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金曜日の夜の飲み行為から始まり、
土曜・日曜とスケジュールの詰まった週末を終えた。
極めつけは、サンデー・ナイトの飲み会だった。
「君たちは、日曜の夜に飲み会をやるとは、どういうことなんだ」と、
飲み会の場で何度言っただろう。

翌日の仕事がある状況で、日曜の夜に外で飲んだのは、
21世紀に入ってから初だったのではないだろうか。
そのせいか不思議な感覚だった。
日曜の夜ならでは街の人の少なさや物寂しさが、
これはこれで味わいがあるなと思った。
有意義な週末だった。

明日の朝は大丈夫だろうかと気にしつつ、午前1時にベッド・イン。
そしたら、どういうわけか今朝は朝5時に目が覚めてしまった。
貴重な時間だから、もう少し眠ろうかと目を閉じた。
いつもなら、すぐに眠りの続きに突入するが、
どういうわけか今朝は全く眠気が起こらない。
本を読み出したら眠れるかと思い、文庫本を開く。
すると脳もはっきりと目覚め、完全にすっきりしてしまった。
こうなったら、本を読むのをやめ、ブログで本の記事を書こうと考えた。
そして現在に至るわけである。
それでは、どうぞ。

■横山秀夫「震度0」
震度0 
とある県警本部の警務課長が、阪神大震災の前日から行方不明になった。
彼は署内の誰からも人望の厚い人物であるとともに、
県警の内部事情を掌握し、県警の幹部達ともなんらかの利害や秘密を
共有している職員だった。
彼の行方不明への対応をめぐり、県警幹部達はそれぞれの
思惑、誘惑、疑惑が複雑に交差する。
彼はどこに消えたのか、なぜ消えたのか、その真相は?

県警幹部(部長職)が数名登場するが、
それぞれのキャラの棲み分けがうまい。
エピソードの出し方、見せ方がうまいので、人物像をイメージしやすい。
また、この物語は最後にどこへたどり着くのかと、
緊張感を保ったまま、最後まで読者を引き込み続ける。
まさしく横山秀夫作品らしい骨組みの強さと緻密さが窺える。
さらに、代表作「半落ち」のごとく、オチや動機の部分で、
「その程度のことのために、そこまでしますか?」、
「そういう状況で、そっちを優先しますか?」的な
リアリティの無さも横山秀夫作品らしい。

この作品の軸は、警察幹部のせこさ、幼稚さ、滑稽さである。
幹部同士で揉めているのは、徹底して警察内部に目が向いたこと。
それはそれで面白く読めるし、書き方も上手い。
しかし、そんなに些細なことに神経をとがらせ、保身を考えるのか?と
疑問や怒りをおぼえるとともに、笑うしかない気持ちにもなる。

なお、この県警は関西から離れたところにあるものの、
阪神大震災が発生し、次第に被害の大きさが明らかになっていくのと
平行して展開される。
正直、阪神大震災は展開上、それほど影響はしない。
にもかかわらず、阪神大震災を対比させた。
テレビの向こうでは多くの人が悲惨な状況にあるのに、
県警幹部は、非常に小さな思惑、疑惑、誘惑に揺れ動いている。
遠くで起こった大惨事は他人事で、結局は自分の保身だけが
大事なのだ、ということを表現したかったのかもしれない。

読みやすく、わかりやすく、
それでいて、意外性もあり、重みも深みもあるので、
読み物として十分に面白いし、完成度も高い。
それだけに、このオチしかなかったのかなあと思えてやや残念。

■乃南アサ「紫蘭の花嫁」
    紫蘭の花嫁 
乃南アサは、「ノナミ・アサ」と読む。
彼女の作品は読んだことがなかったし、読む予定もなかった。
それが偶然の巡り合わせにより読むに至った。

南2西1にある「ブック・オフ札幌南2条店」に、
トイレを使用させていただくために入店。
この店は、トイレの入口近くにオススメ本のみを設置した特設本棚がある。
ちょっとしたコメントとともに、表紙を向けて、本が立てかけてある。
そこで、ふと目に留まったのが、この作品だった。

105円で売られていた。
105円で乃南アサに入門できるならと思い、
500mlペットボトルのジュースを買う感覚で購入した。

主人公の女性は20代後半。
ある男に追われているようで、その男の影を感じると、
職場を変え、引越を繰り返す。これがひとつの流れ。
一方、その頃、女性を狙った連続殺人事件が起こっていた。
その捜査を担当する刑事部長。
これがもうひとつの流れである。
最後にはこの二つの流れがドッキングし、
洪水のごとく、一気にこちらを飲み込んでいく。
洪水が落ち着いたところで物語も終了、と思いきや、
最後にもう一波乱ある。


後半、全ての点が広がって、面になる様は壮絶で、
ラスト70頁に突入すると、その日のうちに読み終えないと、
という気持ちになる。

ただ、散りばめた点の数が多いことと、
点同士が次第に近づく雰囲気が弱いため、
暗闇に放り出され、目が慣れるまでの手探りのような状態が長い。
助走が長すぎて、ジャンプする前に疲れてしまうのではと
不安になる感じである。

ただ、テンポは悪くないし、点はそれぞれ、どんどん展開していくので、
読み進められることは事実。
そして、最後の1ページまで気を抜けないオチがある。

■森絵都「ラン」
ラン 
森絵都(もり・えと)の文章センスには好感を持っていた。
ありきたりなことを、ありきたりな言葉で、
一瞬にして輝かせたり、切なくさせたりできる人だと思っている。
また、ほのぼのした部分と屈折した部分の拾い方が巧みで、
肩の力が抜けたような雰囲気で核心をつくところが好きだった。

特に、2003年発行の「永遠の出口」は、
余りの甘酸っぱさに笑えて泣けてしまう大好きな作品である。
ところが、2006年発行の直木賞受賞作、
「風に舞いあがるビニール・シート」の力みぶりにがっかりし、
しばらく彼女の作品を読んでいなかった。
しかし、たまたま寄った本屋で、この作品「ラン」に目が留まった。
「越えたくて、会いたくて、私は走りはじめた」という帯の言葉に
吸い寄せられるように購入してしまった。

良い作品だった。
ぱっとしない22歳の女性が、たまたま自転車を購入したことを
きっかけに自転車にはまり、やがてマラソンに目覚めていく話で、
ストーリーだけをみると、特別なものはない。
しかし、過程や設定がいちいち面白い。

引っ越してきた街。近所にある自転車屋。
おじさんが一人で細々と営業しているような小さな店である。
そこで一台の自転車を買う。
ほどなくして自転車は、ブレーキをかけるたび、
「ギギギギギ」と騒音をあげるようになる。
その自転車屋で研磨材をつけてもらうと一旦は収まるものの、
三日もするとまた、「ギギギギキ」と神経に障る音が発する。
店主は、ブレーキがこんなふうになるのは、自転車自体に欠陥があるとして、
どれでも好きな自転車と交換するよと申し出る。
しかし彼女は、その自転車が孤独な自分の唯一の相棒のように思え、
手放す気になれず、新しい自転車への取り替えを辞退し、
三日おきに研磨材をつけてくれと頼む。
そして三日おきにその自転車屋を訪れることにした。

そんな酔狂な設定が面白い。

その22歳の彼女はスーパーの事務をしている。
レジを担当するパートのおばさんとの言い合いも良かった。
パートのおばさんが愚痴る。
「家には、何年も寝込んでいる姑がいてさ、医療費はかかるは手がかかるは。
 いつリストラされるやもしれない亭主の収入だけじゃ到底やっていけない。
 下の娘は私立のバカ高い大学に通ってるし、
 上の子は去年大学を卒業したかと思ったら就職もしないでニート生活だよ。
 みんな私に盲目的に頼っているわけ。
 お母さんだったらなんとかしてくれるって」

そう言って、あんたなんか甘いんだと罵倒する。

それに対して22歳の彼女は、
「家族がたくさんいて、みんなに頼られて、
 子供たちはふたりとも大学にやって、
 家にはお姑さん介護できるスペースもある。
 それって、私から見れば幸せ自慢に聞こえるけど」と言い返す。
家庭では、それぞれが重たいものを抱えているのだろう。
けれど私にはその重みが妬ましい。
なぜなら、それは孤独じゃないことの証ではないの?と、やり返す。

こうした日常生活や人間関係の切り取り方が上手い。
コミカルでさらっとしていながらも、奥行きがあるなと。
森絵都は、こうした、ぱっとしない、イケてない、殻に閉じこもる、
そういう女性を書かせたら、ほんとにいい味を出すなと感心する。

ストーリーだけを見ると結構平凡だが、
登場人物のユニークさが物語に厚みを出し、
また、死者との関わりを随所に持ち出して、

生きるチャンスを与えられたなら、しっかり生きなきゃという思いが、
ユーモアを持ってさり気なく伝わってくる作品だった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

早起きは良い。
特に、日の出の早いこの季節は、気持ちがいい。
空が晴れて、朝日が窓から差していると、さらにいい。
朝に何かをしていると、時間を有意義に過ごしている気もしてくる。
問題は、早朝に記事を書き終えた今、かなり眠気に襲われていることだ。

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今日6月25日。私はこの日を待っていた。
というより、この日に狙いを定めていた。
愛すべきクロスバイクにまたがり、
仕事帰りにちょっと遠出をしようと考えていたのだ。

何日か前から天気予報を連日念入りに確認していた。
確実に一日中晴れ、しかも気温が上昇するのは6月25日であった。
リハビリ、スタジオ、飲み行為は、
それぞれ別の日にセッティングし、
6月25日の17時30分以降だけは、完全にフリー状態にした。
誰にも邪魔させてはならないので、強引に
6月25日限定不可侵条約を締結することも辞さない覚悟でいた。

土・日に行けばいいだろうって?
いや、そんなんじゃ味わいが薄いのさ。
日の入りの遅いこの季節、そして久しぶりの晴れた夕暮れ。
だからこそ仕事帰りに行きたいのさ。
日が長いこの季節が愛おしいのさ。

仕事帰りにちょっと遠出企画は予定どおり実現した。
17時35分には職場にグッバイし、
17時40分にはクロスバイクにライドしていた。
そして、小樽市銭函までランした。
新川通をひたすら北上し、突き当たりで左にハンドルを切り銭函へ。
私には保身も野心もなかった。ただ無心なだけだった。

090625銭函海岸 
追い風だったこともあり、1時間ちょっとで銭函に到着。
日没前だったため、海を見に行く。
銭函の海は悲しい色には見えなかった。
それは私が、「さよなら」をここに捨てに来たわけではないからだろう。

その後、JR銭函駅へ行き、その向かいにある「スーリヤ」という
カレー店で食事をして帰ってきた。
カレーが出てくるまで35分も待たされたことから、
店を出る頃は、完全に夜だった。

090625銭函駅 
帰りは暗いのに加え、向かい風だった。
しかし、向かい風さえ心地良かった。
なぜなら、自由を感じていたからだ。
何の目的もなく、ただ仕事帰りにちょっと遠出をできる自由。
そう感じられたことは、心のリラックスになった。
劇的でもないし見栄えもしないことだが、
デラックスなリラックスだった。

この先、私のクロスバイク熱はどうなっていくのだろう。
仕事中に窓から青空が見えると、クロスバイクに乗りたいなあと思う。
エコロジーでも、エコノミーのためでもなく、ヘルシーのためでもない。
ファッションとしてのエコでもなく、
ファッションとしてのヘルスでもない。
ただ、クロスバイクを動かしているのが気持ちいいだけである。
つまり、娯楽以外の何者でもない。
だから、理屈はいらない。
楽しめばいいのだ。

「いいねえ、好きなことができて」と妬むだけの人より
楽しい人生にする。


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5月の下旬頃から、山に登りたい気持ちが膨らんでいた。
草木の世界に身を委ね、無心でただ前へ、上へと歩いていきたい。
そんな気持ちが日増しに強くなった。

それにブレーキをかけたのがヘルニアと、
右腰の筋肉が硬いことによる右足痛だった。
快方に向かうまではお預け状態で、
しばらくは、はがゆい気持ちで過ごしていた。
しかし、6月10日頃からかなり状態は良くなり、
とりあえず1時間歩くことと、100mを小走りする程度は
特に支障がない状態となった。

ところが今度は天候がブレーキをかけた。
いつ空が泣き出してもおかしくない毎日に、
山登りのタイミングを図れずにいた。
そんな中、先日、雨の隙をついて、浜益の黄金山に登ってきた。

日々のわだかまりや邪念が頭の中から消え、
ひたすら歩を進め、黙々と登っていく。
この感覚は、私にとっての非日常であり、トリップである。

山では、蝉(せみ)の声がかなりした。
こんな季節に登場する蝉もいるのだ。
思えば蝉の人生のほとんどは地中生活である。
長い幼虫時代を土の中で過ごし、成虫となって地上で過ごすのは
非常に短期間である。
そんな蝉の人生は儚いのだろうか。

いや、儚くなどない。
儚いと感じるのは、地上に暮らす人間視点での見方である。
人間が蝉を確認できる期間が短いだけで、
蝉自身は土の中で7年間も生きているのだ。

地中視点で考えると、地中生活こそが蝉の人生であり、
蝉自身は「地中サイコー!」と思っているのかもしれない。
「そうですか。地上に行く時が来ましたか…。残念ですなぁ」
なんていう会話が交わされているかもしれない。

そう考えると、地上生活は余生、いや、天国への階段なのだ。
つまり、地上に出ることは、蝉人生の終わりの始まりである。
それを私は「セミファイナル」と呼びたい。

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先日、ロック知人、motoki氏と飲んだ時のこと。
それぞれの音楽活動を中心に中年ライフを語り合ったが、
その中で、私のブログの話になった。
「かみさんは、カレーの記事に反応するんだよ。
つけ麺の良さはわからなかったみたい」と、
重要な情報と貴重なアドバイスをいただいた。

私は人妻の意見を尊重したい。
音楽活動と何気ない日常を中心としたブログだが、
人妻層あってのブログだと思っている。
NO BLOG NO WIFEである。
というわけで、今回はスープカレーの記事である。
よろしくどうぞ。


■こーひーはうす(札幌市中央区南20条西15丁目電車通沿い)
こーひーはうす/チキン 
素晴らしくベーシックなスープカレーである。
私の感覚では、スープカレーの原点のように思える。
アジャンタのカレーに通ずるような、少し渋みのある甘辛キレ系で、
チキンも野菜も丁度良い柔らかさで、旨みも詰まっている。

色々なカレーを食べて、何がなんだかわからくなりそうな時、
ニュートラルに戻してくれるような味である。
その意味では、神社か寺院のような存在かもしれない。
あまりインターネット上には登場しない店だが、
大変貴重かつ重要な店だと思う。

店はウッドを貴重としたリアルに古い喫茶店。
店に入ると、カレーではなく、一瞬コーヒーをオーダーしたくなる雰囲気。
照明が柔らかく、なんとなく落ち着ける。
スープカレーが800円というのも落ち着ける。
この値段なら安いと思えるほど、
スープカレーは基本1,000円が当たり前になっている。

約10年ぶりの訪問だった。
何を食べたいのかわからない時、これにして良かったと思えるような
程よい刺激と特別感のあるカレー。
近所にあったら、訪問頻度が高い店だろう。
コーヒーを飲みに行ってみたいとも思える。
というか、店名自体がコーヒー店そのものではないか、今更だが。

ちなみに、自宅敷地内の小さな畑で無農薬・有機栽培をする男、
オーガニック・オオガミ氏も推薦する店である。

■龍祈(札幌市中央区南4条西6丁目タイキビル2F)
龍祈/チキン 
◇チキン1,100円・辛さ10番(+100円)

店名は「たつき」と読む。
店のメニューには「濃厚和風ダシと後味が華やかなトマトが

融合したチリトマト・スープ」と書かれている。
そのとおりの味かなと思う。
トマト系にしてはキレがあるし、コクもしつこくない。
揚げタイプの鶏肉にしては肉の味がしっかりとしている。
普通に美味しく、何も問題もない。
ただ、ここにしかない個性や決定力が見い出しにくかった。
というか、味の記憶を飛ばす出来事があったことが影響している。

それは会計の際に発生した。
千円札がないので万札を出すと、「細かいのはありませんか?」と、
レジの女性が伏し目がちに冷めた口調で言った。
「ありません」と答えると、
憮然として鼻で小さくため息をつかれた、ような気がした。
そのため息の中に、「なんで、細かいの持ってないの?」
という言葉が見えた、ような気がした。
 
どこかに千円札を取りに行くのか、と思いきや、
無言のまま、お釣りを渡された。
唖然とした。マディなウォーターで心が浸されていくようだった。
さらに、お釣りを財布にしまっていると、その途中で女性はレジを去り、
こちらだけがレジの前に残されるというシチュエーションとなった。
この会計対応によって、味のほとんどの記憶が飛んだ。
釣り銭対応におけるコミュニケーション・ブレイクダウンが、
味までもブレイクダウンさせたことは否めない。

ビルの2階にあるが、店構えはオープンカフェ的。
酒もそれなりに提供しているため、飲み客も混じっている。
店内はオールド・ブルースが流れているが、
そんな音楽には興味がなさそうな若い男女が大半を占め、
ビッグ・ヴォイスで会話していた。
その年代のせいなのか、会話は自慢気、得意気で、
賑やかな雰囲気は、やや不快感を伴うものでもあった。
なお、カレーの味はいいとして、水はまずいっす。
それと、土地柄や営業時間の関係からか、値段が高いっす。

■HOT SPICE(札幌市東区伏古9条3丁目3-3)
アジャンタのスープカレーから薬膳を抜いたような味。
トマト系の甘みと酸味が前に出ており、コクも優しく、
ルーカレーの延長線上にあるような味ともいえる。
その意味では、スープカレー・ビギナーが入っていきやすいと思われるし、
意外と子どもにも通用するかもしれない。
ただ、スパイス強めのサラサラ・キレ系を好む私にとっては、
もたついた感じがして、すっきり感に乏しい。
店名とは異なり、スパイシーさは軽い。
また、スープも具もコアな部分の味が弱いかなと。

◇鶏肉ベジタ1,000円
ホットスパイス/チキン 
辛くしたい場合は、卓上の「旨辛の素」を入れて調整するシステム
になっている。
しかし、入れても入れても辛さが増した気がしない。
むしろ、甘さとコクが増していくようだった。
というか、次第にカレーの味から、濃厚トマトスープの味に
変わっていくような感覚だった。

チキンはしっかりタイプで、ほろほろと崩れない。
スープカレー仕様としては固めである。
好みの問題だが、私は崩れる方がアイ・ライク。

1年ぶり2度目の訪問だったが、2回ともお客さんの入りは良かった。
店名に反してスパイスは弱めの甘たるトマト味は、
一般的には食べやすいのだろう。
それに、きちんと駐車場が確保されていることや、
ファミレス的に他の客と仕切られた席があるのがいいのかもしれない。

店員は忙しそうに動いており、自分なりに必死だと思う。
ところが、行動の全てが目先のことに奪われがち。
既に帰った客の皿が、いつまでも置き去りにされたり、
座った席のテーブルには、ライスとスープがついたままだったりと、
基本的なことが抜けている印象。

辛口コメントばかりで申し訳ありません。
取るに足らない男の戯言ということでご容赦いただきたい。
なお、会計時の対応は普通である。

■エスパーイトウ(札幌市西区八軒5条西1丁目 下手稲通沿い)
存在は知っていたものの、店名の印象から、なかなか足が向かなかった店。
これが結構美味しかった。
店名に対する先入観から、期待値が低かったことによる反動はあるものの、
それを差し引いても、十分に美味しいカレーだった。

スープは、軽やかなキレのある黄色系。
スパイシーさは強くはないが、旨みがあっさりしているのに深いため、
スプーンが進む。
チキンは丁度いいほぐれ具合で、旨みをしっかり残している。
とともに、量も多めでサティスファイ度は高い。
具もスープとうまく絡んでいる。
気になったのは、人参の堅さと水のまずさのみである。

◇チキン900円・辛さ5番(0円)
エスパーイトウ/チキン 
まとめて言えば、オーソドックスながら、いいクセがある感じ。
いい意味で、エスパーしていないのが良い。
奇をてらったり、無理に個性を表に出そうとしてない感じで、
そのバランス感覚は好印象。

また、大人の赤を基調とした店内の色合いも個人的には好み。
椅子やテーブルも、ライトにアンティーク、というか、渋めにモダン、
みたいな感じで、誰かを連れていける店だと思えた。
店名に惑わされてはいけない。

さらに、トイレが素晴らしく綺麗である。
トイレもライトにアンティーク、というか、渋めにモダンで、
石けんの香りも良く、いつまでもトイレにいたくなるし、
熱心に手を洗いたくなる。

店名に惑わされてはいけない。
初訪問の印象は、この一言に尽きる。
タイミングさえ合えば、再訪を拒む理由はない店である。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

以前にも触れたことがあるが、
このところ食べ物記事の書き方に葛藤が生じている。
店名まで出しておいて否定的なことを書くのは失礼だという気持ちに
自ら迷いが生じている。

ただ、美味しいのかそうでないのかが判然としないのは
つまらないだろうし、
単に基本情報だけならば、多くの方々がやっているし、
私自身が楽しくない。

スープカレーとラーメンについては、
最初のうちはオススメの店しか掲載しなかったが、
いつからか定例化し、間違いなく再訪はない店も登場させるようになった。
しかし、数を優先したら、確実に質は落ちる。
いずれにしても、今後のあり方を考える時期にきていると思う。
なんといっても、書いていることは、
ある方向から見た主観に過ぎないのだから。
ただ、ある特定の人が、ある方向から見た主観が
「事実」にされてしまうことが多いのがこの社会だ。


テーマ:北海道~美味しい物~ - ジャンル:グルメ


6月に入ってから、青空をほとんど見ていない。
毎日のように雨模様で、
5月に購入したクロスバイクの出番がなかなかない。

クロスバイクは自転車に違いないのだが、
いまや私にとっては、自転車ではなく、クロスバイクである。
それぐらい自転車とはあらゆる面で異なる。

とにかく軽い。
車体が軽いだけではなく、ペダルの感覚も軽い。
それでいて、かなりパワフルである。
足はペダルと、腕はハンドルとつながっているようで、
この一体感の心地良さは、ほかの何にも代え難い。

今にして思えば、それまで使っていた自転車は
「座っていた」感覚である。
クロスバイクは明らかに「乗っている」。≈
自転車は「漕ぐ」だが、クロスバイクは「動かしている」感覚であり、
「操作している」感覚である。
自転車は、どこかへ行くための手段だが、
クロスバイクは、どこかへ連れて行ってくれる道具なのだ。

             ◇

先週の土曜日は、雨が降ったりやんだりだった。

夕方に街へ行く用事があったが、なんらかんらで時間がなくなり、
車でも地下鉄でも間に合いそうになかった。
そこで、自転車で向かうことにした。
しかし、雨への不安から、クロスバイクは使わず、
それまで乗っていた自転車を使った。

よくこんなに重たくて、漕ぎにくい自転車に乗ってたなと思った。
と同時に、クロスバイクに対して申し訳ない気持ちになった。
なんだか浮気をしているような気がしたのだ。
そう、クロスバイクはいまや恋人のような存在なのだ。
雨への不安から、安易に元の女にのってしまった愚かな自分を悔いた。
もう悲しい思いをさせはしない。
私は、古い自転車と完全に手を切る決心がついた。
電話をするつもりはないのに、電話番号を削除しないままで
いるかのように、乗らないのに置いてあるからいけないのだ。
昨日までのガラクタを処分しなければ、
何ひとつウキウキとウォッチングできないと、
タモさんも25年以上に渡ってメッセージを発しているじゃないか。

             ◇

今日(18日)は久しぶりに青空が広がった。
特に、夕方晴れたのは、ほんとに久しぶりである。
この機会を逃してはならない。
またしばらく巡ってこないかもしれないチャンスである。
私は18時30分、東区元町から南区藤野までクロスバイクを走らせた。
豊平川の河川敷をひたすに南下し、国道230号線を駆け抜けた。
そして、藤野のスープカレー店「藤乃屋」で食事をして帰ってきた。

行きは1時間20分、帰りは1時間を要した。
南に向かって緩い上り坂になっているため、行きは時間がかかった。
その分、帰りは爽快だった。
車の通らない豊平川河川敷を、風に溶けるように走り抜ける快感。
絡みついてなかなか離れない苦悩から解放され、ただただ前へ進む。
まだ行ける、まだまだ行ける。
夜をどこまでも、この世の果てまで。
そして、「幸福とは怠惰なもの」で過ごす人生でほんとにいいのか?
なんてつぶやいてみたのさオーライ!


テーマ:自転車 - ジャンル:趣味・実用


恋は熟成させすぎると腐っちゃうぞ。
恋は生ものだからな。
サクセスしようぜ。

以上の3行は、17日の朝に「今日の一言」として掲載したものである。
「今日の一言」は、基本的には暫定的なもので、
次の記事を書くまでの「つなぎ」のようなものだったのだが、
ある時から、拍手を3以上、又はコメントを1以上いただいた場合は、
それを無駄にしないために、そのまま残すルールにした。

この記事を更新する段階で、拍手を4ついただいた。
正直助かった。
なぜなら、今回はCDレヴューである。
本の感想と並んで、拍手をいただきにくいジャンルである。
とりあえず拍手が4つあると安心する、というか見栄えがいい。
しかし、明日になっても、あさっても拍手4のままだと悲しいわけで。
CDレヴュー記事の存廃問題に発展しかねない由々しき事態である。
まあ、ブログの記事を書くためにCDを聴いているわけではないので、
大した問題でもないのだが。

それはそれとして、今回は新譜から古い作品まで、
良い
アルバムが揃った。
それでは、どうぞ。

■ボブ・ディラン「Together  Through  Life」
TOGETHER THROUGH LIFE 
5月にリリースされたボブ・ディランの新譜。
素晴らしい。ほんとに素晴らしい。
1曲目の最初の5秒で、「いい曲だな」どころか、
「いいアルバムだな」と思えるほど、
いきなり格の違いを見せつけられる。

曲は、オールド・ブルースやネイティヴ・フォークっぽいものが
中心であり、これといった新しさはない。
口ずさみたくなるような必殺メロがあるわけでもない。
しかし、ボブ・ディランにそういうものは求めていない。
というか、そんなことを考える必要がないほど、
クオリティが高い作品である。

深みのあるボーカルに酔いしれ、サウンドにしてもラフなのだが、
楽器の選択、重ね方が綿密で、見事なバランスを生んでいる。
なぜここまで渋くもまろやかなサウンドになるのか、
感動を超えて疑問を感じるほどである。

ある意味、ボブ・ディランは現在、黄金期ではないだろうか。
日本では一般ウケはしないであろうサウンドだが、
一旦聴き始めると、ずっと聴いていたくなるような安らぎがある。
まさに、ディランのキャリアが遺憾なく発揮され、
重ねた年輪の層をじっくりと感じられる素晴らしい作品。

■ピート・ドハーティ「GRACE/WASTELAND」
GRACE/WASTELAND 
私の選ぶ「2007年・アルバム・オブ・ザ・イア」において、
第5位を獲得したバンド、「ベイビー・シャンブルズ」の中心人物である
ピート・ドハーティの初のソロ・アルバム。

イギリスの現代の放蕩者(ほうとうもの)のシンボルでありつつも、
その卓越したメロディ・センスや、独特の歌唱は、
ミュージシャンとしての才能が非凡であることを、
これまでの作品において惜しみなく見せつけていたため、
大きな期待を持って新作に耳を傾けた。

ところが、描いていたイメージとの違いに戸惑った。
完全にアコースティック・ギター・サウンドだった。
ドラムが力強く鳴らされる曲はほとんどない。
キャッチーなメロディもほとんどない。
最初に聞き終えた感想は、「あれ?なんだったんだろう?」だった。

ところが、何度か聴いていくと、次第に馴染んでくる。
古い映画のサウンド・トラックにありそうな、
独特のブルージーさとジャジーさのあるサウンド。
それを荒廃感と透明感でコーティングしたような不思議な魅力がある。
結果として、これはこれでいいのかなと、妙に納得できる部分はある。
おそらく静かな飲み屋で流れていると、良さが増して聴こえるだろう。

■ザ・オールマン・ブラザーズ・バンド「BROTHERS AND SISTERS」
BROTHERS AND SISTERS 
先日、豊平にあるスープカレー店「棗や」(なつめや)に行った時のこと。
カレーをオーダーし、本を読んでいた。
ところが、一向に本を読む集中力がわかない。
なぜかと考えてみたら、店内に流れている曲に
気を奪われていることに気がついた。

ブルージーでもあり、ちょっとカントリー調でもある
古き良きアメリカンなギター・ロックだった。
カレーを食べているときも、なんというアーチストなのか気になっていた。
そこで会計の際に、思い切ってレジの女性店員の方に聞いた。
「さっきから流れている音楽は、なんていうアーチストですか」と。

女性店員の方は即座に店長の男性に確認。
すると、「これはオールマン・ブラザーズです。サザン・ロックです」
とのこと。
パソコンから曲を流しているのではなく、CDから流していたため、
アルバム名まで教えてもらった。
そしてバイしたのが、このアルバム、
「BROTHERS AND SISTERS」である。

1973年の作品。
聴き心地が良く、何度もリピートしたくなる。
乾いたブルース・ギター・ロックでありつつも、
楽器同士のブレンドが見事で、非常にまろやかな仕上がりとなっている。

ロックの好きな人が集まって、セッションして楽しんでいるような雰囲気。
でありながら、神がかり的な一体感を生んでおり、
それが、どこから聴いても、どこまで聴いても、心地を良くさせてくれる。

棗や(なつめや)に行ったのは7、8年ぶり。
そこにたまたまオールマン・ブラザーズ流れていた。
そんな偶然に感謝。
ひとつ気になるのは、平成初期の日本の代表的一発屋バンド、
「ザ・大事マン・ブラザーズ・バンド」は、
ザ・オールマン・ブラザーズ・バンドをもじってつけたバンド名なのか
ということ。おそらくそうなのだろう。
気づかなかったことにしたい。何もなかったことにしたい。

■RCサクセション「ラプソディ・ネイキッド」
ラプソディ・ネイキッド 
1980年に行われた東京の久保講堂でのライブ・アルバム。
同年にリリースされた際は9曲入りだったが、
2005年に、18曲収録の完全版「ラプソディ・ネイキッド」として
リリースされた。
私の中では、サンハウスの「クレイジー・ダイアモンズ」と並び、
日本のロック史上最高のライブアルバム2枚のうちの1枚である。

キヨシローが亡くなり、今一度アルバムを購入するならどれだろう?
と考えた時、迷わず「ラプソディ」だった。
RCサクセション・ファンならば、「久保講堂」と耳にしただけで、
即座になにがしかの反応をしてしまうほど、
このライブは特別なものがつまり過ぎている。
まさに、このアルバムはRCサクセション・ファンのバイブルだろう。

文句なしの圧巻のライブである。
個々の曲の良さについては、一日では伝えきれない。
重ねがさね思うのは、以前にも触れたが、
メロディへの言葉の乗せ方が巧みで、見事なビート感を生んでいること。
キヨシローにしか歌えない曲なのだと改めて感じる。

それと、キヨシローのMCがほんとに素晴らしい。
言葉の使い方とタイミングが絶妙で、見事なリズム感を生んでいる。
曲の前奏部分でもMCをしているのがまたカッコいい。
特に、「指輪をはめたい」の前奏部分は、MCだけで泣けるほど。
「AH YEAH、AH YEAH、オーケイ。
どうもみんな最後までありがとう。
じゃあ最後に、俺達がずっと前からやってた一番ぶ厚いラヴソング、
バリバリ熱いラヴソング。バチバチオーライ?バチバチオーライ?
サンキュー、イェーイ、指輪をはめたい」
このMCの直後に、どんぴしゃりのタイミングで
ギターの前奏ソロが始まる。

キヨシローの歌詞は英語をほとんど使わない。でありながら、
例えば「市営グランド」などという、これぞ日常たる言葉を用いたり、
シンプルな日本語を何度も繰り返したりして、
オリジナリティあふれるブルースに、
キヨシローにしかできないソウルに作り上げている。
歌詞を伝えるボーカルとしての力も凄いが、
歌詞のつくり、というか文脈が素晴らしい。
相当に練って歌詞を作っていたことを感じさせる。

キヨシローは、セールス的にサクセスしたかというと、
そうではないだろう。
しかし、売れる曲を作ることの重要さをよくわかっていた人だと思う。
つまり、ロックも結局は商売であることを理解し受け入れていた人だと思う。
それでも、ロックは姿勢であり、思想であり、生き方なのだ
ということに一切妥協しなかった。それを最後まで貫いた。
だからカッコいいし、尊敬できるのだ。
そんなことをしみじみと感じさせてくれる、
最高のロックンロール・ショーを収録した傑作アルバムである。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

冒頭で、CDレヴュー記事は拍手をいただきにくい、ということを書いた。

しかし、考えてみると、私は決して称賛されたいわけではない。
どちらかといえば、読んでくださる方の憂鬱な朝に、つまらない昼間に、
物足りない夜に、そっと滑り込みたいという気持ちが、
表現欲を高めているような気がする
なんて、胡散臭いことを書いて今回の記事を終わります。
サンキューどうもありがとう。


テーマ:本日のCD・レコード - ジャンル:音楽


一人でいるのが寂しくて、みんなと集まり盛り上がる。
みんなと別れてまた一人になったら、
前よりもっと一人きりになった気がする。
という気持ちはわかるね。うん、わかるよ。
虚しさを埋めるために酒を飲んだら、
もっと虚しくなったりすることがあるので。

しかし、寂しさや虚しさがないのもまた、つまらないのかも。
だから時々は、「ウェルカム孤独」、「虚しさカモン!」ぐらいの気持ちで
いいのではないかと。
きっと大丈夫だ。
なぜなら、ボブ・ディランがいる。
清志郎の声が助けてくれるぜイェーイ!

歩道橋を渡りながら、悔恨ばかりを数える日がある。
あの時こうだったらと、もうどうにもならないことを拾い集めては
落ち込む日がある。
でも、どうってことないと思うことにしよう。
まだいけるぜ、まだまだいけるぜ、僕だって君だって。
今日も雨だった長崎にも、
悲しい色をしている大阪の海にだっていけるぜ。
こんな文章を読んでくれて、サンキューどうもありがとう。


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いったいどうなっちまってるんだい?
6月に入ってからの札幌は、ほぼ毎日雨が降っている。
毎日、不安定な天気で傘を手放せず、
自転車に乗るタイミングもない。

そんな中、かんかん照りの日より、風呂上がりより、
湿気のある、はっきりしない天気の日の方がビールを欲する私は、
帰宅直後にビールを飲み、連日早寝をしていた。

昨日金曜日の夕方は特に、ビールをアン・ワント状態だった。
誰か職場の人間以外で、飲みにいってくれる人はいないかと考えたが、
「突然誘っても迷惑だよなあ」、
「この人は肝心な時に電話に出ないしなあ」、
「この人は金の払い悪いしなあ」などと考えてるうちに、
ゲット・バック・ホームしていた寂しきフライデナイ。

一週間の疲れとアルコールにより、22時には就寝したであろう私は、
今日13日土曜日は、朝6時に目が覚めた。
そして、土曜の朝から、居酒屋ネタを書いている私は
なんなんだろうと思う。
スキー・モーグルの上村愛子の男の好みも、なんなんだろうと思う。
というわけで、どうぞ、

■たけとり(札幌市中央区南3条西5丁目三条美松ビル5F)
住所(南3条西5丁目)からはピンとこないかもしれないが、
このビルは狸小路5丁目にある。
南4西1にも「武鳥」という店があり、
10年ほど前に2度行ったことがあった。
鶏肉の新子焼き(しんこやき・鶏の半身を炭火焼きしたもの)が
ウリの店だった。

狸小路5丁目の「たけ鳥」は、
昨年ここを歩いている時にたまたま発見。
ビルの前には、新子焼きの写真が載った手作りのミニ看板が設置されて
いたため、南4西1の「武鳥」の系列店だろうと思った。

5月30日のライブの後、バンドのメンバーと入店。
早速、新子焼き(1,300円)を注文。
30分くらいかかることを告げられるが、
ライブの打ち上げであれば、興奮、達成感、疲労などによる乾きが
ルービーとよく馴染み、その程度の時間はあっという間に過ぎる。

たけ鳥/新子焼き 
出された新子焼きは、品のある感じに思えた。
以前に、南4西1の「武鳥」で食べた新子焼きは、
豪快、強烈のイメージだったため、少し意外な気がした。
しかし、きちんと美味しい。
謹厳実直、質実剛健で、まともに美味しい。
肉そのものが良い。とにかく柔らかい。そして、全く臭みがない。
そこらの鶏肉とは明らかに質が違うことを実感する。

好みの問題だが、鶏の足部分はちょっとぬるぬる感がある。
小樽の「なると」の鳥の唐揚げほどのぬるぬる感ではないものの、
胸と手羽先が好きというアメリカ人のようなチキン趣向の私にとっては、
少しだけ気になった。
また、これも好みの問題だが、
新子焼きにしても、別注したイカ焼きにしても、
もうひと焼き、もうひと焦がし、もうちょい強めの味が欲しいかなと。

なお、店主の方の話では、南4西1の「武鳥」とは別の店とのこと。
ただ、店主の方は数年前までそちらで働いていたらしい。
南4西1の店は、その後、経営者が変わったこと、
南4西1は漢字で「武鳥」、この店は平仮名で「たけとり」と
区別していることなどを伺った。

◇私以外のメンバーは私以上に少食につき、食べ物は新子焼きと下の2品しかオーダーしていない。
 たけ鳥_いか焼き たけ鳥_さつま揚げ 
良質な店だと思う。
どことなく穴場的佇まいなところもいい。
普段はどうかわからないが、この日は先客も後客もなかった。
もったいない気がする。
また、勝手なことばかりで申し訳ないが、
もう少し酒メニューが安ければ、と感じた。

余談だが、鶏肉の半身焼きといえば「東千歳バーベキュー」。
新子焼きや、鳥の半身揚げなど、ある程度大ぶりな鶏肉を
食べる度に思うことだが、東千歳バーベキューのそれは、
他と比べる基準にない、質、量、値段の3拍子が揃った奇跡の鶏肉だと
改めて痛感する。

■桜CHOPS都通り店(札幌市中央区南3条西4丁目カミヤビルB1F)
昨年の忘年会シーズンの頃だっただろうか。
うらぶれた気持ちで、地下鉄北24条駅近くの仲通りを
I WAS WALKINGしていた時のこと。

とあるレストラン的な建物の前で、
男性二人組の客を見送る女性がいた。
「ありがとうございました。またいらっしゃってください」と
明るく丁寧にお辞儀をしていた。
女性は、その店の人なのだろう。
それだけではなかった。
男性二人が交差点を曲がり、姿が見えなくなるまで、
店の女性は見送っていた。
ここまで誠意のある対応をしてくれるのかい?と思いつつ、
店名を見ると、「桜CHOPS」という店名だった。

その日から、いつか「桜CHOPS」に行かなければと
チャンスを伺っていた。
行ったことがあるという知人の話では、
「コース料理でも雑な感じがなくて、ちゃんとしてるし、
 対応もきちんとしている」とのことだった。

◇3,500円のコースで、幹事一人が無料になるクーポンを利用。
桜/えびフリッター 
行ったのは、北24条の店ではなく、南3西4の地下にある店舗。
4月の初めに職場メンバー6人で行った。
「頼むからオレに店選択権をくれ」と中村NBRらに懇願し、
やっとの思いで権利をゲット。
桜CHOPSへの切符を手に入れた。

お得感に負け、和洋中が入り交じるコース料理を選択したが、
ホテルのコース料理よりは数段美味しい。
インスタント感がないこと、余計な味がプラスされていない感じがいい。
一見すると普通なのだが、間違いなく普通プラスαのこだわりが感じられる、
見た目より高級感のある味である。

インターネットなどで常にクーポン券を発行できる店にしては美味しい。

桜/ぎょうざ鍋 桜/あんかけ焼きそば
帰りがけ、店員の女性は、外まで見送った。
やはりこれが大事だなと。
見送りに要する時間は、なんらかんらで5分くらいになるか。
この5分が大事なのだと思う。
5分の時間を自分たちのためだけに使ってくれたことに、
悪い気がする人などいないだろう。

■かんろ(札幌市北区北8条西1丁目)
3月の初め、職場関係者5人で飲みに行った。
気持ちがダウンしている時で、あまり乗り気ではなかったが、
円滑に仕事を進める上で必要なタイミングであり、かつ、
店選択権を付与されたことから、飲みに行くことに。
札幌駅の近くならどこでもいいという要望しかなかったので、
迷わず「かんろ」にした。
平成10年代前半は、何度か行っていたが、
6年くらい行ってなかったため、久しぶりに行きたいと
常にチャンスを窺っていた。

かんろ1 
とんでもなく強烈に美味しいものがあるわけではないが、
何をオーダーしても、しっかりと美味しい、間違いのない店である。
そして安く、古く、完全和風。
佇まいも価格も大衆的。
だから、活気がある。

相変わらずの込みようだった。
1階奥の座敷は、午後7時にはほぼ満席になった。
店はスーツだらけかと思いきや、
意外に20代の私服の若者や女性も見かける。
安さや食べ物の確実性に加え、
場末のうらぶれ感がなく、にぎやかな雰囲気であることが、
年代、性別を問わず支持されている理由だろう。
建物が古く、断熱力が弱いため、冬場は正直寒いが、
暖まるような雰囲気がある店である。

◇ラーメンサラダ550円。美味しいです。日本テレビの「ケンミンショー」で紹介されたらしい。
かんろ2 
店内に流れる音楽は、70年代から80年代半ばくらいまでの
日本の歌謡曲が中心。
これに食いつく35歳以上の人は少なくないだろう。
この手の店には確実に増えている。
おそらく需要があるのだろう。

私にとっては、ティーンネイジャーの頃に大ヒットした曲で、
2コーラス目まで歌詞を覚えているような曲が流れるが、
自分の中の何かにスイッチが入るわけでもなければ、
当時の歌謡界のうんちくを語る気にもならない。
ただ、この手の曲が流れる店に行った時、いつも思うことは、
小泉今日子の傑作「艶姿ナミダ娘」が流れないことである。

甘酸っぱい哀愁のある歌メロ。
小泉今日子全作品の中で一番好きなメロである。
「夕暮れ抱き合う舗道 みんなが見ている前で
あなたの肩にチョコンとおでこをのせて泣いたの」を
はじめとする歌詞の世界観もいい。
さらに、「意味深 I LOVE YOU」という、
もっと後世に引き継がれるべきキーワードも
歌詞のポイントになっている。

気づいてみると、結局私もスイッチが入り、うんちくを語っている。
いやいや、かたじけない。


■やきとり一番(札幌市中央区南1条西11丁目電車通り沿い)
やきとり一番/店 

20年来、行ってみたかった店。
20台前半は、西18丁目方面に住む人と懇意にしていたり、
当時の勤務先が北円山方面だったこともあり、
この店の前は、幾度となく通っていた。

どの店にするか?という相談は一切せず、
「ラーメンの意見交換会をやらないか。
 場所はやきとり一番だ。
 正直、ラーメンの意見交換はどうなってもいい。
 やきとり一番に行きたい。それだけのことさ」と、
ラーメン知人である、「FOODAD(フーダッド)」氏と
迷犬チーズ」氏を、一方的かつ理不尽に巻き込み、雨の中、訪問した。

◇4時間30分も滞在し3,500円なら、かなり安いだろう。
やきとり一番/店内 
イメージしたとおりのリアル70‘Sを感じる居酒屋だった。
「第三モッキリセンター」的なそのままの古さがある。
西田敏行氏、寺島進氏、次長課長の河本氏の三人が、
サッポロビールのCMで使っている居酒屋のような佇まいである。

焼き鳥は、手作り的な普通さにあふれ、素朴な美味しさがある。
特別すごい肉ではないだろうし、焼きの香ばしさにも乏しく、
ジューシーさもない。
しかし、気張らず、落ち着いて、会話をはずませるような焼き鳥である。
ただ、ノーマル手作り焼き鳥でありながら、
つくねだけは、出会ったことのない独特の
調味料か和風スパイスの風味がした。

◇焼き鳥は基本3本350円、つくねは2本で350円
やきとり一番/焼き鳥 
19時頃から次第に客が増え、20時くらいにはいい感じで埋まった。
ただし、客の全てがスーツだった。
しかも、30代は明らかにFOODAD氏と迷犬チーズだけで、
中高年に圧倒的な支持を得ていた。
場所的な微妙さや、雑誌やインターネットでの露出が
極めて少ない店であることから、一般的知名度は低い店だが、
知っている人にとっては、この店が一番だという人は多いと思う。
また、居酒屋巡りの好きな女性には確実にウケるような雰囲気を
持った店である。

◇玉子焼き620円(かなりボリュームあり)
やきとり一番/玉子焼き 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

私の記事の中では、食べ物ネタが最も時間を要する。
一度に4店を紹介するスタイルであることや、
味以外のストーリーを持ち込もうとするからだろう。
さらに、使う写真が多いことや、決定的な味の特徴がない限り、
味を説明するのが難しいことも影響している。

しかし、そんなことはどうでもいい。
今日も札幌は雨が降るんだろう。
これからリハビリに行き、午後はバンド活動、その後、髪を切りに行く。
いずれも自転車で行けるのに、雨への不安から、
車か地下鉄を利用するしかない。
たどり着いたらいつも雨降りなのではない。
たどり着く前に既に雨降りな毎日だ。


テーマ:おいしいお店 - ジャンル:グルメ


今日、街を歩いていて、よさこいソーランまつりが
始まったことに気づいた。
賛否両論があるイベントだが、
今や6月の札幌の風物詩になったといっていいだろう。

よさこいノータッチ・ライフを送る私が言うのはおこがましいが、
批判の多かった「よさこい参加者のマナー」は、
ひところよりも改善されたのではないか。
歩道を横いっぱいに占拠して我が物顔で歩いたり、
待ち時間に後楽園ホテルなど大通公園近くのホテルのロビーで、
ホテル利用者をさしおいて、好き勝手にやりたい放題などということも、
かなり少なくなったらしい。

そもそも、よさこいライフを送る方と、音楽活動をする私とは、
よさこいか音楽かの違いだけで、大して変わらないのかもしれない。
よさこい特設会場が設けられるせいで交通規制がしかれるのは、
北海道マラソンにおけるそれと意味合いは同じだろう。
演舞を終えた後の「ありがとうございました!」が、演舞とセットになって
完全にマニュアル化しており気持ちが入っていないのも、
コンビニやファストフード店だってそうだし、
商売でやってるわけでもないのだから、
別に目くじらをたてるほどのことでもない。

なので私は静観するだけだ。
楽しみたい方は平和的・友好的に楽しめばいいし、
楽しめない方は別世界の出来事として普通にしていればいい。

しかし、普通じゃいられなくなることがある。
北海道のテレビ局は、14日のよさこい最終日まで
何度かよさこい番組を組むだろう。
それはそれでいいのだが、よさこい番組の司会者や出演者が、
よさこいルックをすることに、トホホな気持ちになる。
似合っている人などほとんどおらず、
明らかに無理している雰囲気が伝わり、
ちょっと気の毒なような辛いようなトホホな気持ちになる。



最近、職場が静かである。
私の所属する6人のシマに、あまり電話が来ないし、
こちらから電話をかける回数も減っている。
大きな問題もなく、穏やかな時間を過ごしているという意味では、
ピースフルな日々だといえる。

そんな中、間食禁止&帰宅時のみ徒歩帰りにより、
体重減少に取り組んでいる同僚、中村NBRが嘆いた。
「間食はやめてるんですけど、明らかに今までよりも晩飯を
食べるようになっちゃって、全く体重が減らないんですよ」

彼は、朝食をほんの少ししか食べない。
そのため、仕事が始まってまもない午前9時台から、
「腹へりましたねえ」と、語りかけてくる日が少なくないし、
先日は、午前11時30分に、我慢しきれずにパンを食べていた。
また、午後4時くらいには、「腹へって力が入んない」
と、
独り言をつぶやいたりしている。

明らかに、朝・昼・夜の食事のバランスが悪い。
私はそこを指摘した。
「朝・昼・晩の食事バランスを、3:3:4にしたら、
確実にやせると思うよ。
だって、今のバランスって、朝:昼:晩=1:3:6くらいでしょ。
60kgの人が3kgやせるためには、それだけじゃ無理だけど、
90kgの人の3kg減なら、
朝・昼・晩のバランス改善だけでいけると思うけど」

「いや、それがちょっと違うんですよ」
中村NBRは、そう反論した。
何が違うのか?90kgの人の3kgであっても、
そう簡単には落ちないということなのか?
そうだとしたならば、努力をさげすむような発言をしてしまったと
非礼を詫びた。

すると彼は、こう答えた。
「いやいや、朝・昼・晩の割合は、1:3:6、っていうよりは、
0.5:4.5:5.5ですね」

そっちの方か!
どうでもいい程度の誤差の修正か!
しかも、小数点第1位まで持ち出す必要のあることか?
朝食が少なく、夕食至上主義であることを指摘した例えに
過ぎないだろうが!
というか、「0.5+4.5+5.5」だと10を超えてんじゃないか!
それとも、朝・昼・晩のバランスが悪いことに加え、
そもそも絶対量が10を超えていることを意図したのか?

以上のことを立て続けに指摘すると、彼は言った。
「計算、早いですね。
ていうか、朝はあまり食べなくて、昼と夜に重点を置いてるっていう
ニュアンスを伝えたかったんですよ」
1:3:6だとニュアンスが違うのか?
小数点第1位を持ち出すほどの微妙なニュアンスが必要か?

中村NBRは、身長が高く(183cm)、がっちり体型。
また、フェイスが引き締まっていることもあり、
それほど太っている感じがしない。
少なくとも、「デブ」と呼ばれるカテゴリーには含まれないだろう。
同僚のM美(エムミ)も同感だと言った。

以下、その流れでの中村NBRとM美の会話である。
「M美の旦那さんは痩せてるから、ダイエットとは無縁でしょ」
「痩せてはいるんですけど、最近ビール腹になってきて…」
「でも、そんなにおなか出てないよね」
「いえいえ、おなか周り、けっこういってますから」
「えっ?お墓参り、けっこう行ってるの?偉いね。
お墓参りに行って、実家でビール飲むのが良くないと」
「……」

現在、我が職場はピースフルな時間が流れている。

テーマ:日記 - ジャンル:日記



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