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9月25日のライブが終わり、
また何か落ち着かない気持ちになっている。
その理由は、今後の活動についてである。
活動の方向性は描けているのだが、
その方策を考えたとき、色々とハードルがあり、
しかも結構高いハードルがあるなと思ってしまい、
何も整理できないでいる。

こうした状況の中、今週の金曜日から1泊で
職場の歓楓会がある。
場所は新篠津村である。
通常なら、バスに乗って、温泉に入って、酒を飲んでいればいい。
しかし、それだけでは済まない状況にある。

なぜ、それだけでは済まないのか。
歓楓会の宴会の席で歌わなければならないのだ。
カラオケではない。
アコースティックギターを弾きながら歌うのだ。
つまり、ある意味ライブである。
「ライブ・イン・新篠津」である。

7月にあった、とある飲み会の席上、酔った勢いで、
「歓楓会の時は、歌っちゃいますよ~」と豪語。
幹事長は、「ぜひ、やってほしいなあ」と言っていたものの、
その後何も音沙汰がなかったので、
立ち消えになったと、内心ほっとしていた。

ところが、2週間ほど前、唐突に幹事長から、
「クグエさんの余興の時間、何分とればいいかな。
30分くらいでいい?」と、いきなり言われた。
「その話、なかったことに…」と返そうかと思った瞬間、
「やるって言ってたよね。
中村さん(NBR)と山下さん(MST)の漫才もあるし、
部長の江差追分もあるし、ゲームはやらないことにしたから。
その方が盛り上がると思うんだよね」など、
延々と余興構想を語られた。

とても断れる雰囲気ではなかった。
幹事長の熱意が、かなりのプレッシャーになった。
それでも、意気地なしとか、怖じ気づいたのかとか
思われてもいいので、断ろうと思った。
どうせ、クグエロックの良さなどわからない人達に、
聞き流されて終わるのだ。
そういう人達には、「ああ、こんなもんか」と思われ、
私の価値はさらに下がるだけだ。
また、自分の曲はもったいなくて全くやる気はしないし、
有名アーチストの曲をやるにしても、
コピーしたり、練習する時間がない。
そこで、私はきっぱりと言った。
「10分ならいいですよ」。

ほとほと自分が嫌になった。
「結局やるのか!」と、自分で自分に突っ込みをいれた。
なおも、幹事長の攻撃は続く。
「10分は短いよ」
「10分が限界です。1曲で勘弁してください」
「1曲で10分!それは長いね」
「短いとか、長いとか、どっちなんですか。
  6分喋って、4分歌います」
「なんで喋るの?10分あれば2曲できるよね」
「まあ、空気を作るためというか…」
「それなら15分できるでしょう」
「トークのついでに1曲歌うということでお願いします」

このような感じで交渉は続いた。
結局、「10分・1曲契約」で話は落ち着いた。
しかし、25日のライブのことで頭がいっぱいで、
その会話の後、歓楓会のことは忘れていた。

そして今日、9月29日月曜日。
あと4日なんだと思ったら、急に焦り出した。
朝の通勤の時も、昼の喫煙所でも、
どんな曲をやったらいいのかと苦悩していた。
どうせなら、ある程度知られている曲をやって、
受け入れやすくしたい。
それだけならいいが、「おっ、やるねえ!」と
ちょっと思われたいという邪念や欲が出てきているから
始末が悪い。

どんな曲を、どうやったらいいのか。
今もなお、全く思い浮かばない。
と同時に、全くモチベーションがない。
にもかかわらず、明日はスタジオを予約してある。
いったいスタジオで何をやるというのだろう。
やる曲がないので、トークの練習をしてしまいそうである。


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9月25日、無事ライブを終えた。
冷たいの雨の中、平日にもかかわらず、
近くからも遠くからも見に来てくださって、
ありがとうございました。

まずは、演奏した曲を。
1 見慣れた街を抜け出して
2 破れた傘が捨てられない
3 遠く離れた街から
4 ぼくは変わらずに暮らしてる
5 心配いらないぜ

080925ライブ1 

今回は、リハーサルの段階で不安が生じた。
それは、アコースティック・ギターが、ある音量を超えると、
ハウリング(ヴォ~という音)を起こすことだった。
そのため、ギターのボリュームを落としてやらざるを得ず、
ステージ上で、私の前にあったモニターからは、
自分のギターの音があまり聞こえない状態で、
リハーサルを終えた。

お客さんが入ると、空気が変わり、全体的に音が丸まる。
そのため、本番では、リハーサルよりも、
ギターの音が聞きやすくなるだろうと信じて、そして願って、
1曲目に臨んだ。

ところが、前奏を弾き始めると、
リハーサルの時よりもギターの音が小さく聞こえ、
歌い始めると、ギターが小さく聞こえる分、
ボーカルが際だって聞こえた。
ステージに上がる前も、ステージに立ってからも、
比較的落ち着いていたが、
このバランスの違和感により、一気に緊張が高まった。
果たして、客席には、いいバランスで音が届いているのか、
非常に不安になった。

それを救ったのは、やはりお客さんの存在である。
遠くから見に来てくれた人がいる。
忙しいなか、なんとか都合をつけて見に来てくれた人がいる。
いいライブをしなければ次は来てくれない。
そういう気持ちがずっとあったので、
最後まで一切テンションは切れなかった。

また、どういう思いで、この曲を書き、
何を届けたくて、この曲をやることにしたのだろう。
とにかく、気持ちを入れて歌い、演奏しなければ何も届かない。
そうした気持ちも、常に頭の中を駆け巡ったライブだった。

このように、自分にプレッシャーをかけつつ、
緊張感で胸が張り裂けそうであっても、
和やかな雰囲気でやるのが、クグエライブである。
そのため、今回もトークには結構な時間を割いた。

というか、いいのか悪いのか、トークになると緊張がほぐれた。
歌っている時の緊張の反動からか、
トークになると、正直ほっとしていた。
トークの滑らかさは、これまでで一番だったかもしれない。
初めて見た方は、「語るねぇ~」、「トーク長くない?」と
感じたかもしれない。

今回のトークは、まず、9月22日の記事でも書いた「ヒゲ騒動」に
ついての詳細な話をした。
私の職場名、誰に言われたかなど、具体的に話した。
上司から「もっと横の連携をとれば」と言われるが、
「横」とつく言葉は、横やり、横取り、横殴り、横柄、横着、横行など、
悪い意味の言葉ばかりだという話もした。
その時、現職の衆議院議員の名前まで、引き合いに出している。
その流れで、選挙の話もした。
思えば、職場の同僚、M美(エムミ)に関するプライベートな話もした。
そして、必ずや曲の説明をし、曲名を言って演奏が始まるという
クグエスタイルはいつもどおりだった。

ライブ後にある人から、トークから曲への流れが、
ラジオを聴いてるみたいだと言われた。
自分でも感じていただけに、
褒め言葉でもないのに、なぜか嬉しかった。

080925ライブ2 

しがない一市民の、小さな場所での、たかが25分のライブだが、
楽しく無事に終了できて、ほんとに良かった。
まず、サポートメンバーの2人に感謝。
いくつかのミスを悔やんでいる部分もあろうが、
私は全く気にしていない。
悔やんでいるならば、それは、いいライブにしたかったという
気持ちの表れである。
力を貸してくれたことに、ありがとうである。

そして、見に来てくれた皆さんに感謝。
皆さんがいなければ、ライブは成り立たなかった。
一緒にライブを作ってくれて、ほんとにありがとう。

倶知安、増毛、網走、釧路など、
離れた街から見に来てくれた方々がいる。
仕事の都合をつけ、なんとか来てくれた方々がいる。
その一方、仕事後、間がもたず、私の出番まで、
「キィー」で手羽先をつまみに飲んでいた職場の同僚がいる。
私の音楽活動を正しく見守る唯一の上司、スティーブン平(たいら)課長も
来てくれた。しかも当日券で。
ブログを見たことをきっかけに、
この日、初めて私を見て、私の声を聴いた方もいる。
10年ぶりくらいに会った方もいる。
そうした見に来てくれた一人ひとりの方を紹介したいところだが、
延々と長くなるので、この程度にとどめさせていいだき、
皆様ほんとうにありがとうございました。

080925ライブ3 

今回のライブは、クグエダシを味わえると宣言してきたが、
ライブを観た皆さんは、どう感じたのだろう。
正直、今回は、前回より一段階ステップアップしたところを
聴かせられると思っていた。
しかし、どうだったのだろう。
ライブの最後のMCで言ったこと。
「このライブが終わったら、抜け殻みたいになってしまう。
抜け殻だとダシは出ない、でも、鶏ガラだったらダシは出る」。
これは、クグエダシを出せたのかが不安で、
弱音的に自然と出てしまった言葉である。

実際、ライブが終わってすぐ、「もっとやれたなぁ」という思いがあった。
そのせいか今回は、ライブが終わっての解放感はあまりなく、
むしろ、明日スタジオで練習したい気がするし、
次のライブを早くやりたい気分である。
また、ライブ後、YRKさんから、
次の展開をしたくなるような一言をいただき、
まだぼんやりと興奮が残っていると同時に、
新たな興奮がわき上がっている。
次のライブは、12月6日(土)。
THE HEART OF STONEのメンバーとしてライブをやる。
近くなったら、ブログにてお知らせしていきます。

自分の出番が終わった後、外は雨が降っていた。
しかし、帰宅する頃には、完全に雨があがっていた。
帰り道、見に来てくれた方々のことを、ずっと考えていたら、
ほんとにありがたいなと思った。
そして、ぱっとしない毎日を送っている私だが、
ライブを見に来てくれた皆さん、ブログを見てくれる皆さんのおかげで、
結構幸せな日々を送らせてもらってるのかも、と思ったら、
ちょっと泣けた。
みんなに助けられ、支えられているなぁと改めて感じた
いい一日だった。


テーマ:ライヴレポ・感想 - ジャンル:音楽


いよいよ明日9月25日はライブである。
既に気持ちはうわずっている。
今日も、職場からの帰り道では、
どういうわけか、ライブで演奏しない曲ばかり頭の中で歌っていた。
おそらくステージに立つまで、ずっと落ち着かないことだろう。

ここで改めて、9月25日のライブのお知らせを。
場所は、スピリチュアル・ラウンジ(札幌市中央区南2条西4丁目)。
西4丁目の西側で、狸小路と南2条の東向き一方通行道路との
ほぼ中間にある。

初めて来られる方は、「カラオケ・ソングパーク」のビルを
目指していただきたい。
「カラオケ・ソングパーク」のビルの自動ドアの手前右に入口がある。
その入口には、ライブポスターがいくつも貼られている。
そして、そのドアには「取って」がついていない。
開演は18時35分。
私の出番は3番目で、19時35分から45分の間にスタートする。

今回も、アコースティックギター+ベース+ドラムの編成で、
座って演奏する。
ただ、前回と同じ編成ながら大きく違う点は、
前回が、ギター1本サウンドに
ベースとドラムをくっつけた感じだったのに対し、
今回は、3つの楽器によるバンドサウンドになっている。
結果、贅肉が筋肉に変わった雰囲気を感じていただけると思う。

その反面、アコースティックギターで普通にソロを弾いたりするので、
音がスカスカになる箇所もあり、
「エレキでやればいいのに」と感じる場面があるかもしれない。
しかし、アコースティックならではの
急流でもさらさらと流れる感じにこだわった。

私の手元には、まだ前売券がある。
明日の午前中は仕事に出ているので、
来られる方は、まだまだ受付しております。

なお今回は、中村NBR、山下MST、M美という、
職場の同じ係メンバーも動員した。
彼らには、「これも仕事だと思って来るように」と言ったところ、
中村NBRから、「じゃあ残業代、出るんですよね」と切り返された。

そんな感じで、最後までじたばたしていますが、
ぜひクグエダシを味わいに来てください。
よろしくお願いします。


テーマ:音楽のある生活 - ジャンル:音楽


9月25日のライブまで、あと3日となった。
いよいよ落ち着かなくなってきた。
何かやり残しているのではないか、
前回のライブ前より、状態が良いと感じているのは、
大きな勘違いなのではないか、
演奏はミスしまくり、トークはすべりまくるのではないか。
そんな様々な不安で、心が雲で覆われ始めた。

しかし、悲観的になろうが、楽観的になろうが、
自分にできることは限られている。
ならば、どこを聴かせたいのか、何を見せたいのか、
そうした基本に立ち返り、
楽しむことだけ考えてやればいいのだ。
余計なことは考えなくていい。

と、思っているのだが、ここへきて、ひとつの問題が発生している。
それが「ヒゲ騒動」である。

今回のライブでは、
うっすらと顎(あご)に髭(ヒゲ)が生えている状態、
略して「うっすらヒゲフェイス」でライブに臨む予定である。

私はヒゲが濃くない。かといって薄くもない。
ヒゲ自体は、それなりに硬い。
しかし、ヒゲ同士の間隔がやや広い。
そのため、きっちり揃った感じにはならず、
微妙にまばらであるから、
全然カッコ良くない。

にもかかわらず、この10年くらいは、
なんとなく気が向くと、あごヒゲのみを剃らずにしておくことがある。
なんとなく気が向いた時だけなので、
基本的には、「ヒゲなしデー」の方が多い。
しかし今が、なんとなく気が向いている時である。
よって、この10日間くらいは、ヒゲが伸びても剃らずに、
短くするだけの状態にしている。
そして、この状態を維持して、ライブに臨みたいと思っている。

ところが、職場には「ヒゲ天敵」が存在する。
私の3段階ほど上のクラスの上司である。
7月にあった飲み会の席で、その上司から、
「おい、ヒゲ剃れや。俺、ヒゲ嫌いなんだわ」と言われた。
その日は、4、5日くらい、あごヒゲを剃っていない状態だった。

私は、「1時間前に剃ったばかりで、1時間でこれだけ生えた」、
「今ちょうど、ヨドバシカメラへ行って、
電動ひげ剃りを買ってこようと思っていたところだった」など、
ユーモラスィーな言い訳をしたが、全く意に介されなかった。

その後も、ヒゲ問題について、ライトな押し問答になった。
そのうち、上司は疲れたのか、
「うるせえって!いいから明日剃ってこい!」と会話を断ち切った。
周りは、それまでの談笑から苦笑に変わった。

とはいえ、その上司は話しやすい人ではある。
「ヒゲ天敵」である以外は、それほど嫌なところはない。
ヒゲが嫌だという意見もわからなくはない。
いけ好かないヒゲフェィスの男は確かにいる。

しかし私は、「うっすらヒゲフェイス」である。

虚勢を張るようなヒゲではない。
控え目、かつ恐縮しているヒゲである。

10m離れていれば、気づかないかもしれない程度である。
にもかかわらず、3段階上の上司からのダメだしパワーに屈し、
この飲み会以来、「ヒゲなしデー」が多くなっていった。

ところが、ライブが近づいてきて、
なんとなくヒゲを生やしたくなった。
今回のライブに向けて足りないもののひとつが、
ヒゲであるように思えたのだ。

私は、ヒゲにポリシーやこだわりがあるわけではない。
「時々ヒゲがあるのもいいんじゃないすか」的な軽い気持ちで、
単に調子にのって、短期間だけ生やしているにすぎない。
ならば、ライブが終わるまで見守るくらいの度量があってこそ
上司と言えるのではないか、と言えるものなら言ってみたい。

そういうわけで、この10日間くらいは、
ヒゲ天敵上司の目に触れないように行動している。
今日は、彼のところに説明に行かなければならない用務が
出来てしまった。
しかし、ライブ3日前にして、ヒゲを指摘されるのは避けたかったので、
山下MSTに代わりに行かせるという乱暴ぶりを発揮してしまった。

また、ヒゲ天敵上司は、飲み行為が大好きである。
週5日勤務のうち3日くらい飲みに出ている印象である。
私の所属する課にも、よく飲み行為の誘いが下りてくる。
その仕切りは、Mトベ(エムトベ)参事や、大野係長がやることが多く、
私にも声がかかることがある。
特に最近は増えており、この10日くらいの間に3回あった。
その全てを、ヒゲを理由に断った。

「ヒゲがあるので、欠席でお願いします」と断ると、
声をかけた大野係長も納得するから、
これまた不思議である。
つまり、私は今、ヒゲを理由に飲み会を断ることが認知されている
不思議な環境に身をおいている。

別にヒゲ天敵とはいえ、飲みに行くのはいい。
今このタイミングで、指摘を受けるのが面倒なだけだ。
もし今、飲みに行ったら、指摘を受けるのは確実だろう。
しかし、私は屈しない。
「剃る」、「剃らない」で言い合いになったら、こう言いたい。
「そりが合わないですね」
クグ丸です。

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今回は本の紹介である。
このブログのCDレヴュー・シリーズの際、
時々登場するスミス西野氏との間では、
CDや本を買うことを、
「買う」ではなく、隠語的に「バイ」という言葉を使っていることを
以前に紹介した。
「○○○の新作、バイしましたよ」といった具合である。

最近は、「バイ」を応用し、
「ジャケ・バイ」、「大人バイ」、「衝動バイ」など、
アレンジを加えた使い方に発展してきている。
そんな、スミス西野氏は、ロックに精通しているだけではなく、
結構な読書家でもある。
1冊目に紹介する「女王国の城」は、彼から借りた本である。

■有栖川有栖「女王国の城」
 女王国の城
作者は、「ありすがわ・ありす」と読む。
第8回本格ミステリ大賞(小説部門)受賞作でもある2007年作品。

長野県の山間にある小さな村。
そこに拠点を構える新興宗教団体に、
ある大学生が短期入門をする。
心配になったその大学生のサークル仲間3人が、
真意を確かめるために宗教団体施設へ出向く。
その時、施設内で起こった殺人事件をきっかけに、
大学生らは施設内に拘束され、団体の閉鎖性や圧力を感じつつも、
犯人捜しを推理する物語である。

こう書くと、暗い話のように感じるかもしれないし、
事実、内容的には明らかに本格ミステリーである。
しかし、4人の大学生のキャラクター設定や描き方が絶妙であるため、
全体的にカラッとした青春活劇たる雰囲気がして、
どちらかといえば楽しく読み進めてしまう。

この大学生達の真面目さと微妙なズッコケぶりは、
なんとなく親しみと好感が持てた。
また、宗教団体の信者達も、
いい意味で曲者っぽく特徴的に描かれており、
キャラの棲み分けができていて、イメージしやすい。
このように、登場人物が魅力的でわかりやすいというのは、
小説において非常に重要なことである。

ただ、この作品は長い。二段組で500ページ超である。
通常の単行本の2倍の量は確実にある。
そのため、本を手にした時点で、読み通せるか?という不安を感じる。
しかも、最初の150ページくらいは、堂々巡りを繰り返し、
なかなか話が進んでいかない。
ここまでは、適当に読んでも後に影響しないと思う。
具体的に言うと、施設内で殺人事件が起こってから、
一気にストーリーは展開していく。
ここからも長いが、飽きることなく、
先が知りたくなるような書きぶりとなっている。

タイトルにある「城」は、宗教団体施設のことで、
物語の中でも城の位置づけが的確に表現されているが、
「女王」は、結果的にストーリーにあまり関係がなかったことに
こけてしまう。
しかし、よく練られた構成で、謎めいていて、緊迫感もあり、
それでいて、爽快感と躍動感があり、
ライト感覚な本格ミステリとして、なかなか面白い作品だった。

親しめるキャラ★★★ 青春活劇度★★★ 推理の妙★★

■森見登美彦/有頂天家族
 有頂天家族
2007年の本屋大賞第4位獲得作品。
森美登美彦は、「モリミー」とも呼ばれ、
その独特の世界観を表現した作品で、
多くの支持を得ている若手作家である。

この物語の主人公は狸(たぬき)。

狸、人間、天狗という3つの生き物が織りなすドタバタ劇であり、
アニメ漫画を小説にした感じである。

狸が人間に化けて、人間社会の中で生活したり、
かと思えば、狸社会における狸同士の争いがあったり、
狸を鍋にして食べてしまう人間、狸と人間の愛情など、
奇想天外な内容となっている。

そのため、状況設定を理解するのに時間がかかるし、
事実、物語の前半は、
主人公である狸の置かれている状況説明がほとんどである。
その時点で、「この話、面白くなるのかなぁ」と疑問を抱く。
特に、主人の父親である狸が鍋にされたことが、
あっけらかんと語られ、その真相もその悲しみにも、
あまり言及していないことが気にかかる。


と思っていたら、物語の後半は、
父親が鍋にされた真相を中心に展開する。
ここまでくると、狸、人間、天狗という3つの生き物という
非現実的な設定にも完全に慣れてしまい、違和感がなくなる。
これはユニークな文章表現やキャラの描き方など、
作者の技量によるところが大きいかもしれない。

特に独特の言葉遣いと設定の不可思議さは、
別の森美作品も読んでみたくなるような引力がある。
ストーリーだけを見れば、非常にシンプルで、
むしろ小学生向けといってもいいほどファンタジーである。
馬鹿馬鹿しいと感じるか、おもしろファンタジーと感じるかは紙一重。
終盤、どんでん返しというか、大盛り上がりがあるかと期待したが、
「そのままか!」的に終わったのが、やや物足りなさを残した。

キャラの棲み分けが巧妙★★★ 別の作品も読みたい度★★★
意外性&緊迫感★

■高嶋哲夫/ファィアー・フライ
 ファイアー・フライ
誘拐犯と人質が、時間を共有することにより、
お互いを理解し、最終的には協力し合うというストーリー。
大企業の社長を誘拐するはずが、
誤って43歳の一社員が誘拐された。

誘拐犯は、ある組織からの指令に従って動いていたが、
誘拐対象人物を誤った後から、連絡が途絶える。

その後、誘拐犯の独自の判断で、
企業に身代金を要求するなど接触を試みるが、
次第に企業の様子がおかしいことに気づく。
そして、誘拐犯と人質の両方が仕組まれていたと考え始める。
つまり、人違いで誘拐されたのではなく、
その一社員が最初から狙われていた。
そこで、誘拐犯と社員がタッグを組んで立ち向かっていく。

面白い作品だった。
間延びもなく、テンポ良くストーリーが展開するとともに、
「えっ!そうなの?」、「まじか!」的な意外性も適度にあるため、
どんどん読み進められる。
そして、先を先を知りたくなる。

ただ、もっと深層心理をえぐってほしい箇所があったり、
犯人の動機が弱いなど、やや深みに欠けた感がある。
また、タイトルの「ファイアー・フライ」は「蛍」の意味だが、
ストーリーの中で、蛍の位置づけや役割がほとんどない点が
気になった。

そして、読み終わった後、心にもやもやしたものを残したのが、
人質にされた社員の家族の冷たさ、素っ気なさである。
それはある意味リアリティがあるのかもしれないが
読んでいて辛くなった。
結末は、新しい未来を表現している。
しかし、「切り替え早いなぁ…」というのが率直な感想で、
家族の冷たさに対するやりきれなさ、
特に、妻の開き直り的態度は、ちょっときついものがあった。

とはいえ、無駄を省いて、常に物事が動いていく展開なので、
どんどん引き込まれていくし、
映画化やドラマ化をすると、さらに面白くなるように思う。
むしろ、その方が、文章で表現されていない深みを、
役者が演技の中で表現するような気がする。

引き込まれ度★★★ 映像が見えてくる★★★ 
妻の開き直り★

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9月25日のライブまで1週間となった。
木曜日という平日のライブということで、
どれだけの方が見に来てくださるか、いささか不安ではあるが、
確実に15人は来るだろう(しょぼい…)。

最近の小規模ライブハウスのお客さんを見ていると、
見に来たバンドの時だけ開場に入り、
それが終わると帰る、という動きが顕著になっている気がする。
そのため、例えば6バンドが出演するライブの場合、
1つのライブに6バンドが出演するのではなく、
ソロライブを6つやっているかのようなこともある。
それがいいとか悪いとかということはないが、
やる以上、多くの人に見ていただきたいし、
知らない人も、最後まで付き合えるようなライブにしたいと
思っている次第である。

さて、今回のライブでは、ローゼンフェルン時代の曲を
1曲やらせていただく。
ローゼンフェルンは、私が87年3月から92年1月5日まで
活動していたバンドである。
当時、カセットテープ5本とCD1枚をリリースした。
その中でも、自他共に共通するであろう代表曲のひとつが、
「ぼくは変わらずに暮らしてる」である。
この曲を、9月25日にやらせていただく。

 ぼくは変わらずに暮らしてる

 OH MY BABY せわしなく動く毎日にため息ついて
 OH MY BABY 帰り道はいつもなにか切なくて
 OH MY BABY 楽しいことがこの頃は何ひとつない
 OH MY BABY 嫌なことばかりさ せめて君がここにいれば

 時の流れがぼくらを壊していこうとするけど
 あの日のままさ ぼくは変わらずに暮らしてる

 OH MY BABY 久しぶりさ 君がぼくの隣で微笑む
 OH MY BABY 今日はずっと ずっとずっと一緒にいよう

 悲しい言葉は嫌さ 離れていかないで
 忘れちゃいないさ ぼくは変わらずに暮らしてる

 OH MY BABY 優しい雨がぼくたちを包んでゆくよ
 OH MY BABY 歩いて帰ろう 今日は楽しい帰り道さ

 時折その目を曇らす 黙って行かないで
 移りゆく世界 ぼくは変わらずに暮らしてる

89年の作品である。
91年にリリースしたCDに収録されている。
世界の長い音楽の歴史の中で、
このタイトルで曲を書いた人はいないだろう。
ただ、今なら照れくさくて、
これほどストレートな歌詞は書けないように思う。

しかし、「久しぶりに君がぼくの隣で微笑む」ではなく、
「久しぶりさ 君がぼくの隣で微笑む」、
「今日は楽しい帰り道だから歩いて帰ろう」ではなく、
「歩いて帰ろう 今日は楽しい帰り道さ」など、
詞でも文でもなく、歌詞を書きたかった、
という感覚は今も同じである。

この曲は、ジャンル分けするならばバラード系で、
音の高低の動きが激しいメロディだが、
川の流れのように展開し、サビという名の海に広がっていく。
私のこれまでの曲の中で、
最もオルゴールにしてみたいメロディであり、
クグエロック屈指の泣きメロである。

この曲を作った19年前と今とでは、
もちろん見た目も中身も環境も変わった。
ぼくは変わらずに暮らしていないのが現実だろう。

しかし、この照れくさく、
今となっては若干の恥ずかしさも感じるこの歌詞を、
いざ演奏すると、ローゼンフェルンの頃と同じような気持ちで、
同じような顔で歌えているように思う。
だから、少なくともこの曲を歌っている時は、
ぼくは変わらずに暮らしてるよと、
何も迷いもなく、マイクロフォンの向こうの皆さんに言える。

と同時に、私の勝手な思い込みだが、この曲のもとでは、
私だけではない、みんな変わらずに暮らしてると
感じられるような気がする。
また、初めてこの曲を聴く方も、
「この人、変わらずに暮らしてるんだな」と
感じられるのではないだろうか。

懐かしんで歌うわけではない。
この曲を演奏できる喜びと感謝の中で歌うのだ。
19年前のしがないアマチュアの曲を、40を過ぎて歌えること、
何年も音楽活動をしていなかった私を、また引き戻してくれた人々、
自分達の曲のように熱心にサポートしてくれるメンバー、
そして、都合をつけて見に来てくれるお客さん、
そうした喜びと感謝の気持ちで歌うのだ。
それがとても嬉しく、
「なんらかんらありつつ、結構ラッキーな人生じゃん」とさえ思える。

そういうわけで、様々なことが変わったのに、
変わらずに暮らしてると言い切る、そんな私の
変わらずに暮らしてるぶりを見に来ていただきたいと思います。
よろしくお願いいたします。


テーマ:作詞・作曲 - ジャンル:音楽


今日(9月16日)は、自転車で職場へ行った。
仕事帰りに、9月25日にライブを行うスピリチュアル・ラウンジへ、
追加のチケットを取りに行った。
スピリチュアル・ラウンジは南2条西4丁目、狸小路の近くにある。
そこから私の自宅は、北東方向に位置する。

スピリチュアル・ラウンジを出た後、
信号の状況と、人の流れのままに自転車を押していたら、
なんとなく南4条のススキノ方面へ行ってしまった。
つまり、自宅方向とは逆方向である。
ススキノが苦手であり、かつススキノに何も用事がない私は、
ロビンソンの前の信号を東へ、
そして、ススキノ交番の前を通った。
交番前の歩道をはさむように両側に二人ずつ警官が立っていた。
平日の午後6時30分頃にもかかわらず、
なぜ、これほど警官が立っているのだろうと思いながら、
歩くようなスピードの自転車で、そこを通り過ぎた。

それから5秒後くらいだろうか。
後方から唐突に、「そこの自転車の人、止まってください」と聞こえた。
「えっ!オレ?」と思いながら、とりあえず自転車を止め、
後ろを振り向くと、警官が二人走ってきた。

追いついた警官は、立ち止まって言った。
「この自転車、カギが壊れてますね」
「はい、そうですね」
「 どうして直さないんですか」
「別にカギをつけてるから、直さなくてもいいかと思いまして」
「これは、自分の自転車ですか」
「そうです」
「いつ頃買いました?」
「7、8年前だったと思いますけど」
「新車ですか、中古ですか」
「新車です」
「防犯登録はしてますか」
「してないです。これまで防犯登録をしていた自転車を盗まれて、
  戻ってきたことがないので、防犯登録はやめました」
「どこで買ったんですか」
「もう結構前なので覚えてないです。ホーマックだったかな。
 つうか、なんすか、いきなり」

警官は、自転車のライト点灯や飲酒運転禁止を呼びかけている
などと言ったが、盗難自転車捜査をしているのは明白だった。
その後、自転車のハンドルの下にある車体番号をメモされた。
そんな場所に、そんな番号が付されているとは知らなかった。
そしてメモした警官は、どこかへ行き、
残ったもう一人の警官は、執拗に同じような質問を繰り返した。

警官に対しては、感情を出さず、逆らわず、
言われたことだけに答え、のんびり構えるのが結果的にいい。
そんなことを思いつつ、うんざりしながら、
淡々と質問に答えていると、
先ほどの警官が戻ってきて、もう一人の警官に言った。
「この車体番号の自転車、盗難届が出てますね」

もう何がなんだかわからなくなった。
一瞬にして私は、自転車盗難疑惑をかけられたのである。
「ちょっと勘弁してくれよ」、
「そんなこと言われても知らねえよ」、
「どういうことなの?」などの言葉が、頭の中で渦巻いた。

面倒なことになったと思った。
警官の質問の口調が厳しくなった。
「どこで買ったか、覚えてないんですか。普通覚えてるでしょう」
「だから、7、8年前なんで、はっきりとは覚えてないです」
「領収書は取っておいてない?」
「ええ。7、8年前の領収書なんか取っておいてます?」
「自分で買ったことを証明できるものはないですか?」
「ないですね」
「でも、この番号で、盗難届が出るんですよ。
 証明できるものがないと不利ですね」
「”不利”ってなんすか?なんすか、その言葉」
「状況が悪くなるということです」
「そうじゃなくて、その言葉を使うことが失礼じゃないかと」
これでも、感情を抑えて言ったのだ。
もちろん警官からは、言葉遣いについて訂正もお詫びもなかった。

さらに、職場を出てからの足取りまで聞かれた。
ライブハウスを出た後、用事もないのに自宅と逆方向に来たことまで
しつこく理由を聞かれた。
なんとなく遠回りすることだってあるだろうと説明したが、
そうですかねえ?と疑問をもたれた。
この警官は、小さな気まぐれや、ちょっとした息抜きが全くない人生を
送っているのだろうか。

「もう何がなんだかわからないです。
 きっと、同じ車体番号の自転車が他にもあるってことでしょうね。
 それとも、世界にひとつだけの車体番号なんですか?
 スマップじゃあるまいし」
この発言は警官に完全に無視された、
かと思いきや、自転車の同じ車体番号は複数あるようなことを
ちらっと言った。
というか、複数あるに違いない。
そうでなければ、私は犯罪者である。

私は、途中から、「何がなんだかわからない」を連発。
最後は、ぐだぐだになり、
住所、氏名、電話番号をメモに取られ、解放された。

7月の洞爺湖サミットの際も、自転車に乗っていて警官に止められた。
私は、警官の目から見て、怪しい雰囲気が漂っているのだろうか。
犬が歩いたら棒にあたるように、
クグエが自転車に乗れば警官にあたるのだろうか。

現在の自転車はガタがきているため、
来年は買い換えようと考えている。
その際は、防犯登録をすることに決めた。
今回の一件も、防犯登録をしていれば、
すぐに私の自転車だと特定できた。
つまり、盗難対策として防犯登録をするのではなく、
警官から身を守るために防犯登録をしようと思う。
おかしな世の中だ。


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13日土曜日、旭川に出かけた。
平成13年当時の同僚、大西コータ氏の結婚披露宴に
出席するためだった。

当初は、車で行ってパクイチ(1泊)してこようと考えていたが、
翌日午後からバンドの練習などがあったため、JRで日帰りした。
プライベートでJRの特急に乗ったのは、
道内に限れば、平成2年に帯広へライブに行って以来である。

札幌-旭川間のJR特急自由席料金は4,940円。
その額だと、ガソリン30ℓ程度である。
旭川までは往復で300km。車はリッター10kmと考えると、
車でもJRでも、ほぼ同額であることに気づき、
改めてガソリン価格の高騰を実感した。

さて結婚式であるが、友人代表挨拶にて、
佐藤レージ氏が登場。
マイクの前に立ち、最初に発した言葉が、
「ロック・ミー・ベイベー!」。
そして、にやっとして、私の方を見た。
その笑顔は、旭川まで来た甲斐があったと
思わせてくれるに十分すぎる一言
だった。
ほとんどの出席者は、何言ってるんだろう?と感じただろうが。

この披露宴は、余興はなかったものの、
数々の趣向を凝らした企画が盛り込まれ、
3時間30分にも及んだ。
最初から違った。
新郎新婦が入場する前に、司会者から、
飲食を始めていいですよ、とアナウンスされたことだった。
これは他の披露宴でも取り入れていただきたい演出である。

私のテーブルは、平成13年当時の仕事仲間が中心だった。
アイパー小本氏、コバちゃん、カトちゃん、山田コージ氏らが
周りにいて、これだけだと久しぶりの顔合わせということで、
ただの飲み会っぽくなるのだが、
私の隣が、当時の課長、吉田雅芳氏であったことで、
なにがしかの緊張感があった。

やがて、時間が経過し、アイパー、小林秀己氏、
加藤司(カトウ・ツカサ)氏が席を移動し、
私と山田コージ氏の二人になった時間帯があった。

山田氏は、見た目スタイリッシュかつクールである。
この日も、ちょっと派手目な白いシャツに細いネクタイで、
ヒゲの手入れに余念がないフェイスをしていた。
しがないサラリーマンには見えず、
一見、IT企業の成功者のようである。
そんな彼と久しぶりに話をしていたら、
最近登山を始めたということを知った。

私は、彼とアウトドアが結びつかず、
「えっ、まじ?」、「ほんとに?」を連発した。
しかし、そんな会話の中にも、
彼のスタイリッシュかつクールな一面が見られた。

「登山やるんだったら、リュックも買ったの?」
「リュックは登山のマストアイテムですからね」
”マストアイテム”という言葉を
自然に口にした人に初めて会った。

「リュックも、ちょっといいやつ買ったんじゃないの?」
「エイグル(AIGLE)のを買いました」
「おっ!さすがだねぇ。やっぱりエイグルっていいの?」
「ノース・フェィスの方がいいかもしれないですね」
「ノース・フェィスの方が、エイグルよりちょっと安いんじゃない?」
「でも、エイグルはコストパフォーマンスがいいんですよ」
”コストパフォーマンス”という言葉を
自然に口にした人に初めて会った。
と同時に、彼はエイグルとノース・フェィスの
どちらがいいと言いたかったのか、全くわからなかった。

そのほかにも、登山を始めたのに車を手放したなど、
彼の生活スタイルがよくわからなくなったが、
登山の気持ち良さは、なんとなくわかる気がした。
山道や緑の中を歩いていると、心が静まるのを感じる。
全身の細胞に詰まっていた緊張感や疲労が、
水に流されるように溶け出し、無心になれるような気がする。

そこで私は、15日、西区山の手にある「三角山」を目指した。
山田コージ氏の、「札幌市内の山も、気軽に行けるわりに、
結構登山気分になれていいですよ」という言葉に触発されたのだ。
彼は、市内の山なら、登山口まで自転車で行くと言っていたので、
私もそれに倣った。
倣う必要はなかったが、山田コージという人間を知るために、
あえて私も自転車を使った。

三角山は、調べたところによると、標高311m、
登山口から頂上まで約1.5km、約30分で登れるとのことだった。
そこで私は、散歩の延長と考え、全くの普段着で行った。
もちろんリュックはなく、
手提げの黒いカバンに薄底スニーカーという、
山登りに全く適さないスタイルだった。

登り初めてすぐ、あまりに普通の登山道であることに
不安がよぎった。
道は細く、ところどころ急で、崖になっている箇所もあった。
最初に厄介になったのが、手提げのカバンであった。
両手の自由がきかないと危険だと判断した。
そこで、リュックのように背負うことにした。
完全に、高校生の自転車通学スタイルである。

080915三角山登山 

10分も経つと、山道を歩くことに慣れた。
ただ、自分の恰好が気になった。
おそらく、すれ違う人は皆、
「なんでそんな恰好で登ってるの?」と感じただろう。
そればかりが気になり、無心になる暇がないまま、
頂上に着いてしまった。所要時間25分だった。

頂上にいる人の数に驚いた。
午後1時頃だったが、20人くらいいた。
そして、60~70歳前後の人がほとんどだった。
そのせいか、頂上に着いた時、実家の仏間の匂いがした。
なんとなく線香臭かったのだ。
振り返ったら、仏壇があるのではないかと思ったほどだ。

三角山1 

道自体は、登山気分を味わえるものだったが、
いかんせん短すぎた。
そのせいか、もう少し高い山を登ってみたくなった。
おそらく私は、体力的マゾ性が強い方だと思う。
もっと、自分のからだをいたぶる中で無心になってみたい。

ただ、その場合、リュックはなんとしても入手しなければならない。
また、1,000m超級の山は、1か月もしないうちに雪が降る。
果たして、私の2008登山ストーリーは続きがあるだろうか。
まずは、山を知ることが必要である。
そこで、「山」とかけて、
「すぐに怒ったかと思えば静かになったり、
大笑いしたかと思えば悲しんだりする人」ととく。
その心は、どちらも「きしょうの変化が激しい」です。
クグ丸です。


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9月25日のライブまで、あと2週間である。
8月29日の記事おいて、今回のライブは、
クグエ節でダシが出るようなものにしたいと書いたが、
曲が自分のボディ&ソウルにしみ込んでいくのを、
これまで以上に感じており、
煮込み作業は、まずまず順調に進んでいる。

今回のライブは、
クグエ・ブルージーなフォーク・ロック的メニューである。
ただ、私の中にあるブルース、というか、
私が表現できるブルースは、
都会の夜の街角のランデブーや、
年代物の木材を使ったカウンターで飲むウイスキーが
似合うものではない。
薄い雲が広がった秋の河川敷のようなブルースである。
つまり、ぶいしーではないし、マディでもない。

そして、春の夕立の後に、なかなか乾ききらない
夜のアスファルトのようなロックであり、
今にも空が泣き出しそうな冬の暖かい朝のようなフォークであり、
夏の終わりを憂いて居場所を探し求めるミュージックである。
ライブを観ていただければ、
こうしたニュアンスを感じていただけると思う。

今回は、最近の曲を3曲、
そのほかに、初期ザ・ハート・オブ・ストーン時代の曲をひとつと、
ローゼンフェルン時代の曲もひとつやる予定である。
いずれも20年近く前の曲だが、
練習において、当時とあまり変わらない気持ちで歌えている。
その頃とは、取り巻く人も、生活スタイルも、年収も変わった。
外見も内臓も老化した。
しかし、根本にあるものは、たいして変わっていないのだと
改めて感じる。

080909 

7月のライブに引き続いて、

ベースはミチ、ドラムはダーオ小田氏にサポートしてもらうが、
おそらく彼らは今回、サポートという意識はないのではないか。
いいライブにしたいという熱意が伝わると同時に、
「どうして、上手くできないんだろう」という気持ちを
楽しめているように、私の目には写っている。
つまり、単なる「手伝い」ではなく、
「自己実現」に向かっているように見えている。

だから、私の勝手な想像だが、
「君の人生、家庭があって、仕事があって、あとほかに何がある?」
と聞かれたならば、今の彼らなら、
迷いなく「音楽活動です」と答えると思う。
そうだとしたら、とても嬉しいし、素敵なことである。

私も今なら、同じ質問を受けたら、「音楽活動です」と即答するだろう。
1年近く前から音楽活動を再開したことによって、
改めて、音楽の楽しさを感じている。
私は、特に30歳を過ぎてから、
そのときどきの取り巻く環境に合わせて、音楽と接してきた。
しかし、これからは、音楽活動に合わせて環境を作り、
立場を決めていこうかなと考えるようになってきた。

いつ病気になるかわからないし、
いつひき逃げされるかもわからない。
老後に安定した生活を送るために、
定年までせこせこ生活した人の老後は、
果たして、ほんとうに豊かなものだろうか。

42歳にして、こういう考えを持ち出すのは危険かもしれない。
ただ、「これでいいのかな?」という人生より、
欠けているものはあれど、
「これでいいのだ」という
バカボン’
S パパの精神で生きるべきだと、

今更ながら考え始めた。

とはいえ、サミット警備の警察官には2日連続で止められ、
酔って野宿し、雀にびびり、
どういうわけか人妻の反応を気にするような
情けない男である。

しかし、そうしたパーソナリティが、
ライブの時に、良くも悪くもにじみ出てくるはずである。
いいライブになると思います。
なお、出番は午後7時40分予定です。
9月25日、よろしくお願いします。

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本日はラーメン・リポートである。
ただ、これまでとは少し違う。
何が違うかというと、本日紹介するのは、いわゆる「汁なし麺」。
スープ・オフなラーメンである。

それともう1点違う点がある。
私はこれまで、また行きたい店、また食べたいメニュー、
と思えることを、紹介する店の最低条件としてきた。
ところが今回は、おそらくもう食べないであろうメニューも登場する。

実は、「行ってはいけない有名店」、「並ぶ意味がない行列店」など、
裏側シリーズも見てみたいというご意見を、
これまで何人かから頂戴した。
ただ、その場合、批判と否定が文章の中心になるため、
こんな私が、一方的にほざくのは失礼だという気持ちがある。
というか、美味しいと紹介している店でさえ、
なんらかんらと注文をつけている私である。
オススメできない店となれば、とんでもないことになりそうである。

まずい、つまらない、不愉快だ、などという否定的な文章ばかりを
書いていたら、心がすさんでいくような気がする。
あら探しだけが上手になりそうで怖い。
裏を返せば、良い評価をして、ほめることにより、
人や物の良いところを見つける力を養えるように思うし、
「ほめる」ということを、きちんと言葉で表せるようになりたい。
どうせなら、「ほめ下手」より「ほめ上手」、
「批判上手」より「ほめ上手」でありたい。
そして、批判は、ちょっと笑えるものにしたい。

なんて偉そうに書いてしまったが、
知らない人のラーメンやカレーのブログを見ていると、
「きちんと欠点も書けよ」と思うことが多々ある。
結局私は、それほど考えているわけではない。
単純に、美味しいことは嬉しく、
嬉しいことを書くほうが楽しいだけだ。
何のしがらみもないし。

なお、今回はアルファベットで評価する。
これまでスープカレー・シリーズで評価したのと同様の基準である。

A :何度でも食べに行きたい店。
   この中でも特に素晴らしい場合は「特A」とする。
B :「また行ってもいいな」と思える店。
   この中で、Aにするか迷った店は「特B」とする。
C :「もう食べなくてもいいかな」と感じる店
D :絶対にもう行かない店

それでは、スープ・オフのラーメンをどうぞ。

■龍馬(札幌市中央区北6条西6丁目)
 龍馬/まぜる前 龍馬/まぜた後
 ↑まぜる前                        ↑まぜた後
昼は油そば専門店、夜は立ち飲み屋になる、小さな店である。

私が「油そば」というものを知ったのは10年くらい前。
奥田民生氏が、何かのテレビ番組で、
「マルちゃん(東洋水産)の油そばに、はまっている」と、
熱心に語っていたことによる。
それに触発され、何度か購入して食べた。
当時で250円くらいだったように思う。

その後、いつのまにか、マルちゃんの油そばは消えた。
この10年の間、スーパーへ行くと、
油そばが売っていないか時々探した。
しかし、一切、目にすることはなかった。
今でも私は、油そばのカップ麺を食べたい。
どこのメーカーでもいいから発売してほしいと思っている。

そんな状況の中、今年になって、ここ札幌の街角で、
「油そば」という文字を、たまに見かけるようになった。
ここに紹介する「龍馬」も、今年の7月あたりに、
JR札幌駅高架下の西口方面に現れた。

評価は「B」。
普通に美味しいと思う。
少ししょっぱいが、まとまった味である。
麺は極太で堅く、かなりの噛みごたえがある。
見た目は太めのうどんのようなので、
思いがけない食感にワクワクする。

価格が500円なのが、お手軽でいい。
ただし、量は少なめ。
私の昼食としては丁度いいが、一般的には物足りない量だろう。

ネギがかなり多く入っている。
ただ、食べている時は、麺にあまり絡まないため、
食べ終わった時、どんぶりの底がネギだらけになる。
食べ終わってから、「ねぎだくか!」と
突っ込みを入れたくなること間違いなし。

また、食べているときは気づかないが、
後で、にんにく的な味が口の中に残る。
そのため、午後のビジネス・タイムは、
知らぬ間に周りの人を、匂いという名の暴力で
傷つけているかもしれないので注意。

他の注意点としては、店内がかなり暗く、かつ狭いこと。
特に、カウンターの奥行き(縦の幅)が非常に狭い。
印象としては、20cmくらいしかない感じである。
来店客が「狭くね?」と思う確率100%と言ってもいいだろう。
よって、どんぶりを落としてしまうのではないかと、
普通は心配しないような心配をしなければならない。
 龍馬/店 


■米風亭(札幌市北区北14条西3丁目)
 米風亭   
店名は「べいふうてい」と読む。

この店の位置づけは、ビア中心の洋風飲み屋だが、
食事の看板メニューが油そばである。

本店は南3条西1丁目にあり。
ここに紹介するのは、「北大店」である。
今年の7月にオープンした。
スープカレーのピカンティやヒロチャンが、すぐ近くにある。

評価は「特B」。
まず、食べやすい味である。
そして、食べ始めると、箸を止められなくなる。
何かの味が強く出ているわけではないが、
旨みが内在しており、奥行きを感じる。

麺は中太で、縮れ度合いはこの味にベストマッチ。
チャーシューも支那竹もタレに絡むと丁度良い味になり、
麺の美味しさを引き立てる。
また、ウズラの卵が、タレ味一辺倒になりがちな油そばに、
メリハリを与えている。

ビアのつまみとしても最適である。
というか、この油そばを食べることにより、ビアを欲してくる。
さらに言えば、この油そばが食べたいなと思うと同時に、
ビアを欲してくる。

A評価にたどりつけなかったのは特別感がないこと。
「今日はどうしても米風亭に行きたい」という気持ちより、
「いつでも行けるから」的な気持ちが勝っている。
つまり、良くも悪くもコンビニエンスなのだ。
しかし、通勤経路にこういう店があり、ありがたい。
 米風亭/店 

■山嵐(札幌市豊平区平岸1条9丁目)
 ジャンクヌードル

平岸の大繁盛店である。
土・日なら、20席くらいある店内が、開店10分で満席に。
15分後には外に行列ができるほどである。
こってり系の豚骨ラーメンの店だが、
密かな人気メニューらしい「ジャンクヌードル」を食した。

麺は極太の平打ち。味付けは濃いめの醤油ダレ。
そして、とにかくトッピングがすごい。
キャベツ、刻みチャーシュー、あさつき、ネギ、花カツオ、
さらには、卵黄とベビースターラーメンまでのっている。
これを、思い切りまぜて食べる。

具のオリジナリティと麺の太さの妙味からか、
食べたことのない不思議な感覚になる。
食べ進むと、キャベツと花カツオのせいか、
焼きうどんのラーメン版のように感じるところもあるが、
このオリジナリティは評価したい。
最初のうちは、圧倒される感じもあり、いい意味での驚きがある。
企業経営に例えれば、会社設立1年目で、
純利益を計上できた感じである。

ところが、設立3年目で収支均衡となり、4年目からは赤字になる。
その理由は、自称イケメン芸人・狩野英孝的に言えば、
味が「ケイン」である。
つまり、濃すぎなのだ。
濃いというか、しょっぱい。

一度「しょっぱい」と感じると、
頭の中が「しょっぱい」で満たされてしまう。
食べても食べても、「しょっぱい」としか思えなくなり、
「しょっぱいフォーエバー」な気分になる。

やがて、企業経営に例えるならば、
借金で首が回らなくなって「よ逃げ」し、
頭の中の「しょっぱい」が「しっぱい」に変化してくる。
評価は「C」。

ただ、ケインではあるものの、
圧倒、強烈、やみつきの3要素があるのは間違いなく、
これが大好きだという人は、確実にいると思う。
また、ケインな点を除けばバランスは良く、オリジナリティもある。

ただ、店内に流れまくっていたラウド・ロックは微妙。
私は、食事中のうるさめロックは、どうも苦手である。
店名は、ロックバンドの「山嵐」と、何か関係があるのだろうか。
いずれにしても、酷評をお許しください。
 山嵐/店


■札幌じゃじゃ麺(札幌市豊平区平岸5条10丁目)
 札幌じゃじゃ麺/まぜる前 札幌じゃじゃ麺/まぜた後
半年ほど前だろうか。仕事関係知人のN山(エヌヤマ)氏から、

「いつか、札幌じゃじゃ麺を食べてリポートしてほしいですね。
 すごく美味しいという種類のものではないですけど、
 私の地元、岩手の名物なんですよ。
 酷評でもいいので…」
と、依頼に近い推薦のようなご意見をいただいた。
ところが、「すごく美味しいという種類のものではない」
というのがハートエッジに絡みつき、なかなか足を運べないでいた。

8月下旬、仕事関係知人のM井K介(エムイ・ケースケ)氏と
飲み行為をした時のこと。
唐突に彼から、こんなことを言われた。
「今度、札幌じゃじゃ麺を食べてみてください。
 すごく美味しいという種類のものではないですけど、
 よくわからないまま、気づいたら食べ終わっていて、
 なんとなく、また食べたくなるような不思議な味なんですよ」

奇しくも、N山氏が推薦した店と同じだった。
N山氏とM井氏は、知り合い同士ではない。
にもかかわらず、時間差があったとはいえ、
オススメ・コメントをいただいた。
「これはもう行かなきゃだめだな」と、食べる決意を固めた。

「じゃじゃ麺」は、平打ち麺の上に、
肉味噌、きゅうり、ねぎがのっており、
これを、思い切りまぜて食べる。
平打ち麺は、味、形状とも、カップうどんの麺のようである。

店の前には、「1度食べて驚き、2度食べたらなんとかで、
3度食べたらヤミツキ」と書いてあった。
一口食べる。
見た目で想像したとおりの味だった。
二口食べる。
またしても、見た目どおりの普通の味だった。
三口目も、四口目もそうだった。
それでも、どこかの瞬間で、
また食べたくなるような劇的な瞬間があるかもしれないと
希望を捨てずに箸を進める。

しかし、半分くらい食べたあたりで飽きた。
とにかく味の変化が欲しくなった。
それと具が欲しくなった。
完全に、味の一方通行だった。

この味なら、簡単にカップ麺で商品化できるし、
家庭でこれ以上の味をつくるのも、
そんなに難しくないように思えた。

札幌じゃじゃ麺/店 

N山氏も水井氏も、
「すごく美味しいという種類のものではない」と言っていたので、
正直、あまり期待をしていなかったが、その期待以下だった。
評価はD寄りの「C」。
正面からまともに酷評してしまい、申し訳ありません。

しかし、確かに一度食べて驚いた。
あまりの味気なさに驚いた。
ダメ押しのようなダメだしで、重ねて申し訳ありません。

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