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帯広の桜が満開になった。
20150429_帯広・桜
4月25日、26日の週末は、ほとんど咲いておらず、
この2、3日で一気に開花したような気がする。
本格的な春の訪れだ。
実際、終日ストーブいらずになったのは26日からだし、
27日はどういうわけか帯広は真夏日になった。

そんなウェルカム・スプリングな4月29日、
桜だけではなく、立川談春氏も帯広に来てくれた。
帯広市民文化ホールに彼の落語を観に行ってきた。

談春氏に関しては、2009年にこのブログで、
彼の著書「赤めだか」を紹介するなど、かねて興味を持っていた。
札幌に住んでいた2年前か、3年前か、彼の落語を観ようとするも完売。
今では首都圏においてはチケット入手が極めて困難。
札幌公演も即日完売。
そんな彼が帯広に来てくれるのである。
観ないわけにはいかない。

ただ帯広では、3月はおろか、4月になっても
新聞に広告が載っていたので、
慌ててチケットを購入する必要はないのかと思い、
仕事と音楽活動の忙しさにかまけて、チケット入手を怠っていた。

で、4月上旬に、藤丸のプレイガイドにチケットを買いに行くと、
「今日完売しました」とのこと。
慌てて、ローソンチケットにアクセスするとこちらも完売。
これはやばいと帯広市民センターに問い合わせると、
「完売したけれど2枚なら取り寄せられる」とのこと。
そんなギリギリセーフの状態でなんとかチケットを入手した。

20150429_落語1 
公演は休憩15分をはさみながら3時間に及ぶ実に濃い内容だった。

前座なし、最初から最後まで談春オンリー。
間延びや飽きるようなことはなく、
かといって、押しつけ感もなく、
実に心地良い流れで、淀みなく楽しめた。

落語を生で観るようになったのは10年くらい前。
留萌に住んでいた頃である。
それ以来、7、8回観た。
特に印象に残っているのは立川志の輔と柳家花緑である。

ただ、落語には結構当たり外れというか、相性みたいのがあり、
つまらないものは徹底的につまらない。
落語の最中に寝てしまうことも数回あったし、
大喜利でテレビに出ている落語家も、
話し方や話の運び方の技術に疑問を感じたことも少なくない。

その点、談春は素晴らしかった。
オープニングの雑談的トークから落語に入る流れが絶妙だったし、
何より発声がしっかりしており、声に張りがあり通りが良い。
かむこともないし、「まあ」や「あのぉ」など全く使わない。

落語家に限らず、一般人のトークや説明において、
「まあ」や「あのぉ」が多いとイライラしてくる。
内容に集中できなくなり、
「まあ」と「あのぉ」を言うタイミングを予測したり、
言った回数数えたりしてしまう。

20150429_落語2  
談春の話しぶりは強弱のバランスか良く、表情の使い分けも見事だった。
ストーリーの補足説明的なフォローも巧かった。
顔も声も展開も迫力がある。
迫ってくるし、引き込んでいく。
これがプロの芸だな。
芸もないのに「芸人やってます」と、
何の羞恥心もなく言ってしまうお笑いタレントがはびこる中、
談春は、まさしく真の芸人であることを証明してくれた。

六花亭など帯広ネタを嫌味なく導入しつつ、
地元政治家ネタも臆せず挿入してくるところも、
ライブならではの味わいだった。

そして何よりオチが鮮やかで、
オチにつながる伏線の組み立ても自然で巧みだった。
ほんとうの「芸」を観せてもらえた。

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AKB48のメンバーが、男性とのお泊まり発覚により
丸刈りにしたという。
これに対して、擁護する向きが強いと感じている。
年頃の女性だし仕方ないんじゃないの、
本人も反省しているからいいんじゃないの、
丸刈りになんかなる必要はなかったんじゃないの、など。

AKB
48という狭い社会におけるルールを破っただけのことであり、
ましてや犯罪などではないのだから責められるものではないし、
というか、私にとってはどうでもいい話ではある。
だが、ちょっと言わせていただきたい。

本人も、総監督とかいう女性も、謝罪コメントは、
「ご心配、ご迷惑をかけて申し訳ありませんでした」だ。
これは、仕事の相手先と内輪のスタッフに対しての言葉だろう。
それは間違いだとは言わないが、少なくともファンに対してではない。
表向きに最初に出すコメントならば、
まずファンに向かってもいいのではないか。
彼女達に限らず、この手の問題が起こると、
謝罪コメントはいつも「ご心配とご迷惑」だ。

ファン心理としては、「心配」や「迷惑」より、
「がっかり」、「幻滅」ではないのか。
AKB48における恋愛禁止制度の重みがよくわからないが、
私が見てきた限り、恋愛禁止はAKB48の結構な「売り」というのか、
大きなセールスポイントだと思う。
そこを欺かれたようなものである。
「無農薬栽培」を売りにしておきながら、
農薬まみれだったようなものである。

AKB48メンバーの恋愛問題は、これまでにいくつかあった。
そして、その後どういう道をたどったのかを見てきている。
にもかかわらず、堂々とお泊まりしてしまう。
それでも主力メンバーは擁護してくれる。
ならば、恋愛禁止ルールなどやめてしまえ!
どうして私が熱くなるんだ?

丸刈りのメンバーは、研究生とやらに降格とか。
でもほとぼりが冷めれば元に戻る。
郵政民営化に反対し離党させられたが、
そんなに時間が経たないうちに復党させるのと同じだ。

AKB48には、Aチーム、Kチーム、Bチームというのがあるらしい。
何か意味があるのだろうか。
政党の派閥とも違うのだろう。
どうせなら、どれかのチームは恋愛OKにしてしまえ、と思う。
それができないなら、「恋愛生活が第一」みたいな派閥を作るべきだ。
それで総選挙を戦ってほしい。


いずれにしても、こうした恋愛沙汰を繰り返していると、
メンバーの士気に影響するのではないか。
あほらしいと感じているメンバーもいるだろう。
また、見つからなければいい、見つかっても周りがなんとかしてくれる。
こうなると、ファンのモチベーションが下がるだろう。
「恋愛禁止なんて、所詮ポーズなんだろ」で済まされ、
「どうせみんな、それなりに恋愛してるんだろ」と、
必要以上の想像や誤解を招くことになり、
メンバーへの興味や信用が失われ、
AKB48がつまらない存在になるのではないか。

なんらかんら言いつつ、AKBはアイドルでありファンに夢を与えている。
その夢を壊されたような気持ちになるだろう。
結果、若者のAKB離れが強まってくるのではないか。
しかしそれは危惧すべきものではない。
若者の政治離れに比べれば、どうだっていいことだ。

テーマ:芸能一般 - ジャンル:アイドル・芸能


年末年始、AKB48を初めてじっくり見た。
彼女達が、2010年最大のヒット商品というのも、
わからなくはない。
取り立てて何がすごいとか、心をひかれるものがあるとかはないが、
なんとなく軽い気持ちで観れてしまう。

昨年行った、AKB48の選抜総選挙というイベントが、
大人気のきっかけになったのだろう。
まだ人間という生き物として全然出来上がってない顔つきの少女達が、
必死に、そして、いたいけなまでに選挙に挑む姿は、
それまで関心のなかったミドル・エイジの心を引き寄せた。
やはり真剣勝負をして順位づけがはっきりするのは、
傍観している分には、興味を引く娯楽なのだ。

ただ、こうした今の人気は、
行列が行列を呼んだようなバブルさが否めない。
大人気の店なので、とりあえず一度行ってみたようなものだ。
私もそんな気持ちで年末年始にAKB48を観た一人だ。

彼女達は、急激な人気上昇によって多忙になり、
ひたすら目の前にあることを必死にこなす毎日だろう。
働き過ぎなのではと心配にもなるが、
もっと気になるのは、激務による反動である。
くれぐれも心身の管理には気を使っていただきたい。
というか、こんなに上から目線で評論している私はなんなのだろう。

ところで、「AKB48はメンバー同士、仲が良くない」とか、
「集団でいるからわからないが、一人ひとりはそれほど可愛くない」とか、
いたずらに否定する意見も多いやに聞くが、
それもまた注目されている証拠だろう。

ただ、一人ひとりはそれほど可愛くない、ということはない。
というか、選抜総選挙の順位は、実はかなり正しいように思う。
なるほど、キャラクターとして人気が出そう人が上の順位にいると
納得できる。
特に上位5、6人は、アイドルタレントとしてのポテンシャルが
それ以下のメンバーよりも明らかに上のように見える。
そして、その5、6人は、私がイメージするアキバっぽいキャラからは
かなり遠いイメージである。
アキバらしいというか、メイド・カフェの店員っぽいメンバー、
いわば正統派なキャラは10位以下に集中している。
つまり、最早アキバには関係なく、ただのアイドルグループなのだ。

そのあたりは、どんなものなのかなと思うが、
AKB48について、こんなに語ってしまった私のほうが、
どんなものなのかなと思う。
ほんとにそう思う。
書かずにいられなかったわけでもないのに書き、
公開しないこともできるのに公開してしまった。

虚しいぜベイベー。

平和なんだなと思う。
ぬるま湯の中か。
しかし、ぬるま湯の半身浴こそ最も心身に良い。
ぬるま湯を否定の象徴とだけで捉えていいのか。
ぬるま湯状態にある若者を否定する中高年のや多くは、
定年後にぬるま湯につかるために必死なんじゃないのか。
だから国債が減らないんじゃないのか。


7月25日、清水ミチコ氏のライブを観に行った。
彼女は、モノマネと音楽をベースにしたエンターテイナーである。
ここ数年は彼女のライブを観たい気持ちが高まり、
何度かチケット入手にトライしたが、
仕事の都合がつかずに行けなかったり、
チケット完売の憂き目にあうなどで、実現していなかった。

そうしたことを踏まえ、今回は発売初日の午後に、
コンビニエンス・ストアにてチケットを購入した。
ところが席は「な」列。21列目だった。
やはりプレイガイドで購入しなければ、
前の方の席を獲得することはできないのかと腑に落ちない気分だった。

100725清水ミチコ/チケット
ところが、後で知ったのだが、
チケットは初日でソールド・アウトだったらしい。
そのせいで、同じ日に追加公演をすることになった。
追加公演も、ほぼ売り切ったようだ。

彼女は、テレビ出演が多くはない。
テレビ出演するとしても、
ドラマのチョイ役だったり、リポーター的役目だったりで、
モノマネ・パフォーマンスを目にすることはほとんどない。
にもかかわらず、発売初日ソールドアウトだ。
予想外の人気に驚いた。

その人気ぶりが、十分に納得できる素晴らしいライブだった。
ピアノを弾きながらのモノマネ、
トークによるモノマネ、
カラオケによるモノマネ・メドレー、
映像によるモノマネとトークなど、非常にバラエティに富んでいた。

彼女のモノマネは、声が似ているのが、もちろん基本なのだが、
歌い方だったり、発音だったり、仕草だったりという雰囲気を
似せているものが多い。
例えば、研ナオコの「かもめはかもめ」における冒頭の
「あきらめました」の「あ~き~」のところ。
喉がイガイガした感じで歌うところなど、ほんとに素晴らしかった。

森山良子のモノマネも圧巻だった。
「さとうきび畑」における「ざわわ、ざわわ」。
「ざ」ではなく、ところどころ「ず」に近い「ざ」で発音したり、
「さとうきびばたけ」の「ば」は、「ぶ」に近い「ば」で発音する。
それだけではなく、ピアノ演奏だけによる歌自体に感動した。
こんなに良い曲だったのかと、改めて気づいた。
同じく、いしだあゆみ「ブルーライト・ヨコハマ」、
一青窈「もらい泣き」など、本人が歌うよりも確実に良い曲に聞こえた。

つまり、清水ミチコ氏は、かなり歌が上手ということだ。
それに加え、魅力のある歌唱だということだ。
そしてモノマネしつつも、その加減がいい。
誇張はするが、下品にならず、決して行き過ぎない。
変に感情も入れず、独自の世界を作り出していく。

ピアノ演奏だけでの、松任谷由実の「ノーサイド」は、
最初のうちは、ユーミンの特徴を前に出した王道のモノマネだったが、
途中からは、ボーカルの良さに胸をうたれ、涙が滲んだほど。
ミーシャの「EVERYTHING」は、あまり似ていなかったのに、
歌唱力だけで泣けた。

この日最高のパフォーマンスは、「真矢みき」ではなかったか。
声も喋り方も、クリソツだった。
いかにも、真矢みきが言いそうなセリフを盛り込み、
後半は、どんな話題になっても、「あきらめないで」に持ち込む。
とりあえず今年はこれだけで食っていけると思わせるほどの、
時代を捉えた圧倒的なパフォーマンスだった。
くれぐれもテレビで浪費してほしくないと本気で思う。

100725清水ミチコ/会場ポスター
客層は、女性が70%くらいで、中高年の方が中心だった。
どんなツールで彼女を知り、パフォーマンスを見ているのか、
非常に気にかかるところだ。

決定的な用事がない限り、次回もぜひ見に行きたい。
優れたエンターテイメントを味わったという満足感とともに、
良い経験をしたという気持ちがある。
若い世代も見てほしいと思う反面、
これぐらいの人気が丁度いいとも思う、
そんな貴重な存在である。
あきらめないで。

テーマ:ライブ - ジャンル:お笑い


4月3日、道新ホールへ、
東京03の単独公演を見に行ってきた。

構成は、10分程度の生コントと、3、4分の音楽映像コントを
交互に見せる形式だった。
非常に面白かった。素晴らしくもあった。

特に、会社でミスをして、取引先を失い、落ち込む同僚を、
居酒屋で慰め、励ますコントは圧巻だった。
落ち込んでいるようで、微妙にふざけている加減が見事だった。
やがて、実はもう落ち込んでいない、と開き直る。
その後の、たたみかけるようなトークが熱かった。
なかでも、「居酒屋の常連」と呼ばれるには、
週に何回通うのがベストかという場面は、
このライブの中で、最高の場面ではなかったか。

「お前は、この店の常連なんだろ。
 常連ってことは週に何回来てるんだ?
 週2回か?週2回だと少ないか。
 週3か、それとも週4か?
 週4だと多いか…。(しばし沈黙)
 
 もしかして週5?
 週5は、くどいぞ。
 さすがに週5はないか。
 やっぱり、常連っていうのは、週4でも多いよな。
 ていうことは、週3なんだろ。
 (しばし沈黙)

 4!?週4か?」

こんな感じで、週に何回が常連かという、どうでもいい疑問を、
一方的に熱く熱くたたみかけるサマは、完全に引き込まれた。

その人がおかしたミスや、その人の駄目なところを徹底して突く。
しかし、突いていくうちに、
ミスをした方ではなく、責めている方が悪いような雰囲気に変わっていく。
支離滅裂なのだが、妙に共感させるところがあった。

人間の心の奥に潜むブラックな部分を、
ほじくり出して笑いに変える展開。
最初は、単純に面白いなと思ったが、
最後には、「素晴らしい」が「面白い」を超えた。


100403東京03 
メンバーの一人、角田氏の衣装は、フレッド・ペリーの連発だった。
着こなしも魅力的なものだった。
生コントの合間に流れた音楽映像コントも良かった。
基本的に曲が、まともに正統派のロックである。
角田氏が作曲した曲もあるらしく、
彼は、ほんとにロックが好きなのだと改めて思った。

私が東京03を好きな理由は、ロック性にあることは間違いない。
他のお笑い芸人達とうまく交われない。
迎合するのに向かない孤高性。
だから、いわゆる「ひな壇芸人」のポジションにはつけない。
上下関係の厳しい業界で、ちょっと浮いている。
そうしたことに対する馬鹿らしさと抵抗みたいなものが、
彼らのコントの根底にあるように思える。
そこにロックを感じる。
そう、彼らのコントは、レベル・ミュージックなのだ。

私はおそらく、東京03のコントのどこかに、
自分の思いを反映されているのかもしれない。

音楽映像コントの中で、
正義のヒーローものの曲があった。
社会の悪を倒して、平和な世の中にする、という内容の歌詞で、
「俺がやらずに誰がやる」という決めのフレーズがある。
ところが、そのフレーズの後に、
「きっと誰かやる」という歌詞で締め括る。

この諦観ぶりに感動した。
「俺がやらずに誰がやる きっと誰かやる」
これが、組織社会、システム社会の本質であり、真理なのかもしれない。

テーマ:東京03 - ジャンル:お笑い


1月31日・日曜日、バナナマンの札幌公演(3月13日)の
チケット発売日ということで、
発売開始時刻の午前10時から1時間遅れで、
最寄りのサンクスのチケットぴあに買いに行った。
売り切れていた。

なんという凄い人気だろう。
それほど宣伝されていなかったはずなのに、
発売開始1時間以内に売り切れたということだ。
「ここは東京じゃないんだぜ」
サンクス札幌元町店にて、そんな嘆きの一言をつぶやきたくなったが、
ひとりぼっちのストレンジャーになりそうなので、無言で店を後にした。

午後からは街に出た。
前日の1月30日土曜日に、東京03の札幌公演(4月3日)の
チケットが発売されたので、
大丸プレイガイドにチケットを買いに行った。

東京03は、バナナマンほどの集客力はないだろう。
発売翌日の購入なので、結構いい席が取れるのではないかと
期待してプレイガイドへ。

ところが、プレイガイドのおばさんは、
「売り切れました」と言うではないか。
「ここは東京じゃないんだぜ」
今度こそ、その言葉をクールにつぶやこうと思った。
しかし、クールだと思われるより、
フールだと思われそうだったので、またも断念。

大丸プレイガイドを離れ、札幌パルコの前を歩きながら、
こっそり、「ここは東京じゃないんだぜ」とつぶやいてみた。
虚しかった。
けれど、そんな虚しさが決して嫌いじゃないオレさ。

一応、札幌パルコのプレイガイドにも行ってみた。
「東京03のチケットありますか?」と聞いた。
「東京03のチケ」のあたりで、
「売り切れました」と、極めて速いアンサーを浴びた。
「ありますか?」と「売り切れました」は、
確実にかぶっていた。

すごい人気である。
東京03人気を侮っていた。失礼をお詫びしたい。
10代、20代に相当売れているということなのだろう。
こうしたものは、やはり生で見たい。
レンタル料が100円であっても、お笑い系のDVDは見る気がせず、
また、ライブを観たいと思うお笑い芸人はあまりいない私だけに、
滅多にない贔屓芸人のライブ観戦の機会を得られなかったことは、
私にとっての文化的損失である。

     ◇     ◆     ◇


こうしてチケット入手に失敗した私は、かでる2・7ホールに、
北海道舞台塾演劇公演「ぐるぐるぐる~その交差する点で~」という
芝居を見に行った。
こちらは、3日前に余裕でチケットを購入した。

武田晋氏、小島達子さんなど、道内大物役者も出演。
とある喫茶店を舞台に、喫茶店の人、
そこの客、喫茶店を始めたい人などが、

それぞれの勝手な言い分を闘わせるようなストーリー。

皆、嫌な人間を演じているのですが、どこか中途半端で、
それぞれのキャラが立っていなかったような気がします。

設定に無理があったような気もします。
それと、流れが平坦で、ウェーブのある展開がなかったのであります。
掘り下げるところと、流すところのメリハリが欲しかったのです。

それから、何を伝えたかったのか。
伝えたいものはなくてもかまいません。
だとしても、どういうところを見せたかったのかが、
芝居素人の私にはピンときませんでした。
しかしそれは、演技によるものなのか、脚本なのか、演出なのか。
そのどれのせいであると申す資格が私にはありません。
なぜなら、私の芝居に対する造詣が浅いために、
こう感じたのでありましょうから。
恐縮であります。


     ◇     ◆     ◇

なかなか望みのチケットを入手できない世の中だ。
だとしても、どうしても入手しなければならないチケットがある。
5月29日に、サンハウスが札幌に来ることが判明した。
サンハウスは、柴山俊之氏、鮎川誠氏を中心とした博多のロックバンド。
1970年代半ばから後半に活動。
その後、1983年に一時再結成し、その時のライブを収録したアルバム
「クレイジー・ダイアモンズ」は、
私がこれまでに聴いた邦楽アルバム・この10枚に、
確実にチョイスされるであろう傑作である。
この5枚に枠を狭めてもチョイスされるだろう。

そんなサンハウスが、札幌にライブをしにくるのだ。
これは、なんとしても見に行かなければいけない。
というか、ほんとにメンバーが集まってライブをなされるのか、
しかも、札幌まで来てくださるのか、と、疑問や不安さえも
敬語になる存在である。


サンハウスの存在を知っているのは、
私の世代を中心に前後5年であろうし、
その中で、強烈な影響を受けた人、ライブを見に行く人となると、
相当、絞られてくるだろう。
なので、チケット入手については、あまり心配していない。
しかし、油断は禁物だ。

発売日は3月20日と、まだ先だが、既に手帳にはその旨を記した。

仮にチケット発売当日に売り切れてしまおうものなら、
「ここは博多じゃないんだぜ」と、
はっきりと口にしなければならないだろう。

そして、明日から2月に突入する今、ひとつ言わせていただく。
「恵方巻きには全然興味がねえぜ」

テーマ:日記 - ジャンル:日記


昨日21日、道新ホールに落語を見に行ってきた。
三遊亭楽太郎、柳家花緑、林家たい平の3氏の落語を見た。
何かとバタバタし、気持ちに余裕がない状態だったため、
落語を鑑賞するテンションには程遠かったが、
前から5列目、しかもほぼ中央という願ってもない良い席だった
ことから、席に着けばおのずと盛り上がってくるだろうと思って会場へ。

林家たい平氏は、かなり期待していた。
テレビで見る限り、彼の喋り、ネタ、雰囲気、他の出演者との絡み方
などからして、近い将来、落語界の中心人物のひとりになる器だと
期待していた。
実際、喋りは安定・確実で、非常に聞きやすかった。
お客さんの呼吸を見ながらやっている感じもあり、
お金をとれるプロの仕事を見た気がした。
ただ、どことなく落ち着かなかった。

たい平氏は、月~金の昼間、東京でラジオ番組のレギュラーがある。
この日も、ラジオを終えてから札幌へ向かい、
会場に到着したのは、開演時刻より後だったらしい。
そのため、トリでの出演だった。
そして翌日は、午後からの東京でのラジオ出演のため、
始発の飛行機に乗るとのことだった。
こうした慌ただしさが、少し影響しているように見えてしまった。
もう少し悠然とした雰囲気でやっていただきたかった。

それと、たい平氏にとって非常に気の毒だったこと。
彼の演目中に、客の一人の携帯電話が鳴ったのだ。
しかも、すぐには鳴りやまず、4、5回コールされた。
たい平氏は、「立川談志師匠だったら帰ってますね」と、
ユーモラスに皮肉りつつ、携帯電話が鳴ったことを笑いにした。

ただ、この一件によって、それまで作り上げてきた雰囲気が変わった。
というか、崩れたリズムはなかなか取り戻せないように思えた。
こうした場面での携帯電話はほんとに命取りである。
舞台に立つ側にとってもそうだが、見る側の気持ちも乱してしまう。
ほんとに残念で迷惑な出来事だった。

なお、私の携帯電話は今、事実上使えない状態にある。
バッテリーが限界に達し、現在オーダー中である。
そのため、コンセントにつながなければ使えない状態である。
携帯電話とともに、コンセントにつなぐコードも持参し、
時々コンセントにつないで、電話かメールが届いているかを確認している。
本来の携帯電話の役割を果たしていない。

今日で3日目になる。
バッテリーが届くまであと1週間程度かかるらしい。

090721落語 
さて、今回の落語で、最も良かったのは柳家家緑(やなぎや・かろく)。
キレ、間合い、テンポ、ナチュラルさ、しなやかさ、華やかさなど、
非常に落語センスを感じる人だった。
ネタはシンプルながら、話術や表情、しぐさによって、
厚みのあるものにしていた。
ほんとに将来が楽しみな落語家である。
再度見に行くことは間違いないだろう。

ちょっと物足りなかったのは楽太郎氏。
残念ながら、ネタが浅すぎた。
否定的な意味でストレート過ぎて、逆に集中できなかった。
楽太郎氏の出番は、前座に登場した弟子の方の次だった。
冒頭で触れたが、この日の私は落語鑑賞のテンションが低かった。
申し訳ないが、楽太郎氏でもテンションは上がらなかった。

というのは、落語は、一人で二役、あるいは三役を演じるが、
集中を欠いたせいで、楽太郎氏がどういう人を演じているのか、
また、登場人物同士はどういう関係なのかが、
最初の場面で判然としなかったことが大きく影響している。
DVDではないので、巻き戻して確認することはできない。
そのため、よくわからないまま話は進み、
そのうち飽きてきて、
気づいたら眠っていた。
結構気持ち良く眠ってしまい、目が覚めたのは、
楽太郎氏が拍手の中で去っていく時だった。

残念ながら、楽太郎氏の落語のオチはわからなかった。
しかし別の意味で、楽太郎氏の落語で私はオチてしまった。


テーマ:落語 - ジャンル:お笑い


5月31日、ザ・ニュースペーパー札幌公演を見に行った。
ザ・ニュースペーパーは、
時事ネタを中心とした社会風刺コント集団である。
特に政治家を真似たコントは、
ごく稀だがテレビで放送されることもあり、

目にしたことがある方も多くおられるだろう。

会場は道新ホール。
当日券も発売されたようだが、見たところ満席状態だった。
客の年齢層は50代が中心か。
男女比は半々くらいだった。

090531ザ・ニュースペーパー1 
非常に面白かった。そして素晴らしかった。
ザ・ニュースペーパーは、時事ネタを皮肉って笑いにするのを
基本としていることもあり、ネタが新鮮である。
序盤は、政治家に扮したコントだったが、
先週行われた麻生-鳩山の党首討論の内容を既にネタにしていた。

コントのつなぎで絡めてくる替え歌に笑った。
替え歌の際は、ステージの後ろにスクリーンに、
替え歌にまつわる写真が映し出されるとともに、
替え歌の歌詞も映し出される。
例えば、小沢氏辞任から鳩山党首誕生に至るコントでは、
「雨上がりの夜空に」の替え歌で締めくくった。
出だしは、こう歌った。
「西松にやられて 民主党いかれちまった
 小沢のポンコツ とうとうつぶれちまった」
この歌詞がスクリーンに映し出され、
「小沢のポンコツ」のところで、小沢氏の呆けた顔写真、
「とうとうつぶちまった」のところで、
小沢氏の苦み走った顔写真が出た。
最高だった。

裁判員制度の問題点や定額給付金サギを題材にしたコントあり、
北朝鮮、皇室など、決してテレビではできそうもないネタありで、
2時間の公演中、全く飽きることはなく、
ずっとステージに釘付けだった。

どのコントも素晴らしかったが、
やはり政治家パロディの完成度の高さとわかりやすさは秀逸だった。
小泉氏が、麻生内閣を皮肉り、
「人生色々、会社も色々、鴻池はエロエロ、中川はヘロヘロ」と
締めくくって会場は大爆笑になった。
麻生総理の「上から目線トーク」も完璧に再現。
特に笑顔の雰囲気は、恐ろしいほどに似ていた。
田原総一朗をはさんでの、石原東京都知事、橋下大阪府知事、
東国原宮崎県知事の対談は、見た目も雰囲気もクリソツで、
いつまでも見ていたい気がした。

形態はモノマネを基本としたコントなのだが、
とにかく皆、芝居が上手である。
声が通り、セリフがしっかりと伝わり、テンポも絶妙である。
身のこなしのキレも良く、まさしくプロだった。
コントの組み立て方にも感心した。

伏線をきちんと作り、きれいにオチにつなげていくのだ。

090531ザ・ニュースペーパー2 
講演終了後は、メンバー全員が、会場出口で見送りをした。
ぜひ次回も見に行きたいと思った。
彼らのDVDもバイしたくなった。
会場でバイしようかとも考えたが、手持ち現金が心もとなく断念した。

「バイ」といえば、「バイする=購入する」が、
ロック・ミー・ベイベー読者の皆さんに地味に浸透している。
今回のCDリリースの際も、何人かの方から、
「バイします」と表現されたメールをいただいた。

ただ、なぜか違和感をおぼえたものもあった。
「ライブに行って、直接CDをバイしようと思いましたが、
 仕事が終わらず、ライブに間に合いませんでしたので、
 通信販BUYでお願いします」
「CDの売れ行きはどうですか?完バイするといいですね」

違和感の理由がわかった。
「買う」で使うべき「バイ」を、「売る」で使っているのだ。
つまり、セルとバイが混同しているのだ。
しかし、「通信販BUY」も、「完バイ」も、
きちんと意味は通っており、誤りとは言い難い。
むしろ発展的なバイの使用形態だと思う。

こうした状況にあることを、
「バイ」の創始者であるロック知人・スミス西野氏に話した。
すると彼はこう言った。
「バイ至上主義者の私は、たとえセルとバイが混同していようとも、
バイが普及していることは素晴らしいと思いますね。
バイが世界を変えますよ。
“バイこそすべて”です」


テーマ:芸能一般 - ジャンル:アイドル・芸能


5月2日夜、札幌市民ホールへ行ってきた。
立川志の輔師匠の独演会を見に行ってきた。
つまり、落語を見に行ってきたのだ。

若い頃は落語が苦手だった。
というか、なかなかストーリーに入っていけなかった。
落語は、圧倒的に江戸時代の話が多く、
庄屋だとか、小間物屋だとか、いまひとつイメージができなかったり、
登場人物も、「はっつぁん」、「しょうきち」、「とうしち」など
区別がつかないことが、その要因だった。

ところが、年齢を重ねると、なんとなくわかってくるから不思議である。
また、噺家(はなしか)というものの奥深さを感じるようになり、
年々興味が増し、機会があれば生で見たいと日々思っていた。
なかでも、立川志の輔師匠の落語は、特に見てみたかった。
この独演会があることを知ってから、すぐにチケットを購入したため、
前から9列目という、肉眼ではっきり表情のわかる席を確保できた。

志の輔独演会/チラシ 
志の輔師匠の前に、前座として二人が登場した。
この二人の落語も面白かった。
堅かった会場の雰囲気がほぐれ、空気が温かくなった。
前座として必要な役割を、きちんと果たしていた。

それに比べて、ロック・ライブにおける前座は、
オーディエンス側の立場から見て、いらない場合がほとんどではないか。
前座によって気持ちが高まってくるどころか、
むしろ渋滞に巻き込まれたようなイライラを感じることが多い。
さらに、「もうすぐ終わるから我慢してください」的なMCをする
バンドが非常に多い。
この、へりくだってるような、投げやりなような言葉が発せられると、
神経を逆撫でされた気分になる。
「そう思うなら、もう引っ込めよ」と思わずにはいられない。
前座の意味と立場を考え、ただ誠実に、真摯にやればいいだけなのに、
必要のない余計な気持ちを言葉にするバンドにはうんざりだ。

前座の二人の落語家の後に、志の輔師匠が登場した。
オーラがあった。
明らかに空気が引き締まるとともに、熱さが増した。
座布団に座ると、豚インフルエンザの話を始めた。
時事ネタを用いた「つかみ」である。
この時点で、あっという間に引き寄せられた。
声の出し方、表情の切り替えなど、まさにプロだった。
つかみの部分の話から、演目に入る流れも巧みだった。

志の輔師匠は、猿に似ている女将の喜怒哀楽を綴った
「猿後家」(さるごけ)と、
婿入りした奉公人の心温まる話、「江戸の夢」の2本を演じた。
どちらも素晴らしかった。

志の輔独演会/演目 
1人で、男役も女役もやるのだが、
指の動きや、ちょっとした姿勢で使い分け、
ほんとに女性に見えてくるほど見事だった。
さらに、強弱、スピード感、間のバランス、
何度も繰り返してたたみかけては、思い切り無音状態を作ったりと、
演技力と構成のすごさに圧倒された。

ストーリーはシンプルである。
「こういう展開をするんだろうな」と、なんとなく先も読める。
先も読めるのだが、話を広げ、笑いを入れ、ドキっとさせるなど、
シンプルな話を奥深く、豊かなものにしている。

特に、2つめの演目の「東京の夢」における
オチに向かってのクライマックスの高まりと切れ味は、
鳥肌が立つほどの興奮があった。
鳴りやまない拍手の中、自然と笑顔になり、目頭が熱くなった。

まさに「芸」である。プロの芸である。
芸に触れた、というだけではなく、
文化を味わった、というほどに感動した。
文化の域を超え、日本語や英語やフランス語などと同じように、
落語は語学ではないかとさえ思った。

この日、昼間は20度を超える初夏のような陽気だった。
しかし、落語を見終えて外へ出ると、
大通りにあるNHKの温度計は9.5度と表示していたとおり、
身をかがめたくなるような寒さだった。
なんとなく鍋を食べたい気がした。
えっ、何の鍋かって?
落語を見た後だけに「よせ鍋」です。
クグ丸です。


テーマ:落語 - ジャンル:お笑い


今回は水崎杏美(ミズサキ・アミ)さんに関する話である。
このブログにおいて、6月3日の記事で
「北洋銀行ポスターガール」として初登場。
その後、写真撮影会を密かに見学に行ったり、
彼女が時々出演する番組「ワンサカ」における彼女のあり方などに
言及してきた。

また、彼女のブログのタイトルは「お仕事日記」にも関らず、
仕事の事前告知をほとんどしない、と苦言を呈したりもした。
ところが、最近の水崎ブログは、事前告知をするようになっている。
これはありがたいことである。
ただ、仕事にかけているなら、もっと必死に事前告知をするだろう。
結局は、仕事ではなくバイト感覚なのかもしれない。

また、水崎ブログを読んでいくと、
知っている人は知ってるから、わざわざ告知はしない、
というような雰囲気を感じるときもあった。
水崎コア・ファンはわかっているから、あるいは、
わかってほしい人はわかってるからそれでいい的な
壁を感じずにはいられなかった。

その一方、私は、生活がかかっているわけでもないのに、
あれだけライブの告知をし、
ライブに来ていただくことをお願いしている。
生活はかかっていない。
しかし、人生がかかっている。
少しでも多くの人に見てほしいし、ご意見を聞きたい。
そして反省したり、次はこうしたいと思ったりする。
そうやって、毎日が豊かになればいいと思っている。

10月8日深夜、水崎さんは「ワンサカ」に出演した。
水崎ブログにおいて、放送1週間前に出演をお知らせするという、
これまでにない著しい成長を見せた。
おそらく、私のブログの読者の何人かも、
この日の「ワンサカ」を見たものと思われる。

しかし、またしても水崎さんは疲れているように見えた。
相変わらずの不健康フェイスだった。
北洋ポスター時期より、明らかにやせている。
魅力があった頃よりやせるというのは、私にとっては致命的である。
ここ10日間あまりの日経平均株価並みの下落を招きかねない。

私の勝手な思い込みだが、
彼女は、番組の中における自分の役割というか、
ポジションみたいなものがわからず、行き詰っているのではないか。
なんとなく周りの出演者のノリに合わせて、
なんとなく可愛く映ればいい、
そういう気持ちしか見えないのだ。

個性は見えないし、知性も見えない。
志は全く感じないし、熱意も伝わってこない。
というか、「ワンサカ」という番組自体が、
個性も知性も見えないし、志も熱意も伝わらない。
そうしたスタッフ及び出演者の姿勢に、
水崎さんが染まっているのではないか。

番組内容は、回を重ねるごとに投げやりになっている。
どこかのつまらないバラエティ番組でやっていたような企画を
表面的にやるだけ。
深みがなく味気ない。
ほんとにそういう企画ばっかりで、見ていて辛くなる。
楽しさがワンサカではなく、空しさがワンサカなのである。

おそらく出演者も、「これでいいの?」と感じているはずだ。
いや、もしかしたら、「あの番組でやってたことを自分がしてる」という
喜びを感じている出演者がいるかもしれない。
正直、上海ドールの女性には、そういうところを感じずにはいられない。
そこそこ器用だが、まるでオリジナリティがない。
将来的には、「のりゆきのトークde北海道」のリポーター
になれる要素は持っている人だけに、
オリジナリティを追求してほしいと思う。

「ワンサカ」はまず、
「視聴者が共感できること」を番組の柱に考えてほしい。
「共感」までいかなくてもいい。
番組の中に、視聴者も入り込めるような内容なり、作りなりに
しなければいけない。
視聴者が一緒になって、
「どうなるんだろう?」、「どうして?」と感じることが重要なのだ。
そして、毎週放送される番組ならば、ストーリー性も重要である。

「水曜どうでしょう」があれだけウケたのは、
大泉氏やスタッフのキャラクターという個の力によるところも大きいが、
視聴者があの番組の中に一緒に入っていけたのが最大の要因だろう。
そして、ストーリー性あり、個性あり、知性あり、バカバカしさありで、
一度ついたファンは離れないような、引きのパワーがあった。
「ワンサカ」にはこれらが全てない。

私がこれだけ意見するのは、おこがましいとは思う。
ただ、北海道ローカルの深夜番組の中でも、
おそらく視聴者が少ない方だと思われる番組を
これだけ語るブログがあるだろうか。
正直、自分でもちょっと空しい。
今日の記事に対する拍手はゼロ覚悟で書いている。

要は、水崎さんに、現状は結構厳しいよ、と伝えたいのだ。
バイト感覚なら、それでいい。
水崎マニアなら、水崎さんが何をやってもオッケイオーライだろう。
しかし、私は違う。

私にとって水崎さんは、
以前、「ファンというより、趣味に近い」と表現したが、
もっと具体的にいえば、レジャーに近い。
春に桜を、夏に花火を、秋に紅葉を見に行くような感覚なのだ。
どうせ見るなら、天気のいい日に、満開の状態で見たい。
つまり、満開の水崎さんを見てみたいのだ。
北洋ポスターのレベルには戻れないのか。

周りの空気に合わせて、なんとなく楽しくやるよりも、
自分を知り、自分の個性を出すことを、まず考えてほしい。
自分というものは、いつまでもわからないが、
自分ってなんなのだろうと模索する姿は魅力的である。

ただ、水崎さんが、「今、番組で表現している自分が、
ほんとの私そのままです」と言われたら悲しす。
さらに、「なんとなく楽しければそれでいい」ということであれば、
それはそれで仕方がない。

明日12日は、百合が原公園で、水崎さんの写真撮影会がある。
果たして私は見学に行くのか、行かないのか。
1か月前なら、予定を変えてでも行っただろうが、
いまいちテンションがあがらない。

本日は、水崎さんとワンサカに、やや強い意見を述べてしまったが、
これは水崎さんに対するエールである。
どうでもいいのなら、一切触れない。
成長を期待して、こうして意見を述べているのだ。
ただし、皆様、反論は控えていただきたい。
なぜなら、私は意見するわりに、反論されると、意外にへこむからだ。
弱い男で申し訳ない。




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