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札幌は今週に入って寒さが増した。
また、今週は毎日、傘を持ちながらの通勤だったが、
今日は久しぶりに雨から解放され、
朝は手稲山の頂上に積もった雪が、はっきりと見えた。
確実に冬の足音が近づいている。

さて、今回は2か月ぶりのCDレビューである。
今年は、お気に入りアーチストの新譜の当たり年で、
また、良質の音楽との偶然の出会いも多い年で、
暮れに実施予定の「アルバム・オブ・ザ・イア」は
大混戦となりそうである。

今回紹介する5作品についても、
期待以上に、あるいは予想外に良い作品だった。
それでは、どうぞ。

■オアシス/Dig Out Your Soul

 oasis/dig out your soul  
 言わずと知れたイギリスが誇る

 世界的ロックバンド、オアシスの7作目。
 私はそもそもオアシスというバンドの音楽が大好きである。
 そのため、新譜がリリースされれば、とりあえず買う。
 
 ところが、2000年にリリースの4作目から、
 疑問を感じ始めていた。
 アルバムの中には、1曲か2曲、素晴らしい曲があるのだが、
 アルバム全体としては、
 何をやりたいのか、何を見せたいのかが漠然としていて、
 食べ飽きているもので満腹にさせられたような感覚があった。
 結果、繰り返して聴くことはなかった。
 そうした経緯があったため、
 もう義務買いはしないことで心は決まっていた。

 実際、義務買いはしなかった。
 義務買いはやめたものの、聴きたいことには変わりなかった。
 そこで、スミス西野氏に借りて聴いた。
 とはいえ、全く期待をせずに聴き始めた。

 驚いた。
 非常に素晴らしい作品であることに驚いた。

 まず、サウンドの輪郭がはっきりした。
 こぢんまり傾向に動いていたメロディが、のひのびとしたものに変わり、
 サウンドも足腰の強い造りとなっている。
 疾走感と高揚感のラインが上がり、それでいて渋く、
 まさに大人のロックンロールの扉を開いた作品といえる。
 なんというか、色や形の良さというより、質感がアップした気がする。

 10年以上に渡って、ロック界のトップに君臨してきた重みを
 感じさせるし、だからこそ、たどり着けた作品であり、
 完全にひとつ突き抜けた印象を持った。

 なお、オアシスのアルバムは毎回、メインボーカルの
 リアム・ギャラガーをさしおいて、
 ギターのノエル・ギャラガーがボーカルをとる曲があり、
 その出しゃばりぶりに興ざめすることが多かったが、
 今作は、ノエル・ギャラガーがボーカルをとっている曲も
 大変良いことを
申し添えておきたい。

 どこから聴き始めても、ロックを感じられる。
 何回も聴きたくなるし、メロディも口ずさめるような美しさがある。
 私にとっては、オアシスの久しぶり会心作である。
 義務買いはしなかった。
 しかし、借りて聴いた1週間後、
 自分のCDライブラリに、ぜひあってほしい作品だと痛感し、
 オアシスに敬意を表して、正式に購入した。


■ザ・ヴァインズ/Melodia
 the vines/melodia
 オーストラリアのロックバンド、ザ・ヴァインズの4作目。

 デビュー時から、「ビートルズ・ミーツ・ニルヴァーナ」
 と称されてきたとおり、
 ビートルズの持つサイケデリックな部分やメランコリックな部分と、
 ニルヴァーナの持つ荒々しさと歪み方が、
 いい具合に融合した稀有なバンドだろう。

 ザ・ヴァインズは毎回それなりの良い作品を揃え、
 非常にまとまったアルバムに仕上げてくる。
 楽曲は荒々しい曲とアコースティックの物憂げな曲に大別されるが、
 どちらのタイプも基本的にメロディがしっかりしており、
 サウンドの作りがシンプルなせいか、聴きやすく即効力が高い。
 特にアコースティックな曲のメロディは、どれも美しく、
 ポール・マッカートニー的な歌い方と相俟って、
 安心してしっとりと聴ける。

 注文をつけるとすれば、即効力がある反面、深みに欠け、
 何回も何回も聴きたくなるような中毒性が薄いこと。
 それと中盤以降の曲が、なんとなく似通っており、
 ちょっと飽きが生じる。
 しかし、ロックバンドがロックバンドらしいことを
 純粋にやった好作品である。

■ケミカル・ブラザーズ/Brotherhood
 chemical brothers/brotherhood  
 イギリスのテクノ系デジタル・ロック・ユニットである

 ケミカル・ブラザーズの、デビュー14年目にして初のベスト盤。
 デジタルを全面に打ち出してくる音楽にはいまひとつ入りきれず、
 ケミカル・ブラザーズも、これまで全く聴いていないに等しかった。

 しかし、ベスト盤ということで、入門的な気持ちで聴いてみたところ、
 これがなかなか良い。
 ほとんどがインストロメンタルの曲で、
 ブラッド・ピット主演のワイルド系映画で流れていそうである。

 音楽自体は、テクノやダンスビートが基本になっているが、
 切り口や後味はロック的である。
 BECK
(ベック)をハードにした感じともいえる。
 ハードにもかかわらず、聴いているうちに次第に馴染んできて、
 曲が流れている意識がなくなるような、
 いい意味でのBGMとしての良さがある。

 ただし、似合うシチュエーションは都会の夜。
 昼間の田舎の牧場や、魚を干している海岸線では
 全く聴く気にならないだろう。

■キャット・パワー/Jukebox
 cat power/jukebox
 アメリカの女性シンガー、キャット・パワーの8作目。

 今年の初めまで、キャット・パワーのことは全く知らなかった。
 たまたま聴いていたラジオで、彼女の曲が流れて知った。
 3月から、このアルバムを買おうかやめようか、
 ずっと気になっており、9月にやっと購入した。

 収録されている曲は、ほとんどがカバー曲である。
 ジェームス・ブラウン、ボブ・ディラン、ジャニス・ジョプリン
 などの曲をカバーしているが、いい意味でオリジナルを忘れさせるほど、
 キャット・パワーの個性が表現できている。
 単なるカバー・アルバムだと思って聴くと火傷する。
 特に、フランク・シナトラの「ニューヨーク」という曲は圧巻。

 サウンドは、ジャズっぽくも、フォーキーでも、ブルージーでもあり、
 いずれも、ゆったりと聴けるような渋さと柔らかさを内包している。
 また、ライブ録りかと思えるような音の生々しさと臨場感があるのも
 非常にいい雰囲気を醸し出している。
 全体としては、けだるくも落ち着いた雰囲気であり、
 バーで流れていたら最高だろう。
 ただその反面、明るい時間帯には聴く気にはならないほど
 アンニュイさが強い。


 なお彼女は、「キャット・パワー」という芸名とは裏腹に、
 猫は苦手で、愛犬家らしい。

■mutlu
/Livin'It
 mutlu/livin'it
 タワー・レコードで、どういうわけかイチ押ししていたアルバム。

 店内で試聴して、衝動バイした。
 知名度は低いようで、日本では輸入盤のリリースしかない。
 そのため、「mutlu」というアーチスト名が英語表記のみで、

 カタカナ表記がないので読めない。

 サウンドは、どう説明したらいいだろう。
 ソウルフルなアコースティック・サウンドとでも言おうか。
 ジェームス・ブラントを男っぽく渋くした感じでもあり、
 ジャック・ジョンソンをブルージーにした感じでもある。
 そして、この「mutlu」という人は、

 歌もアコースティック・ギターも大変上手である。

 いい意味でキャッチーではなく、それでいて肌触りは良く、
 柔らかい日差しの中の心地よい風のようなサウンドである。
 ゆえに、ドライブにはぴったりだろう。
 特に海が見える景色には非常にマッチすると思う。

 衝動バイとしては、成功したといえる。
 もし、ラジオ番組を担当していたら、
 まちがいなく、このアルバムから曲を流すだろう。
 ただ、「mutlu」というアーチスト名が読めないので、

 読めるようになってからでなければ流せない。
 
 いずれにしても、力を抜いて、ゆったりと聴ける好作品である。
 「いつものおかずにもう一品」的な、さりげない特別感もある。

以上、今回は5作品を紹介した。
季節の変わり目、皆様におかれましては、
風邪などひかれぬよう、ご自愛を。


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テーマ:洋楽CDレビュー - ジャンル:音楽


ここへ来て、飲み行為回数が激増している。
盆と正月がいっぺんに来た、ならぬ、
忘年会と送別会がいっぺんに来たかのようである。
この10日間くらい、常に胃腸がごろごろしている感覚がある。
銀行のATMからお金をおろし、
それが、その日のうちに飲食店に支払われるのも何か悲しい。
金銭の財布滞在時間が短いのはどこか寂しい。

こんな日々は、今週で終わらせたい。
来週以降は当面、飲み行為は週1回にとどめたい。
「飲み会が多いため」を理由に断ることもあろうかと思う。
そんな不義理をお許し願いたい。
ただし、職場関係者以外なら週2回でも可とする。

7月の野宿騒動に対する自戒の念から、8月は外での飲み会を極力控え、
9月は、9月25日にライブを控えていたことから自粛。
ライブ後は、いつ衆議院が解散しても、すぐに対応できるようにと、
飲み行為欠席が相次いだ。

ところが、煮え切らぬ麻生総理に、こちらの緊張の糸が切れた。
約1か月の間、「目に見えない待機状態」の中にいるかのようだったが、
自主的にそれを解除。
その途端、偶然にも飲み会の話が次々舞い込んできた。

なんとなく麻生氏に振り回されたような気がしている。
というか、継続的な胃腸の違和感は、麻生氏のせいにしたい。
まあ、どう見ても悪役フェイスの総理なので、
そういうことにしていいだろう。

現在、株価暴落などで経済情勢は大変なことになっているが、
麻生総理にとっては追い風になっていると思う。
アメリカからの神風が吹いたといってもいい。
「経済がこんな状況の時に、そんなことやってる場合か!」で、
なんでも押し通せてしまえる恰好の口実ができたのだ。

「こんな時に選挙をしている場合か!」というのは、
もちろん理解できなくはない。
ただ、株価暴落に振り回されるだけの総理大臣では頼りなくないか。
また、株価暴落が一般国民に影響を及ぼすのには、
タイムラグがあるだろう。
つまり、一般国民の感じる本格的な経済危機は、
来年に入ってからということになる。
そうなると、いつまで経っても選挙はできないことになる。
一方アメリカは、株価大暴落の中、選挙の真っ只中である。

また、短期間で効果的な経済対策を打ち出せるとも思えないし、
与党がなんらかの対策を打ち出しても、
衆参のねじれ国会の中で、何も決まっていかない可能性が高い。
だからこそ、こんな状況だからこそ選挙をやるべき
というのもひとつの考えだと思うが…。

仮に衆議選を実施し、与党(自民・公明)が過半数の議席を獲得すれば、
麻生総理は信任を得られたとみなしてもいいだろう。
それを受け野党側も、みだりに国会のねじれ現象を利用できなくなる。
野党側が過半数の議席を獲得したら、
野党が与党になって、政権を担当すればいい。
このように、このタイミングで、一度決着をつけた方が、
腰を据えて本格的な経済対策を打てそうな気がする。

しかし、そんなことは、たいした問題ではない。
ほっとしているのも束の間、次から次に、
身の回りで、大なり小なり様々な問題がふりかかってくる。
皆さんも、家族のこと、仕事のこと、健康のこと、
資金繰りのこと、将来のことなど、
なんらかんらと抱えている問題があるはずだ。

そう考えると、飲み行為が多いと嘆くなど、
非常にちっぽけなことである。
というか、ある意味、感謝すべきことでもあるのだ。
この嘆きは、私の器の小ささを、
不必要にさらけ出しているようなものだ。
抱えている問題は、
飲み行為中の誰かとの何気ない会話によって

緩和されたり、紛れることだったある。

また、飲み行為自粛宣言をしてもしなくても、

誘いがない時は全く誘いがない。
飲み行為自粛宣言をしていながら、
「誰か、こんなオレと飲みに行ってくれないか」と
心がうずく帰り道も間違いなくあるはずだ。
そのうち、義理で誘われ、
義務で出席するだけになっていくのかもしれない。
それは寂しいことだ。
しかし、義理と義務が、職場のコミュニケーションを
支えていることも否定できない。

私は何を言いたいんだ?
結局は自然のままでいいのだ。
ふりかかる問題の対処方法を考えれば考えるほど、
自然に任せることの重要さを感じてくる。
自分に起こった問題の原因を思い返しても、
あの時、余計な欲を出したがために、とか、
あの時、余計なことをやったがために、ということがある。
しかし一方、その一歩を踏み出せなかったことで、
扉を開けられなかった後悔もある。
自然に生きるだけでは成し遂げられない難しさの中で、みんなもがき、
自然に生きられぬはがゆさの中で、みんなもがいてる。
どうしたらいいのだろう?
また飲んでしまいそうだ。


テーマ:ひとりごとのようなもの - ジャンル:日記


登山に夢中である。
9月の半ば以降、ほぼ毎週、どこかの山へ行っている。
登山を始めたきっかけは、
9月13日に行われた大西コータ氏の結婚式において、
同じテーブルにいた山田コージ氏から、
「登山をはじめアウトドア全般にはまっている」という話を
聞いたことである。

フェイスにはお洒落ヒゲをたくわえ、装いはスタイリッシュ。
締まったボディに、背筋も足もきちんと伸びた歩き方。
そして雰囲気はクール。
そんな山田コージ氏が
見た目は、ITのベンチャー企業の成功者か、
空間プロデューサーのような山田コージ氏が、
なにゆえ登山に目覚めたのか。

それを彼に聞いても、
「どうしてでしょうね…」、「自然っていいですよ」など、
抽象的な言葉ばかりが返ってきた。
しかし、それが逆に、私の好奇心に火をつけた。
何が山田コージの心を動かしたのか。
その答えは、私自らが山に登ることによって見つければいいと
思ったのだ。
と同時に私自身、登山向きの体力と性格を兼ね備えているのではないか、
そして、知らなかった自分に出会えるのではないかと
わけもなく自信と期待があったのだ。

まずはお手軽な山に行ってみようと考え、
9月15日に札幌の三角山へ。
この様子は、同日付けの記事に掲載している。
その際に痛感したことがある。
リュックが必要だということだ。

そこで、次なる山を目指す前に、リュックを入手することにした。
ただ、リュックは、現在の私の生活スタイルにおいて、
全く必要のないものだった。
公用でも私用でも、オンの時もオフの時も、
リュックを道具として、あるいはファッションとして使うことなど
全くなかった。
正直、ダサいと思っていた。

ところが、である。
いざリュックを買おうと店に行くと、
様々なデザインや機能のリュックがあった。
また、数多くのアウトドア・ブランドがあることを知った。
こうなると、選ぶのが楽しくなってきた。

リュック1つを買うために、4日かけて6店ほど行った。
そのなかでも私のハートをつかんだのが、
登山家の聖地ともいえる「秀岳荘」(札幌市北区北12西3)であった。
秀岳荘には、4日の間に3度も足を運んだ。
とにかく品揃えの豊富さにワクワクした。
どの商品も少し値引きされていることもポイントだった。
また、店員がいい意味で放っておいてくれるので居心地が良かった。

リュック@カリマー 

そして購入したのが、karrimor(カリマー)というブランドの
パープル色の25ℓリュックだった。
パープルは、つや消し黄緑と並んで、
2008年の私にとってのキテる色である。
この深みのある鮮やかなパープルに私は魅せられた。
また、柔らかくもハードな質感や、
形がすっきりしていて、下ぶくれ状態にはならないこと、
さらには、karrimor(カリマー)というブランドが、
なんとなく格好良く思えたのだ。

リュックを購入したことにより、
私の「山へ行きたい度」は急上昇した。
道具が魅力的だと、それを使いたい気持ちが高まる。
リュックを購入した日の夜、部屋の中で、
Tシャツを着て、ウインドブレーカーのズボンを履き、
ちょっと厚手のソックスを履いて、リュックを背負い、
完全登山スタイルで過ごした。
リュックがぺったんこだと格好良くないので、
バスタオルを2枚入れた。
ソファに座ると、リュックのせいで座りが浅くなった。
でも、でも、でも、でも、そんなの関係なかった。

このリュックを背負って山を登る自分に憧れた。
そう、山登りのきっかけは山田コージ氏だったが、
山登りを楽しくさせたのは、リュックなのである。
リュックが山を呼び寄せたのである。

八剣山@クグエ  

それからというもの私は、

週末に時間を見つけては山へ行き始めた。
ただ、なにせ素人である。
山の極意を知らない男である。
そのため、片道1時間以内で登れる山ばかりを選んでトライした。

三角山登山から現在までの1か月半の間に、
藻岩山(札幌市)、八剣山(札幌市南区)、
銭函天狗山(小樽市銭函)、尻別岳(留寿都村)、
ワイスホルン(倶知安町)、手稲山(札幌市)に登った。

午前中に登山をして、午後からバンドの練習をした日もあれば、
登山 → 朝里駅取材(10/1の記事参照) →
五香で食事(10/17の記事参照) →

一旦家に帰ってシャワーを浴びる →
街にコンタクトレンズを買いに行く、などハードに過ごした日もあった。

↓八剣山。崖っぷちの細い道を登り、頂上も狭く、最も怖かった山。もう行く気がしない。
080920八剣山 

山は良い。

仕事中にイライラしている時や、
職場の昼休みのどんよりした雰囲気の中にいる時、
喫煙所で、ふと空を見上げると雲ひとつなかった時、
気づくと、「ああ、山に行きてえな~」と思っている自分がいる。

山という自然の中で、ただただ登ることだけに集中していると、
心が鎮まっていくのを感じる。
余計な感情が洗い流されていく。
草木に囲まれて少し湿った空気が、渇いた心を潤していく。

おそらく私は、頂上に達することより、
登っている行程において、
無心になっていくのが気持ちいいのだ。
もちろん、高山植物や眺めのいい景色にも癒され、
私の登山熱が高まった時期が紅葉シーズンだったこともあり、
赤と黄色の芸術に酔いしれ、枯葉にさえ愛おしさを感じた。

もしも今、履歴書を書くとしたら、「趣味」欄には、
「音楽活動」、「読書」、「女性の下着からはみ出た肉」と並んで、
「登山」と書いてしまいそうである。

↓銭函天狗山。標高536.7mながら、適度にハードで眺めも良く、小粒ながらピリッした名山。
080928銭函天狗山 

リュックを手に入れ、山の魅力に取り憑かれてくると、

さらに登山用品が欲しくなってきた。
特に必要性を感じたのは「靴」だった。
いわゆる「トレッキング・シューズ」である。

それまでは、もう捨ててもいいであろう
痛みの激しいスニーカーを履いて挑んだが、
急な土の道ではすべり、岩場ではどこか頼りなかったため、
「次は靴だ!」との思いが日増しに高まっていった。

約10日の間に、4回くらい秀岳荘に行ったのではないだろうか。
北12条の本店では飽きたらず、白石店にも足を運んだ。
そして、秀岳荘は、なぜか店によって扱っている商品が
異なっていることがわかった。
結局、10月半ばに白石店でトレッキング・シューズを購入した。

このほかにも、これまでなんとも思わなかった
アウトドア・ブランドのウエアやアウトドア・グッズが、
とても魅力的に見えてきて、
それを着て、それを使っている自分に憧れ始めている。
特に、
MILLET(ミレー)、MARMOT(マーモット)
というブランドの誘惑度は高く、
これまで全く興味がなかったダウンジャケットというものを
手に入れたい気持ちになってきている。
それと、どういうわけか長靴が欲しくなっている。

↓尻別岳の頂上付近からの羊蹄山。登っている間、常に眼下の景色が楽しめる名山。
081005尻別岳から羊蹄山 

私は山の神髄を知らない。

正当派の山好きから見れば、あまっちょろいだろう。
でも、自分なりの楽しみ方はわかっている。
健康のためでもなければ、強い心を育てるためなんかではない。
そう、何かのために山に行くのではないのだ。
山に行くこと自体が目的なのだ。

私は、雨が少しでも降りそうな日は登らないし、
雪が降ったら完全にシーズン・オフにする。
そのため、今シーズンは、もうあまり登ることはできないだろう。
しかし、この年齢になって、
これまで予想だにしなかった趣味に巡り会えて有り難い。
まさに、歳をとることは発見であり、
人生は自然に帰る旅なのかもしれない。
そして、この山の向こうには、また新たな出会いが待っているのだ。

そういうわけで、今回は、山の話を延々とさせていただいた。
とはいえ、山そのもの以外の話が多かったことから、
山は山でも「よもやま話」ということで、ご勘弁願いたい。


テーマ:登山 - ジャンル:スポーツ


 10月21日、22日と仕事で新篠津村へ行った。
新篠津村は、札幌市中心部から約35kmの位置にある、
人口約3,700人の農業のマチである。

この2日間は、秋らしい青空が広がり、
そんなに遠くない日に初雪が降ることなど想像できないほどの
ぽかぽか陽気だった。
新篠津村へ向かう農道沿いには、
背丈がかなり低いヒマワリがたくさん咲いていたことも、
季節感を失わせる不思議さがあった。

081022新篠津村ひまわり 

私に同行したのは、山下MSTとM美(エムミ・25歳・女)。
我々3人は、とある事務所の会議室にこもって、
書類を見ては、関係者の話を聞いて、2日間を過ごした。

このような状況の中、楽しみはなんといっても昼食だった。
21日は、「七福」という店で「そば」を食べた。
全道のそば好きの間では、有名な店だろう。
人気ナンバー1という「鴨南蛮」を注文した。

七福/そば 

店主は、役場職員を退職して、札幌市南区の「正直庵」で修行。
その後平成16年3月にオープンした店である。
やや細めの繊細な麺は品があり、
つゆはクセのない薄味で、これまた品がある。
きちんと作ってます的な真面目さを感じるそばだった。

M美(エムミ・25歳・女)は、そばを食べ終わると、
「なんか楽しみ終わっちゃいましたね」と発言。
そう、M美も昼食が楽しみだったのだ。
続いて、「なんか、まだ食べられそうな気がしますね」と発言。
確かに、量としては、やや少なめだったかもしれない。
とはいえ、非常にスリムなM美の食欲に驚いた。

そして今日22日は、「食事処いくや」という店へ行った。
ここは、「もつ鍋」が看板メニューであり、
新篠津村村民が、まず第一に薦める割合が
最も高いと言われている店である(二位は七福のそばらしい)。
ここに行くことは、昨日の段階で決めていた。
我々は3人とも、「もつ鍋+ライス」を注文した。

いくや/もつ鍋  

濃厚みそスープのもつ鍋だった。
甘みがあるとか、やさしい味、というものではなく、
麹(こうじ)が強いというか、日本酒の風味さえするような
大人味の濃厚さだった。

具は、もつのほか、豆腐、白菜、水菜であった。
クセのない「もつ」で、とても食べやすかった。
ただ、濃厚みそスープのパワーがすごかった。
白菜から水分が出ても濃く、
ライスを入れて、おじや風にしても濃かった。

山下MSTは、もつを食べたら「うっひょー」、
おじや風ライスを食べたら「わっふぅー」と奇声を発していた。
最後の方は、「どぅわっはー」と、
全くわけのわからない奇声になっていた。

確かに、奇声を発したくなるパワーのある「もつ鍋」だった。
「新篠津村民が一番に薦める店」と言われているのが
うなずける味だった。
人口約3,700人の村にある店ながら、
店内は、ほぼ満席で、30人くらいがいたのではないか。

我々3人は満腹になった。
普通ならばここで、今日の仕事場である会議室へ戻り、
残された昼休みを静かに過ごすところである。
しかし、我々は次なる店へ向かった。
それが、「ぱん家」という名のパン屋だった。

ぱん家@新篠津 

ここへ行くことは、もつ鍋同様、昨日の段階から決めていた。
ただ、一度の昼食で、もつ鍋もパンも食べるのは厳しい。
そこで、小腹のすいた夕方になるであろう、
新篠津帰りの車内ででも食べようかと考えたのである。

「ぱん家」の営業時間は16時まで。
この時刻までに新篠津を出発できないかもしれない。
また、閉店時刻に間に合ったとしても、
品揃えが少なくなっている可能性が高い。
そこで、買い出しだけでも先にしておくことにした。

「ぱん家」に行くことにしたのは、
新篠津村唯一の手づくりパン屋で、村民にも人気があることのほか、
M美が無類のパン好きであるためであった。

M美は、ごはんよりもパンを食べることの方が多く、
夕食がパンというのも珍しくないという。
M美は、身長166cmで、かなりスリム。
仕事をしっかりやるだけではなく、
ジョークのわかる庶民的ガールである。
この日、店の前で写真撮影をしたが、
彼女はどういうわけか、ガッツポーズをして、
空に向けて作り笑顔をして写っていた。

ホットドッグ型の形をしたパンで、
間にクリームがサンドされているとしよう。
そうしたパンの場合、両端にクリームが入っていないことがある。
そういう時、M美は、とりあえず片側から食べ始め、
クリームの量が多くなった段階で、
反対側のクリームの少ないところにスイッチするという。
そして、最後のひと口を、クリームたっぷりにするという。

素晴らしい。
私も実践したい食べ方たが、
人前では、なんとなく変なプライドが邪魔をしてできない。
ところが、M美はパンを美味しく食べることに実直なのだ。

また、例えば丸い形のカレーパンやアンパンなどの場合、
具であるカレーやあんが、
どこかの方向に集中していることが多い。
仮に、ひと口目で、具が全くないパン生地だけの部分だった場合、
M美は、即座に別の位置の、
噛むとすぐに具にあたる部分を噛むという。
そうやって常に口の中で、
具と生地のバランスが程よくなるようにするという。

BE-POPである。
うらやましい。
私も実践したい食べ方たが、
食べているのとは別の位置に、噛んだ跡ができるのが、
40歳を過ぎた中年としては下品かと思ってできない。
しかし、M美がやると、キュートになるのである。

また、M美は、土・日の昼にパンを買った帰り道、
家まで我慢ができず、途中の公園のベンチに座って、
食べてしまうこともあるらしい。
仕事帰りに、夕食用に買ったパンも、
日の長い季節であれば、公園のベンチで食べることもあるという。

まさに、パン・ガールである。
私は、これほどのパン・ガールを知らない。
彼女は現在婚約中である。
来年の前半に入籍する。
その後、ご主人との夕食が「パン」になることもあるのだろうか。

そんな「パン・ガール☆M美」は、
新篠津村の「ぱん家」で、3つのパンを買った。
夕方のおやつ用と、明日の朝食用だと彼女は言った。

我々3人は、パンを買った後、仕事場へ向かった。
私と山下MSTは、会議室へ戻る前に喫煙所へ行き、
M美だけ先に、会議室へ向かった。

煙草を吸い終えた私が会議室に戻ると、
M美は、入口に背を向けて、窓から外を見ていた。
両手は、胸の上の位置で組まれていた。
もの思いにふけっているのかと思い、
M美をそっとしておき、自分の席に座った。

すると、M美の場所から、ガサガサと音がする。
なんだろう?と思って、M美を横から見てみると、
さっき買ったばかりのパンを食べていた。
夕方のおやつだとか、明日の朝食だとか、
5、6分前に言っていたにもかかわらずだ。
両手を胸の上で組んでいたのではなく、
両手でパンを持っていたのだった。

どうしても、すぐに食べてみたくなったという。
あからさまに食べると恥ずかしいので、
背を向けていたという。
いじらしいじゃないか。
婚約中の彼は幸せものだぜ。
でも、夕食でパンを食べる家庭をつくるのか?
それでもいいぜ。
いつまでも、ちょっと笑わせてくれるガールで
いてほしいぜオーライ!


テーマ:北海道のグルメ - ジャンル:グルメ


今日10月19日は留萌へ行ってきた。
目的は、留萌の地域FMである「エフエムもえる」に出演するため。
エフエムもえるは、開局4周年を迎え、
8時間にわたって特別番組をすることになり、
8時間のうちの1時間を、私が担当することになったのだ。

私は、エフエムもえるにおいて、
2005年4月から2年2か月にわたり、
毎週火曜日の夜、「ゴキゲンRADIO」という1時間番組を
担当していたこともあり、今回、声がかかったわけである。

FMもえる081019 

しかし、1年半もの間、ラジオから離れていただけに不安があった。
まず、放送機材の操作ができるのかが懸案だった。
エフエムもえるは、出演者がミキサーを兼ねる。
曲を用意するのも、曲を流したり、ボリュームを調整するのも
出演者自身である。
ガラスの向こうにミキサーがいて、
「キュー」を出したりするようなものではない。
全てセルフサービスである。

私は当時、一人で番組をやっていたので、
曲の途中で次の曲を準備し、ミキサーをいじりながら喋っていた。
しかし、1年半が経過し、
操作方法は忘れているだろうと思った。
そこで、スタジオに来ていた他の番組の出演者の方に
番組の最初の方だけ手伝っていただくことをお願いした。
「最初の方だけ」としたのは、
15分も経てば思い出すと思ったからだ。

しかし、全く思い出さなかった。
というか、喋ったり、届いたメールなどを見ているうちに、
操作を改めて教えてもらう余裕などなくなった。
放送開始15分にして、
「やっぱり最後までミキサーやってください」と切望。
結局、2人の方を1時間付き合わせてしまった。

もうひとつ大きな不安があった。
それは、特番に私が出演することについて
周知されているかであった。
今回のエフエムもえる出演について、
事前に連絡が来た留萌関係者は3人。
その3人がいずれも、このブログで出演を知ったとのことだった。

そのため、このブログを見ていなければ、
私が出演することはわからない。
となると、いったい何人の方が聴いてくれるのかと不安だった。
メールやファックス(以下「メッセージ」という)が
1通もこないことも覚悟して臨んだ。
ただ、聴いている人が100人であろうと、20人であろうと、
やることは変わらない。
なので、せっかく巡ってきた機会なので、
謙虚な姿勢で、かつ楽しんでやることだけ考えた。

081019FMもえるにて 

番組の最初の方はぎこちなかったように思う。
自己紹介と、留萌を離れてからの約1年半、
現在札幌でどんな活動をしているのかを話した。
バンド活動を再開したこと、ブログを始めたことをはじめ、
女子ブロゴルフ観戦に夢中になったことなどを話した。
女子ブロゴルフの話で、「あのドライバーショットの時の
ねじれボディがたまらない」と話したあたりから、
私の中のスイッチが入ったように思う。
そして、自ら持参したCDを流し、メッセージが届き始め、
ハートが熱くなり、ついでに血圧も上昇し始めたのを感じた。

準備してきた曲は10曲。
頭が回転せず、何も喋れることが浮かばなくなった事態を考慮して、
沢山持って行った。
参考までに、放送した曲は、次のとおり。
オープニング エリック・クラプトン/HOW LONG BLUES
1曲目 オアシス/BAG IT UP
2曲目 プライマル・スクリーム/CAN'T GO BACK
3曲目 怒髪天/ロクデナシ
4曲目 ケーティ・タンストール/OTHER SIDE OF THE WORLD
5曲目 ジャック・ジョンソン/UPSIDE DOWN
エンディング ボブ・マーリー/NO WOMAN NO CRY

10曲準備していったが、
思いのほか、メッセージをいただいたので
オンエアは5曲だった。
なお、怒髪天の曲はリクエストをいただいてのオンエアだった。

そう、放送前の不安を全て吹き飛ばしたのが、
皆様からのメッセージだった。
私は、いただいたメッセージを徹底的にいじる。
書かれていることをネタに、妙に枝葉をつける。
場合によっては、書かれていないことまで読む。

例えば、ラジオネーム「ころん太」さんからのメッセージ。
「クグエさんが留萌を出てから結婚しました。
今、嫁いだ先の台所で聴いてます。主人も聴いています」
と書かれていた。
私は、そのあとに、
「結婚してわかりましたが、嫁姑の付き合いは
ほんとに大変ですね。でも、主人は最高です。もちろん夜も」と、
勝手に付け足して読む、といった具合である。
(もちろん、「あ~、これは書いてないか」と訂正する)

まさに、皆様からのメッセージで作られた1時間だった。
メッセージに支えられ、助けられ、そして楽しませていただいた。
ほんとに嬉しく、感謝の気持ちは尽きない。
また、放送前後も、スタジオに来ていた様々な方に声をかけられ、
ありがたいと思った。
FMもえるから駅前 

今回、久しぶりに留萌に行き、
車があまり走っていないことや、人通りが少ないことに、
なんとなくほっとした、というか妙に落ち着く感じがした。
生まれ故郷に帰るよりも里帰りをしたような気持ちになる
不思議な土地である。

もっと留萌の街をぶらついたり、よく行った店に顔を出したり、
知っている人に会ったりして、2、3日滞在したいと思った。
しかし、留萌には帰る家がない。
そう考えたら、非常に寂しい気持ちになった。

寂しいことを望まない方は多いだろう。
「寂しさ」というものは、悲しみ、孤独、不安、喪失、虚無感など、
マイナス要素の成分でつくられていると考えるのが一般的である。
しかし私は、寂しいことが、
なぜかちょっとだけ気持ちいいと感じることがある。
うまく言えないが、留萌を離れる時に、
「別に寂しくないな」と感じるより、
「なんか寂しいな」と感じるほうがいいように思えた。

夕日が沈んで辺りは暗くなり、風の音しか聞こえなくなって、
「もう札幌に帰るしかないな」と思ったときの寂しさは、
ちょっとだけ気持ちいい部分があった。
それは、「会いたいけど会えなかった」、
「行きたいけど行けなかった」という、
ある種、成し遂げていない希望があるから、
気持ち良さを感じたのではないか。

つまりそれは、「寂しさ」の成分の中には、
「希望」もあるということではないか。
それとも、寂しいことさえ気持ち良くなるという、
単に私のマゾ的資質によるものだろうか。
そんな理屈っぽいことを考えながら、留萌を後にした。
まあ結局は、留萌が私にとって好きな土地だから、
寂しく感じただけなのかもしれない。

改めまして、エフエムもえる開局4周年おめでとうございます。
今後も5年、10年と長く続いていくこと、
住民あっての放送局であることを、ご祈念しております。
それから、この機会を作ってくださったスタッフの方々、
そして、放送を聴いてくださった皆様、
ほんとうにありがとうございました。
またいつか、おじゃまさせていただければと思います。
ありがとう、いい薬です。



小樽市花園の古い建物の2階に、その店はひっそりとある。
2階に昇る階段の壁は、長年の油が染みつき、
触れることなどできない。
しかし、店に入ると、根強いファン達で席は埋まり、
いつも湯気か煙かでもうもうとしている。

それが今回ご紹介する中華料理店、「五香」である。

五香/店 

「五香」は、「ウーシャン」と読む。

私が五香と出会ったのは、約20年前。
当時活動していた自らのバンド、「ローゼンフェルン」の
ギタリストであった山中氏のオススメの店だった。
その日以来、今日に至るまで、
私にとっての中華料理店ナンバーワンの座は、ずっと「五香」である。
一般的な知名度は高くないだろう。
しかし、強烈な大ファンが非常に多い店である。

とにかく餃子(7個・520円)が美味い。
というか、「美味い」という言葉では足りなすぎる。
自分を見失うほど美味しい。

その衝撃、そのパワー、その素朴さに圧倒され、感動する。
初めて食べたときは、まさに私にとっての餃子革命だった。

まず、皮がかなり分厚く、モチモチである。
この皮を味わうだけでも価値がある。
具は肉中心で、ぎっしりと詰まっている。
一口食べると、食べ応えのある皮の中で、
肉汁洪水警報が発令されるがごとく、口の中に旨みが広がる。

五香/餃子 

そして忘れてはならないのが、タレである。

タレは黄土色をしている。
おそらく、「中国醤油+からし+酢」をベースに
作られているタレだろう。
他の餃子のタレには決してない独特の味がする。
これが、餃子の味をまんべんなく引き立てる。

また、この餃子は非常に大きい。
そして、皮は分厚く、中身は肉でぎっしり。
そのため、割り箸でこの餃子をつまむと重い。
割り箸が折れるんじゃないかと思うほどである。

約20年前に、この餃子と出会って以来、
これを超える餃子に出会っていない。
これに近づけた餃子すらない。
まさに、奇跡の餃子である。

餃子は家庭でも作ることができる。
私は、ある女性に、五香の餃子を再現してくれないかと懇願し、
皮を思い切り分厚くし、そして肉を思い切り詰め込んで、
作ってもらったことがある。
それが、これまでで2番目に美味しかった餃子である。

その時も、割り箸が折れるのではないかと思ったほど
餃子は重たかった。
しかし、愛は軽かったのだろうか。
それからしばらくして、女はつれなくなった。
まさに割り箸のごとく、一度離れたら元には戻れない。

五香には、この20年の間ずっと、年に一度は行っていると思う。
留萌に住んでいた3年間でさえ、年に一度は行った。
その意味においても、この餃子は、完全に私のソウルフードであり、
この店は、ふるさと的側面も持ち合わせている。

五香/野菜炒め 

餃子以外の料理も素晴らしい。

なかでもオススメは、「野菜炒め」である。
どうしようもないくらい美味しい。

五香の野菜炒めは、あんかけになっている。
この「あん」が、非常に独特の味がする。
言葉で伝えられないのが口惜しいが、
何を入れたらこういう味になるのかわからない味なのだ。
それほどに個性的で、しかもクセになる味である。
そして、これをライスにかけて食べると最高である。
魔法にかかったように、食べるのをやめられなくなる。

五香/溜豆腐 

もう一品、どうしてもオススメしたいのが、「溜豆腐」

「溜豆腐」は、「りゅうどうふ」と読む。
簡単に言うと、豆腐と豚肉のあんかけである。
この「あん」も美味しい。
濃厚塩味スープがベースとなっている「あん」で、
濃厚でありながら、あっさりとしており、
それでいて深みがあるのだ。
普通っぽい味に
思えて、実は何かが決定的に違うような
神かがり的な塩味あんかけである。

この味は、人妻ウケがいいと思う。

五香の料理は、総じて量が多い。
仮に男女2人で、来店したとする。
その場合は、「餃子+野菜炒め+ライス」(全て1人前)でいいくらいだ。
ただ2人だと、もう少し餃子を欲するはずである。

しかし、餃子を2人前にすると、食べきれない可能性が高まる。
その場合は、メニューには載ってないが、「半餃子」と言えば、
通常7個のところを3個にしてくれる。
これは覚えておきたいポイントである。
また、余ったら、持ち帰りもできる。
そのため、餃子は強気に注文してもいいかもしれない。

ちなみに、ライスも、メニューには載ってないが、
「半ライス」と言えば、半額で半分の量にしてくれる。
ぜひ初めての来店の際は、餃子と野菜炒めは必ずオーダーしていただきたい。
そして2回目の来店の際は、「溜豆腐+餃子+ライス」にすべきである。

ただ、注意しなければならない点もある。
①料理を作っているのが、おじさん一人なので、
 混んでいるとかなり待たされる。
 土・日の場合、午後2時くらいまでは確実に混んでいるので、
 店内滞在1時間は覚悟する気持ちで行くこと。

②この店独特の匂いが衣服や髪の毛につく。
 持ち帰りをした場合も、車内に匂いが充満する。
 それくらい強烈な匂いのする料理である。だから美味しいのかも。

③駐車場がない。
 店は小樽の繁華街にあるため、その辺りの状況を知らない方は、
 路上駐車ポイントを全然見つけられないと思われる。
 ただ、近くの駐車場に入れてでも食べたい味である。
 なお、私に聞いていただければ、路上駐車ポイントをお話できる。

④店を閉める時刻が不明。
 基本は午後5時閉店だと思われるが、4時で閉まっていることもある。

⑤チャーハンとラーメンは、それほどでもない。
 餃子や野菜炒めなどが、
 個性出まくりのワン・アンド・オンリーな味である反面、
 チャーハンは首をかしげたくなるほど普通。
 また、数人分を一度に作るため、パラパラしていない。
 ラーメンは独特の味がするが、豚骨臭さが強烈で微妙。
 ただ、50歳以上の常連客がラーメンを注文しているのをよく見かける。
 どうしても麺を欲するならば、あんかけ焼きそばにすべき。
 このあんかけ焼きそばも、ほかの中華料理店では味わえない
 独特の渋みと深みがある。

五香/ヤキソバ 


以上、五香について、熱く語らせていただいたが、
この店に行くときは、
家族であったり、わかり会えるような友人であったり、
そういう大事な人と行くのがいい。
なんというか、大事じゃない人と行くのがもったいない店なのだ。

決してわかりやすくはない場所にある古い佇まいの店。
匂いが衣服につき、結構待たされる。
しかし、それらの困難を忘れさせる味。
そして、非常に大事なことが、もうひとつある。

この店は、60代であろうおじさんとおばさんの夫婦2人で
切り盛りしている。
店は混んでいるため、いつも2人は忙しそうである。
しかし、料金を支払う時のおばさんの
「お待たせしてすいませんでしたね」の言葉、
帰る時のおじさんの「ありがとうございました」の言葉。
特に、おじさんは、入口に背を向ける位置で料理を作り続けながらも、
「ありがとうございました」と言う時は、
必ず振り返り、帰る人の方を見て、大きな声で言っている。
その姿に、料理の美味しさと同じくらいの大きな感動をおぼえる。
皆様もぜひお試しください。


テーマ:中華料理 - ジャンル:グルメ


女性達は「痩せたい」と言う。
痩せてほしくないのに、「痩せたい」と言う。
ちょっとぽっちゃりがいいのに、「痩せたい」と言う。

おそらく、20歳以上の男性の70%くらいは、
痩せている女性より、
ちょっとぽっちゃりの女性の方がいいと思っているはずである。
となると、女性が痩せたい理由は、
男性目線からではなく、女性目線から生じるものなのだろうか。

だがしかし、女性の贅肉(ぜいにく)ほど愛おしいものが、
この世の中にあるだろうか。
女性の贅肉の代わりをできるものが、
この世の中にあるだろうか。
そこで今回は、偏見に満ちた完全クグエ目線で、
女性の贅肉について語りたい。

女性の贅肉の「ぜい」は、私にとっては、贅沢の「ぜい」である。
ただ「贅肉」と言っても、ピンとこない方もおられるだろう。
そこで、もっと具体的に言おう。
贅肉の中でもトップクラスなのは、
下着に締め付けられてはみ出る余剰の肉である。
あれは、たまらないものがある。
あれこそ、女性の本質だと言い切りたい。
そして、クグエ'sドリームだと言ってもいい。
つまり、私は心のどこかで、
その下着をはずしてほしくないと思っているのだ。

望まないのに、はみ出てしまうのがいい。
意に反して、はみ出るからそそられる。
私は変態か?
いや、変態というよりは、はみ出し者だ。

「もう~、肉がはみ出て~」とおっしゃる女性達よ。
それが、それこそが、私の求めているものである。
そして、私以外の多くの男性達も、
それを求めているのではないか。
ピンチなんかじゃない。
まさにチャンスである。
余剰の肉はアウトレット商品なんかじゃない。
値引きなどさせやしない。
その余る肉こそ武器である。
その余る肉こそ芸術である。
下着と余る肉が生んだ奇跡である。

また、下着に締め付けられてはみ出る肉を楽しめるだけでなく、
Tシャツなどの上から、はみ出し具合がわかるのも素晴らしく、
下着をとった場合、その下着に締め付けられた跡がたまらない、
って、オレはバカか!

余る肉つながりで言うと、私は下っ腹も好物である。
女性達は、下っ腹が出ていることに落胆するが、
私にとっては、パラダイス。
まさに、「下っパラダイス」である。

これほど、余分な肉への需要があるにもかかわらず、
女性は太ることを拒む。
痩せていることに、どれほどの意味があるのだ。
痩せることより、余る肉の価値を認識すべきだ。
また、余る肉を捨てることより、楽しむ方がエコロジーでもある。

今一度、自分のはみ出した肉を見つめ直してみませんか。
そこに未来があります。
公共広告機構です。


テーマ:心のつぶやき - ジャンル:心と身体


今回は水崎杏美(ミズサキ・アミ)さんに関する話である。
このブログにおいて、6月3日の記事で
「北洋銀行ポスターガール」として初登場。
その後、写真撮影会を密かに見学に行ったり、
彼女が時々出演する番組「ワンサカ」における彼女のあり方などに
言及してきた。

また、彼女のブログのタイトルは「お仕事日記」にも関らず、
仕事の事前告知をほとんどしない、と苦言を呈したりもした。
ところが、最近の水崎ブログは、事前告知をするようになっている。
これはありがたいことである。
ただ、仕事にかけているなら、もっと必死に事前告知をするだろう。
結局は、仕事ではなくバイト感覚なのかもしれない。

また、水崎ブログを読んでいくと、
知っている人は知ってるから、わざわざ告知はしない、
というような雰囲気を感じるときもあった。
水崎コア・ファンはわかっているから、あるいは、
わかってほしい人はわかってるからそれでいい的な
壁を感じずにはいられなかった。

その一方、私は、生活がかかっているわけでもないのに、
あれだけライブの告知をし、
ライブに来ていただくことをお願いしている。
生活はかかっていない。
しかし、人生がかかっている。
少しでも多くの人に見てほしいし、ご意見を聞きたい。
そして反省したり、次はこうしたいと思ったりする。
そうやって、毎日が豊かになればいいと思っている。

10月8日深夜、水崎さんは「ワンサカ」に出演した。
水崎ブログにおいて、放送1週間前に出演をお知らせするという、
これまでにない著しい成長を見せた。
おそらく、私のブログの読者の何人かも、
この日の「ワンサカ」を見たものと思われる。

しかし、またしても水崎さんは疲れているように見えた。
相変わらずの不健康フェイスだった。
北洋ポスター時期より、明らかにやせている。
魅力があった頃よりやせるというのは、私にとっては致命的である。
ここ10日間あまりの日経平均株価並みの下落を招きかねない。

私の勝手な思い込みだが、
彼女は、番組の中における自分の役割というか、
ポジションみたいなものがわからず、行き詰っているのではないか。
なんとなく周りの出演者のノリに合わせて、
なんとなく可愛く映ればいい、
そういう気持ちしか見えないのだ。

個性は見えないし、知性も見えない。
志は全く感じないし、熱意も伝わってこない。
というか、「ワンサカ」という番組自体が、
個性も知性も見えないし、志も熱意も伝わらない。
そうしたスタッフ及び出演者の姿勢に、
水崎さんが染まっているのではないか。

番組内容は、回を重ねるごとに投げやりになっている。
どこかのつまらないバラエティ番組でやっていたような企画を
表面的にやるだけ。
深みがなく味気ない。
ほんとにそういう企画ばっかりで、見ていて辛くなる。
楽しさがワンサカではなく、空しさがワンサカなのである。

おそらく出演者も、「これでいいの?」と感じているはずだ。
いや、もしかしたら、「あの番組でやってたことを自分がしてる」という
喜びを感じている出演者がいるかもしれない。
正直、上海ドールの女性には、そういうところを感じずにはいられない。
そこそこ器用だが、まるでオリジナリティがない。
将来的には、「のりゆきのトークde北海道」のリポーター
になれる要素は持っている人だけに、
オリジナリティを追求してほしいと思う。

「ワンサカ」はまず、
「視聴者が共感できること」を番組の柱に考えてほしい。
「共感」までいかなくてもいい。
番組の中に、視聴者も入り込めるような内容なり、作りなりに
しなければいけない。
視聴者が一緒になって、
「どうなるんだろう?」、「どうして?」と感じることが重要なのだ。
そして、毎週放送される番組ならば、ストーリー性も重要である。

「水曜どうでしょう」があれだけウケたのは、
大泉氏やスタッフのキャラクターという個の力によるところも大きいが、
視聴者があの番組の中に一緒に入っていけたのが最大の要因だろう。
そして、ストーリー性あり、個性あり、知性あり、バカバカしさありで、
一度ついたファンは離れないような、引きのパワーがあった。
「ワンサカ」にはこれらが全てない。

私がこれだけ意見するのは、おこがましいとは思う。
ただ、北海道ローカルの深夜番組の中でも、
おそらく視聴者が少ない方だと思われる番組を
これだけ語るブログがあるだろうか。
正直、自分でもちょっと空しい。
今日の記事に対する拍手はゼロ覚悟で書いている。

要は、水崎さんに、現状は結構厳しいよ、と伝えたいのだ。
バイト感覚なら、それでいい。
水崎マニアなら、水崎さんが何をやってもオッケイオーライだろう。
しかし、私は違う。

私にとって水崎さんは、
以前、「ファンというより、趣味に近い」と表現したが、
もっと具体的にいえば、レジャーに近い。
春に桜を、夏に花火を、秋に紅葉を見に行くような感覚なのだ。
どうせ見るなら、天気のいい日に、満開の状態で見たい。
つまり、満開の水崎さんを見てみたいのだ。
北洋ポスターのレベルには戻れないのか。

周りの空気に合わせて、なんとなく楽しくやるよりも、
自分を知り、自分の個性を出すことを、まず考えてほしい。
自分というものは、いつまでもわからないが、
自分ってなんなのだろうと模索する姿は魅力的である。

ただ、水崎さんが、「今、番組で表現している自分が、
ほんとの私そのままです」と言われたら悲しす。
さらに、「なんとなく楽しければそれでいい」ということであれば、
それはそれで仕方がない。

明日12日は、百合が原公園で、水崎さんの写真撮影会がある。
果たして私は見学に行くのか、行かないのか。
1か月前なら、予定を変えてでも行っただろうが、
いまいちテンションがあがらない。

本日は、水崎さんとワンサカに、やや強い意見を述べてしまったが、
これは水崎さんに対するエールである。
どうでもいいのなら、一切触れない。
成長を期待して、こうして意見を述べているのだ。
ただし、皆様、反論は控えていただきたい。
なぜなら、私は意見するわりに、反論されると、意外にへこむからだ。
弱い男で申し訳ない。



本日は「名言」についてお話したい。

俳優の緒方拳氏が亡くなられた。
私は、彼について詳しく語れるほど、
作品を見ているわけでも、知っているわけでもないが、
非常に感動した言葉があった。

2、3年前だろうか。
たまたま流れていたテレビ番組で、
緒方拳氏が芝居について語っていた。
その中で、「演じることは、演じないことにつながっている」
と言っていた。
つまり、「演じること」の究極は、
「演じないこと」であるということなのだろう。

そこまで芝居を突き詰めること、
その役になりきること、
自然であること、
余計なことはしないこと、
そうした経験と努力とセンスに裏打ちされた緒方哲学を感じさせる
含蓄のある言葉であると胸をうたれ、今でも心に残っている。

ガンであることは一切公表せず、
9月30日にはイベントにも出演。
遺作となったドラマは、9月28日にクランクアップしたばかり。
ほんとに最期まで役者だったのだなと感動を覚える。

緒方氏と比べると、
思い返した時、「チョメチョメ」という言葉しか浮かばず、
今や往年のスターの面影どころか、
姿すら見ない山城新伍氏のあり方は辛いものがあることも、
必然性は全くないが触れておきたい。

続いて、ロック知人であるスミス西野氏の名言である。
彼は、CDや本などを買うことを、「買う」ではなく「バイ」と表現し、
私のカルチャー・シーンにも、少なからず影響を与えている。

そんな彼に、私は今日、弱音を吐いた。
「オアシスの新しいCDを買おうと店に行ったが、
 衝動的にジャズのCDをバイしてしまい、
 その勢いで、本屋では小説を3冊も買ってしまった。
 オアシス特定財源を使ってしまった。
 新譜は11月まで見送りだ、オー・ジーザス」

それに対して彼は、
「衝動バイやジャケバイをしないと、
 何のために生きているのかわからなくなりますから、
 オーライじゃないですか」。
まさに生きる勇気を与えてくれるような言葉だった。

確かに、2,500円のCDを衝動バイした時の
ちょっと罪悪感さえおぼえるドキドキ感、
退路を断ったような覚悟、欲しいものを手に入れた喜び。
衝動バイは、そうしたスリルと興奮にあふれ、
生きていることを実感する行為であり、
生きてる証ともいえる行為であることを、
スミス西野氏は気づかせてくれた。

2,500円の衝動バイにこそ、
豊かな人生を送るヒントがつまっている。
そして、スミス氏も私も、その程度の金額で心がざわつくような
ちっちゃい人生を送っていることが、カモナベイベーである。

最後は、職場の同僚、中村NBRの名言である。
私の所属する係は、ある行事のために、
会議室をいくつか予約していた。
その行事の日程が、麻生総理のせいで、なかなか決まらないため、
どの日になってもいいように、複数の日に会議室を予約していた。

ところが、麻生総理が煮え切らないため、
会議室の予約を取り消さなければならない日が生じてきた。
会議室の予約は、職場のパソコンで誰でもできる。
もちろん、予約の取り消しも、誰でもできる。

私は、中村NBRと山下MSTに予約の取り消しを指示。
すると、中村NBRは、山下MSTに対して、
自分が取り消すか、山下MSTが取り消すのかを
確認するためにこう言った。

「キャンする?」

その言葉の響きの良さ、シンプルかつスマートながら
意外性を兼ね備えたその表現に、私は吹き出した。
予約の取り消し=キャンセルすることを、
「キャンする」と表現したのだ。

中村NBRが「キャンする?」と聞くと、
山下MSTは、「どっちがする?」と返答。
つまり、山下MSTは、「キャンする?」の意味をすぐに理解したのだ。

山下MSTの「どっちがする?」の逆質問に対して、
中村NBRは、こう答えた。

「ユーキャン」

中村NBRは、思いがけず「キャンする」がウケたため、
即座に「キャン」の応用をして、ウケを深めたかったところで、
生涯学習のユーキャンを持ち出し、
同時に、「キャンセルはあなたがしてください」の意味を込めたのだ。

これがまた、意外にウケたため、気を良くした中村NBRは、
「自分がキャンセルする場合は、アイキャンですね」などと、
得意そうに言い出す始末。

さらに、「キャンする」は、飲み会を断る際にも使える
という話になった時、中村NBRは、
「その時は、ユーキャン・イット・ベッケンバウアーですね」と

自信たっぷりに言った。
「別件があって飲み会をキャンセルする」の意味だが、
「ユーキャン・イット・ベッケンバウアー」では、
文法的に全く意味がわからない。

別件があることについて、
ベッケンバウアーという往年の名サッカー選手を持ち出すのは、
33~48歳世代の男には通用するオヤジダジャレとしても、
文法上、ベッケンバウアーだけが浮いている。
そして、自分が断るのに、なぜユーキャンなのか。
また、「イット」を入れたことが全くもって不可解である。


ただ、我々の周りでは、この2日間、
「キャンする」ブームが巻き起こっている。
「キャンする」を使いたくてたまらない状態になっている。
ところが、使う場面がほとんどない。

このままいくと、「キャンする」を使いたいがために、
飲み会をセッティングしてしまいそうである。
ただ、「キャンする」使用者が続出して、
結局、飲み会は行われないだろう。


テーマ:日々のつれづれ - ジャンル:日記


8月下旬のこと。
私の職場の30人程度が、
とあるイベントの手伝いのために、江別市へ行くことになった。
江別市での集合時刻は午後2時。
皆、職場で昼食をとり、昼休みを終えてから、
出発することになっていた。

江別市へ行く30人は、乗る車を振り分けられた。
私と同乗するのは、中村NBR、新開(しんかい)氏、
すーさん鈴木氏と私の4人だった。
このメンバーを見て、私はチャンスだと思った。
融通の利く顔ぶれだったからだ。

昼時をはさむ数少ない外勤チャンスを逃すわけにはいかない。
私は3人に対して、昼休み中に職場を出発し、
途中でラーメンを食べて、江別市に行こうと提案。
3人はあっさり了承した。
おそらく他の27人のうち20人は、
堅苦しい理屈をこねて渋られただろう。

そして向かった店が、「おうぎ屋」であった。

■おうぎ屋(札幌市厚別区厚別西2条2丁目)
この店は、一度紹介している(2008年2月26日の記事)。
その時は、醤油ラーメンを絶賛した。
この店は「つけ麺」が美味しいという情報を、
雑誌やインターネットで、よく目にしており、かねて気になっていた。
しかし、2月当時は近所(北21東16)にあったので、
いつでも行けるだろうと暢気にしていたら、
4月頃、どういうわけか厚別に移転した。

それ以来、おうぎ屋へ行きたい度が下降していた。
それは、遠くへ行ったからだけではなく、
「つけ麺」というものが、ほんとに絶賛するほどのものなのか、
信じがたかったからだ。
事実、それまでに私が食べたことがある「つけ麺」は、
スーパーマーケットで売っている「ざるラーメン」を、
それなりにしっかりさせたようなものばかりだった。

しかし、江別へ行く道すがらで行きたい店は?と考えたら、
最初に「おうぎ屋」が思い浮かんだ。
遠く離れても、私の心の中に、おうぎ屋のラーメンの美味しさが、
忘れられないものとして生き続けていたのだ。

おうぎ屋/つけ麺 


つけ麺を食べた。
かなり美味しかった。
一口目で、あまりの美味しさに驚き、
二口目で、感動のようなものが心にじわっとひろがり、
三口目で、うなってしまった。
以降は、ただ夢中で食べた。

魚系と肉系のダシの、どちらも強めに出た超和風テイストだが、
バランスが非常に良く、見事に融合している。
特に魚系の味の出方が素晴らしい。
麺は小麦さ満載で、くせがなく、とても食べやすい。
これが私の中のつけ麺ブームのきっかけとなった。
その反動から、この日から今日まで、ラーメンは一度も食していない。
というか、この1か月半における外食のほとんどが、
つけ麺だったように思う。

つけ麺のタレは濃い。
そのままで飲むには無理がある。
しかし、そばにそば湯があるように、
つけ麺は、スープ割というのがある。
これがまた美味しかった。
しみるような和風テイストで、
小さい頃、食べたことがない味なのに、懐かしい味に思えた。
文句なしにA評価(★★★★★)でカモンベイビー。

ちなみに、同行した3人は皆、醤油ラーメンを食べた。
すーさん鈴木氏は、私が「どうでしたか?」と聞くと、
言葉は発せず、右手でOKサインを出した。
新開氏と中村NBRは、注文をした後、食事を直前にして
店の入口の喫煙スペースへ煙草を吸いに行ったことから、
彼らの評価は微妙だろうと思っていたら、
案の定、美味しかったとは言ったものの、絶賛ではなかった。
特に、中村NBRは、味はどうだった?と聞いているのに、
「大盛りを頼んだのに、普通の量だったような気がする」と
繰り返すばかりだった。
醤油ラーメンもかなり美味しいです。
おうぎ屋/店(厚別) 

■真[SHIN](札幌市東区東苗穂3条2丁目)
私のつけ麺ブームのきっかけになったのが「おうぎ屋」であるならば、
ブームを確かなものにしたのが、この店である。
麺は極太で、讃岐うどんくらいの太さはあるだろう。
そしてやや堅めである。
一口食べて圧倒された。すげえ度は相当高い。

真/つけ麺 

さらに、麺の量に驚く。300gもあるらしい。

普通のラーメンのほぼ2倍である。
つけ麺は、普通のラーメンよりも麺の量を食べられるが、
この量だと、後半かなりきつい。
一般女性は完全に無理な量と言ってもいいだろう。

スープは、少しとろみがあって濃厚である。
でありながら、かつおダシが利いた和風テイストである。
そして、甘みもあり、非常にまろやかな味がする。
私の想像だが、おそらく少しだけ砂糖が入っていると思う。

スープ割にすると、まろやかさとかつおダシがさらに増し、
コクが出まくりになる。
ここのスープ割は、残ったタレに、ただスープを入れるのではなく、
何かを加えて、より濃コクな味にしている。
これは美味しい、というより旨い。
なお、カツオだしが利いているせいか、たこ焼き味もする。
「たこ焼きスープ」というものがあるとすれば、
おそらくこういう味だろう。

それにしても、この濃厚まろやかスープと極太麺の組み合わせは、
かなり強烈であり、かつ中毒性のある味だった。
ここのつけ麺を食べた3日後くらいにリピート欲求が発生し、
5日後には我慢できなくなり、
結局、1週間に2度も食べに行ってしまったほどである。
ただ、濃コクすぎて、短期間に複数回食べると、
飽きやすいかもしれないので注意。
しかし、いずれにしても、素晴らしい作品である。
ここまでくると、ラーメンのカテゴリーを超えている。
ラーメンではない別の食べ物といってもいいくらいである。
評価は、Aまであと少しの特B評価(★★★★+)でよろしく。
真/店 真/メニュー 

■あらとん(札幌市中央区北12条西20丁目)
現在、札幌にあるラーメン店における行列人数では屈指の店だろう。
営業時間が9時から18時と、
「サラリーマンか!」的な設定をしている。
札幌場外市場内にあるためだろう。

行列待ち必至のため、先日は土曜日の午前10時30分に行った。
にもかかわらず、ほとんどの席は埋まっており、
午前11時には10人くらいの行列ができていた。

人気店たるパワーのあるつけ麺である。
スープは、煮詰めたような醤油味がベースになっており、
少~し苦みさえ感じる渋めの味。
ただ、表面的に感じるのは、ニンニク味とすり下ろし玉ネギ味。
肉系、魚系のダシ味が奥に潜んでいるのだが、あくまで奥であり、
まずはニンニク&玉ねぎ味が、ぶつかってくる感じである。
玉ねぎが苦手な方には厳しいかもしれない。

あらとん/つけ麺 

麺は、極太で、少しだけ縮れが施されている。

前出の真(shin)は、うどん的な麺で、
ラーメンの域を超えた別物ぶりが顕著だったが、
あらとんの麺は、普通のラーメンをかなり太くした感じ。
太いが食べやすく、スープとの絡みも良い。
その点において、大衆的な強烈度は非常に高い。

ここは、店の空気感が何か微妙である。
私のセンスとは、どこか馴染めないところがある。
店内には、以前はビートルズが、
先日はボブ・マーリーが流れていたが、
基本的には静粛とした感じで、
空気の中にピンと張った糸が見えるようである。
その結果、笑顔や和み、落ち着く雰囲気といったものが非常に薄い。

それは、元ヤン的風貌&目つきの店員達のせいでもあり、
市場のような薄暗い店内のせいでもあり、
店員・客ともお互いに見え過ぎる配置に
なっているからでもあるだろう。
行列に並んでいるお客さんに対する仕切りも、
放任度が高く、ちょっと微妙。
なんとなく、ビートルズやボブ・マーリーに
申し訳ない気持ちになる。

ここは、人によって評価が分かれるだろう。
荒削りで、即効力のあるつけ麺だが、
逆にそういう感じが苦手な人もいるだろう。
私は、それよりも雰囲気がネックである。
居心地のいい雰囲気で食べるならば、
特B(★★★★・是非また食べたい)だが、
現状では、Bプラスワン(★★★+・また行ってもいいかな)に
とどまるか。
あらとん/店0809 

■山岡家新道店(札幌市東区北34条東21丁目)
私の職場の同僚である中村NBRは、
山岡家のラーメンの大ファンである。
札幌駅界隈で飲んだ後でも、
山岡家のラーメンを食べるためにススキノまで行ったり、
実家のある埼玉に里帰りをし、
千歳に戻ってきたら、千歳の山岡家へ行き、
札幌ドームにプロ野球を見に行く時は、
ドーム手前の山岡家で試合前に食べ、試合後も行きたがる。
仕事で、江別に行こうが、恵庭に行こうが、
山岡家で昼食をとりたがる。
とにかく、彼の外食は、まず山岡家ありきである。

そんな彼と知り合って1年半になるが、
いつも山岡家のラーメンを絶賛するため、
それまで1年に1度行くかどうかだった私なのに、
この1年半で4回くらい行ったのではないだろうか。
中村NBRに洗脳されたような気がしてならない。

そして、私は今、つけ麺ブームである。
中村NBRは、山岡家のつけ麺を食べたことがないという。
そこで、中村NBRのプライドをくすぐる意味も含め、
山岡家のつけ麺にトライしてみた。

山岡家/つけ麺(正油) 

これが意外に美味しかった。

正油味のつけ麺を食べたが、
普通の山岡家の正油ラーメンとは麺もスープも別物だった。
あの独特の豚骨臭さはほとんどなく、柑橘系風味が前面に出ている。
それでいて、肉系のコクが程よく、すっきりとした旨みを感じられる。

山岡家のスタンダード麺は極太ストレートだが、
つけ麺は、やや縮れが施されており、食べやすかった。
食べていくと次第に、柑橘系風味をもう少し抑えてほしい、
肉系ダシがもう少しほしい、と思えてくるが、
期待の大きさに比べたら、それなりに満足のいく味だった。
さすが、ジャスダック上場を果たし、
東北、関東、中部地方まで拡大しているラーメン屋である。


評価はBプラスワン(★★★+)。
東区内で比較すると、
侘助(わびすけ・北21東16・麺がおとなしくて微妙)、
じょうきげん(北14東5・黄色系の麺独特の匂いが強すぎ)、
虎鉄(北12東13・タレが甘すぎ、ダシ味が弱い)などの
つけ麺よりは、ずっと美味しい。

なお、山岡家は、どの店の店員も、
同じような顔つきで、同じような雰囲気の人なのが、いつも気になる。
山岡家/新道店 

■eiji(札幌市豊平区平岸3条9丁目)
すごく美味しかった。文句なしにA評価(★★★★★)。
この店は、私の選ぶ「2007 ラーメン・オブ・ザ・イア」において、
塩ラーメンが準グランプリを獲得しているため、
つけ麺も結構美味しいだろうと期待をして食べたが、
その期待を上回る美味しさだった。

eiji/つけ麺 

タレは、魚系が強めの肉系ダシなのだが、魚ダシの風味が上品で、

和風エレガンスな装いである。
そして、非常にバランスがとれて、まとまっているため、
逆に、細かい味についてよくわからなくなってしまった。

スープ割は、単にスープを入れるのではなく、
店の方が何か味付けをプラスして渡してくれる。
これもまた美味しい。
旨み出まくり、コク出まくり、BoAはメリクリで、
またしても、細かい味がよくわからなくなる。

土・日だと午後2時過ぎまでは行列必至のため、
午後7時に行ったところ、4人待ちだった。
カウンター席しかない店で、席の後ろのスペースが狭いため、
行列落ち着かなさ度は高い。
しかし、待ち客さばきは良い方だろう。

店入口の暖簾が、カラフル迷彩柄に変わっていたが、
この店の味、店内の配色や雰囲気とは正反対のような気がして、
少し気になった。
eiji/店08秋 eiji/メニュー

以上、オススメしてもいい5店を紹介した。
なお、eijiは麺の量を選べるが、そのほかの店は、
麺の量が総じて多めであるので、特に女性は注意である。

また、あまりに短期間に、つけ麺を食べ過ぎると飽きてしまい、
せっかくの美味しいものが、美味しく感じられなくなる場合があるため、
その点も注意である。

正直、つけ麺をこの1か月半で食べ過ぎて、結構飽きている。
よって、今日の記事のタイトルは「マイブームはつけ麺」であるが、
厳密に言うと、「マイブームはつけ麺だった」かもしれない。
とはいえ、つけ麺レベルの高さを認識した。

私も皆さんに飽きられないよう、安定感を常に意識しつつも、
適度な距離感と意外性を持った人でありたいと
思ったり、思わなかったり、よくわからなくなったりで、
今日の記事を終わります。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

テーマ:北海道のグルメ - ジャンル:グルメ



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