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三連休だった。
ほとんど家の中で過ごした。
三連休のうちの一日は大人の遠足をする予定だったが、
ウイークデーの疲れと、「引越すんのか~」という面倒な気持ちと
落ち着かなさに浸食され、遠足機運が高まらなかった。

かといって、引越の準備を大してするわけでもなく、
食べて、本を読んで、眠る、を繰り返して過ごした。
正月休みのようだ。

三連休三日目にして、CDと本のみ段ボールにつめた。
今、段ボールにつめられるのは、
今後2週間の間に使わないものに限られるし、
積極的に色々と詰め込んだら、
家の中が段ボールで窮屈になってしまう。
なので、CDと本のみで段ボール詰めをやめた。

そんな作業の中、売りに出す単行本や文庫本をセレクトし、
帯広のブック・オフへ。
20冊くらい売ったが、1,500円くらいにしかならなかった。
300円超えが4冊で、あとは全部30円以下だった。
これなら30円以下の本は、帯広市図書館に寄付すればよかった。
と思ったのは、ブックオフからの帰り道だった。

そういうわけで、今回はブックレヴュー。

■住野よる「また、同じ夢を見ていた」(2016年)

   また同じ夢を
小学生の女の子の話。
学校では孤立しながらも、いつも毅然としている。
嫌われることを恐れない。とにかく潔く、それが微笑ましくもある。

ファンタジー・テイストの設定で、ふわふわしていて、
何かしっくりこないところはあるものの、
彼女のキャラクターに引っ張られて面白く読めた。

いじめられっ子の同級生を支える場面は涙を誘う。
「幸せとは何か」が軸にある展開で、
大人にはリフレッシュ効果があるかも。
筆者のほかの作品も読んでみたくなった。

■住野よる「君の膵臓を食べたい」(2015年)
   
君の膵臓
というわけで、筆者のデビュー作をブックオフで買ってきた。
本屋大賞やダヴィンチなどで上位に入賞した作品でもある。

すい臓ガンを患った女子校生と同じクラスのさえない男子生徒の話。
彼女はわずかな余命を思い切り楽しもうと積極的に活発に過ごす。
それに付き合わされる男子生徒。

ガンを患っているにしてはやけに元気なこと、なぜ彼女はこの男子
生徒と過ごそうとするのかなど、違和感を覚えるところはあるものの、
途中からは彼女に死んでほしくないと思いながら読んだ。

文章密度は薄目で、上滑り感があるし、都合もいいが、
先を知りたくてすいすい読める。
小説や文学を敬遠気味の方も入りやすい内容だと思う。

■辻村深月「島はぼくらと」(2013年)
   
島はぼくらと
瀬戸内海にある小さな島に住む高校生4人を通じて、
島での生活、しきたり、いざこざ、本土との関係などを描いた作品。
辻村さんらしい丁寧さ、広がり、安定感、読みやすさがキープ
されており、小説として立派な作品。

残念だったのは、気になるような土台が様々設定されたのに、、
その上に何も構築されない感じがしたこと。
伏線だと思ったところが、その後触れられず流されたような。

高校を卒業した彼らの物語も描いてほしい。
その先を知りたくなるような魅力的な話だったのは間違いない。
ただ、小説のジャケットはいただけない。
登場人物を視覚でイメージさせるのに私は反対だ。
映画化されて、そのキャストの写真が文庫の帯に載っていると、
自分の想像を制限されたようでいい気持ちはしない。
実際、映像化を視野に書いている小説もあるだろうが。
などと言いつつ、この作品は映像向きのように思う。

■太田紫織「あしたはれたら死のう」(2016年)
   
あしたはれたら
十勝大橋から十勝川に飛び降り自殺を図った高校生の男女。
男子は亡くなり、女子は助かった。
ところが、ここ半年の記憶が無くなり、自殺の理由もわからない。
彼女は少しずつ記憶を取り戻していき、自殺に至った経緯を知る。

彼女の住まいは音更町、高校は帯広市。
つまり十勝が舞台の作品であり、
その理由だけで長崎屋4階の喜久屋書店で購入。
柏林台や緑が丘公園、それに長崎屋が長野屋とアレンジして
登場するが、全体的にあまり十勝の空気や風土を感じなかったのは残念。
とはいえ、十勝を舞台にしてくれたことが嬉しい。

不愛想でありつつも決然とした主人公のキャラは面白く、
自殺未遂後、敵視してくるクラスメートや教師、そして家族と
戦いのような日々を送る様子は、なかなか読ませてくれる。
筆者は音更に住んでいる、あるいは住んでいたと聞いたことがある。
また十勝作品を書いていただきたいと願う。

                     

今回の4作品の表紙はいずれもアニメ絵だった。
近年はこのパターンが増えているような気がする。
アニメ的なライトなイメージを与えるためなのだろうか。

最近、アニメというか、漫画チックだなと思ったのが
サンシャイン池崎氏のパフォーマンスだ。
お笑い番組やバラエティ番組はあまり見ないので、
サンシャイン池崎という人が売れてきているのは、
なんとなく感じるだけで、パフォーマンスをきちんと
見たことがなかった。

たまたまYoutubeで見かけた。
自己紹介だけで一ネタにしてしまうことがなんとなく面白く、
様々なネタを見ているうちに、
ですます体で、わかりやすく話すことや、
動きのキレとその裏側にある体調管理、
それと、いい意味でのくださらなさに妙な好感を持った。
特にトランプの手品ネタは馬鹿馬鹿しさのポイントが素晴らしい。

彼のパフォーマンスは漫画やアニメを実演しているようだ。
単純に面白い。
あんなに全力で「イェーイ」をすることに感動さえおぼえた。
ちょっと憂鬱で、落ち着かない気持ちが、
彼の芸によって緩和された。
レスキューしてくれるものは色々とある。
前を見なくちゃいけない。

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まずはライブのお知らせを。

日時 2017年2月4日(土)17時30分スタート
場所 studio REST(帯広市大通南8丁目さいかわビルB1)
料金 前売1,000円、当日1,500円
出演(敬称略)
       池田正樹、さざなみしおん、ナホ、野久、越田達也、
       やままさ、箱崎恵、志不人、激しい雨

私、「激しい雨」は一人バージョンでの出演だ。
新曲を3曲放り込む予定で、とても楽しみだ。
新しいことにトライするのはワクワクする。
これまでよりホットかつ開放的にプレイするような気がしている。
よろしくお願いします。

                  ◆

さて今回は、2016・ブック・オブ・ザ・イヤー。
私が2016年中に読んだ小説の中から、
特に印象に残ったり、心が動いたような作品を紹介させていただく。

■柚木麻子「本屋さんのダイアナ」(2014年)
   2016_柚木
2016年は柚木さんの著書を5作品読んだ。
著者別では2016年トップの作品数だ。
なかでも一番心に残ったのが「本屋さんのダイアナ」。

小学三年生の時出会った二人の女の子。
一人はお嬢様で、一人は母子家庭で母はキャバクラ勤め。
そんな対照的な二人ながら親友になった。

ところが、中学、高校、成人と少女から大人になっていく中で、
ある誤解が生じ、二人は音信不通の絶好状態に。
後半は苦い場面も少ないが、主人公ダイアナの健気さというか、
瑞々しい心に胸をうたれました。

■近藤史恵「はぶらし」(2012年)
   2016_近藤
脚本家の女性(36歳独身)のところへ、ある夜突然、
それほど親しくもなかった高校の同級生(女性)から電話が。
一週間、居候させてほしい、仕事が見つかったら出ていく、と
しつこくせがまれる。

この同級生の図々しさと脚本家の葛藤にイライラするし、
どんどん悪い方向へ向かう展開にも嫌気がさすが、
脚本家の心理描写が面白い。

泊まりに来た初日、同級生は歯ブラシを持っていなかったので、
買い置きしておいた未使用のものを渡し、同級生は歯を磨いた。
翌日、同級生は歯ブラシを買ってきた。
それを脚本家にあげるのかと思いきや、
昨日使用した歯ブラシを返してきた。
そんな女性の話です。

■桜木紫乃「霧(ウラル)」(2015年)
   2016_桜木
昭和30年代から40年代にかけての根室における
政財界及びヤクザ業界と、それにまつわる女三姉妹のお話。

まず、この時代の根室は華やかであり、血気盛んであったことを
思わせる描写が多く、大変興味深かった。
「写真で振り返る昭和の根室」みたいな本が
図書館にあったら借りたい(その程度の興味か)。

共感や感情移入ができる内容ではないし、
男たちの抗争や女たち確執も、根本的な原因がよくわからないが、
北の最果ての地で昭和中期を生きた人々の混沌感だけで
十分に楽しんで読めた。

■東山彰良「イッツ・オンリー・ロックンロール」(2007年)
   
2016_東山
ロックバンドもの小説は描写が難しい。
言葉にすると薄っぺらになってしまう傾向がある。
この作品は地に足がついていた。
行間から音が聞こえてくるかのようだった。
筆者は心からロック・ミュージックが好きなのだろう。

博多に住む30半ばのバンドマンが、
事件に巻き込まれたり、ひょんなことから売れてしまったり、
また売れなくなったり、それでいて音楽はやめられず。
行きつ戻りつ、ロックにとりつかれた男の
ドタバタ&悲喜こもごもを描いている。

主人公が敬愛しているのが、スティービー・レイヴォーン。
この作品を読んだ影響で、結果的にレイヴォーンのCDの
BOXセットを購入するまで至った。

■井上荒野「ママがやった」(2016年)
   
2016_井上
井上さんの文体、表現、展開、場面の切り取り具合と省略加減。
実に素晴らしい。
私の感覚にぴたっとくるし、その巧さにため息が出る。

この作品は、72歳の夫を殺した80歳の妻と、その子供達の話。
乱暴な言い方をすると、特徴的なエピソードを盛り込んだ家族紹介の
ような内容で、ストーリーの軸になると思われた「夫殺害」が
完全にぼやけてしまっている。
しかし、そんなことはどうでもよくなる文章的な面白さがある。

あっけらかんとした家族である。
家族に対して無関心で、けろっとしている。
しかし実は全部知っている、というような毒々しさも垣間見られ、
うまいこと描くものだと、また感心してしまうのです。


7月も半ばになったのに、まだ掛け布団で眠っている。
ぎらつくような、あるいはムシムシとした暑さを迎える準備は
できているのに、音沙汰がない。

私が寒がりなせいでもあるが、夏場は乗り物や店内の冷房に苦しむ。
いや、夏だけではない。
乗り物と店内は年中寒い。
夏場は冷房を抑えてくれと思い、冬場は暖房を強くしてくれと思う。

チェーン店のレストランや居酒屋は特に冷房がきつい。
店員の方は半袖、こちらは半袖+長袖2枚。
もう少しお客さん寄りの温度設定に考慮していただきたいが。

ライブスペースも季節に関係なくどこも寒い。
ステージ上のプレイヤーが、「いやぁ暑いですね」と言う場面が時々あるが、
私はいつも心の中で、
「あなたは暑いでしょうが私は全然暑くないっす。同意を求められても…」
とつぶやいている。

さて、今回はブック・レヴュー。
よろしくどうぞ。

吉田修一「橋を渡る」(2016年)
     
20160714_橋を渡る
2015年の東京。
ビール会社の営業課長には不倫相手がいて、
家庭では高校生の甥っ子を下宿させている。
都議会議員の夫は賄賂をもらったのではないかと疑念をいだいている妻は
週刊誌の政治ネタか大好きで、ボランティア活動を趣味にしている。
大学教授の先進的な研究を熱心に取材するTVテレビディレクター。
その婚約者は不倫をしている。

特別じゃない、どこにもいる、いわゆる普通の大人達の日常に生じた
ズレや違和感や痛み。事態は次第に悪くなっていく。
そんな彼らは70年後(2085年)に結びつく。
70年後なので、彼らは既に他界しており、
その子孫などを登場させて、2015年とのつながりが語られる。

あの出来事が70年後にこういう作用をもたらしたのかと
面白く読めるのだが、
登場人物が多く、展開の幅が大きく唐突なため、
場面が変わると、その状況を理解するのに時間がかかり、
さくさくと読み進められなかったのが残念。

■米澤穂信「王とサーカス」(2015年)
      20160714_王とサーカス
フリーライターの20代の女性。
取材のために訪れたネパールの首都カトマンズで、
王族の大量殺害事件が勃発。
その真相を探るべく情報を集めていると、
現地で知り合った軍人の死体を発見する。

貧富の差が激しく、雑然として、ぎらぎらしていて、息苦しい。
そんなカトマンズの情勢や風俗が温度感をもって伝わってくる。
スクープを狙い、苦悩し、葛藤し、
ジャーナリストとして成長していく女性の心情もよく拾っており、
全体として丁寧で、よく整理されている。
読書を楽しめる良質な作品。

反面、濃密ではないためドキドキ感は薄い印象。
文章の滑らかさで楽しめるものの、
もう少しエンターテイメント性が欲しいかなと。

阿部和重・伊坂幸太郎「キャプテンサンダーボルト」(2014年)
     
20160714_キャプテンサンダーボルト
山形県と宮城県の県境にある「五色沼」の水にまつわる秘密をめぐり、
仙台在住、二十代後半のパッとしない男二人が、
なんだかよくわからないうちに厄介ごとに巻き込まれ、
怪しい外国人組織から追われる話。

小学校時代に好きだった特撮ヒーロー、憧れた車、高校時代の後悔。
そうした過去の夢と希望と挫折が、現在の行き詰まった生活と絡み合い、
危険を承知で一攫千金を狙う、壊れかけた男二人の
起死回生の物語でもある。

伊坂氏らしい切れ味のあるスタイリッシュな文体で、
テンポ良く展開する箇所は楽しめるのだが、
全体的に私の想像の範囲よりも少し上のところで話が進んでいくため、
自分の手の中になかなかストーリーを収められなかった。

井上荒野「つやのよる」(2010年)
     
20160714_つやのよる
「艶(つや)」という女性に関わった男達と、
その男達の周辺の者をめぐる物語。
彼女は男好きで気分屋で無愛想。
感情のままに好き勝手に生きてきた。
現在は病に伏し、余命はいくばくか。

艶の現在の夫は、彼女の男性遍歴を把握しており、
彼女が過去に関係した男達に、艶が余命わずかであることを伝える。
連絡をもらった男やその家族は疑心暗鬼になる。
水の底に沈んだはずの過去が浮上してきて波が立つ。
そうした心の揺れやざわめきを、ちょっとした仕草やセリフで
見事に表現している。うまいなあ、と素直に感心する。

内容云々ではなく、筆致の巧みさを楽しめる。
的確な言葉を引き出し、自在に操っている感じが気持ち良い。
「手練れ」の意味を教えてくれるような作品だ。
数年ぶりに手にした井上荒野さんの作品は当たりだった。

                                         

自宅でウイスキーをちびちび飲みながら読書をするのが楽しい。
飲酒読書だ。
なぜか集中力が増し、文字をつかむように追える感覚になり、
ページもアルコールも進む。

そして気づいたときには眠っている。
楽しいことをしていて知らぬ間に眠っている。
至福のときだ。
最高の展開だ。

目を覚ますと、テーブルの上のグラスには、
氷が溶けて薄くなったウイスキーが、なみなみに入っている。
もう飲めないのに、まだ飲めると思い込んで景気よくグラスに注ぎ、
そのままスリープしたのだ。
ちょっぴり後悔、けれども、ほんのり贅沢。
幸せ加減はこんな感じが丁度いいのかもしれない。


「リベンジ」という言葉がある。
和訳すると「復讐」だ。
ところが、2007年に松坂大輔氏が大リーグに進出し、
試合に敗れた際のインタビューで用いた「リベンジ」。
その時から、リベンジの意味が変節した。
「再挑戦」の意味で用いられるようになってしまった。

今は十勝のミニバレー大会で敗れた女性や、
馬券をはずした中年男が、何の迷いもなく「リベンジ」を使う。
もう「リベンジ」は和製英語だ。
カレーライスは和食であり、現代の母の味であるのと同じだ。

「リベンジ=再挑戦」はやはり違和感がある。
本来は「復讐」と訳されるように、「仕返し」的な意味の
ケンカ・テイストが漂う言葉に思えるからだ。
その意味では「リベンジポルノ」という使われ方は正しく感じる。

「違和感」といえば、「違和感を感じる」という言葉の使い方が
一般化しているように思うが、大変違和感をおぼえる。
達成感を感じる、絶望感を感じる、とは言わないだろう。

前置きが長くなった。
今回はブックレヴュー。
まずは、中学生による復讐の話。

■櫛木理宇「世界が赫に染まる日に」(2016年)
   世界が赫に
従兄弟がイジメによる暴行を受け意識不明になった。
そのショックから野球部を退部し、鬱屈した日々を送る男子中学生。
一方、クラスからも母親からも除け者扱いにされ、
15歳の誕生日に自殺をする計画を立てている男子中学生。
この二人が夜の公演で偶然出会い、
従兄弟に暴行を加えた中学生に復讐をする計画を立てる。

復讐をミスなく完遂させるため、
彼らは闇サイトなどに掲載されている別のイジメの加害者を
ターゲットにして予行練習をする。
それを繰り返すうちに、二人は次第に心境が変化し、溝が生まれていく。

今にも倒れそうな不安定感と、走り出したら止められない暴走ぶり。
暴力制裁の内容は酷いし、描写も生々しく、
壊れながらも突き進んでしまうさまは痛々しい。
ざらざらした気持ちでページをめくり、後味も悪い。
それでも最後まできっちりと読ませてしまう筆者の技術力の高さ。

イジメの凄惨さ、加害者優遇、少年法のあり方、
そんな様々な視点がありつつも、そこにこだわっていない感じで
ひたすら書き倒していく筆致。
エンディングも収まるところに収まっていない。
なんとも壮絶な作品だ。

■東山彰良「流」(2015年)
   東山・流 
台湾に住む17歳の男子高校生が大人に成長していく物語。
中学までは優秀だったが、高校でドロップアウト。
軍隊に入れられるも逃げだし、交際女性からは別れを告げられ、
悪友に振り回されながら、激動の台湾70S~80Sを生きていく。

たたみかけるように話は進む。
エネルギーをぶつけているような筆致で圧倒感がある。
ただ、油断をしていると置いていかれる。
この早い流れにのれれば、かなり面白い作品に感じるだろう。

苦慮したのは、主人公の「葉秋生」をはじめとして、
漢字三文字の似たような名前の人物が多数登場すること。
まず読めない。テキトーに読んでもそれが正しい読みなのかは不明。
人物の区別がつかなくなる。
それがストレスになり、前半は読んでいて中退したい気持ちにもなった。

主人公はピュアでストレートで常に混沌としている。
それを「疾走感」と捉えるか、「落ち着かない」と捉えるかは、
好みが分かれそう。
台湾・国民党と中国・共産党の関係、第二次世界大戦の出来事。
そうした歴史と猥雑な日常が絡み合い、混じり合いながら、
成長に向かう濃密な70s台湾が見えてくる。

■窪美澄「さよなら、ニルヴァーナ」(2015年)
   サヨナラニルヴァーナ
1997年に起こった神戸児童連続殺傷事件と
1990年代のオウム真理教の活動をモチーフに、
中学生の時に幼児を殺害し現在は29歳になっている男と、
それを取り巻く人々を描いた物語。

その男にはファンサイトがあり、彼が事件を起こした場所などを訪問する者
がいたり、現在はどこで働いているのかなど情報交換が行われている。
そんなファンの一人が、男に娘を殺害された母親と偶然に出会い、
不思議と心を通わせていく。
その距離が縮まっていく過程と双方が抱く葛藤の描写は引き込まれる。

ただ、筆者が第三者的な視点で描いているのは感じられるものの、
殺人者のファンの心理や行動はやはり不謹慎であり、
読んでいて気分が良くなることはない。
辛くなるし、やりきれなくなる。
ところが、その後の展開が気になり、ページをめくる手を止められない。

なお、タイトルからして、
グランジ・ロックな内容もちりばめられているのかと思いきや、
ニルヴァーナに関する表記は数行だった。

■柚木麻子「ランチのアッコちゃん」(2013年)
   ランチのアッコ
アッコちゃんは45歳独身。身長は173cmで髪型はおかっぱ。
小学生用教材を専門とする出版社の営業部長。
その会社に派遣社員として勤務する三智子。
三智子は毎日手作り弁当を持参。
アッコちゃんは毎日外食。しかも曜日によって行く店が決まっており、
毎週それを繰り返している。

そんな二人の昼食を一週間交換しないかと、アッコちゃんは三智子に提案する。
つまり一週間、アッコちゃんは三智子の手作り弁当を食べ、
三智子は曜日によってローテーションがあるアッコちゃん行きつけの店に行く。
それによって三智子は様々な体験と発見をし、
アッコちゃんの人柄を知り、また自分自身も前向きに変化していく。

4作の短編が収められている。
どの作品も都合良くハッピーなエンドをする傾向はあるものの、
滑らかな文章で、話の運びが上手いので、
大変読みやすく、読み速度も上がり、ぱっと読み終えてしまう。

短編ながらしっかりと起承転結がある。
上がったり下がったり、曲がったり折れたりしながら、
相応しい場所に行き着いていく。
さらっとしつつも、生き生きとした爽やかな作品だ。

                 ◆

忙しかったりしてなかなか本を読めないとストレスを感じる。
そういう人はそんなに多くはないだろう。
事実、年に一冊も小説を読まない人は少なくない。
つまり本は、なくても困らないものだ。

趣味とはそういうものだ。
自分にとっては欠かせないものだが、
他の人にとってはなくても差し支えはない。

家の中にあるものをじっくりと見てみる。
あっても困らないが、なくても差し支えないものが多くある。
人生も同じようなものだ。
あるからキープしているが、実はなくても差し支えないもので
人生はできているのかもしれない。



まずはライブのお知らせを。

■日時 2016年5月1日(日)16時
場所 帯広市民文化ホール小ホール
■料金 無料
出演(出演順・敬称略)
  バサラ/COLD CASEKISS THE ROD/おとといおいで/
  クサカアツシ/ペナルティ/THE HEART OF STONE
  TETSU スペシャルバンド/いとたい/FLAG

出演者は10組。THE HEART OF STONEの出番は7番目。
スケジュールどおりに進めば、18時30分からの出演となる。
帯広に住んで2年。
市民文化ホールで演奏できるとは嬉しい限りだ。

入場無料。
皆様、待っています。

さて今回はブックレヴュー。
最後に紹介する「本屋さんのダイアナ」。
ほんとに良い作品です。

■東山彰良「路傍」(2008年)
   路傍
千葉県の船橋市に住む28歳のワルな男の話。
面倒になったら、とりあえず飲みに行ったり風俗店に行ったり。
夜の酒場の裏通りでは、泥酔して道端に転がっているサラリーマンから
財布を抜き取るなど悪事を繰り返す。
一方、珍獣の運搬や脱北者の手引きなど怪しい仕事を引き受け、
危険な目にも遭いながらも、生き生きと過ごしている。

そうしたやりたい放題ぶりが不愉快にもなるが、
スピーディな展開や、ぶっ飛んだ設定が面白いし、
くすぶりやほろ苦さも、きっちりと、それでいて軽やかに描いている。

また、好き勝手で直情的なキャラクターなのに、
随所に哲学的なことを語る場面がある。
人格の整合性の面で多少の違和感はあるものの、
猥雑ながらスタイリッシュで、これはこれでありかと。

例えば、風俗店勤務のお気に入りの女性が入信している新興宗教に
はまっていくワル仲間に対して(この設定が既に面白い)、
「メルセデス・ベンツがステイタスを売るように、神は救いを売る。
 神の方がベンツよりずっと安い」と皮肉る。
イカれているような、真理を突いているような、
混沌とした気持ちのまま疾走するような魅力的な作品だった。

■薬丸岳「Aではない君と」(2015年)
   Aではない君と
中学生の息子が同級生を殺害した容疑で逮捕された。
息子は刑事にも弁護士にも事件に関する供述を一切しない。
面会に行った父親にも何も語ろうとしない。
真相を探ろうと父親は動き出す。
やがて息子は、父親と二人きりにしてもらえれば話をすると言ってきた。

中学生同士のイジメが発端だった。
虐める側はこれほど凄惨なことを強いるものかと不愉快になるし、
虐められる側はそこまでされても誰にも言えないものかと
苛立たしい気持ちになり、読んでいてストレスも感じる。

父親の主観的な目線をベースに展開していくせいか、
母親の存在が希薄でストーリーに生かされていない気が。
また、父親が勤務する会社の社員も随所に登場するわりには
機能していないような。

とはいえ、劇的な展開や過剰な表現をしていないことで、
逆にすいすいと読ませる。
どういう理由で、どういう経過があったにせよ、
人を殺めた者はずっと背負っていかなければならない何かが
文章から滲み出てくる。

■梁石日「闇の子供たち」(2002年)
   闇の子供たち
タイで行われている幼児売買春や臓器移植を目的とした幼児売買の話。
貧困のため子供が売られ、大人の性の道具となる。
あるいは生きたまま臓器提供者となり、生ゴミと一緒に捨てられる。
フィクションではあるが、事実も結構含まれているようだ。

こうした子供たちを救おうとするNGO団体に勤務する日本人女性や
日本人新聞記者の活動がもうひとつの軸。
裏の組織からの様々な妨害行為があり、闇討ちにも遭い、
命の危険にもさらされる。

救いのない出来事の連続に、重苦しい気持ちがキープされ、
また、描写が露骨で気持ち悪くなる。
少なくとも食事をしながらは読めない。
食欲どころか、読書欲自体を減退させるほどのグロテスクさだ。

それでも読了できたのは、筆致がクールで切れ味があったから。
それとこの暗澹たる物語をどう帰結させるのか確かめたかったからだ。
知っておくべきことなのか、知らなくてもよかったことなのか、
それは読了後の今もわからないが、タイ人恐怖症になりそうだ。

■柚木麻子「本屋さんのダイアナ」(2014年)
   本屋さんのダイアナ
小学生の女の子2人が20代になるまでの15年間の物語。
ひとりは「大穴」と書いて「ダイアナ」と読ませる名前の女の子。
その名前のせいでクラスでは奇異な目で見られ、いつも孤立している。
そんなダイアナと親しくなったのが、
クラスの中でみんなの憧れの存在であるお嬢様な子。
二人は読書を通じて仲を深めていく。

ダイアナは母親と二人暮らし。
父親に関して詳しいことは母親から情報公開されていない。
父親はどんな人なのか、どこにいるのか、それを知りたくて、
母親の持ち物を物色して手がかりを探したり、
絶縁状態にあった母親の実家を尋ねたりもする。

これ以上のあらすじには触れないでおこう。
ありがちな言い方をすれば、少女から大人への成長小説であるが、
思いがけない展開が何度かあり、この先どうなるのかという興味が
離れることなく最後まで面白く読めた。

登場人物の距離感の設定が良く、知識の引き出しの使い方も的確で、
ひっかかりがなく、すいすいと読めた。
と同時に、少女二人の気持ちを丁寧に紡いでおり、
ドキドキしたり、胸がざわついたり、
甘酸っぱいような痛みを感じたり、愛おしくなったり。
女子の青春物語であっても、優れた作品は、
感受性が鈍ってきた中年男の心もしっかりとつかむものだ。


2016年になってから増えたこと。
ひとつはお酒を飲む日。
寒さに屈し、アウトドアできない日々が続き、
何か手持ち無沙汰というか、落ち着かないというか。
それで夜な夜なジンビームを口にしてしまい、
その勢いで甘いお菓子をつまんで長い夜に。

もうひとつ増えたのは読書をする時間。
お酒を飲んでいるとき、
酔い加減と作品の引き込み力がぴたっとはまる時があり、
そうなると活字が良いつまみになり長い夜に。

というわけで、またしてもブックレヴューです。

■辻村深月「朝が来る」
   2016021201
それまではいい作品を書いていたのに、
直木賞などの有名どころを受賞したら、
燃え尽きたのか、力みなのか、焦りなのか、
その後ぱっとしなくなる作家がいる。
逆に、直木賞を受賞したことで注目度が増し、
潜めていた能力を活用できる場が提供され飛躍する作家がいる。

辻村さんは明らかに後者だ。
元々、言葉の選び方や話の運び方が上手ではあったが、
作品ごとに安定感が増し、余裕さえ感じる。
そして何より辻村美月的な文章表現が明確になってきている。

この作品は、子供ができない事情がある夫婦と、
子供を身ごもったものの育てられない事情がある女性の話。
女性が産んだ子は、特別養子縁組によって夫婦に引き取られる。
大事に育てられ、子供は6歳になり元気に幼稚園に通っている。
そこに産みの親が突然現れて言う。
「子供を帰してほしい。できないならばお金がほしい」

産みの親は、中学時代から突如転落していく。
一度歯車が狂うと、もう止めることができず、
流されるままに生きていく。
歌謡史を振り返れば、「自分の気持ちに素直に生きればいい」、
「時の流れに身を任せればいい」、「あるがままに生きればいい」など、
楽観的なメッセージの曲が多くあるが、
現実はそんなふうに生きていたら
とり返しのつかない事態に陥っていくものだ。

産みの親の無知さ、短絡ぶりをよく描いている。
例えば、署名も押印もしていないのに勝手に保証人にさせられた際、
借金取りが来たら、「私は保証人てばない」と戦うのではなく、
職場を捨てて逃げ、窃盗をはたらいたりする。
何か問題が起こったら、そこで対峙するのではなく逃げていく人生。
そして行き場もなくなる。
そんな彼女に光をくれたのは意外な人物だった。

なお、ストーリーには直接影響はしないが、
夫婦と同じマンションに住む若いママ友の浅ましさや
ズケズケしたところなど、嫌な感じをうまく拾っている。
こうした周辺のストーリーにも工夫とこだわりがあり、
結果的に核心部分を際立たせている。
しっかりと組み立て、まとめられた作品だ。

■下村敦史「闇に香る嘘」
   2016021202
69歳の全盲の男が主人公。
41歳で失明。現在ひとり暮らし。
娘と小学生の孫はいるものの疎遠。
というか娘の側から距離を置かれている。
原因は傲慢な態度。
すぐに怒鳴ったり、嫌みを言う父親だった。
今はそれを後悔している。

孫は重い腎臓病を患っており、腎臓移植をするしか回復する術がない。
男は孫のために移植を申し出るが、検査の結果不適合と診断される。
移植できるのは患者と六親等内の血族に限定されている。
そこで男は、自分の兄に移植を願い出るが頑なに拒まれた。
再三申し入れるが完全にシャットアウトされる。

その態度が気になり、兄の過去を調べ始める。
というのも、男は戦後まもなくの幼少期に
中国から日本に戻れたのに対し、
兄は中国残留孤児として1982年まで帰国できなかった。
兄と離ればなれになったのは幼少の頃。
兄が帰国した時には全盲になっていた。
もしかしたら別人が兄になりすまして日本に渡ったのではないか。
そんな疑念にかられていく。

盲目であるがゆえの厳しさ、辛さ、孤独。
それでもなおプライドが許さない不器用さを丁寧に描いている。
それにしても、盲目の老人とはいえ、料理は作れるし、
行ったことがない都内各地に電車で行けたりと、
こんなに色々なことができるのだなと意外だった。

登場人物が皆怪しげで、いい意味でもやもや感が保たれたまま
読者を引っ張っていく。
ただ、キャストの登場が唐突で、登場した背景も説明不足かなと。
また、常に緊迫感はあるのだが、目が粗く隙間が多い印象。
その結果、話の転がしがこなれていない感じがした。

とはいえ、素材はとてもよろしいと思う。
よく調べられているし、よく練られている。
多くの布石をおいて、後半にひとつずつ拾っていき、
終盤で意外な方向にひっくり返し、「そっちだったのか!」と
思わせる。力作だ。

■湊かなえ「望郷」
   2016021203
瀬戸内海にある「白綱島(しらつなじま)」なる離島を舞台に、
島を出て行った者、戻ってきた者、ずっと住み続けている者の
それぞれの視点から、故郷とのつながりや思いを描いている。

ただ、そのつながりや思いはダークサイドなもの。
家族への不信感、島の閉塞感、
いつまでも引きずる過去のイジメや事件。
皆それぞれ下ろしたくても下ろせない荷物を背負っている。
その荷物の大きさや重さが読み手を息苦しくさせつつも、
淀みなく引き込んでいく。
がつーんとくる衝撃はないものの、
静かに迫ってきて連れられていく感覚だ。

島の高校を卒業して都会へ。
ミュージシャンとなってヒット曲も生まれた。
彼は同級生からの強引な誘いで、卒業以来初めて故郷へ帰る。
彼は島にいた頃、同級生から数々の嫌がらせを受けていた。
それが今では手のひらを返したように歓迎する。
しかしそれは、有名人と同級生だったという自己アピール。
過去の出来事を引き合いに出した脅しともとれる言動によって、
サインを何百枚も書かせたり、無理矢理歌わせたりする。

作品の中にはこの手の展開が何度かあるのだが、
いずれも、きっぱりと断れず、ずるずるいくパターンである。
葛藤の中で、結局は深みにはまっていく。
しかしエンディングでは小さな希望を灯してくれる。
誰かが自分を守ってくれていることを、さらりと描いて締めくくる。
書きすぎることなく、よく整えられた作品だ。

■新 雅史「商店街はなぜ滅びるのか」
   2016021204
昨年、TBSラジオを聴いていて紹介されていた作品。
全国的に商店街の衰退が進んでいる。
「シャッター通り」は珍しくないどころか、
逆にシャッターが開いている店ばかりだと違和感をおぼえることもある。

高度成長期以降、道路の整備が進むとともに
移動手段は自動車中心になった。
情報通信手段も飛躍的に発展した。
生活スタイルは変化し、顧客のニーズも多様化した。
その結果、大型店や通信販売などに食われる形で商店街は衰退した。
ただ、このことは誰もが感じ取れる外的な要因だ。

本書は、「商店街とはなんなのか」という根本的なところからスタートし、
戦後の都市一局集中やオイルショック、法律改正などの時代背景に
言及しながら、商店街が衰退した内的な要因を丁寧にまとめている。

最も印象に残ったのは、商店街衰退の大きな要因として
商店が家族経営で行われたことを挙げている点。
江戸時代は、跡取りがいなければ家族以外の人材を積極的に活用して、
店を後世につなげていった。
奉公に店を譲った例も少なくない。
戦後昭和の商店は家族で営まれ、家族以外の者を経営に参加させなかった。
その結果、せいぜい二世代程度しか存続できない事態を招いた。
家族が衰退していく中で、商店だけが生き残れるわけがないのである。

かつては酒、米、たばこなど販売規制商品が多く、
それは既得権となって商店を守ってきた。
また、メーカーと特約店との関係で価格統制が行われてきた。
言われてみれば、ナショナル(松下電器)やポーラ化粧品など、
そのメーカーの商品だけで営業している小店舗が珍しくなかった。

こうした規制が少しずつ突破割れてきたのが1980年代半ばから。
今にして思えば、消費者はずいぶんと高い買い物をさせられていたし、
不便だったし、非効率的だったと思う。

商店街にはそれなりの良さがある。間違いなくある。
ただ平成28年の国民の生活様式とニーズを考えると、
環境や要件が整った特定の地域でしか
商店街は盛り上がっていかないのではないかと思う。
ドライな感想で恐縮です。

                    ◆

私が10代だった80年半ば頃はまだ個人商店が多くあった。
入店したら何も買わずには帰れないようなプレッシャーがあった。
本屋で立ち読みはできず、レコードもゆっくり選べなかった。
なので中高生の頃、たまに札幌や小樽へ行った際の最大の楽しみは、
本屋で立ち読みができることだった。
それとお祭りでもないのにタコ焼きを食べられることだった。

現在CDはほとんど通信販売で購入。
本も通信販売率が高くなっている。
しかしタコ焼きはお祭りで食べるのが一番美味しく感じる。


2月だ。
夜明けの時刻が早くなり、日没の時刻が遅くなっているのを
日々感じている。
ここ帯広も春に向かって少しずつ歩みを進めている。
しかし寒さは1月よりも厳しさを増し、
この一週間ほどがピークかもしれない。
だから今が「おびひろ氷まつり」をやるに最も相応しい時なのだ。
2016020401 
十勝以外の方にはあまり知られていないだろうが、
「おびひろ氷まつり」はなかなかのものだ。
街のど真ん中に巨大テントを設置して飲み会会場にしたり、
巨大すべり台があったり、花火大会があったりと結構なスケールだ。
私も飲みに出かけようかと思っている。
そして帰宅してからも飲むだろう。
そんな時、面白い小説があると、結構いいつまみになるのです。

というわけで、今回はブックレヴューです。

                       ◆

■柚月裕子「孤狼の血」(2015年)
   2016020402
広島県の暴力団抗争と、
その裏側で暗躍する暴力団対策担当の刑事の話。
豪胆で荒々しく、勤務時間はほぼフリー。
暴力団に対しても睨みをきかせ、上前をはねているという噂もある。
警察内部にも、暴力団の間でも彼を疎ましく感じている者は少なくない。
しかし事件を解決する手腕に長けており、
警察幹部も彼に厳しく対処できずにいる。

話の設定は昭和63年。
パソコンや携帯電話が普及するずっと以前なので、
連絡方法や待ち合わせなど時代を感じさせる記述が随所にあるが、
それを殊更に強調するわけではなく、
むしろ同僚との付き合い方や、暴力団の有り様など、
物質面に偏らずに時代を表現しているのが好感。

主人公の刑事は、新人刑事とコンビを組むことになったり、
行きつけの小料理屋(美人女将がひとりで経営)があったり、
高校時代からの悪友が某組の組長だったりと、
ちょっとありきたりなテレビドラマ的設定が多いのが気になるが、
内容も文書表現も重厚で浮き足だったところはなく、
女性が書いたとは思えない男性目線での描写も的確だ。

すぐに話に引き込んで、キープさせる筆力というのか、
派手さはないが、話の進め方や言葉の選び方がうまいので、
リーダーズ・ハイのような状態にさせてくれる。
柚月さんの作品はハズレがない。

後半、「あれ?そうなったら話が終わっちゃうんじゃないの」という
予想外の展開をする。
ところがそこからもうひと展開がある。
最後まで緊張感が揺らぐことはない。
内容も文章力も楽しめる佳作。

■朝井リョウ「何者」(2012年)
   2016020403
就職活動をする大学生男女5人の話。
彼らはそれぞれが熱心にツイッターをやっている。
普段も結構会っている5人なのに、
各自の日々の動きや考えていることはツイッターで知るという、
つながっているような、つながっていないような妙な関係。

ツイッター上でつぶやいていることは虚飾っぽい。
理想の自分を想像させるかのような
「表向きのキャラクター」としてつぶやく。
ツイッターの中でも、みんなで会っている時でも本音で向き合わない。
表面的なかっこいい付き合いを楽しむ。
本音は、本人とは特定されない秘密の別のツイッターでつぶやく。
それを仲間内で暴いていくような展開もある。
ただの傍観者が上から目線で評論することへのアンチテーゼを感じた。

仲間意識があり結束力もあるようで、実は互いに牽制し合う不気味さ。
若者の面倒くさい付き合いや
いけ好かない関係性に上手く切り込んでいる。
読んでいて共感はしないし、むしろイライラする場面が多い。
しかし、今時の大学生群像として読む価値はあるし、
構成がしっかりしており、よくまとめたなあと思う。

ツイッターをする理由はなんなのだろうか。
自分をアピールしたいのか、誰かにかまってほしいのか、
それとも単にこぼしたいだけか。
仮にリアクションが一切なくても続けるのか。
そのあたりがうまく理解できない。
そんな私が言うのも失礼ではあるが、この作品を読んでいると、
「とりあえずツイッターやめれば」としか思わなくなる。

■馳星周「雪炎」(2015年)

   2016020404
日高地方にある「道南市」の市長選挙を巡る話。
選挙の争点は原子力発電所の再稼働。
札幌で弁護士をしている男が、地元である道南市長選挙に
原発反対の立場から出馬すべく準備を始める。
原発推進でまとまり、しばらく無風だった地域が穏やかではなくなる。
原発利権を得ている建設業者、反社会勢力、政治家などが
躍起になって反対派候補をつぶしにかかる。

物語の舞台は、地理的には「むかわ町」を想定したものと思われる。
苫小牧の東側にある町だ。
それでいて「道南市」というのはどうなのか。
道南は、北海道民からすれば、渡島・檜山エリア限定だろう。
苫小牧市は道央エリアだろう。
そうなると日高地域はエリアづけが難しいが、
少なくとも道南ではないなと。
筆者である馳さんは浦河町出身だが、違和感はなかったのだろうか。
なお、道南市以外は実在する地名が使われており大変親しみを持てた。

福島原発は、反社会勢力の関わりが深く、
利権も複雑であると幾つかの文献で目にした。
本作もそういう設定で描かれている。
原発反対派に対してそこまで嫌がらせや脅しをするのか。
目に見えなかったり、噂を聞かないだけで泊原発もそうなのだろうか。
だとしたら怖いし、悲しい。

主人公は原発反対派候補者の同級生で元公安警察官の男。
彼の人物像がいまひとつ掴めなかった。
刑事感覚に優れ行動も判断も迅速、的確だが、
無愛想で憮然としている場面が多い。
また、鬱屈気味で意固地。
かと思いきや、社交的で女性好きでお酒好きな面も見せる。

小説的な妙味よりは、2時間ドラマ的な展開重視な色が濃いが、
どんどんページをめくらせるスリリング感を楽しめる。
また、苫小牧から静内あたりを知っている方は情景が目に浮かぶと思う。
と同時に、北海道の冬の厳しい寒さが伝わってくる。

■筒井康隆「旅のラゴス」(1986年)
   2016020405
ただひたすら旅を続ける男「ラゴス」の物語。
赤道近くまで南下し、その後は人が住んでないところまで北上する。
移動は基本的に馬か徒歩。
電気がない時代という設定。
でありながら、随所に時代や場所を越えたワイド感やワープ感を
盛り込んでおり、矛盾を感じる箇所も多くある。
例えばコーヒー栽培を始めたのも、
電気を発明したのもラゴスなのだから。
それでいて、なにがしかの統一性と連続性があり、
矛盾などどうでもよくなり受け入れてしまう。
実に不思議な作品だ。

波瀾万丈の人生なのに、数々のエピソードを深掘りせず、
全体的に拙速に話が進んでいく独特のリズム感。
なので、長いあらすじを読んでいるような感覚にもなる。
いきなり結論に至ったり、突然数年間が経過していたりと、
展開の切れ込みの鋭さと速さに驚くとともに違和感をおぼえる。
最初はそのリズムにのれないのだが、かみ合うと不思議とクセなる。

読者をひきつける最大の魅力はやはりラゴスの人間性だろう。
基本的にはスケールが大きく慕われる人柄なのだが、
どんな場所でもどんな人とでもうまくやれるなど
順応性に優れているかと思えば、
研究に熱中し始めると何年間も他者の訪問を拒んだり、
悪党に捕らえられて奴隷にされると従順だったり、
二人の女性が大事だからと悩みや迷いもなく重婚したり、
その妻を残して突然旅に出かけ、そのまま戻らなかったり。
気まぐれで自由で、真面目で芯が強く、優しいのに勝手。
とにかくぶっ飛んでいる。
そのぶっ飛びぶりを、平然と淡々と綴っていることがまた凄い。

内容の面白さもあるが、とにかく世界観やラゴスの人生観が魅力。
一気に読みたくなる。
時間が経つとまた読みたくなる。
これは常備本にしていいだろう。

                   ◆

新聞やテレビのニュースを見ていると、
清原和博氏に対して、著名人、一般人を問わず、
温情主義的なコメントをする人が圧倒的な気がする。
「まさか」ばかりで、「やっぱりね」はほとんどない。
そういう人をチョイスして報道しているのだろうか。

この騒動を見ていて、
ヤンキーテイストやワルなキャラクターを支持する日本人は、
平成28年の今も多いのかなあと、ぼんやりと思った。



もう二週間も更新していなかったのか。
地震に大雪、不規則な勤務、深酒と菓子パンの暴食などにより、
体調が安定しない日が続いていた。
しかし、ここ二、三日の音楽鑑賞(主にデヴィットボウイとシュガーベイヴ)と
読書によってだいぶ落ち着いてきた。

今回はブックレヴュー。
面白かった作品ばかりだ。

                                                        ◆

■櫛木理宇「チェインドッグ」(2015年)
    櫛木チェインドッグ
志望していた大学受験に失敗し、不平と不満を抱えて、
屈折した日々を送る男子大学生。
彼のもとに死刑判決を受けた連続殺人犯から手紙が届く。

その殺人犯は、大学生が中学生の頃よく通ったパン屋の店主だった。
連続殺人犯が手紙で大学生に依頼した内容は、
「連続殺人は認めるが、一件だけは俺がやったんじゃない。えん罪だ。

それを証明してくれないか」というものだった。

最初は無視をしていた大学生だったが、
なぜ自分が依頼されたのかという疑問が興味に変わり、
やがて刑務所まで面会に行く。
その後も何度か足を運び、殺人犯の話を聞くたび、
彼の雰囲気に引き寄せられていき、
ついには事件の解明を始める。
そこから浮かび上がってきた事実は、
大学生とは無関係ではなかった。

ずっと何かが怪しく、ぼんやりと暗い。
二重、三重に秘密が隠れていそうな先の読めない展開。
つなぎの熟度がやや不足しているところはあるが、
軸はしっかりしており、世界観がぶれていないので、
気持ちが途切れることなく読み進められる。

若者の屈折ぶりやこじらせ感の描き方も面白い。
アンハッピーな要素だらけの作品だが、
不気味さの押しと引きの加減が良く、ページをめくらせる。
それだけに主人公と中学の同級生だった女子大学生の
エンディングの有り様が曖昧に思えたのが残念。
わかる人にはわかるだろうが、私には解読できなかった。
また、表紙のデザインの意図が全く理解できなかった。

■桜木紫乃「星々たち」(2014年)
   桜木星々たち
愚直なのか、愚鈍なのか、真面目なのか、いい加減なのか。
そんなに行き当たりばったりの昭和40年生まれの女性の半生を
綴っている。
彼女の目線ではなく、彼女と関わった人物を主人公にして、
その人のドラマの中に彼女を登場させる形で描かれた連作短編。

感情を表面に出さないが、求めれば応えてくれる。
それでいて気まぐれで、後先考えずに行動する。
おとなしいのにずうずうしく、ひどい目にも遭うがあっけらかんとしている。
つかみどころのない女性だが、はっきりしているのは逞しいこと。
この手の女性を描いたら、桜木さんはほんとうに上手だ。

流れ流され生きてきた、なれの果ては哀しい。
あえて不幸に突き進んでいくようでもある。
決して共感できる女性ではなかったが、
終盤、幼少の頃に別れた娘に会いに行く場面は切なかった。

桜木さんの描く北海道はやはり良い。
地に足がついている。実生活をよくわかってらっしゃる。
小樽の塩谷、幌延町の問寒別(といかんべつ)、それに増毛だろうか。
舞台となる地域のチョイスもいいところを突いてくる。
文章も滑らかで、心の垢がとれていくような純粋さがある。
もっと注目されていい作品だと思う。

■渋谷直角
「奥田民生になりたいボーイ/出会う男すべて狂わせるガール」
(2015年)
   渋谷直角/奥田民生
渋谷直角氏の作品を楽しみにしていた。
私の選ぶ2013・ブック・オブ・ザ・イヤー」において選考した、
「カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生」は
サブカルチャーやロックが好きな人にとっては
たまらない面白さがあったと思う。
今回の作品も良い。
かゆいところ、というか、痛いところに手が届く面白さである。

だらだらとやっていそうに見えて、決めるところはしっかり決める。
というか、結構ハードに精力的に仕事をしているのに、
力を抜いてマイペースに活動しているように見える。
そんな奥田民生氏のようになりたい編集社勤務の35歳男性の話だ。

奥田氏の作品の歌詞がストーリーに盛り込まれており、
特に物語の導入部分の切り込みは、
業界の胡散臭さも絡まってあまりに魅力的。
奥田氏のファンであり、サブカル好き、ロック好きの私は、
にやけっぱなしだった。

後半はおバカな恋愛模様にフォーカスされ、
かつ蛇行するような展開になり、
奥田氏は関係なくなってしまったのが残念。
しかし、前半のインパクトや勢いは凄い。
奥田氏のようになりたい男を主人公にした、その感覚だけで絶賛できる。

■樋口毅宏「ドルフィン・ソングを救え!」(2015年)
   ドルフィンソング
自分に絶望して自殺を図った女「トリコ」(45歳・独身)。
目が覚めてみると、そこは1989年の東京だった。

彼女は80年代後半から90年代にかけて邦楽シーンに
強烈なインパクトを与えた「ドルフィン・ソング」という
男性二人組ユニットを敬愛していた。
しかし、1991年解散する。
その理由は、メンバー同士による殺人だった。
過去に戻って人生をやり直す機会を得たトリコは、
ドルフィン・ソングの解散(殺人)を阻止すべく奔走する。

これもまたサブカル好き、ロック好きには堪えられない作品だろう。
トリコは、ドルフィン・ソングに近づく方策がないまま、
レジ打ちのバイトで生活をする。
そんな中、洋楽ロック誌「rockin’on」に送った原稿が
編集部の目にとまり、業界に出入りできるようになり、
ついにはドルフィン・ソングと懇意になっていく。

一度90年代を実体験してきたので、
どのバンドが売れて、どのバンドが売れないか、
音楽シーンはどうなっていくのかを知っている。
なので、アルバム批評は実に的確で、
音楽ライターとして引っ張りだこになる。

例えば、全く売れないエレファント・カシマシを嘆く音楽関係者に対して、
「悲しみの果てにたどりつけば売れます」と言いきったり、
ローリング・ストーンズの日本公演は最初で最後かもしれないと
大騒ぎする業界関係者の中で、
「大丈夫、何回も来ますから」と言い放ったりと、
タイムスリップ感を心憎いほど面白くチョイスしている。

岸信介にクリソツだと言って渋谷陽一氏を登場させたり、
場末のバーに入ったら、精神的にやられた中森明菜が
ひとりで酔いつぶれていたりなど、実在する(した)人物も多数登場。
80’S
から90’Sという激動の時代を
真剣に痛快にもてあそんでいる感が最高だ。


                      ◆

帯広は先週の大雪以降、晴れの日が続いている。
冬の十勝のスタンダードな天候だ。
もったいないくらい連日青空だ。
寒さは厳しいが、風が強い日は少ないし、ほんとに生活しやすい。

日曜日、帯広駅に立ち寄った時、
これから結婚披露宴に出席すると思われる男女4人(30歳前後)の
会話が耳に入った。
「どのタイミングでキス・コールする?」みたいなことを喋っていた。
キス・コールを受けキスをする新郎新婦。
それも珍しくないのだろう。
でも、人前でさせるかね。
それに、人前でするかね。
しかも知ってる人達の前でだ。
家族や親戚だっているのに。
その披露宴に呼ばれていなくて良かった。



私が選ぶ「ブック・オブ・ザ・イヤー」が2年ぶりに復活だ。
昨年は記事作成を怠ってしまった。
毎年継続してきた企画だけに、欠年を発生させたのは非常に残念だ。

書評は、読んでから速やかに整理しなければならない。
内容も感想も印象も忘れてしまいやすいからだ。
それができなかった。
熱意も責任感も足りなかった。

今回からリスタートだ。
というわけで、2015年中に読んだ小説等の中から、
特に面白かった、心に残った6作品を紹介させていただく。
(カッコ内に記載した年は刊行年)

■櫛木利宇「寄居虫女」(2014年)
   櫛木理宇/ヤドカリ
仮に2014・ブック・オブ・ザ・イヤーを記事にしたなら、
櫛木理宇の「赤と白」はセレクトされていた。
2014年の読書生活における新たな出会いの代表が櫛木理宇だった。
2015年に読んだこの作品も強烈だった。

作者は「くしき・りう」、タイトルは「ヤドカリオンナ」と読む。
ターゲットとなる家庭を定め、言葉巧みに入りこみ、
少しずつ洗脳し、やがて服従させ、
結果的に一家を乗っ取ってしまう山口葉月という女性の話だ。

ターゲットとなった皆川家は、父母と三姉妹の五人家族だったが、
それぞれがそれぞれを疎ましく思い、
内実は家庭が崩壊している状態だった。
そこに現れたのが山口葉月。
彼女は皆川家家族の良い聞き役となり、家族をつなぐパイプとなるが、
次第に、一日中眠らせない、家族の悪口を語らせて証文を取る、など、
いかがわしい手法で洗脳し、服従させていく。

苦痛だし悲痛だ。
もやもやとした嫌悪感が広がる道を歩いて行くような気分なのだが、
立ち止まる気にも、引き返す気にもならない。
妙なブラック感に引きつけられて、読み進むしかないのだ。
血行不良なのにヘビースモークをしたくなったり、
ダイエットをしているのにお菓子ばかりを欲する感覚だ。

展開やオチなど荒削りではある。
しかし、すうっと世界に引き込む力のある筆致である。
櫛木氏が2015年にリリースした「チェインドッグ」も
なかなか面白かった。
今年も期待できそうだ。

■西川美和「永い言い訳」(2015年)
   西川美和/永い言い訳
作家の夫と美容師の妻。ともに40代後半。
二人の仲は冷え切っていたものの、
お互いを責めたり、もめたりすることもなく、
低速低位で安定していた。

ある日、妻は女友達と長距離バスに乗ってスキーに出かけた。
移動中、交通事故が発生し、妻は命をおとす。
なのに夫は悲しみを実感できない。
ショックであり、虚無感もあるのに、涙が出てこない。

そんな中、妻とともに亡くなった女友達の家族と会う機会が訪れる。
その家族との触れあいを通じて、生前の妻との関係を見つめ直し、
再生していく物語だ。
この作品を象徴する言葉は、作品の中で用いられている、
「愛するべき日々に、愛することを怠ったことの代償は小さくない」だろう。

彼女は作品数が多くはないが、これまでハズレがない。
言葉の選び方、使い方が巧い。
きりっと引き締まりつつ、滑らかな文章。
文章だからこその繊細な感情が表現されている。


誰しも自分の中に抱えているであろう恥ずかしさや愚かさを紡ぎ、
心が変化していく過程における行間のようなものを丁寧に綴っている。
特に、前半の妻とのすれ違いの様子は、
生活の些細な場面を見事に切り取っている。

■樋口毅宏「民宿雪国」(2010年)
   樋口毅宏/民宿雪国
画家であり、新潟県の海岸の町で「民宿雪国」を経営する男の
生涯に隠された謎をあぶり出していく物語。
男の死後、あるジャーナリストが、
関係者の証言や音が残した日記などを基に、
男の数奇な人生を明らかにしていく。

スピーディーな展開、予想を覆して二転三転する状況に
ぐいぐい引き込まれる。
特に中盤までは、パンクロック的なビートで、
ざくざく切り込んでいくようなノリがある。
景色を切り裂いていくような疾走感にのせられていく。

後半は山中のロングでワインディングな道路をゆっくりと進む感じか。
終盤はひねりすぎていて、ストレートには理解しがたく、
突き抜ける威力に欠けたかと。

しかし、樋口作品は刺激的だ。
ロック的な勢いと切り口、それにサブカル感も漂っている。
グロステクさが激しい箇所もあるため万人受けはしないだろうが、
逆に強烈な支持者も少なくないだろう。

証言をする関係者の中には実在した人物も登場。
もちろんフィクションなのだが、
虚実を入り混ぜ、ノンフィクション風に書いている。
この大胆さと奇想天外ぶりは、妙に愉快で痛快だ。

■辻村深月「ハケンアニメ」(2014年)
   辻村/ハケン

作家、監督、プロデューサー、アニメーターなど
アニメ業界に関わる人々が、
そのクールで放送されるアニメの中でトップを取る=覇権を競うお話。
アニメ作品への関心が薄く、業界にも疎い私でも面白く読めた。
というか、色々と興味深かった。

漫画やアニメの制作と聞くと、作者ばかりに目がいきがちだが、
第何話かによって絵を描く人が異なったり、
同じ日の放送の中で主人公と脇役とで絵を描く人が異なったりなど、
真の作者は誰なのかわからなくなるほど多くの人が関わっている。

アニメ制作に関してだけではなく、出版社や放送業界に対する宣伝・広報や、
アニメでまちおこしをする地方の町とのタイアップなど、
アニメを取り巻くあれこれを題材にしていることも、
マニアックにならず、物語を広がりのあるものにしている。

アニメ業界は、とにかくアニメ好きな人が多い。
労働時間や給料の問題ではなく、好きなことをできる幸せを感じており、
純粋に良い作品を作りたいという熱い思いを持っている。
ライバル会社であり、覇権をめぐり競い合う同士であっても、
素晴らしい作品、素晴らしい仕事については相手を称える。
そうした辻村さんのアニメ業界に対する敬意が感じられた。

それにしても辻村さんはハズレのない作家だ。
競走馬でいえば、強烈な末脚や一瞬のキレがあるわけではないが、
好位につけてレースを進め、最後の直線では必ずトップ争いをして、
悪くとも複勝には絡むようなタイプだ。
だらだらと書き連ねたこところがなく、小さなカーブや起伏を織り交ぜながら、
様々な景色を鮮明に見せ、きっちりとヤマ場もつくる。
もう日本を代表する女性作家と言ってもいいかもしれない。

■葉真中顕「絶叫」(2014年)
   葉真中顕/絶叫

1973年生まれの女性の話。
地元の高校を卒業して地元の企業に就職。
職場では雑用業務が中心で安月給ながら平凡に暮らす。
しかし、父の蒸発と父の残した多額の借金により人生が一変する。

今の給料では借金を返済できないので保険事務員に転職。
なりふりかまわず客をとり、ついには枕営業まで。
収入は飛躍的に伸びるが、その反動か金遣いが荒くなる。
裕福な生活を維持するため風俗業界に転身、さらに保険金殺人。

凄まじき転落ぶりだ。
こうした連鎖的に破滅していく展開は、
例えば宮部みゆき氏、桐野夏生氏、奥田英朗氏などが
過去に描いているような気がして、既読感みたいなものもあり、
新鮮みは乏しかったが、着地点は凄まじかった。

読んだ後の素直な感想は二つ。
ひとつは「生きていくためにはそこまでやっちゃうんだな」。
もうひとつは「
猫ってそんなことするんだ」。
もしかしたら、
猫の生態が一番衝撃的だったかもしれない。

文章表現は葉真中顕(はまなか・あき)たるオンリー感が薄い。
しかしストーリー的には視点が面白いし、個性的でもある。
物語の構成も展開もよく、読み手を飽きさせない。
まだ二作しか発表していない作家とは思えないまとまりだ。
ダークな転落劇に引き込まれます。

■柚月裕子「最後の証人」(2010年)
   柚月/最後の証人

ホテルの一室で起こった殺人事件をめぐる検察官と弁護士の戦い。
そして、その殺人事件に至った過程。
この二つの方向からストーリーが進み、
最後に合致する構成となっている。

誰が誰を殺害したのかは終盤まで明かされない。
それはもったいぶっているのではない。
読み手を次第に深いところに引き込みながら、
じりじりと真実に詰め寄っていくようである。

発端は7年前に起こった小学生の交通事故死。
警察は小学生の信号無視が原因とし、運転手は不起訴に。
しかし、運転手は飲酒していたとの証言があり、
また運転手が県の公安委員長であることに配慮し、
警察がもみ消したのではないかとの疑惑も。
小学生の両親は悲しみと疑念を抱いたまま年月を過ごす。
そんな時、小学生の父が、派手に飲み歩いている運転手を目撃。
そこから事態は一変していく。

ストーリーの組み立ての巧さが際立っている。
事件の概要を小出しに明らかにしていく加減が巧み。
前菜、メイン料理、デザートのいずれもが充実し、
しかも料理が出てくるタイミングが絶妙な感じだ。
意外性がありつつも非現実的ではなく、
地に足のついた内容なので重心がぶれずに読み進められる。

終盤の詰めの濃さはフィナーレに相応しい迫力。
そしてエピローグでは緩やかな風を吹かせる。
ぐいと押し込んで、だめ押しをして、すっと引くような。
2015・ブック・オブ・ザ・イヤーにおいて一冊だけ選べと言われたら
この作品だろうなと思う。



昨年帯広に住み始めてから、
このブログで一度もブックレヴューをしていない。
2014年は、毎年恒例だった「ブック・オブ・ザ・イヤー」も
やらずじまいとなってしまった。

札幌にいた頃は頻繁に読書記事があったのに、
なぜこのような状況になったのか。
理由は二つだ。
ひとつは面白い作品に出会う頻度が減ったことだ。
読書量も帯広に住んでから3割減といったところだ。
もうひとつは単に面倒だからだ。
あらすじや感想を思い出して整理するのは、
意外と時間とエネルギーを要するのだ。

標準以上に面白い作品に出会ったら、
その都度一冊ずつ紹介していけばいいのだが、
なんとなくボリューム的に物足りないような気になって、
しかし、数冊を紹介となると面倒になるという悪循環。

そんな中、今回は一年半ぶりに復活だ。
この2か月ほどは、標準以上に面白い作品に続けてあたったので
気持ちがのった。

それではどうぞ。

■麻耶 雄嵩「さよなら神様」(2014年)
       さよなら神様
鈴木太郎は、小学5年生の男子生徒の姿を借りた「神様」。
この世の中に起こるあらゆる事件の犯人は誰なのかを言い当てる
特殊な能力を持っている、と思われている。

一方、鈴木の同級生で、探偵団活動をしている生徒が数人いた。
彼らは、鈴木の特殊能力を信じていない。
そんな中、小学校の関係者が立て続けに殺害される。
その都度鈴木は、「犯人は○○だよ」と、探偵団に告げる。
鈴木の真偽を確認すべく犯人捜しをする、というストーリー。

まず、登場する小学5年生の会話が完全に大人である。
推理も全く小学生とは思えない。
大人というより、刑事並みの推理と捜査をする。
おそらく作者が意図的にそうしたのだと思うが、
この違和感がなぜかクセになる。

「神様」である鈴木の異質なキャラと、
犯人捜しや人間関係などに苦悩する小学生探偵団との対比も面白い。
動機が弱かったり、殺害する理由としては強引すぎる事件もあるが、
本格推理モノと言っていいだろう

全体的に薄暗いテイストで展開していくが、
エンディングの「残念でした」というフレーズはコミカルに衝撃的。
ここでコケるか、思わずにやっとしてしまうかは読み手によって
異なるだろう。
私は、にやっとしてしまうとともに、奇妙に清々しい気持ちになった。

■桐野夏生「抱く女」(2015年)
       抱く女
時代は1972年。
東京で酒屋を営む実家から大学に通う20歳の女性の話。
大学にはほとんど行かず、雀荘やジャズ喫茶に通い、
男女を問わず友達の部屋を泊まり歩く生活。
そういう堕落した毎日の中、本気で恋をし、
一方では兄が衰退をたどる学生運動の中で、
生死をさまよう重傷を負う。

だらしなく虚しく、行き当たりばったりで能天気。
学生運動の終焉を迎えた時代の、ひとつのモデルケースなのか。
見方を変えれば、実は意外と裕福で恵まれた学生とも受け取れた。
この女性に共感するところはなかった。

内容だけを見ると、「なんだったんだろうね」というような印象だが、
桐野氏が書くと、なぜか読めてしまう。
物語、というより文学としてきちんと成立しているというか。

時代の空気を感じるし、当時のかぶれた大学生の嫌な感じを
うまく切り取っている。
しかし、桐野氏なら、もっと踏み込んで、ヒリヒリした感じで
描けるのではないかとも思った。
期待が大きい分、ちょっと物足りなかったかと。
とはいえ、この独特のあっけらかんとした雰囲気は、
桐野氏ならではの味だなと感心。

奥田英朗「ナオミとカナコ」(2015年)
       ナオミとカナコ
直美と加奈子は大学の同級生。もうすぐ30歳。
直美は大手百貨店の外商部員。
加奈子は都市銀行勤務の夫と二人暮らしの専業主婦。

久し振りに加奈子に会った直美は、
加奈子が夫から暴力を受けていることを知る。
詳しく話を聴くと、鎖につながれたような暗澹たる日々を送っていた。
やがて直美は、加奈子を救うべく夫殺害をもちかける。

これまでに誰かが書いていそうなストーリーだが、
奥田氏の手にかかると、キレがありつつ、奥行きのあるものとなる。
「殺害」という言葉だと重たいからと、
直美は、「排除」や「クリアランス」と表現して、
半ばゲーム感覚で計画を立てていく過程のテンポの良さや、
殺害計画のほころびが次第に明らかになっていく悪化速度など、
実に加減が良く、気づくと共犯者気分になっていた。

読み手を引きつけつつ、想像とはちょっと違う方向に
持っていく展開の妙もある。
また、日本で商売する中国人の図々しさもうまく描き、
展開上、良いスパイスとなっている。
読み出したらやめられなくなる引き込み度の強い作品だった。

■辻村深月「ハケンアニメ」(2014年)
       ハケンアニメ
アニメ会社が覇権を競う話。
タイトルの「ハケン」は、「覇権」であり、「派遣」ではない。
テレビ番組で3か月放送する、いわゆる1クールにおいて、
最も支持を得たアニメを「覇権アニメ」と呼ぶらしい。
それを目指して苦悩するアニメ業界のお話である。

私はアニメに疎い。
もちろん業界のことも知らないし、感心もなかった。
なのにアニメ話を読んでみようと思ったのは、
辻村深月作品だったからだ。
彼女の作品はハズレがない。
確実に平均を超えた読み応えや面白さがある。

アニメ番組は、第何話かによって絵を描く人(会社)が異なったり、
人物を描く人と背景を描く人が違うことを初めて知った。
声優がセリフをレコーディングする際も、
映像が出来上がっていることは珍しく、
絵コンテを見ながらやることが普通らしい。
そうした業界の現実を、驚きとともに興味深く読めた。

登場人物の心の描写を、かゆいところに手が届くような丁寧さで
描いており、人間関係の機微上手に浮かび上がらせている。
まさにアニメ業界を題材にした人間ドラマである。
中だるみがなく、最初から最後まで楽しめた。
いい作品だ。




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