ADMIN TITLE LIST
1月28日は、久しぶりに会った職場関係者との飲み会だった。
午前1時過ぎまで飲み、その後、
これもまた、かなり久しぶりに、飲んだ後のラーメン体験をした。

遅くまで飲んだ後のラーメンは、
翌日の胃のもたれを招くため、35歳くらいから控えていたが、
昨日は、ススキノ交差点近くのケンタッキー・フライドチキンの隣にある
彩華(サイカ)ラーメン(南4西3)のネオンに吸い寄せられてしまい、
気がついたときには、カウンターに座っていた。
私はその時、「気がついたときには、もう愛していた」という、
浜田省吾氏の「片思い」を心の中で歌ったのは言うまでもない。


↓先日、ロック知人のTNK氏とミチから、「食べ物の写真の撮り方が上手い」と言われ、
   有頂天(ケラ)になった。
  実におこがましく、調子にのっているが、自分でもそう思っていた。
  食べ物は真上から撮らないこと、器を全部写そうとしないこと、が私なりの留意点であります。
彩華1 彩華2

彩華ラーメンは、奈良県の天理を拠点とした有名店であるが、
札幌にも、かなり前から存在した。
私が大学生の時には間違いなく存在していた記憶があり、
25歳くらいの頃は、何度か食べた。
したがって、昨日は17年ぶりくらいに食べたことになる。

「サイカラーメン」を注文。
ニンニクと豆板醤っぽい味が強烈な、濃口醤油的なラーメンである。
そして、白菜の量がとにかく多い。
また、最後まで熱々で食べられるラーメンであるため、この季節には有り難い。
ただ、以前食べた時は、もっと強烈なクセかあったように思う。
良く言えば、食べやすくなったが、逆に言えば、個性が薄れたように思えた。

ちなみに、今月食べたラーメンで最も美味しかったのは、
赤星(狸小路7丁目)の塩ラーメンである。
スープが独特で、「どうして、こういう味を出せるんだろう」と、
食べ終わるまで興味が尽きなかった。
鶏ガラと野菜をベースにした白湯スープで、アサリもダシに使っているらしい。
このアサリのせいなのか、程よい磯の香りがある。
と同時に、これまで味わったことがない甘みとまろやかさがある。

↓塩ラーメン500円。赤星は、値段が安いことばかりが言われがちだが、相当高レベルな味である。
  また食べに行きたい。次は醤油だ。それにしても、塩は美味しかった。とにかく他にない味である。

赤星1 赤星2

麺も美味しい。自家製麺らしい。時価製麺ではない。
日によって価格が違う麺では厄介だ。
麺とスープの相性がすごくいい。
私にとってのラーメン評価の最大ポイントである、
「最後まで美味しく食べられる」、「食べていくほどに美味しくなる」という
要件を完全に満たしてくれる。

具も美味しい。
唯一意見したいのはネギである。
薄い乱切り状態で、たくさん入っているせいで、
レンゲでスープを飲む際に、必ずネギが含まれているし、
麺を食べる際も、必ずネギがまとわりついている。
ネギが入っているのはいいが、常にネギが絡んでいるのは気になる。
ネギなしでスープを飲み、麺を食したいタイミングもある。
次に行ったら、「ネギ少なめ」で注文したい。

さて、サイカラーメンを食して、「エナジー」が補給された私は、
「うなじ」から汗を、鼻から「鼻血」を出しながら、
いつものように歩いて家まで帰った。
ススキノ交差点からは、歩いてちょうど1時間程度で家に着く。


私は、相当な悪天候や、酩酊状態でない限り、
24時オーバーの飲み会となった時は、家まで歩いて帰る。
なぜか。
人を目的地まで輸送する営業用自動車(シータク)が苦手だからである。
なぜ苦手なのか。
あの狭い空間に、知らない人と2人でいるのが辛いのだ。
居心地が悪いのだ。
落ち着かないのだ。

そんな私なので、シータクを利用するのは、
同じ方向に複数の人がいる際に、「付き合い」として乗るか、
日をまたぐ残業により、職場から「タクシーチケット」が
支給された時だけである。

シータクに乗った瞬間に、タバコ臭いと降りたくなる。
まず、タバコ臭いこと自体にテンションが下がるのだが、
前の客が吸ったとして、その処理をしていないことが嫌なのだ。
また、タバコを吸いながら客待ちしている運転手の意識が
全く理解できない。
にもかかわらず、おいらが働いて手に入れたマネーの一部が、
タクシー運転手及びその人を雇用している法人の手に渡ることに
納得がいかないのだ。

もちろん、愛想が良かったり、きちんとしている運転手もいる。
留萌の黄色いタクシーなんかは、とても良かった。
結局、私のタクシーに対する順応度が著しく低いのだ。

しかし、今でもなお、無愛想な運転手は多いし、
とめどなく話しかけてくる運転手に、うんざりすることもある。
そして、「なんで、このシータクに乗っちゃったのかなぁ」と後悔する。
自戒と自責の念にかられる。
ひいては、安易にシータクに乗った自分が許せなくなる。


こうなると、
「自分を嫌いになるためにシータクに乗ったんじゃないぜ」、
「こんな思いをするために生きてきたんじゃないぜ」、
「タクシーはシータク、公務員が住むのはコータク、写真もコータク」、
などのセリフがあるショート・ムービーを作りたくなる。
さらには、ショート・ムービーを作るためのNPO法人を設立したくなるほどだ。

そのショート・ムービーには、
タクシー運転手が昔を思い出すシーンや、
ワカメや昆布を食べるシーンを入れたい。
どうしてかって?
タクシーに「かいそう」はつきものですから。
クグ丸です。

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テーマ:ラーメン - ジャンル:グルメ


今日は、いつ以来か思い出せないくらい久しぶりに、
相撲を1時間以上見た。
もちろん目当ては、「白鵬-朝青龍」の横綱決戦だった。
白鵬に勝ってほしいという思いで、
というか、朝青龍が負けるところを見たくて、
テレビのチャンネルを「モースー」に合わせた。

朝青龍の一連の問題は済んだこととしても、
モンゴルから戻ってきた後の彼の言動を見ていたら、
特に何かを改めたということもなく、
以前と少しも変わっていないような印象を受け、
苦虫を噛むような思いだった。
これで朝青龍が優勝しようものなら、
マンションの1階から最上階までシラける、
つまり「かくかい」がシラけるなぁと思っていた。

横綱決戦は、力の入った好勝負で、目が釘付けになった。
白鵬が勝ったものの、朝青龍も負けてなお強しだった。
正直、朝青龍の方が華があるし、オーラも感じる。

力士が土俵にあがり、相撲をとるまでの間の「仕切り」の際も、
朝青龍の目力(めぢから)の強さ、気合いのポーズなど、
勝負に向かう迫力が伝わり、なかなか楽しめた。

朝青龍のすごさを最も感じたのは、負け方だった。
優れた身体能力があるからこその、豪快な負けっぷりであり、
負けても絵になる力士だなと感じた。
ちなみに、身体能力は優れているが、
自分の進退を考える能力は、あまりないように思う。

ほんとに、どうしようもない人だが、
力士としての実力はずば抜けたものを持っている。
相撲を盛り上げるためにも、ぜひ存在していてほしい力士である。
と同時に、ある意味、きちんとした人になってほしくないとも思う。
物議を醸し出すような言動で、
私を不愉快にさせるくらいでいいのかもしれない。

それよりもっと不愉快なのが、
横綱が負けた時などに見られる「座布団投げ」である。
ほんとに見苦しいし、醜い。
すごく嫌な気持ちになる。
こう感じるのは、私だけなのだろうか。
しかも、年々投げられる座布団の数が多くなっているように思える。

相撲を現場で観戦するのは、50代、60代が多いだろう。
そして、40代以下も見かけはするが、
おそらく金銭的にも時間的にも余裕のある人が多いだろう。
そういう人達が、「座布団投げ」をしているのである。

そして、そういう人達は、身障者ではないのに、
スーパーマーケットなどの身障者用駐車場に車を止めてそうである。
こういう連中の車は、
どういうわけか高級車や派手なワゴン車であることが多い。
つまり、それなりに金銭的に恵まれた人なのだ。

座布団投げの風景を見ていると、
子供が悪くなるのは、大人のせいだとしか言えなくなる。
いい大人が、「みんなやってるし、楽しけりゃ別にいいじゃん」という
短絡的で自分勝手な気持ちになっているとしか思えない。
朝青龍の品格を問う前に、自分の品格を問うてみてほしい。

座布団投げに比べれば、野球やサッカーの試合で、
スタンドからペットボトルが投げられる行為など、なんとかわいいものか。
座布団投げは見苦しいだけでなく、危険でもあるのだ。

相撲協会も対策に乗り出した方がいいと思うし、
解説者にしても、スポーツキャスターにしても、
しっかり言及しなければいけないことだと思う。
誰か、座布団投げに「物言い」をつける関係者はいないのか。
それとも、これも相撲の風情だとでもいうのか。

また、相撲観戦者の中に、たまに若い女性を見かける。
どう考えても、自分の意志で、自分のお金で見に来た
とは思えないような怪しい雰囲気のナオンが、圧倒的に多い。
相撲的に言えば、「たにまち」が存在していそうなナオンである。
決して、「ナオンの野音」に行きそうなナオンではない。

ところで座布団は、
「座布団をひく」、「座布団を敷く」のどちらが正しいのか。
ちなみに、座布団をなげられると、完全にひきます。
クグ丸です。

テーマ:大相撲 - ジャンル:スポーツ


本日は、最近のロックなCDアルバムに関する「湿り気がない状態」、
つまり「かんそう」を記してある。

最近続いた、日常生活を題材とした記事とはうって変わって、
本日の内容は「マニアック」であり、
北海道のホームセンターといえば「ホーマック」である。

というわけで、3作品を紹介。

奥田民生「FANTASTIC OT9」(2008.1.16リリース)

FANTASTIC OT9

○ 奥田民生とは

  広島県出身。42歳(私と学年的に同じ)。
  1987年、ユニコーンのボーカルとしてデビュー。
  1994年からソロ活動開始。
  雰囲気の緩さのせいで認識は薄いかもしれないが、
  現在の日本における屈指のロックンロール・ミュージシャン。
  
  アルバムもライブでも、常に安定しており、
  これほど「消化不良」という言葉と無縁のミュージシャンは稀有だろう。
  また、プロのミュージシャンは、
  高卒、大学中退、大卒が圧倒的に多い中、
  彼は専門学校卒という、その点においても貴重な存在。

○ これまでの奥田民生との関わり
  ユニコーン時代は、ほとんど聴かず。
  興味も全くなかった。
  たまたまテレビで見た「息子」という曲に感動。
  アルバムを聴いて、すげえ、もろロックン・ロールじゃないか、とまた感動。
  以来、アルバムがリリースされれば購入し、
  北海道にライブに来れば、かなりの確率で見に行っている。

○ アルバムの評価
  実に聴き心地のいいアルバムである。
  まさに「THIS IS 奥田民生」あるいは、「奥田民生スタンダード」である。
  前作「COMP」が、どういうことをやりたいのかわかりにくく、
  どこかしっくりこない作品だっただけに、
  この路線は、私にとって大歓迎である。
  00年リリースの「GOLDBLEND」以来の快心作である。

  これまでと比べ、新しいことや変わったことをやっているわけではない。
  しかし、彼にはそういうことを求めてはいない。
  とにかく、続けてほしい。
  ミュージシャンとして存在していてくれればそれでいい。

  とはいうものの、このアルバム、
  実は、音楽の幅を広げているのが随所に感じられる。
  そして、すごくパワフルなのに、いい意味で、力が抜けており、
  どの曲も、突き抜けた、やり遂げた、という仕上げになっている。
  そして、全体的に「優しさ」感じるアルバムである。
  常にオリジナリティにあふれ、クオリティの高い作品を出してくる。
  捨て曲なしで、全ての曲に感動があるがだが、
  特に、3曲目「フロンティアのパイオニア」、
  6曲目「アドレナリン」の彼の温もりを感じる歌唱に、ちょっと泣けるほど。
  
レディオヘッド「IN RAINBOWS」(2007.12.27リリース)

IN RAINBOW

○ レディオヘッドとは
  イギリスの世界的ロックバンド。
  1997年リリースの「OK Computer」が特に有名。
  非常に実験性の強いサウンドで、
  捉えようによっては、ヒーリング・ミュージックにも思える。
  ただ、ハッピーになるようなものではなく、
  正直、憂うつになりそうになることが多い。
  しかし、時々、癒されるような気持ちになるから不思議。
  ロック知人であるスミス西野氏いわく、「死にたくなるミュージック」。
  
  ボーカルのトム・ヨークの存在が際だっているせいもあるが、
  これだけ世界的なバンドなのに、他のメンバーが全くあか抜けない。
  その意味では、ミスター・チルドレンと状態が似ている。
  
○ これまでのレディオヘッドとの関わり
  世界のロック界で重要な位置にいるバンドのため、それなりに聴いてきた。
  ただ、大ファンではない。
  そのため、基本的には、「誰かCD買って、貸してくれないかな」のスタンス。

  このアルバムを聴いてみたいなと思っていた今月上旬。
  ロック知人であるスミス西野氏が、メールを送ってきて大絶賛。
  「いいですよ。聴きやすいんですよ」という、
  至ってシンプルなコメントだったが、
  だからこそ奥深く、ただならぬ興味をそそられた。
  レディオヘッドで「聴きやすい」と言われたら、
  どういことなのかと確かめたくなってしまう。

  ちなみに、スミス西野氏との間のメールでは、
  レディオヘッドのことを「レディオ頭」と表記している。
  そのうち、人間ドッグは「人間犬」と表記することになるだろう。

○ アルバムの評価
  確かに、ここ何作かのレディオヘッドの作品に比べたら聴きやすい。
  やはり「憂うつさ」と「癒し」が同居したサウンドに感じる。
  どうして、こういう音楽を作れるんだろうと感動する。と同時に、
  どうして、こういう音楽を作ろうと思うのか、理解し切れない。

  昨日、一昨日と、このアルバムを聴きながら通勤したが、
  朝に聴く音楽じゃないなと感じた。
  仕事に行く気が、かなり失せてしまう。
  夜、何もせず、何も考えず聴くのがベストだろう。
  今更だが、トム・ヨークは歌が上手いなと思った。

THE ENEMY「WE’LL LIVE AND DIE IN THESE TOWNS」
(2007.7.11リリース)

THE ENEMY


○ THE ENEMYとは
  2007年にデビューしたイギリスの10代のロックバンド。
  ザ・フー、ザ・ジャム、ザ・クラッシュなど、
  ブリティッシュ・ロックの正当派の流れを組むバンドとして、
  大きな評価を得ている。
  
○ これまでのTHE ENEMYとの関わり
  特になし。
  昨年12月、ロック知人である小田氏が、
  特に求めてもいないのに、唐突に、
  「今年のベスト5」なるタイトルでメールを送付してきた。
  内容は、2007年のCDアルバム・ベスト5だった。
  その中で、ジ・エネミーを大絶賛。
  色々と調べていくと、あらゆるところで評価されており、
  この1か月余りの間、最も聴いてみたいバンドだった。

○ アルバムの評価
  2000年代のブリティッシュ・ロックの王道たるサウンド。
  確かに、ザ・フー、ザ・ジャムなどと通ずるところはあるが、
  2000年代の代表バンドであるザ・ストロークスや
  アークティック・モンキーズ、フランツ・フェルディナンド、
  さらには、プロック・パーティ等の方に近い印象を持った。
  いずれにしても、切れ味のあるアグレッシブなサウンドで、
  青臭く純度の高いブリティッシュ系が好きな方にはうってつけだろう。
  これを昨年の段階で聴いていたら、
 
 「2007 アルバム・オブ・ザ・イア」の第9位争いをしていた。

余談

奥田民生 SONGS 奥田民生 Tシャツ
↑Tシャツがわかりにくい。              ↑Tシャツがわかりやすい。

 何日か前、奥田民生氏が、NHKの「SONGS」という番組に出演していた。
 それを見ていたら、彼は、私が持っているTシャツと同じのを着ていた。
 「お~~、すげぇ」と興奮し、
 とりあえず、テレビの画面に向かって写真を撮った。
 2年前か3年前に、ビームス札幌店で、
 一目惚れをして衝動的に買ったTシャツである。
 冬なので、押し入れにしまっていたが、引っ張り出して写真を撮った。
 
 本日は以上です。
 最後は写真の話になっただけに、
 この辺でシャッターを降ろします。


テーマ:洋楽CDレビュー - ジャンル:音楽


先日、私はタバコを吸う本数を減らす、いわば「減煙宣言」をした。
当面は1日7本以下とし、いずれは5本以下にするというものである。
健康診断の精密検査で言われたのは「減塩」だった。
タバコも酒も、何も言われなかった。
しかし、「減塩」より「減煙」の方が、ROCK ME BABYだと思ったし、
「禁煙」とか「節煙」という表現はダサいと、勝手に思っていた。

タバコを欲する時はある。
その都度、「ほんとうに吸いたいのか?」、
「どうして吸いたいんだ?」と自分に問う。
「もっと考えろ!もっと想像しろ!」と自分に投げかける。
たかが、タバコ1本に関して、非常に面倒くさいことをしている。
しかし、自問自答をしていると、吸わなくてもいいような気持ちになってくる。

減煙や禁煙を乗り越える手段は、人それぞれだろうが、
私にとっての手段は、感情と想像力だなと思う。
そうなると、タバコを欲するのは、
精神的な理由によるところが大きいのかもしれないと思えてくる。

そこで、タバコを欲する要因を、もう少し掘り下げて考えてみた。
今日の帰り道、ずっと、それを考えていた。
そして、その要因の根源は、「隙間」にあるのではないかとの結論に至った。
つまり、タバコを欲するのは、
「隙間を作りたい時」か「隙間を埋めたい時」だということである。
そういう意味では、タバコは「スキマ産業」である。

「隙間を作りたい時」というのは、
仕事や作業などの合間に「一服」というパターンである。
言い換えれば、裁判において検察側が刑罰を請求するようなもの、
つまり「きゅうけい」である。
私が仕事中にタバコを吸うのは、多くの場合、この理由である。

「隙間を埋めたい」というのは、
手持ちぶさたであったり、ちょっとした間が持たない場合である。
例えば、飲み屋に行って、最初に注文した「ジョッキ生」が出てくるまでの間に、
タバコを吸うような場合である。
私は、この行為に強い抵抗感をもっている。
職場でも家庭でも喫煙ルールを守っているのに、
飲み屋へ行った途端、
何でも許されるかのように周りが見えなくなるのが解せない。
そろそろ、居酒屋に喫煙所があってもいい時期に来ていると思う。

隙間が欲しい、隙間を埋めたい、の違いはあれど、
違和感のある隙間を感じると、脳から「タバコを吸いたい」というスイッチが入る。
まさに、スキマ・スイッチである。
彼らは、ここからバンド名をとったに違いない。

「イライラすると吸いたくなる」、
「ストレスがたまると吸いたくなる」というのも、
「気分を変えたい」とか、「満たされない部分を何かを煙で埋めたい」という、
精神的要因が強いのではないかと思う。
実は、その危険が毎日ある。

私にとっての職場における最大のイライラは、
1月8日の記事でお馴染みの「マナーモード騒音の男」である。
机の目立つ位置に携帯電話を置き、
1日に何十回も、マナーモードの「ブーブー」を鳴らす男である。
実は彼、「マナーモード騒音」とともに、
「マウス・ガリガリ騒音」の持ち主でもある。

パソコンのマウスの真ん中の前の方に、
「回転つまみ」のようなものが付いている。
パソコンの画面に出ている情報を上下させる機能である。
彼の使っているマウスが古いせいか、「ガリガリ」という音が非常に大きい。
それが、ほぼ一日中、鳴り響く。
彼が、キーボードを叩いたり、書類を見ている時間は極めて少ない。
つまり、ほぼ一日中、仕事もせず、
パソコンの画面を上下させているということである。

この「ガリガリ」は、一度気になると、頭から離れなくなる。
「ガリ、ガリ、ガリガリ、ガリガリガリガリガリガリ…」というふうに、
「どこまで画面、動かしてんだよ!」と怒鳴りたくなる時もあれば、
「ガリ、ガリガリガリガリ、ガリガ…リ、ガ・リ・リ・リ、
ガリガリガリガリガリガリ…」というように、
不可解なリズムで「ガリ」が鳴らされ、神経が逆なでされることもある。

たかが「ガリガリ」と思うなかれ。
ほぼ一日中である。
結構ダメージが大きい。
書類を見て、ちょっと難解なことを理解しようとしている時は、かなりきつい。
そういう時は、こちらが場所移動を、せざるを得ない。
セザール・マンションに入りそうな気持ちにもなる。

これだけ、一日中、パソコンのマウスのみで過ごしている人を私は知らない。
自分自身で、うるさいと思わないのか?と疑問に思うし、
あまりにガリガリするので、「ガリガリ君」を食べてるのかと思う時もある。
また、寿司に添えらている、甘みのあるショウガばかり食べてそうである。
時々、仕事を休んで、「ブルガリア」に行ってくれないかとも思うし、
焼き肉は「サガリ」ばかりを食べ、家は「間借り」だろうと思ってしまう。

「ガリガリ」と、マナーモードの「ブーブー」とが同時になる場合もある。
壮絶な瞬間である。
「ガリガリガリガリ…」の上に「ブーブー」が乗っかるのである。
一瞬、自分の名前も忘れてしまいそうなくらいの驚異がある。
私が今後、メンタル、又は記憶喪失になるとすれば、これが原因となるだろう。
どうして、ここまで無神経でいられるのか。
「考える」とか、「想像する」とかできないのか。
それとも、わかった上での、私への攻撃なのか。

「ガリガリ」、「ブーブー」への嫌悪感は、
彼が仕事をしないで、ホームページばかり見ていることへの苛立ち、
それを知っていながら、
放任している上司と周りの人間(私を含む)の不作為に対する憤り及び無力感、
そうしたものが大きく影響していると思う。
つまり、悪循環である。

こうした悪循環の根源には「コミュニケーション・ブレイクダウン」がある。
コミュニケーションが普通に出来ていれば、
彼に言えているのだ。言えているはずだ。
彼は今日も、朝、黙って来て、夕方、黙って帰っていった。
私が、そして、私を含む周りの人間が変わらなければいけないのか。
このイライラとストレスが、喫煙に結びつきそうな危険が大きい。

しかし、今日も乗り越えた。
とにかく、「もっと考えろ、もっと想像しろ」と自分に投げかける。
考えていくと、タバコを吸うのは、
トイレなどのように生理現象ではなく、
図書館に行く、図書館で借りた本を枕に寝る、
図書館に勤務する女性と交際する、などのように、
自分の意志によって、なされる行動である。
つまり、コントロールできることである。

今日の昼食後から仕事終了までの間は、
吸わなくても乗り越えられそうだったが、
夕方以降に反動がきて、たくさん吸うはめになってはいけないと思い、
あえて、午後3時頃に吸った。

ところが、その直後、上司から、
「ちょっと、タバコのところで、話しない?」と言われた。
なんというタイミングの悪さ。
風呂から上がった途端、便意を催した時のような気持ちになった。

その時、同僚の中村NBRが、
「クグエさんは、今週から、タバコ減らしてるんですよ。
 今、吸って帰ってきたばっかりですよね」と、
珍しく、素晴らしいアシストをし、付き合いタバコを免れた。
風呂上がりの便意のような気持ちになっていた私にとっては、
中村NBRが、まさに「だいべん」してくれたような思いがした。
クグ丸です。

テーマ:職場でのできごと - ジャンル:就職・お仕事


今日、タバコを吸う本数を減らそうかと、初めて真剣に思った。
これまで、タバコをやめようと思ったことは一度もなかった。
言うまでもなくタバコは、健康のためには好ましくはなく、
周りの人にも迷惑をかけてしまう。
また、お金がかかる、着ているものも部屋も匂いがつく、など、
デメリットが非常に多い嗜好品である。
にもかかわらず、やめようと思ったことは一度もなかった。

無理にやめようとしなくても、
そのうち、タバコを受け付けたくない身体になって、
自然にやめる日がくると考えていた。
そのため、「吸いたいなら吸ったっていいじゃない」と思っていた。
「吸ったっていいじゃない」という曲を作って、
渡辺美里「恋したっていいじゃない」のB面に
収録させてほしいとも思っていた。

例えば酒なら、私はもう、生ビールの中ジョッキは2杯で十分である。
10年前までは、2次会でも「どこまでもビール」でいけたのに、
今は身体が受け付けない。
最初から日本酒又は焼酎でもいいくらいだ。
焼き肉も年2回くらいでいい。
そんなふうに、年齢を重ねるごとに発せられる身体からの信号に対して、
自然であればいいと思っていた。

そういう考えだったため、
ほんとはタバコを吸いたいのに「健康のためにやめた」という人には、
「ひとつぐらい脱ヘルシーがなければ、人間らしさを失う」と唱え、
「お金がかかるからやめた」という人は、
「タバコ愛が足りない」と吐き捨てていた。

そんな私が、
「ひとつくらい脱ヘルシー」を唱えている私が、
JOG JOG !」に、ただならぬ可愛さを感じてしまう私が、
真剣にタバコを吸う本数を減らそうかと思ったのだ。

やめるのではない。減らすのだ。
なぜ、やめないのかというと、
私の愛すべき女優、井上真央が昨年の夏の、あるインタビューで、
「男の人のどんな仕草が好きですか」との質問に、
「仕草じゃないですけど、ぼ~とタバコを吸ってるのって、
 なんかいいなって思ったことはあります」と答えていたからだ。
いつか、井上真央の前でタバコを吸うべき日が来るかもしれない。
その日のために、やめるわけにはいかない。

ならば、なぜ減らすのか。
最近、タバコの味が、まずく感じることが増えた。
そして、吸った後に、何か不快な感じが残ることもある。
しかし、なんとなく惰性で吸ってしまっていた。
この惰性を断ち切ってみよう。
そしたら、今まで知らなかった新しい世界が見られるかもしれない。
そう思ったからだ。

なにせ、四半世紀以上も吸い続けているのである。
大人になってからのタバコを吸わない自分を知らない。
つまり、タバコを吸わない大人の自分とは、どういうものなのかを
知りたくなったのだ。会ってみたくなったのだ。

また時々、タバコを吸った際に、心臓の鼓動が、
普段より激しくなることがある。
それも、タバコを減らす「どうき」になっている。

今、吸っている本数は、おそらく1日に15本くらいだろう。
これを、当面1日7本以下にする。
最終的には1日5本にする。
「そこまでいったら、やめれば」と言うかもしれない。
しかし、これが私のダサい美学なのである。
完全にやめてしまうのも、ちょっと寂しいのである。

飲み会があろうが、はりつめたことをしようが、
とにかく1日に5本でおさめる。
ゲーム感覚でやると、自分との戦いになり、意外と面白いかもしれない。

同年代のヘビースモーカーの知り合いの何人かが、
この1年の間に相次いで、タバコをやめたというのも、
今回の私の減煙宣言に影響している。
その中の一人、TNK氏(私と同学年)と先日酒を飲んだ。
その時も、タバコをやめた経緯について話を聴いたが、
それよりも、別の話で盛りあがってしまった。

何の話かというと、
平日の夜7時から放送されるNHKニュースの天気予報を

担当している半井小絵(なからい・さえ)さんの話である。
平日の夜7時27、8分に登場する気象予報士である。
あの優しい感じ、素朴な感じ、しっかりしてそうな感じ、
字がきれいそうな感じ…。
私は、以前から彼女への評価が高かった。

TNK氏と話していて、
「テレビはあまり見ないが、夜7時のNHKニュースは見る」という話から、
TNK氏が、「半井さんを見るのが楽しみでさぁ」と発言したため、
私も興奮し、「やっぱり田中さんは、いいところを見ている」と絶賛した。

TNK氏は、奥さんにも「半井さんファン」を公言している。
そのため、夜7時27、8分に半井さんが登場すると、
奥さんに「ほらっ、半井さん、出てるよ!」と言われるらしい。
それを嬉しそうに喋っていた。

さらに、「『名古屋から那覇です』っていうのがいいんだよなぁ」、
「全身を写してほしいよね」、
「最後に、『以上、お天気でした』の後、
 不自然に、戸惑い気味に顔をつくってる感じがいい」など、
42歳同士の非常にレベルの低い会話が、とめどなく続いた。

久しぶりに半井さんの話で意気投合したせいか、気持ちが高ぶり、
私は、タバコを何本も吸ってしまったような気がする。
その時の私は、気持ちが高ぶっただけに、
タバコ同様、「ハイになった」のは言うまでもありません。
クグ丸です。


テーマ:日々のこと - ジャンル:結婚・家庭生活


今、自宅で、ある実験をしている。
「座りション」である。
洋式トイレにおいて、男性が腰掛けて放尿することである。

私は、これまで、
「使う部分の位置に対して、さらけ出す部分が多すぎる」、
「肝心な時に踏ん張れない人間になりそう」などと言い、
「座りション」には否定的だった。
今年の正月の時点でも、導入する気持ちは全くなかった。

しかし、何が起こるかわからない時代である。
女性風呂に「なまはげ」が侵入する時代である。
サンプラザ中野氏が、「サンプラザ中野くん」に改名するという
わけのわからない時代である。

転機は、この前の日曜日(1月13日)に訪れた。
トイレの便座シートやマットなどを一新した。
3点セットではなく、バラ買いをするという思い切った行動に出た。
色は、鮮やかな濃いめの赤である。
マットは、ふかふかしていて気持ちいい。
トイレでスリッパなど履いちゃだめだと思った。

こうしたことが、私の心を動かした。
「頬ずりしたくなる便座に!」をスローガンに何かをしたくなった。
その象徴的な取組として思いついたのが、
とりあえず「座りション」だったのだ。

ほんとうに、「とりあえず」である。かつ、「突然」である。
新しい便座シートや蓋を取り付ける前は、考えていなかった。
取り付けた時に、突然、「やってみようかな」と思ったのだ。

当然、その背景には、男に座りションを望む妻が多いという世論があった。
ここで、ひとつ気になることがある。
男に座りションを望むのは、妻が夫に対してであったり、
母が息子に対してである話ばかり聴く。
ならば、妻でも、母でもない女性は、どう思っているのかである。

その答えは出ない。
ならば、相手によって、使い分けられる男になりたいと思った。
「オールラウンドに放尿できる男」と呼ばれてみたくなったのだ。
最終的には、「放尿・オブ・ザ・イア」に選ばれたいと思った。

さらには、座りションによって、
今まで見えなかったものが見えてくるような期待を持った。
立ちションをすることによって得られる知識や経験や感情が、
今より増すとは思えなかった。
立ちションから生じる全てのことは知り尽くした。
ならば、座りションによって、新しい世界に出会いたくなった。
つまり、座りションから始まる未来の中に、夢を見い出そうとしたのだ。

今日で取組を始めて5日になる。
まだ、いちいち意識しないと、座ってできない。
しかし、一度たりとも、誤って立ったまましたことはない。
ただ、長年の経験から、腰掛けると、自然な反応として、
「小」ではなく、「大」の方へ反射的に意識がいってしまい、
いまひとつ「小」に集中できず、達成感が小さい時もあった。

この取組は、一時的なファッションかもしれないとも思う。
しかし、ポジションをあまり気にしなくてもいいし、
このパッションを大切にしたい。

こうなると、周りの人はどうしているのだろうと気になってくる。
職場のバイトの女性(25歳・既婚)は、
「旦那にはしてほしいんですけど、してくれないんです」。
同僚の女性(40歳・既婚)は、「座りションって何ですか?」。
同僚のGT氏(30代・男)は「まじに、座りションなんて始めたんですか」。
同僚のY下氏(30代・男)は「去年の秋から、嫁に言われて始めました」。
同僚の中村NBR(30代・男)は、
「高校の頃からやってますよ。座ってするのが普通ですよ、私の中では。
 考えてみれば、今まで、自宅でベルトをしてたことないですね」。
人それぞれである。
私の職場での実施率は、35%くらいだと感じた。

この取組は、正直、私の中でちょっと楽しくなってきている。
風邪気味で少し調子が悪いのも、座りションのことを話していると緩和される。
つまり、この話題が、ある意味、風邪薬になっている。
これがほんとの「ベンザエース」だなと思った。

テーマ:日々のこと - ジャンル:結婚・家庭生活


1月15日、仕事で千歳市へ行った。
他の部署の者2人(A氏、B氏)と私の、計3人で行った。
A氏は私の5歳上、B氏は私の5歳下くらいである。
用務が13時過ぎからだったことから、少し早めに職場を出発し、
千歳市内で昼食をとる計画を立てた。

「千歳市内で昼食」となると、頻繁にある機会ではない。
当然、行ったことがない店に行きたくなる。
早速、A氏とB氏に、「昼食はどうしますか?」と様子を伺った。
すると、「クグエさんの行きたいところでいいよ」、
「俺らは、この前、千歳に行ったときは”ガスト”だったから。
 その前はコンビニだったから。食べられば何でもいいですよ」、
そんな回答が帰ってきた。

そこで、行ってみたい店について何軒か話してみた。
その結果、そば屋へ行くことになった。

出発は11時にすることにした。
私の中では、冬場の千歳は1時間30分かかる、とのイメージがあったため、
10時45分出発にしないかと微調整を求めた。
しかし、「千歳まで1時間30分もかからないでしょ」と言われ、
11時出発とした。

ところが、11時少し前から、B氏に電話が入り、
それが思いの外、長電話になった。
そのせいで、出発が11時15分までずれ込んだ。
「そばは、ほんとに食べられるか?」と不安を抱えたまま、
B氏の運転で、車は出発した。

私の職場は、札幌駅の近くである。
そこから千歳へ行くには、国道36号線(南4条)に出て、
そのまま南へ向かうことになる。
ところが、B氏は国道275号線(北1条)に出て、
南ではなく、東へ東へと車を走らせた。

ここで曲がらなければ、36号線からどんどん離れていく、
という交差点で、耐えきれず聴いた。
「どの道から行くの?36号線に出ないの?」
「36号線は混んでますからね。12号線を行って、
厚別で274号線に出て、北広島から恵庭に行こうかと思って」

私には、なぜそんなに遠回りをするのかが、さっぱりわからなかった。
遠回りをするにも、限度があるだろうと思った。
「余計なことしないで、普通のルートで行ってくれ!」と心の中で思った。
「普通のルートで行く会」を結成して、会長を務めたいとさえ思った。
気づくと、副会長の人選や会費のことまで考え始めていた。

私は、裏道やちょっとした近道を通るのが、あまり好きではない。
裏道や近道を使ったことにより、もっと時間がかかったり、
狭かったり、一時停止が多くて走りにくい道だったりするからだ。
特に冬はひどい。

B氏からは、空いてる道を使っての遠回りとの説明を受けたが、
札幌駅界隈から千歳市へ行くのに、
苗穂、白石、厚別、北広島というルートで行く人がいるだろうか。
考えられない遠回りルートである。
しかも、国道275号→国道12号→国道274号では、特に空いてない。
36号線とそれほど変わらない。

B氏は、平然と運転している。
私は、12号線の白石の「とんでん」の交差点を前に、
早いうちに36号線に入った方がいいと助言した。
助言であって、勧告、支持、命令ではなかった。
そのせいか、帰ってきた言葉は、「36号線は月寒や清田で混みますからね」。

「確かに月寒や清田では混むけど、12号線と大して変わらないし、
 こっちの道を行ったら、そもそも、かなりの遠回りだから」と心で思ったが、
こんなことで、空気を悪くできないので、B氏を信じることにした。
この時ほど、「急がば回れ」という言葉に虚しさを感じたことはない。
明日から「急がばスピン」と呼びたくなった。

私は、これから食べる「そば」のことを考えて、気を紛らわせた。
「寒いから、“たぬき”か“かしわ”を食べたいけど、どっちにするかな。
 初めてだから、“もりそば”にするかな」
気づくと、私の頭の中は、「そば」で満たされていた。

厚別を走っている頃に、時刻は12時をまわった。
これでは、そばを食べてからだと、13時30分到着だなと思った。
そこで、先方に「少し遅れる」と電話しようかと思った矢先、B氏が言った。
「お昼食べてたら間に合いませんね。
 出発が遅くなっちゃったからなぁ。ほんと、すいません。
 食事は打ち合わせの後でいいですか」。

「そば」で満たされていた私の頭の中は、空っぽになった。
何が起こったのかわからなかった。
「ウ、ウソだろ…。なあ、ウソだよな…。ウソだって言えよ!」と、
寺島進のような雰囲気で怒鳴りたくなった。

選択が極端である。単純である。
「食べる」と「食べない」の間の検討が無さすぎる。
こういう中間部分に素敵なことがあることを知らないのか。

しかし、B氏の提案に対しA氏は、
「まあ、しょうがないよね」と、あっさり了解。
私は、「ちょっと遅れるって連絡しませんか」と言いたかったが、
雰囲気からして、「いいよ」と答えるしかなかった。
しかも、右手の親指を立てて、「いいよ」と答えた。
私は、自分がバカじゃないかと思った。
つくづく、おめでたい奴だと思った。

「20年前の柴田恭兵か!」と自分で自分に突っ込みたくなった。

そして、千歳市に着いたのが12時55分。
用務は15時に終わる予定が16時終了。
食事をするには非常に半端な時刻だったため、そのまま職場に戻った。
以上です。
オチはありません。
愚痴だけです。


明日1月14日は、成人の日である。
私が出席した成人式は23年前、豊平区の月寒体育館で行われた。
体育館の床がスケートリンクになっていて、とても寒かった。
大学の同級生達と行った。
成人の誰かが代表して挨拶し、誰かが弓を射っていたこと以外、
ほとんど記憶にない。

式の後、札幌の町中へ出ることにした。
誰が言い出したか、ボウリングをすることになった。
私は、その年齢の頃から今に至るまで、
ボウリングに関しては、いまひとつテンションがあがらない。
その理由も、10代の頃からずっと同じである。
理由は2つある。

ひとつは、ボウリング・シューズの存在である。
どんな服装にも合わない、あのシューズ。
なぜ緑、赤、青など複数の色のラインを使うのか。
そのラインの形も、説明できないくらい不思議な模様である。

特に、職場のボウリング行事の際の、
「スーツにボウリング・シューズ」という組み合わせは、
罰ゲーム感覚に陥るような屈辱を感じる。
酒を飲まずには履けない。
また、メガネをかけてプチ変装というか、
誰かわからなくしたい気持ちになる。

ほんとは、「ボウリング・シューズなんか履きたかねえんだよ!」と、
ごねたいが、雰囲気を悪くするわけにはいかないので、平然としている。
しかし、内心はぐちゃぐちゃである。

「スーツとボウリング・シューズ」という組み合わせは、
「うなぎと梅干し」、「天ぷらとスイカ」みたいなものである。
決して、「罪と罰」とか、「男と女」のような関係にはないし、
「ハリーポッターと秘密の部屋」や「ハチミツとクローバー」でもない。

また、「スーツにボウリング・シューズ」という組み合わせは、
ボウリング・シューズが浮くだけではなく、スーツが変な服装に見えてくる。
その時のスーツは、酢豚の中の筍(たけのこ)のような存在だ。

私は筍(たけのこ)が好きだ。
中華丼や青椒牛肉絲(チンジャオ・ロースー)における筍の役割は絶大だ。
しかし、酢豚の中に入ると、目立ちすぎて、筍の良さが消される。
筍は大きく切ると、それ自体の味が主張されすぎて、
非常にバランスを欠く。

同様に、スパゲッティ・ナポリタンのピーマンである。
私はピーマンが好きだ。
ピーマンの肉詰めなんて最高の組み合わせだし、
これもまた、青椒牛肉絲(チンジャオ・ロースー)において、
欠かすことができないほど重要だ。
しかし、ナポリタンの中に入ると、嫌な苦みが際だってしまう。
ピーマンは、ケチャップ味と決定的に合わないのだ。

ナポリタンにおける玉ネギも、甘みではなく苦みを出してしまう。
玉ネギは、酢豚においても、良さが消されている。
思えば、ナポリタンも酢豚もケチャップ料理である。
私は、筍とかピーマンがどうのこうのよりも、
ケチャップ味が苦手なのかもしれない。

↓20歳の頃のクグエ氏。
20歳の頃

ボウリングでテンションがあがらない、もうひとつの理由は、
ストライクやスペアをとった時に行われる「ハイタッチ」である。
ハイタッチが、コミュニケーションのひとつとして、
楽しい雰囲気をつくる手段であることはわかる。
だが、面倒というか、億劫なのだ。
ほんとは、「ハイタッチなんかやりたかねえんだよ!」と、
ごねたいが、和を乱すわけにはいかないので、淡々としている。
しかし、内心はぐちゃぐちゃである。

こんな時、ハイタッチではなく、
それなりの女性に、常口アトムのテレビCMでお馴染みの
「JOG JOG!」をしてもらえたら、なんてテンションが上がるだろう。
少なくとも、この3年間のカルチャー・シーンにおいて、
「JOG JOG!」ほど、女性を可愛く見せる動作を私は知らない。

JOG JOG

店の女の子が、「JOG JOG!」とやる、
いわば、「スナック JOG JOG」みたいな飲み屋があったら、
私は通っているかもしれない。
ボトルを入れたら、「JOG JOG!」をしてもらえるシステムならば、
毎回ボトルを入れるだろう。

「プロの女じゃ熱くなれない」という
私の揺るぎようのない信念を動かすものがあるとすれば、
それは「JOG JOG!」かもしれない。

で、ハイタッチである。
考えてみれば、親しい人とのボウリングの時は、
ほとんどハイタッチをすることはない。しなくても済む。
職場関係で、あまり知らない人と組み合わせられた時に多い。

ボウリングにおけるハイタッチは独特の何かがある。
普段むっつりしている人も、にこやかにハイタッチをする。
自然にやる。しかも、男女問わずにだ。

それにしても、ストライクとスペアの都度だと回数が多すぎる。
また、「自分がスペアをとった時、ハイタッチをしてもらったから、
あの人がスペアをとったら、ハイタッチしないといけない」などと
考えてしまい、気持ちが落ち着かなくなる。
こうした不自由さが辛い。
それとも、私が勝手に不自由なものにしているのか。

結局、ボウリングをしている時の私は何も見えていないのだ。
何も見えなくなっているのだ。
だから、やはりボウリングの時はメガネをしようと思う。
実際、ボウリングにも、メガネにも、「フレーム」はつきものですしね。
クグ丸です。


テーマ:ボウリング - ジャンル:スポーツ


君は「いしかりバーガー」を知っているだろうか?
石狩市産の食材によるハンバーガーで、昨年12月8日に発売された。
石狩市の飲食店関係者と藤女子大学の学生が、
石狩市の特産品を作ろうということで、新たに開発した。

食材となる豚肉、タコ、レタスなど、ほとんどが石狩市産で、
パンの基になる小麦粉まで石狩市産である。
石狩市内の飲食店9店で売っていて、価格は500円。
「いしかりバーガー」の存在は、新聞で見たような気がしていたが、
その程度の認識であったため、食べてみたいという気すらなかった。

1月8日、その日、仕事で石狩市に行って来た上司によると、
石狩市の仕事関係者から、「ぜひ、いしかりバーガーを食べてみて」と、
熱心な売り込みをされたという。

その日の夜の新年会でも、いしかりバーガーの話題になった。
石狩市在住の同僚であるAY氏も、その話題の中にいた。
AY氏は既に、いしかりバーガーを食べたらしく、
「ちょっと高いですけど、味はまあまあですよ」とのことだった。

地域の特産品、しかもそれが「食べるもの」となれば、
好奇心が刺激され、普段以上に偽善者ぶりを発揮する私は、
「地域の特産品を食べることから、地域振興は始まる」、
「地域の特産品を食べると、その地域を違う角度からも見られるようになる」、
「思春期に少年から大人に変わる」など、
壊れかけのレディオ状態で喋りまくった。

隣町の石狩市が力を入れている新製品、
かつ、それが500円の地元産ハンバーガーとくれば、
「物珍しさ」と「お気軽さ」が相俟って、
「一度食べてみよう」という人は多いのではないかと思った。

そこで、職場の関係者から注文を取り、
その日の昼食に間に合うように、AY氏に買ってきてもらおうと考えた。
そして、AY氏に、「あさっての午前中、休暇を取って買ってきて」と
勝手に言い出す始末。

にもかかわらず、AY氏は快諾した。
上司も、思いの外、乗り気だった。
早速、翌日朝、いしかりバーガーの概要を記したチラシをAY氏が作成。
課内で回覧するとともに、注文を募った。
上司は、さらに上の者や他の課の幹部からも注文をとってきた。

予想以上に周りの反応が良く、ちょっとした盛り上がりとなった。
その結果、注文数は「53個」に達した。
「すごい数になったね」と、みんなで喜んだ、しかし。

予測していなかった問題が生じた。
昼12時には札幌に着いていなければならない。
そうなると、午前11時頃には、
店からハンバーガーを受け取る必要がある。
果たして、午前11時までに、
53個ものハンバーガーを用意できる店はあるのか。
さらに、AY氏ひとりで、ハンバーガー53個を、
バスと地下鉄により運べるか。
この2点である。

53個を用意する件については、
AY氏が、知り合いの石狩市役所職員を介して、なんとか都合をつけた。
早い時刻での大量オーダーということで、
話をつけるのに、手間取ったようだった。
ただ、裏を返せば、53個も受注できて、いい商売になるとも思ったが。

そして、運搬の問題である。
ハンバーガーは、つぶれてしまうため積み重ねることはできない。
おそらく箱詰めになる。しかも、何箱かになる。
そうなると、公共の交通機関により、ひとりで持って来るのは、
どう考えても不可能である。

ここで、行き詰まってしまった。
AY氏の目が、心なしか潤んでいるように見えた。
それは、AY氏の机の上にあった「ロートCキューブ」に
よるものではないだろう。

思えば、いしかりバーガーをみんなで食べようと言い出し、
さらに、周りをたき付けたのは、
他でもない私、クグエ“偽善者”スカイウォーカーだった。
それでいて、チラシも作らず、注文もとらず、
進捗状況を聴くだけだった。
ここは、私が担当するしかないと思い立ち、
AY氏とともに、午前中仕事を休み、
私の車で石狩市から札幌の職場まで、ハンバーガーを運ぶことにした。

今日の朝、まず、石狩市緑苑台にあるAY氏の自宅まで行った。
新築住宅が多く、碁盤の目の数が多い地区なので、
道に迷ってしまい、たどり着くのに苦労するかと思いきや、
なんとなく勘で車を止めた、そこがAY氏の家だった。
「青山」と表札があった。

その後、花川南の「居酒屋たぬき」なる店で、
ハンバーガー53個を受け取った。
数が数だったせいか、「何かイベントがあるんですか?」と聞かれた。
「職場で注文を取ったら、こんな数になりまして…」と、
シンプルに答えたものの、店の人は不思議がっているように見えた。

そして、無事に午前11時前に、職場に「いしかりバーガー」が到着した。
私は、車を一旦、自宅まで置きに帰ってから、職場へ行った。

↓運んだハンバーガー。ここに写っている以外にも箱があった。
いしかりバーガー1

さて、いしかりバーガーの味についてである。
パンは美味しい。これは文句なし。
ハンバーグにも好感を持った。
ハンバーグの素材は、道内産牛肉と石狩産の豚肉との「男女の密会」、
つまり「あいびき」である。
余計なものを混ぜていない感じのする、クセが全くない味だった。

これに関して、同僚の中村NBRと会話した。
オレ「これ、ハンバーグ自体が美味しいよね」
中村「ハンバーグ?ああ、パテのことですか」
オレ「パテ?何で急に専門用語なの。
   専門用語だと話についていけないから、ちょっとパテ!、
   いや間違えた、ちょっと待て!」
中村「パンのことは、バンズっていうんですよね」
オレ「ああ、そうだね。というか、ハンバーグの味はどう思う?」
中村「ああ、パテですね。タレが美味いですよ、これは」
オレ「タレっていうか、ハンバーグ自体はどうかっていう…」
中村「普通、意識しないと“パテ”と“待て”は間違わないですよね」
全くかみ合っていない会話だった。

いしかりバーガーの最大の特徴は、タコだろう。
ハンバーグとレタスの間に、
やわらかく煮たタコのぶつ切りが、5、6個はさまっている。
大きさは、たこ焼きに入っているタコを、少し大きくした程度。

このタコが、いい役割を果たしている。
味的に、ハンバーグと合うし、意外にも、パンやトマトとも合うのだ。
容易に噛みきれる食感も、このバーガーの大きなポイントとなっている。

↓「いしかりバーガー」500円。ハンバーガーの写真を撮るのは難しい。
  タコを写したいがために、レタスをパンの外側までずらしているところがトホホ。
いしかりバーガー2

全体的に印象としては、とにかく手作り感が満載である。
ただ、この素朴さを、どうとるかが評価の分かれ目になるだろう。
クセがなくて馴染みやすく、まとまりのある味だが、
反面、タコ以外に特徴が見えないため、外食という「特別感」に乏しい。
正直、各家庭で容易に作れそうな気がした。

「外食」に対する考えは、人それぞれだろうが、
私の場合は、家庭で食べられない味を楽しむのが外食である。
そのため、例えば、ファミレスで豚のしょうが焼きセット、というのは、
何か、せっかくの機会を生かしていないようで、
もったいない気持ちになってしまう。
そういう意味で、外食の「特別感」というのは、非常に重要だと思っている。

さらに、大手ハンバーガー・チェーンの機械化、マニュアル化された
味とシステムに飼い慣らされたが故に、そう感じてしまうのかもしれないが、
この「いしかりバーガー」を、
この素朴な「いしかりバーガー」を、
タコ以外にアピール性に乏しい「いしかりバーガー」を、
500円を払って食べるかである。
つまり、ファスト・フードに必要な「お気軽感」、「お手軽感」が薄い。
それが今後の最大の課題だろう。

ご当地特産品という物珍しさもあり、一度は食べるとしても、
二度、三度があるかどうかである。
というか、これに限らず、ハンバーガー自体、年に何度食べるだろう。

理屈っぽく、かつ偉そうに、一方的な感想となって大変申し訳ない。
いしかりバーガーの開発には、
かなりの試行錯誤と苦労があったと聴いている。
価格も検討を重ねた上での「500円」だろう。
ただ、食べ物は第一印象が大事である。
そして、リピート度の高低がカギを握る。

もうひとつ注文だが、
いしかりバーガーが、どこで売っているのかが、よくわからない。
情報量が決定的に少ない。
どうやら、石狩市内の9店で売っているらしいが、
そのうち昼間に売っているのは5店のみらしい。
つまり、4店は夜のみの販売である。
一般的にハンバーガーを夜、食べるだろうか。
そして、今更だが、地元産食材で作ることにしたものが、
なぜハンバーガーだったのだろう。


ほんとに辛い評価で申し訳ない。
でも、正直な感想なのだ。
こんなに読者が限られているブログで、
無難で表面的な感想を書いても、全く意味がない。
「じゃらん」や「HOKKAIDOウォーカー」になりたいのか?的な
多くの食べ物ブログへのアンチテーゼの気持ちもある。
いや、そんなにはない。

思えば私も、いしかりバーガー的にいえば、
理想と現実という名の2枚のパンにはさまれて、
閉塞感にあえいでいるタコのような存在である。
しかし、「この!タコ!」とは言われたくない。
どうせなら「この!オクトパス!」と言われたい。

テーマ:北海道のグルメ - ジャンル:グルメ


今回は、クグエ@スカイウォーカーの選ぶ「2007 ラーメン・オブ・ザ・イア」。
「オブ・ザ・イア」シリーズは、CDアルバム、本ときて、
ラーメンにまで手を伸ばすとは、おこがましいかもしれない。

というのも、偉そうに評価するほど、ラーメンを食べには行ってない。
そもそも私にとってラーメンは、昼食であるとの位置づけである。
ラーメンに限らず、麺類が夕食、というのは何かが足りない気がする。
例えるなら、中高生の頃、夕食に肉系のおかずがないと、
ちょっとがっかりした。
その時の気持ちと似ている。いや、似ていない。

ラーメンの好みというのは人それぞれである。
そして、体調、気分、誰と食べるか、どういう状況で食べるか、などで、
味の感じ方が違ったりする。
しかし、そういうことに関係なく、美味いと思えるラーメンを選んだ。

なお、対象となるラーメンの要件は次の2つのみ。
①2007年に食べたラーメンに限る。
②留萌管内のラーメンは除く。
 (判断する際、「味」に加え、「情」が入るため贔屓目になる。
  なお、留萌のラーメンについては、10月9日の記事をご覧いただきたい)

また、私は同じ店に通い詰めるより、新規開拓を優先するタイプであること、
「味噌、塩、醤油のうち、これが好き」というのはなく、
その店の看板となる味、又は一番人気の味を食べること、
チャーシュー麺や野菜ラーメンなどの
トッピング的要素のあるメニューは敬遠し、
徹底してベーシックなラーメンを注文すること。
こうしたことを踏まえて、ご覧いただきたい。

 グランプリ 

【一粒庵】(札幌市中央区北4西1)
2007年に最も行ったラーメン屋である(4回)。
お薦めは味噌ラーメン。
ひと口スープを飲んで、「すごさ」を感じるようなインパクトはないが、
食べていくうちに、このラーメンの「すごさ」が波のように押し寄せ、
波がひくことがないまま食べ終わる。

スープは、どちらかといえば濃厚な部類だが、
ダシとコクのバランスが絶妙な上に、味噌の香りに高級感があり、
非常に洗練された味わいとなっている。

一粒庵 一粒庵2
                                ↑1回目なら、迷わず味噌ラーメンにすべし。
そして、麺と具が圧倒的に素晴らしい
麺に関しては、「スープと合ってればいい」
という程度のこだわりしかない私でも、
「麺が美味いというのは、こういうのをいうんだ」と実感できる麺である。

チャーシューも素晴らしい。
柔らか度合いといい、スープと馴染んで、
味が丁度良くなるよう計算されているかのようなところなど、
私の中では「完璧」といっていい。
さらに、「もやし」も旨い。どう処理しているのかわからないが、
「もやし」ひとつとっても、他店との違いを感じる。

具に関しては、「まずくなければ、とりあえずいい」
という程度のこだわりしかない私でも、
「具でこんなに違うものか」と思い知らされる。

まとめて簡単に言うと、とても丁寧に作られたラーメンという「料理」を
食べた気持ちになる。
そして、全ての具材に気持ちを行き届かせて調理しているのが伝わる味である。

唯一気になる点は、スープが熱々ではなく、やや温めであること。
また、インパクト系のラーメンが好きな方や、
ラーメンを待っている間にタバコを吸う方には、
普通の味噌ラーメンとしか感じない方もいるだろう。

余談だが、ラーメンを作っている男性と、店員の女性の顔が似ている。
二人とも、柔らかい物腰の中に、生真面目さが伺え、大変好感が持てる。

 入賞 

【まるたかラーメン】(札幌市北区北11西4)
豚骨ダシと魚系のダシが、品良く醸し出された和風あっさりラーメン。
後味にほのかな甘みがあり、ほっとする味、安心できる味である。
他の美味しいラーメンにも共通していえるが、
スープのダシとコクのバランスが良く、麺との一体感がある。
5年ぶりくらいに行ったが、以前より美味しく感じた。

まるたかラーメン2 まるたかラーメン
                                                                   ↑これは塩ラーメン。醤油ラーメンが一番美味しい。

ラーメンを作っている男性も、店員の女性も素朴で、
この二人、顔は似ていないが、雰囲気が似ている。
優しそうな口調の中に、押しつけがましくない元気が見えて、
店全体が、何かほのぼのとした空間になっているのは、大きな魅力である。

おそらく、この女性はバイトだと思うが、
これほど、和風味のラーメン屋の女性店員にふさわしい顔、表情、口調を
もっている人はいないだろう。
BORN TO BE ラーメン屋のバイト店員」というタイトルの歌を
作りたくなったくらいだ。

2007年は、まるたかラーメンに3回行った。
振り返ってみれば、2007年中に2回以上行ったラーメン屋は、
「一粒庵」と「まるたか」だけである。

ずっとあってほしい味のラーメンである。
願わくば、店の入口の外に灰皿を置くなどして、店内は禁煙にしてほしい。

【あらとん】(札幌市中央区北10西21)
豚骨ダシと魚系のダシが、どーんとせまってくる強烈なスープである。
よくここまで、ダシをとったものだと唸ってしまうほど、
エキスがつまっている感じの濃厚さがある。
それでいて、くどくはないため、飽きることなく最後まで楽しめる。

あらとん2 あらとん
↑店の写真がなかったため、先週土曜日に撮影のためだけに行った。↑あら焚き豚骨しょうゆラーメン

麺もまた強烈である。
かなりの太さがあるもの、もちもちしており、いい具合での噛み応えがある。
食べているうちに、このスープには、この麺しかないだろうという気がしてくる。
ベスト・マッチ度は高い。

スープも麺も「どーん!」という雰囲気である一方、
どことなく品のある佇まいをしているところも評価したい。

昼食で食べると、夜までこの味が身体に残っている感じがする。
強烈なので、しょっちゅう食べたくなるとは思わないが、
突然思い出したように、強烈に食べたくなるような気がする。

またも同じような余談だが、
店員のうち、一人の男性を除く4、5人は、みんな顔も雰囲気も似ている。
除かれた一人の男性は応対がきちんとしている。
しかし、他の4、5人は、気のせいかもしれないが、
どこかやる気が感じられなく見えてしまい気になった。

行列のできる人気店である。
並んででも一度食べてみるべきオリジナリティは間違いなくある。

【白樺山荘】(札幌市豊平区平岸3条13丁目)
地下鉄南平岸駅すぐそばのマックスバリューの裏にある。
以前、平岸、澄川に住んでいた頃は、時々食べに行った。
その頃は、マックスバリューではなく、
コートやパーカーについている帽子の部分が
大量にあるような名前のスーパーだった。
そう、札幌“フード”センターだった。

今や、ラーメン好きの間では、すっかり有名店となり、
「味が落ちた」なる話も聴いていたため、4年ぶりに食べに行った。

白樺山荘 白樺山荘2

白樺山荘とくれば味噌ラーメンである。

久しぶりに見た最初の印象は、「こんなに背脂のってたか?」であった。
ひと口食べての最初の印象は、「こんなに濃厚だったか?」であった。
しかし、コクが深く、旨みにあふれている。
無意識に夢中で食べさせてしまう力がある。

ただ、40歳を超えたこの身体にとって、このラーメンは後半きつくなる。
まだスープは飲めるが、一口飲むごとに、
胃がもたれる確率が高くなっていくのが、はっきりわかる。

確かに以前と味は変わっていた。
私はこれを「良し」ととらえた。
以前より、旨みが増していたのは間違いない。
うまく言えないが、素朴感は薄れたかもしれない。
しかし、ここのラーメンは常に進化しているように思う。

【味の一平】(千歳市北斗3丁目)
今回の「ラーメン・オブ・ザ・イア」を実施するに当たり、
「2007年に食べたラーメンのうち、
 ひとつだけ食べられるとしたら、どこのラーメンを食べたいか」
と考えた時、最初に浮かんだのが、「味の一平」のラーメンである。

味噌ラーメンなのに比較的あっさりしており、非常に食べやすい。
普通によくあるラーメンのような味わいなのだが、
どういうわけか美味しく、箸が休めることができなくなる。
スープに油の膜が張られているが、全く“くどさ”がなく、
後味に、いい感じの甘みがあり、最後まで飽きずに食べられる。

味の一平Ⅱ 味の一平

まさしく「正当派の札幌ラーメン」といった感じで、
裏を返せば、派手さはないが、王道をいく気高さと深みがある。
様々な音楽を好きになったり、感動しても、
やっぱりビートルズはいいなと思ったり、
やっぱり桑田佳祐はすごいなと思ったりするのと似ている。
そう、「結局はここに返ってくるんだよなぁ」的な重みがあるのだ。

店の混雑にかかわらず、
注文してからラーメンが出てくるまでの早さは見事。
そういう点でも、完成度が高い良質の店だと思う。

【eiji】(札幌市豊平区平岸3条9丁目)
肉系と魚系のダシのいいところを丁寧に抽出したような
純度の高い、繊細なスープである。
魚系のダシの方が、やや強めに出ているものの、
非常に調和がとれており、高級感も漂う。

あっさりした味だが、ぐいぐい引き込まれていき、
「どうして、こういう味を出せるんだろう」と考えているうちに、
スープを全て飲み干してしまう。
例えは適切ではないかもしれないが、「支那そばや」の味を思い出した。
が、eijiのラーメンの方が、純度が高く、深みも感じられる。
反面、甘みやまろやかさには欠けるが、純度が高いゆえであろう。
注文を言わせていただけるなら、出来上がりまでの時間がちょっと長い。

そして、またしても余談だが、この店も、
ラーメンを作る男性と、アシスタントの女性の雰囲気が似ている。
気づいていないようで、よく気づくような
適度な距離感を演出しているところが心地いい。

↓写真右の「定食」ののぼりは隣の店です。      ↓1回目なら塩ラーメンでしょう。
 eiji_1  eiji_2

以上である。
まだ食していない美味しいラーメンは、まだまだ沢山あるだろう。
機会を見つけて、色々な味を楽しんでみたいと思う。

ただ、これを書いていて感じたのが、
音楽にしても、本にしても、ラーメンにしても、
相性の善し悪しというものが、間違いなく存在する。
そしてそれが、気に入るかどうかの大きなポイントになるということだ。

それにしても、ラーメン・オンリーで長い文章を書いたら、
さすがに疲れた。
ぐったりである。グッタリン・ジンである。
ラーメン同様、のびてしまいました。
こんなふうにしか締めくくれなくて、ご麺。

テーマ:ラーメン - ジャンル:グルメ



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