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私が今、守屋前防衛事務次官の立場だとして、
警察の取り調べで、「今の気持ちを色に例えたら何色?」と質問されたら、
「わいろ」と答えるだろう。

守屋前防衛事務次官が28日、逮捕された。
守屋氏の妻も逮捕された。
報道によると、守屋氏の妻も接待を受けるのに積極的で、
楽しみにしていたとさえ言われている。
ゴルフの腕前も相当なものだったらしく、
「今の気持ちを色に例えたら何色?」と質問されたら、
おそらく「グリーン」と答えていただろう。

新聞記事を読んでいたら、見過ごせないことが書いてあった。
守屋氏の妻が接待ゴルフの際に使っていた偽名が
「松本明子」だったということだ。
新聞報道によると、明るく快活な人だから、という理由で、
松本明子にしたらしい。
ほかに選択肢はなかったのか、考える時間はなかったのか、など、
その辺りも取り調べをしていただきたいが、
一番気になるのは、多忙な防衛キャリア夫妻が、
どうして「松本明子」を知っていたのかである。
普通、「明るく快活な人」で、最初に「松本明子」となるだろうか。

私が推察するに、守屋夫妻は「DAISUKI」を、よく見ていたのだろう。
「DAISUKI」は、1990年代に土曜の深夜に放送されていた番組である。
多忙とはいえ、土曜の深夜は、自宅でテレビを見られたのだ。
「DAISUKI」は、近場だけど、ちょっとした旅行気分に
なれるようなところへ行き、
名所を探索したり、何かを体験したりして、わいわい楽しむ番組である。


守屋夫妻も、そんな体験をしたかったのだと思う。
そんな時、他人のお金で、それが実現するチャンスが巡ってきた。
その結果、接待が「DAISUKI」になったというわけだ。

守屋氏は、便宜は図っても、改善は図れなかったのか。
他人のお金で遊ばせてもらう甘味が、罪や悪の意識を上回ったのか。

決して懐(ふところ)は寒くはなかったはずだ。
なぜなら、寒ければ「賄賂」ではなく、「カイロ」を要求したはずだから。
ただ、山田洋行側は、カイロは渡さなくとも、
使い捨てカイロを使う時のように、揉み手で近づいたのだろう。

守屋氏の逮捕容疑は、「収賄」である。
豚の挽肉や玉ネギなどを練り込んで、
小麦粉の薄い皮で包んで蒸した…、それは「シューマイ」。

シューマイといえば、横浜の有名店「崎陽軒(きようけん)」が、
原材料表示が誤っていたとして、販売停止と回収を行った。
JAS法では、原材料の使用量が多い順に表示するよう定めているが、

本来、5番目に表示すべき「ホタテ貝柱」を、
2番目に表示していたのだという。

偽装には変わりないかもしれないが、
賞味期限を偽装したとか、原材料を再利用したのとは質が違う。
原材料表示の順番の誤りであり、中身は問題がないのに、
回収して、廃棄処分にするのだという。
この対応の潔さ、反省の見せ方は、
崎陽軒ブランドのイメージ・アップにつながるだろう。

ただ、ケチな発想かもしれないが、
「廃棄」というのは、もったいない気がする。
誤りを告知した上で、無料配布という方法もあったのではないか。
テレビはハイヴィジョンなのに、

ハイヴィジョンを見ていなかったよりも、もったいない気がする。

こうした食にまつわる問題が後を絶たない。
そんな中、私としては評価したいニュースがあった。
北海道は、国が来年7月に補助を打ち切るとしたBSEの全頭検査を、
道独自に、道の財源で継続するとした。
財政は極めて厳しいが、食の安全・安心を優先した判断は良かったと思う。

一方、極端に言えば、命に関わるような案件にもかかわらず、
補助を一方的に打ち切るとした国側は何なのかと思う。
これまで、きちんとした理由説明はない。
おそらく、検査を所管している天下り先の予算が削られて、
本来、人を削ればいいところを、都道府県への補助金を削った、みたいな
ろくな理由ではないのだろう(推測)。

BSEの全頭検査継続は、消費者にとってもいいことだが、
もっと歓迎しているのは生産者側だろう。
北海道ブランドの信頼性が高まることにもつながっていく。
ブランドづくりというのは、宣伝も必要だが、
こういう取組をしていくことが最も重要だと思う。


全頭検査継続の決定を受け、
私が今、
牛の生産者
の立場だとして、
「今の気持ちを色に例えたら何色?」と質問されたら、
本音は「晴ればれとした空の色」となるかもしれないが、
牛の生産者だけに、
「サイロ」と答えたい。
クグ丸です。

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テーマ:ニュース - ジャンル:ニュース


札幌方面から洞爺湖方面へ国道230号線を走っていくと、
洞爺湖が見えてくる手前の、起伏もカーブもある山道のようなところに、
5階建てのホテルの廃墟が忽然と現れる。
草木しかない殺風景なところに、どーんと居座っているその様は、
異様で、気味が悪く、そこを通るたびに気になっていた。

なぜ、そのような場所に、そんなホテルがあったのか。
そして、なぜ取り壊されずに、いつまでもあるのか。
芸能界における川島なお美の必要性と同様に、以前から疑問だった。

そのホテルが取り壊されるという新聞記事を、
27日の読売新聞の朝刊で目にした。

なぜ、今このタイミングで取り壊すことになったのか。
今年7月に開催される、北海道洞爺湖サミットの影響である。
環境をテーマにする今度のサミットで、
各国の首脳が移動する道沿いに、そんな廃墟があっては、
交番に勤務する人が最悪である、
つまり、「けいかんが良くない」という理由である。

誰が取り壊すのか。
洞爺湖町が取り壊すのである。
この廃墟は、「洞爺マザー牧場ホテル」という
民間企業が経営していたホテルだったらしい。
1973年にオープンし、1978年に営業を停止し、
その後、約30年もの間、そのままにされていたのである。
それを、地元の役場が、役場のお金を使って取り壊すというのだ。
正しくは、その廃墟を買い取り、取り壊し、緑地の公園にするのだという。
役場にしてみれば、「買いたい」と「解体」を一度にやるということだ。

このことをモチーフに、沢田知可子氏が、
洞爺湖サミットのテーマ・ソングを歌ってほしい。

一緒に湖(うみ)へ行くって
 
いっぱい廃墟も見るって 約束したじゃない
  あなた約束したじゃない ”かいたい…”

沢田知可子氏の再ブレイクの予感さえする。
ビッグビジネスの予感もする。

洞爺湖町にとっても、このホテルの存在は懸案だっただろうが、
一民間企業が投げ出した建物を、
役場がお金を出してまで後始末するものなのかと、
素直には納得できないものがある。
もちろん、仕方ないのかなと、理解できるところもある。
ただ、サミットだからといって、体裁ばかりを繕いすぎではないか。

サミットの重要性、重大性はすさまじいものだろうし、
この地域でサミットなど、永遠にないだろう。
しかし、身の丈以上にやり過ぎないようにしなければ。
サミットとはいえ、リミットはあるし、
メリットはそれほどでもないだろう。

日本で開催された直近のサミットは、
2000年の九州・沖縄サミットだった。
それに併せて、2千円札なるものも発行されていた。
今となっては、「いったい何だったんだろう」状態である。
2千円札は「札」ではなく、「記念コイン」にする案もあったらしい。
コインの方が良かったのではないか。
なぜなら、「札」には「こうかがない」からです。
クグ丸です。

今回の廃墟ホテルの買収、解体は、サミット開催に端を発した、
ある意味、イレギュラーな出来事だった。
イレギュラーということは、レギュラーではないということだ。
そこで、「レギュラーではない」とかけて、「このホテル」ととく。
そのこころは、どちらも「はいおく」です。
クグ丸です。

テーマ:北海道の様々な風景 - ジャンル:地域情報


昨日25日は、奥田民生とパフィーのライブを見るため、
ゼップ・サッポロへ行ってきた。

24日は日ハム優勝パレードの警備で、約3時間スタンディング状態。
この日は、満員の会場で約3時間スタンディング状態。
会場に着いたのは開演5分前で、すべり込みセーフ。
いわば、スライディング状態。
今日はそれらの影響からか、背中と太ももの裏側にダメージがあった。

このライブは、奥田民生のライブツアーに、
パフィーがくっついてくるという形式のものだったが、
奥田民生、パフィーともに、同じくらいの時間のステージだった。

奥田民生チケット

パフィーは思いの外、良かった。
パフィー単独ならばライブには足を運ばないだけに、
開演前も特別な思いはなかったが、
プロとして10年以上やってきた実力が
随所に感じられる良いステージだった。

まず、サウンドが、正真正銘のロックである。
そこらのロックもどきのバンドと比べものにならないくらいロックである。
グルーヴ感のあるパワフルな音を出していた。

そして、パフィーのパフォーマンスには、
間違いなく、人を惹きつける何かが備わっている。
何が惹きつけるのか。

おそらく、歌い方、動き、雰囲気など目に見える部分が、
なにがしかの汚れがありつつも「キュート」なのである。
むしろ、なにがしかの汚れを見せているからキュートなのかもしれない。

パフィーのように歌ったり、アクションしたりするのは、
一見、簡単に思えるかもしれない。
ちょっとぶっきらぼうに、しかし、明るくはっきりと歌えば、
パフィーな気分になれるかもしれない。
だから、素人も取っつきやすい。

それはそれで、魅力になる大きな要素だが、
きちんとした音楽的アプローチがあり、それを理解するセンスがあり、
と同時に、自分のやっていることは結局のところ客商売であるという
ある種のプロ意識の高さが備わっており、
あの脱力キャラも、ある程度の計算が含まれているからこそ
為せるのではないか。
だから、パフィーには簡単になれそうで、実は難しいものがあると思う。

そして、奥田民生を中心としたサポート体制の素晴らしさである。
そのサポートが、音楽面を軸としていたから良かったのだ。
でなければ、2年で消えてもおかしくなかった。
それが、10年以上も、この位置をキープしているのである。
もちろん、パフィーの2人の気取りのないキャラクターの力も大きいが、
音楽的センスがあればこそである。

事実、パフィーの音楽的パフォーマンスは、大塚愛より数段上である。
ついでにいうと、大塚愛は同姓から好かれるのだろうか?
私にとって、あのブリブリ感、出たがり感、パクリ感は到底受け入れ難い。

にもかかわらず、職場関係者のカラオケの場で、
大塚愛の曲を手拍子をしながら聴き、
周りと一緒に、「もう1回」なんて言ってる自分がいる。
そんな自分が許せないし、情けない。
私にとって、最も見られたくない日常である。
「もう1回」と言ってることも許せないが、
どこで「もう1回」が入るのかを、覚えてしまっている自分も許せない。
つまりは、大塚愛に屈している立場にあるといってもいい。

パフィーは、歌が上手いとは、なかなか言われない。
確かに、パフィーが無名の素人だとして、
NHKのど自慢に出演しても、鐘は2つだろう。
しかし、鐘が3つの人の歌が、心に響くかといえば疑問である。
歌が上手いだけというのは非常に退屈である。
逆に、ひく場合も多い。
歌の技術は優れているかもしれないが、魅力がないのである。

事実、鐘は2つだったものの、
介護士をしている20代の女性が、
いつも世話をしている老人の前で、
「OVER AND OVER」(エブリ・リトル・シングの曲)を、
けれん味なく歌う方が、ぐっと心にせまるものがある。
パフィの歌唱とは、そういうことなのだ。
つまり、いい意味で聴き手との距離が近いのだ。

また、多くの人が知っているようなヒット曲があるのは大きな強みである。
ライブでは新曲中心の構成ながら、
「サーキットの娘」、「アジアの純真」などのヒット曲を、要所で入れてくる。
特に、「渚にまつわるエトセトラ」は圧巻だった。
「渚にまつわるエトセトラ」を歌うパフィを生で見ていることが
気持ちよかったし、幸せみたいなものまで感じた。

そして、奥田民生。
相変わらずギターの音がいい。
ロックらしい重厚感がありつつ、非常にキレがあり、抜けのいい音を出す。
ライブだけではなくCDでも、最もいい音を出すアーチストだと思う。

ちょっと残念なのが、好みの問題ではあるがドラムである。
ドラムを叩くに際し、アタックが強いせいか、アクセントがつきすぎる。
パワフルではあるが、うねり感や転がり感に乏しいのだ。
ギターとドラムのうねり感や転がり感が見事なため、
ドラムに、もう少し丸みがあればと思う。

奥田民生も、新曲中心の構成ながら、必ずヒット曲をいくつもやる。
客が何を求めているのかを、よくわかっている。
そして、奥田氏ほど、毎回クオリティの高いライブをする人はいない。
いつ見ても、調子が悪いと感じることがない。
類い希な安定感である。
これがプロなのだ。

奥田民生ゼップ

私がスタンディングしていたのは、前から4分の3くらいの位置だった。
オール・スタンディングのライブで、毎回のようにあることだが、
首ひとつ抜き出ている人が、私とステージとを結ぶ直線上にいて、
「あの人さえいなきゃ、よく見えるのに」という状態だった。

私が見ていた位置のすぐ後ろから、床が一段高くなっていた。
私の真後ろは、女性二人組だった。
この二人組が、非常に気になった。
パフィーや奥田氏の一言一言に、いちいち反応するのだ。
正確には、二人組の一人(女A)が、いちいち反応し、
もう一人(女B)が相づちをうつのだ。
それも、大きい声で反応するのではなく、
普通に喋る程度の声で反応するのだ。
私の耳の少し上で、それが繰り広げられるため、
ひとつひとつの言葉がはっきりと聞こえてしまった。

例えば、
奥田「札幌はすごく寒いかなと思って来たら、中途半端に寒いですね」
女A「今日、あったかいからね」
女B「そうだよね。先週なら寒かったのに」

奥田「新しいアルバムが1月に出ます」
女A「買う~」
女B「何日に出るのかね」

奥田「2月に、また札幌にライブに来ます」
女A「行く~」
女B「何日に来るのかね」

こんな感じなのだ。

会話を聴いてるうちに、どんな顔をした人なのかと非常に気になりだした。
そこで、想像し始めてしまった。
年齢は28歳くらい、身長は155cm、ショートカット、
スキニージーンズ、ちょっと内股、分厚いマフラー…。
顔は、声質からして新田恵利(元おニャん子クラブ)。

というか、新田恵利しか出てこない、自分の引き出しの少なさと
感覚の古さにがっかりした。

この二人組、奥田氏のアンコールで、パフィーが登場したシーンでは、
奥田「皆さん、これがパフィーです。イェーイ」
女A「かわいい~」
女B「可愛いよね」

奥田「パフィーの皆さん、どうでしたか、今日のライブは」
女A「最高~」
女B「…」
女A「かわいい~」

その後も、女Aは、「かわいい~」を連発していた。
きっと、知らない赤ん坊でも、どんな小さな犬でも、
とりあえず「かわいい~」と言ってしまうタイプなのだろう。
そういう女には、はっきりと、がつんと言ってやりたい。
「君の方が可愛いよ」と。

ライブが終わり、照明がついて明るくなった会場で、
帰る方向に歩き始めながら、後ろの二人組を見た。
新田恵利以外は、ほぼ正解だった。
新田恵利とは相当かけ離れたフェイスで、
何か、ほろ苦いものが残った。

もぎたての果実の微妙なところだった。

テーマ:ライヴレポ・感想 - ジャンル:音楽


今日24日、札幌では、北海道日本ハム・ファイターズの
優勝パレードが行われた。
私も行ってきた。
しかし、見に行ったわけではない。
「警備」をするために行った。
「警備」。私なりに英訳すると、「K.B」である。
もちろん、ボランティアである。
「ボランティア」。私なりに和訳すると、「マークボランの涙」である。
(マークボランは、イングランドのロック・バンド「T-REX」のボーカル&ギター)

私の職場の同僚であるY下氏の知り合いが、
「ボランティアが足りない」と困っているらしく、
Y下氏のところへ参加要請をするとともに、
「誰か、やってくれる人いない?」と参加者の拡充を図るべく、
何度も依頼に来ていたのを私は目にしていた。

3連休の中日(なかび)の午前中であることや、
厳しい寒さの中、何時間も外で黙っているのである。
さすがに、山下氏も周りの人間には頼みにくかった。
そんな山下氏を気の毒に思い、私は参加することにした。
正しくは、気の毒に思ったというより、
ひとつの話のネタになるかと思ったからだ。

集合は午前8時厳守だった。
パレードは午前11時からにもかかわらず、なぜそんなに早いのか。
疑問に思い、嫌な予感がしつつも、
色々と準備があるのだろうと解釈するようにした。

集合して、まず黄緑色の蛍光ジャンパーが配布された。
この手のジャンパーは、どれもそうだが、
テンションの下がるデザインだった。

↓欲しい方には差し上げます。一般的なLサイズぐらいの古めの大きなつくりです。
日ハムパレード・ジャンパー

午前8時40分には、警備する場所に配置された。
そこから、何もやることがなくなった。
嫌な予感が現実になった。
何かをしたくても、何もなくてできない。

スタートまで2時間20分もある。
それまで、その場所に張り付いていなければいけない。
唯一の知り合いの山下氏も近くにいない。

配置場所の隣に電話ボックスがあった。
最初のうちは、電話ボックスに自分を映して、
どうしたらテンションが下がらない蛍光ジャンパーの着こなしができるか、
丈の具合や、襟など色々と試した。
すぐに虚しくなった。

程なくして、寒さがきつくなってきた。
ボディは重装備にしたので寒さに耐えられたが、つま先が盲点だった。
そこで、つま先を暖めるべく、身体を動かしてみた。
スクワットや、ストレッチなど色々と試した。
暖かくなった、つま先を除いては。
すぐに虚しくなった。
あまりの虚しさに、つま先の寒さも忘れた。

私が配置された場所は、パレードのスタート地点の近くだった。
大通り西6丁目と7丁目の間の交差点の7丁目側だった。
ただ、パレードは、
その交差点から6丁目 → 5丁目 → 4丁目と進んで行く。
つまり、私の前は通らないということである。
そのため、私の近くには、スタート時刻が近づいても、人はまばらだった。
結果、警備ということに関しては、非常に楽だった。
というか、何もしようがなかった。

おかげで、ちょっと距離はあったものの写真を撮れた。
普通は、警備員が写真を撮るなど、不謹慎なこと極まりないが、
私の後ろには、見物目的ではない一般通行人が、ぱらぱらといただけで、
おそらく、私は写真撮影係だと思ったことだろう。

↓左の写真はパレードのスタート直後(私の正面)、右の写真はその時の私の背面。
  警備したくても、警備対象となる人がまるでいない。

日ハムパレード1 日ハムパレード2

パレードは、5分程度で全て通り過ぎた。
スタート地点だったためか、紙吹雪も舞わなかった。
パレード自体のことを、何も書きようがない。
しかし、ブログには、パレードにまつわる何かは書きたいと思った。
どうしてかって?
ブログは、パレードと同様、「こうしん」がつきものですから。
クグ丸です。


久しぶりに天塩のシジミを食べた。
天塩のシジミは、3年前に留萌に住んでいた時に出会ったが、
私がそれまで持っていたシジミの概念を覆すほどの美味しさだった。

シジミを知らない方のために、念のために説明すると、
シジミは、
大韓民国のお好み焼きみたいなものである。

日本のお好み焼きに慣れている私にとっては、
「ニラとニンジンが入りすぎじゃないの?」、
あるいは「小麦粉部分が少なくないか?」と
突っ込みを入れたくなる食べ物である。
具だけではなく、たれも妙に甘ったるい。
食感もパサパサしており、どこか味気ない。
大韓民国のベーシックな食べ物とはいえ、いまひとつな気がする。
それは、チヂミ。

「大韓民国のお好み焼きみたいなもの」というフレーズで、
読者の皆さんは、既に「チヂミ」だとわかっていたと思うだけに、
「無駄に引き延ばさないでほしい」と注意されそうだ。
いや、チヂミだけに「かんこく」されそうだ。
実は、自宅でチヂミづくりに「ちょうせん」したことがある。
意外に面倒で、結構な時間を要した。
韓国料理のせいか、「はんにち」かかった。

気を取り直して、話を戻そう。
シジミは、店主と普通に世間話をしたり、
注文は「いつものやつ」で通じたり、
難しい表情で店に入るなり、「どうしたの、浮かない顔しちゃって」と
チーママに言われるような、いわば、行きつけの店みたいなものである。
それは、「なじみ」。

そろそろ皆さんに、怒りの色が「にじみ」始めてきたところだろうか。

今回取り寄せた天塩のシジミは、
留萌に住む知人である“ナイス沼田氏”の尽力による。
私は、今年の春、留萌から札幌へ転勤する際、
「天塩に行くことがあったら、シジミを送ってほしいのさ」と
忌野清志郎氏を意識した口調で告げてきた。
それを、ナイス沼田氏は忘れてはいなかった。
「今週、天塩に行くんですけど、シジミ送りますか?」と
電子メールが届いた。
私は、迷わず10パック注文した。

天塩町は、稚内市の南側にある、人口4千人弱の町である。
坂道のない平坦な町で、メインストリートが国道ではない、
つまり、国道を基本に町が広がっているわけではないせいか、
町の中は整然としている。というか、独特の静けさがある。

また、海浜公園が広大で、天気のいい日に、
ぼーっと海を見るには最高の町である。
位置的に、利尻富士が形良く見えるところでもあり、
夕暮れの景色は格別のものがある。
天塩町はシジミも美味しいが、ホッキも美味しい。
どちらも、これまでに食べた中で、一番美味しかった。

天塩のシジミ漁は、6月から7月上旬に限定されている。
その時期は、生のシジミを入手できるが、
それ以外の時期は、
砂出しして、ボイルした、
冷凍真空パックのものを入手するしかない。
ところが、この冷凍真空パックも美味しいのである。
むしろ、生で入手するより、
砂出しなどの手間が省けるからいいという声や、
冷凍ものの方が味が凝縮されていて美味しいとの話も聴く。

↓1パック420円。3人分程度の量である。
天塩しじみ1

今日の夜、シジミの味噌汁を食した。
あまりの美味しさに、思わず唸ってしまった。
あまりの美味しさに、ため息が出て、言葉が出てこないほどだった。

一口、そしてまた、一口。
ごはんもおかずも食べず、気づくと、シジミの味噌汁を飲み干していた。
シジミの、いいダシが惜しげもなく出て、それでいて、
シジミ自体の味もしっかりとしている。
この味は、
松山千春的に言えば、

男はいつも待たせるだけで、女はいつも待ちくたびれたような感じだ。
つまり、「濃い」。

さらに、私にとって、天塩のシジミ汁ほど
身体にしみ込んでいくのを実感できる汁はない。
エキスを強く感じる。
エキストラをやれそうな気持ちにもなる。

天塩しじみ2

おそらく、天塩のシジミならば、どんな味噌を使おうが、
誰が作ろうが美味しく仕上がるのではないかとさえ思う。
それぐらいシジミ自体にパワーがある。
天塩の宝どころか、日本の宝といってもいいほどだ。

どこに出しても誇れる味である。
海外でも通用するだろう。
その際、海外向けの英語表記は、「C.G.ME」にすべきである。
そして、海外向けに宣伝する際の音楽は、
シジミ・ヘンドリクスの曲にしてほしい。

さて、今日はこの辺りで、貝だけに、話を閉じようと思う。
えっ?、しじみの余計な話ばかりが多くて、中身がないって?
まあ、貝に「から」はつきものですから。
クグ丸です。

テーマ:北海道のグルメ - ジャンル:グルメ


17日、土曜日に、「なみ喜」で、そばを食べてきた。
先日、このブログのコメントにおいて、
タピオカ鈴木氏がおススメしていたそば屋である。

「なみ喜」について調べてみると、
場所(北区北24西13)が、自宅からそれなりに近く、
また、かなりの繁盛店であり、昼時は混雑する店であることが判明。
そこで、開店直後の午前11時10分頃に行った。

ジャズが流れる落ち着いたモダン和風テイストの店内は、かなり広く、
先客は3組いたものの、余裕で座ることができた。
こんなに早い時間に来なくても良かったと思った、
のも束の間、次から次に来店する客。
入口が開いたり閉められたりがひっきりなしで、若干落ち着かなかった。
私が店を出た11時40分頃には、広い店内がほぼ満席になっていた。

注文したのは、タピオカ鈴木氏推薦であり、
「なみ喜」の看板メニューである「鳥天板」。
ざるそばに、鳥の天ぷらが4枚ついたものだった。

なみ喜1 なみ喜2

美味しいそばだった。

人気店であることが、うなずける味だった。
きゅっと締まった洗練さと、悠然とした佇まいを兼ね備えており、
見た目だけで、これは美味しいだろうなと思った。

そばを、つゆなしで食べるのが「通」だとか、「粋」だとか言われる。
しかし、無理して、そんなことをする必要はないと思っている。
ただ、このそばは、目の前に置かれた時に、
つゆなしで食べてみたいと思えた。

そこで、まず、つゆなしで食べた。
そばの香りがしっかりとした。
つゆなしでも、美味しさを感じた。
しかし、つゆをつけて食べた方が断然美味しかった。
やや堅めのそばだが、歯ごたえが程良く、逆に食べやすかった。

そして、「鳥の天ぷら」である。
これも素晴らしい。
なぜ、あんなに鶏肉が柔らかいのか。
なぜ、衣があれほど軽くて、さくっとくるのか。
なぜ、あっさりしているのに、旨みを感じるのか。
この天ぷらを求めて、食べに来る人がいるのがわかる。
私も2日前に食べたばかりなのに、もう食べに行きたい気持ちである。

さらには、そば湯がとろっとしていて美味しかった。
そば湯は、これまで味わった中で、最も美味しかったと思う。
そば湯がなくなるまで、飲んでしまった。

唯一の注文は、禁煙席を設けてほしいことだ。
私はタバコを吸うが、他人のタバコの煙は大嫌いである。
アルコールがない食事の場で、私は基本的にタバコは吸わない。
なので、プライベートでは専ら禁煙席に座る。
居酒屋に喫煙スペースを設けても異論はない。

注文を待つ間、背中ごしの客のタバコの煙にイライラした。
アルコールがあろうがなかろうが、
食事の前にタバコを吸うという了見がわからない。

ともあれ、料理は素晴らしかった。
本物たる風格のあるそばだった。

「本物たる風格」といえば、女子マラソンの野口みずきである。
日曜日に開催された東京国際女子マラソンで圧勝した。
あの強さには恐れ入った。

マラソンを見るのは好きで、
オリンピック代表をかけた戦いは、特に興味深い。
このブログでも、9月10日に女子マラソンについて触れている。
そこでは、オリンピックで金メダルという頂点に一度立つと、
次の目標に向かうモチベーションを高めたり、維持するのが
かなり難しいと語っている。

実際、野口選手のプレッシャーは相当なものだったろう。
それが、試合後のインタビューの
「今回の勝利が、アテネ五輪優勝やベルリンでの日本記録樹立より嬉しい」
という言葉に表れている。

一着になったことは、もちろんすごいが、
レース後半になってもタイムを落とさず、
2時間21分台でゴールしたのは、特筆すべきである。

北京五輪の女子マラソンの出場枠は3つ。
そのうち、1つは土佐礼子選手が9月の世界選手権銅メダルにより内定し、
織田裕二氏も大感激。
残り2つは、東京、大阪、名古屋の3つのレースの結果により決まる。
そのうちの東京のレースが終わった段階で、
日本陸連もメディアも、「野口選手は北京当確」と報じた。
これだけのレースをして、また、これまでの実績からして、
オリンピックに出られないということにはならないだろう。
それぐらい有無を言わせない強いレースだった。

野口選手は、これまでマラソンは6回走って、1着5回、2着1回。
この6レースとも、競馬に例えればG1レースである。
とんでもなく強い選手である。
日本で歴代、最も強い女子マラソン・ランナーといってもいい。

ところが、である。
マラソン以外でメディアに出ないことや、派手なことをしないせいか、
実績のわりに知名度に乏しいのではないかと思う。
マラソン以外でメディアに出ないことや、派手なことをしないのは、
好感が持てるし、私もそういう選手を贔屓目で見るところはある。

しかし、どうだろう。
「田舎に泊まろう」に出演し、田舎を歩き回った時、
みんなに気づいてもらえるだろうか。
「マラソンやっている野口みずきです」と言わなければ、
わからないのではないか。
それに比べて、野口五郎氏は、みんなに気づかれるだろう。
むこうから「あれっ?野口五郎さん?」と声をかけられるだろう。
国民の認識度からいけば、まだ野口五郎氏に及ばない。
田舎に泊まるために、マラソンをしているわけではないだろうが気になる。

なにせ、野口みずき選手は、北京五輪を待っているだろうが、
野口五郎氏は、改札口で君のことを待っているのだ。
野口みずき選手は、ゴールした後、監督やコーチと抱き合ったが、
野口五郎氏は、青いリンゴを抱きしめるのだ。
こんなスケールが小さなゴロー・ノグチに及ばないのだ。

しかし、ゴロー・ノグチはマラソンでは比べものにならない。
それに対して、野口みずき選手は、音楽方面も得意かもしれない。
特に、ヒップホップ系は、結構いけるかもしれない。
どうしてかって?
強いマラソン選手だけに、ラップを刻むのが上手いからです。
クグ丸です。

テーマ:マラソン - ジャンル:スポーツ


先日、公立病院の経営改革に関する指針の案が、
総務省の有識者懇談会から示された。

この指針は、「赤字で苦しむ病院が多いので、
国が指針を示すから、
それに基づいて抜本的な改革をしましょう」として、
全ての公立病院に、
平成21年3月までに『改革プラン』なるものを
作らせ、
毎年、第三者がチェックすることを義務づけることにしている。


プランの作成に関して、新聞で大きく取り上げられたのが、
病床利用率(入院ベッドの利用率)が
3年連続して70%未満の病院には、

病床数の削減や診療所への転換を促している点である。

全国一律の基準で、
病床利用率の低い病院は縮小するという乱暴さに対して、
「公立病院は、単なる効率病院になるだろう」との意見は多いはずだ。
しかし、私はむしろ、病床利用率しか明確な基準数値を
示していないのが気になる。

問題は過疎地の病院、
つまり、その地域で、この診療ができるのは、あの病院しかない
という場合の扱いである。
特に、救急体制がある病院が近くに無くなるというのは大きな問題である。
北海道には、こうした問題を抱えている地域が多い。
医師不足も深刻である。

この指針を示した総務省の有識者懇談会は、
「公立病院改革の最終的な責任は地方公共団体の長にある」としている。
理論的にはそうかもしれないが、それでいいのか。
患者の命を守るのは、一義的には医者だろうが、本質的には政治家だと思う。

過疎地の診療体制が充実していないことや医師が来ないことは、
その地域だけの問題ではないだろう。
国としての問題と捉えてもいいのではないか。
ひいては、国会議員の先生方がもっと考えていただきたい。
特に北海道から選出されている先生方は率先して取り組んでいただきたい。
まあ、ぱっとしない方が多いのでしょうがないが…。

しかし、このままでは、
「国会議員って、住民の代表ではなく、
政党が選んで地域に降ろしてきた人に過ぎないでしょ、ほとんど」と、
これまでにも増して、私に揶揄されること必至である。

北海道選出の先生方、正直、産業振興に重点を置きすぎだと思う。
重点を置くのはいい。
「置きすぎ」なのである。「おきすぎとピーコ」なのである。
あるいは、「おきすぎ たかお」なのである。
こんなことじゃ、何をやっても、いつまで経っても「夢の途中」である。

北海道選出の先生方は、産業振興と同様に、
医療、教育、地方自治に、もっと真剣に、もっと住民に見える形で
取り組まなければいけないと思う。

地方分権の名の下に、
医療、教育、地方自治が市町村に委ねられているのは、

見方を変えれば、国が手放した、いわば「切り捨て」ともとれる。

民間病院では経営が成り立たない医療を担うのが公立病院であるならば、
赤字経営になるのもやむを得ないのである。
それを、地元の市町村でなんとかしろというのは乱暴である。
「指針は作ります。あとは地域で考えて、地域で決めてください、じゃあ」。
これこそ中央集権だろう。

要は、この指針は、国の目線であり、地方の目線ではないのだ。
抜本的な改革が必要なのは、経営難にあえぐ公立病院ではなく、
こうした指針を作る側ではないか。

善意に解釈すれば、
まず、この地域には、どのくらいの規模の病院が、どういう配置で必要か、
という整理をして、
次に、この病院にはどういう支援が必要なのかを考え、
財政支援なり、人的支援なりをしていく、とも想像できる。
健全化の順序としては理解できるものの、心配もある。

まず、とにかく悪いところを徹底して出させる。
それを見て国は「一体、今まで何やってたの?」と、こけにする。
報道も同様に病院側をたたく。

次に国は、健全化計画を作らせる。

そして、「その程度の計画じゃ、どうしようもないんですけど」、
と言わんばかりに執拗に指摘し、
「これじゃあ世論は納得しないですよ」と、
世論の感覚から最も遠い人に言われ、何度も修正させる。


出来上がるのは、実現困難な厳しい計画。

病院も住民も悲鳴を上げる。
なんとかしてくれと泣きつく。

そこで国は、やっと重い腰をあげ、財政支援や人的支援をする。
国は「支援してやった」との気持ちになる。
そして、「支援してあげたのに、まだ何か?」と見放しかねない。
つまり、一緒になって再建するというより、
国と市町村という上下関係が、より浮き彫りになるような気がするのだ。

まるで夕張市である。
夕張市の平成36年度までに及ぶ財政再建計画は、
報道で知る限りの昨今の状況を見ていると、
「再建」するための計画ではなく、
「借金返済」をするためだけの計画なのかと思えてくる。
極端に言えば、「再建の18年」ではなく、「懲役18年」である。
公立病院再建が、このようにならないことを願っている。

ところで、病院改革の指針に基づいて、
病床数を減らした病院は、国から財政支援があるらしい。
これがほんとの「ベット料金」です。
クグ丸です。

えっ?全然笑えないって?
つまり病院だけに、「クスリ」ともしないってこと?
クグ太郎です。


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今日15日、札幌では今季初の本格的な雪となった。
日中は濡れていただけの道路も、日が暮れてからは凍結し、
夜10時をまわった頃には、
自宅から見える公園の地面
が真っ白になった。

職場からの帰り道、走っている車の数は、いつもより少なかった。
道が滑るため、外出を控えた人が多かったのだろう。
このブログにおける私も、かなり滑っているだろう。
そのうち、「ああ、クグエさん?知ってる。
ブラック・アイスバーンみたいな人だよ」と
言われるのではないかと
考える夜もある。
私に今必要なものは、愛でも自由でもお金でもなく、
「心の中のスタッドレスタイヤ」なのかもしれない。

今日は午前中から同僚と二人で外勤した。
昼食は江別市でとることになった。
何を食べるか、車中で同僚に交渉した。
私は最初から、そばを食べたいと思っていた。

同僚には、「寒いので、温かいものを」、
「江別の人から聴いた美味しいそば屋がある」、
「今日『うどん』を食べたら、『愚鈍』になるような気がする」、
「今日うどんを食べたら、そのうちインターネットで
『愚鈍』で検索した時、私の名前が出てきそうで怖い」
などとプレゼンテーションをし、
結局、そばを食べることで、この取引は成立した。
「It's So Bad!」と、ダジャレで否定されるのではないかと不安もあったが、
まさに、そばを食べることで、「手打ち」となった。

行った店は、江別市消防本部の向いにある「わか竹」という店である。
知り合いの江別住民からの事前情報では、
「昼12時近くになると、かなり混む」、
「そばが出てくるまで、やや時間がかかるので急いでいる時はNG」、
「コンピュータ・グラフィックはCG、レイザーラモンはHG」との
ことだったので、午前11時30分頃に行った。
わか竹1

店に入ると、1組の客がいた。
祖父母と孫らしき3人だった。
孫の年齢はいくつかわからなかったが、幼稚園入学前に思えた。
その孫は、ワラビ、タケノコ、ナメコなどが入ったそばを食べていた。
その時、その孫は「三歳」だとわかった。

私と同僚は、鶏肉の入った温かいそばを注文した。
私は、同僚に「おごろうか」との考えが頭をよぎったが、
それを打ち消した。
店の人は鶏肉の入った温かいそばを作るが、
私は「かしわ作らない」ほうがいい。  「かしわ」と「貸しは」がかかっている

美味しいそばだった。
麺は、そばの香りが豊か、つゆは中辛のやや薄味。
そのバランスが非常に良く、穏やかでまろやかな大人の味だった。
強烈さはないものの品があり、やや、麺の量が少なかったこともあるが、
つゆまで全部飲み干してしまった。
温かいそばを食べて、つゆを全部飲み干すのは稀である。

わか竹2

なお、麺は細くて繊細で柔らか、箸で容易に切れそうだった。
そば粉に、小麦粉や山芋は混ぜているのかどうか気になった。
そこで、「そば」とかけて、「自動車整備をする人」ととく。
そのこころは、どちらも「つなぎ」が、つきものです。
クグ丸です。

この店の麺ならば、間違いなく冷たいそばの方が、
より美味しく感じるだろう。
事前の情報収集のつめの甘さを反省するとともに、
寒さに負けて、安易に温かいそばを注文した自分自身を悔やんだ。

「悔やんだ」といえば、
我々が食べている最中に、3人組の女性客(おそらく50代)が来店した。
この3人組は、進一そば、あっ失礼、もりそばを注文した。
しかし、注文直後に「やっぱり温かいのにしようか」と話し始めた。
そこで、注文をし直すため、定員を呼び止めようとしたが、
微妙なタイミングで定員は店の奥に下がり、
声を“かけそば”れた、いや、かけそびれた。

正直、寒い日に暖まりたいなら、そばよりも鍋焼きうどんの方がいいだろう。
しかし、そばには、うどんにはない愛がある。

身体のしんまで冷え込む夜は
鍋焼きうどんもいいけれど
やっぱりあなたのそばがいい。
クグ丸です。


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何年か前に、札幌のとある居酒屋で酒を飲んでいたら、
ザ・ローリング・ストーンズの「PAINT IN BLACK」が流れた。
その次はザ・ジャムの曲、続いてクリームの曲が流れた。
「塗るものばっかりじゃねえか!」と心の中で突っ込んだ。
心で思っただけで、言葉にはできなかった。
なぜなら、私は小田和正だからだ。
いや、違う。
一緒に飲んでいた人達の中に、ザ・ジャムやクリームというバンドを
知っているであろう人がいなかったからだ。
ただ、その人達は、小田和正氏の曲は、
もちろん(※1)知っていたと思うが…。
(※1 「もちろん」と「オフコース」がかかっている)

では、ジャック・ジョンソン、クイーン、キャロル・キングの曲が、
あるいは、カルチャークラブ、ニール・ダイヤモンド、
トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズの曲が
立て続けに流れてきたら、なんと突っ込むだろう。

そう、「トランプばっかりか!」である。

そこで今日は、「思い出トランプ」のことを話したい。
「思い出トランプ」は、昭和55年に刊行された向田邦子氏の小説である。
これには、13の短編が収められている。
だから「トランプ」なのだろう。

思い出トランプ

素晴らしい作品である。大傑作である。
「これまで読んだ小説で特に心に残ったものは?」と聞かれたら、
必ず思い浮かぶ作品だろう。
そして、それを言葉にできるだろう。
なぜなら、私は小田和正じゃないからだ。

13の短編はいずれも、昭和50年頃の家族生活を描いている。
夫婦がいて、その親、その子供、親戚、夫の職場の人間などが登場する、
ありふれた日常が描かれている。

しかし、その「ありふれた日常」の裏には、秘密、裏切り、動揺、絶望など、
穏やかではない感情があり、それを見事に描いている。
その人が以前に言った言葉や、とった行動、
また、例えば煙草だったり、包丁だったり、そういう小道具を使って、
感情をきめ細かく、そして深く描いている。
この感情の動きに、どんどん惹きつけられていく。

また、文体の切れ味が良く、無駄がなく、的確に描写しているため、
すぐに映像が浮かんでくる。
そして、展開に合わせて、映像がスパッと切り替わる。
それでいて、味わいも余韻もしっかりある。

ストーリーだけ見ると、よくある日常の一部である。劇的でもない。
むしろ、うす暗く、湿り気のある話が多い。
なのに、引き込まれていく。
要は、切り取り方が上手なのだ。
そして、向田邦子氏の文章力により、非常に面白くなるのだ。
展開における波が高い部分と穏やかな部分、
スピードがある部分とスローな部分のバランスが絶妙である。
まさに、文章に引力を感じる。すごい才能とセンスである。
これが「文学」なのだと圧倒される。

特に、13の作品の中でも「かわうそ」という作品は秀逸である。
こんなにまで人間の感情を言葉で見事に表せるものかと、鳥肌が立つ。
ほんとうに心が震える。
こういう作品に出会えたことに幸せを感じたし、
これだけの作品には、生涯でも滅多に出会えないと思った。

ほかにも「はめ殺し窓」、「三枚肉」、「大根の月」など秀作がある。
そのどれもが味わい深く、でもドキッとさせられ、
最後には、なんとも言えない気持ち、
なんというか、さわやかだけど切ないような気持ちになる。
そんな気持ちが「思い出トランプ」という本のタイトルにも
つながっていると思う。

この作品が、文庫本(新品)で420円である。
「かわうそ」という14ページで終わる1作品だけでも
420円以上の価値がある。
420円の現金がない方は、
トランプだけに、「カード」で支払うのもいいのではないか。
クグ丸です。

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やり始めるとやるが、やり始めるまで億劫なのが、
宿題と車のタイヤ交換である。

私は、季節の変わり目を、タイヤ交換をすることにより感じる。
高田みづえは、季節の変わり目を貴方の心で知り、恋の終わりを感じる。

11日、日曜日の午前中に車のタイヤ交換をした。
少し早いかとも思ったが、
これで、いつ雪が降っても慌てることがない。
雪は降ってもいいが、タイヤ交換を怠ったことで、
思いがけずスリップし、人生を棒に振ってはいけない。
というか、道でスリップする以前に、私の文章の方がすべっている。

タイヤ交換を終えて、ほっとしたせいか、明るい時間からビールを飲んだ。
つまみは、美唄市の「たつみ」の焼き鳥である。

「たつみ」の焼き鳥が、先週、どこかのスーパーで売られていた。
期間限定で出店していたのだろう。
アリオ札幌だったか、ジャスコ札幌新道店だったか、もう覚えていない。

「たつみ」の焼き鳥を食べるために、ただそれだけのために、
美唄市まで足を伸ばしたことがある私にとって、
売られているのを発見したのは素敵な偶然であり、買うのは必然だった。

美唄の焼き鳥の特徴は、
鳥の様々な部位を一本の串に刺した、いわゆる「鳥モツ」である。
つまり、正肉、鳥皮、軟骨、ギョク(卵)などが一本の串に刺さっている。

美唄の焼き鳥は、焼き鳥好きの間では有名であり、
というか、ある意味、ブーム的なものになっており、
美唄の店へ行った時も、かなりの混みようだった。

ただ、混んでいるが、行列ができているわけではなく、
誰に、どのタイミングで注文していいのか、よくわからない状態である。
レジの向こうはバタバタしており、一方、客は放っておかれたままである。
このような状態なので、後から来た人が先に注文する場面が見受けられた。
正直、居心地は良くない。

事前に、美唄の店に行ったことがある人から、
こうした対応の云々について話は聴いていたものの、予想以上だった。
注文の時も、勘定を支払う時も、
上からの言葉であり、上からの態度である。
客として「処理」されているような気持ちにさせられた。
モツを売っているとはいえ、「それはないぞう(内臓)」と思った。

しかし、焼き鳥を仕上げるのに熱心で、満足に手が回らないと解釈しよう。
実際、焼き鳥は旨い。
それだけに対応は残念だし、これを改善すれば、
ここの焼き鳥はもっともっと旨く感じるはずだ。

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スーパーで売られていた「たつみ」の焼き鳥は、真空パックの状態だった。
とりあえず買って冷凍保存しておいた。
これを自然解凍し、フライパンにアルミホイルを敷いて焼き鳥を置き、
少し日本酒をかけ、蓋をして温めた。

旨かった。店で食べるのと遜色のない味だった。
やや塩味が強めだが、
「これ食べたかったんだよなぁ」という気持ちにさせる「何か」を
持っている焼き鳥である。

昨年、美唄から札幌に出店した「福よし」は、いつも混んでいる。
私も、今年3回ほど行った。
以前からある美唄焼き鳥の店では、「鳥源」(北区北9西4)もいい。
午後9時には閉店する店で、ここもいつも混んでいる。
場所的に地下鉄の駅から微妙に距離があるため、
焼き鳥好きの人としか行けない店である。

そして、「福よし」にも「鳥源」にも共通しているのが、
そばが旨いことである。
つゆは、やや強めに鳥のダシを利かせており、これが堪らない。
このつゆを飲むだけでもいい。

美唄焼き鳥のみならず、ここ2、3年のうちに、
室蘭焼き鳥や、函館のハセガワの焼き鳥弁当など、
地方の名物焼き鳥を札幌で食べられるようになった。
焼き鳥のみならず、ラーメンにしても、回転寿司にしても、
そういう傾向が年々強くなっているように思う。

札幌に出店することで、より多くの人が、時間と手間をかけずに、
美味しいものを食べられる、という点では有り難いことである。
また、出店する側にしても、市場の大きい札幌の方が、
より多くの客を取り込むことができ、
知名度があがり、さらには、より付加価値のついた商品になるという
チャンスなり、可能性はあるだろう。
つまり、店と客、双方の利害が一致するところはある。
私も、それを強く否定できるものではない。

しかし、わがままな意見を言わせてもらうと、
「そこの土地に行かなければ食べられない」というのが魅力なのである。
時間と手間をかけて、そこに行って食べるから、なお美味しいのである。
そして、その土地に行くまでの道のりも楽しいのである。
そういう不便さが、気持ちを熱くさせるのである。
つまり、私にとっては、その地方にしかないからこそ、
逆に付加価値が高く思えるのである。

さらに、札幌に出店するのはいいとしても、
支店をいくつも出さないでほしいと思う。
支店が増えると、より身近に、より気軽に感じられるが、
それが逆に、仕込みや調理が機械的、マニュアル化し、
味の質が落ちるような気がしてしまうのだ。
要は、安っぽく思えてくるのだ。
まさに、「EASY COME EASY GO」に感じるのだ。

焼き鳥のことを書いていて思い出したが、
串に刺さった焼き鳥を、みんなが箸でつまんで食べられるように、

串からはずして、皿の上の置く場合がある。
「やきとり」が「抜き取り」になる瞬間である。
この「抜き取り」が、なんとなく「とほほ」に感じる。

食べやすくはなるものの、
焼き鳥と同時に「風情」も抜き取られたような気持ちになる。
例えるなら、年越しそばを、「緑のたぬき」で済ませるようなものである。

焼き鳥は、串に刺さっているからこそ、美味しそうに見えるのであり、
串の存在が、文化さえも感じさせてくれるのである。
焼き鳥は、串があってこそ成り立つ、
つまり、串から抜き取られた焼き鳥は、
化粧を落とした叶姉妹の姉、あるいは、
秋川雅史氏が、「俺の墓の前で泣いてくれよ、ベイベー」と、
「千の風になって・ブルースバージョン」をリリースするようなものである。

しかし、抜き取りをしようがしまいが、
焼き鳥を食べ、酒を飲むことによって、懇親が深まればそれでいい。
つまり、焼き鳥が、仲を「取り持つ」ものであればいい。
クグ丸です。

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