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まずはライブのお知らせを。
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出演予定時刻は次のとおりです。
17:00
 LINDA
17:40
 オダギリマコト
18:20
 激しい雨
19:00
 ホーガン小林
19:40
 Johnny輪島

ステージが終わったら、そのままアルコール摂取ができる。
この日は極寒になりそうな予報だが、
JR琴似駅までの徒歩が逆に丁度いいくらいに身体が温まるほど
しっかりと摂取できるのではないかと想像できる、
そんな奇跡的な時間設定だ。

主催者のJohnny輪島さんはわかっている、
というか、わかっていてくれる。
地方からライブに来た者のビハインド、というかハンデを。

「ビハインド」といえば、この英語を覚えたのは、
イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)の曲、
「ビハインド・ザ・マスク」と出会ったからだ。

彼らの曲名は、どれもカッコよかった。
「テクノポリス」と「ライディーン」以外にも、
「ソリッド・ステイト・サバイバー」、
「アブソリュート・エゴ・ダンス」、
「コズミック・サーフィン」など、
響きのいい、刺激的な単語を用いていた。

そんなことを思ったら、
youtube
でYMOのライブを見たくなり、見てみると、
機械ではなく人間が演奏していたことに今更ながら驚き、
実に人間的な演奏であることに感動し、
高橋幸宏氏のリズムキープ力に衝撃を受け、
高橋幸宏氏の独特のボーカルのフィット感に興奮し、
その興奮を鎮めるために、
本格麦焼酎「知心剣(しらしんけん)」をロックで飲む。

「知心剣」は芋焼酎っぽい風味の麦焼酎だ。
約10年ぶりに買ったので、その記憶が消えていた。
麦焼酎ライカーであり、
芋焼酎は付き合いか選択肢がないときにしか飲むことがない
私にとって、「知心剣」はグラス2杯で打ち止めになる。
そのためなかなか減らず、次の麦焼酎を購入できない。

私は飲み切るまで新たな麦焼酎は買わない主義だ。
飲食物は全体的に買い置きや買いだめが少ない。
スーパーマーケットは、
我が家の冷蔵庫なり倉庫の一部だと考えるようにしている。

冷蔵庫の中に飲食物は少なく、
あるのは速やかに食べたり飲んだりするものだけだ。
これだと物足りなかったり、不安に思う方も多いだろうが
私はなぜか気持ちが落ち着く。
逆に、いつ食べたり飲んだりするのかわからないものが増えると、
なんとなくイライラすることに気づく。

つまりは片づけることなのだ。
片をつけないと過去に埋め尽くされて
未来どころか現在も見えなくなってしまう。
仕事だって恋愛だってそうだろう。

ならば「知心剣」も思い切って捨てて、次に進めばいいのだが、
一杯目の、きゅっとしたロックならではの濃さがそれなりにいい。
80点はあげられないが、65点はあげられる。
それでも、芋焼酎っぽいなどと文句を言いつつ、
無くなるまで飲みきることだろう。
そこが私の器の小ささだ。




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これまでライブで何度か共演したことがある
Johnny輪島(ジョニー・ワジマ)氏。
彼は昨年の夏、札幌市琴似に居酒屋をオープンさせた。
店名は「おばんざいバル ろっ花」。
「ろっ花」は「ろっか」と読む。

札幌へ行くのは、ほとんどが音楽活動をする時で、
ギターをはじめ荷物が複数あるため自家用車を使う。
なので、札幌でのアルコールの機会を作れない。
しかし
それではいつまでも行けないので、
バスに乗ってバンドの練習に行き、
その流れでジョニーさんの店を訪れた。
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JR琴似駅から100mほど。
ラーメンの「ななし」の横の仲通りを入ってすぐの立地だ。

テーブル席が4席とカウンターの落ち着いた雰囲気の店で、
そこを切り盛りするジョニー氏は、
工夫のない言い方になるがカッコ良かった。
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「本日のおばんざい三種盛り」をつまみに、
モルツを飲み、麦焼酎を飲み、
その後は千歳鶴のからくちをリピートした。

食べ物はどれもやさしい味で、酒が美味しくなる。
店内に流れるブルースの選曲と音量が絶妙で心地よく、
会話も弾み、上記の三種盛りのほかにも、
あらびきウインナーの燻製など色々といただいたが、
写真をとるのも完全に忘れて楽しんだ。

2月10日(日)にこちらのお店でライブが行われる。
開店以来、初の試みとのことだ。
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ライブ演奏が終わり、打ち上げをしても、
公共交通機関で岩見沢に帰れるよう、
17時スタートにしてくれた。
エキサイティングな夜になりそうだ。

ジョニー氏はトライを続けている。
そんな姿が刺激になる。
苦労も多いと思う。
トライにはペインがつきものだ。
しかし、ペインなくしてゲインはないし、
トライなくしてゲインはない。

私はトライできているだろうか。
そんなことを考えていたら、
あっという間にJRの車内で眠ってしまい、
寒くて目を覚ましたら、
そこはドアが開きっぱなし状態になったJR岩見沢駅だった。

そこから通常は歩いて25分の自宅まで、
この日は40分かかった。
ギターを背負い、エフェクターその他を手に持ち、
凍った路面と寒さの中、夜中の岩見沢を歩いた。

タクシーに乗ればいいだけのことだが、
琴似-岩見沢のJR料金より高くつく事実は軽くない。
楽しい夜というゲインがあったので、
寒い中歩くというペインによってバランスがとれたのかも。
と思ったが、翌日の二日酔いの方が完全にペインだった。
 


私に「モノ減らし」ムーブメントが起こっている。
昨年11月頃から熱い波がきて、
これまでに結構捨てたし、そこそこ売ったし、
それなりに差し上げた。

モノ減らしは帯広に住んでいた5年ほど前から進んではいた。
居間と寝室はスカスカにして、
その他諸々は一括して別の部屋に集約した。
岩見沢でもそうしている。

それによって最も変わったのは、
どんな日も目覚まし時計なしで起きられるようになったことと、
どんな日もほぼ決まった時刻に食事をするようになったことだ。
つまりは自然に規則正しい生活になった、というか、
規則正しい生活を求めるようになった。

それでも私はモノが多く抱えていた。
特にCD、本、衣類。
それとコード類だ。
今回はこれらに手をつけた。

例えば、千枚以上あったであろうCDは200枚くらいにした。
(それでも200枚もあるともいえるが)
本も100冊くらい処分した。
(まだ100冊くらいある)
最も厄介だったコード類も思い切って捨てた。
「いつか使うかも」の考えをきっぱりと取り払った。
必要になったら買うことにした。
おかげで、ラックやカラーボックスなどの収納が
5つも不要になった。

大切なのは今だ。
過去の思い出と未来への備えが場所をとるのだ。
何年も触っていないし、見てもいないものは
基本的に捨てていいものだと思うようにした。

探しものに関しても、
そもそも持っているのか、持っていないのかさえ
わからなかったり、
たとえ持っていても、どこにあるのかが不明だったり、
たとえ見つけても、これなら買った方がいいと思ったり。

このように無駄にモノがあると、
スペースだけではなく、探す時間も奪われる。
ストレスも発生する。
なので、せめて何を持っていて、何がないかを
すぐわかるようにしたいと思ったのが、
今回のモノ減らしムーブメントの目的だった。

スペースができて、有無とありかがわかるようになると、
生活全般にわたり行動が早くなることを実感している。
掃除もしやすくなり、頻繁にやるようになる。
ほうきと雑巾があれば事足りるので掃除機も捨てた。
ここまで処分して後悔したものはひとつもない。
さらに、モノを減らすとモノを欲しくなくなるから面白い。

もっと整理できるモノはある。
やはり音楽関係のモノはまだまだ多い。
ただ、積み重ねてきた軌跡みたいなモノや思い出モノは
処分へのハードルが高い。
使うかどうかではなく、心の問題だ。
しかし、思い出の管理は場所をとる。
けれど、思い出だけでは生きていけない。
とはいえ、思い出が今の自分を支えている面も少なくない。

使っていないスペースがたくさんあるのは落ち着く。
それは空白ではなく余白だ。
余白があると新たな何かを描ける可能性と想像が生まれる。
心の中も余白が必要だ。



学生時代も、青年時代も、そして今も、
やりたいことや、やらなければならないことに
なかなか取り組めないことが多い。

夜が来るたび、「今日も何も進められなかった」、
「またダメだった」と後悔する。
後悔するのに翌日もできない。

原因を分析してみると、
仕事や飲み会などにより時間を確保できないとか天候だとか、
そうした外的な要素ではなく、
自分自身をコントロールできないだけという結論に行き着く。
その気があればやれた、ということだ。
しかし、その気になれなかった。

では、なぜその気になれなかったのか。
面倒だったからだ。
もう少し具体に言えば、
面倒に取り組むだけの理由というか、必要がなかったのだ。
すぐにやらねば、というほど追い込まれていないとか、
今がんばるメリットを感じなかったからだ。
おそらく損害が生じてしまう危険や、
他人に迷惑をかけてしまう不安があればやったのだ。
それでも生きていける。
しかし、いつまでも自分の理想には近づけない。

なんとなくだらだら過ごししまう。
楽なことしかしない。
何も生産されない。
にもかかわらず、「まだ何かできるかもしれない」と
あきらめがつかず、
興味もないのにインターネットを見続けたり、
テレビがつけっぱなしだったり、
心の物足りなさを麦焼酎で埋めたりして、
漫然と夜更かしをする。
そういう方も少なくないだろう。
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で、私が試している対策は、
とにかくちょっとでいいからやることだ。
目標の量を小分けにして減らしたり、
やりたいことの最初の第一段階だけでもやることだ。

例えば、新曲の歌詞を作らなけれればならない時は、
歌詞を書いているノートを開くことを目標にする。
そのレベルでいい。
ノートを開ければ、その流れで何かは考えるものだ。
一行すら歌詞を作れなくても、
その日考えたことは後で活かされたりもする。

ちなみに私は、歌詞ノートで消しゴムは使わない。
時々、線を引いて消したりはするが、
基本、書いたものを全部残している。
なので、1曲を作るのに何ページも使うし、
実際、同じ曲で複数パターンの歌詞を作ったりする。

話を戻そう。
例えば、部屋の掃除。
目標はほうきを持つことだ。
はかなくてもいい。
ほうきを持った時点で目標達成にする。
目標は達成したのに、自然な流れではいてしまう。

食器洗いもそう。
やる気はしない。
スポンジに洗剤をつけることだけを目標にする。
そしたらなんとなく洗ってしまう。
洗い出したら、全部洗わずにはいられなくなる。
やる気が後からついてきたのだ。

このように、人それぞれ条件反射があるのだ。
条件を与えれば反射的に行動する。
ならば、条件となる行為を目標にすればいいのだ。

この理屈を別のことに活かせないものか。
ところが、物事は簡単にはいかない。
条件を作れないことがたくさんあるし、
条件を作っても反射に結びつかないことも多い。
つまり習慣化できないのだ。

逆に望まないことをしてしまう条件反射もある。
というか、そっちの方が多いだろう。
インターネットやテレビ、飲みすぎ、食べ過ぎに
転落する条件はそこらに散らばっている。
ただ、疲れた、イライラする、思うように進まない、
もの足りない、動きたくないなど、
精神的な条件が多いのかとも思う。

いずにしても、完璧に自分をコントロールするのは無理だ。
無理だと思った時点で、もう無理だという人もいるが、
無理なものは無理だ。
それにセルフ・コントロールにゴールはない。
それでもやらなければならないことは色々とある。

とにかく、とりあえず手をつけることだ。
やる気などいらない。
やる気が出るのを待っていたら、やらずに終わる。
やる気は後からついてくるもの、くらいの軽い気持ちでいい。
 


連休が一度もなかった9月ではあったが、
下旬の某日、平日に一日だけ代休を取得できた。
その日、岩見沢市から北へ片道80km、
沼田町までクロスバイクで往復した。

岩見沢に住んでいる間に、
空知管内の全24市町にクロスバイクで往復することが、
岩見沢市に住民登録した時からの自分へのノルマだった。

8月が始まった時点で、達成していないのは、
沼田町、秩父別町、北竜町、雨竜町の4町だった。
休みがとれず、なかなかクロスバイクを漕げない。
休みがとれても雨だったり、音楽活動があったりで
時間を確保できない。

日に日に日没が早くなっている。
寒さも増してきている。
早く行かなければ来年に持ち越しだ。
来年行けるとは限らない。
そもそも来年を迎えることだって当たり前じゃないんだ。
行けるチャンスを手繰り寄せられるなら今年行くべきだ。
趣味なのだから根性を発揮しなければ。

というわけで、雨の不安はあったが岩見沢を出発。
雨が降ったら、最寄りのJRの駅にクロスバイクを置いて、
電車で岩見沢へ戻り、車でクロスバイクを取りに行く。
そんな展開も想定していた。
これが私の危機管理マニュアルだ。

行きは、滝川市から妹背牛町、秩父別町を通って沼田町へ。
行程はひたすら稲ロード。
稲刈りがちょうど始まった時期だった。
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黄金色の平野の中をただ走る。
ただ走るのが楽しい。
余計なことを考えない安らぎを感じる。

風が弱いのが非常にラッキーだった。
トラブルもダメージもなく沼田町に到着。
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車では何度も訪れているのに、
クロスバイクで来ると新鮮に感じる。
目的もなく町内を少しぶらつく。
休みの日に地方の静かな町に来ると落ち着く。

しばらく札幌の繁華街を歩いていない。
ステラプレイスや池内やパルコに行っていないし、
ポールタウンや狸小路を歩いていない。
楽天市場にもZOZOTOWNにさえ訪問していない。
しかし寂しくもないし、困ってもいなかった。
沼田町になかなか行けないことが辛かった。
これでひとつ気持ちが軽くなった。

沼田町を後にして北竜町へ。
スーパーマーケットがなかった町、北竜町に、
役場がお金を出して建設したスーパー「ココワ」が
今年オープンした。
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北竜町を通ったら、立ち寄ることにしている。
この日の昼食は、ココワで買ったカップそば。
私は、カップメン全般、縦長容器を好む。
麺をほぐす際に、ややほじくる感じになるのが、
カップメンの初期衝動に触れるようで好きなのだ。
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これは日清の「鴨だしそば」なのだが、
数あるカップそばの中で最もつゆが美味しい。
ダシ風味が素晴らしい。
後で入れる調味料も封入されているが、
それを入れない方が美味しい。
安くて美味しいのに、実はなかなか売られていない。
そこがまた良い。

北竜町の後は雨竜町へ。
稲だらけの空知の平野部の中でも、
最も稲だらけを感じる町だ。
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そして、雨に降られることもなく、トラブルもなく、
日没前に岩見沢に戻ってこられた。
空知管内24市町のクロスバイク往復をコンプリートした。
一般の人は「ふ~ん、そうなんだ」という感じだろう。
その反応は正しいし、私にとっても望ましい。
だって趣味なのだから。
誰にも何も与えないし、何ももらわない。
こうした趣味の自由さは守っていきたいものだ。



先週末、地震対応に伴う岩見沢市内待機が解除された。
待機期間は、身体の普段使わない部分に力が入っていたのか、
あるいは普段よく使っている部分を使わなかっからか、
足のつけ根やわき腹などが不自然に硬くなり、
靴を脱ぐ、歩道から車道への段差、車の乗り降りなど、
不愉快な痛みにつきまとわれていた。

安静にしていても一向に良くならないので、
身体を使ってみることにした。
何かを変えてみるトライが必要だ。
そこで、電車に乗るため新十津川町まで行ってきた。

今年中にやっておきたいことが幾つかある。
そのひとつが札沼線の電車に乗ることだった。
札沼線は札幌の桑園駅から当別町、月形町、浦臼町を経て、
新十津川駅までの約76kmの区間。
このうち当別町の北海道医療大学から新十津川駅までの区間は
極めて近い将来廃止になる予定だ。


この路線の最大の特徴は、
浦臼-新十津川間が一日一往復しかしていないこと。
浦臼発新十津川行は朝9時05分発の便のみ。
始発であり、最終である。
新十津川に着いたその電車は、折り返しの形で
新十津川を10時00分に発車する。
これもまた始発であり、最終である。

この一日一便の電車に、廃止になる前に乗っておきたい。
ほとんど水田の中を走る路線なので、稲が実った頃がいい。
しかし、ただ単に電車で往復するだけでは味気ない。
スパイスや工夫やロマンや面倒くささが必要だ。

そこで、岩見沢から車にクロスバイクを積んで月形駅へ。
そこに車を置き、クロスバイクで新十津川まで走る。
新十津川にクロスバイクを置いて、電車に乗る。
月形駅で降り、置いてあった車に乗り、
クロスバイクを回収するため再び新十津川へ。
このような手間のかかる手順で挑んだ。
手間をかけた分、思わぬ感動みたいなものに出会えるのではと。

午前7時30分過ぎ、月形駅をクロスバイクで出発。
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新十津川駅までは国道275号線を32km。
2時間あれば行ける距離だ。
何度も通っている平坦な水田ロード。
国道に平行して線路が走っている。
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途中から小雨が降った。

新十津川にもうすぐ到着するあたりで、
新十津川行の電車がやってきた。
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静かだ。
思いがけず雨にあたったが静かだ。
淡々と新十津川駅へ。

午前9時35分頃、新十津川駅に到着。
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なんだ、この人の多さは。
3連休中、廃止間近、一日一便、
もうすぐその一日一便の電車が出発する。
そんなあれこれが相まって、人が集まったのだろう。

シンプルな時刻表だ。
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余白の多さが愛おしい。
余白であって、決して空白ではない。
この便に乗ったら、その日のうち電車で
新十津川に戻ってくることはできない。
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そして電車に乗った。
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乗客は25人くらいだった。

スピード感のない電車だった。
それもそのはず、約30kmを50分かけて走るのだった。

車窓からの景色は、
国道275号線を走っていて見えるのとほぼ同じで、
線路ならではのものがほとんどなかった。
その違いの無さに逆に驚いた。
肯定的な感想がないまま、月形駅に到着。

月形駅から自家用車で再び新十津川へ。
さっき電車から見えた景色を逆方向から見てるだけ。
しかも3時間くらい前にクロスバイクで走った道。
なにがしかの不毛感をおぼえる。

しかし、これでいい。
新十津川からの一日一便の電車に乗ること自体が目的だったのだ。
目的は達成した。
乗ってみて何か特別な気持ちになれるのではと
付加価値を期待したのがそもそも不遜なのだ。
謙虚であるべきだった。
一日一便電車に乗った行為こそが価値なのだ。
そこにさらに価値を付加したいなんておこがましい。

札沼線に乗った人生と乗らなかった人生。
その違いは大きい、
かというと、そうでもないだろう。
いい半日だった。
こんな日々を待っていた。



北海道で大きな地震が発生した。
その日(9月6日)は夏休みを取得していた。
予定は全部キャンセルだ。
そう思いながら職場へ。

自宅は停電が46時間くらい続いた。
しかし、地震当日は自家発電装置のある職場で朝を迎えたし、
翌日は夜8時に帰宅したものの、
まだ停電中だったため早々に就寝し、
未明に目が覚めた時、電気が復旧していた。
このように停電中はほとんど家にいなかったので、
停電を不便に感じるだけの時間がなかった。

どこに転勤しても玄関に懐中電灯を置いていた。
おそらく20年くらい前からだ。
ところが一度も使ったことがなかった。
今回の地震で使おうとしたら、使えなくなっていた。
中が錆びて、あめていた(北海道方言)。

灯りのない住宅街は衝撃だった。
知らない世界に迷い込んだようだった。
ゴーストタウンと化していたし、
星が見えすぎるのも逆に異様だった。

岩見沢は地震直前の暴風でも被害があった。
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稲の成長も順調ではないような。
ずっと心の中の天候は曇り時々雨だ。

仕事で被災地にも行ってきた。
車で1時間程度のところで、甚大な被害が発生した。
とにかく気の毒だ。重たい気持ちになる。
戻ってきてからも、どこか気持ちが落ち着かない。

職場の体制も、この連休は原則岩見沢待機だった。
これもまた落ち着かない。
終わりが見えるようで見えないような感覚。

それもこれも全て経験だ。
この経験を活かしたい。
失敗を検証しなければ成功のもとにはならない。
失敗が失敗のもとになるだけだ。
なので、この経験を価値にしたい。
せっかく経験できているのだからと。
そして理想はいつだって持ち続けている。



今年に入ってから、大人の遠足ができず、
すっきりしない気持ちがあった。
用事があったり、時間ができても別のことを優先したり、
目的とする飲食物やテーマがなく、
モチベーションが上がらなかったりで、
ずっと遠ざかっていた。

遠足力が消滅したのではないか。
長距離を歩かざるを得ない場面が来ても
即座にギブアップするのか。
それでも支障なく生活していけるだろう、
遠足は一般的な日常生活を送る上でなんら必要なことではない。
単なる趣味だ。

意味も目的もメリットも愛もない。
一方、誰にも迷惑をかけないし不快にもさせない。
歩いていけるもんかね、
歩いたらどんな気持ちになって、
身体にどれほどのダメージがあるかね。
それを確認するだけだ。
そう考えたら俄然遠足をしたくなった。

というわけで、岩見沢市から、とりあえず美唄市を目指し、
無計画状態で歩き始めた。
計画は歩きながら考えればいい。

それが甘かった。
歩き始めた時、気温はそこそこ高かったが完全に曇りで、
ラジオの天気予報では南空知は雨の降る時間亭もあるかも、
などと言っていた。

ところが15分ほどで太陽が顔を出し、
30分もしたら、みるみる雲は消え、青空にとってかわった。
1時間近く経った頃から、
明らかに首の後ろが日焼けし始めているのを感じた。

美唄までならば4時間近くは歩く。
何か対処しなければと、三笠の道の駅にあるセブイレブンで
フェイスタオルを買い、
首に巻いて水田ロードを歩き進めた。
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5月には池のようだった水田も稲が育ち、
緑のじゅうたんのようになった。
景色は良い。
しかし今度は腕の日焼けも放っておけなくなってきた。

10時を過ぎて30度が近づいてきた頃、
腕の日焼けを防止するため、ウインドブレーカーを着用した。
暑さに強い(鈍感な)体質で良かった。
特に支障もなく長袖状態で歩き、
約3時間30分で美唄市(岩見沢市から約18km)に到着。

時刻は昼時。
とある店でカツカレーを食べようと歩きながら予定を決めたが、
大して空腹でもなく、むしろまだまだ歩ける状態だったので
さらに北を目指すことにした。
20180729_02.jpg
水田ロードは続く。
力のある青空が広がり、太陽はぎらついてきた。
ここで予測できなかった日焼けに気づいた。
ハーフパンツ姿だったのだが、
後方からの日差しをもろに受け続けたせいで、
ふくらはぎから膝裏がヒリヒリし始めた。

これはまずい。
長いパンツは持ってきていない。
直射を免れない。
少しでも脚の露出を食い止めようと、
ソックスをいけるところまで上げ、
ハーフパンツをいけるところまで下げて歩いた。
ダサいぜ。
でも自体は深刻だ。

太陽は容赦なかった。
美唄市から奈井江町までの国道12号線はひたすら直線で、
道路沿いには建物も木もほとんどない。
つまり日かげがない。
膝裏からふくらはぎの上部はまともに日光を浴び続けた。
ヒリヒリが増し、やけど感覚になってきた。
これは奈井江町て打ち切るしかない。
脚も腰も元気なのに、日焼けのせいで歩けなくなるとは。

奈井江町は岩見沢市から約30km
奈井江町のセブンイレブンで熱さまシート・幼児用を買い、
JR奈井江駅で膝裏に張り付ける。
全く効果がない。
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それにしても天気が良すぎる。
太陽は遠慮も配慮もなかった。
早く家に帰って保冷剤というか、冷凍ジェルみたいのを
患部にあてたい。

岩見沢行きの普通列車は2両編成くらいかと思ったら
5両か6両もあり、座ることはできたが、結構な乗客数だった。
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6時間ちょっと歩いた行程が、
普通列車ではたった25分だった。

自宅に到着し、シャワーを浴び、患部を冷やそうとした。
しかし、冷凍ジェルみたいのを冷凍していなかった。
冷凍庫の中でスペースをとるし、
使用する機会がないので、用意していなかった。

どうやって患部を冷やす?
何を思ったか、カレーを冷凍したタッパーで片方の脚を、
もう片方を冷凍した豚ロース肉で冷やした。
患部は膝裏とふくらはぎ上部だったので、
膝を折って冷凍豚ロースをはさむようにした。

日焼けによるリタイアがなければ砂川市まで歩き、
美唄で食べられなったカツカレーを砂川市で、と思っていた。
しかし達成できなかった。
その思いが心のどこかにあったから、
冷凍カレーと冷凍豚ロースで冷やしたとしか思えない。

やがて、豚ロースは解凍され、
冷凍カレーもふちから解凍され、
冷凍部分がタッパーの中で浮き始めた。
私の膝裏は電子レンジか。

その流れで、豚ロースを焼き、カレーを温め、
ポークがふんだんのカレーを食べた。
今回の大人の遠足は結局のところ
過程はともかく、カレーを食べるためのものだった。
日焼けは世話が焼けるぜ。



クロスバイクを車に積んで地元へ。
積丹半島の西側の海岸沿いの道でペダルを漕いだ。

クロスバイクを購入して10年近くになるが、
その時は札幌に住んでいて、
その後は帯広、岩見沢と転勤し、
内陸部ばかりを走っていた。

小樽、石狩、留萌、大津(豊頃町)など、
海のある場所まで走ったことはあったが、
行っただけであり、海外沿いをぶらつくことはなかった。

走ったのは、いわゆる「岩宇(がんう)」地域。
神恵内村、泊村、共和町、岩内町だ。
これらのマチは、海岸と田園風景が魅力なのだが、
写真ではどこにいるのかわかりにくいため、
工夫が足りないとは思いつつも、役場を用いて伝えると、

まずは神恵内村役場。
20180727_01.jpg
国道229号線沿い、海岸がすぐ近くにある。

そこから12kmほど南下すると、泊村役場。
20180727_02.jpg
国道229号線沿いの、
海岸沿いの街並みを一望できる小高い場所にある。

ここから共和町役場へ向かう。
海岸から離れ、周囲の景色は水田とスイカ畑などに変わる。
共和町役場。
20180727_03.jpg
再び海を目指して西へ向かうと、岩内町役場。
20180727_04.jpg
どうだい、役場オンリーの写真は面白みがないだろ。
しかし、無礼講の飲み会がこの世にはないように、
刺激的でアバンギャルドな役場など無い。

神恵内村には、「稲葉屋」さんという和菓子屋がある。
私はここの甘く濃く重たいあんがつまった中華まんじゅうが
大好きで、私にとっての
オールタイム中華まんじゅうランキングの第1位だ。
20180727_05.jpg
しかし、積丹半島の先端に近い人口千人未満の村の和菓子屋だ。
常時商品が店頭に揃っていることはない。
中華まんじゅうは予約による受注生産のみの対応だ。
写真でも、営業しているのかどうか、というか、
和菓子屋なのかどうかさえわからない店構えだ。

この日、店頭で売っていたものは、あんドーナツのみ。
6個買った。
実家に置いたまま、そのまま忘れて岩見沢に帰ってきた。
写真も撮り損ねた。

                        ◆

2週間前に帯広に行った時は、
生い茂った草木と野菜畑のせいで、
緑の面積、体積とも圧倒的で、むせそうなほどだった。

積丹半島はとにかく青い。
20180727_07.jpg
海中もきれいだ。
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一言で「青い」と言っても、色々な青色があるものだ。
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NHKの朝の連続テレビ小説「半分、青い。」は、
出会って1週間で結婚を決め、
満足に働かない夫に苦労している中、妊娠し、
迷走というか、逆にありがちというか、
先の見えない転換となっている。

キムラ緑子さんらおばさん3姉妹の存在意義と、
舞台での芝居のような演出がやや食傷気味だ。
このドラマにおける位置づけに関して、
そろそろひとつの答え、あるいは結論が欲しいところだ。
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夏の積丹は「半分、青い。」どころではない。
ほとんど青い。
内陸部で見る青は空だけで、
それはそれで草木とのコントラストは映えるが、
海岸線で見る青は、空と海がつながっている。
何度も見ている景色なのに毎年感動する。
それだけのことだが、それだけで十分だ。



パソコンの不具合が続き、
買い替えが近づいている話を前回の記事で書いたが、
テレビは3年ほど前から限界と戦っている。

通常のモードでは見られず、
DVDレコーダーを介して見るしかない。
なので、dボタンは使えないし、
録画をしている最中に別の番組を見ることができない。

DVDレコーダーもまた限界が近づいており、
4、5時間連続でテレビをつけていると、
音声が消えたり、画像が止まったりする。
予約録画が機能しなかったことも珍しくない。

ところが、テレビの不具合にストレスを感じない。
見られないならそれでいいと思えるのだ。
完全に壊れたら、しばらくテレビ無し生活に
トライしてみようかと思っている。

とはいえ、ほぼ毎日見ている番組がある。
NHK朝の連続ドラマ「半分、青い。」だ。

NHK朝の連続ドラマで半分以上見た作品はない。
最も見たのは「あまちゃん」で、
それも終盤の2か月くらいだ。
「半分、青い。」は90%くらい見ているだろう。

なぜそうなったのか。
主人公である「すずめ」の小学生時代を演じた子役の演技が
素晴らしかったことが始まりだ。
その流れで、高校生になった「すずめ」も見続けた。
そこから新たな面白さを見つけてしまった。

すずめの
天然で、率直で、奔放なところが、
ちょっとイラっとすることに気づいのだ。
悪く言えば、無神経で、勝手で、鈍感で、
台本上、意図的にそうしているように思えてきたのだ。

高校3年生の時、家族の口利きで決まっていた就職先が
ありながら、
突然、漫画家になると言い出し、就職をキャンセル。
それを大して悪かったとも思っていない。

19歳の誕生日のシーンはひどかった。
幼馴染の男性の住むマンションへ行く。
そこには男性の彼女もいたのに、家にあがり込み、
あげく、幼馴染の男性は私のものだ!と絶叫。
あまりの愚かさに衝撃だった。

その幼馴染は27歳で結婚する。
何年も連絡をとっていなかったにもかかわらず、、
その事実にすずめはショックを受けて泣き明かす。
つながりが途絶えていたのに、なんでそうなる。
しかも、結局、幼馴染の新居にまで行き、
奥さんと会話までしてしまう。
 

とんでもないキャラだ。
朝ドラの主人公というポジションにいながら、
これほど共感や応援をできないキャラに仕立てていることが
逆に興味深く、この先の展開が楽しみになってしまった。

無神経キャラを継続して30歳を迎えるのか、
いつか自分の不謹慎さや軽率さを反省するのか、
なんだかわからないがハッピーになるのか、
いずれにしても、浮ついた主人公の方向性が見えない。
それが気になってしまう。
私は脚本家の思惑にはまっているのかもしれない。
それならそれでいい。

脇を固める役者の良さもある。
岐阜の田舎の古い食堂で働く松雪泰子の風貌が
アンニュイで憂いが強いため、違和感が激しいのを除けば、
個性と存在感がちょうどいい役者が揃っている。

先週から、すずめは漫画家をやめ、
100円ショップの店員になった。
新たな展開に突入し、登場人物も一気に変わった。
しかし、すずめは相変わらず自分中心で無神経。
悪い人ではないのだが。

ちなみに主人公のすずめとは関係ないが、
悪いことをして、迷惑をかけたり、困らせたりするのは、
「悪い人ではないのだが」と言われてる人が
ほとんどだと思う。
 



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