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2007年の初めには、自分がブログをやっているとは考えもしなかった。
お盆の頃でさえ考えもしなかった。
しかし、その1週間後にブログを始めていた。
今でも、その明確な理由がわからない。
何か目的があったわけでもなく、はけ口を求めたわけでもない。

覚えているのは、酔っぱらってブログの会員登録なるものをしたこと、
そして、適当に書いた記事がしっかりと公開されてしまい、
非常に焦ったことだ。
そこから後戻りできない気持ちになって、今日までやってきた。

今日は「クグエ@スカイウォーカー 実家に帰る」である。
実家にあるパソコンからの投稿である。

紅白歌合戦は例年どおり、ほとんど見ることはないだろう。
ただ、ドリカムは見たい。
「ア・イ・シ・テ・ルのサイン」って、良い曲だと思うし。
馬場俊英も見よう。
2年前に彼の歌う「スタート・ライン」という曲に心を動かされ、
CDを購入したこともあり、紅白でどう振舞うのか見てみたい。

紅白の出場メンバーを眺めて見ると、
出場者の中でCDを持っているのは、ドリカム、馬場俊英、aikoの
3人しかいないことに今日気づいた。
だから、なんだというんだろう。
年末年始の休みにすがりついていられるほど、未来は明るくない。

それにしても、こんな私の、取るに足りないブログにお付き合いいただき、
皆様に改めて感謝申し上げたい。

来年も、ご購読のほど、よろしくお願いいたします。


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テーマ:日記 - ジャンル:日記


がっかりするのはどんな時かと聴かれたら、
小上がりがあるのに靴ベラが置いていない店だった時と、
「食べたい」ではなく「食いたい」と喋る女性を目の当たりにした時である。

「そのゲームに勝ったら、ケーキがもらえるっていうんで、
 まじになって、やりましたよ。
 すっごいケーキ食いたくて」

このセリフが、私の耳に突き刺さった昨日の昼休み。
セリフの主は、保険外交員の女だった。

その女性は、週に2回程度、昼休みに来る。
年齢は25、6歳。
おそらく長澤まさみを意識しているであろう真ん中分けの髪型。
おっとりした感じで、愛想は悪くはない。
しかし、話す内容も話し方もスカスカしていて安っぽい。
併せて、雰囲気を察することを知らず、どこかずけずけした感じがある。
求めてないのに、次から次に喋るタイプである。
皆さんも、そういう人に出会ったことがあるだろう。

私は、その保険外交員の女には一切関わっていない。
いつもは、私の2つ隣の席の辺りで、私の同僚と会話しているのだが、
友人の借金の話、友人のうまくいかない恋愛の話、
芸能人同士がデートするテレビ番組?の話、
夫婦が入れ替わって生活するテレビ番組?の話など、
どうでもいい話を、次から次にする。
ほんとにどうでもいい話である。

我慢できなくなったら、私は席を立つ。
ただ、最近は慣れてしまい、大して気にならなくなっていた。
そんな時に、突然「ケーキ食いたかったから」と聴こえてきたため、
私も「ピクッ!」となってしまった。
「ピクッ!」という言葉を、口にしてしまったようにも思える衝撃だった。
もしかしたら、衝撃のあまり「ピクルス!」と言っていたかもしれない。
それぐらい、逆撫で度合いが高かった。

私の狭い了見では、女性が「食べたい」ではなく「食いたい」と使った時点で、
もう女ではないように思えてしまう。

おそらく、その保険外交員の女は普段から、
「おなかすいた」ではなく「腹へった」。
「ごはん」ではなく「めし」と、自然に言っているだろう。
勝手に、そんな想像をしてしまう。
想像せずにはいられない。
想像せずにいられる方法があったら知りたい。

「食いたい」以外にも、
「恋愛っていうのは、駆け引きがすごい大事で…」、
「やっぱ本当の自分っていうのは…」、
「いえいえ、その日はピンで活動してて…」など、
彼女の口から、胡散臭い言葉があふれ出てくる。
私は、彼女が話し出した途端に、
おなかいっぱいになった気分になってしまう。


「おなかいっぱい」といえば、先日食べたそばの量たるや大変なものだった。
以前から気になっていたそば屋「叶庵」(かのうあん・豊平6条10丁目)
に行ってきた。
この店は「とりもつそば」が名物の大人気店である。
混雑する時間帯をずらして、午後2時頃に行ったが、ほぼ満席だった。

叶庵1 叶庵2

とにかく、とりもつと玉ネギの量が普通じゃなかった。
丼の上の方にのっているだけかと思いきや、
丼の底の方にも、とりもつと玉ネギがたくさんあった。
そのせいで、あまりそばを食べた気がしない。
しかし、当分そばは食べたくないと思った。
正直、今年の私に年越しそばはいらない。

つまり、そばは、とりもつと玉ネギの量に圧倒されて
目立たなくなっていたものの、
そば自体にも、相当のパワーがあるということだ。
太めの手打ちで、しっかりとした歯ごたえのあるそばだった。
また、つゆに、とりもつと玉ネギのダシが強く出ていたため、
あまりそばを食べた気がしないのだ。

しかし、美味しかったは事実。
「とりもつそば」がやみつきになる人が多いことも、
大繁盛店であることも理解できる味だった。
今度は、「たぬき」や「かしわ」など、ノーマル・メニューを食べてみたい。

余談だが、「とりもつ+玉ネギ」の比較でいえば、
留萌管内小平町にある「フリッパー」の「とりもつ定食」の方が旨い。
和風ラーメン的にスープに、「とりもつ+玉ネギ」がふんだんに入っている。
とりもつのダシが強く出ているが、コクも深く、
それに加えて、素朴なコショウ風味が、いいアクセントになっている。
これは、仮に札幌に店を構えて提供したら、大盛況だと思う。

↓小平町「フリッパー」。今年の春に撮影した写真につき、今の季節感がなくて残念。
  さらに、このころは、ブログをやっていなかったせいか、写真の撮り方が下手すぎる。
  「フリッパー」は国道232号線沿い、
留萌市から北へ車で10分程度のところにある。
  右の写真が「とりもつ定食」。950円だっただろうか。これで1人前。満腹になる、かつ美味。
  フリッパー1 フリッパー2

「フリッパー」は、小平町内では有名だが、
隣町の留萌市民でも知らない人の方が多いくらいの知名度である。
しかし、口コミでの広がりは結構なもので、
特に長距離トラックの運転手などには、絶大な支持を得ている。

こういう話を、保険外交員の女にしても無駄だろう。
「そばより、ケーキ食いたい」と言われるのがオチだろう。
もし、そう言われたら私は、
彼女にケーキをあげるよりも、

刑期を与えたい気持ちになるのは言うまでもない。


テーマ:札幌グルメ - ジャンル:グルメ


今日は、私にとっての年末の総決算、
クグエ@スカイウォーカーの選ぶ「2007 アルバム・オブ・ザ・イア」である。
簡単に言うと、今年良かったアルバムのベスト10である。

この対象となるアルバムは、次のとおり条件設定している。
 洋楽に限定(邦楽の新譜は10枚も聴いていないため)
 原則2006111日から20071130日にリリースされたアルバム
 オリジナル・アルバムに限る(ベストアルバム等は含まない)
 コンビネーション・アルバムを除く

2005
年と2006年は、当時住んでいた留萌市のFM放送で
担当していた番組「ゴキゲンRADIO」の中で、
アルバム・オブ・ザ・イアを発表していた。
2007
年はブログで公開である。
(右下にある「リンク」で、2005年と2006年の結果を見られる)

今年は、この5年の中で、最も洋楽の新譜を聴かなかったような気がする。
そもそも、聴きたい、買いたいという作品が少なかったし、
期待していたバントが、それほどでもなかったりした。
そのため、今年の10枚は昨年、一昨年に比べると小粒である。
ベスト10は次のとおり。

1 ブルース・スプリングスティーン「MAGIC」
  ブルース・スプリングスティーン
  
圧勝である。今年最も心を揺さぶられた1枚であり、

  今年はこれ1枚に尽きるといってもいい。
  私は元来、アメリカ的な大きなロックより、
  湿り気とビート感の強い「ハマチのようなロック」、
  つまり、ブリティッシュ・ロックが好きだった。
  そのため、ブルース・スプリングスティーンに関しても、
  代表作「BORN IN THE U.S.A」からは、ほとんど聴いていなかった。
  
  しかし、ラジオから流れたこのアルバムの1曲目に収録されている
  「レディオ・ノーウェア」のイントロだけで血が熱くなった。
  「これがロックなんだ」ともいうべき真正面からのストレートなサウンド。
  そして激しくも切ないメロディとボーカルの深み。
  まさに原点回帰であり、リスナーが彼に求めていた作品だと思う。
  ライブで観客が大合唱になるのが想像できるような曲が満載。
  ブルース・スプリングスティーンのすごさを見せつけられた。
  「20年間ほとんど聴いてなくてすみません」と、
  彼に謝罪したくなったほどの作品。

2 アークティック・モンキーズ「FAVOURITE WORST NIGHTMARE」
  アークティック・モンキーズ
     アークティック・モンキーズの2
ndアルバム。

  昨年の1stアルバムに続く第2位。
  ただ、内容的には1stの方が親しみやすく、それでいて衝撃度も大きい。
  今年の作品は、昨年でいえば第6位くらいの位置である。
  前作よりハードになり、音の厚みも増しているが、
  若手ゆえの痛みを感じさせるような甘酸っぱさや、
  一撃必殺のキャッチーなフレーズが陰を潜めた気がする。
  イカした曲もある。圧倒される曲もある。
  しかし、トータルでは間延びしている感が否めず残念。
  それでも第2位。
  00年代屈指のイカしたバンドであることは揺るぎない。

3 トゥ・ギャランツ「TWO GALLANTS」
  トゥ・ギャランツ
   ギターとドラムだけの編成だが、演奏が上手く、奥行きを感じる。
  メロディが「ボブ・ディラン+ザ・ビートルズ+オリジナル」的なので、
  非常にキャッチーで、それでいて飽きない。
  衝撃はないが、じわっと良さを感じる趣があり、
  ふと気づくと、いつのまにか聴き終わっている。
  今年の最大の大穴バンドだった。

 THE DEAD 60S「TIME TO TAKE SIDES」
  THE DEAD 60S
  初期のザ・クラッシュ直系サウンドなので、

  それだけで私の評価も多少甘くなってしまう。
  サウンドもアレンジもシンプルで、決して新しさはないが、
  余計なことをしていない分、疾走感と転がり感がある。
  ロックの初期衝動を思い出させるようなイカしたフレーズも多い。
  メロディも哀愁があってカッコいい。
  ただ、バンド名は微妙である。

5 ベイビー・シャンブルズ「SHOTTER’S NATION
  ベイビー・シャンブルズ
  70年代~80年代前半を想起させるような
  スタンダードなロック・フレーズが散りばめられている。
  「激しさ」と「けだるさ」が同居していながらも、
  バランスのとれた良質のロックンロールたる佳作。
  前作に比べて毒が薄まっている。
  そこが評価の分かれ目だろうが、私は、それを良しとした。

6 マルーン5「IT WON’T BE SOON BEFORE LONG」

  マルーン5
  1stアルバムが全世界で1千万枚を超える大ヒットした後の2作目。
  こけるかと思いきや、予想以上に良かった。
  彼らの「ロック+ディスコ」サウンドは、
  純正ロック・ファンからは敬遠されるかもしれないが、
  ノリの出し方が巧みで、ついのせられてしまうパワーがある。

  また、メロディは親しみやすいのに、ダサくはないところも評価したい。

 ザ・ハイヴス「THE BLACK & WHITE ALBUM」
  ザ・ハイヴス
  これまでのザ・ハイヴスの作品で一番良い。
  
ダイレクトに真正面から、ぶ厚いサウンドで勝負してきた。
  それでいて、いい意味でのB級らしい「おちゃらけ」を忘れていない。

8 ザ・フラテリス「COSTELLO MUSIC」

  ザ・フラテリス
  イギリスの新人バンド、ザ・フラテリス。
  聴いて最初に受ける印象は、「ちょっとポップ過ぎない?」だが、
  ガレージ・ロックっぽいザラザラ感や、エッジの効き方が心地よくなってくる。
  また、音、フレーズ、メロディとも、いい意味での懐かしさがある点も評価。
  惜しむらくは、どの曲も切り口が似ているため、
  アルバムの後半の方は、違う肌触りの曲を聴きたくなってくる。

 ハード・ファイ「once upon a time in the west」
  HARD-Fi
  第4位の
THE DEAD 60Sと同様、
  ザ・クラッシュの影響を色濃く受けているバンド。
  THE DEAD 60Sの泥臭さに対して、ハードファイは洗練されている。
  サウンドもアレンジも現代風で、色々なことにトライしており、
  日本のメロ・コアっぽい曲もあるほど、バラエティに富んでいる。
  しかし、それが逆にアルバム全体のイメージをぼかしている。
  1曲目の「サバーバン・ナイツ」は、
  今年のトップ5ソングに入るほどの良い曲だけに惜しい。

10 KTタンストール「DRASTIC FANTASTIC」
  KTタンストール
  アコースティックなサウンドをベースにした女性シンガー。

  キラー・チューンはないが、ロック、フォーク、ブルースっぽい曲など、
  アルバム全体を通して非常に聴き心地がいい。
  その要因は、2ndアルバムとは思えない安定感、そして歌の上手さ。  
  声質も雰囲気も違うが、キャロル・キング的な何かを感じてしまう。
  昼間のカフェでも、静かな飲み屋にも似合う曲。
  ただ、裏を返せば、派手さがない分、
  ちょっと退屈に感じるアルバムでもある。
  なお、彼女の1stアルバムに出会ったのも今年に入ってから。
  正直、1stアルバムの方がいい。
  ちなみに、ジャケット写真と音楽性との関連性がわからない。

   
2005年、2006
年は15位まであったのに、
今年は10位でいっぱいいっぱい。

それくらい今年は、私にとって洋楽新譜は不作だった。

トップ10の顔ぶれを見ると、
ブルース・スプリングスティーンを除いては、ほとんどが2ndアルバム。
中堅バントのリリースがあまりなく、
イギリスで売れた新人(ザ・ビューやクラクソンズ)も、
私の中では、オリジナリティと破壊力の面で、物足りなさがあった。

実は、聴きたいが聴けていない作品がいくつかある。

イーグルス、アーケイド・ファィア、ジ・エナミーである。
この3バンドの作品を聴いていたら、
もしかしたらトップ10に入っていたかもしれない。

また、この企画の対象外だが、今年リリースされた
ジャミロ・クワイのベスト盤とスパイダーマン3のサウンドトラック盤は、
非常に良かった。

1月に入ってすぐ、「rock’in on」誌においても、
「アルバム・オブ・ザ・イア」が発表される。
おそらく、リンキン・パーク、フー・ファイターズ、
ホワイト・ストライプスなどが上位にくるだろう。
その中で、ブルース・スプリングスティーンが、
どの位置に入ってくるか楽しみである。

テーマ:洋楽CDレビュー - ジャンル:音楽


21日、金曜日、無事ライブは終了した。
比較的落ち着いた気持ちでライブに臨めたものの、
しばらく音楽活動をしていなかったこともあり、
わからない部分で結構なエネルギーを使ったのだろう、
ライブ翌日(昨日22日)の虚脱感は大きかった。
満足感、開放感、安心感もあったが、最も大きかったのは虚脱感だった。
ただ、いい夢を見た後のような虚脱感だった。


ライブを見ていた方は、よくわかるだろうが、
私の歌と演奏は非常に粗く、
テクニックや貫禄で勝負するタイプではない。

ストレートに突っ走るしかない歌と、
ふざけているのか真面目なのか微妙な
ロック・ミー・ベイベーなトークしかないのである。


足りない部分、至らない部分はあった。
しかし、それも含めて、今できることは全てやったと思っている。
だから、ライブ中もライブ後も、とても楽しかった。
また、出演者が、かつてライブで知り合っていた人達だったことや、
私と同年代ということもあり、振る舞いも雰囲気も大人だったので、
居心地は良かった。

↓ついに、このブログに本人初登場
071221ライブ1

ライブで演奏した曲は、全てローゼンフェルンの曲で、次のとおり。
1 手の中は空っぽ
2 また一人になる
3 わかってくれたら
4 ぼくは変わらずに暮らしてる
5 晴れた午後にひとりぼっち

4曲目を除いては、このブログにおいて、
なんらかの形でリクエストをいただいた曲である。
非公開コメントでのリクエストにつき、表に出ていないものもある。
単純に、みんなが聴きたいのをやりたかった。
それと、私の音楽的キャラクターとギター一本という性格上、
英語が一切出てこない曲をやりたかった。

ライブを直前に突如不安になったことが2つあった。
ひとつは、他の出演者は、日頃からライブ活動を続けており、
リハを見ていても本格的で、
そのプロと変わらない歌と演奏に、恐縮してしまったことだ。
その反動から私は、他の出演者のリハの後、
「アマチュアリズムが足りないじゃないの?」など、
完全に負け犬的な突っ込みをしていた。

この技術の違いにショックを受けた私は、
ステージに上がって、1曲目をやる前に、思わずこう話してしまった。
「7年くらい音楽活動ひきこもり状態で、
 今日こうして、久しぶりにギターひとつで出てきたのはいいんですが、
 皆さんに対して失礼なことにならないか、とても不安です。
 今かなり、ビビってます。
  
ビビりまくってます。ビビリアント・グリーンみたいな状態です」

もうひとつの不安は、緊張のあまり、
トークができないのではないか、
お客さんの空気を読めないのではないか、
駆け引きできないのではないか、
というものだった。
しかし、2曲目「また一人になる」を、長い曲紹介の後に歌い、
やっと会場の雰囲気が見えてきた私は、次第に調子にのってくる。

「楽屋にいた時、ステージに上がったら緊張して、
 何も話せなくなるんじゃないかと、すごく不安でした。
 あまりに不安だったので、楽屋で『白い粉』を吸ってきました。
 末端価格はわからないですけど、
 (指でお金の形を作って)結構こっちの方がかかりまして。
 ちなみに、白い粉は三田佳子の次男から分けてもらったんですけどね。

 あと、トークでつまった時のために、
 そこのローランドのアンプのところに、
 船場吉兆の女将を座らせておけば良かったなと思います。
 言葉につまったら、アドバイスしてくれるかなということで。
 『頭が真っ白になって』とかね。
 でも、女将の連絡先がわからなくて、オファーできませんでした。
 そういう気持ちを歌った曲を次にやろうかなと。

 トーク、長いですか?すべってる?
 ギターひとつで一人で歌うと、よく『弾き語り』なんて言われますが、
 実際、あまり語る人はいないんですね。
 そういうのへのアンチテーゼもありまして、しっかり語ろうかなと。
 まあ、それより『弾き語り』の『弾く』ほうを、
 しっかりやれってことになるんですが、
 私の場合は『ギターを弾く』じゃなくて、『お客さんがひく』ほうの
 ひき語りですからね。」

こうしたライブは、特定の少数の方々の空間である。
ラジオやブログは、聴いたり見ている人は限られるものの、
不特定多数の人に開かれている。
そのため、言葉には注意しなければならない。
そう考えると、ライブ中の言葉は制限が緩い。思い切ったことが言える。
その機会を有効活用したいという気持ちが、ライブ前から強くあった。

1曲目、2曲目は、非常に固かった。
身体の奥から声が出なかった。

そのMCの後から、喉の奥が開いた感じがして、
やっと普通に唄えるようになった。
ライブ後、「3曲目から感覚が戻ってきたという感じがした」
と何人かに言われた。
やっぱり、見ている人にはわかるのだ。

↓Tシャツにプリントされた「READY STEADY GO!」の文字に、小林DSK(ダイスケ)と
  M木氏から、「受け狙いなのか?まじなのか?」と聴かれた。
  「まじだね」と答えると、「今もザ・モッズの新譜を買っている人は違うね」 と言われた(笑)。

071221ライブ2

私の前に出演した「KATSUO」氏の安定感のある大人のステージ、
私の後に出演した「HAPPY CANDY DSK」の全てを超越したような
クレージーなステージ、
その後の「鹿野健治」氏の繊細で質の高い誠実なステージ、
ラストの「小松大介」氏の貫禄と包容力のあるステージ。
どれもこれも素晴らしい。
見ていて、ときに圧倒され、ときに大笑いし、ときに感動した。

皆、私とほぼ同じくらいの年齢で、
なんらかんらありつつも、音楽活動を続けている。
その情熱、そのモチベーションはすごいなぁと屈服する。
継続しているがゆえの力を見せつけられたのはいうまでもないが、
同時に、力があるから継続できていることも強烈に感じた。
音楽が好きで続けているその姿に
エネルギーみたいなものを、少しもらえたような気がした。

こういう方々とは、酒を飲んでも楽しい。
打ち上げでも、みんないい歳になっているせいか、
ビールを一杯飲んだ後は、すぐに焼酎のボトル。
食べ物もむやみに頼みすぎない、バカ騒ぎしない、
荒れる心配のある人がいない、など非常に居心地がいい。
簡単に言えば、面倒臭くなくていい。

↓沖縄料理の店「星空料理店」(中央区南3西4)で打ち上げ。
  これまでミミガーは苦手だったが、ここのはメチャクチャ美味しいと思えた。 豚の角煮もGOOD。

星空料理店1 星空料理店2

ライブのこと、打ち上げのこと、

もっと書きたいことはあるが、きりがない。
ライブのことは、ライブを見た誰かが、
このブログに書き込んでいただければと思う。

また、ライブ会場のスピリチュアル・ラウンジの入口がわからず、
街中まで来たのに見られなかったという方もいた。
せっかく来てくれたのに、私も非常に残念である。
またそのうちライブをしなければならないと思いを強くした。

確かに、スピリチュアル・ラウンジの入口は
表示がないので、
初めての方は、教えてもらわなければわからない。

この点、是非、改善をお願いしたい。
それと、演奏中は禁煙にしていただければと思う。
ステージ上は、タバコの煙でむせる。
これをこらえるのは、結構きつかった。


しかし、スピリチュアル・ラウンジの新保氏には感謝が絶えない。
音楽活動ひきこもり状態の私に声をかけていただき、
さらに、十何年ぶりかに、かつての音楽仲間にも会わせていただいた。

2007年は私にとって「後厄」だった。
前厄に突入した途端の2005年2月、
スノーボードをしていて木に激突し、顔面骨折したことから始まり、
この3年間で首のヘルニア、胃にポリープなど身体の衰えのほか、
トラブル、アクシデント、思いがけぬ別れなど
数々の良からぬ出来事があった。
そのため、早く2007年が終わらないかなぁと心のどこかで思っていた。
でも、2007年の最後に、こういう場を与えていただき、
ほんとうに楽しませていただいた。
改めて、スピリチュアル・ラウンジ新保氏に、お礼を言いたい。

↓スピリチュアル・ラウンジの入口
071221スピリチュアル

厄年に関して私は、神や仏がどうだ、とかいうタイプではないので、
なんらの対応を考えていなかった。
しかし、前厄の年に起こった数々の災難を受け、
本厄、後厄の年は、1月にお払いに行った。
「お払いに行かないから良くないことが起こった」と思うのが
嫌だったからだ。

厄年を終えた来年は、お払いに行かなくていいのだろうか。
とりあえず油断はできない。
私自身が、お払い箱にならないように気をつけたい。

テーマ:バンド活動♪ - ジャンル:音楽


男子トイレで時々見かけるのが、
手を洗うときにハンカチを口にはさんでいる人である。
これは一般的に、当たり障りのないマナーとして認知されているのか?
私はあれが不潔に思えて非常に気になる。
ポケットの中にあったものを、かじるのである。
さらに、かじったものをポケットに入れるのである。
また、「きれ」をかじるという不快感はおぼえないのだろうか。
疑問である。

また、ハンカチかじりをする人は、
手がふさがっているからやるのではなく、
多少「かっこいい」という意識があるからやるのではないかと
想像してしまう。

もしかしたら、木村拓哉もやってそうだから、やっているのかもしれない。
というか、抱かれたい男性芸能人ランキングみたいので、
木村拓哉が毎年のようにトップになるが、
ほんとにアンケートをとった上での公正な結果なのだろうか。
疑問である。

仮に私が、抱きたい女性芸能人は?と聴かれたら、
自分の「欲」をさらけ出すようで、恥ずかしくてとても答えられない。
まして自ら、インターネットや葉書で、
抱きたい女性芸能人を報告するなど考えられない。

私の狭い交友関係の中で、
木村拓哉の大ファンだという女性には会ったことがない。
逆に言えば、おそらく、木村拓哉の大ファンだという女性には、
共通する何かがあり、それが壁になって、私とは親しくはならないのだろう。

木村拓哉不支持の女性からは、
「かっこいいとは思うけど、かっこつけ過ぎでひく」、
「かっこいいとは思うけど、不自然。ていうか変」
「玉山鉄二の方がいいと思う」などの意見をいただいたことがある。

私も同感である。
端的に言えば、アンチ木村である。
整った顔をしているし、平成を代表する大スターではあることは認める。
ただ、偉そうな態度、俺中心的な傲慢さ、知性の無さ、
器用だが全てに薄っぺらい感じ。
そういうものが、見た目からにじみ出ている。
妻が工藤静香だというのも、センス的にどうなのか。

以前、世の中の大半は木村支持なので、こういう話は憚られると思っていた。
政治家はこけにしてもいいが、
木村氏をこけにすると、敵をつくることになるとさえ思っていた。

何年か前、ロック知人、スミス西野氏との雑談の中で、
アンチ木村であることをカミングアウトした。
疎外感を味わってもいいという覚悟で発言した。
すると、スミス西野氏から、
「あれは、ひどいですね、メンバーを見下してますね」と返ってきた。


その言葉は、私の大きな自信となった。

「♪今までの君は間違いじゃない」と、
佐野元春「約束の橋」を自分に対して歌ってやりたくなった。
仕事を抜けて、カラオケ「歌屋」へ行こうかと思った。
スミス西野氏からは、体制に立ち向かう気概を感じ、
「スミス西野」から、「レボリューション西野」に
改名しようかと思ったほどだ。

そのほかにも、「ジャニーズ内での、木村クン、中居クンなどの
『クンづけ』が我慢ならない」など、
意見の一致をみることが多く、嬉しさのあまり興奮状態になった。
20年くらい前に放送された「夜のヒットスタジオ」での、
アンルイスと吉川晃司の、目に余る卑猥な共演以来の興奮だった。
興奮して強い酒を飲みたくなったほどだ。
スミス氏も興奮状態に達し、
「長くやめているタバコを吸いたくなった」と発言していた。

ただ、「スマップ」というグループはすごいと思う。
色々なことにトライし、それなりに無難にこなし、
テレビの前の人を楽しませようという気持ちも感じる。
また、メンバー間のバランスも良く、役割分担というか、
自分は「スマップ」という枠の中でどうあるべきかというのを、
自分目線ではなく、スマップという組織を、上の方から見て、
自分のポジションを置いていると思う。

しかし、いかんせん、品のないグループである。
喋り方、受け答えの仕方、食べ方、笑い方…、品が無さすぎる。

ジャニーズでいえば、明らかにTOKIOの方が品があり、誠実に見える。
私は、一緒に仕事をするなら、ジャニーズの中ならTOKIOとやりたい。
仕事への姿勢、相手への配慮など、最もきちんとしてそうである。

あと感じるのが、木村拓哉ファンは男も多いということである。
私の職場関係者にも、喋りや仕草を意識している?と思われる男性が、
これまで何人かいたし、今もいる。
現在の職場でも、2か月くらい前だろうか、
映画「HERO」を見に行ってどうだったとか。見に行きたいだとか、
3人くらいで盛りあがっていた。
おそらく彼らは、西島秀俊や加瀬亮の芝居の良さはわからないだろう。

私の木村批判に、もの申したい方もいるだろう。
仮に、そういう方が、例えば「ふざけるな」とか、
「お前、何様のつもりだ!」など文句を言ってきたら、
私は、毅然として、はっきりと言ってやりたい。
「すいませんでした」と。
私は、批判に弱いのだ。

おそらく今日も木村拓哉氏は、トイレで手を洗うとき、
ハンカチを口にはさんだだろう。
というか、そもそも、トイレで手を洗うのは、
用を足した後ではなく、用を足す前にすべきなのではないか。
汚いものに触れるのではなく、
汚い手で触れる方が問題だと思う。


今日は、トイレがらみの話の間に、木村拓哉氏の話をはさむなど、
まとまりに欠けて恐縮である。
やはり、ライブが間近なせいか、
不思議な興奮状態というか、どこか心が不安定である。
今日の話は、トイレがらみの話だけに、水に流していただきたい。
クグ丸です。

えっ?オチになってないって?
ライブが間近なせいか、落ち着かない(オチつかない)のです。

テーマ:SMAP - ジャンル:アイドル・芸能


土曜日の午後、ギターの修理に出している玉光堂楽器センターから、
修理が遅れるとの連絡があった。
当初の予定では、遅くても日曜日には修理が完了するとのことだった。

20年くらいの前の古いギターであるため部品がなく、
東京から取り寄せているが、まだ到着していないという。
じゃあ、いつ修理が終わるのかと聴けば、
「遅くても水曜日(19日)には」と言われた。

水曜日?水曜日じゃ遅すぎるだろう。
水曜日にギターが戻ってきて、金曜日にライブというのは無理がある。
これは非常事態である。
非常事態宣言をしようと思った。
が、宣言をする相手がいないので、やめた。

しかし、危機的な状況である。
「全てなすがままに」と、LET IT BE的なことを言ってる場合ではない。
私は半ば衝動的に、実家までフォーキーなギターを取りに行った。
金曜日から降った雪のせいで、実家まで3時間近くかかった。
にもかかわらず、実家にフォーキーなギターはなかった。

10月頃、実家にあるギターを整理した。
20年近くもの間、使っていないギターが何本かあったため、
場所をとるから、なんとかするようにと母からの指摘を受けていた。
そこで、捨てるギターと、保管しておくギターとを振り分けた。
その時、フォーキーなギターを、保管するほうに振り分けたと思っていた。
しかし、実家に帰ってみると、
そのギターは、実家の向かいに住む中学3年生(女子)のものになっていた。

母は、粗大ゴミの日に、そのギターを捨てようと、
ごみステーションに運んでいたら、向かいの夫婦と会った。
そして、「娘にギターを買って欲しいとせがまれている」という話を聴き、
丁度良かったとばかりに、ギターを差し上げたという。

私は、何をしに実家に帰ったのだろう。
私は自らを「キング・オブ・空回り」と称したくなった。
名刺にも、氏名の上に「キング・オブ・空回り」と印刷したくなった。

翌日(日曜日)は、午後4時からスタジオを予約していたため、
午前中に、すごすごと実家を後にした。
帰りの車中、思い切ってギターを買うか、誰かに借りるかなど、
対応方法を色々と考えた。
しかし、結論は出ないまま、自宅に到着。
その時、玉光堂楽器センターから電話が入った。
午前中に部品が届いて、今、修理を終えたとのことだった。

もう、何がなんだかわからなくなった。
テンションが急激に上がってきて興奮した。
そのせいか、そこに置いてあった「チートス」を、
凄いスピードで食べてしまい、途中で気持ちが悪くなった。

その後、ギターを取りに行き、その足でスタジオに入った。
すったもんだはあったが、とにかく、ギターは手元に戻った。
嬉しさのあまり、闇雲にギターを弾き、そして歌った。

↓アンプはこんなにあるのに、使うのはひとつだけ  ↓こういう景色を前に一人で練習
スタジオミルク1 スタジオミルク2

30分も経つと、歌と演奏の荒さが気になり始めた。
そこで、強弱をつけたり、弾き方を変えたり、色々と試し始めた。
ところが、イメージどおりに唄えないし弾けない。
部分的にやるとできるが、通してやるとできない。
長いブランクが、こういうところであからさまになる。
また、私の荒さをカバーしてくれる他の楽器はない。

私は帰りがけ、スタジオのおじさんに、
「ギターの音の強弱とか、
細かく弾きたいところとか全然ダメなんですよ」と自らを嘆いた。
すると、「そういう細かいところを気にするより、
その曲にとって一番大事なところだけ考えればいい」と返ってきた。
何かちょっと元気になる一言だった。

とりあえずギターが戻り、練習できたことにほっとした。
ほっとしたせいか、スタジオから帰ると、とりあえず何か食べたくなり、
そこに置いてあった「チートス」の残りを食べきった。
またも気持ちが悪くなった。

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ミュージシャンが、例えば20年前にリリースした曲をライブでやるとき、
オリジナル作品にはないアレンジが施されていたり、
歌メロを多少変えて歌う場合がある。

20年前の曲を吟味して、新たなバージョンでやることにより、
自らのリフレッシュにもなるし、オーディエンスにも楽しんでもらえる。
結果、よりいいものになる、というねらいでもあるのだろうか。

こうしたミュージシャンのあり方に、私は否定的である。
ハートエッジが痛み出す。
「勝手にアレンジするなよ」と心の中でつぶやく。

例えば、サビの高音域の部分で苦しそうに歌うところがいいのに、
メロディーを中音域に変えて歌ったり、
ギター・ソロが終わった後、そのままたたみ掛けるように、
サビの部分を繰り返すところがいいのに、
ギター・ソロが終わった後、延々と余計な演奏をするのである。

あるべきメロディが、ずれている歯がゆさ。
あるべき演奏が、違うタイミングで進む置き去り感。
私は、オリジナルを聴きたいのだ。
そのままでいいのだ。
それともこれは、進化することを望まない怠け者の発想なのか。
いや違う。
私は、オリジナルと同じ歌、同じアレンジの中で、進化を見たいのだ。

紅白歌合戦やミュージック・ステーションの特番やでありがちな
スペシャル・メドレーなどというものも、腑に落ちない。
メドレーは多くの場合、「いいとこ取り」ではなく、
「いいとこ消し」だと思っている。

「いいところ」というのは、
「いいところ」へ導く歌詞やメロディがあり、
「いいところ」を際立たせる前奏や間奏があってこそ成り立つのだ。
文章にしてもそうだし、恋愛にしてもそうだ。
「いいところ」までの「フリ」と、
「いいところ」の後の「余韻」があるから、
「いいところ」が「いいところ」として成り立つのである。

私のライブも、1週間後にせまった。
私は、このようなことを踏まえ、原曲に忠実に歌い、演奏する。
「晴れた午後にひとりぼっち ’07バージョン」などあり得ない。
ちなみに演奏するのは全て、ローゼンフェルンの曲にする。
どの曲をやるかは、これから検討する。

修理に出したアコースティック・ギターは戻ってきていない。
どうしても土・日のうちに完了してほしいと、
玉光堂楽器センターに、再度、窮状を訴えた。
ほんとうに戻ってくるのか、いまだ不安は残る。

木曜日の夜、エレクトリック・ギターを使い、
どの曲をライブでやろうかと、様々な曲を弾いてみて考えた。
家でアンプに通さずに弾いているため、音は小さい。
そんな、せこせこ弾いている儚さと、
ほんとにライブができるのかという不安とで、
ハートエッジが痛み出した。

しかし、20分くらいやっていると、楽しくなってきた。
さらには、「いいメロディだなぁ」、
「ここでBm(ビーマイナー)を使うところが上手いねぇ」など、
一人で自画自賛をし出す始末。

解散時のローゼンフェルンのメンバーは、
メンバー同士で褒め合うことが多く、
自他共に認める「自画自賛バンド」だった。

例えば今年の9月に、1日だけの再結成のための練習の際も、
クグエ「この曲、山中クンのギターを聴いていたら、
    すごくいい曲だなって思えるねぇ」
山中氏「オレのギターっていうより、曲がいいからですよ」
吉田氏「でも、あの頃より、いい曲に聴こえるね」
クグエ「吉田クンのドラムがいいからだよ」
山中氏「歌詞もいいんだよなぁ」
こんな感じである。

一人で自画自賛しつつ、色々な曲を弾いているうちに、
曲の構成を考え始めた。
「この間奏は、ギター1本じゃきついから、コードを変えて短縮しよう」、
「3コーラス目もAメロをやると、くどくなるから、
 この部分は省略して、間奏の後はいきなりサビに入ろう」。

勝手にアレンジしようとしているのは私自身だった。

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本州で生まれ、本州の高校や大学を卒業し、
北海道に就職する人がいる。
仕事を辞めて、北海道に移住する人もいる。
そういう人に、これまで何人か出会っている。
そして、出会ったほとんどの人に、私は好感を持っている。

なぜ北海道に就職、あるいは移住したのか聴いてみると、
素晴らしい自然、美しい景色、美味しい食べ物、
スキーを思う存分やるなど様々である。

様々ではあるが、共通しているのは、
北海道にずっと住んでいる人より、北海道のことに何かと詳しいことである。
実際、色々なところへ出かけているし、
その土地の美味しいものも知っている。
好奇心と積極性を駆使して、北海道を楽しんでいる。
そして、北海道を好きだという気持ちが伝わってくる。
そういう人に会うと、私も嬉しくなる。

10月、11月の2か月間、
私の職場に、奈良県出身の30代の女性がアルバイトに来ていた。
話を聴くと、奈良県の、とある役場で働いていたが、
旅行で訪れた北海道の自然と食べ物に感動して、役場を退職。
北海道に移り住んで2年になるという。
その行動力と思い切りの良さに感心した。

この女性、北海道のガイドブック的なものを、相当読んでいるようで、
さらには、インターネットでも色々と調べているようで、
かなり詳しかった。

鵡川のシシャモといえば、「大野商店ですね」、
増毛のタコといえば、「遠藤水産ですね」、
帯広のまんじゅうといえば、「高橋まんじゅう屋ですね」。
こんな感じで、素晴らしい反応を示した。

職場で、私の斜め向かいの席は、中村NBRという男性(31歳)である。
彼は、23歳くらいまで埼玉で生活していた。
「どうせなら、北海道いっちゃおうかなと思って」という、
いまいち明確ではない理由で、北海道に就職口を求めた。

中村NBRは、日本ハムファイターズのチケットを、
インターネット・オークションでゲットするほどのファンである。
また、口調も、どこか北海道らしいアクセントになっている時があり、
そんなところに、なぜか嬉しさを感じる。
中村NBRは、北海道の食には、こだわりを見せない。
ただ、北海道に来て良かったことのひとつに、
山岡家のラーメンをいつでも食べられることを挙げる。

ある日、仕事の合間に、この2人を交えて6人で雑談をしていた。
ちなみに、私以外の5人は、みんな30代前半、
そしてアルバイト女性を除いては男性である。
そこで、仕事関係者である明石さん(26歳くらいの女性)の話題になった。
「明石さんは、眼鏡をはずした方が可愛いと思う」など、
胡散臭い男達の、みみっちい会話である。

その時、「クグエさんは、明石さんの評価、結構高いですよね」と、
話をふられた。
気持ち的には「うん、そうだね」だったが、
ストレートに、イエスな回答をすると、
40過ぎのエロオヤジの戯言になるのではないかという不安が
一瞬、頭をよぎり、こう答えた。

「明石さん、いいよねぇ。
 でも、明石英一郎の方が上だけどね」

「明石英一郎」という意外性に吹き出した者もいれば、
冷ややかに笑った者もいた。
その時、無反応だったのが2人いた。
アルバイトの女性と中村NBRである。

そう、北海道歴が短い人は、明石英一郎という、
北海道に長く住む人なら、誰でも知っているような
ローカル局のアナウンサーまでは知らないのだ。
北海道の有名店は知っていても、
それだけでは、どさんこワイドとは言えないのだ。

中村NBRは、「なんすか?どさんこワイドって」という感じだった。
そして、明石英一郎を引き合いに出したことは、
本州出身者を前に、KY(空気読めない)発言ではないかという話になり、
私は、こう切り返した。

「KYっていっても、オレの場合、木村洋二だけどね」

周りは、愛想笑いとせせら笑いに包まれた。
STVつながりの、この見事な切り返しが一瞬にしてしぼんだ。
中村昇は、「誰すか?木村洋二って」という感じだった。

ということは、日高晤郎氏も知らないのではないかと思って聴いてみると、
ノボル中村は、「誰すか?日高晤郎って」。
山岡家のラーメンは好きでも、
ウイークエンド・バラエティはしていないのだ。
おそらく、ランラン号を見ても、何も感じないだろう。

私は運転中、たまにランラン号を見かけると、
「ランラン客待ちリクエスト」に出てみたいなぁと、
タクシーの運転手でもないのに思う。
そして、「何、リクエストしようかな」と考えたりもする。
これは、「食わず嫌い王決定戦」に出演できるわけがないのに、
「オレだったら、大好物の3品、何にするかな」と考える時と同じである。
42歳にもなって、私はいったい何をやっているのだろう。


この1週間、苦悩した。
いくつかの厄介ごとが重なり、
何から手をつけるべきか考えては、
何もしないことの繰り返しだった。

厄介ごとの一つは、アコースティック・ギターの修理だった。
ギターをアンプにつなげても、
音が出なくなっていることを7年前から認識していた。
しかし、これまで放置していた。
なぜなら、ギター・アンプにつなげて使用する機会がなかったからだ。
ならば、なぜ今、修理をしなければいけないのか。
ギター・アンプにつなげて使用する機会が生じたからだ。

12月21日、金曜日、ライブに出演する。
場所は、札幌市中央区南2条西4丁目、「スピリチュアル・ラウンジ」。
私、一人で出演する。
使用する音は、アコースティック・ギターと声だけだ。

9月に、私がかつて在籍したバンド、ローゼン・フェルンの
1日限りの再結成ライブに出演したものの、
その後はまた、音楽活動から離れていた。
しかし、久しぶりの音楽活動で、
さえない毎日の中に小さな光明を見い出したような気になっていた。

そんなある日、スピリチュアル・ラウンジの新保氏から連絡があった。
「12月に、出演者全員、アンプラグドで、っていうライブをやるんですよ。
 出ませんか?

 アコースティック・ギター持ってくればいいだけですから。
 この前のローゼン見てたら、全然いけるじゃないですか」

この新保氏の言葉は、私の千円札や百円玉に触れた。
つまり、「きんせん」に触れた。
「できるかな?」と、のっぽさん的な不安があり、
少し検討する時間をもらったが、
「まあ、なんとかなるか」と出演を受諾した。それが11月の始め。

その後、何もしないまま、時間は過ぎた。
ほんとにライブをこなせるかが不安で、
先日、3度目の離婚をした玉置浩二氏的に言えば、
消えそうに、燃えそうな心だった。

11月下旬になると、ギターをアンプにつなげて使えない現実が
大きなプレッシャーとなってきた。
にもかかわらず、
「修理に時間がかかって練習できなかったらどうしよう」、
「修理だけのために、街に出かけるのは面倒だ」、
「玉置浩二氏の離婚について、考察する時間がほしい」など、
修理に行くのが億劫な理由ばかりを、
今以上、それ以上、考えていた。


歯が痛むのに、歯医者に行かないでいるような状態だった。
痛くなって我慢できなくなるのを待っているようだった。
と同時に、「修理に結構お金がかかるから、買った方がいいですよ」と
言われるのが怖かったのだ。

しかしついに、ライブへの不安で血圧が上がるのを自覚する瞬間があり、
いよいよ限界が来たと感じ、ついに玉光堂楽器センターへ。
やはり、「買った方がいいかも」と言われたが、
色々と事情を話し、結局、修理することになり、ギターを預けてきた。
次の土曜日、つまり15日までには修理を終える、とのことだった。

ライブは21日である。
ギターが戻ってきてから、1週間もないのである。
果たして、ほんとにライブはできるのだろうか。

もしかしたら、トーク・ライブになるかもしれない。
「弾き語り」ではなく、「語り」のみになる可能性がある。
いわば、「万里の河」状態である。
つまり、「トーク、トーク、どこまでもトーク」というわけだ。
意外に、その方がウケるのではないかという、おかしな安心感もある。

歌を求められたら、最悪、カラオケを歌おうかとも思う。
トークを長くやって、「万里の河」を歌うという合わせ技もできる。
あるいは、
普通のカラオケじゃつまらないので、替え歌にしようとか。
これまた、その方がウケるのではないかと考えてしまう。
しかし、これでは完全に余興である。
私は、いったいなんなんだろう。

(追記)
とりあえず、演奏する曲を考えたい。
ほとんど、ローゼンフェルンの曲にしようかと思う。
ローゼンフェルンを知る読者の方限定の話になるが、
中期の代表作、「手の中はからっぽ」は、やりたいと思っている。

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このブログで「食」に関する話はよくあるが、
意外に少ないのがラーメンの話である。
10月に千歳の「味の一平」について書いてから途絶えている。

その後も、初めての店、久しぶりの店など、何軒かは行ってるものの、
ここに掲載するほどのパッションを、私に与えてくれるラーメンはなかった。

そんなラーメンに出会いたかった。
私は、矢野顕子の名曲「ラーメンたべたい」を聴きながら、
先週の木曜日の夜、平岸へと向かった。
“今度来るときゃ みんなでくるわ ばあちゃんも連れてくる
 けど今は一人でたべたい ラーメンたべたい”
矢野顕子の「ラーメンたべたい」は、いつ聴いても切なくなる。
切なくなりすぎて、ラーメンを食べる気が失せそうになった。

それでも、平岸3条9丁目、「麺屋eiji」なる店にたどり着いた。
平岸、澄川に通算14年、住んだことがある私にとっては、
東区に住む今も、平岸は身近に感じている。

「麺屋eiji」の外観は、ラーメン屋らしからぬ雰囲気で、
いわゆる「カフェ」のような感じである。
「カフェ」といっても、ネットカフェのようではない。
事実、インターネットはないし、住居代わりに来店している人はいなかった。

↓駐車場なし。近くにあるスーパーの駐車場にとめるのが無難。
  そのスーパーの名称は、 アニメや映画の吹き替えをする人、つまり「
西友」。
eiji2

店内は、赤と木目を基調とした洋風で、
ラーメンを作る男性も、アシスタントの女性も、
白いYシャツに、カフェ風のエプロン姿である。
非常に清潔感があり、対応もスマートで慎ましく好感が持てた。

「本物」とも言うべきレベルの高さを感じるラーメンだった。
スープは、肉系のダシも魚系のダシも強く、
それでいて調和のとれた和風の味で、
思わずため息が出るような深みと品があった。

このダシの出方はすごい。
肉系も魚系も、ダシのいいところを丁寧に抽出したような味わいがある。
純度が高く、繊細である。

麺との相性も良い。
詳しくはわからないが、麺にも、余計なものが含まれていない純度を感じた。
食べていくほどに深みを感じ、
どうして、こういう味を出せるんだろうと考えながら食しているうちに、
珍しくスープも全て飲み干した。

↓醤油ラーメン650円。1回目なら塩か醤油にすべき。
eiji1

非常にラーメン偏差値が高い作品である。
文句のつけようがない。
しかし、こういうラーメンが大人気になるかといえば、また別なのである。
ダシの純度が高いせいか、甘みのようなまろやかさは少し足りない。
私を含め、ダシ重視の方にとっては、それがいいのだが、
脂中心のこってりしたラーメンや、ダシより旨み重視の方には
何か物足りなく感じるかもしれない。

また、チェーン店にありがちな大味なコクが好きだったり、
初めて食べるラーメンなのに、反射的にコショウをかけたり、
初めて行った店なのに、「辛味噌ラーメン」がメニューにあれば、
それを頼むような方には不向きだと思う。

それと、やみつき度はどうかという点がある。
「時々強烈に食べたくなる」というようなインパクトには
欠けるかもしれない。

つまり、「レベルが高いがゆえに一般ウケしないかも」という懸念がある。
いわば、このラーメンは良質なジャズであり、
ヒットチャートを乱高下する使い捨てのJ-POP歌謡や
安っぽいR&B歌謡ではない。
それだけに、長く存在し、親しまれる店であってほしい。
東京にあったら、とんでもなく行列ができる店だと思う。

ところで、店名の「eiji」。
人の名に思えるが、それより気になったのは、なぜ「英字」なのかである。

「麺屋eiji」へ行った翌日は、仕事で江別市へ行った。
一緒に行ったメンバーが、
大人気ラーメン店である「銀波露(ぎんぱろう)」に
行ったことがないとのことから、連れて行った。
私は4年くらい前に行って以来、2度目だった。

以前に行った時は、独特の旨みはあったような気がするものの、
どこか深みがなく、
さらには、店は混んでいるのに、厨房店員の談笑が気になり、
テンションも味も下げ、自分の中から消えていた店だった。
それでも人気は上昇し、札幌市内に支店もできているため、
再確認すべく新たな期待を持って行ってみた。
銀波露1

一口スープを飲む。
独特の香りのあるスープである。何かの味に似ている。
また一口飲む。
何かを焦がした香りがする。
しかし、嫌な気はしない。むしろ香ばしさがあり、食欲をそそる。
また一口飲む。
どことなく焼肉の塩ダレの味がする。
しかし、嫌な気はしない。むしろ旨みを感じる。
また一口飲む。
甘みも感じてくる。
そんなふうに最初のインパクトが強く、食が進む。

しかし、食べていくうちに、香りと味の強さが表面的で
奥行きがないように感じ、微妙に飽きてくる。
そして、早めに腹が満たされてくる。
ただ、焼肉の塩ダレ味と焦がした香りの正体がずっと気になる。

↓塩ラーメン600円。銀波露も1回目なら塩か醤油にすべき。
銀波露2

私的には、ジャンクで直接的な味のラーメンである。
しかし、ジャンクであるがゆえの「やみつき性」や「中毒性」はあると思う。
これが一番好きという人は結構いると思うし、
「今日は銀波露しかない」という、
ONE AND ONLY
性は持っている味である。

それにしても、2日連続の外食ラーメンは、
40歳を過ぎると、油が胃に重たく感じる。

油といえば、灯油価格の値上がりが大きな問題となっている。
価格の急騰で、給湯を控えている人もいるだろう。
特に年金生活者にとっては、死活問題である。

ここまで値上がりすると、災害だといってもいい。
国会議員が動いてもいい問題ではないか。
具体的には、年金生活者には補助金を出すとか、割引するとか、
早急に対策を講じる必要があるだろう。

灯油が値上がりするのは予見できたはずだ。
にもかかわらず、何も策を講じていない。
まさに、政治の不作為である。
そして、事実、災害は起こったのに、何も救助していないようなものである。

インド洋での海上自衛隊の給油活動の継続より、
北海道民への給油活動について検討しなければいけないだろう。
北海道選出の国会議員は何をやっているのか。
こういう時こそ見せ場なのに、
道民の生活に根ざしていない議員が多いからか、全く役に立たない。

ところで、灯油価格の高騰は、ラーメンを作らないことにもつながる。
なぜなら、灯油も、ラーメンを作らないことも、
「ゆでん」がつきものだからです。
えっ?ラーメンを茹でる時のエネルギーは、灯油じゃなくガスだろうって?
こんなに簡単に「ばれる」とは…。
ガスだけに、「もやっ」とした話になってすみません。
「きりっ」と終わるように心がけます。
クグ丸です。

テーマ:ラーメン - ジャンル:グルメ



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