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2018年5月21日土曜日、
札幌市北区「LOG」で行われたライブに出演した。

「LOG」は、ステージと客席の距離感や形状、
そして音の聞こえ方などの加減が良く、
演奏しやすく、観やすく、大変お気に入りのスペースだ。
今回は7年ぶりくらいの出演ということで楽しみにしていた。
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出演できたのは、古くからの知り合いである鹿野ケンジ氏に
声をかけていただいたからだ。
素晴らしい機会をありがとう。
鹿野ケンジBAND、いい具合に熟した大人のバンド・サウンドで、
やり続けている人ならではの落ち着きがあった。

Cozy J Hendrix
の皆さんとは初めてだったが、
ベースの山中さんは別のバンドで20年くらい前に
共演したことがあると知った。
ブルースが好きで、ブルースを演奏することがとにかく楽しい、
そう感じさせるバンドだった。

で、THE HEART Of STONE。
新旧おりまぜて7曲もやった。

セットリストは次のとおり。
1 大豆を転がせ
2 朝をぶっとばせ
3 水路の街
4 Young and Pretty Girl
5 すわりのいい夜
6 LIFE GOES ON
7 魔法のブーツ

4曲目は20年近くライブでやっていなかった。
今後もこんな感じで、自分たちにとっての古い曲を
セットリストに加えていきたい。
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ライブまでの一、二週間、メンタル面でもフィジカル面でも疲弊。
夜中に目が覚めて、抱えている問題を思い出し、
頭の中を駆け巡って眠れなくなる。
そんな日々の中でライブ当日を迎えた。
札幌へ向かう車中でさえ気持ちは憂うつで、
憂うつな国道を走り、憂うつな信号を越え、
憂うつにカーブし、憂うつにサイドブレーキを引いた。
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しかし、世界は私を見放さなかった。
リハーサルをし、ライブ会場へ向かい、
共演する方々と会い、メンバーと打ち合わせをした。
そして本番。
札幌に到着するまでの憂うつな気持ちは消えていた。
音楽と人が私を救ってくれた。
うまく言えないが元気を取り戻せたような感じだ。

関わり合いの中で苦しむことは多いが、
関わり合いの中でしか解決できないことは多い。
空間的には狭い範囲だが、長いツアーに出て、
ずっと巡り続けている気がしている。
そういう日々が私には合っている。
 

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まずはライブのお知らせから。
20180519ライブチラシ

THE HEART OF STONE
の出演は20時20分の予定ですが、
願わくば開演時刻からご覧いただければと。
よろしくお願いします。

さて、岩見沢に住み始め、
クロスバイクで出かけたり、郊外を散歩していて
早い段階で気づいたのが「水路」の多さだ。

車で国道を走っているだけでは気がつかない。
ここに住んでいるからこその方法や時間帯に、
なんとなく出かけることにより知る風土だ。

車に乗っているとなかなか見つけられないものの、
国道の近くも結構たくさん水路が走っている。
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住宅街の近くにも普通にある。
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美唄まで行くと、水路の調整池もある。
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水田や畑の近くは数が多いだけではなく、
周りの景色と相まって美しくもある。
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帯広に住み始めた頃は、白樺の木の多さに感動し、
「白樺の街」という曲を作った。
ならば、岩見沢では「水路の街」という曲ができあがるのが
自然な流れだ。

水路の街

あげたり 捨てたり もらったり くらったり
やりくりしながら バランスを気にしながら
なんとかこんとか

天狗は食べても 天狗にはならぬよう
誰かが取り持つつながりの恵みを受け
どうにかこうにか

みんなどこへ流れてゆくんだろうね
君といつかどこかで会えるかな

みんなどこへ流れてゆくんだろうね
君とここでもう一度会えたら

あげたり 捨てたり もらったり くらったり
水路の街にて ふさわしく暮らしてる

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思えばこれまで、水田が多い地域に住んだことがなかった。
昨年5月後半から6月にかけて、空知のあらゆる場所で水田を見た。
見ようによっては、湖のようであったり、
朝日あるいは夕日に照らされて光る広大な水田風景に感動した。

桜の時期が終わったら、田植えの準備が本格化し、
5月下旬には田植え真っ盛りになる。
岩見沢に住むまでは、そんな素晴らしい季節の風物詩を
意識したことがなかった。

そして今年も田植えが少しずつ始まっている。
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水田風景は癒される。
これから3週間ほどの間に、空知の北から南まで水田観光に
出かける日を作りたいと思っている。

岩見沢に住んでからは、ずっと空知の米を食べている。
岩見沢、美唄、深川、長沼、どこの米も美味しい。
実際、帯広に住んでいた頃より、米の消費がかなり増えた。
一方、菓子パン、スパゲティ、スイーツ類の消費は激減した。

留萌に住んでいた頃は、今では信じられないくらい
タコ、甘えび、しじみなどの海鮮類を食べた。
「あんこう」、「かすべ」、「柳の舞」は留萌を離れてから
一度も食べていないほどだ。

その地域ならではのものを食べて暮らす生活はいいものだ、
と今にして思う。
そして、その地域に住んだことを詩にして、メロディもつけ、
ドラムやベースやハーモニカなども入れてライブで披露する。
さらに、レコーディングをしてリリースまでしてしまう。
ハッピーなことだ。
全然当たり前のことじゃない。
そう、当たり前じゃないんだ。
幸運だなと思う。


2018年4月29日日曜日、札幌市中央区「アフターダーク」
にて開催された「オールウェラー大会2018」に出演した。
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この大会は、ポールウェラーをこよなく愛する女、マキシ氏の主催。
会場にはポールウェラーの曲が流れ続けるとともに、
マキシさんにポールウェラー好きと認められた者が
ライブ演奏できる大会であり、私にも声をかけていただいた。

共演した方々は皆素晴らしかった。

KAGE稲荷(カゲイナリ)さんは衝撃だった。
孤高でクールな宴会芸とで言おうか、
観る人によっては、ふざけているように感じるかもしれないが、
曲のクオリティが高く、
特に歌詞の構成は共感できるものがあった。
あの展開も簡単にできるものではない。
身体を張って戦ってきたことが伺えるパフォーマンスだった。

46°haroとの共演はかなり久しぶりだった。
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同郷である石塚氏の歌を聴いたのもいつ以来だろうか。
大人のポップソングだ。
年数を重ね、いい味わいが出ている。

メインの綿内さんを見ていて、やっぱりプロだなぁと。
技術、そして安定感が全く違う。
生で見ているからこそ強く感じる音楽レベルの差。
いかに自分が浮ついたハートと技術でステージに上がっているのかを
思い知らされた。
そう感じる体験ができて有り難い。
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この大会では、ライブ演奏者全員にあらかじめ宿題が出された。
ポールウェラーのナンバーを1曲でいいからカバーすることだった。

私にとって英語の曲は聴くものであり歌うものではない。
私にとって英語の歌詞は、わけのわからないカタカナ言葉を
口にすることであり、脳にも心にも入ってくる感覚がない。
なので、聴くぶんには音楽に国境はないが、
歌うとなると国交断絶である。

国交を結ぶには相応の時間と努力が必要だ。
1月頃には選曲を始めた。
その後、何曲かギターコードを探ったり、
英語のカタカナ化にも着手した。
しかし、なかなか前に進まない。
そもそも的確なギターコードを拾えない、
歌っても暗号を言っているだけのようで気持ちがのらない。

何度かやっていけば、いい感じになっていくだろうと思ったが、
平昌五輪が始まり、そして終わり、
女子レスリング界のパワハラ問題が告発され、
どこかの学長が「パワーのない人のハラスメントだから
そもそもパワハラじゃない」と会見しても、
サッカーの日本代表監督が変わっても、
宿題は進まなかった。

こんなに歌えないものかと驚いた。
ギターコードも難解だった。
雰囲気やノリでなんとかなるものではない。
というか、雰囲気やノリを全く出せない。

手遅れになる前に、4月に入ってからマキシさんに相談した。
相談というより、宿題を免除してくれと懇願した。
手遅れになる前に、ではなく、既に手遅れだったのだ。

マキシさんからは、クオリティの問題じゃない、
良い悪いとかじゃない、などの励ましや、
日本語の歌詞をあてていい、などの譲歩案もいただいた。

しかし、ポールウェラー・ミュージックの思った以上の
ハードルの高さに辟易していた私は免除申請をするのみで、
やがて、「オレの歌うポールウェラーを聴きたい人なんている?」など、
やや逆ギレ方向のコメントをするなど、
マキシさんの意に沿えないダメなオトコになってしまった。
義理を欠くことになった。
しかし、マキシさんの人情によりステージに立てた。

セットリストは次のとおり。
1 朝をぶっとばせ
2 水路の街
3 今夜ブルースを
4 わりきって
5 すわりのいい夜
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楽しく、刺激的な大会だった。
ただ、宿題をこなせなかった不甲斐なさ、やましさ、後ろめたさは
今も心にある。
ライブの後、マキシさん以外の方からも、
「日本語の歌詞で聴いてみたかった」、
「ギターコードは違っても、あなたの音楽観なら関係ないのでは」、
「ポールウェラーのファンばかりが集まった場だからこそ、
ポールウェラーっぽくないカバーも面白かったのでは」など、
数々のご意見、ご指摘、慰めをいただいた。
こんな年齢になって色々と言ってもらえることに感謝です。


2018年4月14日土曜日、
札幌市東区のライブハウス「161倉庫」に出演した。
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4か月ぶりのザ・ハート・オブ・ストーンでのライブ。
全員集まって練習する回数が少なく、調整が難しかったが、
なんとか本番にこぎ着けた。

セットリストは次のとおり。
1 朝をぶっ飛ばせ(新曲)
2 今夜ブルースを
3 水路の街(新曲)
4 潮時
5 魔法のブーツ

寒かった。
外も寒かったが、会場内も寒かった。
寒がり体質の私にとっては、
ライブハウス内の寒さへの順応は毎回の課題だが、
この日のハードルは高かった。

春になったし、半袖で熱くいこうと考えていた。
ステージに上がる直前、革ジャンを脱いで半袖になった。
その流れのまま革ジャンの左袖に腕を通した。
半袖状態は2秒だけ。
即座に半袖プレイを断念し、革ジャンでステージへ。
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革ジャンプレイなど練習でもしていない。
重たいし窮屈だ。
キャロルやラモーンズは、
よく革ジャンでプレイできたものだ。
思えば、平昌五輪の閉会式で登場したギター少年も
革ジャン姿でギターを弾いていた。
ちょっとぽっちゃりしていたが、なかなか似合っていた。
革ジャンとギターが似合うキャラクターになりたいものだ。
ファッションではなくスタイルとして。

久しぶりのバンドでのライブを楽しめた。
しかし自分のプレイの達成感は乏しい。
行き届いていない。
トライできたがエラーが多い。

またトライしたい。
しかし、望めばいつでもトライできるわけではない。
トライ&エラーの繰り返しでしか向上できない気がしている。
エラーした後、どうするかが重要だ。
「考えるな!感じろ!」路線でいけたらカッコいいだろう。
エラーをしょっちゅう感じる私は、
「感じたなら、考えろ」でいかなければ
新たなトライができない。

ライブが終わり、そんなことを考えながら
岩見沢へと帰る土曜の夜。
江別市内で車中のラジオは
「藤岡みなみのおささらナイト」が
始まった。
感じるとか、考えるとか、どうでもよくなって、
帰宅後の深夜打ち上げを楽しみに安全運転で帰った。


まずは次のライブのお知らせを。

■日時 2018年4月14日(土)19時
■場所 161倉庫(札幌市東区北16東1)
■料金 1,000円+1オーダー
■出演(出演順・敬称略)
    おばけトンネル(19:00)/THE HEART OF STONE19:30)/
    ポレポレブラザーズ(20:00)/おーろらそーす(20:30)/
    Boo Foo Woo21:00)/giingoo21:30

4か月ぶりのTHE HEART OF STONEのライブ。
THE HEART OF STONE
はライブ間隔が長いため調整が難しいが、
数少ないライブの機会だ。意味あるものにしなければ。
ほんとは意味などどうでもよくなるくらいライブをやりたいが、
色々とあるわけで、いずれにしても楽しみたい。

                       ◆


4月7日土曜日、札幌市の「とまと畑」でのライブに出演した。
驚くほどに冷え冷えとした沈んだ雰囲気だった。
それはそれで不思議で空間であり、
ひとつの経験として無駄ではなかったが、
「面」としての空気感がなく、「点」が「線」にもならずに
代わる代わる登場したようで、
私もその「点」のひとつだったかと思うと非常に残念だし、
申し訳ないし、力不足だということを痛感した。

セットリストは次のとおり。
1 ターミナル
2 今夜ブルースを
3 自由
4 たどり着けない雨の夜
5 潮時

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会場の空気を変えたり、巻き込んだりはできなかったが、
プレイ自体は前回より少しだけ前に進んでいる。
ソロ活動だからできるのだが、
ライブの度にギターのフレーズがしょっちゅう変わる。
よりよいものを求めて変えたり、
無意識のうちに変わってしまったり。
そのせいでいつまでも曲が完成していない感覚があるのだが、
これが音楽活動の醍醐味のひとつでもある。

ただ、理想と現実の差は大きい。
思ったよりできていない。
理想との距離の縮まり幅が狭い。
おそらく理想に届く日は来ないだろう。
けれども近づく方向に少しずつ向かっている。
それが楽しいからやめられない。
自己満足としか言いようがない。

この日で三度目の共演となったのが「Gold Tree」さん。
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60年代、70年代テイストの洋楽ポップスやブルース色のある
メロディを奏でる女性シンガーで、
この日はジャニス・ジョプリンのカバー曲も盛り込んでいた。

初めて見た時から、すうっと自然に入ってきた。
それは、ややスモーキーで落ち着きあるボーカルと、
メロディラインが私とちょっと共通するものがあったからだ。
この後は、あのコードに移って音階を下げてくる、
というような流れが、なんとなく一致するのだ。
また共演する機会があればと思う。

                      ◆

土曜日のライブが終わってからの岩見沢までの車中は、
STVラジオ「藤岡みなみのおささらナイト」(土曜夜11時~)
が恒例となっている。
彼女はラジオ・パーソナリティとして優れた感覚があり、
非常に適性を感じる。
トークのタッチやリズム感が良く、話題の広げ方も上手い。
流す曲もなかなか若者なりの渋いところを突いてくる。

テレビでもきちんとやれる方だと思うが、
裁量権が限られ、映像とリンクした対応しかできないテレビよりも、
全部仕切ってしまえるラジオ番組の方が持ち味を活かせるだろう。

先週は、日高晤郞氏が亡くなるという、
道内のAMラジオ界としては大きなニュースがあった。
藤岡さんも番組の終わりに
日高さんと一度だけ共演したことに触れていた。
藤岡さんなら日高さんに食い込んでいけただろう。
ただ、藤岡さんはラジオ偏差値が高く、自分で動ける人なので、
日高ワールドというか、晤郞ファミリーたる体制の中では
不自由さがネックになり、個性が発揮されなかったかもしれない。

ライブ終了ラジオ→自宅で打ち上げ→お酒に飽きたら就寝。
このパターンが確立している。
ワンセットで既定路線になっているし、惰性になっている。
地味で、チープで、さえないし、ドラマチックでもない。
なんか寂しいよね、と思う方は少なくないかもしれない。

ところが本人は自己満足している。
恥ずかしいのを承知で言えば、
どこかロマンチックな快感があるのだ。
この地味で、チープで、さえなく見える音楽活動が
奪われたらどうしようと不安になったりもする。
こういうふうになりたくて続けてきたのかもしれないし、
大袈裟に言うのならば、夢を叶えているようにも思う。
おめでたいぜ。
ゴキゲンたぜ。
今週末もステージに上がるぜ。


2018年3月25日日曜日、
ニセコ町で行われた「狩太座(かりぶとざ)ライブ」に出演した。

会場は、JRニセコ駅のすぐそばにある「ニセコ中央倉庫群」。
外観は昔の倉庫のまま。
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重厚な石造りだ。
それにしても見事な快晴だった。

倉庫の中は、大人のアート感テイストに改装され、
清潔で、温もりと品がある素敵な空間になっている。
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会場内では、ニセコ町内のイタリアン・レストランが出店し、
各種ドリンク類や鶏の唐揚げ、ポテトフライなどが販売されていた。
フード類が本格的で美味しそうだった。

ライブ機材は出演者が持ち寄り、ステージは自分たちで組み立て、
司会進行も出演者が行うなど、まさに手作りのイベントだったが、
ホスピタリティがしっかりしていて居心地が良かった。

今回は、ベースのミチ氏とのユニット形式で出演した。
セットリストは次のとおり。

1 今夜ブルースを
2 魔法のブーツ
3 潮時
4 夜の国道

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とにかくスタッフの方々が楽しそうにやっている。
チームワークがあり、笑顔が多く、ウェルカム感が高い。
おかげで、リラックスして、会場の雰囲気にすぐに溶け込めた、

お客さんの年齢層も幅広く、男女比も半々くらい。
自然素材や編み込み、ゆったりめ、アウトドア・ブランド、
そうしたスタイルの方が多かったような気がする。
これがニセコスタイルなのか、と勝手に思い込みながら楽しんだ。
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唯一の難点は、幼児だった。
ステージの最前列は椅子が置かれていないカーペットの
スペースだったのだが、
ライブ中に幼児数人が走り回ったり、飛び跳ねたりしていた。

私の前にステージに立った方々を見ていて、
相当やりにくいだろうなと気の毒に思ったし、
幼児の親族は放任だし、観客として見ていても辛かったし、
とにかく落ち着かなかった。
司会進行の方が、幼児におとなしくするよう促した場面もあったが
幼児は聞き入れず、祖父らしき方が幼児を抑えに入るも、
逆にキックされていた。叱れよ。

私の出番になっても、その状況は変わらなかった。
非常にやりにくかった。
録画したビデオにも、ステージ前には好き放題に騒ぐ幼児達が
写っていて、見ていると息苦しくなる。
中年の悲哀を軽やかに歌う私と、やり放題に騒ぐ幼児。
映像で見ると、あまりに異常な空間だ。

せっかくの和気あいあいのアットホームなイベントだし、
放っておこうと考えながら2曲目に突入するも、
幼児の親族に対してマナーを語るには、
義理もしがらみもない私が適任ではないのか、
それが今日の私の最大の役目なのではないか、
などと考え始め、完全に気が散っていた。
自分の歌と演奏が会場で流れている感覚がなかった。

2曲目が終了するなり、無意識のうちに、
「幼児にウケるような音楽はやってないんですけどね、
世の中どうなってんですかねぇ」と発言していた。
以降、幼児は関係者に抑えられ、ステージにすごく集中できた。
3曲目「潮時」は、これまでこの曲をやった中で
一番の出来だった。

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そんな一件がありつつも、ニセコ倉庫でのライブは自然に馴染める。
人も、自然も、施設も肌ざわりが優しい。
ニセコがまた好きになった。
ライブがなくても訪れたいし、
ニセコで消費したい気持ちになる。

こういう気持ちになるということは、
行政的な言い方になるが、
まちづくりのイベントとして大成功じゃないか。

手作り感にあふれたアットホームな空間なのに、
非日常的で刺激的で、それでいて溶け込める。
逆に言えば、私の日常は、手作り感がなく
アットホームではない空間いるということか。
そうだとしても虚しさはない。
毎日理想を追っている。
そんな中、理想的な楽しい時間をニセコで過ごせた。
ニセコの皆さんに感謝です。


今日3月24日、図書館へ車で移動中、
STVラジオ「日高晤郎ショー」を聴いて驚いた。
日高さんの呂律がかなり怪しく、口数も極めて少なかったからだ。

今年1月にガンの除去手術をした後も番組に出演していたが、
あまりの衰退ぶりが気になり、

帰宅後、ユーストリームでラジオ放送のリアルタイム動画を
見たところ激やせしていた。
相変わらず姿勢はきっちりしているが、
顔や首、腕は明らかに患っている痩せ方をしており、
それでいて腹部は膨らんでいるように見えた。

ラジオ番組などできる状態じゃないどころか、
入院中であっても危険信号が点滅するレベルだろう。
かなり深刻な病症なのではないか。

                        ◆

この一週間、飲み会と仕事で平日の夜が全て埋まり、
フリータイム不足のストレスを抱えて週末を迎えた。
ただ、フリータイムがあるときはあるときで、
何もせずにだらだら過ごすことでストレスが発生したりする。

高校生の頃から変わらないストレスの形だ。

もう一週間前になるが、3月17日土曜日、
札幌市白石区のLEGENDSでのライブに出演した。
セットリストは次のとおり。

  ターミナル

2 今夜ブルースを
3 魔法のブーツ
4 潮時
5 たどり着けない雨の夜
6 
Live Together

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この日のライブには、「MAKISHOJI」という男性2人の
ギターユニットが出演した。
ボーカルもギターも、テクニック的にはプロのレベルで、
私は最前列で身をのり出し気味で観ていたのだが、
中盤のトークで、ギターのSHOJI氏が、
「今日はほんとに久しぶりに会った人もいて・・・」と話し、
私の方を向いて、「久しぶりですね」と声をかけてきた。

私は誰なのか全く見当がつかず、
「えっ!久しぶりでしたか?久しぶりねえ・・、まあね・・、
なんというか・・、そうすか」と、しどろもどろになった。
SHOJI
氏も戸惑ったのか、
「あれ?ローゼンフェルンですよね」と私に確認。
「そうですよ」と即答。
すると、「ママレード・ルーシーでギターやってました」とのこと。
「ああ、そうか、そうですね、いやぁお久しぶりです」と
曖昧な返答。

そう。この時、ママレード・ルーシーというバンドについては
すぐに記憶の扉が開いたが、
ボーカルの三浦氏の顔しか思い浮かばず、
記憶の扉の向こうでSHOJI
氏に会えなかった。

その後、SHOJI氏のジャジーであり、ブルージーな
ギタープレイを見ながら扉の向こうを探索。
ライブが終わる頃には、けっこう鮮明に思い出していた。
30年近く会っていなかったと思う。

SHOJI
氏は現在、一般的なサラリーマンでは
到底あり得ない白髪の超ロングヘアだが、
思えば当時もかなりのワンレン長髪だった。
すごく細身で、シャープな目をしていた。

ルックスやプレイスタイル、そして雰囲気からして、
音楽に携わることをして生計を立てているのでは、と思い、
ライブが終わった後に聞いてみたら、
基本的にはそういう感じでやってきたらしく、
専門学校のギター講師もやっていたと。
また、現在は複数のユニットなどでギターを弾いていると。
素晴らしい。
私とは情熱の質が違うし、覚悟が決定的に違う。

帰り道に考えた。
プロのミュージシャンになりたい人は多い。
メジャーレーベルではなくても、
プレイヤーではなくても、音楽を仕事にしたい人は多い。
しかし、それを実現できる人はわずかだ。

音楽業界で働くことは、経済や社会の変化に関係なく、
常に求人が少なく、なり手が余っているのではないか。
介護や看護、建設業、運送業、飲食業など
人手不足が深刻な業界とは真逆なのか。

それとも、実は音楽でプロになりたいとか、
音楽関係の職につきたいという人は思ったより多くはなく、
余暇にできればいいという人が圧倒的に多いのか。
例えば、家庭菜園にのめり込んでいるが農業を職業にする気は
ない人が多いように。

いずれにしても、職業にするならば、
需要を起こせる作品やプレイやルックスや覚悟が必要だ。
みんな努力をしているし、苦労をしている。
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この日のライブには、何の迷いもなく臨めた。
やりたい曲をやりたいようにできるメンタルになっていたからだ。
ところが、いざライブをやると、
またしても実力の無さや準備不足を思い知らされた。
自分の持っているものと、それを表現する力を
きちんと把握できていない。

ずっとこういう感じの繰り返しだ。
新たな迷いが生じた。
しかし、迷いを打破したい気持ちがある。
その気持ちがあれば道が見えてくる。
道に迷った時こそ道を知るものだ。



まずは次のライブのお知らせを。

■日時 2018年3月17日(土)20時
■場所 LEGENDS(札幌市白石区)
■料金 1,500円(1ドリンク付き)
■出演(出演順・敬称略)
    mitsumi20:00)/激しい雨(20:40)/
    GOODSUN21:20)/MAKISHOJI22:20

                      ◆

さて、2018年3月10日土曜日、
帯広市のhipster(ヒップスター)でのライブに出演した。

半年ぶりの帯広は、十勝の冬らしい快晴で、
この青空だけで観光になるほど見事なものだった。
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驚いたのが雪の多さだ。
3月のこの時期で、これほど雪が残っている帯広は初めてだった。
除排雪の頻度によるところはあるが、
道路脇にある雪は明らかに岩見沢より多かった。

帯広の市街地を歩いていたら、聞こえてくるのは街頭放送。
「大丈夫だよ~、お嬢さん」のNCカード、
「モールのいで湯でのんびりり」のホテル大平原など、
何度も耳にしたCMに帯広に来ていることを実感した。

セットリストは次のとおり。
1 ターミナル
2 今夜ブルースを
3 潮時
4 たどり着けない雨の夜(新曲)
5 夜の国道

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またしても新曲を盛り込んだ。
歌詞もハーモニカも一部未完成の状態だったが、
完成させたつもりで臨んでも、いざライブで披露すると、
全然完成していなかったことに気づくのは何度も経験している。
粗くはあるが、やってみれば課題が浮き彫りになり、
それによって、どうしたらよくなるかの道筋が見えてくる。

hipster
は余裕のあるスペースで、
最初から最後まで座っていられるので、
余計なストレスがかからず、非常に過ごしやすい。
ただ、なぜかやけに長くステージに立たれる出演者が
顔ぶれは違うが毎回おり、終わりの時刻が読めない。
つまり、打ち上げ開始時刻が予定できないのだ。

この日、hipsterを出たのは、予定より1時間押しの23時近く。
飲み屋街は沢山の人で賑わっていた。
打ち上げをしようにも満席で3軒にふられた。
24時に閉店するということで断念をした店もあった。
それでも帯広は安くて美味しい店の選択肢が多い。
「彦左衛門(ひこざえもん)」にて打ち上げ。
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もう遅い時刻なので、肉と油ものはきついと思い、
同行者にもそう伝えたが、結局、肉と油ものばかり食べた。
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鳥左右衛門の鶏の唐揚げはやはり美味しい。
衣が薄く、ぱりっと、さくさくで、胸肉との絡みが絶妙だ。
翌朝、胃もたれをして朝食を受けつけなかった。

帯広に来ると、自然、空気感、街並みに癒やされ、ほっとする。
車でぶらっとしたり、歩いたりしていると、
ふと今も帯広に住んでいるような錯覚をおぼえる瞬間もある。
ただ、帯広に住んでいた頃、つらいことや嫌なこともあった。
それを思い出して、胸がちくっとしたりもする。
そういうものだ。
どこに住んでも、いいこともあれば、悪いこともあり、
自分の中で整理というか、折り合いをつけていくものだ。
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久しぶりに会えた帯広の方、久しぶりに買った三方六の切れ端、
またしても食べた高橋まんじゅう店の大判焼。
帯広にいた頃住んでいたマンションの部屋には
現在別の人が住んでおり、
それは別れた女性が別の男性とつきあい始めたのと似ており、
今はちょっと複雑な気持ちだが刺激的でもある。
帯広を離れたことで、また別の角度から、
帯広と楽しいお付き合いができそうだ。

不安になったり、胸が痛んだり、
癒されたり、嬉しかったり。
ほっとして、飽き飽きして、
すっきりして、美味しかった。
楽しい帯広ツアーだった。
ライブに関わった皆さんに感謝です。


まずはライブのお知らせから。


■日時 2018年3月10日(土)18時30分
■場所 帯広市「hipster」(帯広市西2南10)
■料金 1,500円(ワンドリンク付き)
■出演(出演順)
    Kolonahe
/TMユニット/激しい雨/STEPPING
   metabono fagen/BABSARA
 「激しい雨」の出演時刻は19時40分の予定です。

帯広あるある、というか、帯広ないない、に関する話だが、
帯広には靴のABCマートがない。
結構な地方であっても、
それなりの中心都市であれば存在する店だ。
道央圏は複数あるほか、
千歳、室蘭、釧路、北見、網走などにもある。
岩見沢の隣町、三笠市(人口約9,000人)にもある。
なのに帯広にはない。


帯広を中心に、隣接している芽室、音更、幕別を合わせれば
25万人くらいが住んでいる。
出店しても十分にやっていけるのではないかと思うが、
焼肉チェーンやカレーチェーンが十勝に進出しても
うまくいかないような諸事情が、
シューズ業界にもあるのだろうか。
シューズ業界で強力な十勝ブランド店があっただろうか。
思い浮かばない。

ただ、帯広の駅前通にある「NEWS CLIP」は素敵な靴屋だった。
中高年や子供をターゲットにした大衆的な靴はほとんどない。
レッドウイングの品揃えが豊富だったり、
インターネットでしか見たことがないメイド・イン・ジャパンの
魅力的な商品もあった。
帯広に住んだ3年間で2足を購入した。
今回の帯広ツアーの際、ふらっと立ち寄ってこようと思う。

                     ◆    
        
さて、2月からライブで演奏している新曲「ターミナル」について。

岩見沢に住んでから、札幌との行き来の際、
時々高速バスを使っている。
夜11時まで概ね1時間に2便走っているし、
札幌市内で渋滞に巻き込まれなければ、片道1時間はかからない。
札幌で飲酒をしても十分に帰ってこられる。

札幌-岩見沢間はJRも結構な本数が運行されている。
札幌発岩見沢行きの最終便は夜11時59分発であり、
札幌市内の地下鉄最終便とあまり変わらない。

問題は私の住まいがJR岩見沢駅から2.5kmほどあることだ。
夜遅くに1時間近く電車に揺られた後、アルコールが入った状態で、
雨だったり雪道だったりだと、歩いて帰る気が失せる。
その結果、札幌-岩見沢の電車代(840円)よりも高い
タクシー代を支払って自宅に帰ることになる。

それに対して、高速バスの停留所までは徒歩10分程度。
となれば、こちらを使うわけだ。
夜10時以降の便は意外と混む。
しかし座れなかったことはない。
JRだと野幌までは座れないのがスタンダードだ。

というわけで、札幌の中央バスターミナル。
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ライブの後、少し飲んで、ほっとしたような寂しいような、
そんな気持ちでバスを待つ。
夜10時以降にバスを待っている人の多くは、
「パーティ・イズ・オーバー、悲しいけれど」な風情だ。
そんな人達を見ていると、星屑ロンリネスを共有できているようで、
なんとなく落ち着くから不思議だ。
まあ、その時間帯に、元気でエネルギッシュな言動をする人が
いたらイラつくかもしれない。
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ターミナル

ターミナル バスを待つ 孤独で自由な夜
帰れる場所あるのに なぜに寂しい

君のことを見ていた ずっとずっと見ていた
知らなかっだろ 知らなくていい

簡単に年とったわけじゃないからね
雪解けがくることを知っているだろ
大人になるのさ

ターミナル バスに乗る 景色はただ過ぎ去る
あの人もあのことも薄れてゆくよ

けれど感情だけは ずっと覚えてるんだ
ときめきだとか ほろ苦さとか

簡単に年とったわけじゃないからね
折り合いのつけ方を学んできただろ
勇気を出すのさ

簡単に年とったわけじゃないからね
雪解けがくることを知っているだろ
大人になるのさ
もう少しいけるぜ

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若い頃のことを次第に忘れていくのは必然だ。
あの冬休みの午後、なぜ、彼女ではない女性と本屋へ行ったのか。
あの夏休みの夜、なぜ、彼女ではない女性と
海岸沿いの坂道を自転車の二人乗りで駆け下りたのか。
経過や原因が思い出せなかったり、
その女性の名前は覚えているが、顔の記憶が曖昧だったりする。
記憶から消えたり、あるいは間違った記憶にすり替わったり
しているのだと思う。

でも、あの時どういう気持ちだったか、という感情だけは
すごく覚えている。
感情の記憶の生命力はすごいなと。

いつか岩見沢を離れ、岩見沢生活を思い出すとき、
どこでライブをして、どこで飲んだか、は曖昧になるかもしれないが、
ライブをして、少し飲んで、中央バスターミナルで
バスを待っているときの、ほっとしたような寂しいような気持ちは
いつまでも記憶に残っていくのかもしれない。



2018年2月24日土曜日、
ニセコ町で開催されたライブ・イベントに参加した。
このイベントは、「狩太座ライブ MINI」というもので、
JRニセコ駅のすぐ近くにある中央倉庫群で
定期的に開催されている


会場は、かつて「でんぷん工場」だった建物だが、
懐かしさと快適さを兼ね備えたデザインに改修され、
実にきれいで、明るく、温かく、やさしい造りになっていた。

会場に入った瞬間から、心が解放されるような気分になり、
スタッフの方々のウェルカム感が高かったおかげで、
すぐに雰囲気に溶け込めたし、
トイレが清潔だったことも気分を盛り上げた。

天井が高く、そして広い。
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飲み物もフードも整っており、巨大なカフェのようだった。
そこにいる人達は皆、いい感じにフリーでラフで、
それでいて、雑でもないし、乱れていない。
そんな環境の中、いい気持ちでライブに臨めた。
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セットリストは次のとおり。
1 ターミナル
2 潮時
3 夜の国道

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初めての方にとっては、
絵もなく、花もなく、歌はあるものの、
飾る言葉も洒落もない、そんなステージに感じたかもしれない。
しかし、気持ちはかなりのっていた。

「夜の国道」では、終盤の「海辺のワインディング・ロード」
という歌詞を
「ニセコ駅前」に替えて歌ってしまうほど、
のっていた。

私はステージから「のってるか~い?」とコールするタイプでは
決してないし、もちろんレスポンスを求めたりもしない。
ただ、この日は「今日はいつもよりのってるぜ~」と
一方的に申告したい気持ちだった。

私以外の出演者は、ニセコ町とその周辺に住む方々で、
年季が入った本物な方もいれば、
なんとか準備してここにこぎ着けましたという方もいつつ、
羊蹄エリアにも音楽を楽しんでいる人がたくさんいるのだなと、
柔らかな嬉しさをおぼえた。

後志のサブカルチャーシーンにおいて、なくてはならない存在である
ランバード藤田氏、カルパッチョ田中氏も
足を運んでくれたことや、
ベースのミチ氏も駆けつけてくれたことで、

すごく幸せな気持ちになった。
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しんしんと雪が降るニセコの夜の空気も素敵だった。
山間地ならではの独特の透明感があり、
暖かい部屋からぼうっと見ていたくなる雪景色だった。

宿泊したかったが、この時期のニセコ、倶知安の宿泊施設は
ほぼ満室で、
空いているのは1泊8万円、9万円の豪華客室のみ
だった。


施設の快適さ、そして何よりも「人」、つまりスタッフの方々の
ホテピタリティの良さによって、
すごく居心地が良く、豊かな時間を過ごせた。
ご褒美をもらえたような気持ちだった。

そしてニセコをこれまでより好きになった。
忘れていた大切なものがここにもあったなと。
ライブを作ってくれた皆さんに心から感謝です。
是非また訪れたい。




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