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先日、ミャンマーで治安部隊の銃撃を受けて、
日本人ジャーナリストが死亡した。
その時の高村外務大臣の最初のコメントが、
「大変遺憾であり、強く抗議する」

大相撲の時津風部屋の当時17歳の力士が
けいこの後に死亡した問題での
渡海文部科学大臣のコメントが、
「こういう事件が起きるのは遺憾だ」

この「遺憾」という言葉、なぜ使うのか。
国会議員の先生方をはじめ、それなりの立場の人は、
この手の事件があると、この言葉をとりあえず使う。
私には、なんて気持ちがこもっていない、なんて薄っぺらな、
なんて伝わらない言葉だろうと思えてしょうがない。
だから、この言葉を使われるとがっかりする。
それとも、先生方のボキャブラリーが乏しいのか?
どうして、「怒りに打ち震えている。許せない」くらいの
伝わりやすい強い言葉を口にできないのか。

「国会議員には遺憾という言葉の使用を禁止する」という
マニフェストを作り、「遺憾使用禁止法」を提案したいくらいだ。
かつて辻元清美氏が、鈴木宗男氏に対して言った
「ど忘れ禁止法」よりも、バカさとナンセンスさが足りないのが悔しいが。

日本相撲協会の北の湖理事長は、もう退くべきだろう。
今回の時津風部屋暴行事件は、朝青龍問題に続く対応の不手際だが、
不手際の質が悪い。悪すぎる。
6月に起こった事件である。
この3か月の間、何もしていなかったのである。
時の過ぎゆくままに、この身を任せていたのである。
文部科学省に呼び出される前日には、
「警察に任せてあるから」というお気楽発言までしていた。

現状をわかっていないのだ。
危機管理の意識が欠落しているし、
放っておいたらどうなるのかを考える想像力のかけらもない。
いい加減、きちんと責任をとらなければいけないと思う。

そもそも、理事長を務める器ではなかったのだ。
無理があったのだ。
「北の湖」と書いて、
「湖」を「うみ」と読ませることにも無理があったのだ。
パーソナル・コンピュータで「きたのうみ」と打ち、漢字変換しても、
「北の湖」とは出てこない。
このまま責任をとらずに、理事長職にしがみついてると、
「きたのうみ」で漢字変換した時、「北の膿」になりかねない。

ところで、日本相撲協会の監督官庁が文部科学省であると、
恥ずかしながら今回の一件ではじめて知った。
そして、松波健四郎氏が副大臣であることを知った。
相撲の問題だから、ちょんまげ議員を登場させたのかと思ったら、
副大臣だった。
松波氏の前で、北の湖理事長はお詫びと謝罪を口にした。
おそらく、下手な態度をとったら、
コップの水をかけられると考えたからかもしれない。
しかし、「なんだ、そのちょんまげは」と思ったに違いない。

今日の文章は、いつも以上に私の強い偏見により毒づいてしまった。
それは、今日の出来事が影響しているかもしれない。
今日は朝から苫小牧へ行った。
目的はホッキカレーとカレーラーメンを食べるためだった。
そして、このブログでレポートしようかと考えた。

しかし、どちらも食したものの、

ここで伝えるほど心を動かされるものはなかった。
特にホッキカレーは、全く下調べをしないで行ったため、店選びに失敗した。
家に帰ってから、ホームページで調べ、
「別の店に行くべきだった…」と後悔した。
一念ホッキして、もう一度行ってこようと思う。

↓夕方5時、虎杖浜温泉ホテルまで行き、温泉につかる。

虎杖浜温泉ホテル


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日本ハムファイターズがパ・リーグ優勝を決めた。
ついさっきまで、別のことをブログに書こうと考えていたが、
今日、優勝したので、野球だけにタイムリーな話題でいこうかと。

4月、5月の戦いからして、まさか優勝できるとは思わなかった。
とにかく打てなかった。
それを盗塁やヒット・エンド・ランなど足を使った攻撃や小技で補った。
つまり、ボールを打てないから、博打を打つような作戦を多用した。

その一方、投手陣が踏ん張った。
八木、金村など主力投手が早々に戦線離脱したにもかかわらず、
昨年までの実績がない投手が、よく支えたと思う。
結構、危なっかしいけど、なんとか抑えるみたいな場面が多く、
博打を打つ攻撃と同様、緊張感をもって見る試合が多かった。
全員で勝ち取った、本当に価値のある優勝だと思う。

他の球団も、日ハムのどこが強かったのか、
正直、十分に把握できないのではないか。
ただ、間違いなく言えるのは、
昨年レギュラーだった野手が総じて、
守備、走塁、攻撃の仕方など全ての面において
レベル・アップしたことだ。
それが、打率だけでは推し量れない強さにつながったのだと思う。

ダルビッシュも最後まで緩まず、1年を通して活躍した。
いまや日本球界で最もいいボールを投げる投手だろう。
昨年までは、ムラがあったり、テンションが低い感じがあったりで、
ボールを放らないで、試合を放り出すんじゃないかと
ひやひやしたこともあったが、今年は逞しくなった。

そして、ヒルマン采配である。
最初に書いた、足を使った攻撃や小技をはじめ、
絶妙なタイミングでの投手交代、
試合の中盤での代打、まめな守備交代、
そして100円ショップ、いや、代走(ダイソー)の使い方など、
とにかく、そつがないし、つつがない。
それに対して私は、縁起を担がないし、財布の中には札がない。

それだけではない。
ヒルマンの最も素晴らしいところは、
昨年に比べ大幅にダウンした戦力を全く愚痴らなかったし、
負けても選手を責めない。
常に前向き発言をしていた。
優勝の最大の要因は、そういうところではないかと思う。
そして必ず相手チーム、相手選手を称える気持ちを備えている。
今日の優勝インタビューでも、ロッテの選手、ロッテのファンを称えていた。

「相手選手を称える」という気持ちは、
苦しみながらも、一生懸命戦っていれば、
自然とわき上がるものだと思う。
相手選手も、同じように努力をしてきて、全力で戦っているんだという
ある種の共感というか、仲間意識さえ生まれるものではないか。
だから私は、朝青龍や亀田兄弟や福原愛(卓球)の試合後の態度が
不愉快に思えるのだ。
そのほかに、柔道でも、レスリングでも、バレーボールでも、
試合後、もっと相手選手を称える気持ちを見せるべきだと思う。
儀式として形だけ握手というか、手を触れているだけだろ。
子供達に最も見せるべきなのは、そういうところなのかもしれないぜ。

ところで今後、日ハムはクライマックス・シーズンとかいう、
パ・リーグの3位までのチームによる日本シリーズ出場をかけた戦いがある。
今年から優勝チームとはいえ、ホームグラウンドで試合ができる以外、
なんらのアドバンテージがなくなった(昨年までは1勝のアドバンテージあり)。
それが、どうにも解せない。

とはいうものの、10月も日ハムに楽しませてもらえそうで有り難い。
そのお礼としてできることのひとつは、
日本ハム・スポンサー会社関連商品を購入することだろう。
例えば、シャウエッセンをつまみにしてサッポロビールを飲みながら、
北海道新聞を読むことである。
SEIBU
には行かないし、ロッテのガムも食べない。
でも私、そんな偉そうに言えた義理ではない。
なぜなら、私の携帯電話はソフトバンクだからだ。


先日、レディオを聴きながら札幌市内で車を走らせていた。
ディスク・ジョッキーが「じゃあ次は、カニエ・ウエストの
ニュー・アルバムから聴いていただきましょう」と喋り、曲が流れた。

「カニエ・ウエスト」。
アメリカ合衆国のヒップ・ホップ系ミュージシャンである。
グラミー賞でも部門賞を獲得するほど、
超有名で超売れているヒップ・ホップ系ミュージシャンである。

「カニエ・ウエスト」という名を最初に耳にした時、
「蟹江敬三の胴回りか!」と、心の中で突っ込む以外、
何もイメージしようがなかったのを思い出す。

私はヒップホップ神経が優れていないので、
ヒップホップ・ミュージックが流れてくると、ちょっと辛くなる。
カニエ・ウエストの曲を聴くよりは、
蟹江敬三が出演しているドラマが見たい。
ちょっとずっこけな刑事役なら、なお見たい。
しかし、とりあえずレディオを流したままにしておいた。

最初は何も感じず、そのうち考え事か何かで、
音楽が流れていることを忘れていた。
そのまま2、3分経った頃、ふと、
「あれっ?この曲、意外といいかも」、「これ、カニエ・ウエストだっけ?」
と思い、レディオに集中した。
その途端、曲が終わった。

もう1曲聴きたいと思った。
私の中で、カニエ・ウエストが蟹江敬三を超えた瞬間だった。
ディスク・ジョッキーは、
カニエ・ウエストのニュー・アルバムの説明を始めた。
「このアルバムタイトルは『グラジュエーション』。卒業ですね。
世界のヒップ・ホップシーンで勝利者となったカニエ・ウエストが、
世界の音楽界で勝利者となることを目指した作品なんじゃないかなぁ。
それが、彼にとっての卒業っていうことかな」
みたいなことを喋った。

そして、次に流れたのが「ストロンガー」という曲だった。
ディスク・ジョッキーの言ったとおりだった。
テイストはヒップ・ホップだけど、音楽として素晴しかった。
大観衆を揺さぶることができる強さを感じたし、
いい意味で大衆的というか、少しこちら側に降りてきた気がした。
単に歌詞とメロディだけではなく、
その向こうにあるコアなものを感じさせてくれる曲だった。

いまさら「卒業」なんていう、
ちょっと恥ずかしくなるようなアルバム・タイトルだが、
それさえも肯定的に受け止めることができた。

※カニエ・ウエスト「グラジュエーション」
グラデュエーション

ところで、「卒業」と聞いて思い浮かべるのが尾崎豊(私と同学年)である。
尾崎豊が現役の頃、私は彼と距離を置いていた。
なぜかというと、尾崎自身もファンも、
「イっちゃってる感じ」というのか、「取り憑かれている感じ」。
それに抵抗感があったことと、
おそらく私のバイクを盗んだのは彼ではないかと思っていたからだ。

ところが、である。
今、通勤途中など、ふと気づくと
尾崎ソングを心の中で歌っていることがある。
そして感じるのが、非常に文学的で美しい歌詞であることだ。

例えば「卒業」の歌詞の一部でも、
「放課後 街ぶらつき 俺達は風の中 孤独 瞳に浮かべ 寂しく歩いた」。

「放課後 街ぶらつき」の後に「俺達は風の中」と表現する才能、

「孤独」を、瞳に浮かべたと表現するセンスは感動的でもある。
それに比べて、小室哲哉や槇原敬之あたりの作文みたいな歌詞はなんだ。
「ふざんけんな」と思ってしまうし、
モーニング娘は脱退する時、軽々しく「卒業」なんて言うな、とか思う。

例えば「15の夜」の歌詞の一部でも、
「やり場のない気持ちの扉破りたい」という言葉の使い方など
芸術的といってもいい。
浜崎あゆみの空虚な歌詞を「どうもこうもねえよ」と思うし、
「寝たふりしてる間に出ていってくれ」と言ってやりたい。

なんて言ってる私だが、
私自身、卒業できずに、かといって中退したわけでもなく、
何年も留年しているような毎日である。

テーマ:洋楽CDレビュー - ジャンル:音楽


今日、福田総理が誕生した。
どうなのかね、福ちゃん。
総理にしても、新しい閣僚にしても、
自民党自身が、安全、安心、安定を望んだ結果であろう。

国民の安全、安心、安定を目指すならいいけど、
どこか自民党の安全、安心、安定だけのように思え、
よく言えば手堅い、悪く言えばつまらない。

まあ、福ちゃんらしいといえば、福ちゃんらしい。
だから、26歳OLあたりから、「らしくないよねぇ」と
言われることもないだろう。
キッズ達もそう思うだろう。

この内閣の顔ぶれは、イチロー小沢にとっては、
この1年の内閣に比べれば対峙しにくいのではないか。
また、ヤスオ福田の、これまでのイメージにあるような
「のらりくらり」とか、「なんとなく収まりをつける」が蔓延したら、
政治離れが進みそうだ。
「きちんと」とか「着実に」という言葉の下に、
スローに、そして曖昧にやりかねない。
そのうち、国民は、この何ヶ月かのドタバタを忘れていくのだ。

それにしても、安倍ちゃんが辞意を表明してから今日まで
13日間あったわけだが、その間、国会が開かれなかった。
国会は開かれなくても、
国会会期中は、なんやかんやで1日約3億円の経費がかかるらしい。
13日間で約40億円である。

ニュースキャスターは言う。
「これも国民の税金が使われるんですよ」。
コメンテーターは言う。
「この無駄遣いを、自民党はどう考えているんでしょうか」。
クグエ@スカイウォーカーは言う。
「40億円、自民党に払わせればいいんじゃないですか。
 嫌なら、強引だけど安倍ちゃんに払ってもらうとか」。
私は、この意見を決して過激だと思わない。
40億円の無駄遣いである。
「40億円」である。「40円置く」ではないのだ。
夕張市に使えたら、どんなに良かったか。
40億円あれば、留萌市立病院の不良債務だって解消できた。

※留萌市立病院。留萌市の命運がかかっています。
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昨日(24日)の会見で安倍氏は、
最悪のタイミングで辞意を表明し、
国政、国民に迷惑をかけたと詫びた。

詫びるのが遅い。でも、詫びたこと自体は、まあ肯定しよう。
それより、安倍氏は議員を辞職するのが適切だと思う。
国民にも、国政にも与えた影響は非常に大きく、
この責任の大きさは甚大だと思う。
辞職して、またやりたければ、次の衆議選に出馬すればいいだけの話だ。
私は、この意見を決して過激だと思わない。
あって然るべき選択肢だと思う。
事実、遠藤ミチロウや電撃ネットワークの方がずっと「過激」だし、
小泉純一郎氏は「歌劇」が好きである。

昨日の安倍氏の会見を見ていると、

目がうつろで、言葉もスムーズではなく、痛々しかった。
気の毒だなと思った。
でも、辞意の本当の理由は「健康」なのだろうか?
一時的に入院して総理を続けることもできたはずだ。

12日の辞任会見の「テロとの戦い」発言連発には、
あまりの国民との意識、認識のズレに、
千葉ロッテのズレータ選手を思い出さずにはいられなかったが、
昨日の会見でも、「本当に病気が最大の理由か?」と疑問で、
ダチョウ倶楽部の寺門ギモンを思い出さずにはいられなかった。
でも、あの安倍氏の顔をみたら、さすがにかわいそうに思えた。
26歳OLも、キッズ達も、そう思えただろう。

ところで話は変わるが、先週21日、
前鳥取県知事の片山氏が、北海道議会に関して、
道と議員が答弁調整を慣例化していることや、
しかも質問と答弁を一字一句決め、いわば台本を作り、
それを議会で読んでいるだけということを「八百長」、「学芸会」と批判した。

これに対して、道議会が反発し、
25日に道議会議長名の文書で反論するとか
新聞に掲載されていたが、どうなった?
明日(26日)の朝刊には掲載されるのか?
記事になるほどのものでもないのか?

どんな反論をするのか、気になった。
新聞記事によると、道議会側が、
「現状を理解していない人の発言は遺憾」とか
「意見交換をしているのであり、答弁調整ではない」などと、
言っているとのことだったが、
ならば、正しくきちんと現状を示せばいい。
ただ、正しく現状を示すほど、「それが八百長ってことじゃないの」と
やぶ蛇になるというか、返り討ちを食らうことがないことを祈る。

また、「八百長」と表現されたことに反発するのはまだしも、
「学芸会」と表現されたことに反発するとしたら、
学芸会に対して甚だ失礼である。
学芸会は動員力があり、学芸をする者と見る者の真剣さ、
そして見る者を泣かせる力もある。これが道議会にあるのだろうか。
片山氏が「学芸会」と表現したのは、もしかしたら褒め言葉かもしれない。

以上、現状を理解していない人の意見でした。
勝手に遺憾に思え。


泊まりがけで留萌へ行ってきた。
今年の春まで約3年間、留萌に住んでいたので、
「なんちゃって里帰り」であった。

留萌にいた3年間のうち、2年と少し、
留萌の地域FM局(FMもえる)で番組をやらせていただいた。
火曜日夜9時から1時間、「ゴキゲンRADIO」という番組をやっていた。
通算で113回放送したが、ほとんどが生放送で、
録音放送は3、4回だった。

FMもえるは留萌駅舎の2階にあり。下はFMもえるの事務局内。
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ロックらしいロックを、クールに紹介したいと標榜したものの、
まもなくして番組は、完全に「ロックンロール・バラエティ」と化した。
番組の前半は、時事ネタを話し、自分のさえない日常を語り、
番組後半は、届いたメールをネタに「リスナーいじり」をし、
1時間に4曲くらいしか流さない、トーク中心の番組であった。

このレディオ活動を通じて、様々な方々と知り合いになれた。
そうした方々に会ってきた。
FM
もえるのスタジオへ行き、留萌川の河川敷を散歩し、
黄金岬で夕日を見、よく行った店に顔を出した。
色々とここに書きたい話はあるが、かなりローカル、かつ長くなるので
留萌の食べ物の話に特化したい。

私は、どこかの市町村に出かけると、
まず「何を食べるか」が最重要ポイントとなる。
食べることが好きであり、地域の食べ物への興味が強い。
そのため、適当に無難にチェーン店で済ますなど許されない。
8月下旬に伊達市に泊まった日の夜の懇親会的な飲み会が
つぼエイトで催されたのには、がっかりだった。
その時の悔しさがあったから、
今日まで道をはずさずに過ごしてこられた。


今回、留萌に行って、まず食したのは、
留萌名物「豚ちゃん焼き」である。
お好み焼きっぽい生地の中に、
肉まんの中身をゆるくしたようなものが入っている。
それでいてカレー味なのだ。不思議な食べ物である。
こういうものを小さい頃に食べた記憶がないのに懐かしい味がする。
素朴な味である。
店の人の対応も素朴である(正しく言えば「素っ気ない」)。

なのに時々強烈に食べたくなる。

※上が豚ちゃん焼き。下の写真は豚ちゃん焼きが売ってる店
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続いては、「ゆうひ」という名のまんじゅうである。
「ルモンド」という、留萌で著名なお菓子屋さんで売っている。
見てのとおり「真っ黒」である。
留萌の笹の炭で色づけしている。
中は「ごまあん」で、これが上品な味がする。
小さめに作ってあるところも、ずけずけしていなくて良い。
苦手な女性のタイプは「ずけずけしている人」だけに嬉しい。
そして、食感がもちもちしている。
好きな女性のタイプは「もちもちしている人」だけに嬉しい。
素晴らしいまんじゅうである。

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ちなみに、「ルモンド」では「はちみつロール」という傑作もある。
しかし、今回は買えなかった。
「お昼にならないと出来上がらないんです」と午前10時に
素っ気なく言われ、呆気なく店を後にした。

留萌のお菓子は、実は美味しいものが多い。
道内の大手お菓子屋の作品より、ずっと好きである。
しかし、留萌のお菓子屋は全体的にお客に対して素っ気ない。
感謝の気持ちをあまり示してくれないのだ。
美味しいものを売っているだけに非常に残念だ。

続いては、弁当を2つ。どちらも美味しい。
最近発売されたものだが、間違いなく「留萌の顔」となれるだろう。

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「にしんとカズノコのハーモニー」書いてあるのは、
「丸喜寿司」という留萌で著名な寿司屋さんの作品である。
私、にしんもカズノコも、食べられなくはないが、
お金を出して積極的には食べない。
ところが、これは美味しい。
にしんの嫌な臭みがなく、柚っぽい趣のある香りがする。
牛乳もコーヒーも苦手なのに、
コーヒー牛乳は好きだった10代の頃の自分を
思い出さずにはいられなかった。
ちなみに今は、牛乳もコーヒーも毎日飲むのに、
コーヒー牛乳は甘すぎて飲めなくなった。
なお、留萌市はカズノコ生産量が日本一である。

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そして「箱たこめし」。素朴さと尊さを兼ね備えた銘品である。
「友禅」という留萌で著名な和食系の店の作品である。
簡単にかみ切れるタコ、甘みの強いホタテなど、
全て留萌地域でとれたものである。
味のバランスがいい。強烈さはないものの、
この食材は、どういう味付けをしたら一番美味しいのかを
きちんと考えて、丁寧に作ったというのが伝わる味である。
そして、忘れちゃいけないのが、米が美味しいこと。堅さも完璧である。

この2つの弁当は、JR留萌駅近くにある「お勝手屋 萌」
という店でしか買えない。
留萌管内の特産物を扱っている店である。
店員のおばさんが携帯電話で話しながら、お釣りを返したり、
閉店10分前に行ったら、なぜか既にレジを締めたらしく、
面倒くさそうにお金の入った袋から、お釣りを返されたりしたこともあり、
時に寛大な気持ちで入店しなければならない店だが、
扱っている品物は魅力的なものが多い。

ここに紹介した食べ物は、札幌のデパートなんかで売ったら、
大ヒットすると思う。
でも、「留萌に行かないと買えない」ものであってほしい。
「あれが食べたいから留萌へ行く」というふうになればいい。

今回、留萌で酒も遅くまで飲んだ。一部、記憶がない。
留萌の方々の暖かさに、嬉し涙まで流れた。
私と留萌との付き合いは、
まだ始まっても終わってもいないんじゃないかと思えた。


留萌から札幌に戻る道すがら、
自民党総裁が福田氏に決まったとレディオで聴いた。
バタバタしていたのを沈静化するだけの内閣になりそうで、
そうだとしたら非常に退屈だと思う。
そんなことを考えながら飲んだお茶は、
「道すがら」だけに「とちゅう茶」だった。

テーマ:旭川/道北地域のネタ - ジャンル:地域情報


9月17日にローゼンフェルンの1日だけの再結成ライブをしてから、
「なぜライブを周知しなかったのか」、「また、時々再結成したらいいのに」、
「ローゼンフェルンのCD、もうないの?」など、
思いのほか反響があり、ちょっと驚いている。
16年ぶりだったことや、予期せず予想外に再結成したからだとは思うが、
やはり嬉しいものである。

スタジオで練習している時も本番も、20年近く前に作った曲なのに、
全く抵抗もなく歌えたし演奏できた。
練習の時、「ここのところ、どういうふうにやってたっけ?」というような
「久しぶり感覚」はなく、「懐かしい」という言葉も一切出なかった。
おそらく、当時の曲が、すっぽりと自分の中から抜けていて、
それが練習をするうちに徐々に戻ってきたのではなく、
16年ぶりとはいえ、その間、身体のどこかには常にあって、
スイッチを入れたら、自動的に起動したような感じなのかもしれない。

今だったら、どんな感じの曲をつくるだろう?
ローゼンフェルンの頃のように、書かずにはいられない的な感情で、
ストレートな歌詞を書けるのだろうか?
今も、「ベイベー」と「イェーイ」が多い歌詞になるのだろうか?
変にカッコつけたり、いらない工夫をして、結果、残念な曲になってしまうのか。
いずれにしても、書かずにはいられない的な感情に勝るものはないだろう。

「晴れた午後にひとりぼっち」という曲がある。
おそらく「ローゼンフェルンこの5曲」という企画をやったら、
自他共に必ず5曲の中に含む、いや、含まざるを得ない代表曲だろう。

1コーラス目の歌詞では、
「僕は半端なままさ 立派な人にはなれずに今日も歌ってるよ
  そうさ誰のためでもなく
 晴れた午後にひとりぼっち 離ればなれになんかなりたくない」。
2コーラス目の歌詞では、
「自分を捨ててしまい なんでも言うこと聴いたら立派な人になれる
 それなら僕はこのままいよう
 晴れた午後にひとりぼっち けれども居心地悪くないよ」
最後は、
「やりたいことと引き替えに 君が手にしたものはなんですか?」で締めくくる。

良くも悪くも若者らしい歌詞である。多少、身勝手でもある。
ところが、「今日も歌ってるよ」以外は、今も同じである。
事実、3週間前も、伏古公園で「晴れた午後にひとりぼっち」状態になり、
思わず、伏古公園の噴水のところで、この曲を歌おうかと思ったくらいだ。

そう。大して変わっていないのだ、私は。
もちろん、年相応には変わった。
例えば、このボディについて言えば、
3年前は頬骨を骨折し、2年前からは首のヘルニアを患い、
1年前には胃にポリープがあると胃カメラを飲んだ。
でも、酔っぱらってから2時間以上も歩けるのだ(9/16のブログ参照)。

ハードルは増えたし、高くなった。
けれども、やりたいことをやらなきゃ駄目なのだ。
切なくて涙出そうでも、走り続けていくべきなのだ。
でなければ、ずっと後悔する。
ティーンネイジャーみたいなことを言っているが、
41歳だって、そう思うのだ。

このブログは、「志」や「目的」というものが全くなく、
酔っぱらった勢いで、突然始めた。
しかし、いざ始めると、更新することを考え、不用意に酒を飲めなくなった。
飲んだら、パーソナル・コンピュータに向かう気持ちが完全に失せるからだ。

飲みながら書いた日もあるが、
8割は「シラフ」で書いているし、寝袋は「シュラフ」だ。
今日は仕事の後、外で軽く飲み、
家に帰ってからは、ちびちび芋焼酎をロックで。
そのせいか、今日のブログは、
「晴れた午後にひとりぼっち」という曲を作った自分に酔ってしまった。


テーマ:バンド活動♪ - ジャンル:音楽


読書が好きである。
30歳くらいから好きになった。
それまでは読書をしている時間がもったいなかった。
それが今では、読書する時間を作るのに努力している。

月並みだが、日本の現代小説が好きである。
週に1冊、年間で50冊読めたらと思う。
しかし現実は思うようにはいかない。
5冊読んだ翌月に、1冊も読めなかったりする。

今月は比較的読んでいる。既に3冊読んだ。
良い作品に出会ってしまった。
非常に良い作品だったので、ここに記さずにはいられない。
パーソナル・コンピュータのキーボードをうつ、
この指を止めることができない。できやしない。

その作品は、角田光代「八日目の蝉」。
今年3月に発売された作品である。
今月の初め、この本を購入するため、
JR札幌駅西口方面の紀伊國屋書店へ行ったが品切れ。
そこで、大丸札幌店にある三省堂書店へ行くと、残り1冊だった。
売れているから品薄なのか、さほど売れていないから品薄なのか、
いささか疑問を持ちながらも、
どうしても読んでみたかった作品だったので購入した。

面白かった。
面白くて、読み出したら、読むのをやめられなくなった。
というか、どんどん引き込まれて、ついつい最後まで読まされてしまった。


簡単にストーリーを説明すると、
ある女性が、生後6か月の赤ん坊を誘拐する。
その赤ん坊は、
その女性の不倫相手であった男と妻の間に生まれた子である。
女性は、赤ん坊とともに逃亡する。
女性は指名手配されるが、偽名を使って生活し、
身元がばれそうになると居場所を変える。
赤ん坊はやがて歩くようになり、言葉を喋るようになり、4歳になる。
そんな逃亡日記を、その女性の視点で書いているのが前半である。
後半は、誘拐された子の4歳から現在(20歳)を、
誘拐された子の視点で書いている。

ストーリーだけを全体的に見ると、劇的でも、強烈でもない。
なぜ面白かったのか?
まず、言葉のテンポが良く、表現にキレがあり、どんどん引き込まれた。
そして、ストーリーの運び方が絶品で、
中だるみや、無駄な説明がなく、読み手のテンションを高く維持させた。
さらには、人物の描き方が巧みで、キャラクターがたっているのだ。
角田光代のストーリー・テラーとしての実力を見せつけられた気がした。

これまで、角田光代作品は何冊か読んだことがあったが、
「まあ普通に面白かった」という程度で、堅実で無難な印象であった。
この「八日目の蝉」で、私の中で角田光代が、ひとつ抜きんでたように思う。
今年読んだ作品の中では、間違いなく一番良かった。

この本の帯には「心を揺さぶる長編サスペンス」と書かれている。
私が思うに、サスペンスにカテゴライズされるものではないだろう。
誘拐事件に振り回された人々の
人間ドラマであり、
生きていくことの「痛み」と「切なさ」が、
じわっと心にしみ入ってくる作品である。

タイトルの「八日目の蝉」も良い。
長く土の中で過ごし、地上に出たら7日間しか生きられない「蝉」の八日目。
我々は「生きている」ようで、「生かされている」のだ。

八日目の蝉

テーマ:オススメの本の紹介 - ジャンル:本・雑誌


17日、月曜日、私がかつて活動していたバンド(ローゼンフェルン)の
「1日だけの再結成」として、
クラブ・カウンターアクションにてライブに出演した。
少し前に帰ってきて、日付も完全に変わっているが、
気持ちが高ぶって眠れそうにないので書いてます。

今回の「1日だけの再結成」の経緯の詳細は、
9月13日のブログに書いているが、
1年前に亡くなった、かつてのライブ仲間である「浜さん」の
一周忌ライブだった。

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「バンドっていいな」と素直に思った。
メンバー4人のエナジーが結集し、
ひとつの曲を作り上げていく素晴らしさを実感した。
あのパワー、あのグルーブ感というものは、
ほかの何にも代え難い衝動である。
カラオケなんてものが、アホらしくてしょうがなくなる。
カラオケで感情を込めて歌える人の気が知れなくなる。

ライブでは、とにかくお客さんの目が優しかった、暖かかった。
16年ぶりというのがあったからではあるが、嬉しかった。
16年ぶりに見る顔もあった。
ライブのMCでも喋ったが、
すごく久しぶりなのに、みんな変わっていないのだ。

もちろん、この16年の間に、
例えば結婚して、子供が出来て、今は子供中心の生活で、
すっかり太ってしまったとか、
例えば大怪我をして、今も後遺症があるとか、
例えば、今は仕事中心の毎日で、ロックなんてとても…、など
生活や見た目は変わっている。
しかし、ひとつの音楽に対する、人それぞれの想いは、
さほど変わっていないのだ。

しかし、ライブに行き着くまでは不安だった。
なにせ21世紀に入ってから、
エレクトリック・ギター、略してエレキを握っていなかったからだ。
「オレ、エア・ギターでもいい?」と本気で打診しようかとさえ思った。
一週間前も何も準備せず、「田舎に泊まろう」かなんか見ていて、
「そんな頼み方をしても、誰も泊めてくれないよ」と、ぼやいていた。
でも、こんな番組見ていていいのか?と本気で不安になった。
「焦り」が日増しに大きくなった。
「焦り」を抑えるため、「パセリ」を買いに行こうかと思うほどだった。
ジャスコにマイ・バッグを持って、買いに行こうかと思ったくらいだ。

でも、ライブは無事に終わった。
気持ち良かった。
そして、なによりお客さん、メンバー、バンド仲間の暖かさが嬉しかった。
人と接し、何かを成したことは、
こうして十何年経っても、生きているということなのだ。

そして、忘れてはならない。
こういう場をつくり、こういう気持ちにさせてくれたのは、浜さんである。
浜さんが引き合わせてくれたのだ。
浜さんは亡くなったけど、
浜さんのことを考えたり、浜さんの話題で酒を飲んだり、
そういう時って、実は浜さんと会っているのだと思う。
浜さんが、そこに来ているんじゃないかと思う。
だから、今日のライブも、間違いなく浜さんは見ていただろう。
浜さん、ほんとにありがとう。

※楽屋
IMG_1385.jpg

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14日(金)の夜、飲みに行き、
2次会の途中から、完全に記憶がない。
気づいた時には、どこかのマンションの
入口ロビーのようなところで、座って眠っていた。
時計を見ると、午前1時30分。
そして、なにより、ここはどこなのかと不安になった。

マンションを出て、信号の下に掲示されている住所を見ると、
「大通東6丁目」となっていた。
私の家は、そこから北東へ約5㎞の距離である。
わかりやすく言えば、元町界隈である。
とりあえず、北東方向に歩いていけば、家にたどり着くと思い、
歩き始めた。しかし。
家の方向から住所が遠ざかっていく。
自分が、洋楽しか聴いていない人になったかと思った。
つまり、「ほうがく」がわからなくなった。

それでも歩いた。
もう少し歩けば、はっきりわかるだろうと。
大通東から北へ向かうには、線路を越えなければならない。
線路を越えれば、土地勘があるので、
多少酔っていても帰ることができる確信があった。

しかし、なかなか線路を越える道が出てこない。
線路があったかと思うとフェンスで閉ざされていることを2度、3度繰り返し、
気づくと、JR苗穂駅が見えてしまった。
私は、大通東6丁目から北東を目指しつつも、東へ行き過ぎたのだろう。
結果論だが、北へ北へと進めば、スムーズに行けた。

札幌の地理がわかる方にしか理解できない話となってきたが続ける。
そして、なぜタクシーに乗らないのかと疑問を持たれる方がいるだろう。
私は、そもそもタクシーが苦手である。
あの狭い個室に知らない人といるのが辛いのである。
そして、タバコ臭が残っていたら、もう耐えられない。
というか、それ以前に、走っているタクシーを止めるという行為が、
どこか無理矢理感があって、できることならしたくないのである。
そのため、日々の生活の中では基本的に、
公共の交通機関が無くなる時間まで仕事をした時か、
誰かとの付き合いで、という時にしかタクシーには乗らない。
しかも、極力、止まっているタクシーにしか乗らない。

JR
苗穂駅から私の家は、北へ約4㎞の距離である。
ここからは完全に土地勘がある。
そのまま北へ行けばいい。
ただ、JR苗穂駅界隈は、JR車両を整備するところなど、
かなり広くJRの敷地があるため、
北へ通じる道路は、JR苗穂駅を挟んで、かなり遠回りになっている。
その遠回りを嫌った私は、車道は遠回りになっているが、
歩いてしか行けない近道があるのではないかと考えた。
つまり、少しでも効率的にと考えた。
しかし、そう考えたことが最大の非効率だった。
どの道を行こうにも、JRの敷地のフェンスにあたり、
北へ抜けられず、何度もJR苗穂駅の近くに戻ってきてしまうのである。

そのうち、具合が悪くなってきた。
近くのコンビニで水を買った。
水を飲みながら、歩き出してまもなく、具合の悪さが増した。
これは、嘔吐のサインだった。
私は、JR苗穂駅前の道路の中央分離帯で嘔吐をした。
そして、中央分離帯の草にまみれながら、
言いたいことも言えず、やりたいこともやれない自分って何なのかを
考え始めた。
もちろん答えなど出ない。

その時、右目のコンタクト・レンズが自然にはずれてしまい捨てた。
ついでに左目のコンタクト・レンズもはずして捨てた。
コンタクト・レンズなんかをしていても、
私には何も見えていなかったのだ。
真実も、現実も、愛も、自由も、近道も。

私はせこい近道を開拓するのをやめ、
知っている大きな道を帰ろうと諦めた。
しかし、大きな道を行き交う車の音がうるさい。
求めていないのにタクシーが止まる。
水を飲んでは吐いてしまう。
私はまた、車の少ない通りを歩いてしまった。
そのうち、歩いたことのない道を歩いてみたくなり、
初めて通る裏道へ。そして、また家から遠ざかる。

その繰り返しをしているうちに、
環状通と国道275号線が交わる交差点が見えた。
つまり、苗穂のイオンの辺りまで行ってしまった。
さすがに私も無駄な遠回りに疲れ、そこからは最寄りルートを帰った。
家に着いたのは午前4時。
平行四辺形の左下を「大通東6丁目」、左上を「自宅」とすれば、
私はその日、平行四辺形の「左下右下右上左上」
というふうに遠回りをした。
JR
苗穂駅で近道に固執しなければ、三角形で済んだ。

「人生に無駄などない」と言う方がいる。
無駄だと思えることも、何かの力になり、どこかにつながっていると。
今回の帰り道は、無駄以外に何もない。
その日だけの無駄では済まない。
翌日も使い物にならなくなる。
こういうことは何度も経験している。
にもかかわらず、また同じ失敗をした。

翌日はバンドの練習を4時間した。
二日酔いのため、バンドの練習の直前まで家で横になり、
バンドの練習後、夕食を食べ、家でずっと横になっていた。
しかし、16年ぶりに、かつてのメンバーと音を出し合ったのは感激した。
ちょっと涙が出そうになった。
その12時間くらい前、知らないマンションの入口で寝込み、
深夜の街を吐きながら放浪した自分にも、
情けなさと哀れみで涙が出そうになった。

※練習をしたスタジオと喫茶店(スタジオミルク)
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私は、かつて「ローゼンフェルン」というバンドで活動していた。
時期は1987年から1992年1月までの間である。
そのバンドを、約16年ぶりに1日だけ再結成する。
9月17日(月)、クラブ・カウンターアクション(札幌市中央区南2西1)
でライブをするのだ。

なぜ1日だけの再結成か?
ローゼンフェルンを活動していた当時、
よく一緒にライブをやったバンドに「ランチマーケット」というバンドがあった。
その「ランチマーケット」のボーカルを担当していた浜塚氏が、
昨年の9月に交通事故で亡くなった。
9月16日が一周忌である。
そこで、当時のライブ仲間を集めて、
ライブ仲間なりに亡くなった浜塚氏を偲ぼうと、
「ランチマーケット」のメンバーや浜塚氏と懇意にしていた仲間が
企画したのである。

だから、1日だけの再結成とはいえ、
芸能人などがやる「一日市長」や「一日警察署長」みたいなものとは
全く異なる。

「一日市長」や「一日警察署長」は、まさしく儀式であり、
例えば「一日市長」なら決裁に印を押す、
例えば「一日警察署長」なら集まった署員に敬礼する、など、
差し障りのないことを形式的にやるだけである。

私にやらせてみてほしい。そういうセレモニー的なことはやらない。
「一日市長」のくせに、人事をやる。
「一日警察署長」としての挨拶の際は、
「警察官が野鳥の調査をすれば、これがほんとの『とりしらべ』」と言いたい。
あるいは、「警察官の皆さんは飲むならやっぱりビールですか?
やっぱり『はっぽう』は避けたいですよね」と言ってみたい。
そういう話をしても、警察官だけに「はんこう」する人はいないだろう。
まあ、すぐに一日警察署長を「こうばん」させられるだろうけど。

ローゼンフェルンの当時のメンバー4人のうち、
2人は東京在住、1人は音信不通、もう1人は私という状況である。
東京在住の2人は、1日だけの再結成のために札幌へ来る。
音信不通者(担当はベース)の代わりとして、
私がローゼンフェルンの後に活動したバンドの
メンバー(札幌在住、通称ミチ)に
サポートしてもらう。
そんな状況なので、4人揃っての練習は15日に一度やるだけである。

それだけでは不安なので、ミチと二人で、
11日火曜日の夜にスタジオ・ミルク(札幌市東区北20東1)で練習した。
ただ、その時は、私が歯を抜いた直後だったため痛みが激しく、
苦悶の中での練習となった。
さらには、「苦悶」という漢字を書けないのではないかと思い始め、
公文式で勉強しようかと考えたため、練習に集中できなかった。

ところで、歯痛の話は昨日も書いたが、
昨日のブログを書いた後、症状が悪化。
今日の朝から患部が腫れだし、
黙っていても、痛みでズキズキするようになったため、
ズッキーニを買いに行くのをやめ、
完全予約制の歯医者にもかかわらず、
飛び込みで予約をねじ込ませてもらった。


今日もまた麻酔をうたれ、その後レーザーをあてて腫れをとったようだ。
「患者への適切な説明と同意」を売りにしているのに、
またも、説明は簡素で、非常に薄っぺらいものだったので、
「歯を抜いたところから、なぜ腫れたのか?」、
「レーザーって何?」など質問をして食い下がった。
麻酔をうったのに治療は痛かった。
3回くらい足がはね上がった。
そういうことがあったからか、処置から1時間後の夜8時30分頃、
医師から私の自宅に「その後大丈夫か?」と電話がきた。
それで、わだかまりが消え、全てが相殺された気持ちになった。
まあ、自民党の総裁選びは、わだかまりがありそうだが…。

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