ADMIN TITLE LIST
Selected category
All entries of this category were displayed below.

2017年6月23日金曜日、
札幌市平岸の「G-HIP」に出演した。

開演時刻、出演者、出演順、持ち時間等々、
基本事項が事前に何ひとつ決まっていなかった。
決まっていたのは、とりあえず20時までにお店に行くことのみ。

お店に着くと、「今日の会場は下の店」と言われた。
早速、戸惑った。
下の店はカラオケスナックの体だった。
サイドボードにはキープボトルが幾つも並び、
店の隅にはカラオケ仕様の一人ステージがあった。
20170623_01.jpg
結局ライブが始まったのは21時。
最初の出演者の出番が終わった後、
お店の方が「次は誰にします?」と言って、お店の方々が協議。
その結果、私が指名された。
えっオレなの?という唐突な展開に、テンションが上がらず。

セッティングの最中に「持ち時間は何分ですか?」と聞く状況。
「好きなだけやっていいですよ」との回答。
この自由さは逆に困る。
やりながら組み立て、雰囲気などに合わせて曲をきめるパターンだ。
成り行きを見つつも、成り行きに任せない展開にしなければ。

私の前の出演者が20分で終了したので、
それを目安に4曲演奏した。
セットリストは次のとおり。
1 いい知らせが聞きたい
2 魔法のブーツ
3 すわりのいい夜
4 潮時

難しい環境だった。
雰囲気に私が歩み寄れなかった。
ほとんどトークもせず淡々と進めた。
反応もあまり感じ取れなかった。
しかし私のり目指す形にはまた少し近づけた。
自己満足をしたということだ。
20170623_02.jpg
今回のライブが、ES335のデビューになった。
セミアコ一本の演奏で歌うという新たな試みでもあった。
クオリティはまだまだで話にならないが、
温かみのあるクリーンなエレキ音のみでプレイするのも面白かった。
見直しや工夫をしながら練習をしていけば、
色々と広げたり深めたりしていけそうな感触を得た。

環境にうまく気持ちを馴染ませていけないところはあったが、
それは私の実力不足でしかない。
いかなる状況でも変わらずに一定のパフォーマンスをできなければ。
色々な場所、様々な環境でライブができるのは有り難い経験であり、
後日、再度トライできるチャンスもある。
ラッキーなことだ。

岩見沢から札幌でのライブに出かける状況において、
最も「なんとかならんかな」と思うのは、
ライブ後の打ち上げが札幌でできないこと。
出番の時刻がいつも遅いので、
宿泊しない限り、アルコール付きで打ち上げられない

この日も、日付が変わった0時30分に帰宅し、
だらだらと2時過ぎまで自宅で打ち上げた。
タイミング的にアルコールを欲するピーク時刻を完全に過ぎており、
しかし興奮の名残があり、そのまま就寝できる精神状態にないので、
遅い時刻でも打ち上げる。
ライブの夜の収め方は課題だ。
そのうち打ち上げをするためにライブを付随的にやるような
逆転現象が起きかねない。

スポンサーサイト

今年の音楽活動はこれまで「激しい雨」名義のソロ活動オンリーだ。
なぜなら、メンバーの仕事の都合により、
なかなか全員が集合しての練習ができなかったからだ。
今年初のフルメンバーによる練習はゴールデンウイークだった。

その一方、私はこの半年で10曲以上作り、
うち6曲は「激しい雨」のライブで披露した。
こうした新曲ラッシュの状態にあったこともあり、
その時々でスタジオに来られるメンバーだけで新曲に取り組んできた。

こうした土台があったので、5月末の時点で、
4つの新曲がほぼほぼ形になった。
これまでは新曲がまとまったら、ライブで披露して感触を確認し、
その後、見直しをするなどして演奏をかため、またライブで披露。
一定程度の曲数になったらレコーディングをしてきた。

今回はそのローテーションを変えることにした。
いきなりレコーディングをしてしまおうと。
フレッシュなままで記録として収めてしまおうと。
そしてアルバムをリリースしてから、収録曲をライブでやっていこうと。
プロのミュージャンのような展開だ。
ただ私もミュージシャンである。
プロではないだけの違いだ。

たくさんの新曲が出番を待っている。
いわば、食材が揃い、冷蔵庫の中はいっぱいなった。
バンドで食材を提供できる機会がないため、
ソロ活動で下ごしらえをしているうちに、
焼いたり、煮たり、調味料をかける段階までいってしまい、
その状態で冷凍保存している曲が数曲ある。
順調にいけば、来年の早い時期に新しいアルバムを
リリースできるだろう。

6月10日にレコーディングをスタート。
ドラム曲と、ギター2曲を終了。
ちなみに今回レコーディングをしている4曲のタイトルは、
「準備はいいか」、「ほどほどに」、「大豆を転がせ」、「不眠の歌」。

新しいアルバムの制作におけるトピックは、
私のメインギターがギブソン・ES335になり、
レスポール使用曲が大幅に減ることだ。
ギター2本と諸々を売るなどして、ある程度財源をまかない、
ギブソン・ES335を入手したのだ。
P6101927.jpg
2、3年前から、自分の作る曲が、
ジャギっとしたキレのある音よりも、
まろやかで抜けのいい音を求めている感覚があり、
セミアコでやってみたいと、しょっちゅう思っていた。

また、新曲ではカポタストを使用する曲もある。
レスポールはネックが太いのでカポタストを装着するのは無理があり、
見た目も良くない。
カポタストを装着できるギターは色々とある。
その中で立ち姿が私に最も似合うのはセミアコではないかと思った。
フレッドペリーのポロシャツとの親和性が高い感じがするのも良い。

いつまでギターを弾けるのか定かではない。
新品のギターをたくさん弾いて、いい味が出てくる頃には
肩からギターをぶら下げられないくらい弱っているかもしれない。
ならば今こそ入手するときなのではないか。
現にセミアコが相応しいであろう曲がここにたくさんある。
というわけで、思いきったわけだ。

6月10日のレコーディングで早速活躍した。
やはり曲にフィットしており、いい仕事をしてくれた。
その嬉しさと、レコーディングを無事始められた喜びから、
帰宅途中の車内で結構アルコールを欲していた。
帰宅するやいなや、荷物を片づける前に缶ビールを飲み、
落ち着いてから、ギターをつまみにゆっくりウイスキーを飲んだ。
P6101939.jpg P6101926.jpg
アンプに通さずに弾くと、心地よい箱鳴りがする。
抱えた感触も最初から全く違和感がなく、
ギターのボディがあばら骨にあたる感覚や腕を置く位置、
ネックのつかみ無具合など、いきなりしっくりきた。

ずいぶんとエキサイティングな道具を手に入れた。
色々と楽しめそうだ。
私の世界はまた少し変わっていくだろう。
何かを得て、何かに気づき、
何かを失くして、何かを忘れていくだろう。
それでいい。
自分のアップデイトを、少し他人事のように楽しめたりもする。
ただ、人間のアップデイトには退化も含まれている。
わきまえたい。


2017年6月3日土曜日、
札幌市白石区「エルナイン」に出演した。

セットリストは次のとおり。
1 ほどほどに
2 魔法のブーツ
3 すわりのいい夜
4 大事な用事
5 潮時
6 あんなに好きだったのに
IMG_1364.jpg
初めてのライブスペースで、勝手がわからないため、
どうなることか多少不安ではあったが、
いい雰囲気の中で、楽しい時間を過ごすことができた。

久し振りにジョニー輪島さんのステージを観た。
P6031909.jpg
一層渋くなっていた。
声に落ち着きが増し、いい感じの枯れ具合で実に渋かった。
この日唯一残念だったのは、自家用車で移動したため、
輪島さんと、そして輪島ファミリーの皆さんと飲めなかったことだ。
会場を後にした後、串鳥へ直行した輪島ファミリーの皆さんと
グッバイするのは辛かった。

佐藤かおるブルースバントの皆さん。
P6031912.jpg
オールマンブラザーズの「サウスバウンド」は特に素晴らしかった。
この曲をカバーする人達がいて、それに出会えたことが嬉しかった。
大人のライブだった。
ステージに上がる前も、ステージをおりてからも大人の対応で、
こういう方々と過ごすと居心地がいい。

私はといえば、どこか気持ちが上ずるところがあり、
コードと歌詞の誤りはこの2年間で最も多かった。
ただ、そんな誤りなんか関係ないぜの雰囲気で終始歌った。
とはいえ、結構カッコ悪い誤りだったのは事実だ。

今回のライブでは、「すわりのいい夜」という新曲を初披露。

すわりのいい夜

どこかに置き忘れてきた そのような そうだったような
けどもう どうでもいいぜ 思い出は風の中

変わってゆくこと恐れず ようこそと迎えたいね
変わってゆくことで 結構救われるものかもね

すわりのいい夜 ずっと探し続けてるのかな

得てして一日は長く 一年は短いもの
働いて あれこれ支払って 安心を手に入れる

あの件そろそろなんとか この件はどうしようか
ああもう次から次に やけにビールが欲しくなる

すわりのいい夜 ずっと探し続けてる
すわりのいい夜 君にぼくに彼らにも
柔らかな気持ちになってGood Night

IMG_1361.jpg
この曲では、イントロ、間奏、アウトロでカズーを使った。
キダーもハーモニカも似合わないフレーズなので使ってみた。
これが果たして相応しいのかどうか模索中だ。

あれもやらなきゃ、これもやらなきゃと気をもむ夜があるかと思えば、
ぽっかりと時間が空いて逆に落ち着かなかったりと、
なかなか理想的に夜を過ごせない。

そういう日々の中で、この日はなんともすわりのいい夜だった。
今日はすわりの悪い夜だった。
いつまでたっても悩ましい。
だから曲を作りたくなるし、歌いたくなる。
それで帳尻が合っているということか。


初めてのスペースでライブをした。
場所は札幌市平岸。
店名は「G-HIP」。
平岸通に面した2階建ての建物の2階。
階段を上り、入口到着。
20170521_01.jpg
ヒステリッククラマーっぽい絵。
そして左にはジミ・ヘンドリクス。

ドアを開けると、フィフティーズ・カフェのようなポップ感。
でありつつも、ステージのバックには、やはりジミ・ヘンドリクス。
20170521_02.jpg
BGMは20世紀のロックがひたすら流れている。

セットリストは次のとおり。
1 大事な用事

2 魔法のブーツ
3 ぼくは変わらずに暮らしてる
4 あんなに好きだったのに
5 ほどほどに

ローゼンフェルンの時代を知っている方が観に来てくれたので、
当時の曲である「ぼくは変わらずに暮らしてる」を
急きょリストに加えた。

その方によると、顔を見てもぴんとこなかったが、
曲を聴いたら、色々なことを思い出したと言って、
ローゼンフェルンの別の曲を口ずさんでくれた。
すごい。
顔は忘れたのに、曲を聴いたら、別の曲まで思い出すとは。
それと私は視覚よりも聴覚に記憶を残すタイプだったのか。
それはそれで非常にありがたいことだ。
20170521_03.jpg
出演者の皆さん、G-HIPファミリーの皆さんは、
大変あたたかく対応してくれた。
「ほどほどに」では、私が「ほどほどに♪」と歌えば、
「ほどほどに♪」とレスポンス。
帯広でも同じ現象があった。
この曲には、合いの手をいれたくなる「間」があるということか。
というか、音楽をやっている方々は、 曲のポイントをつかむのが早い。

出演者も多彩だった。
前半は昭和40~50年代の日本の歌謡ポップス。
終盤はツェッペリンとAC/DCのカバーバンド。
ツェッペリンとAC/DCのカバーで演奏した曲は、
考えてみれば、これも昭和40~50年代のミュージックだった。

ギターがうますぎて、逆によくわからなくなった。
出てくる音が決定的に違う。
芯があって、ハリがあって、頑丈なのだ。

いい経験ができた。
会場の雰囲気も展開も過ごし方もなんとなくつかめた。
また出演できる機会があるといい。

私自身のステージは、やるたびに足場がかたまってきた感じ があったが、
新たなスペースで、新たな人達の前でやると、
まだまだ軽く、ゆるいことを痛感する。
足りないものに気づく幸運。
悩ましくも有り難い。
変えてはいけない部分はあるが、
変わってゆくことで救われることもある。
ありがとう、そしてグッナイ・ベイビー。


2017年5月5日、帯広市民文化ホール小ホールで
開催されたイベント「サウンドストリーム」に出演した。

帯広市民のイベントであり、
4月に岩見沢市に移り住み、帯広市に住民登録がなくなり、
納税も消費もできなくなった私に本来参加資格はないのだが、
法令や条例で定められた資格ではないので、
3月末まで帯広市に住んでいた実績と情けにより出演できた。
20170505_01.jpg 20170505_02.jpg
ホールコンサートということで、控室が用意され、
10組が出演するのに2組で一部屋とは贅沢な配置だった。

ステージから見た客席。
20170505_03.jpg
こんなに広く豪勢な場所でできるなんて、なんてラッキーだろう。
しかも広いステージに一人で立つ。
こういう経験はなかなかない。
私の音楽活動における貴重な一日だ。

12時過ぎにリハーサルを終えて昼食へ。
「オレは今帯広で何を食べたいんだ。
オレのエモーショナルは何を求めているんだ。
オレのフィジカルは何を欲しがってるんだ」
前日から自問自答していた。

で、結局、というか、やっぱり、というか、
インデアンカレーが食べたくなったのです。
ちなみに他に迷ったのは、ヤムヤムの「のりカラ弁当」と
うさぎの「うさぎ御膳」だった。

インデアンカレー西18丁目店へ。
市民文化ホールからもっと近くに他の店舗はあるのだが、
帯広に住んでいる間に食べられずに終わった西18丁目店へ。
オーダーはインデアンカレー(421円)
トッピングはいらない。
20170505_04.jpg 20170505_08.jpg
恋愛絶頂期のように甘く濃いルーだ。
もう既に懐かしさを感じさせる味だ。
「すごく美味しい」というより、「やっぱりいいよね」と思う。

13時30分頃入店したのたがタイミングが良かった。
ほどなくして店内で10人くらいの行列になったし、
店を出る頃は店の外まで行列になった。

インデアンの後は、カラオケ「ビッグエコー」で一人リハ。
4月下旬から風邪をひき、喉が炎症を起こしたため、
大事をとって一週間ほど全く歌っていなかった。
会場でのリハは恥ずかしくなるような出来だった。
本番前の一人リハで、なんとかそれなりに整えることができた。

セットリストは次のとおり。
1 魔法のブーツ
2 ほどほどに
3 あんなに好きだったのに
4 白樺の街
20170505_06.jpg
楽しんで気持ちよくできた。
小さな会場で15人のお客さんを前にやっているのと変わらないテイストで
歌い、話をした。
とはいえ、広い会場なのでいつもより伸びやかに歌えたし、
広い会場で独り言のように数人の人に対して喋っているようなトークも
妙な高揚感があり、見た目以上にハートは盛り上がっていた。
どの曲も、これまでで一番の爽快感をおぼえながら歌えた。

受付でCDを10枚ほど無料配布した。
ありがたいことに全てなくなった。
CDが欲しいと事前に連絡をいただいた方がいたが、
無事に入手できただろうか。

ステージが終わった後、観に来てくれた帯広の方々や、
共演した方々と話をした。
3年間で色々なつながりができたと改めて感じた。
今後も十勝ミュージック業界といい関係を保てればと思う。
20170505_07.jpg
ライブ翌日の6日は、仕事の都合で岩見沢に滞在していなければ
ならなかったため、残念ではあったが帯広から日帰り。
運良く、行きも帰りも渋滞に合わなかった。
行きも帰りも反対の車線の方が明らかに混んでいた。

帯広を離れて1か月しか経っていないので、
帯広のあれを買って帰るぞ、という意気込みはなかったが、
ちらっとスーパー「フクハラ」に行ったら、
大好物である十勝大福本舗の「豆大福」
不二屋の「ミックスナッツ」をマストバイなテンションになり、
買い物かごに入れずにレジへGO。
20170505_09.jpg 20170505_10.jpg
江戸屋のミックスナッツは札幌、岩見沢で見かけるが、
不二屋の「ミックスナッツ」には出会えない。
十勝オンリーなのだろうかの思いから迷わず購入。

十勝大福本舗の商品も札幌、岩見沢で見かけない。
大福はあらゆるメーカーの商品があるが、
十勝大福本舗のが一番好みだ。
餅の食感が、きちんと餅である。
そして塩加減が絶妙。
餡もあっさりしているようで、しっかりとした味。
このバランスは素晴らしい。

日付が変わる少し前に岩見沢に着き、
ミックスナッツと豆大福とえびシュウマイで打ち上げ。
日帰りではあったが、朝から夜中まで十勝を楽しんだ。
完全に音楽と食の旅だった。
私には極めて理想的なホリデーだ。
こういう一日をまた過ごせるよう、
明日から地道な生活を繰り返すぜ。
 


私がボーカル&ギターを担当しているバンド、
THE HEART OF STONE」。
メンバーが道内各地に散らばっており、
2週か3週に一度くらいのペースで札幌に集合して練習してきた。

帯広から岩見沢に移り住み、札幌に行くのが随分と楽になった。
帯広からだと一日がかりであり、
昼、夜の食事を札幌でとったり、ついでに買い物などをしたりと、
なかなかハードなものだった。
岩見沢からだと75分くらいなので、気楽に行けるようになった。
冬になったら大変だろうが。

ベースのミチ氏は、年明けから3月末まで仕事で東京に住んでいた。
そのためしばらく音を重ねることができなかった。
4月15日の練習では、約4か月ぶりに顔を合わせ、
久し振りのグルーヴに感激した。
20170416_01.jpg
しかも、一週間前に音源とコード表を送付した4つの新曲を
しっかりと予習してきており、いきなり溶け込めた。
長年バンドを共にしてきたせいか、
私が作る曲のノリをや肌触りをよくわかってらっしゃる。
ドラムのオダ氏と、「ベースが入ると全然違うな」と
今更ながら感心し、感動した。

今はまだ、諸般の事情により、ライブ・スケジュールを
なかなか組み込めない状況にあるが、
ベースのミチ氏が戻ってきて、新しい曲に本格的に取り組み始め、
新たな展開に向けて動き出した。

そんな中、帯広でライブに出演できることになった。
■日時 2017年5月5日(金)16時~
■場所 帯広市民文化ホール小ホール
■料金 無料
■出演 すだち/シンクロニイティⅢ/キムバンド/ジャスミン/
        G-BAND/テツ・スペシャルバンド/フラッグ/
        クロハタ/ペナルティ/激しい雨
20170416_02.jpg
「激しい雨」として、私ひとりで出演する。
出番は18時頃の予定だ。
昨年のゴールデンウイークにも出演させていただいた
帯広市民文化ホール小ホールでのライブ。
今年も声をかけていただき、大変嬉しく、感謝、感謝であります。
そして非常に楽しみであります。

岩見沢に住んで半月、住環境は快適ですぐに馴染んだ。
飲み屋街から歩いて30分というのがやや難だが。
馴染めていないのが、職場のローカル・ルールだ。
ものの置き場所、それをやるための手続き、周囲との距離感…。
同じ会社なのに、職場が変われば違うもので。
まあ、そのうちそれなりに収まるだろう。

なんとも心もとなく感じているのが音楽的な孤立感だ。
岩見沢に音楽的な知り合いが一人もいないことや、
岩見沢で音楽的な触れ合いがないせいか、
ギターを弾いていると、アンダーグラウンドなことを
しているような気分になる。

そういうものだろう。
すぐに順調の方が逆に不安になるかもしれない。
階段を二段とばして駆け上がるタイミングでもない。
ここで焦れば、だから言ったのに、ということになりかねない。
まだ空知デビューを前にしたレッスン段階ということか。


2017年3月25日、帯広市「ホーリーズ」で開催された
ライブに出演した。

セットリストは次のとおり。
1 魔法のブーツ
2 ほどほどに
3 あんなに好きだったのに
4 白樺の街
5 無人駅のブルーズ
20170325_02.jpg 20170325_01.jpg
最後の「無人駅のブルーズ」は、
曲指定でアンコールをいただき演奏した。
アコースティック活動においては、
私といえば「無人駅のブルーズ」の人、とイメージする方が多くいて、
ホーリーズでは特にそうだった。
ありがたいことだ。
印象に残る曲をひとつでも残すことができて嬉しいかぎりだ。

この日も転勤に関して色々と声をかけていただいた。
音楽を通じて多くの人達と知り合えたこと、
その場を提供してくれたホーリーズというスペース。
この3年間の帯広での経験は、ほんとうに大きなものだった。

こうしてできた様々なつながりを、
これからもっと深めていけると思うだけに、
帯広市に住まいが無くなるのは心残りではある。
それだけに、このつながりを絶やさず大切にしていきたい。
20170325_03.jpg
4曲目の「白樺の街」は出番を待っている間に演奏しようと決めた。
この曲の「君と歌うよ 広い世界の片隅の小さな夜が
かけがえのないものになってゆく」という歌詞は、
帯広での小ぢんまりとしたアットホームなライブが
私にもたらした幸福感みたいなものを表現しており、
それはまさにホーリーズの夜でもあったからだ。

「白樺の街」のサビの歌詞は、
「黄色いバスが行く この街もいつか懐かしくなる」。
懐かしくなる「いつか」はずっと先であればいい。
懐かしくならない程度に、今後も帯広通いができたらと思う。

気がかりなのは、パーフェクトに黄色いバスの比率が
下がっているように感じること。
車体の側面がまるごと広告になっている車両が増えた。
しかしそれは憂うべきことではない。
帯広・十勝の活性化を考えれば喜ぶべきことだ。

十勝における互助の精神みたいなものは随所で感じた。
十勝エリアの中で、お互いに助け合い、支え合い、
活力を生み出し、ここで完結させる。
音楽活動の面でもそれを強く感じた。
十勝は素敵なところだ。


2017年3月11日土曜日、
帯広市HIPSTER(ヒップスター)で行われたライブに出演した。

セットリストは次のとおり。
1 ほどほどに
2 あれからどうした
3 魔法のブーツ
4 あんなに好きだったのに
5 潮時
20170311_01.jpg 20170311_02.jpg
HIPSTERは、「チャボ」がリニューアルしてオープンした ライブハウスで、
この日が初ステージだった。

ライブ前日に帯広から岩見沢に転勤になることが決まり、
ライブ当日は早朝に帯広を出て岩見沢で新居探し。
夕方に帯広戻り、バナナを食べ、ココアを飲んで、ライブ会場へ。

3週間後には帯広から出て行かなきゃならないのかと思うと、
ふわふわしているような、ごちゃごちゃしているような、
複雑で落ち着かない心境でライブに臨むことになった。

ステージに立ったら集中してできたが、
ステージを降りて、他の出演者のパフォーマンスを見ていたら、
寂しい気持ちになったり、
引越にあたりあれもこれもしなければならないと憂鬱になったり。
20170311_03.jpg
奇しくも、「潮時」という曲を最後に演奏した。
2月の中頃に作った曲で、披露するのはこの日が2回目だった。

                       

潮時

たそがれ 街角 やさしく寂しい
Oh Baby
どうして胸はざわつく
幸せ それは「なる」ものではなく
Oh Baby
「感じる」ものだと思うんだ

良かった頃 しがみついて 振り回され 傷つき
なのになぜやめられぬ ひとつもいいことないのに

そろそろ潮時 抜け出すチャンスさ
Oh Baby
道なり行けばそれなりに

うまくいかず ふさぎ込んで 振り落とされ 嘆いて
なのになぜ繰り返す ひとつもいいことないのに

そろそろ潮時 今宵も更けてく
Oh Baby
道なり行けばそれなりに
Oh Baby
そりゃまあ色々あるけど
また会える日まで どうかお元気で

                       


スローな三連符の曲で、大人多めの帯広の夜のライブハウスで
歌うことをイメージして作った曲。

潮時という言葉は、終えたり、あきらめたりするタイミングのような
意味で使われていることが多い印象があるが、
正しくは「グッドタイミング」というような前向きな意味だ。
(日本語の意味を英語で説明するのも変だが)

過去にすがりついていないで一歩踏み出せば、
そこには道があって、とりあえずそこを行けば、
それなりの何かに出会えるよ、という歌詞なのだが、
現在の心境と重なるところがあり、
それが逆に、自分で作った曲なのに、別の人が作った曲のようで、
不思議な感覚だ。
20170311_04.jpeg
帯広でのライブは、どことなくルーズで、アットホームで、
すっかり居心地が良くなった。
岩見沢に移り住んでも、 定期的に帯広にライブをしに来れればと思う。

さらに色々なものに出会って、様々な経験をするための、
ひとつの潮時なのかもしれない。
そうじゃないのかもしれない。
よくわからない。
考えないようにしよう。
3週間をきった十勝ライフを楽しもうと思う。


2017年2月23日木曜日、
帯広市「SUGAR」で行われたライブに出演した。
セットリストは次のとおり。

1 ほどほどに
2 魔法のブーツ
3 あれからどうした
4 あんなに好きだったのに
5 潮時
20170223_01.jpg 20170223_02.jpg
店に到着し、出演者表を見たとき、
全ての出演者の音楽と顔がすぐに一致した。
私も帯広アコギ業界にそこそこ踏み込めたようだ。

出演順は最後だった。
ステージに上がったのは22時30分。
これほど遅い時刻に本番のステージに立ったのは初めてだ。

待ち時間の長さ、お客さんの聴き疲れなどにより、
カウントダウン・ムードが漂う状況ではあったが、
それはリュックサックを背負わされた重みではなく、
リュックサックを背負ったら背筋が伸びたような良い刺激となり、
気力充実でステージに臨めた。
というか、単純に演奏できることが楽しみだった。

セットリストの5曲は、全て2017年に作った曲。
3曲目、5曲目は初披露。
まだ自分のものになっておらず、浮ついたところもあったが、
純度が増した感じがあり、変な話だがとても歌いやすかった。

「では、あんなに好きだったのに、という曲を」と言い、
拍手とともに「イェーイ」などと反応されたら、
気分上々にならないわけがなく、
あと1曲を残してステージからビールをオーダー。
最後の曲が終わり、ギターをぶら下げたままビールを飲んだ。
20170223_03.jpg
ステージが終わった後、道東ジョンさん(仮名)と音楽談義。
バンドスコアは買わず、徹底して耳コピ―で研究する話は
共感するとともに実に参考になった。
どこを弾くかではなく、どう弾くか。
どうしたら求める音が出せるのか。
まさしく音を楽しんでいる。

23時30分になり、閉店時刻が近づいたため、
出演者もお客さんも順を追うように帰り始めた。
私は出番が終わってから30分強しか経っていなかったため、
まだアルコール&ミュージックトークをしたかったが、
ほどほどに路線を行く私には、このあたりが帰宅の潮時だ。

色々な方の音楽に触れ、色々方と話ができて良かった。
一人こもって、あれこれしたり考えたりは必要だが、
会話がもたらす刺激は明日への活力になるものだ。

帰宅して、リンゴスターのドラムに着目しながら
ビートルズとともに二次会。
家に帰るまでが遠足だと言われるが、
いつ終わったのか記憶が途切れた二次会から就寝、そして起床。
アルコールが残った状態で仕事へ向かう。
そこまでがライブです。


「激しい雨」の次のライブが近づいてきた。
もう一週間後だ。

日  時 2016年2月23日(木)19時30分スタート
■場  所 SUGAR(帯広市西3条南10丁目 道銀南向かい)
■料  金 入店して何かオーダーすればOK
■出演者 激しい雨(その他の出演者は不明)

出演者は当日現場に行かなければわからない。
出演順も同様。
これはもう「帯広スタイル」と言っていいだろう。

このライブでは5曲やる予定だが、
全て今年1月以降に作った曲にするつもりだ。
今日現在、歌詞もメロディも手直ししている最中の作品もある。
ライブでやると決めたから必死になるのではない。
単純にいい形で誰かに聴いてもらいたいのだ。

年齢を重ねると曲を作れなくなる人は多い。
それもあってかカバー曲に移行していくパターンが増える。
単純にカバー曲の方が自作の曲よりも完成度が高いし、
演奏していて楽しいという場合も多いだろう。
それはそれで大いに結構なことだ。

実際、お客さんにしても、
いい歳をした大人が、わけのわからないオリジナル曲をやるより、
よく知っているカバー曲をやった方が盛り上がれるだろう。
それも大いに結構なことだ。
自然なことだ。

私があまりカバー曲に傾かないのは、
メロディはまだしも、歌詞がしっくりとこなくて、
言葉が歌詞にうまくのらない感覚があることや、
オリジナルのアレンジが面倒というか難しくて、
まともに演奏できないためだ。
それとバンドのメンバーにはよく話しているが、
カバー曲をやる時間があったらオリジナルの曲をもっとやりたいからだ。

年齢を重ね、曲を作れなくなった、あるいは作らなくなったという人から、
歌いたいことがなくなった、という話をよく聞く。
特にラブソングは書けなくなると。
わかる気がする。

ただ、今ある現実を歌詞にしなければならないわけではない。
若い頃のことでも、未来のことでもいいし、
想像や架空のストーリーだっていい。
年をとればとったなりの視点や考え方の変化もあるわけで、
選択肢や可能性はあると思うのだが。
20170216.jpg
さて、今回紹介する曲は、「あんなに好きだったのに」
2月4日のスタジオレストでのライブが初演奏だった曲だ。
23日のSUGARでのライブでも演奏予定だ。

1月下旬、札幌市内を1時間くらい歩いていたら、
どういうわけか「あんなに好きだったのに」という言葉が
降りてきて、このタイトルで曲を作ってみようと思った。
そう思ってすぐ、「あんなに好きだったのに」の部分のメロディが
降りてきた。

その日、札幌から帯広に帰るJRの車内にて、
頭の中で歌詞とメロディを同時進行で考え、
トマム駅あたりでは、ほぼほぼできあがっていた。
そこで一旦睡眠し、十勝清水駅で目が覚めて復習しているうちに
帯広駅に着いた。
帰宅してからギターで合わせてみたら、すぐにしっくりときた。
いい歳をして、ずいぶんと青臭く、しみったれた曲を書いたものだ。

あんなに好きだったのに

あんなに好きだったのに なんで離れた
二人で幸せになる夢見ていた
あんなに好きだったのに なんで途切れた
今でも君の声が聞こえるよう

君が僕を見つけてくれた
何より大切にしたいと思った
二人歩いた駅までの道を
今はひとり歩いてる

あんなに好きだったのに 戻れなかった
何にも君のことをわかってなかった

思い出すと切なくなる
今ではもう届かないけど
ほんとうに好きだったんだ
元気で暮らしてるかな

あんなに好きだったのに なんで離れた
今でも君の声が聞こえるよう


クグエ・フォークロックの定番ともいえるメロディライン。
この曲を作って以来、職場以外の場所では、
毎日のようにこの曲を鼻歌テイストで口ずさんでいる。
どれだけ自分の曲が好きなのか。
まあ、外食よりも自分で作った料理の方が好き、というのと
同じような気もする。

この曲の歌詞を考えている過程で、
数年前までは中華丼や麻婆豆腐などの「あん」ものが
とんでもなく好きだったのに、
近年は「あん」が重たくて食べたくなくなった、という内容で
「あんなに好きだったのに」にしようかというアイデアも浮かんだが、
結果的にはストレートにラブテイストにした。
面映ゆいところはあるが許していただこう。



| HOME | Next

Design by mi104c.
Copyright © 2017 トゥナイト今夜もRock Me Baby, All rights reserved.