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相変わらず予定が成り立たないことが多い。
それでも私はくじけない。
予定は立てる。
予定を立てなければ実現の可能性は極めて低くなる。
しかし予定は突発的な仕事によって反故される。
保護されたいぜ。
このままではミスター・キャンセルと呼ばれそうだ。

そんな感じで10月も終わりに近づいてきたが、
ニューアルバム制作の熱意だけは失っていなかった。
7月下旬以降レコーディングは止まっていたが、
今月はじめにギター録りを完了し、
今月半ばにボーカル、ハモリ、ハーモニカなどを録音した。
つまりレコーディングはすべて終えた。
アルバム・ジャケットの素案も固まった。

しかし、ここからの、取りまとめて調整する、
そうした作業が地味に労力も時間もかかる。
それでも11月中にはリリースしたい。
最もやりたいことであり、やらなければならないことだ。
やりたいことと、やらなければならないことが一致しているなんて
実に素晴らしいじゃないか。
それがひとつあるだけでラッキーだ。
20161024.jpg
考えようによっては、この世の中は
やらなければいけないことよりも、
やってはいけないことの方が圧倒的に多い。
法令、取引、人間関係、マナー、そうした様々な理由で
やってはいけないことは沢山ある。
それに対して、やらなければいけないことは、
状況さえ許せば、それほどないような気がする。

食事も睡眠も義務ではない。
教育、納税、勤労が日本国民の三大義務だというが、
これらをしなくても平然と生きている人が少なくない。
それに、これらをしなくても基本的人権は尊重される。
なにやら憲法は難しい。

音楽を聴きたい、本を読みたい、地元の海が見たい、
あの靴が欲しい、あたたかい部屋でだらだらしたい。
これらは、やらなければいけないことではない。
いずれもやりたいことだ。
そう考えると、キャンセルの秋を過ごしながらも、
日々の生活の中で、希望は結構かなえていることになる。

とはいえ突発的に仕事が放り込まれる窮屈な土日は
まだしばらく続きそうだ。
正直なところ、何度か心はくじけた。
しかし、くじけの継続と、くじけの連鎖は食い止めている。
キャンセルの秋は仕方ないとしても、
くじけて、いじけてじゃ味気ない。

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10月12日、ベッシーホールでのライブ。
観に来てくださった皆さん、たまたま観てくれた皆さん、
ありがとうございました。

セットリストは次のとおり。
1 袋小路のブルーズ
2 夜をどこまでも
3 無人駅のブルーズ
4 蛇行する川
5 家路は春の訪れ
6 三日月の舟

今回は渋めな選曲だったかもしれない。
これが現在の我々の自然な姿である。
我々にとって今一番熱いのが、このナンバーなのだ。

20131012ライブ1 

何度ライブをやっても、なかなか満足のいく出来にはならない。

エネルギーを凝縮し、内蔵に響くような、腰にくるような、
そんな声を、そんな音を出せたらと思うが、
緊張なのか、興奮なのか、知らず知らずのうちに力んできて、
上滑りしているような、放散しているような感覚になる瞬間があった。
ほんとに難しい。

しかし、これまで見えなかったものが見えてきている。
それをつかまえようとして、なかなかつかめない状態だ。
何はともあれ、前へは進んでいる。
毎回、少しずつ良くなっている。
「無人駅のブルーズ」は、やるたびにしっくり感が増しているし、
「蛇行する川」は、突き抜け感が安定してきた。


次のライブは、12月8日(日)、スピリチュアルラウンジにて。
またよろしくお願いします。

その前に、私のソロ活動名義、「激しい雨」のライブもある。
11月23日(土)、円山の「リボルバー」にて。
詳しくは別途お知らせします。

20131012ライブ2  
ライブの後は、ギターのタナカ氏と二人で打ち上げ。
この日は、まちなかのホテルは満室だったらしく、
他の二人のメンバーは、ライブ後、岩見沢市と共和町にそれぞれ帰宅。
タナカ氏の宿泊場所も、まちなかは確保できず、北18条だった。
ならば北24条で飲もう、ということになり、「なると」へ。

最初は瓶ビールをそれぞれ頼み、それぞれ手酌で飲む。
なぜかジョッキにせず、瓶ビールを2本だ。
完全に飲み終わるまで、次の飲み物を頼まない。
自分たちのペースで、ゆっくり飲む。
様々な日本酒を飲んだ。
お互いなぜか銘柄がかぶらないようにする。
食べ物はまとめて頼まない。
一品ずつ頼み、食べ終わる頃に次の品をオーダー。
こういう感じがいいのです。
ほんとに落ち着きます。

焼き鳥は2本しか頼まず、つぼ鯛を二人で食べ、いかげそを二人でつまむ。
松重豊のことをこんなに熱心に話している人いるのか?と笑い、
ニールヤングについての解釈に共感し合い、
自分たちの音楽活動を肯定する。
この日のタナカ氏の名言。
「ブルースじゃなくて、ブルーズなんだよね。
 佐野元春もブルーズって言ってるよね」
いいなあ、こういう打ち上げ。

ふと気づくと、店の客は我々だけになってしまったので、
店の方に、「お会計お願いします」と告げる。
「おあいそ」などという無礼で見下した言葉を使う人は
何様のつもりなのだろう。

店を出る。
別れ際、タナカ氏は、「じゃあ、おやすみなさい」と言って、
左手で小さく敬礼のポーズをした。
タナカ氏が、そんな仕草をするようになったのか。
ああ中年。このくすぐったさ。
タナカ氏も歳をとったんだなあ。

ライブが終わって気が抜けたような、寂しいような。
と同時に、「次こそは」と思う。
そんな気持ちになれるのは、幸せなことだろう。
これも、ライブを観に来てくださる方があってのこと。
改めて感謝です。
中年であることをわきまえた謙虚さと熱さを心に持って、
引き続きブルーズさせていただきます。

テーマ:LIVE、イベント - ジャンル:音楽


ロック知人・スミス西野氏は、
奥さんに内緒で、グラビア・アイドルのDVDを
何枚か保有していた時期がある。
単なるイメージ・ビデオであり、
アイドル的な可愛らしさを、きれいに撮影した作品である。

ある日、仕事から家に帰ると、
そうしたDVDが、さり気なく居間に置かれていた。
スミス氏は動揺した。
そのDVDには、「安めぐみ&磯山さやか」と
手書きで書いてあった。

奥さんが、話しかけてきた。
「このDVDに書いてある“&”っていうの、“S”の筆記体になってるよ」
スミス氏は、さらに動揺した。
グラビア・アイドルのDVDを隠し持っていたことを
指摘されたのではない。
“&”を、“S”の筆記体に書き間違えたことのみを指摘されたのだ。

スミス氏は、屈辱感を味わいながらも、
「そりゃあ、書き間違えることもあるぜ」とクールに対応。
そして、奥さんの目を盗み、そのDVDを隠した。
その後、奥さんは、DVDのことを一切話題にせず、
何もなかったかのように、普段どおりの対応をしたという。

「普段どおり」は、落ち着くことも、助けられることもある。
しかし、普段どおりが逆に緊張感を増幅させる時もある。
そういうわけで、今回は久しぶりDVDレヴューである。

■容疑者Xの献身
容疑者Xの献身 
原作は、東野圭吾氏の直木賞受賞作である2005年作品。
昨年、福山雅治氏主演で映画化された。
原作は、直木賞受賞作にしては面白かった。

安アパートに住む母子家庭に、
別れた夫がやってきて、暴力をふるい、金をせびる。
あまりの乱暴ぶりに身の危険を感じた母子は、夫を殺害してしまう。
これを知った、アパートの隣に住む高校の数学教師が、
母子を救うため、献身的とも狂信的ともいえる工作をする。
そして、福山雅治演じる大学教授が、その真相を突き止めていく。

これまでの東野作品の映画化は、「秘密」にしても、「手紙」にしても、
「変身」にしても、どこか厚みがなく、空疎感があったが、
この作品は、なかなか良くできているのではないか。
というか、これまでの東野作品映画の中で一番いいのではないか。

ストーリー自体、興味を切らさずに淀みない展開をするのだが、
下手をすれば、2時間サスペンス・ドラマになりかねないところを、
役者の好演と、原作に忠実だったことで、面白いものに仕上がっている。

福山雅治が良い。
「ガリレオ」なるテレビ・ドラマは一度も見たことがなく、
この作品で初めて、東野作品でお馴染みの湯川教授を演じる福山を見たが、
結構はまり役ではないか。
福山氏のナルシストぶりは嫌味がない。
ちょっと奇妙な変人役は、実に合っている。

松雪泰子は、「デトロイト・メタル・シティ」や
「フラガール」における高慢ちきなキャラより、
本作のように、シリアスさや焦り、儚げぶりを演じた方が味が出る。
「やっぱり役者なんだな」と、プロを感じさせる好演だった。

映像は、街、アパート、弁当屋、ホームレス、川など
原作を読んでイメージしたものに、かなり近かった。
原作を読んだ時、最も印象に残ったセリフが、
「人は時計を奪われた方が、規則正しく生活するようになる」だった。
ホームレスは、時計もなく仕事もないのに、
毎日、同じ時間に同じことをして、
同じ毎日を繰り返していくという場面で
湯川教授が吐いたセリフである。
これが映画でも使われるかどうかを期待して見ていたら、
しっかりと使われていた。

なお、堤真一演じる数学教師の、松雪への一方的な愛を、
献身と感じるか、狂信と感じるかによって、
切ないと思えるか、気持ち悪いと思えるかが分かれるだろう。
いずれにしても、東野作品らしい、「解決できない切なさ」は、
うまく表現された作品になっている。

■デトロイト・メタル・シティ
デトロイト・メタル・シティ 

お洒落な渋谷系ミュージシャンとしてプロになることを夢見て、
田舎から上京した内気で弱気な青年が、
なぜか、デスメタル・バンドのボーカルとして人気を博してしまい、
自分のやりたい音楽との間でドタバタする内容。

原作本は、留萌のスープカレー店「ZION」や、
札幌のスープカレー店「ポルコ」で、それなりに読んだことがあり、
面白い作品だと気になっていた。
映画も、素直に面白かった。
やはり音楽を好きだったり、自ら音楽活動をしていると、
たとえ好みの音楽のジャンルは違えども楽しく見られる。

内気青年とデスメタル・ボーカルを演じる主演の松山ケンイチの、
ギャップ・バランスが良かった。
彼は、ちょっとコミカルな役をやる場合、
変な気取りがなく、徹底している感じがして、比較的好感を持っている。
なお、ギターを弾く姿は、結構サマになっていて驚いた。

加藤ローサも良かった。
まだ演技の振り子の幅は小さいものの、
どんな作品に出ても、雰囲気のいい芝居をする人である。
実はずっと松山を好きだったという設定もいい。
彼女がライブで次第にノッてくるシーンは、
ほろっとくるような可愛さがあった。
ナイスキャストだと思う。

ファン役の大倉孝二も素晴らしい。
この俳優は、これまではずしたことがない。
実は失敗のない確実な演技をする上手な俳優だと見ている。
コミカル・キャラを演じることが多いが、
シリアスな役も、ほろっとさせる役もできる人だと思う。

松山が、田舎からライブ会場へ向かうシーンが間延びし過ぎなのと、
KISSのジーン・シモンズとのギター対決が、
意味がよくわからないというか、しょぼい感じがしたこと以外は、
飽きることなく単純に面白いと思えた。

とにかくミス・マッチぶりが楽しめた。
松山が、トイレで後輩と歌うシーンは、思わず微笑んでしまうし、
ヒーロー・ショーのシーンも、自然と声を出して笑ってしまった。
エンディングも、「この先が見たい」という気分にさせられ、
いい意味で腹八分目で見終われた。

さえない青年が、実は人気バンドのボーカルであるという、
スーパーマンやスパイダーマン的なところはあるが、
実はこの人が…、的なのは、時代が変わっても楽しめるものだ。
面白かった。

■ミッドナイト・イーグル
ミッドナイト・イーグル 

雪の北アルプスを登る新聞記者(玉木宏)とカメラマン(大沢たかお)。
そこで偶然に、自衛隊と北朝鮮軍が銃撃戦を
繰り広げているところに出くわす。

新聞記者とカメラマンは、1人の自衛官(吉田栄作)から、
事の真相を聞き出す。
米空軍のステルス爆撃機が北アルプスに墜落した。
その爆撃機には、北アルプスの山々が一斉に雪崩を起こすほどの、
とんでもない威力の爆弾が積まれていることを知る。
一斉に雪崩が起これば、東京までも飲み込まれる。
これを阻止するため、玉木、大沢、吉田VS北朝鮮軍との死闘が始まる。
同時に、大沢の家族や日本政府の対応に緊迫する、というストーリー。

何の期待もせず、なんとなく見てみたら、なかなか面白い作品だった。
いくらなんでも、一斉の雪崩で東京まで飲み込むか?
戦闘の素人を含む3人で、多勢の北朝鮮軍と戦えるか?
あの吹雪の中じゃ遭難するだろうって。
など、疑問や不自然さを言い出したらキリがないが、
そうしたことを度外視して見ると、
迫力あり、サスペンスあり、愛ありで、
全く飽きることなく、予想外に引き込まれた。
微妙な比較だが、「ディープ・インパクト」よりは面白かったし、
「ホワイトアウト」より役者の質が良かった。

大沢たかお、吉田栄作は30代後半になって、
なかなか渋みのあるいい俳優になったなと感じた。
また、竹内結子は、やはり力のある女優なのだと感じた。
この年代の女優では、格上的存在かなと。
ただし、女性としては好みではない。

ラストは、ベタな内容ながら、涙が出ちゃうかも。
一般的な評価はそれほどでもなく、
制作費のわりに、興業的にはコケたらしいが、
そんなに悪くない作品だと思う。
エンディングに流れる、ミスチル桜井氏の「はるまついぶき」も
良い曲だし、作品の余韻を残す意味でもグッド・チョイスである。

■クローズZERO
クローズドZERO 

鈴蘭高校を暴力だけで制覇する生徒同士のケンカを描いた作品。
この作品の第2弾が、現在、映画館で上映されている。

暴力的なケンカに強い奴が一番という、わかりやすい作品。
授業シーンや日常生活シーンが全くなく、
警察、教師、家族なども、ほとんど登場しない。
事件性や愛情なども排除している。

あくまで鈴蘭高校という極めて狭い社会での出来事であり、
高校の外では、一切もめたり、トラブルとなるシーンはない。
つまり他人に迷惑をかけているシーンがない。
死や大ケガもない。

そのせいか、リアリティがない。
暴力ファンタジー映画といってもいい。
あるいは、暴力娯楽作品である。

ただ、高校内の生徒同士の暴力に特化したことにより、
軸がぶれず、話の本質がわかりやすくなっている。
ワル高校生映画や、ヤクザ映画は大嫌いな私だが、
徹底したそぎ落としぶりが潔く感じ、最後まで集中して見て楽しめた。

転校生(小栗旬)が、次第に各クラスを制圧して勢力を拡大し、
鈴蘭高校ナンバー1と言われる芹沢軍団(山田孝之)と
鈴蘭高校制覇をかけて戦う。
いわば、極めてスケールの小さい関ヶ原の戦いのようである。
小栗軍には、こういう強者が加わって、
山田軍には、こういう曲者がいて、というように、
互いの軍団のメンバー構成や、
なぜそういうメンバーになったのかという経緯が、
テンポ良く描かれている。
つまり、ストーリー性がきちんとしているため面白いのだ。

とはいえ、心に響くものは全くない。
おそらく作り手もメッセージ性など求めてないだろう。
その点では、マスターベーショナルな作品である。
ただ、こうしたワル作品は、確実に需要がある。
これを、カッコいいと感じる男達、女達が多くいるってことさ。
そのセンスが理解できねえな。
でも、どうでもいいぜ。
それで、おいらの毎日がどうなるわけでもないからな。

テーマ:DVDで見た映画 - ジャンル:映画


ワールド・ベースボール・クラシック、
略して「ワベクラ」が始まった。
一般的には「WBC」と略されているが、
未だにボクシングのイメージが強くて馴染めない。

ついでに言わせてもらえれば、
サッカーのワールドカップを「W杯」と表記するのも
未だにしっくりこない。
「W杯」という文字を見たら、頭の中では、
どうしても「ダブリューはい」と読んでしまう。

ワールド・ベースボール・クラシックの日本代表選手の顔ぶれを
見ていると、どうも勝ち上がれるような気がしない。
投手を見ると、本来、中継ぎや抑えをやっている選手が少ない。
打者を見ると、このチームはバントをやらないんだろうなと感じる。
これだと、好きに打たせる打者任せの攻撃しかできないのでは
ないかと疑問に思うし、心配である。
もちろん世界一になってほしいので、私の杞憂に過ぎなければいいが。
ただ、役割を分担して総合力で闘うことを前提に作られたチームではなく、
名のある選手を集めた印象はぬぐえない。

同じような印象を抱いた映画がある。
「20世紀少年」である。

■20世紀少年・第1章「終わりの始まり」

        20世紀少年 
浦沢直樹の大ヒット漫画を実写映画化した2008年作品。
私は高校生になってから、ほとんど漫画を読まなくなった。
ところが、この作品については、4年ほど前、
当時の同僚であった「ヤースミ住谷(ヤースミ・スミヤ)」氏から、
「面白いから、読んでみれって」と、全巻渡されたためトライした。
しかし、今ひとつ話に入っていけず、1巻の途中でリタイアした。
したがって、原作の内容を知らずに観た。

主人公のケンヂは、実家のコンビニで働いている。
彼は小学生の頃、遊びで「よげんの書」なるものを作った。
それは、「悪」が細菌によって人を殺害し、世界征服をする。
そこに正義の味方が現れる、という内容だった。

それから20年以上経った今、
「よげんの書」に書かれたとおりの怪事件が、世界のあちこちで起こる。
犯人は、「ともだち」と呼ばれる教祖が率いるカルト教団。
世界滅亡の危機が現実となりつつあると知ったケンヂは、
小学生の頃の仲間を集めて戦いを始める。

簡潔に感想を言うと、普通に面白かった。
途中で飽きることなく、どうなるのかと興味は途切れなかった。
興味は途切れなかったが、それ以上の気持ちは生じず・動かずで、
つまりは感動や衝撃には至らず、
余韻も小さく、何か物足りなさが残った。


結構重要なことが、葛藤や駆け引きなどがなく、
さくさくと進んでいく気がして、どこか安直な気がした。
読んでいないのでなんともいえないが、
おそらく、原作漫画はもっと掘り下げているはずだ。
映画は行動を追う部分が主体になり、
心の動きを表現しきれない、というか、省略されているのだろう。

このように、あくまでストーリー重視で、心情をえぐるような場面がない。
そこなのだ。そこが物足りないのだ。
キャストが豪華だと言われるが、単に名前的に豪華、

つまり知名度がある俳優を集めたというだけであり、
演技の妙や味わいのようなものが見てとれない。
これを言いたいがために、冒頭でワールド・ベースボール・クラシックを
引き合いに出したのだ。


もっとも、役者ぶりを求めていないストーリーであるともいえるが、
だとしても、随所に納得しきれないところがあった。

例えば、
主演の唐沢寿明は、30歳近くまでロック・バンドを
やっていたという設定だが、彼の持つ雰囲気とロックというものが
どうしても結びつかず、最後まで違和感があった。
豊川悦司も、相変わらずの振り子の幅が小さい演技だった。
どんな役柄でも同じような演技をするわりに、
評価が高いことが腑に落ちない役者の一人である。
ただ、この作品における役柄には合っていただろう。
また、常盤貴子が唐沢や豊川の同級生であるという設定は無理がないか?

「ともだち」と呼ばれるカルト集団の教祖は、
不気味で気持ち悪く、キャラづくりとしては良い。
ただ、相当なマネーをつぎ込んで製作したわりに、
この教祖にしても、都市を破壊するロボットにしても、
全体的にどこか安っぽさが漂っている感じがした。

この作品は3部作であり、これは1作目である。
だとしても、ちょっと、投げっぱなしで終わった気がして達成感に乏しい。
少年スペクタクル娯楽作品として見ると面白いだろう。
また、2作目で「ともだち」が、どうなっていくのかは確かに気になる。
しかし、あの女の気持ちの方が、ずっと気になる。

■夜のピクニック
夜のピクニック 

2006年作品。
原作本(恩田陸・著)は、2005年に読んでいる。
原作本は、高校生らしい、かゆくなるような、いじらしくなるような、
そんな青春ぶりを楽しめて、最後には、ほろっときてしまう。
そんな胸キュン度の高い、良質な作品だった。
小説が良かったので、映画も見てみたいと思っていた。

とある高校。ここの伝統行事として「歩行祭」というものがある。
24時間をかけて、80kmを全校生徒で歩くというイベントである。
主人公の「貴子」は高校3年生。今年が最後の歩行祭である。
彼女は、歩行祭にひとつの賭けをしていた。
それは、一度も話をしたことがないクラスメイトの男子である「西脇」と
話をすることだった。

貴子と西脇の間には、誰にも言えない秘密があった。
それは父親が同じだということ。
西脇の父は、西脇が産まれる頃に浮気をする。
その浮気相手は身ごもった。そして産まれたのが貴子だった。
西脇と貴子は異母兄弟なのだ。
そんな二人は、同じ高校に入学した。
二人は互いを避けてきた。互いを意識しつつも、無視し続けてきた。

しかし、一度も話をすることもなく、
このまま高校を卒業してもいいのだろうか、と思った貴子は、
80kmを歩く中で、話をすることを決意する。

貴子と西脇は、話をしたことがないにもかかわらず、
事情を知らない周りの生徒は、「二人は雰囲気が似ている」、
「お似合いだと思うけど」などと、以前から冷やかしていた。
そして、貴子の友人も、西脇の友人も、歩行祭で告白したら?とけしかける。

ストーリーは、80kmを歩くスタートからゴールまで、という
シンプルなもの。
二人のこれまでの経緯や、昨年転校した生徒の話を絡めたりしながら
展開するものの、やはりただ歩いているだけなので、
展開のバリエーションに乏しく、同じような繰り返しをしているようで、
なかなか話が前に進まない感じがしてくる。
また、周囲の生徒が、貴子と西脇をくっつけようとする言動が頻繁にあり、
かなりしつこく感じる。
この点は、原作本より映画の方がしつこい。

そんな感じで、正直なところ、だらけ感はあるものの、
クライマックスでは、やっぱり泣けちゃうんだな。
原作を読んで、結末はわかってるのに泣けちゃうんだな。
プライドが邪魔したり、意固地になって自ら壁を作ったりで、
なかなかそこにたどり着けなかった。
しかし、たどり着いた時の照れや喜びが
さりげなく表現されていて非常にいい。

私はこうした青春モノが未だに好きなので、ウルっとくるのかもしれない。
ただ、小説の方が、心の動きが丁寧に読み取れていい。
映画を見終わっても、そこそこの清々しさはあるが、
原作を読んだ後の清々しさの方が上である。
とはいえ、映画でもやっぱり泣けちゃうんだな。

■ぐるりのこと。
ぐるりのこと。 

1990年代前半から約10年間にわたる、
夫婦の苦悩、すれ違い、再生などを綴った物語。
何でもはっきりと、きちんとしていなければ気が済まない妻役を
演じているのは、日本屈指の薄幸キャラ女優、木村多江。
小さなことにこだわらず、ひょうひょうと振る舞う夫役は
リリー・フランキー。

子供を亡くしたことなどから、妻は次第にうつ状態になっていく。
家事を放棄し、時にはキレて暴れたりもする。
二人の関係は冷めていき、抜け出せないトンネルを
彷徨っているかのような日々が続く。
そのため、二人がぶつかり合うシーンが多い。
もしかしたらそれが最大の見せ場かもしれない。

何ゆえ見せ場なのかというと、リアリティ度が著しく高いからである。
何ゆえリアリティ度が高いかというと、
「夫婦」や「男女」というものに対する男視点と女視点の考えの違いが、
自然かつ等身大に表現されているからである。
映画だからと気張ったり、気負うことなく、
ありふれた日常の中の諍いを上手に拾っている。
「ああ、こういう理屈で攻める面倒くさい女っているよなあ」と、
不愉快な気持ちになるほどリアルだった。

それと、ここぞというシーンでは、
カット割りをすることなく、あえて固定カメラの長回し状態にすること。
これが非常にいい味を出している。
部分的には5分程度も固定画面状態にし、
夫婦が向き合う形の言い合いシーンを横から撮影している。
迫力と臨場感を見事に演出し、
まるで自分もそこにいるような気にさせられた。

前半の展開は軸がしっかりしており、かなり引き込まれた。
それに対して、後半は、変化はあるものの深みがなく、
なんとなく、だらだらしたような印象で、集中力が弱った。
木村多江が、どうして崩れていったのかを、
もう少し丁寧に脚本に盛り込んでほしかった。

この作品で、主演の木村多江は、
日本アカデミー賞・最優秀主演女優賞を獲得した。
確かに好演だと思う。
この作品を見ると、この役は彼女しかできなかったようにも感じる。

でも彼女は、脇役の方が逆に個性が光るような気がするな。
奥貫薫や西田尚美がそうであるように。

リリー・フランキーが予想外に良かった。
素でやってるのか?と思わせるようなナチュラルぶりは賞賛に値する。
もちろんシリアスな演技はできないだろう。
本作でも、木村多江をはじめ、本物の役者達は、
10年間における心の変化を、表情や言動に投影しているが、
リリーは全く変化を表現できていない。
10年前も今も、あまりに同じすぎて逆に笑えた。
とはいえ、素っ気ないけど暖かみのあるキャラをうまく演じている。
その点では、堤真一や豊川悦司より数段上である。

内容はありふれた夫婦の話だが、映画らしい映画だと思う。
ありふれた話ながら、ありふれたものを魅力的に映し出している。
とにかく、何度かある固定カメラ長回しの妙が最大の特徴。
そして、芝居の妙が、心に伝わってくる良質な作品である。

それにしても「ぐるりのこと。」の最後の「。」は、
どうしてもつけなければならなかったのだろうか。
「。」がなければ、もっと評価したのだが。

テーマ:DVDで見た映画 - ジャンル:映画


本日は、映画の感想文である。
これまで、映画やDVDの突っ込んだ話はしてこなかった。
なぜなら、私はあまり映画やDVDを見ないからである。
映画館に行くのは年に1、2回であり、
DVDも滅多にレンタルせずに、この数年を過ごしてきた。

特に洋画は、誰が誰だかわからなくなることが多く、

人の区別がつかなくなると、ストーリーもよくわからなくなるわけで、
結果、集中が途切れて最後まで見られないのだ。
ハリーポッターやロード・オブ・ザ・リングなど
子供でも見られる映画でさえ、
わけがわからなくなって、途中でリタイアした経験を持つ。


しかし、映画をあまりに見ないことは、
クグエ・カルチャーを底上げできないことにつながる。
「生活に幅を、人生に深みを、君には愛を」を標榜して
生きていくならば、決して望ましいことではない。
そこで、一昨年あたりから、思い立ったときに映画やDVDを見ようと、
自分の中で意識するようにしてきた。

振り返ってみると、この1、2年の間に見た映画作品にも、
「いいなぁ」と思うものがいくつもあった。
さらに、洋楽CDレヴューよりも、良かった本の紹介よりも、
映画・DVDの方が、読者の皆さんの受入範囲が広いのではないかと
思ったことから、
今回の記事に至ったわけである。

ただ私は、大ヒット作やメジャー作に食指を動かされない。

さらに、前記のとおり、洋画に対する苦手意識がある。
そのため、不完全キャラゆえの偏った傾向の作品を
チョイスすることになるだろう。
映画好きの方なら、今回紹介する3作だけで、
私がどういうタイプの作品が好きかが見えるだろう。
こういった点にご理解とご容赦をいただくことを願いつつ、
お送りさせていただく。


■かもめ食堂
2006年作品。ミニ・シアターのみの上映ながら、
口コミで話題が広がって大ヒットした作品。
「マイペースに生きる40歳女性のほのぼの映画なんだろ」的な
噛み応えのない作品かと勝手に思い込み敬遠していた。
ところが昨年終盤から、心身ともにダウン傾向で、
「刺激などいらん。安らぎをくれ!」状態だった私は、
ある日突然、この作品を見てみたくなった。

かもめ食堂 
主人公の女性(小林聡美)は、フィンランドで、
おにぎりをメインにした食堂を経営している。
ほとんど客が来ない店だが、焦ることなく、
あるがままに自然に振る舞う小林聡美の優しさに触れ、

次第に様々な人が来店するようになる。

来店する客は皆、個性的で、一風変わった人も多い。
かといって、驚くような特別な出来事があるわけではない。
単なる食堂日記である。
特別な言葉があるわけでもない。
徹底して食堂を経営する小林
聡美の日常を描いているだけである。
なのに、どういうわけか印象深い作品だった。

小林聡美の、ひとつ超えた感じの「きびきび」とした雰囲気が、
この作品の大きな軸になっている。
そのきびきびさが、暖かさと安心を与え、
特別な言葉も特別な出来事もないのに、ぐっと惹きつけるのだろう。

それと特筆すべきは、映画全体にわたり静かなこと。

ほとんどバックに音楽を流さず、日常の雑音も目立たないように
しているのが、逆に何気ない会話に厚みをつけたように思う。
そんな中、要所で井上陽水の「白いカーネーション」が流れる。
これが結構琴線に触れた。
この映画に相応しい最高の選曲だった。
特に、小林聡美が一人、プールで泳ぐシーンで使ったのは絶妙で、
切なくて優しくて、哀しくも愛おしくもあり、
非常に心に残るシーンだった。


どうしてこういう設定なのかなど、色々と疑問は感じてくる。
しかし、そのあたりは一切掘り下げず、淡々と物語は進む。
不必要にほじくらず、いい意味で無駄を省いた構成が、
この作品を端正なものにしたと思う。

ラストシーンも素晴らしい。
小林聡美のセリフで、すぱっと陽水の「クレイジー・ラブ」に
入れ替わる。

その潔さが、「まだ見ていたい」という気持ちにさせるとともに、
「いい映画だったな」という後味の良さを演出した。

■転々
テレビドラマをほとんど見ない私は、
全話を見るドラマは、年に2、3作である。
そんな私を夢中にさせたテレビドラマのひとつが、
2006年1月から放送された「時効警察」だった。
その頃私は、DVDレコーダーを持っていなかったため、
飲み行為等により見られない時は、当時の同僚、スミス西野氏に
録画をしてもらってまで見たほどである。

この映画は、「時効警察」と同じく、
監督が三木聡、そして主演がオダギリジョー。
さらに、岩松了、ふせえり等、時効警察キャストもちらほら。

転々 
大学8年生のオダギリジョーは、
三浦友和扮する貸金業者から84万円を借りていた。
なかなか返済できないオダキリに対して、ある時、三浦から、
「借金は帳消しにしてやるから、その代わり、俺がいいと言うまで、
散歩に付き合え」と言われる。
そして、何日にもわたって、東京のあらゆる箇所を散歩する、
というストーリーである。


設定が不可解だったり、「普通そんなことはしないだろう」的な場面は
数多くあれど、見ているうちに、理屈抜きで受け入れてしまい、
一緒に散歩しているような気持ちで見られた。
その大きな要因は、東京の下町や裏通り的な場所を、
田舎のマチっぽくフィルムに収めていることだろう。
「東京って、ほっとする場所だよね」と言いそうになる雰囲気があった。

また、時効警察にも共通するが、
本筋ではない、どうでもいいところに食いついて小さく笑わせたり、
例えば、映像のバックに映る通行人や店の看板などが、
どう考えても普通じゃなかったりと、
小ネタがさり気なく散りばめられているのも、ハートをくすぐった。
「わかる人だけわかればいい」と、開き直ったり、
投げやりになっているのではなく、
そこはかとなく、楽しんでやっていることが感じ取れるからいいのだ。

岸部一徳の起用の仕方がすごくいい。
ストーリーとは直接関係がないのに、かなりポイントになっている。
吉高由里子という若い女優も、なかなかいい働きをしていた。
そして、やはりオダギリジョーである。
ひょうひょうとして、とぼけた感じだが、
アーチスティックで、
かつ、どこか品と知性を感じさせるところを
以前から評価していたが、
そうした彼の個性が良い加減で表現されている。
声と語り口も素晴らしく作品にマッチしている。

全体的には和やかでコミカルな内容でありつつも、
後半は、家族や人生というものを考える場面があり、
胸がキュンとなったりで、さらりとほろっとさせる良い作品だった。

■腑抜けども、悲しみの愛を見せろ
両親が亡くなり、東京から山に囲まれた田舎に
帰ってきた姉(佐藤江梨子)。

彼女は、女優を目指して上京したが、傲慢かつ自分勝手な素行から
全くうまくいかず、しばらく田舎で暮らすことに。
やがて姉の勘違いバカ女ぶりに、周囲の誰もが巻き込まれていく。
同時に、この家族の秘密が明らかになっていく、というストーリー。

   腑抜けども、悲しみの愛を見せろ 
すごく面白かった。
最初はぼけっと見ていたが、途中から釘付けになった。

誰一人まともではなく、誰一人救われない奇妙な物語だが、
ブラック・ユーモアと、それゆえの滑稽さが絶妙。
そこに閉塞感、不安定感、緊張感が絡み合い、
無駄なく、テンポ良く、
興味を緩ませることなく
最後まで引っ張っていく。


映像上の田舎の景色の美しさにも惹かれる。
長閑なのにもかかわらず、鮮やかに、シャープに撮っているところがいい。
そして、長閑であるがゆえ、東京かぶれの佐藤江梨子の
上滑りジタバタ感が際立って表現されている。

ラストの路線バスのシーンは、どこにもたどり着けない、
どこにも逃れられない、そんなどうしようもない雰囲気があふれ、
そこに、チャットモンチーの「世界が終わる夜に」が静かに入ってくる。
この作品にしっくりと、そして、ぴったりとはまる選曲であり、
エンディングのじわっと押し寄せる感情を高めた。

勘違いバカ女を無理なく演じている佐藤江梨子の凄さをはじめ、
鬱屈した薄暗い妹役の佐津川愛美、
煮え切らずいつもイライラしている兄役の永瀬正敏、
痛いほど健気で、奇妙なほどにお人好しの(永瀬の)妻役の永作博美と、
それぞれが、立場をわきまえた、バランスのいい演技をしており、
裏を返せば、役者起用が大正解だったともいえる。

特に、永作博美は気味が悪いほど熱演をしている。
永作博美の、ここ3、4年の女優としての評価はうなぎ登りである。
ただ私からすれば、見ている者を不快にさせるような嫌~な女性を
演じることが多く、また色気がないキャラにもかかわらず、
ラブシーンが多いなど、芝居とは理解しつつも、
痛々しく思えて受け入れられないでいた。
「もう少し仕事選べば。もう選べるポジションにいるんだから」と
彼女にいつか言いたいと思っていた。

ただ、彼女は、笑顔の裏側に潜む不気味さやいやらしさを演じるのが
持ち味であり、それに自分で気づいたからこそ、
各方面で高い評価を得ているのだろうし、
女優としての、ひとつのポジションを確立できたのだろう。
自分の特性に気づき、それを使う術を見つけた人は強いですな。


テーマ:映画感想 - ジャンル:映画



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