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1月31日・日曜日、バナナマンの札幌公演(3月13日)の
チケット発売日ということで、
発売開始時刻の午前10時から1時間遅れで、
最寄りのサンクスのチケットぴあに買いに行った。
売り切れていた。

なんという凄い人気だろう。
それほど宣伝されていなかったはずなのに、
発売開始1時間以内に売り切れたということだ。
「ここは東京じゃないんだぜ」
サンクス札幌元町店にて、そんな嘆きの一言をつぶやきたくなったが、
ひとりぼっちのストレンジャーになりそうなので、無言で店を後にした。

午後からは街に出た。
前日の1月30日土曜日に、東京03の札幌公演(4月3日)の
チケットが発売されたので、
大丸プレイガイドにチケットを買いに行った。

東京03は、バナナマンほどの集客力はないだろう。
発売翌日の購入なので、結構いい席が取れるのではないかと
期待してプレイガイドへ。

ところが、プレイガイドのおばさんは、
「売り切れました」と言うではないか。
「ここは東京じゃないんだぜ」
今度こそ、その言葉をクールにつぶやこうと思った。
しかし、クールだと思われるより、
フールだと思われそうだったので、またも断念。

大丸プレイガイドを離れ、札幌パルコの前を歩きながら、
こっそり、「ここは東京じゃないんだぜ」とつぶやいてみた。
虚しかった。
けれど、そんな虚しさが決して嫌いじゃないオレさ。

一応、札幌パルコのプレイガイドにも行ってみた。
「東京03のチケットありますか?」と聞いた。
「東京03のチケ」のあたりで、
「売り切れました」と、極めて速いアンサーを浴びた。
「ありますか?」と「売り切れました」は、
確実にかぶっていた。

すごい人気である。
東京03人気を侮っていた。失礼をお詫びしたい。
10代、20代に相当売れているということなのだろう。
こうしたものは、やはり生で見たい。
レンタル料が100円であっても、お笑い系のDVDは見る気がせず、
また、ライブを観たいと思うお笑い芸人はあまりいない私だけに、
滅多にない贔屓芸人のライブ観戦の機会を得られなかったことは、
私にとっての文化的損失である。

     ◇     ◆     ◇


こうしてチケット入手に失敗した私は、かでる2・7ホールに、
北海道舞台塾演劇公演「ぐるぐるぐる~その交差する点で~」という
芝居を見に行った。
こちらは、3日前に余裕でチケットを購入した。

武田晋氏、小島達子さんなど、道内大物役者も出演。
とある喫茶店を舞台に、喫茶店の人、
そこの客、喫茶店を始めたい人などが、

それぞれの勝手な言い分を闘わせるようなストーリー。

皆、嫌な人間を演じているのですが、どこか中途半端で、
それぞれのキャラが立っていなかったような気がします。

設定に無理があったような気もします。
それと、流れが平坦で、ウェーブのある展開がなかったのであります。
掘り下げるところと、流すところのメリハリが欲しかったのです。

それから、何を伝えたかったのか。
伝えたいものはなくてもかまいません。
だとしても、どういうところを見せたかったのかが、
芝居素人の私にはピンときませんでした。
しかしそれは、演技によるものなのか、脚本なのか、演出なのか。
そのどれのせいであると申す資格が私にはありません。
なぜなら、私の芝居に対する造詣が浅いために、
こう感じたのでありましょうから。
恐縮であります。


     ◇     ◆     ◇

なかなか望みのチケットを入手できない世の中だ。
だとしても、どうしても入手しなければならないチケットがある。
5月29日に、サンハウスが札幌に来ることが判明した。
サンハウスは、柴山俊之氏、鮎川誠氏を中心とした博多のロックバンド。
1970年代半ばから後半に活動。
その後、1983年に一時再結成し、その時のライブを収録したアルバム
「クレイジー・ダイアモンズ」は、
私がこれまでに聴いた邦楽アルバム・この10枚に、
確実にチョイスされるであろう傑作である。
この5枚に枠を狭めてもチョイスされるだろう。

そんなサンハウスが、札幌にライブをしにくるのだ。
これは、なんとしても見に行かなければいけない。
というか、ほんとにメンバーが集まってライブをなされるのか、
しかも、札幌まで来てくださるのか、と、疑問や不安さえも
敬語になる存在である。


サンハウスの存在を知っているのは、
私の世代を中心に前後5年であろうし、
その中で、強烈な影響を受けた人、ライブを見に行く人となると、
相当、絞られてくるだろう。
なので、チケット入手については、あまり心配していない。
しかし、油断は禁物だ。

発売日は3月20日と、まだ先だが、既に手帳にはその旨を記した。

仮にチケット発売当日に売り切れてしまおうものなら、
「ここは博多じゃないんだぜ」と、
はっきりと口にしなければならないだろう。

そして、明日から2月に突入する今、ひとつ言わせていただく。
「恵方巻きには全然興味がねえぜ」

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今回はそば。
冬場になるとそばを欲する。
雪道、渋滞への対応が面倒なので、近場でそばを食べる。
そんな4件を紹介。
それではどうぞ。

■緑寿庵/海老天そば 1,000円

札幌市東区本町2条5丁目 環状通り沿い・プライスマート隣り)
緑寿庵/海老天そば 
海老天そばが美味い。
器にのった大ぶりな海老の天ぷら。
器からはみ出した部分をつゆの中に沈めると、
「ジュー」と、衣がシャウトする。
「揚げたてなんだぜ!」と強烈なアピールをされているよう。
まさに、まさしく「熱いぜベイベー」である。
この音だけで、美味しさ50%増しに値するほどの効果がある。

つゆのダシと甘みのバランスが良く、
天かすと絡むと、たまらない旨みが出る。
完飲度が極めて高いつゆといえる。
細めのそばは、圧倒的な存在感はないものの、
凛として、品があり、大衆的ながら高級感がある。
また、見た目普通だが、実は意外に量が多い。

店内中央には、コの字型の大きめのカウンターがある。
コの字の中は、金魚がリブしているBIGな水槽。蓋はない。
常連客は、この水槽を気にせずに過ごしているように見えたが、
私は間近に金魚では、食テンションが下降すること間違いなし。

とはいえ、そばが魅力的なのも間違いない。
地味な店構えで、事前情報がなければ、
ふらっと入店することはないだろうと思われる店。
「世間的にはフェイマスではない。でもオレの中ではフェイマスだぜ」。
そう思いながら、密かに通い詰めたくなる店である。

■仙穂/かけそば+豚丼のセット 840円
札幌市東区伏古3条3丁目 伏古通り沿い/ブック・オフ近し)
仙穂/かけそば+豚丼 
とにかく、そば自体が魅力的。
太めで、平べったく、ややねじれがあって不揃い。
それでいて柔らかく、優しく、クセになる食感である。
そして、いわずもがな美味しい。いや、非常に美味しい。

よく噛んで味わってみると、何かが違うと改めて感じる。
ところが残念なことに、その違いを説明できるほど、私はそばを知らない。
しかし、美味しいそばだけがもつ何かがある。
このそばを食べたくて、遠くから足を運ぶ方もいるだろうと思う。

つゆは渋めのやや辛口。濃さは普通だろう。
ダシがすっきりと出ていて、きりっとしている。
そばとの相性も良い。
ただ、少しぬるめである。
また、そば素人の戯言に過ぎないが、
そば湯のとろみをもう少しアイ・ワント。
サラサラそば湯は、何か物足りないというか。

仙穂/店  
豚丼は、薄いバラ肉を、そばつゆっぽい味付けをしたもの。
完全に家庭的な普通味で、外食テイストではないなと。
それと、ごはんが柔かすぎ。
ごはん自体は悪い米ではないだけに残念。
そばは、ほんとに素晴らしいです。

■茶楽/そば定食 750円

札幌市東区北25条東15丁目 地下鉄東豊線通り沿い)
茶楽/店 
地下鉄東豊線・元町駅近く。
札幌東郵便局の向かい側にある、結構大きめのそば店。
地下鉄駅の近くにしては、駐車場も充実。
学生のみのグループと、20代女性のみのグループ
以外の幅広い層の客が集う。
つまり、メインは中高年&家族連れなのだが、
若い男性客も意外に多い印象。

茶楽/そば定食 
つゆは、やや濃い目で甘めながら、ダシとよく馴染み、食べやすい。
そばはやや細め。外食としてスタンダードな二八そば。
いわば、家庭では出せない普通の味といった感じ。
万人ウケの味、値段が手頃、広めの店内、駐車場あり、ということで、
リピート力が高い店だと思う。

そば定食についているメンチカツが独特。
手作りだと思われるが、何をインすればこの味になるのか。
そばが優れた普通味なのに対し、ユニークなテイストである。

残念なのは、完全にフリー・スモーキングなこと。
店内の換気も、さほど良くないため、
そこそこ混んでいて、喫煙者の隣りのテーブルに当たってしまったら、
「天国への階段」(ツェッペリン)ではなく、「地獄へ道連れ」(クイーン)
になること必至。
愚かな喫煙者は、隣りに非喫煙者がいようが、まるで関係ないからな。

■そば信/そば定食 750円
札幌市東区北48条東7丁目 北光線沿い)
そば信/そば定食 
そば定食は4種類。
カツ丼、天丼、親子丼、えび丼の中から1品をチョイス。
それに、たぬきそばか、ざるそばがつく。
さらに、サラダ、冷奴、茶碗蒸しもついてくる。
それで750円なら、十分に安いといえるだろう。
ただ、ライスは柔らかすぎで、カツ丼の味つけは濃いかなと。

そばは、細さのわりには、やや重めで柔らかめ。
つゆは、濃いめで、ややもったりしているか。
わかりやすい特徴があるタイプではなく、
昔ながらの大衆的なそばといった感じ。
リラックスして食べられる安心テイストである。

そば信/店 
この店で、そば以外に触れずにいられないものが二つある。
ひとつは、座敷スペースにある巨大水槽。
峰竜太クラスのタレントの家の玄関ロビー・スペースにありそうな大きさで、
有無を言わせぬ存在感がある。
水槽は老朽化し、泳いでいるのは鯉と金魚だけ。
華やかさはない。しかし、70‘sテイストは存分に味わえる。

もうひとつは、カウンター席の前面にある巨大液晶テレビ画面。
60インチくらいはあるのではないだろうか。
外食中のテレビは「HATE」な私にとっては、
テレビの映像と音量に食事を支配され、あまり歓迎ではない。
しかし、他の客は皆、テレビに釘付けになっていた。

なお、店の方は、熱心な日ハムファンのようで、
壁の至るところに、日ハム絡みのフォトやメッセージがある。
巨大テレビで、日ハム戦を観戦しながら、そばで飲むのは最高だろう。
そう、こちらは、居酒屋メニューも充実しているのだ。
この界隈の中高年には絶大な人気がある店。
味、価格、雰囲気、どれをとっても人気の理由がわかる。


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とりあえず穏やかに過ごしている。
ここ数年の禍ごとは、1月と2月に集中していることを踏まえ、
徹底的に行動範囲と行動時間を狭め、
激しい雨にも、向かい風にも遭わない日々を過ごしている。

それが逆に不安に感じてきた。
表面上は、ピースフルなライフではあるが、
水面下では、緩やかながら確実に、引きこもり上昇曲線を描いている。
それはそれで楽しい部分もある。
実際、プチ引きこもり願望がある人は意外に多いはずだ。

しかし、いつまでもそうしてはいられない。
少しずつ目を開いていかなければならない。
「ひろみちお兄さん」がランドセルのCMで、
小さな目を精一杯開いて、はきはきと喋っているレベルまで
押し上げようとは思わないが、
徐々にアクティヴ化していく必要がある。

流れぬ川は淀んでいく。
自分に対するルールにこだわるあまり、
このハートが、マディなウォーターになるのは避けたい。
「こだわる」程度なら、まだいい。
とらわれる、あるいは、しがみつくようになっては、
全てが停滞してしまう。
ロックはロールすべきなのだ。

確かなものはないけれど、ドント・ウォーリー。
目指すところは見えないけれど、
キープ・オン・ロックアンドロールの気持ちを忘れるな。

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この1週間ほど、突如、曲作りに目覚めた。
アルバムをリリースしたばかりであり、
新曲を必要とするリーズンなど全くない。
私自身、曲を作ろうと思って作っているのではない。
ふと気づくと、頭の中にメロディが浮かんでいるのだ。

アルバムをリリースするまで、収録曲に集中してきた。
特に昨年の9月以降は、
自分以外の音楽をあまり聴いていない状態だった。
アルバムをリリースし、年が明けたら、
それまでの反動で、色々な音楽を聴きたくなるだろうと思っていた。
ところが、誰かのメロディを欲する前に、
自分のメロディに頭の中を支配されている。

とにかく通勤中、特に帰り道に、メロディが湧き出してくる。
ただ、いいなと思うメロディもあれば、
なんてありきたりで、なんてつまらないメロディなんだろうと
思うものもある。

メロディが湧き出しても、当初はしばらく放っておく。
寝かせることで味がついてくるからだ。
ぱっとしない、いわば「ダメロディ」は、そのうち忘れていく。
ぴたっとくるメロディは、再度湧き出してくるものだ。

この1週間は、湧き出すメロディ量が突然増えた。
これを流しっぱなしにして、下水道に送り込むのはもったいない。
天然水の状態で取水し、キープしておこう。
そこで、ギターを弾きつつ、曲を整理し始めたら、
一気に没頭してしまった。

ただ、懸案はいくつもある。
こういう感じの曲をやりたいというイメージがあるとする。
そのイメージのようなリズムの曲に限って、湧き出してこないのだ。
誰しも、曲を作る上で、得意なリズムと不得手なリズムがある。
演奏するにしてもそうである。
不得手なリズムには、ぎこちないメロディがついてしまったり、
誰かの曲と似通ったものになってしまいがちである。

私はギターで曲を作る、というか整理する。
ギターには人それぞれ「弾きグセ」がある。
それに引っ張られて、以前にもあったようなメロディに
なってしまうこともよくある。

こうした状況を打破するため、
コードの表側についたメロディを、コードの裏側にしたり、
音域は完全に無視して、幅広いエリアでメロディをつくったりする。
そこで生じる嬉しい誤算が、
整理しようと思っていた曲とは別の曲ができることである。
現在、10曲くらいメロディのみできている。
そのうちの半分は、他の曲を作っている時に生じた
別のアイディアによる曲である。
そして、そちらの方が、形から入らず、余計な思惑がない分、
ナチュラルで、なめらかだったりするのだ。

ちょっと趣の違う曲や、新展開というか新たなトライはしたい。
とはいえ、最も重要なのはナチュラルさである。
歌っていて、あるいは、演奏していて、無意識に気持ちが良くなること、
気づいてみると気持ちが入っていることが大切なのだ。

また、曲のタイプの得手・不得手や弾きグセを超えた曲もやってみるべきだが、
個人のメロディのクセは失わせてはいけない。
なんらかんら言いつつ、結局は己のパーソナリティが肝心なのだ。

10曲程度のメロディは、かなり固まった。
作り続ければ、1週間後には15曲には達するだろう。
ところが、大きな問題がある。
歌詞がなく、タイトルもない。
よって、曲はできていくものの、鼻歌or口笛状態である。

私は、歌詞至上主義者ではない。
しかし、歌詞を軽んじることなどできない。
これまでの経験上、自分の曲に限ったことだが、
どんなにメロディが良くても、歌詞がぱっとしないと、
曲が育まれず、曲への思いが薄くなっていく。

現在は、曲の骨格ができた状態であり、血や肉がない。
そして何よりハートがない。
歌詞の一部でも、あるいは、タイトルだけでもつけられればと思う。
ものに名前が付けば、意味が生まれ、認識され、世界が確立する。

一部の曲は、部分的にではあるが、
メロディへの言葉の乗り方がぴったりときて、
仮歌詞として歌っているものもある。
ところが、仮歌詞だとしても、
意味不明あるいはイメージ・ダウン的なものばかり。
例えば、
「いけない人ねと笑って アングラ映画を見ている」、
「聞けば切ない苦労話 しがないニューオリンズ」、
「君が人妻じゃなかったら 僕の人生は違っただろう」など。

自分の言葉センスと思考回路が理解できない。

テーマ:音楽のある生活 - ジャンル:音楽


今回は、2009・ブック・オブ・ザ・イア。
私が2009年中に読んだ作品の中から、
新作部門はトップ10作品を、過去作品部門からは4作をピックアップ。

選考対象は、新作部門が2008年1月以降にリリースされた作品。
つまり、最近2年間にリリースされた作品である。
過去作品部門は、それ以前にリリースされた作品である。

2009年は、1年を通してコンスタントに読書ができた。
私の中で読書は、生活をニュートラルに戻す要素もあり、
心が穏やかではない時の、良い緩衝剤になっている。

ただ、時間がある時に読書ばかりしていては、
他のことをする時間がなくなるし、
冊数をこなすことに気を奪われると、感受性が麻痺してくるので、
意味のある読書ライフを送るためにも、
心身のバランスと環境づくりは重要だ。


さて、新作部門は1位から4位が大激戦。
正直、明日になれば、順位が入れ替わるかも、というくらい、
甲乙つけがたく、どれも非常にオススメしたい作品である。
では、どうぞ。

【新作部門】
第1位 樋口明雄「約束の地」
 09-01樋口明雄/約束の地

  山梨県の八ケ岳に赴任した、環境省のキャリア官僚。
  仕事は、畑などを荒らすクマやイノシシを山に返し、
  人間と動物がきちんと棲み分けられる環境を作ること。
  しかし、無闇に捕獲する地元のハンター、動物愛護団体の抗議、
  山を浸食する環境汚染、その環境汚染の原因を隠蔽する市長など、
  様々な圧力の中で、官僚は苦闘する。
  そんな状況で、いくつかの殺人事件が起こり、
  さらには大人同士の不和に起因する小学生同士のいじめがあったりと、
  あらゆる問題が絡み、読み出したら止まらない面白さである。
  山の空気や獣臭を感じるほどの臨場感。
  そして、何よりヒューマニズムを感じる社会派作品。
  興奮し、圧倒され、考えさせられます。

第2位 奥田英郎「オリンピックの身代金」
      09-02奥田英朗/オリンピックの身代金

  昭和39年、東京。オリンピックを間近にして、
  警察関係施設を狙った爆破事件が相次いで起こる。
  容疑者として浮かんだのは東大の大学院生。
  彼が、そうした行為に及んだ経緯を、
  当時の建設現場での過酷な労働条件や、
  都市部と地方の貧富の差などの時代背景とともに描かれている。
  特に、地方からの出稼者が、理不尽な労働環境に苦しみ、
  次第にヒロポンに手を出し、どん底に落ちていく様は壮絶。
  どうしようもない閉塞感に息をのみ、ページをめくる手が止まらない。
  とにかく読み応えがある硬派な作品。

第3位 東野圭吾「新参者」
09-03東野圭吾/新参者 

  東野作品でお馴染み、加賀恭一郎刑事の事件簿的な作品。
  ひとり暮らしの40代女性の絞殺事件をベースに、
  東京・日本橋にある店を歩き回り、事件を解決していく。
  前半は、落語的な人情話のようで、実はその点だけでも、
  十分に感動できるのだが、次第にミステリーになっていく。
  とにかく構成力が素晴らしい。
  それぞれの店でのジーンとくる話の裏に、きちんと仕掛けがあり、
  全ての話をつなげると、事件の全容が見える。
  まさに職人技。鮮やか、かつ完璧である。
  東野圭吾はやはり凄いのだと感服。ただ、衝撃はやや薄いか。
  
第4位 多島斗志之「黒百合」
 09-04多島斗志之/黒百合

  昭和27年、夏休みを六甲山にある別荘で過ごす男子中学生二人と
  一人の女子中学生。そんな三人の夏物語である。
  ただ、本質はミステリーである。
  最後に、ふとしたある出来事によって、それまで随所に置かれた点が、
  一気に結びつき、線どころか、面になってしまうほど鮮やかな結末。
  さり気なく仕掛けられた伏線に、後になって驚く。
  また、昭和27年当時にヒットした「君の名は」や
  「テネシーワルツ」を、単に時代背景としてではなく、
  かけがえのない青春の一ページとなるべく素敵に演出している。
  さわやかな感傷と、切ない痛みに、なぜか癒されます。

第5位 佐藤正午「身の上話」
 09-05佐藤正午/身の上話

  とある地方都市の本屋の女性店員。
  歯医者に行くために、仕事の合間に休暇を取った。
  その時、たまたま空港行きのバスが目に入った。
  気の向くままにバスに乗り、そのまま飛行機で東京まで行ってしまう。
  魔が差して、一歩踏み外した行動。
  そこからジェットコースターのごとく流転していく物語。
  終盤、軸がやや横ずれした感はあるものの、先を知りたくて、
  どんどん読み進めたくなる部門では2009年のナンバー1。
  無駄なく、読みやすい日記のような文章も良かった。

第6位 山田詠美「学問」
 09-06山田詠美/学問

  静岡県の小都市における、1962年生まれの男女数人の、
  小学2年生から高校2年生までを、「性」の観点を軸として描いた作品。
  高校生になった中盤以降は、なまめかし度が増すことによって、
  共感しずらい点や、緊張感が薄れる点が多くなったが、
  全体を通して、言葉の選び方、表現の仕方が的確かつ瑞々しく、
  単なる青春日記を、優れた文学作品に押し上げている。
  登場人物の死亡記事を、ところどころに、はさめているのが効果的。
  今、青春を謳歌している若者達も、いずれは死ぬことを漂わせ、
  戻らない10代の輝きを際立たせている。ジャケットも素晴らしい。

第7位 牧薩次「完全恋愛」
 09-07牧薩次/完全恋愛

  第2次世界大戦中、福島県に疎開したある少年時代から、
  平成19年に亡くなるまで、ある画家の60有余年の生涯を描いた作品。
  その軸になっているのは、疎開先での秘めた恋。
  それは結実することはなかったが、生涯その気持ちを貫いた。
  誰にも知られず秘めた恋心。
  これがタイトルの「完全恋愛」なのかと、納得しつつ読み終える。
  かと思いきや、「そっちだったのか!」と、最後にどんでん返し。
  3つの殺人事件や、福島の山奥の村社会、民主主義への変化など、
  時代背景を織り交ぜながら、ミステリアスかつ切なさにあふれた物語。

第8位 天童荒太「悼む人」
    09-08天童荒太/悼む人

  第140回(2008年下半期)直木賞受賞作。
  新聞やニュースで知った死者を悼むため、その人が亡くなった場所に赴き、
  手を合わせる青年と、それを取り巻く人々の物語。
  死者と関わりのない見知らぬ青年が突然訪れ、死者のことを聞くため、
  行く先々で気味悪く思われる。リアルに考えれば当然だろう。
  だが、読んでいくうちに、生きていることへの感謝、
  死者を思い出してもらえることの有り難さのようなものを感じてくる。
  後半は、青年の母のガンの経過と、それに伴って変化する気持ちが
  メインのようになる。それも含めて死の意味を考えさせてくれる作品。

第9位 湊かなえ「少女」
 09-09湊かなえ/少女

  大ヒットした「告白」の次の作品。
  ある二人の女子高生。二人は、人が死ぬ瞬間を見てみたいと、
  一人は老人介護施設のボランティアをして老人の死を、
  一人は小児病棟で本の読み聞かせをして子供の死を見る機会を窺う。
  そんな二人が、ある出来事をきっかけに意外な事実に近づいていく。
  「告白」で免疫がついたこともあり、衝撃や心のざわめきは
  前作ほどではないものの、ドキドキさせられ、意外な展開ありで、
  十分に面白く読める作品。女子高生の嫉妬心の描き方も絶妙。
  また、ストーリーの組み立て方が非常に巧みだなと感心。
  
第10位 井上荒野「切羽へ」
 09-10井上荒野/切羽へ

  第139回(2008年上半期)直木賞受賞作。
  九州の離島で、教師の夫と二人暮らしをしている妻。
  平凡で穏やかな生活を送っている。にもかかわらず、
  知らず知らずのうちに、ある男性教諭に惹かれていく。
  そんな微妙な心模様を、ぼんやりと、淡々と描いている。
  劇的でもなく、驚きもない。しかし、常に静かなうねりがあり、
  心がざわめき、嫌な気配を感じさせる書きぶりは見事。
  離島という狭い地域社会であるがゆえの濃密な人間関係や、
  スローな生活ぶりなど目に見えるようであり、それとともに、
  匂いや音までも想像させる空気感を巧く表現している。

【過去作品部門】
■大沢在昌「狼花」
09大沢在昌/狼花 
  2006年リリースの「新宿鮫シリーズ」9作目。
  大麻入手をめぐっての裏組織と警察組織の攻防を描いている。
  明快な文章とスピード感で、一気に読み手を引き込み、
  スマートながら重厚感のあるセリフが、奥行きを広げている。
  場面の変化が激しく、まるで映画を見ているかのようなスリル感。
  また、裏組織や薬物のことなど、入念に調べているのが窺える。
  だからといって、マニアックに説明するのではなく、
  エンターテイメント性を重視し、面白さと緊迫感を常に備えている。
  大沢氏の2000年代10年間の中で最高の作品ではないだろうか。
  ちなみに、先日、文庫化されたばかり。


■藤沢周平「蝉しぐれ」
     09藤沢周平/蝉しぐれ 

  1988年作品。
  江戸時代、山形の小さな藩における一人の侍の半生を描いた作品。
  父の死によってもたらされた不遇な環境の中で、
  それを受け入れ、気持ちに整理をつけながら、
  質素に、しかし力強く成長していく様は、心が洗われるよう。
  また、初恋の行く末は、時のいたずらというのか、運命というのか、
  非常に切ない道をたどる。物語の進み具合は早い。
  やや淡泊な文章ではあるが、そぎ落とすことにより、
  
核となる心情を浮き上がらせ、味わい深いものにしている。

■藤原伊織「名残り火」
     09藤原伊織/名残り火 

  2007年に亡くなった藤原伊織氏の遺作。
  かつての同僚が命を奪われた殺人事件を調べる中年男の物語。
  事件の真相は、コンビニ業界に潜む闇の部分と関係していた。
  そうした業界の仕組みなど、裏事情が丹念に描かれ、
  それを読んでいるだけでも引き込まれた。
  主人公の中年男の悲哀や情けなさが随所に描かれている。
  しかし、受ける印象はスタイリッシュ。そして気高い。
  派手さはないが、大人のミステリだなと思える佳作。

■桐野夏生「メタボラ」
09桐野夏生/メタボラ 
  2007年作品。
  目が覚めた時は、記憶喪失になっており、なぜか沖縄にいた。
  そんな青年の、沖縄での壮絶な日々を描いた作品。
  彼の記憶は少しずつ取り戻されていくが、暗澹たる過去を知ることに…。
  とにかく人物描写が素晴らしい。特に、人間のマイナス部分や、
  心の闇の描き方が丁寧かつキャッチーである。
  沖縄という土地の光と影について鋭くえぐっているところが、
  物語に厚みを持たせている。
  全体として薄暗さや不快感がつきまとう書きぶりだが、
  それでも読み進めずにはいられなくする桐野氏のテクニックに感嘆。

      ◇     ◆     ◇

一日が終わるのが早い。
なかなかやりたいことをする時間がない。
しかし、やりたいことができる時間ができても、
果たしてやりたいことはできるだろうか。
また、やりたいことをやって満たされるのも、なんとなく怖い。

そう考えると、適度に満たされない状態というか、
満たされそうなイメージがてきた時が、
一番満たされているのかもしれない。
自分で言ってることが、よくわかりません、ROCK ME。
そして、ROCK YOU。


テーマ:本の紹介 - ジャンル:本・雑誌


喫茶ミルク(北20東1・前田ビル1F)にて、
新しいアルバム「雨の交差点」の販売を開始しました。
店内の目立つところにCDが置いてあるわけではないため、
バイする場合は、店の方に、
「ザ・ハート・オブ・ストーンのCDありますか?」と
問いかけてください。

さて今回は、2009・ラーメン・オブ・ザ・イア。
私が2009年中に実食したラーメン類の中から10店をランキング。

どれも素晴らしい味である。
順位を付すなどおこがましいが、
私個人の2009年の嗜好ということで、ご理解願います。
それでは、どうぞ。

第1位 佳/らーめん 650円
  (札幌市豊平区月寒西1条7丁目 水源地通沿い)
  09-01佳/らーめん

  濃厚豚骨+魚介系の、とろっとしたスープ。
  上品な旨みと豊かな深みに思わず唸ってしまう絶品の美味しさ。
  抱えている問題を、ひととき忘れさせてくれるほどのパワーがある。
  このラーメンがある時代に札幌に住めて佳かったと思える。
  つけ麺も他の追随を許さない圧倒的な美味しさだったが、
  冬が来る前に提供をやめたのは残念。
  やや縮れの麺も、チャーシューも、何も言うことはない。
  迷うことなく、悩むことなく、文句なしの2009年ナンバー1。

第2位 けせらせら/つけ麺(醤油) 750円
    (札幌市北区太平7条5丁目) 
    09-02けせらせら/つけ麺(醤油)

  濃厚豚骨+魚介系スープの、いわばオーソドックスな味ながら、
  豚ダシと魚ダシのバランスが見事で、
  完成度が高さからくる上質オーソドックスである。
  良い意味でクセは抑えめだが、そのまとまりの良さがクセになる。
  客を「お客様」として、きちんと対応してくれることでも定評がある。
  鶏ダシが利いたまろやかスープの塩ラーメンも美味。
  ほんとに良質なラーメン店だと思います。
  
第3位 綱取物語/綱取味噌 750円
  (札幌市白石区菊水3条3丁目 仲通り)
  09-03綱取物語/綱取味噌

  いわゆる、純連・すみれ系のラーメンの中で最もスパイシー。
  中途半端にスパイシーなのではない。
  鋭くスパイシーで、ドキドキするような激しいスープ。
  キレがあるのにコクもあり、それでいてまろやか。
  強烈度、ヤミツキ度はピカイチ。
  強い立ち合いの後、一気の押しで、そのまま寄り切り。
  独自性がありつつも、そうした正攻法のスープ力がある。
  炙った厚めのチャーシューも魅力的。


第4位 あらとん/味噌 800円
  (札幌市中央区北10条西21丁目 札幌場外市場食堂長屋)
  09-04あらとん/味噌 
  思いがけず味噌ラーメンが美味しかった。

  メイン・メニューである醤油味のつけ麺は、もちろん美味しいのだが、
  タマネギ風味と無骨さが強すぎて、スパークしない。
  ところが、濃厚豚骨+魚介ダシ強めスープは、
  味噌と折り合いにくいかと思いきや、
  がっちりとスクラムを組み、レベルの違う特別感があった。
  観光客も地元民も訪れる大行列店。
  対応、雰囲気は、相性がいまいちだが、作品は素晴らしい。

第5位 かわなみ食堂/正油ラーメン 500円
  (札幌市南区澄川4条2丁目)
  09-05かわなみ食堂/しょうゆ
  「これがラーメンです」としか言いようがないような、
  原点回帰というか、故郷テイストなラーメン。
  話好きな店のおばあちゃんや、レトロ的価値で語られることの多い店だが、
  そんな上辺だけで片づけることなんてできないぜ。
  あっさり豚骨で、懐かしさの甘みは絶品。
  そして、とにかく熱々なのが嬉しい。
  チャーシューは肉の歯ごたえを感じる絶妙な火加減。
  寒い心にふっと忍び込むような温かみのある傑作ラーメンである。


第6位 千寿/味そ 730円  
  (札幌市中央区大通西8丁目 ヤマダ電器近し)
  09-06千寿/味噌

  純すみ系ラーメンたる武骨さがありつつも、まろやかマイルド。
  脂の旨みと、味噌の甘みが、奇跡のバランスで融合している。
  ちぢれが強く堅い麺は、濃厚味噌スープと相性が良く、
  強めの味なのに、どんどん麺を食べさせ、スープを飲ませる。
  大通公園近くの閑散とした通りの地味なビル。
  その地下の狭い通路の奥に、ひっそりと存在しながらも、
  昼食時は13時過ぎまで行列ができる実力店。

7位 彩未/みそ 700円
  (札幌市豊平区美園10条5丁目)
  09-07彩未/味噌

  いつも店の前は、げんなりするほどの大行列。
  店内も順番待ちの人が壁を囲み、落ち着かない度は高い。
  すみれのラーメンを、あっさりソフトにしたような味わいで、
  実はインパクトが強いわけでもなく、味わい深いという感じでもない。
  ところが、食べ出すと、うんざりした順番待ちを忘れるほど夢中になり、
  なんだかわからないうちに完食している。
  半年くらい時間が経つと、また食べたいという欲求が襲う。
  大行列もやむを得ないと諦観し、納得できる味である。
  
8位 eiji/濃厚つけBUTO 800円
  (札幌市豊平区平岸3条9丁目 平岸通沿)

  09-08eiji/つけ麺
  これまた平日の夜でも行列ができる人気店。

  そばのよう色をした極太麺のインパクトは健在。
  上品な赤を基調とした店内装飾の雰囲気と相まって、
  見た目、華やかな和風ポップ感が漂う。
  スープは、パンチのある和風味ながらもソフトな後味。
  昨年1位で、今年が8位なのは、味の変化によるものではない。
  私が、このつけ麺に慣れてしまったためである。
  とはいえ、安定感と刺激が同居した丁寧な仕事ぶりは素晴らしい。

9位 山嵐/白スープ 750円
  (札幌市豊平区平岸1条9丁目 環状通沿)
  09-09山嵐/白スープ  
  べったりとした雰囲気の濃厚豚骨・白濁スープ。キレは皆無。
  あまりの濃さに飽きるかなと思いきや、
  豚骨にしては臭みがなく、ひたすらまろやかで、意外にあっさり。
  箸が進み、気づいてみると食べ終わっているような引きつけ力がある。
  それでも、胃腸のコンディションに不安があるときは、
  脂の多さに屈する可能性大なので要注意。
  また、土・日は行列必至であるのに加え、早く閉まるので要注意。

第10位 蓮海/つけ麺(醤油・300g) 800円
  (札幌市豊平区平岸5条7丁目 ラルズ近し)
  09-10蓮海/つけ麺(醤油)

  2009年秋にオープンした店。
  「鮪(マグロ)豚骨」スープということで、
  独特の魚系風味はあるものの、品良くまとめた洗練されたスープ。
  もう少しインパクトを与えるような、強さか深みがプラスされれば、
  2010年に大ブレイクしそうな予感がする。
  そんな期待も込めて10位にねじ込んだ。
  夜は居酒屋として営業しているため、ラーメン営業は昼間のみ。
  店内は間接照明の和食ダイニング的で、完全に夜仕様。

それにしてもラーメン店は多い。
新しい店も、次から次にオープンする。
メディアも相変わらず頻繁に取り上げる。
ラーメンは、既に「食事」の行きを超え、「レジャー」の要素も強くなった。

2010年も美味しいラーメンに出会いたい。
新しい店もいいが、しばらく行ってない店に行くのもいいだろう。
うさん臭いラーメン・オタクにならぬよう、
ナチュラルに、そして謙虚に向き合っていかなければいけない。
全てのラーメンにサンキューです。
熱いぜベイベー。


テーマ:ラーメン - ジャンル:グルメ


概ね10人以上の酒の席において、
なんとも落ち着かない、じれったい時間がある。
乾杯をするための一杯目の飲み物が、
出席者全員の前に置かれるまでの時間である。

ビールのジョッキの第一弾が運ばれてくる。
しかし、第二弾がなかなか運ばれてこなかったり、
ソフトドリンクが運ばれるのが、やけに遅かったりで、
第一弾のビールの泡が消えていくのを、
なすすべもなく眺めながら待つ時間である。

その飲み会が職場がらみであるとき、
運ばれたビールは、職名的に上の人からセッティングされる。
それが一般ルールなのだろう。
しかし、ほんとにそれでいいのか?ほんとは逆じゃないのか?と、
20代の頃から思っている。

なぜなら、先に持ってこられて、数分放置されたビールよりも、
後から置かれたビールの方が、間違いなく美味しいからだ。
職名的に上の人の前に、さっさとビールを置き、数分待たせて、
味の落ちたビールを飲ませるのは失礼ではないかと思うのだ。
このしきたりは、2010年代に突入した今、
見直しのムーブメントが起こってもいいのではないだろうか。

職場がらみではない親しき者との飲み行為ならば、
そのあたりはラフ&ボーダーレス。
全員の飲み物が整う前に、
先に運ばれた人が先に飲むのはオーライで、
全員の飲み物が整った段階で乾杯すればいいだろ、という、
私にとってはストレス・フリーな状況となる。

大皿や鍋などの取り分けシステムについても、改善できないのかと思う。
取り分けるのが当たり前だと思っている人は事実多いし、
取り分けることが貢献だと思っている人も多いだろう。
それが常識に近いかもしれない。

しかし、取り分けぶりから義務感しか見えない場合も多く、
見ているのが辛くなる。
ただ、仕事や上下関係から発生する義務感こそが、
人を動かす最大のポイントだともいえる。
「嫌なこともやろうじゃないか、仕事だもの」
ブラックな相田みつを氏的表現すれば、そんな感じだ。
そう、仕事が理由なら、普段やりたくないこともやってしまうのだ。
だから、そんな行動原理を否定しない。

私が取り分け改善を促すのは、そんなリーズンではない。
単に、自分のタイミングで、自分の食べたいものを食べたいのに、
そのフリーダム感やマイペース感が崩壊されるのが嫌なのだ。
不自由なことの世の中で、鍋の具ぐらい、
好きなものだけ食べる程度の自由が欲しい。
良かれと思ってやってくれるのはわかる。
しかしそれは、かゆくないところに手を伸ばしていることであり、
煩わしいだけである。

スナックにおける、煙草の火を即座に出す女性店員も然り。
ろくな対応もできないのに、こちらが煙草をくわえた時、
ライターの火を用意するのだけは早い女性がいる。
煙草のタイミングだけを監視されているようで、
気持ちの良いものではない。
ところが、スナック界における常識は反対なのだろう。
だから私は、スナックをはじめ、水商売プレイスは極めて苦手なのだ。
そんなプレイスに行ってはいけない客なのだ。

それにしても、スナックの常識には、未だに慣れない。
飲み物を注文すると、その席に座った女性店員が、
「私もウーロン茶いただいていいですか」と即座に聞いてくる。
それを断ることなどできない。
儀礼的に乾杯をし、女はグラスに口をつける。
しかし、ウーロン茶を飲むことなくテーブルに戻す。

そのうち、女性はどこかから呼ばれ、別のテーブルに移動。
程なくして、こちらのテーブルには別の女性店員が座る。
座るやいなや、「私もいただいていいですか」と聞いてくる。

平常心で考えてみよう。
店に訪れた客に、店員がおごってもらうのが当たり前。
それがマナーであり、最低限のルールのように存在する。
市民権を得ているソフトな「たかり」と言ってもいい。
しかも、店員が変わるごとに、たかりもリレーされる。
ところが、リレーのバトンをつないでいるのは、紛れもなく客の側である。
それに、会計の不明瞭さなどを加えて考えると、
ガソリンを海に流しているかのような気持ちになる。

煙草を口にくわえると、すぐにライターの火を近づけることとともに、
少しでも酒が減ったら、即座に継ぎ足しされるのも辛い。
ビジネスとして、様々な思惑があるのはわかる。
それならそれで、もう少し、さりげなくやってくれないかなと。

客が、その店に合わせる責任はあるだろう。
ただ、接客業をしている自負があるならば、
かゆいところは、人それぞれ異なることを認識し、
それに合わせた対応をすることが重要だと思う。
スナックに限った話ではない。
洋服屋や家電店など、トークがポイントになる店なども同様。
誰に対しても、同じ対応をするレベルなど、接客とは呼ばないだろう。
人によって使い分けられる技術を接客と呼ぶのではないか。

勝手なことばかり言っている自分には気づいている。
水商売プレイス不適合な人間の戯言だと思って許していただきたい。
何が正しくて、何が間違っているかではない。
フィットするかどうかの問題である。
誰も間違ってなどいない。

ただ、水商売プレイス不適合な私でありながら、
水商売に従事している女性から聞いてみたいセリフがある。
店の仕事を終えた後、その女性と飲みに行くとする。
私は聞く。
「店でも飲んでたのに、まだ飲むの?」
女性はこう答える。
「仕事で飲むお酒と、仕事が終わってから飲むお酒は違うから」
なぜかしらん、ゾクゾクする。
スナックだけに、いとおかし。


テーマ:日々のつれづれ - ジャンル:日記


ザ・ハート・オブ・ストーンの9年ぶりアルバム「雨の交差点」の
生産-販売ラインが軌道に乗った。
昨年末、土壇場にきて、CDをパソコンに取り込んでも曲名等が
表示されないことや、雑音処理をしていない曲があることが発覚。
それを解決し、年が明けてから購入者の方に郵送したところである。

購入方法は、直接連絡をいただくか、
このブログの「コメント」欄から、非公開扱いで、
送付先を示していただいて郵送するかのどちらかです。
送料は無料です。
CDが到着次第、所定の方法でお支払いいただきます。
さらに、1月15日からはスタジオ・ミルク(北20東1)でも
購入できるようにしておきます。
アルバムの詳細は、
2009年12月25日の記事「雨の交差点・完全ガイド」にて。
よろしくお願いします。

そして、2010年最初のライブ出演である。
アルバムをリリースして最初のライブということで、
アルバムの曲を中心にセットします。
詳細は次のとおり。

月日 2010年2月11日(木・祝日)
時間 OPEN 18:00 START 18:30
場所 スピリチュアル・ラウンジ(札幌市中央区南2西4)
出演 BLACK VELDT GONER
    
BETTER
    黄金クリムゾン(帯広)
    山岸大輔
    THE CHEVY
    THE HEART OF STONE
料金 前:1,000円 当:1,500円

ライブに行ってみようかと考えている方で、
例えば、午後8時以降の出演ならば行く、とか、
午後9時前に終了するなら行ける、など、
出演時間の要望があれば連絡してください。
それなりに調整できると思います。
ぜひ見に来てください。

    ◇     ◆     ◇

さて、ラジオ好きの私は、
家の中でもラジオを流していることが多々ある。
特に、ウイークデイの祝日は、普段聴けない放送を聴ける。
そんな時、聴きたくなるのが、
北海道の方にとっては、べたな番組だが、
月~金の午後にHBCラジオで放送している「カーナビ・ラジオ」である。

アシスタントを担当している、山根あゆみさんという女性が、
なかなかいい味を出している。
CMの提供や、その日の番組のテーマなどを、
やけにゆっくりと喋るところや、
メイン・パーソナリティであるYASU氏への対応が、
フレッシュでありながら、嫌味がなく適度にこなれているところに、
なかなか技量があるのだと感心しつつ、好感を持っている。

昨年11月、ラジオ業界にも明るい、当別町のAKR氏と話した時のこと。
「最近のAMラジオはどうですか?」とAKR氏。
「STVからHBCにシフトしてきてるんだよね。
 特に変わったのが、平日の午後に聴けるときは、
 STVの『ときめきワイド』から、HBCの『カーナビ・ラジオ』に
 なったことだね」
「カーナビ・ラジオの山根あゆみは、なかなかいいですよ。
 いい人選をしたなと」
「そうそうそう。あの人、倶知安出身なんだよね」
そんな感じで、40歳前後の男二人で、
北海道のAMラジオの話で盛り上がった。
平日の午後にラジオを聴く機会など滅多にないのに、
なぜ、二人ともそんな話ができるのか不思議だった。

そういうわけで、本日1月11日、
午前も午後もHBCラジオに耳を傾けた。
1月11日は、成人の日だった。
そのため、午前の番組も、午後の番組も、
自分が20歳の頃のことや、20歳の頃の自分に言いたいこと、
現在の20歳の人へのアドバイス、などをテーマに、
メールを募集していた。

様々なメールを紹介していたが、
「自分が20歳の頃を振り返って」に関して多かった意見は、
「もっと好きなことを思い切りやれば良かった」的なことだった。
「現在の20歳の人へのアドバイス」に関して多かった意見は、
「可能性がたくさんあるから、なんでも思い切りやれば」的なことだった。

理解はできる。
しかし、なにか違和感がある。
自分が20歳の頃を振り返ると、
わからないことが多すぎ、
金銭的なことをはじめ、足りないことが多すぎて、
あの状況では、あれが精一杯だったしか思えない。
残念ながら、もっと何かができたと思えない。
可能性を感じるよりも、不安の方が大きかった。

20歳くらいなら可能性にあふれている。
ただ、成功の可能性だけではない。
失敗の可能性も同じくらいある。
人生は一本道。簡単にリセットなどできません派の私は、
安易に「なんでも思い切りやれば」と言えない。

20歳を過ぎて、必ず苦難や災いに直面する時がある。

それに対して、忘れろとか、がんばれとか、乗り越えろとかではない。
川の水の流れを無理に止めるのではなく受け流す、
あるいは、自分もその流れに乗る。
克服するのではなく、順応する。
がんばって乗り越えて、現実から逃れるのではない。
現実を受け入れ、共に生きていくのだ。

そのうち必ず良いことはある。
全てがオールライトと思える日がくるはずだ。
こんなネガティヴ、かつ胡散臭いことは、
20歳の若者達には決して言えない。

テーマ:日記 - ジャンル:音楽


今回は、「2009・アルバム・オブ・ザ・イア」。
私のわがままなセンスと勝手な事情に基づいて、
2009年に聴いた音楽作品を、
一方的に順位をつけて評価させていいだく企画である。

2009年は、自らのバンドのCD製作に、
音楽エナジーを注ぎ込んだ時間が多かったため、
例年に比べて、一般の音楽を聴く時間は少なかった。

また、2009年の傾向として、
過去の作品への回帰や、2008年作品を引き続き聴くという現象が目立った。
そこで、2009年のアルバム・オブ・ザ・イアは、
「新作部門」と「過去作品部門」に区分した。

新作部門の対象は次のとおり。
①2008年10月から2009年12月31日までにリリースされた洋楽作品。
②ベスト盤やリマスター盤などの企画モノは除く。

過去作品部門の対象は、新作部門の対象以外の全てとする。

2009年の新作は、私のリスン時間が少なめだったことも影響しているが、
飛び抜けて印象のある作品や、何度も何度も聴いたような作品がない。
つまり、決定的な作品がなかった。
特に1位になる作品は、言わずもがな聴いた回数が大きなポイントになるが、
その年の代表的な出来事に付随しているような曲、
つまり、その曲を聴けば、2009年を思い出すような
象徴的な要素が重要である。
ところが、2009年の新作部門は、その要素が薄い。

ただ、作品としては良いものが多く、粒ぞろいだった。
不作だった2007年に比べれば数段良い。
そしてなにより、記録として、今ここに記しておくことが大切なのだ。
このタイミングで整理し、足跡を残すことが次につながるのだ。
そういうわけで、まずは新作部門の発表です。

【新作部門】

№1 ボブ・ディラン「TOGETHER THROUGH LIFE」
  2009-1 ボブ・ディラン

 ボブ・ディランといえば、往年の有名曲のイメージが強い方が
 多いだろうが、2000年代も非常に良質な作品を送り出している。
 ブルースやネイティヴなフォークっぽい曲が中心。
 メロディは至ってベーシックで、正直、大きな特徴はない。
 ところが、ディランが歌うと、実に味わい深いメロディになる。
 音の感触はラフでフリーなのだが、
 それが逆にディランの渋さやハートフルなところを
 浮かび上がらせている。
 一人でも、誰かとでも、いい夜を過ごしたい時には
 
最高のBGMになるだろう。

№2 ジェット「SHAKA ROCK」
  2009-2 ジェット

 オーストラリアのロック・バンド「ジェット」のサードアルバム。
 70年代的なオールド・ロックンロール・サウンドをベースとしながら、
 現代的なアタックの強いサウンド。
 ひとつ突き抜けた感じで、自由かつパワフルな印象を受ける。
 どこかで聴いたことがある、これぞロックたるフレーズが随所にある。
 これを心地よく感じるか、新鮮味がないと感じるかで評価は分かれるところ。
 私は、相性が合うのだろう。スタンダード感、ベーシック感が、実に馴染む。
 ボーカルは文句なしに上手い。決定的にロック偏差値の高いボーカルである。
 きちんとロック的なキャッチーさがある歌メロも、やはり素晴らしい。

№3 ソニック・ユース「THE ETERNAL」
  2009-3 ソニックユース

 アメリカのベテラン・バンドの15作目。
 ノイジー系やオルタナティヴ系のロックがちょっと苦手な私は、
 これまでソニック・ユースを、きちんと聴いてこなかった。
 このアルバムも、ロック知人「TNKタナカ」氏から
 聴かせてもらわなければ、聴くことはなかっただろう。
 パンク・ロック的な興奮を感じさせるエネルギッシュな作品。
 音がクリアではなく、こもり気味なところが逆に、
 爆発感をちらつかせるとともに、まとまりを見せている。
 良いテンション、良い雰囲気でレコーディングしたのが伝わる佳作。

№4 ペットショップ・ボーイズ「YES」
  2009-4 ペットショップ・ボーイズ

 まさに80年代後半の王道エレクトリック・ポップ。
 ソフトで、浮遊感があり、ロマンティック。
 とにかく都会の夜な作品である。
 ビルとネオンと人混みとシータク。
 そんなハードな環境で、涼しい顔をして泳いでいるかのようなサウンド。
 聴きやすく、身を委ねたくなるような癒し要素もある。
 パフュームは、次はこの路線をいくべきだ。
 パフュームにカバーしてほしいと本気で思う。

№5 ブルース・スプリングスティーン「WORKING ON A DREAM
  2009-5 ブルース・スプリングスティーン

 前作からの、あまりに短いインターバルでのリリースに、
 こちら側の欲求が低く、聴くテンションが上がらず、
 また、前作と、曲調、サウンドとも同じ路線で、盛り上がりに欠けた。
 ところが、聴き込むと、やはり曲が安定しており、
 彼の温かく力強いボーカルが、芯のある作品に押し上げている。
 また、カントリー的なサウンドの曲や、
 ルーツ・ロック的な古くさいフレーズが随所にあり、
 実はバラエティに富んだ作品にも思えてくる。

№6 U2「NO LINE ON THE HORIZON」
  2009-6 U2

 やはりU2のスケールは凄いなと感じた。
 リズムはシンプルだし、使用楽器の数も多くはないのに、
 大きな広がりを作り、聴き手をグイグイ引き込むパワーがある。
 ロックのプリミィティヴな部分を追求したような
 前半から中盤までの楽曲は圧巻。
 特に2曲目の「MAGNIFICENT」は、
 2009年の全ての新作の中でナンバー1にしたいほどの傑作。
 ところが、後半の数曲は、メロディに色や香りがない。
 それが6位どまりだった最大の要因。

№7 アークティック・モンキーズ「HUMHUG」
  2009-7 アークティック・モンキーズ

 イギリスの代表的若手バンドのサードアルバム。
 ダークで、ワイルドで、スマートで、メランコリックで、
 気怠くもスリル感のある、まさにカッコいい作品。
 スケール感が増し、才能の豊かさも感じさせる。
 ただ、メロディやフレーズが印象に残りにくい。
 ポップさを排除したのが、距離を作ってしまったように思える。
 とはいえ、クオリティは高く、紛れもなく優れた作品。

№8 カサビアン「ルナティック・アサイラム」
  2009-8 カサビアン

 イギリスのロック・バンド「カサビアン」のサードアルバム。
 決定力のあるキャッチーな曲はないが、
 アルバム全体としてのまとまりという面では、1st、2ndより上。
 アンダーグラウンド的異様ムードが満載だが、
 これぞブリティッシュたるメロディはキャッチーで、
 覚えやすく、口ずさみやすく、どこか懐かしく、大衆性が高い。
 ただ、後半の数曲は、マニアック度が高く、この順位まで。

№9 ウィーザー「RATITUDE」
  2009-9 ウィーザー

 2009年の「レッド・アルバム」に続く2年連続のリリース。
 「レッド・アルバム」に対する私の評価は低かった。
 それに比べて今作は、突き抜けるポップさが全面に出ていて良い。
 軸がしっかりしており、解き放たれたような勢いがある。
 聴いていて引っかかりがなく、1曲目から通しで聴ける。
 ウィーザー・ファンが求めているウィーザーというか、
 ウィーザー・スタンダードを良い形で表現している。
   
№10 フランツ・フェルディナンド「TONIGHT」
  2009-10 フランツ・フェルディナンド

 ギターのビートでダンス・ロックを表現する稀有なバンド。
 音楽的な幅を広げ、サウンドづくりのクオリティも向上している。
 ただ、彼らは、グイグイと押してくる開放的なビートや、
 ちょっとB級ポップっぽいノリがセールス・ポイントだった。
 今作は、ゴージャスかつクールになり、いい意味でのB級さが薄れた。
 良い曲もあるが、アルバムという単位で見ると、
 いささかリピート力が弱いか。

    ◇     ◆     ◇

続いて、過去作品部門。
2009年は、新作よりも過去作品を多く聴いた。
後から振り返って、2009年を象徴するアルバムは?となったら、
新作ではなく、以下のアルバムからチョイスされるだろう。

それでは過去作品部門の発表です。
過去作品部門は順位をつけませんので、ご了承願います。

【過去作品部門】
■AC/DC「BLACK ICE」
 2009-AC/DC
 2009年前半で最も聴いたアルバム。
 四角いリズムの一本調子の曲が多く、展開もストレートだが、
 ギターのフレーズが、いちいちカッコいいため、何度も聴けた。
 慣れないリスナーならばワンパターンに感じるだろうが、
 シンプルなアレンジの中の奥深さとエナジーに感服する。
 2008年10月リリースで、音源を入手したのが
 同年12月下旬だったことから、あまり聴きこめず、
 2008年の順位は11位だったが、
 2009年の対象になっていれば、間違いなく1位の作品だった。

■キングス・オブ・レオン「ONLY BY THE NIGHT」
 2009-KINGS OF LEON

 上記のAC/DC作品と同様に、リリースが2008年9月で、
 バイしたのが2009年の初めだったため、
 新作部門にはエントリーできず。
 エントリーできていたら、AC/DCに次ぐ2位だっただろう。
 曲のど真ん中を突く太いリズム隊に、ジャンキーかつ繊細なギター。
 ベテラン然とした深みのある乾いたスモーキーなボーカル。
 圧倒的なロック偏差値の高さを感じさせる上質ロックンロール。
 シングル・カットされた「ユーズ・サムバディ」は、
 現在もアメリカでヒット中。

■エリック・クラプトン「FROM THE CRADLE」
 2009-ERIC CLARTON

 1994年にリリースされたブルースのスタンダード・ナンバー集。
 この5、6年、頻繁に聴いている。
 とにかくギター・プレイが圧巻。

 コピーしても全く雰囲気が出せない独特の間や、
 出す音と出さない音のバランスのマジックは、
 聴くほどにわからなくなっていくような天才的な奥深さがある。
 私にとっての音楽の教材としての位置づけも強いアルバムである。
 クラプトン名義の作品の中では、あまりメジャーなアルバムではないが、
 何度聴いても飽きないし、気づいたら心地よくなっている。
 さらっとしていながら緻密なドラムやベースのまろやかなうねりなども、
 ほんとに素晴らしい。
  
バディ・ガイ「I WAS WALKING THROUGH THE WOODS」
 2009-Buddy Guy

 クラプトンが、柔らかい指づかいで渋いギターを弾くとすれば、
 バディ・ガイは剛であり熱い。
 緊張感とテンションの高さが伝わり、聴いている側が昂ぶってくる。
 例えば、同じギター・フレーズを4回繰り返すにしても、
 4回とも間が微妙に違うところなど、カッコいいなと。
 というか、そういうラフさが似合うミュージシャンなのだ。
 歌メロも親しみやすく、ボーカルの感情爆発ぶりも素晴らしい。
 このアルバムもまた、私の音楽教材として重要な役割を果たした。

■レッド・ツェッペリン「REMASTERS」
 2009-LED ZEPPELIN

 2009年後半で最も聴いたアルバム。
 若い頃は受け付けなかったツェッペリンだが、
 43歳にして、ついに開眼した。
 ドラマチックでハードな印象があるバンドだが、
 実はシンプルでキャッチーで、見事なまとまりがある。
 ボーカルのメロディとギター・フレーズとの一体感や、
 ドラムのリズム感など、聴くほどに凄さを発見していく。
 当初は、初期の作品に傾倒していたが、後期作品も心に染みついてきた。
 2009年でベスト盤は卒業し、
 2010年は、オリジナルアルバムを聴きたい。

    ◇     ◆     ◇

以上である。
私のアルバム・オブ・ザ・イアは、基本的に洋楽対象であるため、
日本人アーチストの作品はエントリーしなかったのだが、
忌野清志郎氏に触れずにはいられない。

私のミュージック・ライフだけではなく、
人生に多大なる影響を与え、励ましと力をいただいた。
他界先でも、曲作りをして、ブルースを、ロックンロールを
奏でているのだろう。
ジミ・ヘンやオーティス・レディングともセッションしたかもしれない。
清志郎氏に教えてもらったことを無駄にせず、生かすためにも、
2010年もたくさんの音楽と触れあいたい。
もっといい言葉を、もっといいメロディを作りたいし、
もっともっといいプレイができるようになりたい。
そうやって、清志郎氏がくれたものに応えていきたい。
そして忘れてはならない。
音楽とも、人とも、愛し合います。


テーマ:CDレビュー - ジャンル:音楽


このブログで、約2年前に「タバコを吸わない自分を知りたい」
という記事を書いた。
当時は、タバコを1日に15本近く吸っていた。
それを徐々に減らしていき、最終的には1日5本にしたい、
という内容だった。

先に結論を言おう。
私は今、1日5本ベースで、ほぼ安定している。
2年前に設定したゴールにたどり着いたと言ってもいい。

減煙を進めるなかで、大した努力も苦労もしていない。
なぜなら、無理をしてこなかったからだ。
好きなのに別れたわけではなく、別れても好きなわけでもない。
長い時間をかけて、徐々に疎遠にしていく。
いわば、計画的な自然消滅を図ってきた。

そんな面倒臭いやり方をしなくても、と思う方も多いだろう。
実際、禁煙はよく聞くが、長い時間をかけて減煙する話は
まず聞いたことがないだろう。

私の減煙ストーリーは、15年くらい前から始まっている。
当時は、ショートホープを吸っていた。
ニコチン1.2mgの強いタバコである。
そこから、10年近くをかけて、
ニコチン0.1mgの最低ラインまで落とした。
次に吸う本数を、徐々に減らしてきた。

それが私に相応しいやり方だった。
私は、どちらかといえば、熱しやすく冷めやすいタイプではない。
紆余曲折を重ね、時間をかけて盛り上がっていき、
試行錯誤を繰り返し、時間をかけてたどり着こうとする。
優柔不断でもない。
どの方向に進みたいのかは、はっきりしている。
時間はかかる。
しかし、リバウンドはしないし、未練も残らない。

減煙しようと思った最大の理由は、健康への配慮である。
タバコを吸うことによって、心身がすっきりするのではなく、
身体に悪影響を及ぼしていることを実感するようになってきたからだ。
身体が黄色シグナルを点灯させたような気がしてきたので、
それに従って、注意していくことにしたという、自然な流れである。

本数を減らした方法は、
頭の中でタバコに対する抵抗感や嫌悪感を膨らませ、
その考えを身体に伝えることによって吸いたくなくさせるという、
エモーショナルな部分に訴えるレスキューだった。

身体の内外から発せられるタバコの匂いや、
部屋や車の中などに漂う煙を嫌うようになったり、
ほんとにタバコはうまいのか、
ほんとにタバコでリラックスできているのか、
このタイミングでタバコを吸っている自分はダサくないか、など、
徹底的に自問したりした。

また、無理をしない範囲で、
タバコの禁止区域や禁止時間を自ら設定し、徐々に増やしていった。
禁止区域でいえば、車の中では吸わない、から始まって、
今では、必ず禁煙席をチョイスするようになった。
禁止時間についても、食事前の1時間以内は吸わない、から始まり、
今では、朝食と昼食に関しては、食事後2時間は吸わない、
というところまできた。

食事とタバコをセットにしないことは非常に効果的だった。
食事を終えたら、本能的になのか、惰性でなのか、
タバコを吸うのが当たり前になっていた。
これを1か月ほど前からやめてみた。
とりあえず、朝食と昼食の後は、2時間以上経過しなければ
タバコを吸ってはいけないというルールを課した。
これによって、夕食前までは2本しか吸わない状況を作れ、
ひいては、1日5本以内をクリアしやすくなった。

夕食の後だけは、即座に吸うのを許している。
これも規制すると、反動が起こりそうな不安があるからだ。
ただ、私は、飲酒をしても、タバコの本数は変わらないという強みがある。
多くの人は、飲酒をすると、タバコをたくさん吸ってしまう。
私は、タバコを吸った後の飲み物、食べ物は、
美味しく感じなくなるという信念が頭に染みついているため、
飲酒タバコには、なんなく耐えられるのだ。

つくづく面倒臭い減煙手法であり、減煙経過だと思われるだろう。
そこまでするならやめられるだろう、と思う方もおられるだろう。
ところが、ここまできても、別にやめようとは思わない。
タバコを吸う自分を否定していない。
無駄に吸うなということである。

事実、タバコの本数を減らしたら、
1本1本が美味しく感じるようになった。
また、体調が良くなったように思う。
その反面、体調が良いと吸いたくなるから困る。
裏を返せば、体調が悪いと吸いたくならないし、美味しくない。
やはり、タバコは身体に良くないのだ。

1日5本まできたから、今度は1~2年かけて1日3本以内を目指したい。
バタバタした中で、おざなりに吸うのはもったいない。
リラックスタイムのツールとして、貴重な存在にしたい。
「タバコの煙を吐き出す」のではなく、「シガーの紫煙をくゆらす」。
そんな存在にしたい。

1日5本ルールを守る上での意外な敵はブログである。
ブログを書いている時が、最もタバコを吸いたくなる。
実際、この記事を書いているうちに2本吸ってしまい、
本日のトータルは5本に到達した。

ブログを書いているうちに、本日5本に達することを見越して、
執筆中の2本は、1本で2回吸った。
いわば、意図的に「しけもく」をした。
1日5本ルール厳守は、こうした計算と、
せこさと姑息さの上に成り立っている。



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