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「姉妹都市」という言葉がある。
英語では、「SISTER CITIES」という。
単に英訳したわけではない。
世界的にきちんと通用する言葉として存在する。

なぜ「姉妹都市」というのだろう。
兄弟都市では不都合が多いのだろうか。
「ヘイ!ブラザー」と、都市同士が呼び合うのもありだろう。
しかし、日本目線で考えるなら、そうはならない。
「兄貴」と呼べば、「どうした、兄弟」と応える国である。
姉妹都市提携は調印式を行うが、兄弟提携は盃を酌み交わす。
「姉妹都市」の方が、明らかに穏便であり友好的である。

真意はわからないが、イメージ的には、
兄弟は縦連携、姉妹は横連携である。
つまり、「姉妹」よりも「兄弟」の方が上下関係を感じる。
そんな印象や感覚のような部分で、
「姉妹都市」と呼んでいるように思える。

「姉妹店」という言葉もある。

本店・支店という縦関係とは異なるのだろう。
しかし、「姉妹店」って何なのだろう。
説明しようとすると、うまく言葉にできない。
にもかかわらず、今回は、スープカレー界において
姉妹店と言われている店を集めてみた。
よろしく、どうぞ。

■デストロイヤー(札幌市中央区南4条西21丁目)
デストロイヤー/キーマ 
南2西9にある「プルプル」の姉妹店。
というか、「プルプル」というバンドのリーダーが、
ソロアルバムとしてリリースしたのが「デストロイヤー」なのかなと、
私は勝手に思っている。

基本はプルプルと同じ味ながら、
デスの方が甘みとコクがあるような気が。
その反面、スパイシーさやキレは、プルが上か。
いずれにしても、私の基準では、
これこそベーシックなスープカレーである。
何度食べても、年季と経験の強さを感じさせ、
スープカレーを食べたという達成感を得られる。
また、しっかりと味の記憶を残すパンチ力もある。

なお、プルプルに駐車場はないが、デスは6台分くらいある。
また、営業時間もデスの方が長いので、使い勝手はいいかも。

デスの店主(以前はプルの店主。つまりリーダー)の方は、
お客さんが帰る時、必ず「また、よろしくお願いします」と言う。
厳密には、「また、よろしくお願いします」ではなく、
「まった、よろしくお願いします」と言っている。
「まった」の、「ま」と「た」の間で、一瞬の無音状態がある。
この辺りがレゲエ・チックに思える。
「よろしくお願いします」も、独特のリズム感というか、
ちょっとメロディがついているようにも聞こえる。
そうした点も楽しめる、これぞスープカレーたる美味しい店である。

■ディ・サボイ(札幌市中央区南1条西5丁目 敷島南1条ビルB1)
ディ・サボイ/やさい 
南16条西5丁目の「サボイ」の姉妹店。
以前そちらで仕切っていた女性は、現在「ディ・サボイ」にいる。
両店の関係はわからないが、
「ディ・サボイ」は、お酒メニューも多いので、
「カレー+α」という違うコンセプトを求めたのかもしれない。

若干のメニューの違いはあれど、両店の味は同じ。
ダイレクトにスパイシーで、渋みのある大人味。
本物感、本格感のある気高いスープで、
いい意味でポップではないところに好感。
何度食べても、唯一無二の強さを感じる。

ただ、10年以上もサボイのカレーを食べているため、
慣れすぎてしまったのだろうか。
以前はもっとネイキッドで、マディだったような、
そんな土着のブルース的な深みがあった気がする。
つまり、現在は、良くも悪くも小綺麗で品が出ちゃったかなと。

ただ、具の野菜は、相変わらず素晴らしい。
野菜の味がきちんとするのに、生々しい臭みがない。
特に、カボチャとじゃがいもは、ほんとに美味しく仕上げている。
見た目の美しさも文句なし。
スープが丸くなってしまった気がするとはいえ、総合的に見て、
やはりレベルの高いスープカレーであることには変わりない。

■らっきょ大サーカス
  (札幌市白石区本通り14丁目南1 国道12号線沿)
らっきょ大サーカス/チキン 
琴似の「らっきょ」の関連店。
東京にも「東京らっきょブラザーズ」なる店を展開。
「姉妹店」を逆手にとって、つけられた店名なのだろうか。
このように複数の店舗を構え、
レトルト・カレーあり、テレビCMあり、
各種メディアへの登場も多く、大有名店である。

琴似の「らっきょ」は、10年前も今も混んでいる。
有名店であるだけではなく、人気店でもある。
私も10年前から、3年に一度くらい訪問している。
ただ、私の味覚的には、いまひとつピンとこない。

一口目は、すっきりしたコクとナンプラー風味が程よく、
美味しいスープである。
しかし、食べていくと、スープに厚みと深みを感じず、
ライスが進まなくなる。
次第に何か味気なくなって、ライスが残るという結末を迎える。
初速はあるが伸びがなく、ベース上では平凡になるボールのよう。

大サーカスは、何か違いがあるのかと期待を持って訪問。
しかし、上記と同じ感想を持った。
店の方々には大変申し訳ないが、私にとってはパンチ不足。
好みの違いということでご容赦いただきたい。

店は20代、30代を中心に混んでいた。
やはりファンは多いのだ。

なお、具は全て美味しい。何も文句はない。
店の雰囲気もいいでしょう。
琴似のらっきょより、大サーカスの方が、店内は過ごしやすい。
ただ、対応は、男性は良いが、女性は冷たく儀礼的でノー・スマイル。
仮に「儀礼がしっかりしてればいいんじゃないの?」と言われたら、
もめたくないので、「そうですね」と、
無理矢理自分を納得させて帰るだろうなと想像しながら店を後にした。

■ピカンティ・ホライズン(札幌市中央区南19条西7丁目)
ピカンティ・ホライズン/チキン 

北13条のピカンティの姉妹店。
味はそれと同じだと思う。
サラサラで、あっさりしていながら、
旨みはしっかりと存在し、最後まで美味しく食べられる。
具はどれも、いい意味で主張させず、スープとうまく融合。
トータル・バランスで勝負している感じがいい。

強烈なわかりやすい特徴はないが、
安定したキレのある旨みと、独特のすっきりとした甘みがある。
このカレーが多くの人に支持されるのが十分に納得できる。

注文を言わせていただくと、辛さアップ料金が高い。
辛さは1番から5番まであり、2番まで無料。
ところが、3番100円、4番200円、5番300円と、
非常にメルセデスな料金設定である。
そのため、ほんとは5番にしたいが、4番にとどめる。

北13条のピカンティはいつも混んでいる。
すぐに座れるのは、平日の19時前だけではないかと思えるほど。
それに対してホライズンは、ここを通るたび、
駐車場に空きがあるのを見かける。
対応はホライズンの方が良く、
カレーが出てくるまでの時間もホライズンの方が早い。
完全に穴場だと思う。

     ◇    ◆    ◇

さて最近、ブログの更新頻度が、若干にぶっている。
先週はヘルニアと歯痛にやられたせいでにぶったが、
今週は、11月下旬にレコーディングを予定している曲の
アレンジを考える時間が多かったためである。

音楽に取り組むのは、やはり楽しい。
時間があっという間に過ぎていく。
「甘いものは別腹」という言葉がある。
既にお腹はいっぱいなのに、甘いものは食べられるという
慣用語である。
仕事疲れや、季節の変わり目の疲れはあれど、
音楽に取り組むと、エネルギーが湧いてくる。
まさに、音楽は別腹である。

と、思いきや、結構、アレンジに煮詰まる時が多く、
気分を変えて考え直そうと、ギターを抱えたまま、
なんとなくベッドに横になる。
そして、そのまま明け方まで眠ってしまう。
今週はそんな毎日を繰り返した。
音楽が別腹になっていない。
完全に疲れに屈している。
私は凡人だオーライ!


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テーマ:カレー - ジャンル:グルメ


先週は痛みに苦しんだ。
頸椎ヘルニアの症状が芳しくなく、
特に仕事中は、椅子に座ってパソコンという、
最も痛みを引き起こす姿勢を保持している時間が長く、
常に重だるい、もやもやした痛みにつきまとわれた。

それに加えて、先週の日曜日あたりから右下の歯に違和感が生じた。
それまで全く歯痛の前兆がなかったことから、
一時的なものかもしれないと思い、
2、3日、様子を見ることにした。
しかし、火曜日、水曜日と痛みは増すばかり。
ついには、右の歯で噛めない状況になった。

ここで、すぐに歯医者に行けばよかったのだが、
仕事後の時間帯だと、すぐに予約はとれない。
また、木曜日の夜は札幌ドームで野球観戦、
金曜日の夜は定山渓で歓楓会と、予定がインしていた。
そのため、土曜日の午前中に診療予約をした。

日々、ヘルニアの痛み止めをドリンクしている。
もう半年近くもドラッグ漬けだ。
ところが困ったことに、それは歯痛には効かなかった。
痛み止めの質が異なるのか、ドラッグを超えた痛みなのか。

職場においては特に辛かった。
歯痛のせいで、耳の奥まで痛かったが、
痛い表情ばかりはできないし、「痛い」と何度も口にできない。
そのため、人知れず孤独に痛みに耐える。
それがまたストレスになり、違った痛みもプラスされる。
こうした痛みを抱え込みすぎると、
うつ状態になるだろうなと容易に想像できる。
我慢、遠慮、苦痛、理解、世間体、ペナルティ、責任。
様々な思いが混沌とする。

それでもなんとか、日々、乗り越えてきた。
しかし、金曜日、我慢の限界がきた。
朝、目が覚めて、患部が腫れ出したことを実感。
午前中のうちに、患部がズキズキと脈を打ち始めた。
午後に入ると、脂汗のような冷たい汗をかき始めた。

もう無理だと思い、歯医者に電話。
何時であっても行くから、とにかく今日診てほしいと懇願。
16時30分なら空いているとのことから、すぐに早退。
「歯痛で病院に行くから帰る」と言ったら周りは驚いた。
確かにそうだろう。
そんな素振りは見せていなかったのだから。

その日の夜の歓楓会は急遽キャンセル。
会費を無駄にしたのもやむを得ない。
原因は、歯の根本の化膿だった。
この10年間における歯の治療は、同じ歯ばかりである。
とりあえず、とんでもない痛みは消えた。
歯医者から処方された痛み止めは、やはり歯に効いた。

痛み疲れの毎日だったが、土曜日の夜には安定。
ダメージを取り戻すべく、思う存分、睡眠した。
そして迎えた日曜日の朝。
久しぶりに、身体に何の痛みを感じない朝だった。
窓から外を見ると、どこにも雲が見当たらない。
新聞の天気予報欄を見ると、一日中晴れ。

そこで私は、ひとつのアイデアが浮かんだ。
Hello idea!の瞬間だった。

約2週間前、あまりの天気の良さに心が熱くなり、
サドンリ突然、札幌の南端にある空沼岳の登山を思い立った。
その詳細は、10月13日付けの記事で書いている。
高いモチベーションで、登山口に向かい、意気揚々と登り始めるも、
天気予報を覆す気まぐれな雨にうたれて途中でリタイア。
さらに、登山口まで引き返したところで、
そもそも登山口を間違っていたことを知った。
取り戻せない青春のような後悔と、
なんらその気がない女に振り回されたような屈辱だけが残った。

こんなに天気が良く、しかも久しぶりのノー・ペイン。
そう、今日なのだ。
今日こそが、空沼岳にリベンジするべき日なのだ。
私はこの日の予定を急遽変更し、空沼岳へ向かった。

リタイアはしたものの、一度トライしているだけに、
登山口までスムーズに到着。
所定の駐車スペースはいっぱいで、少し離れた道ばたに駐車した。

非常に歩きやすい山だった。
片道7.7kmと距離は長いが、全体的に坂は緩やかで、
息をきらして立ち止まるような箇所はほとんどない。
そのため距離のわりに、時間は要さず、
登りは2時間30分もかからなかった。

↓万計沼。登山経路のちょうど中間点にある。ずっと滞在したくなるような優しげな沼。
091025万計沼 
川を渡ったり、万計沼と真簾沼(まみすぬま)という2つの沼があるなど、
変化に富み、疲れを感じさせない山だった。
ただ、平地は青空だらけだったが、頂上は雲が多めで、流れが早く、
札幌市内は霞んで見えたり、支笏湖は雲で見え隠れする状態だった。

↓真簾沼。万計沼と頂上の中間点、標高1,100mくらいのところにある神秘的な沼。
091025真簾沼  
それにしても登山者が多かった。
おそらく40人くらいの人に出会ったと思う。
しかも、ほとんどは2人以上のグループだった。
こちらはひとりだったが、なんら気にならない。
「登山で行動を共にするグループ」って英語でなんて言ったかなと思ったが、
結局思い出せないまま、無事登山は終了した。
また来たいと思わせるような楽しめる山だった。

こうして、思いのほか、すんなりとリベンジを果たした。
身体にも心にも痛みがないことって、こんなにいいものかと痛感した。
山に登れる自由は素晴らしい。
予定調和を気にし、駄目な奴と思われたくないと抱えている
無形のストレスは吹き飛ぶ。

健康でありたいと思う。
しかし、健康が生きる目的ではない。
健康は、やりたいことをやるための手段だと思っている。
ありがたいことに、やりたいことはたくさんある。
だから、健康であらねばならぬ。

そんなことを考えながら、
帰宅後、空沼岳リベンジを祝して、ひとり打ち上げ。
ひとりパーティと言ってもいい。
その時、「登山で行動を共にするグループ」を英語でなんというかを
思い出した。
ひとりパーティなので、
「パーティを抜け出そうぜ」というイカしたセリフの出番もない。
しかし、しょげないぜベイベー。
なぜなら私は、なんらかんらありつつも、
結局はやりたいことに向かっているからだ。
やりたいことが叶わなかったから後悔するのではない。
やりたいことを追いかけなかったことに後悔するのだ。
だから、しょげないでベイベー。

テーマ:幸せになる考え方 - ジャンル:心と身体


民主党・鳩山内閣が9月16日に誕生して、約1か月が経過した。
この50年で為し得なかった政治の大きな転換である。
おそらく今年の重大ニュースのトップ1も、
流行語大賞も「政権交代」で決まりだろう。

民主党の新たな政策は、既に各方面に波紋を投げかけ、
今後も当面は紆余曲折が予想される。
それはそれでいい。
揉めて、揉んで、決定していけばいい。

問題は、政策を推し進めるあまり、
国民生活を良くするという目的ではなく、
マニフェストを実現すること自体が目的となることである。
政権を取り、大臣だとか、先生だとかと、
これまでにないほど、ちやほやされ、丁重に扱われる。
そもそも、先生だとか、上を示す職名で、毎日毎日呼ばれていたら、
多くの人は心が歪んでいく。
その呼び方にまとわりつく「上の意識」が、
人を傲慢にし、謙虚さを奪っていく。

常に民意を踏まえ、柔軟に対応していただきたいと願う。

さて、私も内閣を担っている。
詳細は、2007年10月27日の記事に掲載しているが、
これは当時、福田康夫内閣の誕生に対抗して組閣したものである。
その後、ガラ悪・口ひん曲げ内閣を経て、政権交代が実現した。
ならば、組閣からちょうど丸2年になる我が内閣も改造すべきだと
思い至った。

クグエ内閣は、永遠の野党である。
というか、永遠の野党でなければいけない。
そうした理念の下、人選は、2年前の組閣同様、
この顔ぶれで政治ドラマをやるという設定を基本としている。
総理官邸の階段での集合写真が、なんとなく様になるよう配慮する。
ふざけすぎて、あまりにリアリティがなくなっては、しらけてしまう。

こうした点を踏まえ、俳優枠を中心に人選。
状況としては、30代、40代の有名人の方が顔ぶれを揃えやすい。
しかしそれでは、重みと安定感に欠け、薄っぺらなものとなる。
ゆえに、重鎮、あるいは曲者となれる50代、60代の人選が重要になる。
また、それなりに知名度がある人、それなりのキャリアと雰囲気がある人、
それでいて、いかにも、ではなく、ちょっとした意外性とユーモア。
このような点を配慮した。
それでは、どうぞ。

        (鳩山内閣)   (クグエ内閣)
【首相】     鳩山由紀夫  クグエ@SW
【副総理】   菅 直人     平泉成
【官房長官】  平野博文     山田五郎
【総務】     原口一博     筒井道隆
【法務】     千葉景子    國村隼
【外務】     岡田克也    石丸謙二郎
【財務】     藤井裕久    田山涼成
【文部科学】 川端達夫     リリー・フランキー
【厚生労働】 長妻昭      森田美由紀
【農林水産】 赤松広隆    壇れい
【経済産業】 直嶋正行    山村紅葉
【国土交通】 前原誠司    阿藤快
【環境】     小沢鋭仁   佐野元春
【防衛】     北澤俊美   みうらじゅん
【国家公安】 中井洽     船越英一郎
【消費者等】 福島瑞穂   役所広司
【郵政・金融】 亀井静香   ピエール瀧
【行政刷新】 仙谷由人   武田鉄矢

〈人選について一言〉
○副総理 平泉成
 正直、鳩山内閣における副総理の位置づけがよくわからない。
 総理と大臣との間のフィルター役、あるいは調整役なのだろうか。
 だとしたら、平泉氏しかない。
 国民、大臣、官僚、野党。そうした様々なしがらみの中で、
 理屈や効率や思惑をはねのけて、
 最後に力を発揮するのは、平泉氏の人情味あふれる語り口だ。
 交渉相手に、「亡くなったあなたのお父さんはね…」などと、
 心に訴えかける説得を期待。

○官房長官 山田五郎
 前内閣のタモリ氏の後任だけに人選が難航。
 結局は、どういうわけか街に詳しいところを評価し、山田氏に。
 その勢いで、国会議員の裏事情の情報収集にも力を発揮するだろう。
 サブカルチャーやうんちくにも無類の強さがあり、
 説明もわかりやすく上手なので、
 記者会見でも、記者を手玉にとりそう。

○総務大臣 筒井道隆
 30代男性で唯一の入閣。
 朴訥としていながら、優しさのある彼のキャラクターは、
 かねて高く評価していた。
 もっと映画やドラマで重用されていい存在だと思っている。
 一見、大臣のオーラはなく、頼りなさそうだが、実は芯が強そう。
 ちなみに、30代男性枠で次点だったのは堺雅人。

○法務大臣 國村隼
 我が内閣の人選の基本は、リベラル・カルチャー・ユーモアである。
 ただ、それに固執すると、印象がやわになってしまう。
 そこで、全体を引き締める意味でも、
 ワルではないが強面、でありながら優しさが滲む國村氏を抜擢。
 大臣たる風格の面でも文句なし。
 バイ・プレーヤーとして活動が多い方だが、
 私の中では、毎年、助演男優賞の最右翼。
 53歳と、意外に若いことも申し添えておく。

○外務大臣 石丸謙二郎
 外国とは雑談でもしながら友好的にやってほしい。
 今は思い切ったことをやるタイミングではない。
 ならば、列車の窓からの景色に限定されるものの、
 世界の景色を知っている石丸氏こそ望ましい。

○財務大臣 田山涼成
 予算を扱うことから、内外からの抵抗も多いだろう。
 そんな板ばさみ状態が似合うのは、
 ミスター中間管理職といってもいい、田山氏しかない。
 情けないところを見せつつも、きりっとした強さも兼ね備えており、
 結構、使い勝手のいい人のように思う。

○文部科学大臣 リリー・フランキー
 第2次クグエ内閣において、最初に入閣を決めたのがリリー。
 彼のカルチャーぶり、ダメさ、エロさ、ユーモアなど、
 内閣というキャンバスに入れたかった色を持っている。
 これまで埋もれていた優れた才能を引き出してくれそうな、
 ユニークな教育理論を展開してくれそうな予感がする。

○厚生労働大臣 森田美由紀
 NHK札幌放送局のアナウンサー。
 報道の仕方、表情などからして、現在の日本のアナウンサーの中で、
 最も良識と好感の持てる雰囲気を備えた方だと思う。
 正直、政治家向きだとは思わないが、
 内閣のイメージを良くするのに最高の存在。

○農林水産大臣 壇れい
 30代女性で唯一の入閣。
 前内閣における涼風真世に続く、宝塚出身女優。
 意外や、クグエ内閣ポストは、宝塚が幅を利かせている。
 ただ、涼風氏は、年下男性との不倫疑惑という、
 思わぬスキャンダルがあっただけに、壇さんには期待。
 どことなく、いじらしさがありつつ大人なのがいい。
 慣れない仕事で大変だと思うが、一息つくことも大切。
 もちろん、その時に飲むのは「金麦」だ。

○経済産業大臣 山村紅葉
 前内閣に引き続いての入閣。
 寸前まで、余貴美子氏にしようと考えていたが、
 山村氏の普通のおばさんっぽさは内閣にどうしても必要。

○国土交通大臣 阿藤快
 この人選に最後まで苦しんだ。
 これ、といった人物が思い浮かばず、
 結局は、ぶらり途中下車の旅をして、
 様々な地域の交通事情に精通している阿藤氏を選出。
 顔ぶれ的に豪快キャラがいなかったことも考慮。

○環境大臣 佐野元春
 ミュージシャン枠からの人選。
 坂本龍一氏と迷った末に、佐野氏にした。
 「そろそろ環境について本気で考えるべきだと思うんだ」
 「さあ、始めようぜ。環境のドアをノックしようぜ」
 などの発言を期待。
 見せかけの環境政策などいらない。
 さよならレボルーションの姿勢で、意外と着実に職務をこなしそう。

○防衛大臣 みうらじゅん
 山村紅葉とともに前内閣に引き続いての入閣。
 全体の顔ぶれを見ると、バランス的にどうしてもはずせない。
 あえて防衛大臣にしたのは、画期的な防衛政策を期待してではない。
 例えば、基地ブームを提唱し、基地問題を身近なものにしたり、
 自衛隊のおかしいところをポップに取り上げるなど、
 大変革のお膳立てをしていただきたい。

○国家公安委員長 船越英一郎
 その男、副署長から、一気に国家公安委員長まで大昇格。
 お茶の間向けの、わかりやすいおとぼけ演技を駆使して、
 警察官僚も操縦していただきたい。
 なお、奥さんの影はちらつかせずに職務を全うしていただきたい。
 いちサラリーマンの身分で、世の悪をことごとく解決する高橋克典
 というセンもあったが、特命係長からの大昇格の壁は厚かった。
 山村紅葉とのコンビで、「2時間サスペンス人事」と言われても仕方ない。

○消費者行政・少子化対策・男女共同参画・食品安全担当大臣
  役所広司

 各大臣は、国民にわかりにくい専門用語を使ってほしくないが、
 この方だけは、自分の言葉で喋っても「
役所言葉」と言われてしまう

 女性団体と折衝することも多い職である。
 煮詰まったら、シャル・ウィ・ダンス作戦で
 コミュニケーションを図るも良し。
 結果、失楽園状態になるも良し。
 少子化対策では、ダイワハウチュをはじめとする赤ちゃん言葉作戦など、
 使い勝手のきくキャラクターである。

○郵政問題・金融担当大臣 ピエール瀧
 鳩山内閣における亀井氏の入閣に納得がいかない方は多いだろう。
 彼の胡散臭さは時代にマッチしてないが、
 そんな胡散臭さに対抗できるのは、
 ファブリーズを持ったピエール氏しかいない。

 とぼけた独特の雰囲気のある人だが、亀井氏に負けない強面でもある。
 何かおバカなことをしてくれそうなところも評価。

○行政刷新大臣 武田鉄矢
 正直、扱いにくく、私と毛色は異なるが、
 様々なタイプがいた方が逆にまとまる、というのが私の持論。
 武田氏の、口の達者なところや、がむしゃらさは貴重。
 坂本龍馬マニアとして、思い切った行政刷新を図るはず。
 偉そうな人には「あんたが大将」と揶揄し、
 「この、バカチンが!」が叱った後は、
 「今、あなた方は…」と、諭すように語り出す。
 そんな硬軟織りまぜた折衝を期待。

以上である。
人選にはかなりの時間を要した。
何度も首相官邸の階段での写真をイメージし、
とにかく最後はバランスを優先した。

何のために組閣しているのか。
何のためにここまで真剣に検討したのか。
自分でも何がなんだかわからない。
ただ思ったのは、これを見た皆さんが、
「何のために組閣するの?」と思いつつ、
どこかの部分で、クスッと笑ってもらえたらオーライだということ。
それで満足です。


テーマ:日記 - ジャンル:日記


寒い夜でも、雨の日曜日でも、
何を食べたいのかわからなくても、
街を歩いている人が楽しそうに見えても、
理解できなくても、受け入れがたくても、
本を読んでいると心が鎮まります。

今回は本の話。

■桐野夏生「グロテスク」

桐野夏生/グロテスク 
桐野夏生の2003年作品。
文庫版では上・下巻合わせて850ページもある長編で、
「このミステリーがすごい!2004」で第4位、
「週刊文春傑作ミステリー」で第3位にランキングされるなど、
一般的にも高い評価を得た彼女の代表作のひとつ。

名門女子校を舞台に、女性の見栄や階級意識の中に潜む深層心理を
克明に描いた重厚な作品。
ただ私にとっては、どろどろの内容だけに、重すぎるし、厚すぎた。

物語は全て、登場人物それぞれの手記の形で綴られている。
ところが登場人物が全員まともじゃない。
つまり、「まともじゃない人が書いた、まともじゃないこと」
という設定である。

黒く淀んだ感情をダイレクトに見せつけられるとともに、
内容的にも、描き方も執拗で、くどいため、
なかなかサクサクと展開してくれない。
まさに、流れることをやめた泥のごとくだった。
この圧倒的な毒にどっぷりと浸かれた読者は多かったのだろうが、
私はあまりの毒の連続にどっぷりと疲れた。

いつ劇的な展開があるのだろうと根気強く読み進めたが、
ねじれて墜ちて、墜ちてはねじれ、
結局は、延々どろどろ、終始ぎすぎすな物語だった。
あの出来事は何だったのか。その真相は何なのか。
なぜこんなに変なキャラクターなのか、など、
数々の疑問と腑に落ちない気持ちを残して読み終わる。

ただ、殺人犯である中国人「チャン」の供述は、
吸い込まれるように読めた。
中国の片田舎で生まれ、どうしようもなく貧乏な少年期を過ごした後、
上海に出て、やがて日本にやってくるまでの、
破天荒な人生についての書きぶりは、
桐野夏生らしいスピード感とドラマチック感があり見事だった。

■伊坂幸太郎「モダン・タイムス」
伊坂幸太郎/モダンタイムス 
伊坂幸太郎の2008年作品。
札幌市の図書館に予約をしてから順番がまわってくるまで、

9か月近くを要した。

タイトルは、チャップリンの映画タイトルをモチーフにしている。
産業革命によって工場が機械化され、分業が進む。
単純作業の繰り返しとなった人間は、
機械に翻弄されるという映画である。

伊坂氏の「モダンタイムス」は、時代設定が22世紀。
現在よりもパソコン化が進み、構築された様々なシステムの中で、
人間がからかわれ、責められ、もてあそばれるような物語である。

ある不可解な事件について調べようと検索していくうちに、
その検索をした者が次々とひどい目に遭う。
見えない大きな力に追われていく。
追われつつも、真相を暴こうとする。

そうした設定は面白いのだが、
パソコンのシステム上のマニアックな説明が多いため、
うまくイメージできず、もやっとしたまま読み進めざるを得ない。
また、22世紀設定でありながら、
人の身なり、住宅、交通、景色などが現在と変わらない感じがして、
22世紀という思い切った設定の面白さがなく、むしろ混乱した。

伊坂作品らしい気高さにあふれた文章ではある。
こういうことを書きたいんだ、という理念や哲学はわかる。
わかるのだが、そこにこだわるあまり、
堅苦しい表現や七面倒な説明的な会話が多く、
展開にスムーズさを欠いた。
そして、エンディングもうやむやで、ちょっと消化不良かなと。

伊坂氏の気高さとユーモア・センスは高く評価する。
それだけでも読破に要した時間は無駄ではなかったといえるが、
いかんせん、力みを感じてしまい、どこか馴染めなかった。
理念は伝わったが、ストーリーのまとめ方としては物足りなかった。
すごく練った、というよりは、行き当たりばったり感が勝ってしまった。

■木内一裕「水の中の犬」
木内一裕/水の中の犬 
初めて木内一裕氏の作品を読んだ。
どういう経歴の方か詳しくは知らないが、
ビー・パップ・ハイスクールの作者であるらしい。
小説はこれまでに3作しかリリースしていない。
この「水の中の犬」は、2007年にリリースされた2作目。

車中でたまたま聴いていた、STVラジオの大看板番組
「日高晤郎ショー」において、日高氏が、
木内一裕氏の作品について、高い評価していたことが心に留まり、
まずは試しにと、図書館で借りて読んでみた。

探偵モノである。
アウトロー中年だが、心優しく、礼儀をわきまえた探偵の男。
だが、警察や裏社会系の人脈もあるという、よくありがちな設定。

しかし、贅肉をそぎ落とした筋肉質な文章で、
ジャブとストレートのコンビネーションが良い。
それがテンポの良さにつながり、読むスピードも上がる。

依頼主はクラブ・ホステスの女。
彼女の不倫相手は妻子持ち。
彼女は不倫相手の弟に乱暴をされていた。
その相談にのった探偵。
調査をしていくうちに、探偵が追われるはめに。

登場人物のキャラクターも展開も、ばっさり、すっきりとしていて、
ぐいぐいと物語の中に引きずり込まれる。
直線的に話は進むが、場面づくりが非常に的確で、
適度に意外性と厚みがありつつ、
要所で、クールにどんでん返しを繰り出してくる。
印象に残る言葉や、表現の妙などはあまりないが、
とにかくストーリーとして面白い。

途中から探偵は、ひたすら破滅へと向かっていくのだが、
その動機が、いきひとつはっきりしなかったのが惜しい。
はっきりしないが、なんとなく理解できなくはない。
全く理解できないのは、高速道路無料化政策である。

無料化にした場合、高速道路は間違いなく混む。
高速バスやトラック輸送など、
スピードと時間の正確性がポイントになる業者は、
時刻管理ができなくなるだろう。

また、一般人にとって高速道路は、
時間短縮と手間軽減のためにお金を払うようなもの。
つまり、スピードとシンプルさを買っているのだ。
そもそもお金の使い途は、極端に言えば、
物を買ったり役務に対しての支払いと、時間や手間を買うことの
二つに区分されるのではないかと思っている。

高速道路という、スピードとシンプルさを
お金で買える選択肢は存在すべきだ。
そこは差別化されて然るべきだと思う。
私は、年に1、2回しか高速道路を使わない。
時間がなくて、切羽詰まった時だけ使う。
そういう特別な時や困った時だけ高速道路を使う方は多いだろう。
高速道路が無料になると、
世の中は切羽詰った人だらけになってしまう。


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ボニーピンクは好みだが、
ボニーピンクに似た一般人の方が、もっと好みです。
ボニーピンクの目を細くして、
間隔を空けた感じだとさらにいい。

でありながら、ボニー・ピンクの音楽は、それほど聴いていない。
私にとっては、抽象的な愛を、抽象的なメロディに乗せているようで、
いまひとつ心に入ってこないのだ。
しかし、ボニー・ピンクのボーカルに痺れてしまった曲がひとつある。
その曲は、サザン・オールスターズ「真夏の果実」のカバー。
斉藤和義とデュエットしており、
斉藤和義の2007年リリースのアルバム「紅盤」に収録されている。

紅盤 
「真夏の果実」の2コーラス目の、
「目まいがしそうな真夏の果実は今でも心に咲いている」の部分の
ボニーのボーカルが素晴らしい。
優しくしっとりと、それでいて艶っぽさまである。
女性的な包容力の大きさとともに、
30歳くらいの女性にまだ残る若さも感じられる。

「目まいが」の「が」、「しそうな」の「な」の箇所は、
微妙に裏声にしており、きれいに抜けていく感じがたまらない。
「果実は」の「果実」の部分の若さも胸がキュンとなる。
力みがなく、メロディとサウンドにまどろむように歌っている。

1コーラス目のボーカルは堅い。
しっかり歌おう、感情を入れようという力みがある。
しかし、2コーラス目はナチュラルに歌うことにより、
歌の上手さや感情が伝わってくるのだ。

「真夏の果実」という曲は、曲全体としていい曲だが、
特に前奏が素晴らしい。
ギターの黄昏的な切なさのある、あの前奏だけで、
一気に心がサンセット・サマー・テイストになる。
というか、サザンの曲は、全体的に前奏がいい。
前奏だけで曲の世界に引き込むパワーがある。

         ◇  ◆
  
 
胸キュンになる女性ボーカルとなると、はずせないのがaiko。

彼女の、aikoの歌詞は、軸がしっかりしており、
何を言わんとしているのが、はっきりとしているところがいい。

彼女の、aikoのボーカルは、実直ながら非常に愛らしい。
そして切ない。
特に、曲の最後で、高音を伸ばし、切なそうに抜ける感じが切ない。
なかでも、「えりあし」という曲。
シングルになった曲でもあり、
「暁のラブレター」というアルバムに収録されている。

暁のラブレター 
最後の一節、「一度たりとも忘れたことはない 少し伸びたえりあしを
あなたの下手な笑顔を」。
「笑顔を」の「を」のところで、
秋の少し寂しげな青空に広がりを作るかのように、思い切り伸ばす。
そして、思いが届かなかったかのごとく、
伸ばした「を」を、哀しく切なく、抜いていく。
これは、何度聴いてもたまりません。
彼女の、aikoの声質、歌い方、キャラなどが見事にかみ合って、
あの切なさを醸し出しているのだと思う。

         ◇  ◆  

曲の良さはボーカルだけではない。
その演奏の素晴らしさに、ため息をつくこともある。
例えば、エリック・クラプトンの「アンプラグド」。
その中に「OLD LOVE」という曲がある。
憂いのある、ぶいしーなスロー・バラードである。

エリック・クラプトン/アンプラグド 
もちろん、曲自体がいいのだが、
1分30秒に及ぶアコースティック・ギターのソロがすごい。
1分30秒の間、淀みなく、哀愁的なメロディを弾きまくる。
ギター・ソロが進むうちに次第に熱がこもってくるのが伝わり、
音楽の中に心が吸い寄せられるようである。

そして、このギター・ソロと同様に感動するのが、
ソロが終わり、普通の演奏に戻った時、
客がたまらず、ソロの素晴らしさに拍手してしまうこと。
曲の途中であるにもかかわらず、あまりの感動に、
たまらず拍手してしまった感じがして、じーんとくる。

         ◇  ◆  

「この曲のここがいい!」。
これをテーマに記事を書こうと思ったとき、
実は最初に浮かんできた曲は、佐野元春「約束の橋」である。
彼の作品の中では、「サムデイ」と並んで、
一般的に最も知られている曲だろう。


佐野元春/エピックイアーズ 
佐野元春スタンダードを思わせる感動的な歌詞とメロディ。
1960年代生まれの音楽好きな男性で、
この曲に、くじけたハートを救ってもらったことがある方は少なくないだろう。
前奏を聴いただけで、もやもやして見えない現在と未来の視界が、
なんとなく開けるように感覚になる。

この前奏と同じメロディが、歌が全て終わった後に再度流れる。
ここがいいのだ。
歌が終わった後にくるこのメロディは、前奏で聴いたときよりも感動的。
しかも、佐野氏が、そのメロディを「ラララララー」と口ずさのがたまらない。
心が澄み切ってくる。
顔から腕にかけて鳥肌が染みるように流れていく。
この部分は、ライブでは佐野氏と客とで大合唱となる。
私は、それに感動し、不覚にも涙したことがある。

先日、カラオケにおいて、ジョギング知人である
「YKO OF N山(ワイケーオー・オブ・エヌヤマ)」氏が、
この曲を歌った。
何気なく、やっぱりいい曲だよなあと思いつつ聴いていた。
そして、歌部分が終わり、前奏の繰り返しがきた。
YKO氏は、その部分で「ラララララー」と歌った。
佐野氏本人ではない一素人のカラオケにもかかわらず感動して鳥肌が立った。
それぐらい私の心を震わせるフレーズなのだ。
それは間違いじゃない。
そしてもちろん、今までの君も間違いじゃない。


テーマ:音楽的ひとりごと - ジャンル:音楽


最近は音楽活動に関する記事が少ない。
しかし、活動はしている。
6月以降、ライブなど、表だった活動をしていないだけであり、
スタジオにはinし続けている。

何をしているのかといえば、
年内にアルバムをリリースすべく、
レコーディング作業に取り組んでいる。
曲のアレンジを考えては試し、
しっくりこないところや物足りないところを変更しては試し、
作品として残してもいい仕上がりになったらレコーディングをしていた。

7月中旬から8月上旬にかけて5曲をレコーディングした。
これが第1クール。
第2クールとして、10月10日に2曲のレコーディングを終えた。
今回の2曲は、「君はもういないのさ」と「破れた傘が捨てられない」。

第1クールでは、演奏している感覚と録音された音とのギャップに苦心し、
スムーズにいかないところもあった。
しかし、そのことにより、こうすればいいのだ、という
コツみたいなものを、なんとなく掴んだ感じもした。
そのせいか第2クールは、比較的順調に終えた。

とはいえ、レコーディングをする日は限られ、
また、諸般の事情により、レコーディングをする時間帯が
10時から15時と、ミュージシャンとしては極めて早い時間帯での
レコーディングとなるため、
心身ともに良好な状態で臨めるよう、
レコーディング日に照準を合わせて日々調整。
これが意外とプレッシャーで、特にレコーディングの前3日くらいは、
ナーバスになるというか、落ち着かない感じだった。

そのため、無事、時間内に作業を終えて、ほっとした。
第1クールよりも、こなれて、リラックスした感じで録音できた
ように思う。
また、その日のレコーディングの後に、
第2クールの打ち上げを予定していたため、
なんとしても、いい感じで終わらせたかった。

そして無事、打ち上げに突入。
打ち上げの場所は小樽。
なぜに小樽でやることになったのか。
ドラムのダーオ小田氏が小樽在住。
ギターのTNKタナカ氏の奥さんの実家が小樽で、その日はそこに宿泊。
この状態において、私ができることといえば、小樽に出向くことだった。
日頃、バンド活動のために、遠方から札幌まで通ってくれるメンバーに
少しでも報いたいとの気持ちもあった。

そういうわけで、レコーディング終了後、3人で小樽へ。
ベースのミチは残念ながら参加できなかったが、
そのことで、どうなる間柄でもない。

私は勝手ながら、小樽で飲む店を事前にリクエストしていた。
滅多にない小樽での飲み行為。
この機会を最大限に活用し、有意義なものにしたい。
その思いが、自発的リクエストという形になった。

最初に訪問したのが、
焼き鳥の「伊志井(いしい)」(小樽市花園1丁目

メニューはほとんどが焼き鳥。
それ以外は、枝豆、冷や奴、おにぎり程度。サラダすらない。
気になったのは、メニューの最初にあるのが、
とり、豚、つくねなどベーシックなものではなく、
「腸ガツ」(4本・390円)だったこと。
そこでまず、腸ガツとは何なのかもよくわからないままオーダー。

伊志井/腸ガツ 
運ばれてきた腸ガツを目にして不安がよぎった。
ホルモン系があまり得意ではなく、臭みが強いと全くアウトな私にとっては、
「これ、まさにモンホルだよね」と、
後悔混じりに呟いてしまう形状だったからだ。

それでも、腸ガツをトップ・メニューにしている店の姿勢と心意気を信じ、
口に運ぶ。そして噛む。
あれ?メチャクチャ美味しいんじゃない?
私の不安は一瞬にして飛び去った。
臭みが全くない。焼きの香りが良く、香ばしさも絶妙。
そしてタレもいい。味噌ベースなのだろうが、味噌臭さは控え目で、
優しい甘みのあるマイルドなタレだった。
あまりの美味しさに、一気にテンションが上がった。

伊志井/とり 伊志井/とり皮
串は全て美味しかった。
「そうそう、こういうまさにベーシックなのがいいんだよ」と
言いたくなるような安定感があり、
焼き色も香りも程よく、小ぶりで小粋で、何本でも食べられそうだった。
ただ、腸ガツの衝撃に圧倒され、後半は、腸ガツのオーダーの繰り返し。
これ!と感じたメニューは、何度も繰り返してオーダーするのは、
我がバンドの飲み行為における特徴であり、誇りにしている。

それにしても、美味しい腸ガツだった。
おめでたい気持ちになった。
まさに、盆と腸ガツが一度に来た感じだった。

店の雰囲気も私好み。
昭和的な古さが心地よく、安心させてくれる。
そして安い。2時間近くいて、1人2,300円。
再訪したい店だし、人に薦めたくなる店である。

店員の女性は、かわいいお姉さんタイプで、
ボニー・ピンクを素人にして、穏やかさをプラスしたような方だった。
かなりいいです。
この人見たさに、再訪したいくらいだ。

しかし、なんとなく配偶者がいるような気がした。
というか、バイトではなく、経営者の家族のように思えた。


そんなことを考えつつ、次に向かったのが、
ホルモン焼きがウリの店「やしま」(小樽市花園1丁目
前出の「伊志井」のすぐ近くだった。

カウンターと、小上がりにはテーブルが3つのこぢんまりとした店。
しかし、店の中はお客さんでいっぱい。
運良くテーブル席がひとつ空いていた。

オーダーしたのは、焼酎ボトルとホルモン、豚トロのみ。
ホルモン系があまり得意ではなく、臭みが強いと全くアウトな私にとっては、
再度トライする場面となった。
私が試されているような気もした。
会社は、いつも君を試しているぞ。
しかし、試されるばかりでいいのか。
試されるだけの会社人生って屈辱的だと思わないか。
そこのところを少し考えてみろ、試す方も、試される方も。

やしま/ホルモン 
ここのホルモンは、豚のホルモンらしい。
だからなのか、そうでないのか、よくはわからないが、

完全にホワイトなホルモンだった。
イカを焼いているのかと錯覚をするほどホワイトだった。

不安と期待の狭間で、モンホルを口に運ぶ。
良くない?コレ良くない?
うまいっす、まじ、うまいっす。
そんな、年甲斐もない若者言葉を発したくなる美味しさだった。
臭みが皆無で、あっさり和風ダレと相俟って、
すっきりとしたコクがたまらない。
私はホルモンには全く精通していないが、
しっかりと下処理していることが伝わる味だった。

ボトルの焼酎がなくなって精算。料金は一人1,000円。安い。
ネイティヴ小樽、ディープ小樽な人達から絶大な支持を受けていることが
十分に理解できる店だった。

091010小樽花園 
その後、いかにも「平成のスナック」的な店に少しだけお邪魔し、
「雨上がりの夜空に」を歌って店を出る。
夜空を見る余裕がないほど、雨が強く降っていた。
その中を10分程度歩き、札幌行きのJRに飛び乗った。

こうして小樽ナイト・2009は幕を閉じた。
楽しい夜だった。
素晴らしい腸ガツ、ホルモンに出会い、
居酒屋で働く素人のボニー・ピンクにも出会った。

ただ翌日は、睡眠によって酒は抜けたものの、
体内のホルモン臭さは一日中、抜けなかった。
ホルモンの食べ過ぎは墓穴を掘るもん。
こんな終わり方ですまない、ボニー。


テーマ:北海道のグルメ - ジャンル:グルメ


「代休」というものがある。
本来、休日である日に勤務したことの代わりに、
本来、勤務日である日を休日とする制度である。
私も代休をとる権利を保有しており、
16日金曜日に休む予定だった。昨日までは。

勤務日である今日13日。
朝起きて、南東向きの窓から空を見上げると、雲ひとつない青空。
居間に行き、南西向きの窓から空を見上げると、
これまた雲ひとつない青空。

「なんで3連休中に、この天気にならなかったのか」
そう心で嘆きながら、テレビを見る。
天気予報によると、札幌は一日中好天のようだ。
明日からはずっと雲の多い日が続き、週末はレイン。

ハートが揺れ始めた。
こんなに天気が良い日を生かさなくていいのか。
雨模様の日が多い10月。
こんなに青空を独り占めにできるチャンスを見過ごしていいのか。

急速に山登りへの欲求が高まってくる。
今日ならば、どこの山を登っても眺望を楽しめる。
景色が見えまくりで、見たくないものまで見えてしまうのでは。
そんな気にさせるほどのブル・スカだった。

私は、16日に予定していた代休を、今日13日に変更したくなった。
ただ、今日、サドンリ突然に変更するのは、評判低下を招きかねない。
これまで築き上げてきたものが、一瞬にして粉々になりかねない。
迷う。悩む。もつれる。からむ。

しかし、これまで築き上げてきたものってなんだろう?
もしかしてナッシング?
いや、それでは悲しい。
失うものは何かある。
それが何かはわからない。
ならば、わからないままでいい。
そのうち、私も彼らも今日の出来事を忘れていく。
忘れちゃいけないことまで忘れていく。

そういうわけで、代休変更を申し出て、
私は、空沼岳へと車を走らせた。
札幌市南部に位置する標高1,251mの山で、
登り時間は3時間を突破すると思われる。

感無量な登山になりそうな予感がする。
車は真駒内を過ぎ、常磐(ときわ)へ。
採石場のところで、道があるような、ないような状態になり、しばし悩む。
心の中に曇が現れる。
見上げると、空にも雲が現れてきた。

「こんな道を行くのか?」と思えるような、
対向車とすれ違うことは不可能な狭い道を進む。
しかし、その不安は5分で無くなった。
車を10台くらい駐められるスペースにたどり着いたのだ。

091013空沼岳1 
やっと私の登山が始まった。
森特有の湿り気のある空気と木々の香りに、
もやついた心が澄んでいくのがわかる。
寝起きの青空を見て、登山を思い立った自らのひらめきと勘は
間違っていなかった。

それほど急ではない坂を順調に進む。
全く息が切れることはなかった。
ただ、あまりに本格的な上り坂が現れないことに不安を感じ始めた。
しかし、道は続いている。
むしろ不安を感じ始めたのは、日光が途絶えがちになってきたことで、
気づいてみると、空が雲だらけになっていた。

1時間ほど歩いたところで、車を3台くらい駐められそうな
広いスペースが現れた。
ところが、その先に道がない。
道になっていそうなところを少し進んでみるも、すぐに途絶えてしまう。
どこかで道を間違えたのかと不穏な気持ちになる。

すると、突然雨が降ってきた。
中途半端ではなく、直球の雨だった。
一時的なものだと思い、雨宿りしつつ、
少し戻って道を確認したり、
道の続いていそうなところを何箇所かをつつくが、
全く先が見えない。

やがて雨はひどくなった。
結局、その辺りで30分もステイした。
雨が治まる気配はない。
しかも、進むべき道を見つけられない。
こうなると断念して引き返すしかない。

屈辱だった。
代休を変更してまで来たのに。
テレビの天気予報は完全な晴れだったのに。
挙げ句の果て、道を失い行き場を無くした。

失意のまま、道を引き返す。
雨が弱まることはない。
寒さ対策でレインコートを持参していたので、
上半身は完璧に雨を防御できたが、
太ももから膝にかけては、びしょ濡れになって登山口に戻った。

虚しい。
散々なチューズデイ。
こんな、道が途絶えてしまうような山、二度とくるか!と思いつつ、
一応、登山口の写真を撮る(上の写真)。

車に向かおうと、振り返る。
その時、左目の隅に、何か気になる文字が目に入った。
「登山口」と書いてあったような気が…。
改めて確認する。
はっきりと「登山口」と書いてあった。

私は、登山口を誤っていた。
誤った道を片道1時間も歩いたのだ。
というか、1時間も歩ける別の道があるとはどういうことだ?
正しい登山口は、看板から30mくらい離れた右側にあった。
わかりにくいっつうの。
看板の後ろ側に道があれば、それが登山口だと思うだろ。

↓看板(左端)の右側が登山口だった。
  上の写真では、看板の後ろに道がある。そっち行っちゃうって。
091013空沼岳2 
登山口に戻った時点で午前11時50分。
これから登ったら、下山途中で日が暮れてしまう。
というか、今も冷たい雨がまともに降っている。

再度、屈辱を味わった。
最初の屈辱より強いものだった。
そもそも最初から道を間違えていたのだ。
雨が降ろうが降っていまいが関係なかった。
寝起きの青空を見て、登山を思い立ったひらめきと勘は
間違っていたのか。

迷いを振り切れない気持ちの中で、
浅はかなひらめきが招いたミスなのか。


失意のまま帰路につく。
常磐は雨が降っていたが、
真駒内まで来ると、まるで雨が降った形跡はなかった。
やりきれない気持ちで帰宅する。

何のための代休変更だったのか。
ついてない。
何かで埋めたい。
しかし、ついてない時は何もしないのがいい。
ついてないことを埋めようと何かをしても、
ついてないことが連鎖し、ろくなことがない。

それでも、せっかく休日だ。
午後3時過ぎ、近くに出かけた。
途中で、遠くに空沼岳が見えた。
山の周囲は雲ひとつなく、鮮やかに見えた。
天候は完全に回復したのだ。
ついてない時は、ほんとに何もしないのがいい。

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台風は去っていったが、私の心は雨模様。
昨日も今日も雨模様。
失いたくないものほど、こぼれ落ちていき、
いらないものほど増えていく。
年をとるって大変だ。
けれども昔は良かったなんて思わない。
昔は昔でストレスがあった。

そんなことはどうでもいい。
今、生きているその時と向き合わなければいけないのだ。
今この時代に立ち向かうから、
音楽が生まれ、言葉が出てくるのだ。
そして飲み行為をするのだ。
だから今回は居酒屋。
よろしくどうぞ。

■手羽家(札幌市中央区南1条西5丁目 電車通り沿い)
以前に登場した店ではあるが、
再度記事にしたくなるほど、手羽先が美味しい。
塩味のシンプルな唐揚げだが、揚げ加減、塩加減が絶妙で、
香ばしさ、旨みは格別。
余計な味がしない純度が素晴らしい。
私の世界の中では、世界一の手羽先という地位は揺るぎようがない。
手羽先そのものも、結構大ぶりで、食べ応えがある。

食べ応えがあるだけはなく、「唐揚げ」ということで脂っこいはずなのに、
またひとつ、もうひとつと、無意識に食べられてしまう麻薬性。
油で手が汚れても気にしない。
それさえも、旨みを増す要因になっているように思う。
なんたることか。

手羽家/手羽先 
ふとした時、「手羽家の手羽先、食いてぇ」と思うことも数多く、
しかし、しょっちゅう行っては、味に飽き、貴重感が薄れるため、
意識的に、一度行ったら、ある程度の間を置いて訪問している。

直近で行ったのは8月某日。
期待を裏切らない美味しさに、
「やっぱり凄いね。参っちゃうよね」と唸ってしまった。
この日は、古くからのロック知人である山中トール氏、ヤマケン、
通称「ドラム」の4人で訪問。
美味いもののためならば、手間と時間を惜しまない山中氏も、
この手羽先を絶賛。
彼は東京在住だが、北海道へ帰ってきた際、再訪は間違いないだろう。

手羽家/いか刺 手羽家/いか焼
手羽先と並ぶ人気メニューは、イカ刺しである。
なぜかテーブルに運ばれるまでの時間が最もかかるメニューである。
そして、出されたイカ刺しは、毎回かなり部分が凍っている。
特別なイカだとは思わないし、取り立てて新鮮なわけでもない。
ところが、どういうわけか美味しい。
量の多さも気持ちをハイにする。

手羽家/漬け物 
イカ刺しよりもイチオシしたいのが、白菜の漬け物。
これも結構な量がある。
白菜の柔らかさ、控えめな塩加減、酸味と甘みの妙、
わずかに漂う魚系の香りなど完璧である。
文句なしに、これまでの人生ナンバー1の白菜の漬け物である。

料金は男4人、4時間いて3,500円くらいだろうか。
これだけのものが味わえてこの料金なら、かなりリーズナブルである。

古くからのロック知人達とは様々な話をしたのだが、

後半は美味い店の話になった。
そのなかで、特に気になったのが、
北17条にある和菓子屋「かど丸」、小樽のホルモン店「やしま」、
小樽の焼き鳥屋「伊志井」と「かねこ」など。
近々小樽入りする予定なので訪問してきたい。
そして、ヤマケンが重ねて「いい店だ」とオススメしたのが、
北11条にある「串カツ はな」だった。

■串カツ はな(札幌市北区北11条西4丁目 南向き)
この付近を通るたび、
手作り的な古くささが良い感じのこの店が気になっていた。

ヤマケンは、味はもちろん良いとして、
雰囲気の良さと安さをプッシュしていた。
ヤマケンが推すなら間違いないだろうと思い、
訪問する機会を窺っていた。

ただ、ここは位置的にやや微妙。
地下鉄北12条駅出口からは徒歩3、4分だが、
飲み行為のために、北12条まで足を運んでくれる人はなかなかいない。
JR札幌駅北口からは徒歩10分程度。
少しの徒歩を気にしないでくれる人ならオーライな距離だが、
難色を示す者は多いだろう。

9月某日、高校の同級生であるタイガー阿部、コンバット北野の両氏を、
半ば強引に北12条まで連れ込む形で訪問した。

はな/串揚げ 
串カツは、1本から注文可。
客が作るパターンではなく、店の方が作って持ってきてくれる。
パン粉が非常にきめ細やかで、スーパーで売ってる串カツとは全く別物。
外食の串カツであるという特別感は高い。

この店で名物というか、店側がオススメしているのがカレー鍋(1,280円)。
ならば、ということで食べてみた。
普通に美味しい。カドのないまろやかな味で美味しい。
刺激や迫力はなく、「あれ?普通だよね」と思えてしまうが、
食べ飽きない感じで、気づくと3人で完食していた。

はな/カレー鍋 はな/たこ焼き
最も美味しく感じたのは「たこ焼き」(8個500円)。
たこ焼き自体に、和風ダシの味つけがされており、
素朴なのに上品な雰囲気があり、非常によろしかった。

店は20時過ぎくらいから混んできた。
スーツ客が少ないのが、なんとなく嬉しいし、
21時を過ぎたあたりから、20代の客がちょこちょこと増えるなど、
そんな客層も、なぜか好感を持てた。
 
私は、高校時代も、それ以降も、ハードロックやヘビーメタルを
ほとんど聴くことがなく大人になった。
「ヤング・ギター」を購読していたタイガー阿部は、
その系統の音楽には極めて強かった。
年齢を重ね、私もようやくハードロックは、
かじる程度に許容できるになってきた。
しかし、ヘビネタは未だに全く受け付けない。

全く聴く気もないのに、
「今度、アイアン・メイデンでも聴くかな」と冗談で言ったところ、
タイガー阿部は、「アイアン・メイデンを聴くくらいなら、
ホワイト・スネイクを聴いた方がいい」と、
必要以上に熱心にホワイト・スネイクの良さを語られた。
なんて素敵な夜だろう。

■肴や(札幌市中央区南3条西7丁目〈狸小路7丁目〉)

高校の同級生であるタイガー阿部、コンバット北野の両氏とは、
1年前の9月にも飲みに出ている。
いわば、年に一度のミニマム・クラス会のようなものだ。
その際に訪問したのが、狸小路7丁目の「肴や(さかなや)」。

1年前の訪問であり、通常ならば、もうブログに登場することなく、
流れていくパターンだが、時の方が流れ、タイミングが巡ってきた。
パソコンのデータは便利かつ貴重である。

現代のパソコン社会においては、思い出や人との絆よりも、
パソコンのデータの方が大事という人もいるだろう。
家に携帯電話を忘れて職場に向かったら、
不安でしょうがなく、遅刻してでも携帯電話を取りに戻る人は多いはずだ。
携帯電話社会では、倫理よりも欲望が勝るのだ。

肴や/串 
で、このお店であるが、メニューは、魚や串ものなど、
和的なベーシックものが中心で、普通に美味しい。
奇をてらったところがなく、あっさりとした味つけなので、
酒のお供、トークのお供にはよろしいだろう。
料金としては、男性なら3時間で3,500円~4,000円くらいか。

1階はカウンターのみで、2階は小上がりの席が複数ある。
内装は相当古い日本の民家風にコーディネイトしている。
昭和より前の時代の民家のイメージである。
特に2階の小上がりは、タイム・トリップ異空間を楽しめるほど
徹底している。
トイレまでレトロ仕上げである。

肴や/トイレ 肴や/ホッケ 
こんな感じで、肴やさんの記事を終えるが、
肝心の味に関する記述は4行しかない。
こんなこともある。
また、トイレの写真とホッケの写真が並ぶのが
望ましくないことは、
私もよくわかっているつもりだ。

■なんばん(札幌市東区北24条東16丁目)
10月1日、SK(エスケイ)氏が、
人事異動により私のいる職場を去った。
公私ともに、様々なご理解とご協力をいただき、深く感謝している。

彼と、地下鉄・元町駅の近くで、2人で飲んだことがある。
彼は西区民であるが、3年ほど前まで元町界隈に住んでいた。
その頃、時々通った店があり、久しぶりに行ってみようか、
ということで訪問したのが、この店「なんばん」である。

なんばん/店 
メイン・ストリートから狭い路地へ入ったところに、ひっそりとあり、
この界隈に住んでいる人でも、このストリートを通ったことがなければ
店の存在に気づかないような佇まいである。
店内は、大衆的な食堂っぽい。
おばあさんが一人で切り盛りしている。
気心の知れた人と、少人数で訪れたい雰囲気。

なんばん/カレイ唐揚げ なんばん/タコ唐揚げ
メニューは魚系の和食系が中心。
カレイの唐揚げ、タコの唐揚げとも、
「きちんと作っていただきありがどうございます」と
口にしてしまいそうなほど、手作り的な優しさがある。
揚げ具合が丁度良く、素材の美味しさを楽しめる、
あっさりとした味つけ。

なんばん/つぶのエスカルゴ・バターソテー なんばん/サラダ
この店は和食だけではなく、いくつか洋食メニューもある。
左の写真は、「つぶのエスカルゴ・バターソテー」。
あまりに本格的な洋食レストランのテイストに驚いた。
サラダは見た目も華やかで、大事に食べようという気にさせる。
「とりあえず野菜を入れてドレッシングふっとけ」的な
おざなりさは欠片もなく、ありがたみを感じる。

この洋食メニューは、このビルの2階にある洋食店「ローリエ」で
作っているらしい(「ローリエ」は以前に紹介)。
つまり、「なんばん」と「ローリエ」は姉妹店なのだ。
それぞれ和と洋の香辛料になっており、なかなか味な店名である。


テーマ:居酒屋 - ジャンル:グルメ


日本ハム・ファイターズがリーグ制覇を成し遂げた。
道民の一人として、とても嬉しいし、
楽しませていただき、感謝したい気持ちである。
シーズン前は、ダルビッシュ以外に確実性のある投手がいないことや、
打撃力の弱さなどから、下馬評は低かった。
それを覆しての優勝は、非常に価値のあるものだ。

北海道にチームが根づいたと、よく言われる。
確かにその通りだろう。
チームの勝敗や選手の活躍が、
日々の生活の潤いに、仕事の活力になっている方も多いだろう。
球場に足を運んでいる観客を見ても、老若男女、非常に幅広い。
特に感じるのは、中高年、特に女性の数が多いことである。

そうした中、辟易するのは、
中高年の女性が、選手を「クンづけ」で呼んでいるのを
しょっちゅう耳にすることである。
「クンづけ」される選手は、キャラや年齢などにより、
ある程度限定されるだろうが、「藤井クン」、「糸数クン」など、
親しみや愛情を込めて言っているとはいえ、
私の違和感指数は増してしまう。

選手をアイドル的に扱っているのも気になる。
選手ごとに異なる応援グッズはカラフルで、
今年は、選手の似顔絵や写真を掲げながら応援するファンも目立った。
いわば、中高年女性にとって、日ハムの選手は、
ヨン様みたいなものなのだろう。

ただ、こうした現象は、人気が向上したこと、
あるいは娯楽として定着したことの表れともいえる。
それはそれで素晴らしいことだ。
しかし、お祭り的すぎやしないか。
札幌ドームは、日ハム・レジャーランドであるかのようである。
とはいえ、レプリカ・ユニホームを着て、
楽しんで応援している姿を見ると、全てを許せる。

私なら、上半身はレプリカ・ユニホーム、下半身は普段着という恰好は、
自分のプライドとセンスが邪魔をしてできない。
下半身もユニホームというトータル・コーディネイトならば、
考える余地はある。
しかし、そこまでやると変な中年に見られてしまう。
「気合い入ってるね。素晴らしいです」と称賛する人よりも、
「下もユニホームだよ、あの人」と鼻で笑い、軽侮する人の方が
間違いなく多いはずだ。

同じユニホームを着て、同じ声援をし、同じ動きをする。
私は、右向け右のような軍隊性や不自由さを感じて参加できないが、
それが球場のムードを盛り上げているのは事実。
私は誰を責めているわけではない。
こういう状態になることは基本的に望ましいことだと思っている。
ちょっとフェスティバル化しすぎかなと心配になるだけである。

それにしても、試合開始は午後6時にもかかわらず、
なぜ、その時点で、あれほどの人が集まれるのか。
特に外野の応援団席は、全ての試合で埋まっている。
仕事はしていないのか。
仕事をしていたとしても、年間何十試合も早退できるものか。
また、妻のある者は、奥さんに嫌みを言われないのだろうか。
それとも、奥さんに嫌みを言われ、
屈辱的な恰好をさせられると喜ぶ性癖の持ち主が多いのだろうか。

日ハムはこの後、クライマックス・シリーズ、
それを勝ち抜けば、日本シリーズとなるわけだが、
仮に日本シリーズを制覇しても、
盛り上がりというか、ファンの喜びは今がピークなのではないか。
勝ったり負けたりの積み重ねの末、
やっと手にしたレギュラー・シーズン制覇の重みは、
短期決戦のそれとは違うだろう。
また、日本一に向けた夢が、楽しみがつながっている。

それに対して、日本シリーズを制覇することは嬉しいが、
手にした瞬間、その先はないのである。
あと1勝で日本一!と、頂点が近づくほど、
今年の日ハム観戦が終わるという寂しさも大きくなっていくだろう。

仕事も趣味も恋も、そういうところがある。
目指すところへ向かって、進んでいる時が最も楽しいのだ。
最初のうちは、山の傾斜や距離感がつかめない。
それでも、ひたすら登っていく。
やがて8合目あたりで頂点が見える。
目標がはっきり見えた。道は目の前にある。
そこを登り詰めていけばいいのだとボルテージは最高潮に。
そして、頂点にたどり着く。
達成感に喜びを感じる。
しかし、達成感の向こうにある未来のビジョンを描けなくなる。
一気に退屈になり、これから何を楽しみに生活していけばいいのかと
思えてくる。

では、どうしたらいいのか。
私は、そう聞かれたら、
「嫌みを言われて、屈辱的な恰好をさせられると喜ぶような性癖を
身につければいいのでは。別の意味で頂点にいけるかも」
とアドバイスしたい。


日本ハム・ファイターズが、
5日にリーグ優勝を決めるかと思っていたら、
残念ながら、西武ライオンズに敗れ、
優勝決定は6日以降に持ち越された。

日本ハム・ファイターズの強さの大きな理由は、
自動車修理工場で働く人が着ているもののような野球、
つまり、つなぎの野球ができるからだと言われている。
これは、選手それぞれが、その状況における自らの役割を
理解しているからこそ成し得るのである。

この世の中の仕事のほとんどは、役割分担で成り立っている。
役割分担がしっかりとしている方が、物事は効率的に進む。
役割を徹底させれば、より効率化は進む。
その反面、目の前のことしかできず、
やがては作業化していく可能性も高まる。
作業化すると考えなくなる。
ひいては想像力が奪われていく。

物事を進めるには、ある種の上下関係があった方がいい。
指揮命令のラインが、きちんと存在した方がまとまる。
問題は、指揮命令をする人が、ピラミッドの頂点にあり、
その目線からの指示になることである。
理想は、ピラミッドを含めた全体を、
外側から見る目線で指示をすることである。

頂点目線の指示だと、お客さんのためではなく、
上司のために仕事をするようになっていく。
もめると面倒なので、ひたすら言われたことだけをやる。
目の前にあることだけをやる。
そして考えなくなる。
まるで部品のようになっていくのです。
その部品が壊れたら、別の部品に取り替えればいい。
それが現実かもしれないが、それじゃあやりきれないだろ。
君は大量生産の部品のひとつか。

別に部品という存在だっていいのだ。
頂点目線だと、「部品にすぎない」という解釈をするだろう。
しかし、部品がなければ機械は動かない。
その部品を認めることが全体目線である。
そして、部品達に、機械の全体像を見せて、
考えさせる時間やスペースを与えることが重要なのである。
部品上等。
我々は考える部品になろう。
イマジネーションを持った部品になろう。

日本ハム・ファイターズの強さはそこなのだ。
選手達が、試合全体の流れの中で、
各自が「考える部品」になっているのだ。
部品を大事なものとして認め合い、信頼関係が生まれる。
それが勝利に結びついたのではないか。

我々も目先のことに囚われてはいけない。
大きな流れの中で、自分の立ち位置を考えよう。
かくいう私は、大きな流れ中で、完全に漂流している。
情けない。
しかし、イマジネーションは失っていない。



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