FC2ブログ
ADMIN TITLE LIST
Selected category
All entries of this category were displayed below.

岩見沢は今日も雪が降ったりやんだりの繰り返しだった。
20190102_01.jpg
まだ冬は長い。
しかし、日没時刻が少しずつ遅くなっているのを実感している。
午後4時でもまだ少し明るさが残るようになった。

今回は、2018アルバム・オブ・ザ・イヤー。
2018年に私が特に聴いたアルバム作品を紹介するものだ。

音楽を聴くのは、職場での昼休みと、
車中や自宅にてラジオ番組がぱっとしない時がメインで、
すごくたくさん聴いているわけではない。

そんな私がこんな記事を書くのもどうかと思うが、
毎年出会いや新たな発見があるもので、ということで、
どうぞ。

■チェット・ベイカー「Sings
2018アルバム_01
2018年に最も再生回数が多かった作品。
1956年リリースのジャズの名盤だ。

漫画「坂道のアポロン」を読んで聴いてみたくなった。
彼のボーカルはとにかくソフト。
メロディも決してキャッチ―ではなく、展開にも乏しい。
なので、最初は腰が入ってない感じがして、
心に迫るものはなかった。

ところが次第に、やさしくも気怠くもあるソフトなボーカルが
心地良く感じてきた。
滑らかに流れ込んできて、落ち着きを与えてくれるような。

何度も聴いたのに、あまりメロディが思い出せない。
しかし聴くとすぐにしっくりとくる。
一瞬で雰囲気が変わり、その世界に引き込まれる。
それでいて全く邪魔をしない。
この邪魔をしない不思議な魅力が最大の特徴かも。

■ザ・ローリング・ストーンズ「It’s Only Rock’n Roll
2018アルバム_02
1974年作品。
2018年に最も聴いたストーンズのアルバムはこれだと思う。

1曲目の「If You Can’t Rock Me」は、
ストーンズのどのベスト盤にも収録されておらず、
長い歴史の中では、
あまり重要視されていないのかもしれないが、
私にとってストーンズ像を象徴するような、
「らしさ」が満載の名曲だ。

このアルバムは、シャッフルなどせずに、
1曲目から順番に最後まで、
アルバム単位でまるごと聴くのが一番良い。
できるなら心の中でLPレコードをイメージして、
5曲目まではA面、6曲目からはB面の感覚で聴くのが
より良い。
5曲目が実にA面のラストっぽく、
6曲目以降がB面っぽい良さがある曲が揃っているからだ。

過去にもアルバム・オブ・ザ・イヤーでは、
メインストリートのならず者(1972年)、
山羊の頭のスープ(1973年)、Some Girls1978年)と、
ストーンズのアルバムが複数回選ばれている。
こう見ると、私は70年代のストーンズが好きなんだなと。

■ザ・ビートルズ「パスト・マスターズVol.1Vol.2
2018アルバム_03
ザ・ビートルズのベスト盤だ。
このCDは20世紀から所有しており、
もちろんi-tunesにもインストールしていたが、
アルバム単位ではほとんど聴いていなかった。
オリジナルアルバムは全部所有しているので、
ベスト盤は聴く必要がないということだ。
同様の理由で、いわゆる青盤と赤盤も全く聴いていない。

で、恥ずかしながら、2018年にやっと気づいた。
パスト・マスターズには、オリジナルアルバムに
収録されていない曲がたくさん収録されていたのだ。
「レディ・マドンナ」、「RAIN」、「Bad Boy」など
改めて素晴らしい曲だと再認識した。

また、このアルバムのリリースが
1988年だったことにも驚いた。
ビートルズがあった頃や解散直後ではなく、
だいぶ経ってからだったとは。

これも名曲「I Call Your Name」。
イントロが流れ、ボーカルが入り、
その後おかしなタイミングでカウベルが入ってきて、
おかしなタイミングで唐突に消える。
疑問は残るが、ボーカル、メロディ、アレンジの
まとまりが秀逸で、
コピーして、どんなに練習してもこの味は出せないだろうと
自分の限界を突きつけられた気がする名曲だ。

■アメリカン・グラフィティ「オリジナル・サウンドトラック」
2018アルバム_04
1970年代の同名映画のサウンドトラック。
これといって聞きたい音楽はないが、何かを流しておきたい時は、
50年代のオールディーズと呼ばれる音楽かジャズにする。

アメリカン・グラフィティはとにかく選曲が秀逸。
ロックンロールとバラードのバランスが良く、曲順も的確。
やかましさがなく、自然にしみ込んでくる。
落ち着けるし、癒される。

高校生の時、LPレコードをカセットテープに録音して
何度も聴いたアルバムだが、
今も頻繁に聴くのは、決してノスタルジアではない。
このアルバムを聴いて思い出す10代の頃の場面はない。
むしろ、札幌で「激しい雨」のライブ終えて、
日付が変わりそうな時間帯に、車の数がすっかり減った
国道12号線を走っている場面を思い出す。

家でも外でも、こういうオールディーズが
さりげなく流れているとお酒が美味しい。

                         ◆

上記で、チェット・ベイカー「Sings」は、
漫画「坂道のアポロン」を読んで聴いてみたくなったと記したが、
「坂道のアポロン」をきっかけに
大好きになったジャズ・ナンバーがほかにもある。

「いつか王子様が(Someday My Prince Will Come)」を聴くと、
すべての人がハッピーな夜を迎えてほしい気持ちになるし、
ジョン・コルトレーンの「マイ・フェイバリット・シングス」の
自由と孤独と哀愁が共存しているような独特のメロディラインは、
深夜に遠くの知らない町を車で走っているような気分になる。

ここ数年の私は明らかに、
古い音楽の中で出会いや発見をしている。
ただ、今回チョイスされたチェットベイカーも
ストーンズもビートルズも20代の時の作品だ。
ならば現代の20代の作品の中にも、
何十年か経ってもさかのぼって聴きたくなるような名作が
あるのかもしれない。
あるだろうか?
 

スポンサーサイト

T字路s(ティージロス)のライブを観に行った。
T字路sの存在は昨年後半に知り、
今最も生で観てみたいミュージシャンだった。

私がセミアコを弾くようになったのは、
T字路sの伊藤さんがエピフォンのフルアコを弾いていることが
少なからず影響している。
漠然とセミアコが欲しいと思っていたときにT字路sを知り、
セミアコ願望に輪郭ができた。

今月、道内では初のT字路sのワンマンリサイタルツアーが組まれた。
当初は8月14日の長沼町でのライブに行く予定で、
チケット取り置き予約もしていたが、
19時に開演するも、オープニングアクトが5組で、
ライブ終了は24時、そしてオールスタンディングだと聞き、
迷いなく断念した。

5時間にわたる夜のスタンディングと24時終了は、
中年層には肉体的にも精神的にも非常に苦痛だ。
翌日の仕事はキャンセルするおそれさえ生じる。
翌々日にも影響しかねない。

ただ、長沼公演はチケット完売。
長沼以外から駆けつけた人の方が多かったと思われる。
しかし、タイムスケジュールは町民向け、かつ若者向けに思えた。
ノンアルコール状態で、ぐったりして帰った人が多くいたことだろう。

業界では23時台、あるいは日付をまたぐライブが少なくない。
近年はこうした深夜傾向が強まっているように思う。
ライブを観たり、ライブに出演するには、
夜型人間にならなければやっていけないし、

帰宅行為にかかる負担も乗り越えなければならない。
歌を作れて、演奏できるだけじゃだめなのだ。

椅子があれば肉体的なダメージは緩和されるが、
エモーショナルなレスキューはない。
ライブの深夜化を改善するには、
業界において発言力のある大物になるか、
草の根運動の先頭に立つしかないのだろうか。

長沼公演は断念したが、まだチャンスはあった。
というか他にチャンスがあったから、あっさり断念できたのだ。
というわけで、8月16日、札幌カウンターアクションでの
T字路sのリサイタルを観に行った。
20170816_01.jpg 20170816_02.jpg
会場に到着したのは19時50分。
オープニングアクトの「BENBE(ベンベ)」がステージにいた。
2曲しか観られなかったが、
迫力がありつつ、温かさと穏やかな雰囲気を醸し出しており、
実に素敵なバンドだった。もっと観たいと思った。

そしてT字路s
素晴らしかった。
何がすごいのだろう。
ボーカルの迫力と安定した音程。
エビフォンのフル・アコによるクリーンなサウンドと
むき出しの演奏。
そう、このむき出しの演奏に結構やられる。

むき出しなのにトゲがなく、辟易することもない。
ナチュラル、そしてダイレクトであることの大切さを痛感し、
ナチュラル、そしてダイレクトにできる演奏力の高さに納得した。
要は、変な飾りやおかしな味付けをせず、
素材の一番いいところをきちんと伝える器量と技術があるのだ。

トークもふさわしいものだった。
シンプルでありつつリズム感があったので、
トークも含めてライブ全体のノリを作っていた。

オールスタンディングかつお客さんも多く、
また、いけ好かない風貌と態度の男達にいらつくストレスも相まって、
開始30分で要休憩度1の状態になり、
40分で要休憩度2になったので、

60分したら会場を出て、どこかに座ろうと思った。

しかし、ライブを全部観たくて離れられなかった。
こんなことは極めて珍しい。
それほどに価値のあるステージだった。

細かな部分やテクニカルなことにこだわるより、
核となるところをきちんと示すことの重要さを見せられた。
というか、テクニカルだからこそ核を表現できるともいえるが。

いずれにしても、自分のやっている音楽活動は
ゆるく甘いものだと思い知らされた。
と同時に、ゲット・ベターになるためのヒントも得た。
素晴らしいステージに感謝であります。


主に若手のミュージシャンが、
「自分が経験したことしか歌詞にできない」と、
コメントしているのをよく見たり聞いたりするが、
「よく言えるなあ」と思ってしまう。
私なら、たとえそうであっても
恥ずかしくてそういうコメントはしないだろうなと。

「この人こういう経験したのか」と思われることを
想像しないのだろうか。
歌詞にした経験は、さらしたいし、商品にもしたいのか。
何も考えていないのか、あるいは誇らしい経験なのか。

もちろん経験が歌詞に反映することはある。
ただ、それでは小さな世界にとどまってしまう。
私の場合、経験を歌詞にするのではなく、
経験を土台にそこから広げ、
世界観や人生観や趣味・嗜好を色濃く出しているタイプだろう。

とはいえ私は想像やイメージだけでも歌詞を書ける。
映画やドラマを見せられて、この作品の主題歌を作れと言われたら
出来・不出来は別としてそれなりに作れるだろう。
ところが、商品名だけを伝えるCMミュージックのような、
インパクトのあるショート・ミュージックは難しい。

特に、「北大学力増進会」のあのメロディは、
100種類作っても私の中からは出てこない。
「メガネサロン・ルック」も「アップルワールド」も
私の実力では、受注があっても対応できない。
帯広の街頭放送で頻繁に流れている「鳥せいチェーン」や
「ホテル・テル・テル、大平原」のフレーズもなかなかすごい。

「温かい心と心の触れ合う住まい 土屋ホーム」や
「マイホームがよみがえる リフォームで見違える」くらいの長さなら
曲の一部を切り取ったような作りなので対応できるだろう。

曲の体をなしているCMミュージックで、かなわないと思うのは、
「なんとかしてくるうちのごはん」だ。
素人なのか、かなりのプロなのか、
あのメロディは、どう考えても出てこない。
失礼ながら、変てこりんに聞こえるのだ。
「なんとかしてくるうちのごはん」の後の
「そこでナスのみぞれ炒め」のメロディもぶっ飛んでいる。
「なんとかしてくるウチのごはん」からのコード進行が読めない。

ちょっと感覚を逆なでするような、しっくりこない感じがありつつ、
やけに耳に残り、最終的にはちょっとクセになるような。
オルタナティヴ・ポップスといってもいい。

さらに、この曲を歌いこなせるのは、森高さんしかいないだろう。
特に「ごはん」の部分の滑舌は、森高さんのためだけに作られた
フレーズだとしか思えない。
吉田美和さんやスーパーフライが歌ったら違和感だらけだろう。

また、森高さんのものまねをやる方がいたら、
「17歳」や「私がおばさんになっても」ではなく、
「なんとかしてくるうちのごはん」をやってほしい。

最近このCMをあまり見かけなくなった。
残念だ。
なので、YOU TUBEで見ている。
私は何をやっているのだろう。


清水町で発生した鳥インフルエンザの対応で
あれこれやっているうちにクリスマスが終わっていた。
十勝で起こったこととはいえ、
十勝の大多数の人にとっては、自分の生活の範囲外のことであり、
全道に広げれば、もう既に記憶にさえ残っていない人がほとんどだろう。
鳥アレルギーを発症することもなく、
チキン&ケーキなクリスマスを過ごしたと思う。
平和だ。
それでいい。
多くの方々に心も体も影響がなかったということだ。

そして仕事は納められ、年末を迎えた。
このクリスマスの騒々しさと、年末のバタバタの間。
27日から29日くらいまでの期間が私は好きだ。
ぽかーんと空いたような、落ち着かないような、
エアポットみたいな数日がなぜか愛おしい。

27日はザ・クロマニヨンズの帯広公演へ。
飲み方を欠席して出かけた。
なぜなら大事な用事だからだ。
よく帯広に来てくれた。
有り難いぜ。
札幌は3デイズ公演にもかかわらず全てソールドアウト。
帯広だからこそチケットを入手できた。
20161229_01.jpg
仕事のストレスを抱えたまま、
雷雨決行のような状態でライブ会場であるメガストーンへ。
盛り上がれるのかと心配したが、
クロマニヨンズのメンバーがステージに登場して、
全てのわだかまりが吹き飛んだ。
すごい人達のステージ・オーラはすごい。

圧倒的な突撃感。
CDと遜色ない演奏の確かさとクオリティ。
すげえな、本物だな。
中年には酷なオール・スタンディングにもかかわらず、
なんの不自由も不都合も感じなかった。

クラッシュやラモーンズなどへの敬愛の念を
これだけ心地よく体現させてくれるバンドは、
世界に目を向けてもクロマニヨンズがナンバーワン野郎だろう。
20161229_02.jpg
彼らは年を重ねるにつれ、
メロディも歌詞もアレンジもよりシンプルになっているように思う。
贅肉がまるでない。
それでいて不足感がない。
だからダイレクトに伝わってくる。

開演時刻である19時ぴったりに前説が登場。
スマートかつユーモラスにロック色あふれるトークをする。
そして19時05分には、手品ミュージックでお馴染みである
ポールモーリアの「オリーブの首飾り」にのってメンバーが登場。
すぐに演奏が始まった。
しっかり予定時刻どおりに始める姿勢がほんとに素晴らしい。

メンバーのステージ衣装はお揃いのツアーTシャツだった。
そうできることがかっこいい。
アンコールでは、フロントの3人が上半身裸で登場した。
皆、贅肉の少なさが半端ではない。
筋肉はない。
驚くほどガリガリだ。
50代半ばに到達している人の身体ではない。
もう少し皮下脂肪があってもいいのに、というくらい骨が見える。
きちんとTシャツの似合うロックスターの身体に作り上げている。

彼らは表向きに語ることは決してないが、
ロックスターであるがために、相当な節制をしていると思う。
ボーカルの甲本氏は、あれだけ動いて、呼吸に苦しむこともない。
漫然と過ごして成しえることではない。
うわべだけの薄っぺらい装飾品はナッシング。
ファッションじゃねえんだよ。
好感がもてるし、共感の念が高まる。

ステージアクトもサウンドも、贅肉の無さがびんびん伝わった。
年をとると、知識や経験など様々な蓄積がある。
それは財産だし、見せつけたくなる人は多い。
しかし、使い方を誤るとげんなりするだけだ。
そういう意味では、クロマニヨンズのアウトプット感とピュア度はすごい。
音もパフォーマンスも見た目も余計な贅肉を見せない。
最小限かつ最重要なコアな部分を確実にアウトプットしてくる。
削り落とすことの大切さを再認識したライブだった。


 2016年6月3日金曜日、帯広市「レスト」にて行われた
遠藤ミチロウ氏のライブを観に行ってきた。
20160604_01.jpg
有り難いことに会場はオールスイッティング。
腰が痛い、脚が痛い、荷物が煩わしいなどの
オールスタンディング・ストレスに苛まれることなく、
テンダーな環境でライブ鑑賞ができた。
現在の私は、ライブ・ミー・テンダーでなければ1時間ももたない。

ミチロウ氏はアコースティックギターを弾きながらの単独での出演。
力強いギター・プレイと迫力のあるボーカル。
2年ほど前には2か月間入院。
リウマチも発症しギターも弾けなくなった。
そんな病を乗り越えた65歳、とは思えない
エナジーにあふれたパフォーマンスだった。

スローで優しげな曲調なのに、
奏でるアルペジオはどこか攻撃的だったり、
ハードな曲は重たいストレートを投げ込んでくるようなストローク。

そしてとにかく声が出る。
30年前より高音域が出ているのではないだろうか。
声の厚みが素晴らしかった。
65歳にしてここまでの声量を保てるとは。

おそらく相当な節制をしているのだと思う。
身体は若い頃同様にスリムに保たれ、
それでいて肩から腕はがっしりとしていた。
姿勢も良く、歩き方も老いを感じるものではなかった。
長く情熱的に音楽を続けている人が得られる姿だと思った。

そうしたボディ・コントロールのみならず、
ハートの面での音楽的欲求の強さも非常に伝わってきた。
スターリン時代の曲を変わらぬテンションでプレイしたかと思えば、
民謡バージョンにアレンジするなど大胆なアプローチもしている。
スターリンの代表曲「ロマンチスト」を盆踊りミュージック調にした
「ロマンチスト音頭」は微笑ましく鑑賞できた。
20160604_02.jpg
思えばミチロウ氏の曲調やメロディへの歌詞の乗せ方は、
スターリン時代から和風であり(というか、欧米ロックのノリではない)、
それを発展的に分析していけば、
お経や民謡のテイストに近づく感はあった。
ミチロウ氏の幼少時代、近くにお経や民謡があり、
無意識のうちに深層心理に組み込まれたのではないか。
そうしたネイティヴ性が60歳を過ぎて顕在化したように思えた。

近年は、特に福島県の町村のお祭り的な小さなイベントにも出演するらしく、
民謡アレンジにしたハードな曲をやると、
若者たちだけではなくお年寄りも踊るという話を聴き、
音楽は感覚的なものなのだと改めて納得した。
20160604_03.jpg
ソーラン節を歌詞もサウンドもミチロウ風にアレンジした「福島ソーラン節」。
出だしは「ヤーレン、ソーラン、ソーラン」というふうにオリジナルと同じ。
ここで気になったのが、「ヤーレン、ソーラン、ソーラン…」の後に続く
「ハイ、ハイ」という「合いの手」だ。
ノリ的には、オーディエンスがやるのかなと思いつつ、その瞬間を待った。
野外ライブでアルコールも入り、盛り上がっている状況ならば、
「ハイ、ハイ」のところで、
絶叫しながらコブシ振り上げるオーディエンスが多数いそうな状況だ。

しかし、帯広市スタジオレストで披露された「福島ソーラン節」は、
「ハイ、ハイ」と合いの手をミチロウ氏自身がやった。
しかもやや控えめな雰囲気で。
なんか素敵だなと思った。
激しいサウンドなのにどこかしょぼくて、
フレンドリーで、いい意味でチープで、
ミチロウさんの人柄の良さがにじみ出た瞬間だった。

それを観ていて自然と微笑ましくなり、
音楽って素晴らしいな、ミチロウ氏は大人だよなぁと
清々しい気持ちになった。
ミチロウさん、素晴らしいライブをありがとう。


今年のゴールデンウイークは暦どおりの出勤だ。
なので帯広でのんびりと過ごしている。
それも悪くない。
読書と昼寝と音楽を楽しんでいる。

今回は「私に影響を与えた25枚のアルバム」の邦楽編。
よく聴いた、思い出深い、という基準のみならず、
タイトルどおり、影響を受けたという視点を重視した。
なお、1アーチストからは1枚に限定した。
それではどうぞ。

2016050501.jpg 

「私に影響を与えた25枚のアルバム」(邦楽編)
掲載はアイウエオ順

アナーキー「アナーキー」(1980年)
こんな音楽があるのか!と中学生の私は凄まじい衝撃を受けた。
アナーキーの曲でTHE CLACHを知った。

■RCサクセション「ラプソディ」(1980年)
このライブ盤は圧巻。曲だけではなくMCもセットではっきりと
記憶された。今もなお発見があり、刺激を受けている。

井上陽水「センチメンタル」(1972年)
このアルバムからにじみ出る孤独感は、超然さと親しみという
相反する要素が同居している。そして美しい。浸れます。

ARB「トラブル中毒」(1983年)
ARBはこのアルバム時のメンバーがベスト。そのメンバーによる
最後のアルバムになったが、勢いと落ち着きのバランス感が良い。

奥田民生「股旅」(1998年)
なんかいいよね、と思っていた奥田氏を、すごくいいよね、へと認識が
一変したアルバム。ロックに対する真摯さとユーモアがたまらない。

甲斐バンド「誘惑」(1978年)
閉塞感の中でもがき、突き抜けていないところに逆にエネルギーを
感じさせる。初期甲斐バンドの集大成のような名曲揃いのアルバム。

くるり「さよならストレンジャー」(1999年)
サウンド、アレンジ、曲調、それに風貌も含めて、新しいギターロック
の形を示された気がした。それでいてどこか懐かしい。

斉藤和義「ジレンマ」(1997年)
「郷愁」という曲を聴いて斉藤氏に興味を持ち購入したアルバム。
モノクロのようなオールドロック感とメロディセンスが光る。

サザンオールスターズ「人気者で行こう」(1984年)
エレクトリックでAORなサウンドで、新しいサザンを感じた。
夏のワクワク感とドキドキ感と切なさを思い出させる。

佐野元春「No Damage」(1983年)
できればオリジナルアルバムにしたいのだが、このベストアルバムは
選曲、曲順とも申し分がなく、外すわけにはいかなかった。

サンハウス「クレイジーダイヤモンズ」(1983年)
できればオリジナルアルバムにしたいのだが、このライブアルバムは
選曲、客席との呼吸感など申し分がなく、外すわけにはいかなかった。

椎名林檎「無罪モラトリアム」(1999年)
こんな女性ロックシンガーはいなかった。ロックのツボをよく
わかっている方だ。幅広い音楽性を感じるメロディラインも秀逸。

■SuperflySuperfly」(2008年)
曲はやや商業的だが、ヴォーカルのクオリティの高さがそれを凌駕し
佳作に引き上げている。真正面からきちんと歌いきっているのが凄い。

ザ・ストリート・スライダース「がんじがらめ」(1983年)
日本人でこれほど正しくストーンズ的なロックンロールを体現した
バンドはないだろう。1stも傑作だが、この2ndの方をよく聴いた。

チャットモンチー「生命力」(2007年)
ロックの要所をきちんと押さえたアレンジに加え、メロディセンスが
素晴らしく、歌詞の乗せ方もうまい。伸びやかなボーカルも魅力的。

ドリームズ・カム・トゥルー「The Swinging Star」(1992年)
吉田さんのボーカルの正確さと伝達力の高さは日本の音楽史に残る。
「あの夏の花火」が良い。ドリカムの曲の中でトップ3に入る。

浜田真理子「あなたへ」(2002年)
音数の少ないピアノとさらっとしたボーカルによって、
雑味なく心に届き、沁みてくる。切なくなるのに癒やされる。

ブラックキャッツ「クリームソーダ・プレゼンツ」(1981年)
私が50Sミュージックを好きなのは、このアルバムのおかげでもある。
ファッション性の強いバンドだったが、サウンドも魅力的だった。

ブランキー・ジェット・シティ「C.B.Jim」(1993年)

これに収録されている「D.I.Jのピストル」じゃないが、
ドキドキするようなイカれた傑作。凄まじく研ぎ澄まされている。

プレイグス「センチメンタル・キックボクサー」(1996年)
骨太ながらどこか爽やかで突き抜ける圧倒的なギターのリフ。
70年代的ギターロックとAORっぽい曲が混在しているのも面白い。

ザ・ブルーハーツ「YOUNG AND PRETTY」(1987年)
彼らの出現は事件だった。彼らのアルバムはどれも好きだが、
勢いとエネルギーと疾走感のバランスの良さを最も感じるのがコレ。

■MISIAMother,Father,Brother,Sisiter」(1998年)
しっかりと灰汁抜きされているような清らかで深みのあるボーカル。
聴いていて心地よくなる名曲揃いのアルバムだ。

ザ・モッズ「NEWS BEAT」(1981年)
このアルバムを聴いて本気でバンドをやりたいと思った。
スリリングでスマートでエキサイティングな最高のロックアルバム。

矢野顕子「ごはんができたよ」(1980年)
40代になってこのアルバムの凄さを再認識した。
矢野さんの世界観が凝縮された素敵なアルバム。

ザ・ルースターズ「THE ROOSTERS」(1980年)
鬼気迫るような大江氏のボーカルとキレのあるサウンドで、
ロックンロールをたたみかけてくる。存在感も極めて魅力的。

2016050502.jpg 

25枚を並べてみたら、80年代前半の作品が多い。
中学から高校にかけての多感な時期の音楽体験が
後の人生に長く影響を与えているということだ。

音楽から多くの刺激を受け、楽しませてもらい、
癒やされ、そして救われてきた。
音楽の力は凄いな。


今回もまずはライブのお知らせを。

■日時 2016年5月1日(日)16時
■場所 帯広市民文化ホール小ホール
■料金 無料
■出演(出演順・敬称略)
  バサラ/COLD CASEKISS THE ROD/おとといおいで/
  クサカアツシ/ペナルティ/THE HEART OF STONE
  TETSU スペシャルバンド/いとたい/FLAG

THE HEART OF STONEの出番は、
スケジュールどおりに進めば18時30分からです。
演奏は4曲の予定です。
お待ちしております。

さて、唐突だが、なぜかこのタイミングで、
「私に影響を与えた25枚のアルバム」をお送りしたい。

運転中の車内、歩いている時、
明け方に目が覚めてそのまま眠れなくなった時、
iTunesをシャッフルで聴いていると、
思いがけず久し振りに耳にする曲に再会するときがある。

そして曲の良さを再認識したり、新たな発見があったり、
癒やされたり、懐かしんだりする。
その流れで、その曲が収録されているアルバムを
一曲目から順に聴いてみる。
妙にフィットし、心地よく、気づいたらアルバム1枚を聴き終えている。
直近でそういう経験をしたのは、
ザ・クラッシュの「ロンドン・コーリング」だ。

そういうアルバムは他にもたくさんあると思った。
それとともに、自分のミュージック・ライフに特に影響を与えた
アルバムは何だろうかと考え始めたら楽しくなってきた。
そこで、2016年4月時点で一度整理してみることにした。

今回セレクトしたのは洋楽のみだ。
原則として1アーチストにつき1枚とした。
そしてあまりに多すぎると特別感が薄れるので25枚にした。
できるだけオリジナルアルバムにしたかったが、
何枚かベスト盤や企画モノが入っているのはご容赦願います。
2016041701.jpg

「私に影響を与えた25枚のアルバム」(洋楽編)
※掲載はアルファベット順

AC/DCBack In Black」(1980年)
 今年リリースされた作品と言われても疑いがないほど全く色褪せない。
 ハードなサウンドなのにさらっと聴けてしまうから不思議。

B.B.KingGreatest Hits」(1998年)
 60年代から90年代までのスタジオ録音、ライブ録音から代表曲を
 セレクトしたアルバム。娯楽としてより勉強のために聴いたかも。

The BeatlesRubber Soul」(1965年)
 ビートルズで1枚だけを選ぶなら「ラバーソウル」だな。
 目立たないが「The Word」、「Wait」もかなりの名曲。

Bob DylanHighway 61 Revisited」(1965年)
 ボブ・ディラン作品の中でサウンド的に最もしっくりくるアルバム。
 ロック色の取り入れ方や荒さの加減が絶妙。

Bob Marley & The WailersOne Love」(2001年)
 ベスト盤で恐縮です。どこから聴いてもボブ・マーリーの世界に
 すっと入っていけて、穏やかな気持ちになれる名盤。

Buddy GuyI Was Walkin’ Through The Woods」(1970年)
 バディ・ガイのギタープレイには衝撃を受けた。スリリングであり、
 シャウトしているようであり、未だに解読できないほど圧倒的だ。

Carole KingTapestry」(1971年)
 私の25枚唯一の女性シンガー。名曲揃いなだけではなく、
 彼女のナチュラルでハートフルなボーカルがとにかく素晴らしい。

The ClashLondon Calling」(1979年)
 1曲目から順番に聴きたくなるアルバム。レゲエやジャズの要素が
 取り入れられているが、ロックンロールとして筋が通っている。

Cold PlayX&Y」(2005年)
 美しくも切なく、それでいて癒やされるようなメロディライン。
 それを支えるサウンドの完成度も高い。

Dr.FeelgoodStupidity」(1976年)
 ライブ盤。ウィルコ・ジョンソンのギターのキレが凄い。
 加工の少ないソリッドなサウンドなのでダイレクトに響いてくる。

Eric ClaptonFrom The Cradle」(1994年)
 スタンダードなブルース・ナンバーをクラプトンがカバーした作品。
 ギタープレイが重厚で繊細で正確で逆にわけがわからない。

Freddie KingSame Old Blues」(2004年)
 私にとっての世界三大キングは、B.Bとキャロルとフレディだ。
 フレディのブルースギターは軽快で親しみがある。

Jack JohnsonIn Between Dreams」(2005年)
 海が見えてきて、潮の香りのする風が吹いてくるようだ。
 アコースティック・サウンドの可能性を広げてくれた。

The JamSetting Sons」(1979年)
 ザ・ジャムで1枚を選ぶならば迷わずこれだ。曲に幅が出て、
 熱さはそのままににクールでタイトに仕上がっている。

JetGet Born」(2003年)
 これぞロックンロールなフレーズにあふれたゴキゲンな作品。
 AC/DCとビートルズの影響が色濃く混在しているところも面白い。

Jimi HendrixExperience Hendrix」(1998年)
 ジミ・ヘンは25枚に入るよなと思ってどのアルバムにするか
 考えたが、このベスト盤がベストすぎて、はずせなかった。

Led ZeppelinRemasters」(リリース年不明)
  ツェッペリンの凄さに気づいたのは21世紀に入ってからであり、
 キャリアの少なさがベスト盤をセレクトさせてしまった。

Neil YoungHarvest」(1972年)
 田舎へと小さな旅に出かけたくなる叙情性あふれるメロディと、
 すぐそこで演奏しているような臨場感がたまらない。

OasisDefinitery Maybe」(1994年)
 80年代半ばから90年代前半の、私にとっての「ロック不毛の
 10年間」を打ち砕いた改心のロックンロール。

The Rolling StonesExile On Main Street」(1972年)
 幅がひろがったメロディラインと、ラフ&ルーズでブルージーな
 ノリが見事に融合している。トータルバランスが良く聴き飽きない。

Sex PistolsNever Mind The Bollocks」(1977年)
 即効性のあるギターフレーズとタイトなドラム(特にバスドラが)は
 今でも血液の温度を上げる。実は結構ポップなロックンロールだ。

Stray CatsStray Cats」(1981年)
 この25枚においてリアルタイムで聴いた最も古い作品。
 はじけている。キレまくっている。とにかくカッコいい。

The StrokesIs This It」(2001年)
 古い音楽ばかり聴いていた2000年前後の時期、その傾向を打破した
 のがコレ。広がりのないチープでスモーキーなサウンドが最高。

U2Under A Blood Red Sky」(1983年)
 ライブ盤。生々しく、研ぎ澄まされ、それでいて熱い。
 楽曲も申し分ないが、ライブの迫力に圧倒される。

American Graffiti Original Soundtruck1973年)
 映画のサウンドトラックだが、私の音楽人生を振り返ると
 外すことのできないアルバム。今でも心地よく聴ける名盤だ。

2016041702.jpg
以上が私にとっての25枚だ。
25枚に入れるかどうか最後まで迷ったのは、
ザ・ポリス、R.E.M、ザ・バンド、マディ・ウォーターズ、
キングス・オブ・レオン、ザ・ラモーンズなど。

それぞれのアルバムにつき記した2行のコメントは、
そのアルバム聴きながら書いたのだが、
知らず知らずアルバムに聴き入ってしまうことも多く、
記事を書くのをやめて、音楽鑑賞+アルコールで過ごしたり。
また、ここでセレクトしたアルバムを聴いているうちに、
そのバンドの別のアルバムまで聴き込んでしまうのだ。
結局この記事を作成するのに4日もかかった。

自分でも面倒くさいことをしていると思うが、楽しいんだなきっと。
記事を書いているというより、
音楽鑑賞の延長線にこの記事があるということだ。

昨年の秋あたりから外出時(車以外)に音楽を聴くときは、
可能な状況ならば、iPodをイヤホーンではなく
ヘッドフォンで聴いている。
聴こえ方が深いし、耳への負担が軽減される。
イヤホーンが何度もはずれてイライラすることもない。
そして防寒対策にもなる。

ますやパンにも図書館にもフクハラにも柳月にも、
ヘッドフォンスタイルで行く。
もちろん店内に入ったらヘッドフォンをはずし、首に巻く形にするが、
そんなスタイルの中年でいいのかと気にはなっている。



2016年も3か月が過ぎた。
人生初の帯広での年越し。元旦には初詣見学へ。
初詣に行くのではなく、初詣を見学しに行く。
さからっているわけでも、ひねくれているわけでもない。
これが私の自然体のスタンスだ。

その時イヤホーンから流れていたのはデヴィット・ボウイ。
彼のシングルリリース曲を集めたアルバムを聴いていた。
2016040101.jpg
昨年までデヴィット・ボウイを熱心に聴いたことはなかった。
曲を聴いてタイトルを正しく言えるのは5、6曲程度の付き合いだった。
ウルトライントロクイズ形式で出題されたら
1曲も答えられなかっただろう。
70年代から80年代にかけての時期、私はまだ若く、
音楽経験も浅かったので、パンチのあるものを欲しており、
彼の中性的な外見やカルト感に踏み込めなかった。

今になってデヴィット・ボウイを深く聴いてみようと思ったのは、
昨年秋にBS放送で観た彼の特集番組が心にひっかかったからだ。
いやあ、めちゃくちゃロックじゃないか。
「サフラゲット・シティ」のビート感、
「レベル・レベル」の絡みつくようなリフ、
「ジギー・スターダスト」のブリティッシュなメロディ。
優れたロックは40年を経ても輝きがある。

年明け、成人の日を含めた3連休の最終日だっただろうか。
パソコンを立ち上げ、i-Tunesを起動させ、
デヴィット・ボウイを流す。
ヤフー・ジャパンのページを開く。
そしてニュース・トピックスでデヴィット・ボウイの訃報を知った。
偶然は突然やってくる。

ところで、BSの深夜の時間帯などで、
洋楽ロックのイントロクイズ番組をやってくれないだろうか。
ピンポン!「ロンドンコーリング」とか、
ピンポン!「スメルズ・ライク・ティーンスピリット!」とか
回答される場面を想像したらワクワクする。

「ハートに火をつけて」、「ブラウンシュガー」、「ホテルカリフォルニア」、
「パープルヘイズ」、「バック・イン・ブラック」などは、
ウルトライントロクイズにうってつけだ。
冒頭の0.2秒を流すだけで答えられる人が結構いるはずだ。
ロック愛好者に限れば高視聴率をたたき出せるだろう。

                    ◆

この3か月で新たに出会ったミュージックがある。
まずは、ブルーノ・マーズ。
その存在は知っていたものの、音楽に触れたことはなかった。

今年2月、たまたまスポーツニュースを観ていたら、
アメリカのスーパーボウルの模様が放送された。
そのハーフタイムショーにコールドプレイが登場。
その際、コールドプレイと共演していたのがビヨンセとブルーノ・マーズ。
これがブルーノ・マーズなのか、と興味を持ち、
もう少し聴きたいような気持ちになった。

で、2010年リリースのファーストアルバム、
「ドゥワップス&フーリガンズ」を聴いてみた。
2016040102.jpg
広義でジャンル分けをすれば、現代でいうところのR&Bなのだろうが、
ポップスとファンク&ソウルなテイストとがうまくブレンドされている。
ひっかかりがなく、すっと入ってきて、
音楽神経を柔らかく手もみでマッサージされているようだ。

そしてボーカル力が圧倒的だ。
大衆性とドライブ感がありつつ、極めて安定している。
歌は上手いが、すぐに飽きてしまったり、疲れたりしてしまうような
独りよがりなタイプではなく、
優れたテクニックを嫌みなくナチュラルに表現できている。

それと、ダニー・ハサウェイの「ライブ」
1972年の作品だ。
2016040103.jpg
名盤を紹介するサイトや、
「人生を変えた30枚のアルバム」的な記事などで
時々目にしていたアルバムで、ここ数年、心の隅にずっとあった。

これまたボーカル力が圧倒的だ。
包容力があって渋く、クールでありながらハート・ウォーミング。
そして、ステージと客席とのつながりが素晴らしい。
お約束ではなく、自然にわき上がってくる拍手と歌声。

夜の高速道路の車内や、夜の部屋でヘッドフォンで聴いていると、
自分もライブ会場にいるような感覚になるほど臨場感にあふれている。
特にキャロルキングのカバー曲「ユー・ガット・ア・フレンド」は圧巻。
客席との呼吸が奇跡のようにかみ合っている。

                      ◆

そして、もう一枚紹介させていただく。
新潟の女性3人のアイドルユニットNegicco(ねぎっこ)」
3月29日にリリースしたシングルCD「矛盾、はじめました。」
この10日間で最も聴いている曲だ。
2016040104.jpg
3月下旬、HBCラジオを聴いていたら、この曲が流れてきた。
最初の20秒ほどで、耳のみならず心をもっていかれた。
アイドル・ポップとは思えない大人なサウンド。
ちょっとアンニュイで、どこか切ないメロディ。
それでいて休日の午後の日だまりにいるような柔らかさもある。
カフェで流れているポップスのようでもある。

そしてなんといってもタイトルが良い。
大人ポップスなサウンドで「矛盾、はじめました♪」と歌われると、
面白くもあり、オシャレでもあるのだ。
歌詞もやや屈折しているところが逆にキュンとくる。
素晴らしい明日のために矛盾を始めることに決めた、みたいな歌詞だ。
サブ・カルチャーに通じるものがある。

Negicco
(ねぎっこ)は既に結成15年。
新潟との結びつきはずっとキープしている。
最近になってなぜか、正月でもないのに、
北海道ではサトウの切り餅のCMが流れており、
ねぎっこの3人が出演している。
新曲リリースのタイミングと関係があるのだろうか。

女性アイドル的なユニットは、まれに掘り出し物がある。
自分から求めたり、探したり、キャッチしようとしているのではない。
ちょっとハートが疲れているときや空白が生じているときに、
私の前を通りかかり、すっと入り込んでくるのだ。
いわば受動的だ。
それでいい。
大切なのは、先入観や知名度にとらわれず、
自分にフィットするものを受信できるアンテナを
調整しておくことだ。



今回は「2015・アルバム・オブ・ザ・イヤー」。
私が2015年に聴いたアルバムの中から、
特に心に残ったもの、今の自分を象徴するもの、
たくさん聴いたものをセレクトし、
誰からも求められていないのに発表する毎年恒例の企画である。

年々新譜を買わなくなっているし、聴かなくなっている。
それは自然なことだ。
今回選ばれたのは、ほとんどが70年代の作品。
年齢的、キャリア的に最もフィットする時期なのだろう。

こちらから目的を持って歩いて行って出会っているのではなく、
散歩している途中で予期せず出会い、
また会いたくなって、そのうちすっかり気に入ってる。
そんなふうに付き合いが始まった4枚のアルバムを紹介したい。

フリー「FIRE AND WATER」(1970年)

01_フリー 
この年齢になって初めてきちんとフリーのアルバムを聴いた。
なんとも座りがいいロックだ。
合皮の質感、クッションの堅さ、背もたれの角度など、
やけにフィットする一人掛けソファを見つけたような感覚だ。

つや消しブラックのようなサウンドがたまらない。
当時メンバーの平均年齢が20歳だったというのが信じられない。
安定感のあるプレイは、ちょっと熟していて渋みさえ感じる。

ポール・ロジャースのボーカルが素晴らしい。
スモーキーで湿り気があるのに、伸びやかで、
どこまでも突き抜けそうだ。
それでいて、シング・ライク・トークなのだ。
話すように唄っているかのごとく聴こえてくる。

キャッチーなメロディはないし、口ずさむようなところもない。
しかし、ギターソロはしびれるフレーズが多い。
楽器は基本、ギター、ベース、ドラムのみで、
隙間も多めで、それぞれの音がクリアにリアルに聴こえることで
いいノリというか、いいグルーヴが生まれている。
これがロックなんだよ、とでもいうべき、ロック・オブ・ロックな一枚。

ザ・ローリングストーンズ「エモーショナル・レスキュー」(1980年)

02_ストーンズ
今年もまたストーンズのアルバムが登場だ。
私がリアルタイムで聴いたストーンズの最初のアルバム。
私と同学年であるドラムのオダ氏のミート・ザ・ストーンズも同じだった。
つまり、私の世代の洋楽リアルタイム体験は
中学2、3年頃だったということになる。

この作品は、数あるストーンズのアルバムの中で、
あまり取り上げられない印象がある。
大ヒットした「SOME GIRLS」(1978年)と
TATTOO YOU」(1982年)の狭間の作品と捉えられている感があるし、
いわゆる有名な曲や大ヒットした曲は収録されていない。
リード・シングルとなった「エモーショナル・レスキュー」でさえ、
全編がミックジャガーの怪しい裏声で、気色の悪ささえ感じる。

ただトータルで聴くと、実に味わい深い。
当時のダンスミックス的サウンドやレゲエなどが盛り込まれつつ、
ストーンズならではのジャンキーさとうまく絡み、
バラエティに富んでいながら一貫性があり、
アルバムという単位で捉えると、よくまとまっているなと。

刺激を受け、衝動にかられ、自分も何か表現をしたくなるのではなく、
ザ・ローリングストーンズという街で
ナチュラルに過ごしたくなるようなアルバムだ。
キース・リチャーズの弾きすぎないギター・プレーが渋い。
余計な装飾や隠し味を排除した老舗の定番の和菓子のようで、
なんとなくにやけてしまう。

ボビー・コールドウェル「イブニング・スキャンダル」(1978年)
03_ボビー
2015年における私にとっての音楽的な広がりのトピックスのひとつが
AORミュージックとフレンドリーになれたことだ。
きっかけは明確に覚えてはいない。
何かのタイミングで、ドナルド・フェイゲンの「ナイトフライ」が
しっくりと耳に馴染む日があり、
スティーリー・ダンの「Aja」がしっとりと胸にしみた日があり、
AORをもっと聴いてみようかと思ったことが始まりだろう。

そういうわけで、AORの定義も概念もよくわからないまま、
ボズ・スキャックス、エア・プレイ、クリストファー・クロスなど、
なんとなくAORにカテゴライズされそうなものを色々と聴いた。
その中で、最も聴いた、というか、使ったのが
ボビー・コールドウェル「イブニング・スキャンダル」だったように思う。
「使った」というのは、聴く目的ではなく、とりあえず流しておこうか
ということが多かったからだ。

なぜかしらニュートラルな感覚になれる。
落ち着くというか、音楽が流れていることを忘れるというか。
どんなメッセージが込められているとか、
ここのベースのフレーズが素晴らしいとか、
そういう方向に興味が向かない。
それを追求する気もない。
音楽とのそういう付き合い方もある。

ただ、そうしたある種「無」の感覚にさせてくれる
ボーカルの肌触りの良さと優れた演奏テクニック、
そしてサウンド・プロダクトがあるということだ。

洋楽AORに興味を持ったことで、
そのアンテナは日本のAORにも波及し、
杉山清貴氏までたどり着いてしまった。
12月下旬に「最後のHoly Night」を聴いている自分が信じられない。

ピンクフロイド「狂気」(1973年)
04_ピンク
2015年の私のミュージックライフにおける象徴が
フリーとの出会いだったとすれば、
最大の事件はピンクフロイドの世界に「入学」できたことだ。
いや正しくは「入楽」だ。
ピンクフロイドを楽しめるようになる音楽的なキャリアを
積んだということだ。
一方、キャリアを積んだことで楽しめなくなった音楽もあるだろう。
しかしそれでいい。
容量には限界があるし、容量に合わせて楽しむのが健康的だ。

それにしても、このアルバム「狂気」は凄い。
最初の感触はざらついていて、形もいびつであり、
外から見ていて抵抗感もあったのだが、
気づくと外から包まれていた。
いつのまにかピンクフロイドの世界につかまれていた。

流れを壊すような実験的な展開がありつつもなぜか馴染み、
何気にメロディアスでありながらクール。
音の芸術の追究、壮大なサウンド。
「狂気」という名の大浴場・露店風呂につかり、
すっかり気持ち良くなってしまったかのようだ。

メロディやフレーズやテクニックや個々の素晴らしさは
もちろんあるが、それを語る気にならない。
ピンクフロイドという「世界」を味わっている快感。
まさにモンスターなアルバムだ。

                     ◆

ストーンズ以外は、一年前には全く聴いていなかった作品ばかり。
自分の音楽アンテナがどこへ向かうのか今後も楽しみだ。
進化しているのか、退化しているのかはわからないし、
感性が鋭くなっているのか、鈍くなっているのかもわからないが、
音楽全般がとにかく好きなので、触れ合っていれば、
自然とその時の自分に合った音楽が、
音楽の側から近づいてくるのかなとも思っている。

音楽以外のこともそういう感覚がある。
目立った成果や、華々しいことは起こらずとも、
前のめりにならず、やり過ぎず、
でも怠らず、あきらめずに過ごしていれば、
望むべきものが向こうからやってきてくれるものだと思う。



もう3月が終わろうとしている。
エブリデイ毎日、やらなければならないことが絶えず、
なかなかブログを更新することができなかった。

こんな感じだと、月に一度ライブをやるのが精一杯だ。
もう明後日になってしまったが、ライブのお知らせを。

日時 2015年3月29日(日)18時スタート
場所 ホーリーズ(帯広市西16条南35丁目)
■料金 不明(入場無料、ただしドリンクオーダーかも)
出演(出演順)
     千葉さん(フルネーム不明)/ミニクマ/
     激しい雨/井原さん(フルネーム不明)/MITSUMI
    
我々、「激しい雨」の出番は3番目、19時予定。
5曲を用意していくが、またも新曲を投入する。
メロディは数ヶ月にできあがっていたものの、
アレンジは二週間前から、歌詞は一週間前から本格的に整理し始め、
今日も、札幌出張帰りのJRの車内で、
歌詞を修正したり、ギターのフレーズを見直していた。
あと2日でどういう形に持っていけるか。
20150327激しい雨
                 
昨年来、夜11時台くらいから部屋で音楽を聴く、というか、
音楽を流す日が増えた。
昨年は古いロックやジャズが多かったのだが、
この2か月くらいは、いわゆる「AOR」と呼ばれるジャンルの音楽に
はまっている。

そもそも「AOR」が何の略称なのかは諸説ある。
70年代から80年代にかけてのアダルトでコンテンポラリーな
ロックを指すようだが、もやっとして説明だし、
AORミュージックに該当するミュージャンも明確ではない。

私にとって「AOR」といえば、
ドナルド・フェイゲンのイメージがあった。
爆発的に売れたアルバム「ナイトフライ」(1982年)。
20150327ナイトフライ
当時高校生だった私にとっては、
眠たくなるようなパンチのない音楽で、きちんと聴かなかった。

しかし、歴史的名盤として取り上げられることの多いアルバムであり、
勉強として真剣に聴いてみようと10年くらい前に購入。
それでもピンとこなかった。

そもそも勉強目的なのが良くなかった。
公私を問わず、勉強目的となるとモチベーションが上がらない。
なんとなく興味を持って、次第に追求を始め、
結果的に勉強になっている、と感じてくると盛り上がる。

それはそれとして、年が明けてからのある日、
たまたまシャッフルで聴いていたi-podから流れてきた
ドナルド・フェイゲンの曲が心地よく感じた。
そこで、改めてアルバム「ナイトフライ」を聴いてみた。
これがいいのだ。

邪魔をしない、落ち着く、ほっとするような郷愁感、
つかみどころのないメロディなのにしっくりくる感じ、
楽器の絡み方の妙など、魅力にあふれていた。
私の音楽キャリアがやっと「ナイトフライ」に追いついたのだ。

「ナイトフライ」をきっかけに、
他のAORミュージックにも興味を持った。
スティーリー・ダンの「エイジャ」は、
かなりヘビーなローテーションで聴いた。
20150327スティーリー・ダン
ボズ・スキャックスも初めてきちんと聴いてみた。
「シルク・ディグリース」というアルバムは素晴らしかった。
20150327ボズ・スキャックス 

AORミュージックにはまって今感じるのは、
早朝のFMラジオから流れていることが多いことだ。
サウンド自体は真夜中、あるいは休日の午後っぽいものが多いのに、
早朝のFMラジオが似合うから不思議だ。

それと夜の高速道路は、ど真ん中ストライクなシチュエーションだ。
特にボビー・コールドウェルのベスト盤は良い。
20150327ボビー・コールドウェル
いい意味で、音楽が流れているのに流れていない感覚になる。
心の中の鋭角的な考え事が丸みを持って、
次第にシャボン玉のように消えていくのだ。

この数年で、普段聴く音楽に求めるものは、
刺激ではなく、癒やしや安らぎになったように思う。
年をとったということなのかもしれないが、
それはそれで結構なことだ。

筋トレよりもストレッチ、ランニングよりもウォーキング、
肉よりも野菜、唐揚げよりも煮物、
という変化と質的には近いものがあるだろう。
この年になったら、強さよりも柔らかさを持て
ということなのかもしれない。



| HOME | Next

Design by mi104c.
Copyright © 2019 トゥナイト今夜もRock Me Baby, All rights reserved.