定です。

今後は、3、4か月程度、ライブを控え、
しばし休養し、その後、新しい曲に取り組みたいと思っています。

昨年から今年にかけてのライブでは、
12月にリリースしたアルバム「雨の交差点」に収録した曲ばかりを
演奏してきました。
ところが、今回のライブはちょっと違う。
ザ・ハート・オブ・ストーンの90年代の代表曲を
3曲程度盛り込んだラインナップでお送りします。
よろしくお願いします。

    ◇     ◆     ◇

さて、今回はラーメンの紹介。
ただ、ラーメンだけどちょっと違う。
ラーメン・ベースの麺料理的なものを集めてみた。
今回はコンパクトに、1店15行解説。
それでは、どうぞ。

■布袋/麻婆麺 価格メモ漏れ(700円台)
  (札幌市中央区南1条西9丁目 電車通り沿い)
人気店である。
曜日や時刻に関係なく、次から次に客が訪れる店である。
ただし、客は男性中心。しかし、年齢層は広い。

看板メニューというか、一番人気と思われるメニューが「麻婆麺」。
正油ラーメンに麻婆豆腐がたっぷりかかっている。
麻婆豆腐は、キレがありつつ、人なつっこい旨みがあり、非常に美味しい。
以前に、麻婆飯(麻婆豆腐+ライス)について掲載したことがあるが、
途中で飽きることなく、最後まで魅力的な味だなと喜びさえ感じた。

布袋/麻婆麺/食べる前 
で、麻婆麺であるが、基本的には美味しいです。
ただ、好みの問題ではあるが、私の味覚では、
ラーメン・スープが麻婆豆腐の旨さをぼやけさせているように感じ、
ライスと食べた方が満足度は上だった。

とはいえ、麻婆とスープが絡み、
酸味と辛みのある独特の味を作り出しているのは面白い。
なんらかんら言いつつも美味しいです。それが結論です。

布袋/麻婆麺/食べる時 

■ぱお/エスニックラーメン 710円
   (札幌市西区琴似1条7丁目 西区役所向かい)
ぱお/店 
基本、カレー店であります。
7、8年前に、こちらでスープカレーを食べました。
その当時から、このメニューがあり、
いつか食べてみたいと思っていました。

思ったよりも和風でありました。
エスニックというよりは、
味噌ラーメンをカレー・テイストにしたような。
スープカレーよりは、ルーカレーに近い味ではないでしょうか。
タマネギ風味が結構前に出ている感じであります。
麺は中太で、それなりに縮れた一般的なサッポロ・ラーメン。
私にとっては、全体的にもう少しラーメン離れしている方が好みかも。

ぱお/エスニックラーメン 
ライスもオーダーし、スープカレー的な食べ方もしてみましたが、
ライスと合わせるならば、もう少し、スープに強さが欲しい気がしました。
ただ、ライスに合わせるためのスープではないと思いますので、
ピントがずれたひとつの意見として流してください。

■優花菻/ザージャータンメン 800円
   (札幌市東区東苗穂6条2丁目 三角点通沿)
優花菻/メニュー 
東苗穂の交通量の多いストリートに、静かに存在している中華料理店。
チャイニーな派手さはなく、暖簾も小さく、見落としやすい外観。
店内も実に殺風景である。
クセになる中華料理店的ラーメンが揃っているという一部のブログ情報が
気になり、自宅から比較的近くに位置することもあり食べに伺ってみた。

優花菻/ザージャータンメン 
「ザージャー」とは、挽肉の甘味噌あんかけのことなのだろうか。
それが、鶏ダシあっさり醤油スープと馴染み、独特のコクを生んでいる。
食べ進むほどに旨みを感じていく不思議な魅力がある。
高級味というよりは大衆味。
がやがやとした屋台っぽい店で食べたら、
より一層美味しく感じるタイプではなかろうか。
なお、挽肉は大きめで、とんでもなく量が多い。

家族的中華料理店らしく、店内のテレビからは、
大音量でバラエティ番組が流れている。
店員の女性の方は、熱心に見入ってらっしゃいました。

■本日は、ぷくぷく商店/ぷくぷく麺セット 800円
   (札幌市南区常磐5条2丁目 国道453号線沿い)
本日は、ぷくぷく商店/店 
国道453号を札幌市街地から支笏湖方面へ。
芸術の森を過ぎてすぐ、左側にこのお店が突然のごとく現れる。
マイナーな場所にありながらも、雑誌やブログなどに意外と登場し、
「クセになる」、「はまる」などの文言を目にするので、興味が募って訪問。

本日は、ぷくぷく商店/ぷくぷく麺セット 
麺は、ほうれん草が練り込まれているらしく緑色。
スープは正油ベースで、様々な野菜と肉がインされており、
鍋のつゆのようである。そこに麺を入れて食べる。
同じことを書くようだが、まさに鍋に麺を入れたそのままの味。
見た目どおり、想像どおりの味である。

ぷくぷく麺セットには、ライスもついてくる。
麺同様、鍋に入れ、いわゆる「猫まんま」状態で食べる。
これもまた驚くほどに、鍋にライスを入れたそのままの味。
外食としては異色だが、テイストは自宅感が強く、妙に普通というか。
店内は山合いのリゾート地にあるペンションのよう。
そうした組み合わせゆえ、なんとも不思議な気分になります。

     ◇     ◆     ◇

ふと振り返ってみると、年が明けてから撮った写真は、
ほとんどが食べ物である。
なんとも寂しい話である。
写真を撮りたくなる被写体に出会っていないのか、それとも、
写真に収めるべき被写体を見落としているのか。

年明けから、禍を恐れてプチ引きこもりのごとく過ごし、
トラブルを回避するため、気持ちを抑制して過ごしてきたから、
こうなることも仕方ないのだが、もうそろそろいいだろう。

これからはもう愛しかないだろう。
特別な意味も、深い意味もないが、
もう愛しかないんじゃないだろうか。


テーマ:ラーメン - ジャンル:グルメ


今日、NHKの「クローズアップ現代」にて、
今年、高校の卒業式で歌われる曲のトップ3は、
第1位 3月9日(レミオロメン)
第2位 卒業写真(荒井由美)
第3位 贈る言葉(海援隊)
であると放送していた。

「3月9日」という曲の存在は知っていたが、
歌詞もメロディもほとんど知らないので触れない。
「贈る言葉」は、今の時代にも歌われるのだなと思いつつ納得。
問題は「卒業写真」だ。

大傑作である。
切なくも爽やかな美しいメロディ。
柔らかな風のようなサウンドが郷愁を誘い、
感情をセーヴしているかのように淡々と歌っているのも良い。

では、卒業の際に歌うことが、なにゆえ問題なのか。
それは、卒業後、一定期間を経た頃に、
しみじみと良さを感じるような歌詞だからである。
つまり、卒業時点では、この歌詞の深さと重さを
感じ取れないのではないかと。
感じ取れなくてもいいが、それではもったいないだろうと。
この曲は、このタイミングじゃないだろうと。
そう思えてしまうのだ。

この曲の中に、すごく好きな歌詞がある。
「話しかけるように揺れる柳の下を
  通った道さえ今はもう電車から見るだけ」

もうあの頃には戻れないという切なさと寂しさが、
静かに透明に優しく、このフレーズの中に凝縮されている。
柳が、話しかけるように揺れる、という繊細さと温かさ。
走る電車から見るだけ、という哀しきシチュエーション。
ほんとに素晴らしい歌詞だし、
ユーミン氏のセンスに感動である。

卒業式での「卒業写真」は、
極端に言えば、結婚披露宴での「また逢う日まで」である。
「また逢う日まで」は、1971年の大ヒット曲。
私が原体験で記憶している最も古いレコード大賞受賞曲である。

それにしてもこの曲、別れの歌でありながら、
メロディ、サウンド、ボーカル、その全てが、
ダイナミックでパワフル、そして、なぜかジョイフルな雰囲気である。
曲の出だしのフレーズからして、
ワクワクして踊り出したくなるほどソウルフルである。

「二人でドアを閉めて 二人で名前消して」と、
肩を組んで、横に揺れながら、笑顔で歌うような、
おめでたい曲にしか思えない。
ボーカルの尾崎氏も、どこかラテン的で華やかな印象なのも
それなりに影響しているだろう。

1990年代、ナツメロ的な番組で見た尾崎氏は、
この曲を、原曲がわからなくなるくらい崩して歌っていた。
メロディを妙に変えたり、やけにためて歌ったりしていた。
ベテラン歌手が陥る、リスナーが求めていないアレンジ変更である。
それがなんとも寂しい。
想い出を壊されたような気持ちになる。
そこに感動はないのです。

「街で見かけたとき何も言えなかった
 卒業写真の面影がそのままだったから」
それもまた寂しい。
しかし、どこか温かく、そして切ない。
年をとれば、体型が変わり、しわが増え、雰囲気も変わる。
でも、面影はそのままだったりするのです。
そこに感動があるのです。


テーマ:日々のつれづれ - ジャンル:日記


昨年春から、首と腰のヘルニアに苦しんでいた。
ブログの記事でも、何度かそのことに触れてきた。
首のヘルニアによって、右腕が重だるく痛み、
腰のヘルニアによって、右足のつけ根が痛み、
日常生活でも不便と不快を感じてきた。

昨年5月から12月まで、月6、7回のペースで、
リハビリに通い続けた。
首の牽引と電気治療とマッサージを繰り返した。
どの治療も、ある程度の効果はあった。
痛みはゆっくりとしたペースだが緩和されていった。

特に腰は順調に回復し、
10月には10分連続で小走りできるほどに回復した。
11月下旬には30分連続で走られるようになった。

ただ、リハビリにおいて、気になることがあった。
リハビリ担当者が、悪い意味でフレンドリーになってきたことだった。
半年以上も定期的に通っていれば、
それなりにフレンドリーになるのは自然なことだし、
本来は望ましいことである。
ところが、方向の違うフレンドリーさや、
慣れから生じるラフさが目立ってきた。

マッサージは、基本的にトークしながら行う。
症状を聞くなど、コミュニケーションは必要だ。
しかし、ある時期から、職業、家族構成、趣味など、
プライベートなことが話題の中心になってきた。
しかも、質問しては、自分の話ばかり延々と続ける。
質問しておいて、相手の話を聞かない人は、どこの世界にもいる。
だが、リハビリに行ってまで、
そんなストレスを受け入れなければならないのか。


コミュニケーションを深めるため、良かれと思ってそうしているのだろうから、
無下にはできないし、無視もできない。
ただ、早くリハビリ通いにグッバイしたい私は、
普段どういうことをしたら回復につながるかを話し合いたかった。

酒と煙草をセーブするとヘルニアは悪化しない。
全ての人がそうかと聞かれれば違うだろうし、
科学的な根拠はないかもしれないが、

私の場合、経験上、明らかに酒と煙草がヘルニアに影響すると確信した。
また、精神的ストレスが痛みを強くすることも何度か話した。
職場にいると終始痛むのだが、帰宅した途端、痛みが緩和されることなどを、
実例を交えて話した。

ところが、マッサージ担当者は、
「ああ、そういうもんですか」とか、「ほんとですか?」など、
極めて反応は薄く、すぐに別の話題に持っていく。
ひとつの症例とまでは言わないが、ひとつの経験談、意見として、
受け入れてくれている感じがまるでしなかった。
むしろ、リハビリの話は苦手で、それだけは勘弁してくれ、という感じすらした。

電気治療や牽引にしても、
セッティングの仕方が雑になっているのを感じていた。

患者を効率よくスムーズに回転させることが最も重要で、
処理能力の高さこそが、有能なリハビリマンとして認められる。
そうした、病院にとっての常識、患者にとっての非常識があるんだろうなと、
疑問とストレスは日々高まっていった。

そこで私は、12月下旬、見切りをつけることを決意した。
もう通い続けても、ノーフューチャーだと確信した。
ノー・リハビリ・ノー・ライフとの決別を誓った。
バイ・ユアセルフから、バイ・マイセルフに切り替えることにした。

ただ、電気治療や牽引による効果があったのは間違いない。
本来の状態を「10」、病院に通い始めた頃を「0」とすると、
10月には「5」、11月には「7」の状態に回復したのだから。
そのことには、きちんと感謝したい。
また、ラインを超える前までのフレンドリーさは、
「ようこそリハビリへ!」的で、通いやすい雰囲気だった。
問題は、慣れによる雑さである。
その時が別れるグッド・タイミングだったのかもしれない。
バイ・マイセルフで治療するための潮時だったのかもしれない。

10月の「5」から11月の「7」への回復。
これは、ストレッチをする日を増やしたり、
無理をしない範囲で走り始めたことによるところが大きい。
つまり、自分でなんとかできるような気持ちになったのも、
リハビリ通いをやめた要因である。

そんな私が始めたのは、ヨガである。
小さい頃から身体が固かった私は、ストレッチ的なことが苦痛だった。
身体が固いことによって、能力が頭打ちになることは山ほどある一方、
身体が柔らかくて、困ることなどない。
そのことを、1980年代、90年代、00年代と、常に感じてきた。
しかし、加齢とともに、ストレッチの苦痛度は増し、
この3、4年は、「身体が固くても可能性はたくさんある」と発想を変えて、
自分を甘やかしてきた。


昨年秋、ある芸能人女性が、「この5年間で変わったこと」について
トークをしていた。そのアンサーは、
「ヨガを始めてから、自分をリラックスさせられるようになった」
というものだった。
特に、呼吸の仕方に効果があると言っていた。

その言葉が、ずっと気になっていた。
自分に欠けているもののひとつが、
ヨガの中に存在しているのではないか。
それは、ヘルニア治療にも通じるのではないか。
そんなことを漠然と考え始めた。

年末年始の休みに、DVD付きのヨガ入門本を購入。
その日から、たらたらと始めた。
最初から熱心になると、義務感に押しつぶされる。
無理はしない。調和こそ全て。
さらっと、でも、できれば毎日、というスタンスで始めた。

3日目くらいで、早速、効果が現れた。
具体的にはうまく言えないが、身体がすっきりとしてきた。
身体に一本のワイヤーが入った感じで、
そのワイヤーは、硬くもなり、軟らかくもなるような。
そして、いかに使っていない筋肉があるのかと気づかされた。

2週間後には、全ての動作が以前より楽になったのをはっきりと感じた。
それだけではなく、食べ物も煙草も美味しくなったし、
歌に関しても、声の出だしで、出したい音程に到達する速度が上がったし、
声の出し終わりでの粘りを調整しやすくなった。

現在、ヨガ開始から2か月が過ぎた。
ヨガ・マスターのような身体の軟らかさには程遠い状態である。
しかし、どれだけ曲げられるか、どれだけ伸ばせるかは、
私にはそれほど重要ではない。

そこそこのポーズをとり、背筋を伸ばして鼻呼吸すること。
それだけで、私には絶大な効果があった。

腰のヘルニアは完治したといってよい。
首のヘルニアも、職場で時々痛むことはあるが、
プライベートでは、1時間以上の車の運転以外は、痛み知らずになった。

1日5分くらいしかやっていない。
派手なポーズは全くできず、ベーシックなものばかり繰り返している。
朝と夜に、それぞれ5分やるのが理想だが、
夜は2日に1回くらいしかやっていない。
それでも、しっかりと効果はあるし、
日を追うごとに気持ち良くなってきている。


先日、バンドのメンバーに、
「腕を上に伸ばして、ゆっくり呼吸していると、
地球と宇宙のつながりを感じられるようになってきた」と語ったら、
皆、苦笑していた。
ある意味、危険な精神世界に入り込みそうな発言である。
しかし、危険なところがカッコ良く映るであろう女性もいる。
まあ、その危険さとは異なるが。

男はちょっと危険でワルな方がいいとか言う女性は、
ちょっと危険でワルなところに、結果的に苦しむような気がする。
私のリハビリにおける、病院の方々のフレンドリーさも然り。
フレンドリーだから通いやすかったが、
フレンドリーの方向がずれて、一定ラインを超えたら、
通いたくない気持ちになった。
そういう事象は多い。
幸せになろうと言って結婚したのに、
お互い幸せになるべきだと言って離婚するように。



明日3月3日は、ひなフェスティバルである。
ひなフェスティバルで、まず思い浮かぶのが、
「灯りをつけましょ ぼんぼりに」の曲。
小学生の頃から現在に至るまで、
この曲に対する、ひとつの思いがある。

ワンコーラス目の最後のフレーズ、「今日は楽しいひな祭り」。
この部分のメロディが、ちっとも楽しくないのだ。
「楽しいひな祭り」と歌っていながら、メロディは悲しい。
しかも、完全に演歌のメロディである。
五木ひろし氏が歌うと、ぴたっとくるようなメロディだし、
「今日も寂しい港町」という歌詞にした方がしっくりくる。

この悲しいメロディには、何かの事情があるのではないかと
考えてしまう。
普段は悲しみだらけだけど、ひな祭りくらいは楽しく過ごそうよと。
でも、歌詞はそこそこハッピーにできたが、
メロディまでは、はばかられたみたいな。

こうした昔のわらべ歌は、微妙にダークなものがある。
よく知られているのは、「かごめかごめ」だろう。
「後ろの正面だあれ」という、なんとも不気味な歌詞。
アップテンポの曲調にして、「後ろの正面だあれ、フー!」とやっても、
ハッピーにはなれないだろう。
「後ろの正面だあれ、フー!」の「フー!」は、「WHO」であり、
「だあれ」とかけていると説明しても、ハッピーにはなれないだろう。

私は小さい頃から、「てんてんてんまり てんてまり」の曲に、
なぜだかわからないが、漠然とした恐怖を感じている。
郷愁を誘う美しいメロディである。
流れにしても、展開にしても、
才能のある人しか作れないような素晴らしいメロディである。

おそらく、歌詞がなんとなく怖いのだ。
ちょっとしたボタンのかけ違いが原因で、
なんだかわからないうちに連れて行かれて、
戻って来られなくなってしまったような雰囲気があるのだ。
そうならないように、地力をつけなければ。

おいしいものが、頭の上に浮かんでいる。
手を伸ばしてみるが、もう少しのところで届かない。
「ジャンプしてつかみ取ろう」と思う人は多いだろう。
それを積極的だとか、やる気があるとか、と見る向きはあるだろう。
でも、焦っちゃだめだぜ。
ジャンプして掴んだはいいが、地力がないと、
それに引っ張られて、どこかわからないところに行ってしまうかも。

ジャンプするのはいい。
要はタイミングだ。
ジャンプすべき条件が整っているかどうかだ。


今はジャンプするより、地に足をつけて力を蓄えたい。

そうすれば、そのうち地に足をつけたまま手の届くところにやってくる。
へとへとに疲れて、汚れた髪を振り乱して飛びつくよりも、
英気を養い、髪を洗うことが大切だ。
ジャンプよりも、シャンプーすべきだ。

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